ザッ……ザッ……ザッ……。



   踏みしめる砂の音。

   ただ、砂浜を歩いている。

   他に……何もする事が無いから。

   

   賑やかな人々の声が行き交っていた街は廃墟と化し、

   青い海は赤く染まり、そして僕以外誰も居ない世界。


   もう、何日になるだろう。

   僕がこの世界にたった一人だけになってしまったのは。


   ……違う。


   本当は僕がこの手で自分を一人にしてしまった。

   そう、アスカの首を絞めた僕が、僕を一人にしてしまった。


   アスカが、他人が、怖かったからなんだ。


   もう誰も信用できない。

   心も開けない。

   開いたらまた裏切られると思ったから。



   だから、一人の方がよっぽど良かった……。



   一人になってやる事も無く、僕はただ砂浜を歩きつづけている。






 

信じる事を、忘れないで





   もう、何日だろうか。

   燦々と照りつける太陽の光に身を委ねながら歩いているのは。

   そして、僕が喋ったのはもう何日前だろうか。

   時間の感覚も段々となくなっていく。

   そうしたら、生きてるって感覚も無くなっていくのかな?

   そうしたら、僕は死ぬんだろうか?

   

   歩きながら、ふとそう思った。

   日にちが経つにつれて、体を動かす事が億劫になってきたような気がする。

   どうしてだろう?

   と、お腹から変な音が聞こえてきた。

   ……ああ、そうだった。

   ここ暫く食べ物らしき物を口に含んでいなかったんだ。

   食事を取らないから、体に力が入らなくなって、それで動くのが億劫になってきてるんだ。


   「……お腹、空いたな」


   久しぶりに喋ったような気がする。

   お腹はへっても食べ物を探す気がしない。


   どうしてだろう?


   もしかしたら、僕は死んでしまいたいのかもしれない。


   なんで死にたいんだろう?


   …………わからない。


   歩くのも疲れたから、今日はもうやめよう。

   疲れた体をそっと砂浜に横たえる。

   太陽は丁度一番高い所にある。

   今は正午あたりだろう。

   いつもは日が落ちたらその場で休む事にしていたが、今日は昼間から休んでいる。


   暖かい日差し。


   流れる風。


   さざめく波の音。


   ……たまにはお昼ねも良いかもしれない。

   目を瞑ると、体に溜まった疲れが眠気を誘ってくれる。

   まれに眠るのが怖い時がある。

   昔の夢を見てしまうときがあったから。

   

   嫌な記憶、嫌な思い出、嫌な運命。


   「…夢、見ないと良いな…」

   昔の夢を見ないように祈りながら、眠りにつく。



   「……ぅ」

   体に寒気を覚えて、目が醒めた。

   日はとっくに沈んでしまったみたいで、暗闇に落ちてしまったような錯覚に見舞われる。

   日中の暖かさとは裏腹に、日が沈んだ後は肌寒い。

   体を起こして立ち上がろうとした時、


   「……ぐうっ!」


   激しい眩暈が僕を襲い、砂浜に倒れこんでしまう。

   食事を取っていないのと、歩きっぱなしの毎日で、体は相当衰弱しているようだった。

  
   ……もう、ダメかもしれないな。

  
   そう、思った。

   このまま起き上がる事も出来ず、僕は土に還るんだろうか。

   この星の最後の人間は、誰に見取られる事も無く、静かに消えていくんだろうか。

     
   ははっ。何思ってるんだ。僕は。

   
   最後の人間だから、誰にも見取られる事がないんじゃないか。

   

   孤独……廃墟……白い砂……赤い海。


   「死ぬんだろうか……このまま」

   死んでいく自分を想像した時、ブルリと鳥肌が立った。

   暗闇の中から『死』が迫ってきて、僕の体を飲み込んでいくような気がしたから。

   ゆっくりと『死』が僕の体を噛み砕いていく……。


   「…はあっ…はあっ…はあっ……」


   怖い、怖い、怖い。

   反応が鈍くなってしまった体を無理矢理引きずって、僕は求めた。


   光を。


   天然の光でも、人口の光でも、それがあれば暗闇から、死から逃れられるんじゃないんだろうか。

   だから、這いずり回って廃墟と化した街に逃げ込んだ。

   死にたい……そう思っていたのに、そう感じていたのに、

   いざ『死』がそこまで迫ってくると、死にたくないと思ってしまう自分が、酷く滑稽に思えた。


   街を彷徨いながら、光を探す。

   けれども、いくら探したって光は、光の差す所は無い。

   街灯も、ネオンも、部屋の光も、人口の光も全て失われていた。


   

