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親友
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<ミサトのマンション>

アスカ、どこに行ったんだよ。もう、ずっと帰ってきてない・・・。

今日は3/14ホワイトデー。シンジは、バレンタインデーのお返しにオルゴールを用
意していた。しかし、使徒との戦いが激化してから、この数日アスカは家に帰ってきて
いない。

「アスカ・・・。」

ずっと暗いアスカの部屋を開け、アスカの名前を呟く。

プルルルルルル プルルルルルル プルルルルルル。

電話だ。ミサトさんかな?

部屋の襖を閉め、電話に出る。

ガチャ。

「はい、葛城ですが。」

『碇くん?』

「委員長? どうしたの?」

『私の家わかるわよね。』

「うん。」

『ちょっと、用事があるから来てくれないかしら?』

「いいけど。それよりさ、アスカ知らない?」

『急いでるから、早く来てね。』

ガチャ。ツーツーツー。

なんだよ。急に切らなくてもいいじゃないか。

自分の部屋に戻り、出かける用意をしていると、小さな紙袋が目に止まった。

もしかして、アスカがいるのかもしれないな。

オルゴールの入った紙袋を手に持ち、シンジはミサトのマンションを走り出して行った。

<ヒカリの家>

ミサトの家に帰らなくなってから、アスカはずっとヒカリの家に泊まっていた。学校に
も行かずにゲームばかりをする毎日。

「アスカ。いつまでうちにいるつもり?」

「迷惑・・・かな・・・やっぱり?」

アスカにはいつもの元気は無く、おずおずとヒカリに問い掛ける。

「かなりね。」

迷惑をかけていることくらいはわかっているが、突然のヒカリの冷たい言葉に、アスカ
は自分の耳を疑う。

「え?」

「迷惑してるのよ! 早く出て行ってくれない?」

「・・・・・・!!!」

親友だと思っていたヒカリに拒絶され、アスカは何も言葉にならない。

ピンポーーーーン。

その時、呼び鈴が鳴る。

「あ、来たのかしら?」

ヒカリがアスカを置いて、玄関まで走って行く。

そうよね・・・。やっぱり迷惑よね。

アスカは我に返ると、のろのろと自分の荷物をまとめだす。荷物も少なく、手の届く範
囲の物を鞄につめこむだけでいい。

これから、どこに行こうかな・・・。

ミサトのマンションには帰りたくはない。この先、自分はどうすればいいのか、荷物を
まとめながら考えていると、頭の上から声がかかる。

「久しぶりやな惣流。元気そうやなぁ。」

アスカが見上げると、そこにはトウジとヒカリが立っていた。

「おまえも惨めなもんやな。シンクロできんようになったら、お払い箱らしいやないか。」

後ろにヒカリもいるのだが、トウジの言葉を諌めようともせず、ただアスカを睨んでい
る。

「アンタに言われる筋合いなんかないわよ!」

あまりのトウジの言葉に、食って掛かるアスカ。

「ワイはなぁ、この足を偽足にしたおまえらが許せんのや。惣流、おまえの足も同じよ
  うにしてやるから、覚悟してもらおか。」

前から、トウジとはそんなに仲のよかった方ではなかったが、友達だとは思っていた。
そのトウジの突然の変貌と、ヒカリの冷たい態度に、アスカは愕然とする。

「ヒカリ・・・。」

わずかな、希望をたぐりよせるようにヒカリの名を呼ぶが、答えはあまりにも惨いもの
だった。

「鈴原が退院できるまで、アスカのことをうちに引き止めておいただけよ。勘違いしな
