転校初日、家に帰ったアスカはお向かいさんがシンジと知るとスキップしたくなるのを抑えて自宅に戻る。
リビングで待っていたのはうれしい再会、シンジの両親、ゲンドウとユイがそして『泣きレイ』ことレイとの再会に
その晩、惣流家では碇家を交えてのにぎやかなパーティが開かれた。
そして五日目を迎えた日はシンジとレイの誕生日パーティが開かれる、転校したばかりなのにできた親友達
を自宅に呼んで行われたパーティは、とても華やかなものとなった。
しかしレイは知っている、パーティが終わり、夜も更けた頃二人が出かけたことを。
そして月だけが知っていた、月明かりに照らされた影が思い出の公園で長く長く一つになっていたことを……。
誰がための旋律 中編
-Get locked together Mind -
「彼が私の後に生まれてきた事は幸運だった、同年代であればこの地位にいたのは彼であるのだから。」
−ベルリン・フィル交響楽団 シュトラウス・オッペンハイマー−
「私は幸運か不幸なのか?彼の調べを聞くと私は、音楽に出会えた嬉しさと才能の嫉妬に苛まされてしまう。」
−ネルフ第三東京・フィル交響楽団 冬月コウゾウ−
シンジはその年齢にして二大交響楽団のトップにこの様な評価を受けていた。
シンジは週に二度、週末に二度シュトラウスの勤めたネルフにまずは研修生として籍を置いた。
ネルフにしても当初は新参者に対して嫉妬交じりの視線を浴びせていたが、彼の演奏を聞くなりその気持ちが霧散してしまう。
「嫉妬?、嫉妬なんかできるかよ、俺もいっぱしの演奏家だぜ、あれに嫉妬できるのはかのパブロ・カザルス氏でもどうかと思うぜ。」
ネルフ交響楽団チェロ奏者、日向マコトはシンジの演奏を聞いた時そう語り、以降シンジのよき先輩として彼と親交を深めていった。
「シンジの弾くとこ見たい。」
昼休み、皆で校庭から離れた芝生で食事をしていたアスカは隣のシンジを上目遣いに見つめシンジにおねだりを始めた。
「えっそれは良いけど、どこで?。」
アスカのおねだりには最初こそ顔を真っ赤にして答えていたシンジであったが少しは抗体ができたようである。
最初の頃のリアクションを楽しんでいたアスカは余裕を見せるシンジにちょっと膨れたが微笑みを見ると今度はアスカが真っ赤になる。
「見てて、飽きんな。」
トウジはそんな二人を見ながらヒカリが作ってきたお弁当をほおばりながらつぶやく。
「どこでもいいのっ!、見たい見たい見たい見たい見たい見たい見たい〜。」
「じゃあ今週の日曜日、僕の家でいい?、まあ昼間からだったらご近所には迷惑はかけないから…・。」
まるで照れ隠しの駄々子のようにブンブンと頭を振るアスカ、そんなかわいいアスカにため息を吐きながらシンジが答えた。
「そうだねそれはいいね。」
急に割り込んできたカヲルにアスカはキッと睨みを利かせて言い放つ。
「アンタも来るの?アンタ碇家は出禁でしょ?」
「でもシンジ君のチェロとくれば是が非でも拝聴したいんだけどな…・。」
「ワシもきいてみたいで!」
「それなら俺(私)も!」
皆が参加を申し込むと、アスカは「むぅ〜」と唸る。 すかさずシンジは「いつか二人でね。」とささやくと納得したように宣言した。
「まあしょうがないわね〜、せっかくだから三バカトリオもこれを機会に音楽の素晴らしさを教えてあげるわ。」
「何や、オノレがやるわけでもなかろうに。」
トウジがそういうが早いがアスカのパンチが的確トウジの頬を捕らえていた。
「そうするとまたレイちゃんに会えるな、カヲル!」
ケンスケの言葉に皆、碇兄妹の誕生日の出来事を思い出し、カヲルは乾いた笑いを漏らした……。
昼下がり、ゲンドウにやっとのことで許しを乞うて碇家を訪問したカヲルを最後に、惣流家も交えてのシンジの演奏会が行われた。
レイの入れたアールグレイを飲みながら皆、彼の演奏に耳を傾ける。