   「…はあっ…はあっ…はあっ……」



   衰弱しきった体に鞭打ってここまで頑張ったけど、

   もう、手にも足にも力が入らないよ……。

   本当に、もうダメだ……。

   体から力が抜け落ちていく。

   いつか思った、体の感覚が無くなっていく。

   

   死ぬのは……怖いよ。


   誰か……。


   ……。


   「……なんだ…ろ……あれ」

   目の前の半壊した家の傍らから、柔らかな光が燈っている。

   目の錯覚かも知れない。

   ああ……でも、光ってこんなに暖かいものなんだろうか。

   その柔らかな光は、消耗しきった体を少しずつ、癒してくれるような感触がある。

   これなら、まだもう少しは動けそうだ。

   あの光が燈る場所まで行きたい。


   気力も精力も全て注ぎ込んで、その場所に向かう。

   動けるといっても、体を起こして歩けるほどではなく、

   腹ばいになりながら、亀の歩みのようにゆっくりと動くくらいだ。


   ゆっくりと、ゆっくりと、光がある場所へ……。


   何十分か、それとも何時間も費やしたのかもしれない。

   ようやく、そこへ辿り着いた。

   

   光の元を、包み込むように、掌に収める。

   「……暖かい……」

   じんわりと、掌から暖かさが伝わってくる。

   これなら、眠ってしまいそうな……そんな不思議な感じ。

   この光に包まれていれば、『死』も逃げ出していくかもしれない。

   だから、安心して…眠ってしまおう……。

   ゆったりとした気分の中で、眠られそうだった。




   「……ぅん……あ…さ?」

   体が痛い。

   それもそのはずだ。僕が寝ていたのは硬いコンクリートの上。

   いつもは柔らかい砂浜で寝ていたから、体が痛くなるようなことは無かったけれど、

   硬い所で寝ていたものだから、体が凝ってしまったようだ。

   腕をぐるぐる回すと、あちこちからポキッ、ポキッという関節の音がする。

   体は痛いが、不思議と体が軽いような気がする。

   立って歩けないほど衰弱していたのが嘘のようだ。

   「うん…これなら立てそうだ」

   足と手に少し力を入れて立ち上がる。

   と、右の掌に何か物があることに気が付く。

   「……これ…花の種?」

   種の銘柄は『スノードロップ』と書いてある。

   これが、昨日の光の元……?

   不思議な事って、有るもんだ……。

   これは大事に取っておこう。

   ズボンの後ろポケットに丁重に仕舞う。

   この種のお陰で、少しだけ生き延びる事が出来たのに感謝した。


   

   ここの家は他のところと違って被害がそれほど大きくない。

   台所もなんとか使えそうな状態で残っている。

   試しに蛇口を捻ってみる事にした。

   すると、勢い良く水が飛び出してきた。

   何とか水道は生きていたみたいだ。

   コップなんて見当たらないから、流れる水を直接口に含む。


   ゴクッ…ゴクッ…。


   サラサラに渇ききった喉が潤されていく。

   飲んでも飲んでも、体はそれ以上に水を欲する。

   まともに、水を飲んだのも久々と有ってか、暫く僕は水を飲みつづけていた。


   「ぷはっ!」


   お腹が一杯になるまで水を飲みつづけていた。

   ただの水がこんなに美味しいなんて知らなかった。

   ……生きてるんだ、僕は。

   何かを感じたりするのは、生きてるって証だと思うから。

   それに、昨日、あんな事があって、僕はもう少しだけ生きてみようと思う事にした。



   水を飲んでから、暫くそこでぼーっとしていたんだけど、

   何だかお腹が猛烈に減ってきた。

   ……何か食べるものはあるかな…。


   そう思い立って、家の隅々をくまなく点検する。

   冷蔵庫の中は散々だった。

   電気が切断されていて、中の食べ物は異臭を放つほど腐敗していた。

   他に何か非常食のようなものは無いか探してみると、少しばかり缶詰が見つかった。

   普通のシーチキンの缶詰だったが、食べ物が他に見当たらない以上、それは、なによりもご馳走だった。


   全て缶詰の中身を空っぽにして、その場に寝そべる。

   程よい満腹感。

   だけど、この満腹感も数時間たてば消えてしまう。

   食べ物をどうするか、頭の中で考えてみた。

   「この分だと、他のところの大半の食材もダメになっているんだろうな……」

   水道はなんとか大丈夫そうだが、電気は死んでいるようだ。

   加工した食材がダメならば、畑で栽培している食材はどうなんだろうか? 