  いで。」

「!」

これが、親友だと思っていたヒカリの言葉だと信じられないアスカは、何かの間違いで
あることを祈り、最後の言葉に希望を託すが・・・。

「じょ、冗談だよね。冗談なんでしょ、ヒカリ。ねぇ。」

「ほら、鈴原、好きなだけやっちゃいなさいよ。」

「言われんでも、殴り倒したるわ。」

ジリジリとアスカに近寄るトウジ。アスカは、部屋の隅に追いやられる。

ピンポーーーーン。

「誰か来たみたいね。ちょっと、見てくるわ。」

玄関まで、駆け下りるヒカリ。

ガチャ。

「あ、委員長。」

玄関の前には、紙袋を持ったシンジが立っていた。

「碇くん。ちょうどいい所に来たわ。上がって。」

「うん。」

返事も聞かずにさっさと階段を駆け上がって行くヒカリに続いて、シンジも駆け上がる。
しかし、階段の上には、信じられない光景が繰り広げられていた。

「な!」

ヒカリの部屋に入ったシンジが見たものは、アスカがトウジに殴り飛ばされる瞬間だっ
たのだ。

「何をしてるんだよ!! トウジ!!」

思わずトウジに飛び掛かるシンジ。

「ええとこにきたなシンジ。ワイはおまえも許せんのや、ワイの足をこんなふうにした
  おまえらを、許せんのや。そやから、手始めに惣流からっちゅうわけや。」

「アスカは関係無いだろ! 初号機に乗っていたのはぼくなんだから、ぼくを殴ればい
  いじゃないか!!」

シンジは、トウジを押さえつけようとするが、たとえ片足が偽足とはいえ、力の差が歴
然としている。

「やかましわい! 自分が殴られるよりも、シンジには惣流を殴る方がこたえるはずや
  さかいな。」

トウジはシンジを振り払うと、再び、アスカの方へ詰め寄っていった。

「やめろ!!!」

シンジも咄嗟に、トウジに飛び掛かるが、逆に殴り倒される。

「くそ!」

まともに、トウジとやり合ってもかなわないことがわかり、アスカの上に覆い被さるシ
ンジ。

ドカドカ!

トウジは容赦無く、シンジに殴りかかる。

「鈴原! いいかげんにしなさいよ! シンジ! アンタもどきなさいよ! 重いじゃない!」

それまで、事の成り行きに付いて行けず、状況を唖然と見ていたアスカだが、自分の上
で殴られるシンジが目に入り、我に返る。

「グフッ・・・。」

それでもシンジはアスカに覆い被さったまま、トウジに殴られ続け、苦痛に顔を歪める。

ドカドカ!

殴り続けるトウジ。

「ええ気味やなシンジ。気を失うなよ。シンジが気を失ったら、次のターゲットは惣流
  やさかいな。惣流に傷はつけられたくないやろぉ!?」

ドカドカ!

「シンジ! 何してんのよ! そこどきなさいよ!」

しかし、シンジは身動きせず、アスカの体を守る。

「シンジ!」

このままでは、自分のせいでシンジが死んでしまうかもしれない。アスカは、なんとか、
シンジの下から抜け出そうとするが、シンジがそれを許さない。

「どきなさいって言ってるでしょ!!」

「ダメ・・・だ・・。」

アスカが抜け出そうとするのを、押さえつけるシンジ。

ドカドカ!

「グ・・・・・。」

シンジの服は敗れ、肌は赤く腫れ上がっていた。

「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょう!!」

シンジの叫びに、トウジが一瞬躊躇する。その隙に、偽足に全体重を乗せて飛び掛かか
るシンジ。通常の偽足であれば、これだけの衝撃には絶えることはできないだろう。し
かし、さすがはネルフが提供した偽足だけあって、シンジのタックルを受け止める。