目を閉じたヒカリの目の前には不思議な世界が広がっていた。
あたり一面に広がる草原の風景、そこに流れる心地よい風、その風を受けて立ち、まるで映画のシーンのように走り出したくなる。
シンジの音楽を聞いているうちにヒカリはそんな世界に引き込まれる…・。
アスカは目を閉じてじっとしていた。
いつもMDで聞く調べ、暖かく包み込み励ましてくれる音、悲しいとき一緒に泣いてくれた音、その一つ一つが胸に広がっていく。
ふとシンジを見たとき、目を閉じて弾いていたシンジの瞳が開き彼女と視線を合わせる、そしていつもの優しい笑顔を向けると
アスカも自然と微笑んだ。そんな二人の心を奏でるようにシンジのチェロの旋律がいつまでもいつまでも流れていた…………。
「いや〜最高だね。」
演奏が終了すると、カヲルが拍手を惜しみなく演奏者に送る。それにつられて皆拍手を送った。
レイは演奏を終えてチェロを片づけたシンジにも紅茶を出し、アスカの隣に座る。
「兄さん、またうまくなった…・、すごく感じる…・、ドイツの講演会の時、あれが最高の出来だといってたけどここで聞いたのと大違い。」
レイは嬉しそうにアスカに告げる。
「そう?、アタシにはいつものシンジだったけど?、まぁいつもMDだったからってのもあるけど、やっぱ生はいいわね。」
しばらく、恋する乙女の世界に旅立っていたアスカはレイの言葉で現実に引き戻されると、何気ない一言だけで精一杯だった。
そんなアスカの様子をレイは微笑みながら見つめていた。
”アスカ姉、あなたがいるから…・、兄さんがここまでこれたのは…・、兄さんをここまで優しく強くしてくれた、あなたが……。”
ヒカリもトウジもケンスケもシンジの演奏に酔いしれた。
ケンスケにしてみれば演奏中のシンジをファインダーに収めようとカメラを準備していたが演奏に夢中で一枚とるのが精一杯だった。
「まったく、プロを目指す俺としたことが…・、これが精一杯だよ。」
そういって意地で撮ったDVDの映像を皆の前に差し出す。そこにはアスカと視線を合わせて微笑むシンジの姿が映し出されていた。
「相田!、その写真アタシにだけよこしなさいよ!売ったりしたらだめだからね!」
アスカは独占欲丸出しでケンスケに詰め寄る。
「僕にも頼むよ、もちろん引き伸ばしでね。」
カヲルがアスカの言葉に対抗するようにケンスケに話し掛ける。
「アンタそっちの趣味ないでしょ!」
アスカは、周りに誰がいようとお構いなしにカヲルに牽制の言葉を放つ。
「おやアスカ、おまえは引き伸ばさなくていいのか?」
会話を微笑ましく聞いていたアスカの父ヘルベルト・ラングレーはそんなアスカに爆弾を落とす。
「パッパパ!」
アスカがの全身が真っ赤になる。つられてシンジも真っ赤になった。
「だめよあなた、そんなことしたら、アスカの部屋に入れなくなっちゃう。」
キョウコがたしなめるとヘルベルトが怪訝な顔を向ける。
「だって写真にキスしてるとこに部屋に入ったら気まずいじゃない〜。」
とってもかわいい二つのトマトを中心に皆の笑い声が碇家にこだました。
「惣流、ほらできたぜ。」
二日後、ケンスケはそういってアスカに写真を渡した、大事にパスケースに入れるとジト目でケンスケを睨む。
「相田、焼き増ししてないでしょうね。」
「そう言うなよ、これはナカナカ良いショットだぜ、売りはしないけど見本で飾らせてもらうよ。」
ケンスケは(アスカの部分は除いた)商売品のリストを見せてアスカに了解を求めた。
「まあ、アンタにしては良く取れてるから許してあげる、ところでカヲルにはもうやったの?」
カヲルは久しぶりに朝からの仕事が入ったせいか、今日は学校に来ていない。
「昨日夕方ちょっとね、その時渡したよ。」
「アイツ何に使う気かしら、や〜ね〜ホモみたい。」
「まあ色々あるんだろ、シンジが来てからあいつも一層明るくなったからな。」