   「探してみよう……」

   期待を胸に膨らませて、探索する。



   …しかし、淡い期待は無残にも引き裂かれてしまう。

   「な、なんだよこれ……」

   何とか畑らしきものを発見したが、そこを見た途端、言葉を失ってしまう。

   成長途中の野菜が、全て真っ黒に変色して死んでいる

   そこの畑だけではない。

   他の所も……そして、道端の雑草でさえ同じような状態だった。

   


   もしかしたら……もう、この星には、命を育てる力が失われてしまったんじゃないのだろうか?



   「はははははっ……」

   力なく笑い、その場に崩れ落ちる。

   僕の他には生きているものは何にも無いのは解ってたよ…。

   だけど、星まで死んでしまったら、もうどうしようも無いじゃないかっ!

   絶望感と、何処からか沸いてくる焦燥感。

   「やっぱり、生きてたって……何もないじゃないか」

   悔しくて、悲しくて…

   「はははっ……」

   僕は笑いながら泣いていた。



   夕焼けに染まる空。

   夕焼けに染まらなくても紅い空。

   どのくらい泣いていたんだろう。

   ふと、太陽の光を反射する海が目に止まった。


   オレンジ色の海水。

   LCLの海。

   生命の源の……海。


   あそこには、皆が解けている。

   あそこには、皆が居る。

   誰も傷つかない場所。

   皆が皆を補完している場所。

   あそこは、暖かいんだろうか。

   あそこは、気持がいいんだろうか。


   気づかぬうちに、海へ足が進んでいた。


   ジャポッ…ジャポッ…。


   海水が生暖かい。

   人の体温みたいに。

   「はぁ……」

   ため息が漏れる。

   このままずっと浸かって居たいような、心地よさ。

   ……結局、僕は人が恋いしいんだ。

   一人がずっといいんだ…そう思いたかっただけだったんだ。

   例え人が怖くても、人は一人じゃあ、生きていけない……。

   どんなに嫌でも、どんなに苦痛でも、人って寂しがりやなんだ。

   だから、人は一人では生きていけないんだ……。



   母さんが、消える間際に言った言葉…「人はきっと元の姿に戻れる」…か。



   次の日、僕はスノードロップの種を植えた。

   星は死んでしまったから、芽なんて生えないと思う。

   だけど、信じてみようと思ったから、植えたんだ。


   種を植えた場所で僕は待っていた。

   命が芽生えるその時を。

   次の日も、次の日も…そのまた次の日も芽は出なかった。

   だけど、信じているから、辛抱強く待った。


   そして……5日ほど経った時、土を掻き分けて、スノードロップの芽が出た。

   こんなに、嬉しいと思ったのは、久々だったんだ。

   飛び跳ねて喜んだんだ。

   あの日、暗闇から僕を救った淡い光。


   それは、命の……生命の輝きだったと思う……いや、そう信じたい。


   だから、信じれば、きっとLCLになった人も還って来る。

   傷ついたって、構わない。

   この世に僕一人なんて、もう耐えれそうも無いから。


   だから今日も、波打ち際で僕は待っている。

   人が、この世界に戻ってくる事を……。



   TrueEND





   後書き


   最後まで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。

   久々の投稿になりました(笑)

   EOEアフター物は、初めて書かせていただきました。

   まだまだまだまだまだまだ、へぼいなぁ…と思ってしまいます(涙)

   

   それではこの辺で失礼します。

   ではでは〜。




マナ:生きるっていうのは楽なことじゃないのね。

アスカ:一人で生きるのはもっと辛いわよ。

マナ:だからシンジは、最後に信じてみることにしたのね。

アスカ:きっとみんな帰ってくるわ。

マナ:今度は人を怖がらないんじゃないかな。

アスカ:そうよね。人と一緒にいることの大切さがわかったんだから。

マナ:みんなで幸せになれるといいね。

アスカ:きっとなれるわよ。
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