「くそーーーー!!」

それでもシンジは、トウジの足にしがみつき突進する。さすがのトウジも、シンジの勢
いに押され倒れ込む。

「アスカ! 逃げるんだ!」

シンジは、アスカの手を引き、持ってきた紙袋を掴むと、ヒカリの家から逃げ出した。
後ろを振り替えるが、追ってくる様子は無い。

<公園>

2人は、ミサトのマンションの近くの公園まで走って来た。

「ちょっと、そこに座ってなさいよ。」

「うん。」

アスカに言われ、シンジはベンチに腰を降ろす。トウジに殴られた所も痛いが、それ以
上に心を傷めるシンジ。

「アンタ、弱いくせに何バカなことすんよ!」

ベンチに座るシンジの顔や手を、ぬらしたハンカチで冷やすアスカ。

「だって、あのままじゃ、アスカが・・・。」

さっきの事を思い出す2人。

「まさか、トウジが・・・。ぼくを殴るんなら、いくら殴ってくれてもいい。でも、ア
  スカにあんなことするなんて・・・。」

怒りに肩を震わせるシンジ。アスカもヒカリの変貌に悲しくなる。

「やっぱり、エヴァに乗れないアタシなんて、誰も見てくれないのかな・・・。」

「そんなことあるもんか!」

「だって、そうじゃない! ヒカリにまで、あんな冷たい態度を取られて・・・。」

「ぼくが・・・。」

「え?」

「ぼくが、アスカを守るよ。絶対に、アスカを悲しめる奴は許さない! たとえトウジ
  でも。」

「シンジ・・・。」

暗くなった公園に、電気が灯る。

「まったく、アンタが鈴原にかなうわけないじゃない。何考えてるのよ! バッカじゃ
  ないの?」

「アスカを守りたくて。」

「アタシ・・・を?」

腫れ上がった顔を、冷やしながら、シンジの顔を覗き込むアスカ。

「あのさ、これ、ちょっと壊れちゃったみたいだけど。」

持ってきた紙袋を、おずおずとアスカに差し出す。

「何これ?」

「バレンタインデーのお返し。ずっとアスカ・・・帰ってこなかったから、渡せないか
  と思ってたんだけど、今日渡せてよかったよ。」

「ホワイトデーか。いろいろあったから忘れてたわ。開けていい?」

「うん。」

ガサガサとアスカが紙袋を開ける。中からは、蓋の壊れたオルゴールが出てきた。

「シンジにしては、趣味がいいわね。」

「ありがとう・・・。でも、やっぱり壊れちゃってるから、今度、変えてくるよ。」

「ううん。これでいい。」

壊れたオルゴールを、大事そうに抱かえながら、ネジを回す。蓋が壊れているので、ネ
ジを回している手を離すと、すぐに音が流れ出す。

♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜〜〜。

「奇麗な音ね。」

「だろ。」

♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜〜〜〜〜。

静かな夜の公園に、小さなオルゴールの音が流れる。

「アタシの部屋、まだあるかな?」

「もちろんだよ。」

「一緒に帰ってもいいかな?」

「一緒に帰ろ。」

「うん。」

トウジに殴られ、ふらふらする足取りのシンジをアスカが支えながら、2人はミサトの
マンションへとゆっくりと歩き出した。

<ヒカリの家>

時間はほんの少しさかのぼる。
シンジとアスカが逃げ出した後、トウジとヒカリが向き合って座っている。

「ごくろうさま。」

「あれでええんや。あれで。」

「いずれ、わかってもらえるわよ。」

「いや、わからんほうがええ。シンジはワイに怪我をさせたことを、悩んどるってケン
  スケが言うとったさかいな。」

ヒカリの勉強机の椅子に座るトウジと、ベッドに座るヒカリ。

「それより、委員長。惣流とこのままでええんか?」

「そんなこといいのよ。あのままだったら、アスカ壊れてしまいそうだったから・・・。
  私には何もできなかった。けど、碇くんなら、アスカを救ってくれるわ。」

「そやな。ワイらにできることは、ここまでや。後はシンジにまかせるしかあらへん。」

「そうね。あの2人には幸せになってほしいから。」

ヒカリは、トウジのズボンの裾をたくし上げる。さっき、シンジが飛び掛かった所が気
になるようだ。

「大丈夫?」

「あれくらいどーってことあらへん。なんてったって、ネルフ特製やさかいな。」

「そう。よかった。」

大丈夫だとわかり、胸をなでおろすヒカリ。

「それより、シンジ。大丈夫やろか。頭とかは、殴らんようにしとったけど、演技が、
  ばれんように、真剣にどついたさかいな。」

「今ごろ、アスカに手当てしてもらってるんじゃないかしら? 大丈夫よ、きっと。」

「そやな。それやったらええな。」

トウジとヒカリは、部屋の窓から、ミサトのマンションの方角をじっと見つめていた。
2人の親友の幸せを願って・・・。

fin.
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