ケンスケはいつも彼らを被写体にしているだけあって敏感だった。アスカもそれを感じているので「そうだね」と微笑むと
「今度はもっと撮りなさいよ、特にツーショットをね。」と言い残しその場を後にした。
放課後、トウジやヒカリは部活が無く、シンジもネルフでの練習が無いためアスカ達と談笑しながら帰宅するため校門へ向かっていた。
しかし今日は何となく騒がしい、まあ授業が終了したのであり下校する生徒も多いが校門に人だかりができていた。
いつもは校庭をにぎやかにしている部活動の生徒も我先にと校門に向かっていた。
シンジ達もあまり関心が無かったが、その人だかりの原因を一目見ようと何の気なし視線を向ける、その先にカヲルが見えた。
「あれっ?カヲル?」
アスカはカヲルを見かけて不思議に思った、いくらカヲルが芸能人だからといって同じ学校の生徒だ、こんなに騒がしくなるはずが無い。
「シンジく〜ん。」
その時、騒ぎの中心からシンジの姿を見つけた女性が人波を掻き分けシンジの前に姿をあらわす。
ケンスケは慌ててカメラを取り出す。
トウジはしばし呆然としてしまう。
アスカとヒカリは信じられないと言う目線でその女性を見つめていた。
皆彼女を知っていた、いや知らない人間の方が少ないかもしれない、彼女の周りはいつも栄光と賞賛に輝いていた。
美麗な容姿。
明晰な頭脳。
幼き頃からの鍛え上げの実力。
誰も真似できない上品な風格。
揺るがない名声。
「お久しぶりね、シンジくん。」
「完璧な微笑み」・「天使の歌声」……「緒方理奈」……カヲルの姉である渚理奈は、シンジの前で微笑むとその右手を差し出した。
車のヘッドライトが闇夜を照らす、運転手は次の仕事場に間に合うようにと車を急がせていた。
「シンジくん、かわってないね……。」
理奈は、隣のカヲルを見ること無く、窓に映る首都高の夜景を見ながらポツリとつぶやく。
「最後に会ってから半年も経っていないんだよ…・。」
「そうね…、久しぶりに楽しかったわ、あなたの控え室であの写真を見なかったらホント知らなかった、あなたの友達にも会えたし。」
その話を聞くとカヲルがクスクスと笑い出す。ケンスケが撮ったシンジの写真を理奈は絶賛し、皆でちょっとした撮影会も開かれた。
「そういえばシンジくんの隣の子、アスカちゃんだっけ?かわいかったね、どっちのガールフレンド?」
夜景を見ていた視線をカヲルに向け、いたずらっぽく聞いてみる。
「見ての通り残念ながらシンジ君だよ、幼なじみで……ほら、あの時に収録していた曲って彼女のために弾いていたんだよ。」
「そう……。」
結果がつまらなかったのか、理奈はまた視線を夜景に戻す。しばらく続く空虚な時間、そろそろ首都高を降りる頃、 理奈はカヲルが
聞こえるかどうかわからないほど小さな声でつぶやいた。
「私は………負けない……誰にも。」
「でも驚いたわ、シンジがあの「緒方理奈」さんと知り合いだったって。」
アスカは、シンジの五歩手前を歩きながら暗くなった空を見上げて後ろのシンジに話し掛けた。あの後、理奈の勧めも会ってお茶を
ごちそうになったのだが少し遅くなってしまった。
最初こそ緊張していたアスカ達だったがそこで色々な会話に花を咲かせた。
理奈がレコーディングの合間にルーベンブルン交響楽団を訪れた時、知り合った事。
何度目かの訪問でカヲルを紹介された事。
シュトラウスの勧めで理奈の弾くピアノと合奏した事。
そして皆一番驚いたのが、今、ヒットチャートNo1を走り続けている理奈のアルバムで使われているチェロのソロパートが、
シュトラウスに拝み倒してシンジに弾いてもらって作成されたという事を知った時だった。
帰国後、このアルバムをリリースした彼女が、MD限定として決してコンサートやTVで披露することが無いのは有名な話である。
「カヲル君の面倒もよく見てたし、良い人だよ、優しいお姉さんって感じかな。」
シンジはアスカの後ろ姿をにこやかに見つめながら答えた。
「ステキだよね…憧れちゃうな…。」
アスカはくるりと振り返り、両手を後ろ手にして鞄を持ちながら瞳をシンジに向けて微笑む。
「ホント……ステキだったよ、シンジも……。」
その言葉を言い終わったときアスカは精一杯の作り笑いを浮かべた。
アスカは信じたかった、毎年送られてくるMDに思いを馳せていた自分の気持ちを受け止めてくれたシンジを。
なぜかメールも手紙も電話さえもしない二人にとって、お互いの誕生日は唯一のつながりになった。
しかし、二人の間には場所と、そして時間という戻しようの無い距離が確かに存在していた。
つい先日、その二つの距離を無くしたアスカだったが、なぜか理奈と笑顔で話すシンジを見て言い難い不安に襲われた。
アスカにしても容姿や頭脳だったらと思うが、二人の作る知らない世界に入り込めない自分が確かにいた。
アタシの知らない頃のシンジがいる……。
アタシの知らない世界のシンジがいる……。
今のアタシじゃ追いつけないシンジがいる……。
シンジの隣にいるのは、本当にアタシで良いの?……。
「シンジ…好きだよ。」
なぜだかわからないがアスカはその言葉を口にした、口に出さないと壊れそうだった、泣き出しそうだった。
不意に目の前が真っ暗になり息苦しくなった、ふと気づくとアスカはシンジに抱きしめられていた。
アスカの体を包み込み……、アスカの心に染み込むようにシンジはそっと耳元でささやく。
「アスカ、僕もだよ…、だから泣かないで、元気なアスカを見せて、僕から離れないで…、信じてアスカ……。」
『シンジ…好きだよ。』
シンジはその言葉を聞いたとき、アスカがどこか遠い人になるような気がした、その言葉を放つアスカの瞳に薄らと涙がにじんで
いる姿を見たとき、気がつくとアスカを抱きしめていた。
アスカに恋焦がれる思いを自分の中に見つけたときと同じ不安に押しつぶされそうな自分がいた。
誕生日が近づくにつれ自分の思いの全てを曲にして送った、そして返事を見る度にまたその思いが大きくなっていく事を思い出す。
有名になっても意味が無かった……。
どんな評価も気にならなかった……。
どんな事でもアスカを思う気持ちに比べればなんでも無かった……。
知って欲しかった、自分の才能は今この手の中に包み込んでいる少女が作り上げたのだと。
気づいて欲しかった、教室で彼女の名前を聞いた時、本当は恐かったのだと。
信じたかった、自分にとって彼女は、どんな事よりも大切なものなのだということを。
「ごめんね…シンジ…。」
シンジの背にもアスカの腕が回る、二人の抱擁は長く続く、お互いの心が絡み合うように長く長く…………。
次の日、アスカは登校するためシンジの家に向かった、所詮、お向かいさんなのだがなんとなく気恥ずかしい。
玄関まで行くと先に登校するレイとばったり会ったのだが顔すらも直視できなかった。
「いってくるねアスカ姉。」
「あっ、いっいってらっしゃい。」
ぎこちないアスカの態度と今朝のシンジの態度を見てピンときたのであろう、レイは微笑みながら振り返った。
「お兄ちゃん、昨日唇にリップつけて帰ってきたのアスカ姉知ってる?。」
顔を真っ赤にし返事が出来ないアスカを尻目に「いってきま〜す。」とレイは駅に向かって走り出していた。
なぜか気恥ずかしい二人は、ちらちらとお互いを見ては赤くなる、その二人の並ぶ距離はまた一歩近づいていた。
そんな二人をケンスケが呼び止める。
「何かお熱いね〜イヤーんな感じ、って、シンジ!おまえずいぶんすごいことになってるぜ。」
その言葉にシンジは何が何だかわからない仕種をする、ケンスケは手に持っていたスポーツ新聞の記事を渡した。
「クラシック界の若き天才チェロリスト、極秘に帰国!」
そんな見出しで記事は書かれていた、しかも紙面のトップに。
そこには、昨日の理奈と校門で握手をするシンジの姿が映し出されていた、驚いたことに名前は載っていなかったが、
シンジの経歴も詳しく書かれている。
特に、楽団の名前しか乗せていなかったはずのアルバムのチェロ奏者がシンジであることも書かれいた。
「彼女が頑なにコンサート等で歌わなかったのは、ひとえに彼の演奏に変わる者がいなかったからである、彼が帰国したので
あれば今月末のコンサートにて初めて彼女の生の声で聞けるかも知れない……。」
「初めて明かされる天才の共演、ぜひとも実現してもらいたいものである。」
その記事を読んだシンジの肩が心なしか震えたのをアスカは感じていた。
シンジ達三人が学校見えるところまで来ると、アスカは少し離れようとするがシンジに呼び止められる。
「アスカ……このままでいて……。」
シンジは視線を合わせずにアスカに告げる。
その言葉に戸惑いながらも、自分にいて欲しいというシンジの言葉にアスカは小さくうなずいた。
校門前に車が何台も連なっている、全てテレビ局か新聞社だ、その光景にシンジは嫌悪感を覚える。
校門に差し掛かったとき、人が群がってくる、マイクやカセットをかざしながら。
「緒方さんとの共演はありますか?」
「ドイツでお知り合いになったそうですが!」
「お二人の関係は!」
「現在どちらに所属されているのですか?」
「そちらのお嬢さんとはどのような関係ですか?」
アスカも最初こそ近づく記者達を無視していたが、恐くなって必至にシンジの腕にしがみついていた。
何とか、教師が記者達を妨げ校門に入ったが今度は生徒達が彼らを取り囲む、その混乱は学校を休校に追い込むほどであった。
「何と言うことだ……。」
ネルフ交響楽団の指導者である冬月は、各新聞で取り上げられた記事を見てため息を吐いた。
シュトラウスからこういった類を嫌悪しているシンジの話を聞いていたので何とか手を打とうと考えていた。
新興とはいえ、現在ではウィーン・フィルを押えベルリン・フィルと肩を並べる勢いであったネルフだが世間には勝てない、とりあえず
各新聞社に彼がネルフに所属していることを伝え、一切の広報をネルフが担当する手を打った。
「彼の才能が壊れなければ良いが……。」
冬月はそうつぶやき、おもむろに受話器を取り親友に事の詳細を相談しようとするのであった。
シンジはこの騒動で家から出れなった。ネルフが記者を一手に引き受けていたが、どこにでも出し抜こうとする輩は存在するものだ、
ゲンドウは家の周りにいた輩をその視線で追い払っていたが、きりがなかった。
しかしシンジを悩ませたのはそんなことではなかった、初日にシンジと一緒にいたためかえってアスカの方がゴシップの集中砲火を
浴びていたのだ。
ゲンドウを始めとする親達は朝登校しようとするアスカが捕まるたびに記者たちの前に出ていこうとするシンジと気丈にも対応する
アスカに感嘆を禁じ得なかった。
意を決した、碇、惣流両家は子供たちを守るため、暫く学校を休むように言い、無神経な輩をどう排除するか真剣に考え始めた。
記者達は助かった、ゲンドウ達の報復をうけなかったことで、四日後、その騒動を収集する事態が発生したのだ。
幾つものフラッシュが彼女を包む、彼女は眩しすぎる光を浴びても平然としていた、進行役が声をかけると一斉にフラッシュが止んだ。
「今回の件については非常に残念です、彼、碇シンジ君はドイツではこのような騒ぎを起こされたことは無かったでしょう。」
緒方理奈緊急会見はその第一声から始まった。
「確かに彼の才能は希有だとの評価をベルリン・フィルのシュトラウス先生もおっしゃっていました。」
「私との共演という件だけで皆さんが一時的に騒がれるのは心苦しく思います、実際、彼とはいままでそういう関係ではありません。
また今回、共演をお願いしたいと考えていましたがこの様な騒ぎでは要請できません。ファンの皆様、大変申し訳ありません。」
記者達は引いた、理奈は自分達が騒げば共演は出来ないと言っているのだ、当然ファンの怒りの矛先は自分達に向いてしまう。
その後も彼女の会見は続いた、結局理奈の脅迫とも取れる発言によってシンジ達はその騒ぎから開放されたのである。
久しぶりに登校したシンジとアスカに記者達は近づくことが出来なかったが、学校はどうすることも出来なかった。
シンジに根掘り葉掘り聞きたがる生徒達、サインをねだる即席の友人達、はたまた非公認のファンクラブまで出来る始末である。
「ごめんシンジ君、僕らが会いに来たばっかりに。」
教室に入るとカヲルがすまなそうにシンジに話し掛けた。
「いや、大丈夫だよ、僕らにしても理奈さんにあんな事までしてもらって本当にゴメンね、ありがとうございますって言っといてよ。」
その言葉を聞いたカヲルの表情はなぜか暗かった、さっとその表情を隠すとシンジに笑いかける。
「でもすごいね、君の演奏を聞いていないでこれだからねぇ、聞いたらどうなるんだろう。」
カヲルは何の気無しに言葉をつないだが、シンジの顔は優れない。
「ゴメン…でも、僕はそんな事のためにチェロを弾いているんじゃないだ…・。」
そう言ったシンジの笑顔はなんとなく暗く沈んだものだった。
一週間も過ぎると、目立っていた学内の騒動は鎮静化の方向を見せる、学内での演奏はシンジの要望で学園祭までお預け。
また最大の要因としてシンジは売却済みだったということもあった。
さすがに学園のアイドルと真っ向から対決する者は出なかった、噂ではファンクラブの霧島マナ嬢と、し烈な戦いが展開されるかと
思われたが、裏取り引きが成立したらしい。
その内容についてのマナ嬢のコメント…「フッ、アスカ…今回は引いてあげる。」
「シ〜ンジ!」
アスカは芝生に座り込んで手紙を読んでいるシンジの後ろから抱き着いた、当然手紙のチェックも怠らない、このたゆまない努力が
悪い虫を近づけない秘訣だ。
「アッアスカ、どうしたの。」
「何でもな〜い、それ何?」
アスカはその手紙がラブレターではなさそうなので安心すると神妙な顔つきで呼んでいたシンジに問い掛ける。
シンジはそれをアスカに手渡したどうやら読んでも差し支えないらしい。
それは英語で書かれていた、アスカは父がアメリカ出身だけあってそれを難なく読みあげる。
シュトラウスと書かれているところからベルリン・フィルからの手紙らしい、時候の挨拶や今回の騒動の件について書かれていた。
最後に書かれた一文は国連事務総長と日本を訪問すること、歓迎演奏会を行うので冬月に頼んでチェロの独奏をお願いしている
とのことが書かれていた。
つまりシンジにぜひその独奏をお願いしたいと、日本での成長した姿を拝見したいと締めくくられていた。
「先生もいきなりだよね、まだこっちに来て一ヶ月も経っていないのに。」
シンジは苦笑した、そんなシンジにアスカは笑うとドンッと背中をたたいて励ます。
「やったジャン!シンジ、日本でのデビューだね!アタシも行きたいな〜、ねっ花束渡してあげるからアタシも連れてってよ。」
「そんな〜わからないよ〜。」
「ねっお願〜い、じゃあじゃあ花束だけじゃなくてさっ、頬っぺたにチューもしてあげる、チューって。」
アスカは目を閉じて上目遣いに顔を上げ少し唇を突き出す、シンジはその姿をみて想像したのか顔を真っ赤にしてつぶやいた。
「結構、いいかも……。」
それを遠目から見ていた四人の親友達は彼等にいつ声をかけようか迷っていた。
「えっ、コンサートですか?」
シンジはネルフでの練習中、冬月に呼ばれ事務室で怪訝な顔を作っていた。冬月不機嫌そうに話を続けた。
先程、緒方理奈の所属するプロダクションから一度だけの出演要請がかかってきたのである。
「今回の件で彼女はかなり無理をした件もある、その彼女から一度だけでいいから披露したいとのことだ、代理とはいかんだろう。」
「どうだろう?もちろんネルフ交響楽団の一員としてだがね、今後については一切そう言った類の件も断りやすいのだが?」
冬月は一回きりと言うことと、ネルフとして依頼を受けた場合の今後を強調した、確かに今回受ければ今後は断りやすくなる。
オーケストラ等でのシンジは俄然やる気を出すのだが、こういった類の演奏を嫌がっていた。
「……わかりました、考えさせてください。」
シンジはそういうと足早に冬月のいる事務室を後にした。
「受けてあげたら。」
その夜、シンジは事の次第をアスカの部屋で話していた、寝るには早すぎるが若い男女が一つの部屋で話すにはちょっと微妙な
時間だ、しかしヘルベルトもキョウコも邪魔する気配は無い、キョウコにしてみれば朝食を四人分用意しなくちゃといってヘルベルト
にお説教を食らっていた。
「だって今回の件でお世話になったでしょ?それに一度だけだし、アタシもあの曲、目の前で聞いてみたいよ。」
アスカはあまり乗り気でないシンジを励ましていた。
記者会見のお決まりの言葉「彼とは関係ありません。」にいささか不安な部分があったがその思いはシンジが消してくれている。
そう思うと嫌な騒動を収めてくれた理奈に何かしらお礼をしたいと考えていた。
「ねっ、受けましょうよ、そりゃシンジのデビューでアタシがキスできないのは残念だけど、花束くらい渡してあげるわよ。」
アスカはいたずらっぽい視線を投げてシンジに話し掛ける。
「そうだね、えっそれじゃあアスカコンサートに来る気?。」
「当然でしょ、アンタそれともアタシじゃ嫌だっての、絶対頼んでよ!」
「分かったよ。アスカが来てくれたほうが僕はうれしいし…・・。」
シンジはアスカのそんな励ましを受け共演する事を決めたのであった。
「シンジ君、本当大丈夫かい?」
要請を了承したシンジがカヲルと合ったのは、共演の一週間前であった、何かと忙しい二人のだったためろくに話しが出来なかった。
シンジの共演の承諾についてはカヲルも同じプロダクションのためはなしには聞いていた。
今回限りとし、ネルフ交響楽団員として出席する。その条件をプロダクションは喜んで受け止めた、そしてシンジに最前列のチケットを
仲のいい友人にでもと大判振る舞いも行ったほどである。
「大丈夫!、なんたってアタシが行くんだもん。」
シンジの隣でアスカが胸を張る、コンサートの最前列のチケットを確保しただけあって周りの親友達も喜んでいた。
特にアスカの喜びようはかなりハイ・テンションだった、カヲルは知っているが、今回シンジが出演するのはラストだ、その後彼等に
に花束を渡す予定なのだが、シンジにはアスカしか適任者はいないため「シンジ君には内緒で。」と持ち掛けられていたからだ。
「まあ、がんばるよ、理奈さんにはお世話になったし僕もあのパートは好きだからね…・、それにアスカも見てくれるし。」
「なんや結局、そこかいな。」
シンジの言葉にトウジがツッコミを入れると、周りも笑い出した。
「そうかい、僕もゲストで呼ばれているから協力するよ。」
そう言ってカヲルはシンジを励ましていたが誰もその不安そうな視線に気づかずにいた……。
そしてコンサート当日、それぞれの思いが絡んだ宴は華やかに始まった…………………・。
歓声があたりから沸き上がり会場は興奮に包まれていた、今日の理奈が歌い上げる歌は輝き、ステージに一人の天使を降臨させ
ていた。何台かのTV局のカメラが彼女をとらえ…いや彼女から目が離せないでいる。
「みんな〜今日は本当にありがとう!最後の曲です!みんなも色々聞いてると思うけど今日は特別ゲストを呼んでます。
私の思い入れの曲で協力してくれたネルフ交響楽団の碇シンジさんです!」
シンジはそう呼ばれるとステージの袖からゆっくりと登場する、タキシードに身を包み、愛用のチェロを持った姿はなかなか凛々しい。
「あっ、シンジ〜!」
アスカは最前列にいたという事もあり、シンジに向かって手を振る、シンジはそれを真っ先に見つけステージからかなり距離がある
にもかかわらずその微笑みを返した。
「色々あったけど、今日はそんなこと忘れて聞いてください。曲は「Lover's Melody」。」
静かなテンポで曲が始まる……・理奈が目を閉じて歌う姿に歓声が嘘のように止んでいく、その一声に恋人達の切なさを感じ
その歌声に甘い恋心が伝わってくるバラードが会場に響く。そして理奈の曲の思いを受け継ようにシンジの間奏が始まった。
何を思えばよいのか…間奏は誰の心にも響き渡る、嬉しさ、悲しさ、愛しさ、辛さその思いがわずか二分足らずの間奏で表現されて
いるのだから、それを感じてしまえるのだから。
理奈は自分でも驚いていた、確かにシンジの演奏は聞いていたが今日の演奏はそれを凌いでいる、こんな気持ちになるなんて、
こんな思いで弾けるなんて…、理奈は間奏である事を忘れるくらいシンジの調べに酔いしれていた。
理奈は、ふと視線をシンジに向けるだが彼は目を閉じる事無く微笑みを返していた、自分ではなく最前列に座る愛しい者へ…・。
曲が終わり皆惜しみない歓声と拍手を贈る、虜になってしまった彼女の歌う世界に、囚われてしまったシンジの奏でる世界に。
ステージに何人かの有名人があがる、それぞれゲストに呼ばれた人々が理奈に祝福の握手と花束を渡す、その中にはカヲルの
姿もあった。
そしてシンジは前に出てくるよう言われるとおもむろにチェロを片手に前に出る、そこにはその人達に混じってアスカが立っていた。
「アスカ……。」
「はいっ、シンジすごくよかったよ、シンジが見ててくれたしアタシ感動したよ!」
そう言って皆とはちょっとちいさめな花束を渡す、シンジは嬉しさに花束を受け取ってアスカを抱こうとしたが両手がふさがっていた。
「残念でした、チューはまた今度ねっ。」
アスカは悪戯っぽい笑顔を向けて、花束を持っているシンジの手に両手で握手をする。
「ちぇっ、アスカからしてくれたっていいじゃん。」
「バ〜カ。」
そう言ってアスカは理奈の所へ向かう。
「最高でした、がんばってください!。」
こちらは少し緊張気味にそう言って花束を渡す。
「…そう、ありがとう。」
理奈は冷めた視線でそれを受け取る、そして女性しか分からない視線をアスカに投げつけていた。
そう、嫉妬という悲しい視線を……・・。
その視線に不安を感じながらもアスカはステージを降りる、もう一度シンジを見ようと振り向いた時、それは起こった。
辺りからどよめきが上がる…………。
彼女の体は両手がふさがれているシンジに近づき………・。
彼女の腕はそんな微笑むシンジの体に強引に絡み付き…………。
そして彼女の唇は困惑したシンジの………シンジの唇を捕らえた…………。
辺りが静けさにつつまれ、誰も一言も発する事が出来ない、そして困惑したシンジを離すと会場に振り替える。
いや会場ではない、ある一点を見つめていた…その「完璧な笑顔」で、その先には信じられないような顔をしたアスカが呆然と
たたずんでいた。
二人の視線が交差する、一人は全てを手に入れるために、一人は大切な何かを奪われたような視線で…………・。
しかしその視線は、辺りが喧騒に包まれていく中で消えていく、しかし真実は残酷に少年の唇と少女の目に焼付いていたのであった。
少年と少女の旋律はもう一つの旋律によって狂い出す、絡まる思いは二人をどこへ導くのか…………。
外はいつの間にか雨が降り出していた…………。
中編
-Get locked together Mind - END
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |