華やかともいえないが宴は順調に進んでいた、国連事務総長としてのリツコの周りは官僚で埋め尽くされる。

ただ懇願だけをする輩をよそにリツコは社交辞令を述べていく、そして前方に旧友を見つけると不思議そうに

しかし嬉しそうに近寄っていった。

 

「おひさ、ミサト。」

「あれ〜、リツコ!元気そうじゃない。」

「何であんたがここにいるの?あなた学校の先生でしょ?」

意地悪そうな質問にミサトはケロッとこたえる。

「実は今日ネルフの代表で弾く子うちの生徒なの、んであと加持の招待。」

嬉しそうにエビチュを飲む友人にあきれたがそれ以上に嬉しさがこみ上げてくる。

「相変わらずね。」

「ふぉう、でぇふぉリフフォもかふぁっふぇふぁいふぁよ。」

リツコは、食べるのを辞めずに話すミサトに相変わらずだとつくづく思った。

「貴方だけよそういってくれるの、加持君と会った。」

「あの馬鹿?さっき張り倒しといたわよ!三ヶ月後には帰ってくるって。」

「じゃあ半年後、また日本ね、ちゃんと呼んでよ結婚式。」

「ぶっ、やぁね〜、あんたいつからそんな意地悪になったのよ……。」

その世界にあって冷淡である彼女は久々の旧友との再会でその心を潤していた。

 

 

「どこに行ったの?」

キョウコは控え室前の談話室でうろうろとしている、宴は始まりシンジの出番まで後わずかだ、控え室では、

冬月が碇夫婦とシュトラウスそして理奈を伴って入っていた。

「あかん、連絡とれへん。」

「こっちも……。」

「どうなってるんだ?惣流がこないわけないだろう?」

友人達もそれぞれ手を尽くしたが連絡が無い。

「カヲルもおらんで。」

トウジは周りを見ると不思議そうにつぶやく。

碇夫婦も心配していたのか控え室から出てくる。

「キョウコ?どうしたの、アスカちゃん何かあったのかしら?」

「昨日友達の家にいるって、電話受けて、今朝もずいぶん待っていたのよ、渚君も一緒だっていったから直接

来てるかなと思ったんだけど…。」

キョウコは不安そうにその入り口を見つめていた。

 

「どういうこと?。」

理奈は外の様子にただならない雰囲気を感じていた、そして一番近くにいたヒカリに事の次第を確かめる。

「あの子、今日はシンジくんへ花束渡すんでしょ?えっカヲルも一緒なの?」

ヒカリの返答に理奈はやや複雑な複雑な表情になる。

そして気づいていなかった、会話を終えたシンジ達が控え室から出てきたことに。

「あまりいいことじゃないわ、カヲルとあの子間違い無ければいいけど……。」

「アスカいないんですか!」

理奈は振り向いて自分の失態を呪った、そこには信じられないような青い顔をしたシンジがいた。

「まだ時間はあるわ……カヲルも一緒だから心配しないで。」

理奈は自分にも言い聞かせるようにそう告げた。

「アスカ…信じてます。アスカは必ずきてくれます、そうでないと僕は…。」

シンジも自分にそう言い聞かせ準備を始めるためその場を後にした。その顔に只ならない雰囲気をもって…。

 

「カヲル…信じてるわよ……あの子、惣流さん…シンジくんをこんな形で失っていいの?。」

理奈は先ほどのシンジの言葉から何かを決意していることを感じていたのだ。

それはたぶん自分とアスカに十分関わることだとも分かっていた。

その決意を見ないままステージから降りようとしている、理奈は彼女の想いはこんなものではないはずだと言い聞かせながら

シンジを励ますべくその後を追った。

 

 

しかし演奏会は始まってしまった…奏者において一番聞いて欲しい者がいないままで…………。

 

 


誰がための旋律 最終編 -二人の旋律-


「なんと言うことか、冬月!私はおまえを認めた上でシンジを任せた!どうなっているんだ!」

「私もわからん、原因は招待客で来ていない者がいたからだと聞いている。」

シュトラウスは演奏会の模様に挨拶もそこそこに控え室に向かった。談話室で冬月を見かけると怒りもあらわにまくしたてる。

さんざんである、確かにシンジは演奏をやり遂げた、しかしただやり遂げただけなのだ、あの奇跡のような調べはなく、

そこにいたのはプロの奏者に毛がはえた程度であった。

アスカの変わりとして花束を手渡した理奈も呆然とした、花束を受け取るシンジに精気はなく瞳は泥のように暗く濁っていた。

会場はざわめき、終わったときにはおざなりの拍手しか飛んでこない、誰もが皆、シンジを責め事務総長に平謝りをしていた。

 

唯一彼女の親友だけが語っていた。

「ごめんね、でもあの子も人の子だから、いつか埋め合わせするからかんべんしてよ。」

リツコはその言葉に笑いながら今回は旧友と会えたことだけでよしとすることにした。

 

「とにかく!私はシンジをドイツに引き取る、どんな原因があったとしても不安要素があるところには置いておけない。」

「まて、事務総長には私が謝る、彼も反省しているからな。」

「冬月!私の面子などどうでもいいのだ、事務総長もそう言うだろう、あの才能を私は失いたくないだけなのだ!」

 

そんな二人のやり取りを聞いていた理奈は嘆いていた、あの子…惣流さん、そしてカヲルがシンジくんの才能を壊していく。

そして気づいていた、たぶんその原因であろう自分を。

そして悔やんだ、いくら自分が励ましたところでシンジの心には届かなかった、シンジの支えにはなれなかった。

 

『偉そうなこと言えないじゃない……私も……私じゃあシンジくんに何もしてあげられなかったじゃない…。』

 

 

 

そしてシンジが消えたのがわかったのは、心配したレイが控え室に入ってその光景をみたときだった。

シンジのチェロは弦が切られその無残な姿をさらしていた……。 

 

 

「どこにいたの?」

キョウコは怒る訳でもなしに優しくアスカに問い掛ける。ヘルベルトは静かにその光景を見つめている。

「ごめんなさいママ!友達の家にいて…それで…ごめんなさい……。」

平謝りするアスカにキョウコはため息をつくどうやら一大事ではなかったらしい。

「アスカちゃん…一つだけ聞くわ、昨日渚君と一緒にいたのね。」

カヲルがアスカの後ろに居たにも関わらずキョウコは問う。

「その、正直に言って頂戴、渚君と何かしてたの?」

「キョウコ!」

「あなた…ごめんなさい、アスカがどちらを選んでもいいわ、でもそれを聞かないとシンジ君の「シッシンジがどうしたの!!」

アスカはキョウコの言葉が言い終わらないうちに問い掛けた、その表情は驚愕して真っ青だった。

「アタシは渚とは何もしてない、本当よ、だから教えてシンジッ、シンジがどうしたの!!」

 

「いないのよ、どこにもね。」

その言葉はアスカの後ろから発せられた、それと同時に頬をたたく乾いた音が響く。

 

「貴方達、何をしていたの?」

カヲルの頬が真っ赤になる、そこには静かに、その風格を怒りに変えた緒方理奈が二人を見つめていた。

 

シンジがいなくなってから三時間が経つ、ゲンドウとユイはレイが倒れたため家に戻ったが、理奈とミサトの面々は早々に

リツコとシュトラウスに別れを告げ、周囲を探したがどこにもいなかった。

ふと玄関前が騒がしい、どうやら成果を上げれずに皆戻ってきたようだ、ヘルベルトは黙ってリビングに戻り向かいに連絡する。

 

「アスカ……。」

「どう言うこっちゃ?」

「カヲル!」

皆アスカとカヲルを見て驚きの声をあげる、シンジの次に探していた人物達が目の前に居るのだ。

「どう言うこと?説明してくれる?」

一応担任として無視して置けなかったミサとはそう二人に告げるのであった。

 

しかしその言葉も終わらないうちにアスカは皆の間から割って入ってきた少女に頬をたたかれる、皆呆然としていた、その光景に。

その人物は、その顔を涙で濡らしたままアスカをたたいた手を引くこともせずに立っていた。

 

「話してくれるよねアスカ姉……。」

レイは心配する両親をよそに、そのまま視線をアスカから放さなかった。

 

アスカは全てを語っていたマナに話すように、不安を、寂しさを、想いを、皆玄関先だというのにその言葉を黙って聞いていた。

「ごめんねレイ、アタシ不安だったの、だけどやり直そうと思ったの、でも、でもだめねこうなちゃったんだもん、だって、だって

これじゃあシンジもあきれちゃうよね。」

全てを話し終えたアスカはそういって自嘲する、しょうがない、仕方が無いと、自分の所為なんだとそしてその頬からは涙が流れてくる。

 

「アスカ姉分かってない、兄さんそんなことでアスカ姉を疑わないし、あきれもしない。」

「何で?なんでよ?レイ!何でシンジはそこまでアタシを信じれるの?」

アスカのつぶやきにレイはそっと目を閉じる、そして思い出すようにアスカに向かって語り掛けた。

 

「兄さん……、ドイツに行ったときあたしのせいでいじめられてたの、いつも『うさぎ』『うさぎ』っていわれたあたしを庇って、

でも負けなかった、アスカ姉に鍛えられたって。

言ってた、アスカ姉はいつも自分の目標だって、明るくて負けなくて頑張り屋で、とってもとっても優しいって、

だから誕生日にはお返しするって、そしてアスカ姉から返事が来るたびに頑張ってた、兄さん返事来るたびに張り切ってた。

チェロで賞を取ってもアスカ姉のおかげだって、だってチェロで伸び悩んでた時はいっつもアスカ姉に送った曲を聴いていた。

中学のときも告白されたって僕には待っててくれる人がいるの一点張り、アスカ姉の返事よく読み返してた。

みんなに付き合ってみたらって言われても、僕はこんなに想われているって、だから自分を偽れないって。

帰ってくるときも不安だったけどこの街に帰りたいって、知ってる?ほんとは引っ越し先第二東京市だったんだよ。

兄さん言ってた、アスカ姉は待ってってくれるって、こんな僕だけど待っててくれるって、そう言う子だって、信じてるって。

初めて学校から帰って貴方が来たときの兄さんの顔、わたし今まで見たことが無いくらい嬉しい顔だった。

だからアスカ姉……兄さんを信じて……まだ大丈夫、大丈夫だから…………。」

レイはその言葉を話しながら涙を流す、それは心から慕う兄と、自分より若いのに姉と呼んでいる少女に対しての懇願だった。

 

「アスカ…。」

「アスカ君…。」

「アスカちゃん…。」

「惣流…。」

「惣流さん…。」

レイの独白を聞き終わり、視線が集まる、そしてアスカの目からまた涙がこぼれていく。

止まらない、止めることが出来ない、長い年月…シンジは自分を支えにここまで来てくれた。

『アタシ…シンジにこんなに想われていたんだシンジはいつも本当のアタシを想ってくれてたんだ…。』

 

「惣流さん…。」

そっと理奈が近寄りその涙をふく、そしてその『天使の微笑み』以上のやわらかな笑みでアスカを見つめる。

「シンジくんを探しに行きましょう…きっと待ってるわ、貴方を…貴方の事を。」

理奈は自分に言い聞かせていた、自分の想いが届かないのではない、この二人の想いがとても大きいのだと。

そして見てみたいのだ、才能と、評価だけの世界に染まっていく自分とは違う価値観を。

「そしたらお話しましょう…今までのこと…いまのシンジくんを支えることが出来るのは悔しいけど貴方しかいないの…。」

「だから…会いに行きましょう、二人の思い出と二人の想いを私に見せてくれる?」

その言葉にアスカははっと顔を上げる、そして何か思い出したようにつぶやくとそのまま皆を押しのけて外に飛び出していった。

 

「どうやら、彼女には分かるのね…。」

理奈はそう言うとカヲルに振り向く、しかしそこには………レイに耳を引っ張られるカヲルがいた。

「カヲル、貴方には聞きたいことがあるの、アスカ姉と何をしていたのかキリキリ吐いてもらうわ、まあ終わった後だけど。」

「レイ君お手柔らかに頼むよ……。」

レイはその視線を冷たいものにしてカヲルを引っ張っていく、カヲルは逆らえないらしい。

「カヲル……貴方?ここといいドイツといい何してるのよ?」

理奈は頭から大粒の汗を流したくなるような光景を見送っていた。

 

 

「はぁはぁはぁ、、、。」

息切れがする、まだ酒が抜けない、しかしアスカの頭の中ははっきりしていた、そしてあたりを見回す。

「いた……。」

アスカはそうつぶやくと息を整え一歩を踏み出す、その先には思い出の公園、そして始まりの場所、そしてシンジが佇んでいた。

 

「シンジ……。」

「アスカ……。」

寂しそうに振り向くシンジにアスカはどう言っていいのか分からなくなる。

「ごめんアスカ…失敗しちゃった…だめだよね…ごめん、心配かけないと思ってたのにごめん。」

シンジは泣きたくなるのを必死に堪えアスカに笑顔を作る。

「バカッ、何でそう言うのよ、悪いのはアタシでしょ!なんで何でそこまで優しくするのよ!」

「じゃあどうしたら良いんだ!何してたのアスカ…カヲル君と…僕じゃあなくてなんで…。」

初めて感じたシンジの嫉妬、強くて優しいシンジが自分の不安を初めて口にする、今のシンジの瞳は泥のように深く悲しい瞳だった。

『酷い顔…アタシもこんな顔でシンジを見ていたの…。』

その表情にアスカは最近の自分を映し出す。

不安で不安でたまらない日々、シンジを信じることも出来ずただ己の心を沈めていく日々……。

愛する者の想いを受け取れない悲しい日々……。

 

その言葉も言い終わらないうちにシンジの頬に乾いた音がする、いつのまにかアスカの手はシンジの頬を捕らえていた。

両手を頬に当ててじっと見つめる、

『アタシを見つめてくれたあの優しいシンジの瞳はどうしたの。』

『そっか、アタシがこうしたんだ、シンジの瞳を…。』

『シンジも不安だったんだよね、バカだな、自分だけじゃないのに。』

『シンジの想いとアタシの想いは一緒なんだ。』

暫くアスカはそのまま目を閉じた、シンジは戸惑いを覚えるが動くことが出来ない。

 

 

レイに叩かれてやっと知ったシンジの想いと自分の想い……。

 

 

マナが諌めてくれた自分の想い……。

 

 

カヲルの胸で泣いた時の自分の想い……。

 

 

理奈と会話した時の自分の想い……。

 

 

あのコンサートの夜、そこから歯車が狂い出した…。

 

 

シンジと理奈を羨望の眼差しで見つめていた想い……。

 

 

シンジの家での演奏会での想い……。

 

 

シンジの誕生日……アタシのファースト・キスの想い出……。

 

 

シンジと再会したあの時の想い……。

 

 

シンジを待ち続けてきた誕生日の想い……。

 

 

シンジと別れる時、泣かないと思った想い……。

 

 

そしてこの公園で誓ったあの想い…………………・。

 

 

静かに目を開ける、そこには悲しく沈んだシンジの顔がある、その瞳には濁った自分の姿が映っている。

「シンジ…シンジが遠くに行っちゃうそう思っていた、シンジは別の世界の人そう思ってた、バカだよねシンジはここにいる

アタシのそばに、こんな近くに…今シンジの顔とっても暖かいよ、ねっアタシの手あったかい?」

シンジは抑えられている顔をコクンとうなずかせる。

 

「レイも、渚も、みんなも、ううん理奈さんもあたしも教えてくれたの…シンジの想いを、アタシがシンジにどれだけ思われてるか

言っとくけど、渚とは何にも無いよホントだよ、信じて、アタシ迷わないよ、だってこんなに素敵な人がこんなに想って近くにいるのに

自分から離れていくなんてバカじゃない?」

緩やかにアスカの顔が微笑んでいく、その微笑がシンジの瞳を透き通らせていこうとするように。

 

そしてゆっくりと手を離す、シンジは「あっ」と寂しそうな声をあげる。

そのしぐさに思わず微笑みながらアスカは後ずさる。そしてまたゆっくりと目を閉じる。

 

「シンジ…私、惣流・アスカ・ラングレーは碇シンジが好きです、チェロを弾くところも、私を優しく包んでくれるところもそして…。」

一呼吸置いてアスカはゆっくりしゃべり出す。

「私に優しくキスをしてくれるところも、みんな好きです、だからシンジも私を信じてください、私の想い届きますか?」

 

シンジはいきなりのアスカの宣誓に呆然としている、その様子を片目をあけて覗いたアスカがもう一度聞いてくる。

「私の想い届きませんか?」

 

シンジは慌てて目を閉じるとアスカに向かってこちらは胸に手を当てて宣誓する。

「私、碇シンジは惣流・アスカ・ラングレーが大好きです、明るいところも、優しいところも、そして…。」

シンジはチラリとアスカを見て笑い出しそうになるのを堪えてしゃべり出す。

「ちょっと焼き餅焼きなところも、全てが好きです、そんな君を信じています、僕の想い貴方に届きますか?」

 

「私、惣流・アスカ・ラングレーは貴方の想い大事にします、やっとやっと手に入れた想いだから、だからもう迷いません。

だから私の想いが届く限りあなたのそばにいていいですか?」

「私、碇シンジは貴方の想いをいつまでも大切にします、やっと想いが通じたから、だから信じます、私の想いをそして貴方の想いを

だから…アスカ…そばにいさせて欲しい。」

 

シンジはそう言うとアスカを抱き寄せようとする、しかしアスカの体はひょいとそれをよけまた一歩後ずさりまた目を閉じる。

「なんで……?」

シンジが怪訝な顔をするとアスカはチラッと目線をそらす。

「ギャラリーが多いのよ……。」

その先には、クライマックスを楽しみにしている連中が今か今かと待ちかまえていた。

「「………・。」」

 

「終わったみたいね……。」

「姉さん、そんなに乗り出すから。」

「そうでっせ理奈さん、それじゃあアッチから丸見えですわ。」

「あらっ、ごめんなさいあたしこう言うの免疫無いからつい……。」

「あちゃ〜きたよ…。」

「アスカすごい顔してる。」

「兄さん…怖い。」

「まあ何とかしましょう……。」

 

理奈は、怒りに震えている二人に向かって堂々と歩いていく。

「覗いてたなんて〜。」

「どうやら終わったみたいね。」

理奈はにこやかにアスカに語りかける、その表情は笑っているが目はアスカを刺すように見つめる。

「惣流さんって、ちょっと言いづらいわ……。」

「アスカで結構です。」

「ありがとう、アスカさんとりあえずおめでとう『LOVERS』の恋人役は今のところ貴方よ。」

「ありがとうございます。」

理奈に臆することなくアスカは言ってのける、その威圧感に負けないように。

「うん、いいものを見させてもらったわ、私には無くて貴方に出来たこと、シンジくんの想いを形に出来る子、私はじめてよ

負けたの……なかなか味わえない気分だわ。」

いきなりの理奈の敗北宣言にアスカはその硬い態度を崩す。

「そんなまだ……。」

「そうね、まだこれからとも言えるわ、でも今はいいの、私が欲しいもの何となくあなた達が教えてくれたから。」

「アタシ達が?」

「そうよ、まだハッキリと分からないけど…だけど今はいいの…。」

そう言って理奈はシンジに視線を合わす。

 

「シンジくん大変ね、貴方は孤独を選んだ…私達の世界で、でもあまり関係無いかもね。」

「はい。」

そう言ってシンジはアスカを見つめる、アスカもシンジの視線を感じ振り向きお互いに微笑む。

「ふふっ、いいわね……でも忘れないで私は今でも貴方が好き、その気持ちはアスカさんに負けないわ。」

その言葉にシンジは困惑する、自分は答えられないと言い出すところを理奈が制す。

「人の想いは自由よ、貴方もアスカさんもそして私も…だから貴方を想う気持ちだけは持たせてね、まあそれが恋愛、なんてね

悔しいわ実際、でも大スターの意地見せてあげる、アスカさんが見せた様にね。」

 

そう言って理奈は微笑む、今は負けでもいいのだ、もし二人の道が分かれそれでもなお理奈がシンジを欲したとき、またその想い

を伝えればいい。

そう人の想いは普遍でありながらも不確かなものだから…………。

 

「それにねイーブンでしょ、私舌入れたし。」

その爆弾宣言はシンジを凍らせるのに充分すぎるものだった、アスカはその言葉を聞き優しい微笑をひくつかせる。

「ちょっと待てぇ!バカシンジ!アンタ舌入れたの。」

シンジは何も言えずプルプルと首を振る、アスカはそのままシンジをにらんで近づいて来る。

ギャラリーはその復活の早さにあきれるばかりだ。

 

「アンタそれじゃ無くても一回多いのよ!!キーッ悔しい!!絶対、絶対浮気してやる!!そうだ渚!アンタちょっと来なさい

特別に一回だけしたげるから。」

「そんな〜」

シンジの情けない顔を無視して笑いながらカヲルを呼ぶ、そして近づいたところで、

 

 

本当にキスをしてしまった。

 

 

「えっ……。」

アスカが目を見開いて目の前の顔を見つめる。

 

 

「そんな……。」

シンジがその行動に狼狽しながら青くなる。

 

 

「「「「「ええ〜っ」」」」

周囲の反応を無視するように続ける二人。

 

 

「ごちそうさま。」

理奈が微笑みながらアスカの唇を離す。

その後ろではカヲルが呆然としていた。

「あらっ、私そのケはないわよ、でもほら『渚』って呼ばれたから、一回だけって言ってたからてっきり…あれっカヲルいたの?」

 

周囲は立ち直れない……。

カヲルは涙目だった。

「まあ間接キスということでねっ、これでシンジくんとアスカさんも一緒って事で……。」

周りの異常な雰囲気を何とかしたかった理奈は、回りに言い訳をする、ここにマスコミがいれば明日の一面をアスカと共に

華華しく飾ったであろう……。

 

「ふうぇ〜シンジ〜口直し〜。」

「結構失礼ね…。」

アスカがシンジに抱きつき周囲が立ち直りつつある、この二人にとっての記念すべき再出発の日は別の意味でも忘れられない

ものとなった。

 

そんな喧騒を見ながら理奈はカヲルに一言何かを話しかけ先にその場を立ち去る。

『さてと、後一つ見せて頂戴、シンジくん…貴方とアスカちゃんの想いを、そして私とは違う才能…それが何なのか教えて頂戴…・。』

 

 

 

 

『それにしてもあの子ホント酒くさかったわね……いやねぇ匂わないかしら?』

 

 

 

 

 

「加持主任!!そこをどいてください。」

とあるホテルのスウィートの前で大柄の男達が目の前の男に向かって懇願している。

「大丈夫だ、悪いが俺の未来のカミさんの頼みでな、ここどけないんだ。」

「ならばそこのドでかいの貴様どかんか!」

加持がどかないと分かると今度はその隣の人物をなじりその先に進もうとする。

「すまんがそれは出来ない、私の大事な娘の婿殿の挽回のチャンスをあの極悪人が必死になって作ろうとしている、私は

あいつのそんな処が好きでな、だからどけないよ。」

ヘルベルトはそう言うといっそうその大柄な体を張って通そうとしない、加持と共謀しているため手を出すに出せなかった。

 

二人は振り向きある一室を見つめる……国連事務総長宿泊室、いまゲンドウとミサトが押しかけに入ったところだった。

 

「突然ね。」

リツコは旧友の訪問に驚いたが、それにもまして隣にいる人物を見て驚く、確か今日の演奏者の父親だったかしらと。

 

「時間が無いため本題に移りたい、お願いします、私の息子の演奏をもう一度だけ聞いてやってください。」

その言葉にリツコもあっけに取られた、実際彼女は演奏会の失敗など気にも止めていなかったのだから。

「私は結構です、別にここには演奏会を聞くために来たのではありませんから。」

リツコは実にそっけない態度でゲンドウに話す、彼女にしてみれば音楽などに造詣があるわけでもない、シュトラウス

とたまたま意気投合したので招いてもらっただけだ。

しかしその態度にもかかわらず、ゲンドウは話を続けた。

「私の息子は大切なものを失うところだった、不祥の息子だがそんな息子にために悩んだけなげな娘がいる、

その子の為にももう一度やり直したいのです、二人のためにもう一度聞いてやって頂きたい。」

「そのお気持ちは察しますが…なにぶん私も多忙でして、スケジュールを切りつめても三ヶ月は……。」

「お願いしたい!」

ゲンドウはその膝を曲げ懇願する、頭をカーペットに付け、その思いを懸命に訴える。

「頭を上げてください、貴方のお子さんのことは私は気にしてません、何かあるようでしたら明日の会見でもその旨を私自身

伝えましょう、ミサト、貴方もいいから、そうね考えとくわまた来るようにするから。」

 

その言葉を聞きミサトはやれやれとそぶりをすると、そのままゲンドウの隣に来て同じように膝を付く。

「ミサトッ!」

「葛城先生!」

「ごめんリツコ、でもあたしからもお願いしたいの、私あの子達のこととても好きなの、

あたしのクラスに来た時ね、二人の再会するとこ見てたらねすごっく良かった、いつも生意気な子がとってもとっても可愛らしいの、

みんなねあの子達のこと応援するの、あの子達傷つくぐらいなら……私はあの子達に何かしてあげれるなら……だからお願い!

葛城ミサト一生に一度のお願いよ!」

そう言ってミサトは土下座をする、その姿にゲンドウも一緒に頭を下げる。

 

「ふう、ミサト…あなたいい先生ね……今度呼ぶ時、飛行機代持ちなさいよ…。」

そう言ってリツコは電話をかける。

「マヤ…明後日の会食の件だけど断って…ええどうも調子が悪いって…いいわ会議には出るわ・・そう・・そう。」

暫くしてリツコは電話を切りため息を吐くとミサトとゲンドウに笑いかけた。

「そういう事、明後日ね…OK?」

その言葉を聞き二人は喜びながら感謝の言葉を述べる。

「でもどこでやるの?まあ貴方のことだから考えてあるんでしょうけど。」

「そりは万事OKよん!明後日最高のステージにご招待するわん。」

その時のリツコはこう語る…『ミサトの顔は悪戯好きのチャシャ猫が笑っているようだった』と。

 

 

あたりが騒がしい、これから独演会だと言うのにまったく静まる気配がない。

「まったそりゃ広いわよここは、でも…はぁ…加持君も大変ね。」

リツコは講堂のど真ん中に特等席を設けられそこに座っていた、第壱高校体育館、ミサトが選んだ場所は自分の職場であった。

加持達SPも警護に就いてはいたがやりにくくてかなわなかった。

ステージにはすでにいくつかの器材が置かれている、高校ってこんな物もあるの?と不思議がっていたが隣の人物が答える。

「緒方が用意したらしい、まったくシンジを連れて帰ると言ったら、間違いだとかんしゃくを起こされてね。」

シュトラウスは苦い顔を向けてリツコに話す。

「先生…私はかんしゃくなんて起こしませんよ、まあここでやるとは聞いてなかったもので…苦労しました。」

その隣で理奈はぐったりとした表情で答えた。

 

シンジの独奏会の再開を知った時、一番張り切ったのは理奈であった、シンジの側にアスカを張り付かせ失敗しないよう説教をし、

冬月に協力を求めた、ミサトから会場を聞いた時は驚きながらも器材を集めた。

あの『緒方理奈』が周りに頭を下げて回ったのである、その苦労の甲斐があったのか最高のステージに仕上がった。

 

「今日は最高のステージになりますよ……。」

理奈は静かに語りかける。

「さてシンジ…君は日本で何を悩み何を見つけたのか、緒方の言葉を信じよう、彼を手元に置くかどうかはそれからだ。」

リツコをよそにシュトラウスと理奈はシンジが奏でるであろうステージを見つめるのであった。

 

「いい?」

アスカは舞台の袖でシンジの側に寄り尋ねた、シンジは手慣れたものなのかゆっくりと瞼をあけそれに答えた。

「アスカ……大丈夫、だから見ていて。」

「うん、一番前で見てるよ…ずっと見ててあげる。」

そして開幕の時。シンジは一つ息を吐くと、ゆっくりと舞台へ向かっていった…………。

 

まばゆいばかりに照明がシンジを照らす。

 

ゆっくりとステージの真ん中に用意された椅子に腰掛け。

 

そしてゆっくりと調律をはじめる。

 

その音に会場のざわめきが静まっていく。

 

 

その時、講堂の後ろが騒がしくなる、ふと見るとどこからかカメラを抱えた者たちが入ってくる。

そのざわめきに皆眉をひそめたが、一人の女性がそのその者たちに声をかけた。

「ようこそ、どこからご入場されたか知りませんが、御静かに願えますか?」

「緒方さん一言!」

無粋な者が声をかける。

「今日は、私の出る幕ははありません、ここでは静粛に、もし彼の演奏を妨げるのであれば容赦しません。」

「そう言って「だまりなさい!」

理奈の威圧は記者だけでなくあたり全ての者をだまらせた。

「もう一度言います、彼の演奏を妨げるのであれば御帰りなさい、そうでなければ私は引退を覚悟しても止めますよ。」

 

異様だった、その風格をもってしてにらみつける理奈とその一言に非難の声を上げる生徒達、その光景に記者達も引き上げようとする。

 

 

その時、もう一度調律の音が支配する、まるで皆を静めるように大きく。

 

「よければどうぞ、御静かに。」

そう言って理奈はその身を翻し戻っていく、そして自席に付かず最前列のアスカの隣に座る。

「ありがとうございます。」

アスカはそういうとペコリと頭を下げる。

「いいのよ私も見てみたいの最高のステージをね。」

そこには、いつものトップスターの彼女がいた、すべての名声を独占しその風格を携えた彼女が。

 

ざわめきが止む、シンジはゆっくりとその目を閉じる、そしてふと気づく、

『そう言えば何をやろうか…。』

ふと目の前にいる少女と目が合う、あの時の夕日のような赤い髪の少女を……。

 

『決めた。』

 

そして、

 

チェロを抱えると、

 

静かに奏でるのだ、

 

二人の想いを……。

 

ゆっくりとシンジの調べを聞きながら、

 

ふと既成感にとらわれる、

 

そうだ、

 

あの曲だ、

 

初めてシンジが自分に弾いてくれた曲、

 

夕日が眩しかった、あの場所での調べ、

 

そしてその曲が終わり、次へと、

 

そう、これは初めてシンジが贈ってくれた曲、自分の誕生日に聞いた曲、

 

次々と流れていく二人だけの旋律、

 

そうこの曲ははじめて自分で聞いたんだっけ、

 

そうこの曲ははじめてシンジが好きだと感じた曲、

 

そしてこれは中学生になってから初めての誕生日の曲、

 

誰も聞いた事のない二人だけの旋律、

 

そう、アスカとシンジだけの旋律、

 

二人をつないでいた旋律、

 

そして最後の曲、

 

そうだこれで終わり、

 

これからは紡ぎ出していくのだ、二人だけの旋律を、

 

これからずっと……………………・。

 

 

曲が終わりシンジがゆっくりと目を開ける、スタンディング・オベーションは……起こらなかった、

 

終わったのか、シンジはすっ立ち上がると、深々と頭を下げる。

 

はじめに気づいたのはアスカだった、そしてゆっくりと立ち上がると惜しみない拍手を送る。

そして理奈もゆっくりと立ち上がりそれに倣う。

次々と自分を取り戻した者たちがそれに倣う。

加持達SPも警護を忘れていた。

そして仲間たちの生徒から歓声があがる、記者達はその光景を一つでも収めようとフラッシュをたいた。

 

「フロライン…泣いているのですか?」

シュトラウスは隣席のリツコに向かってそう言うとハンカチを取り出す。

「おかしいでしょうか?」

リツコはそれを素直に受け取りシュトラウスに尋ねた。

「いいえ、今の演奏を聞いて何も感じれなければ、私は音楽を止めてますよ。」

初めて冬月が語り出す。

「まさに最高だ、その言葉しか出んよ。」

「感謝します、ミスターシュトラウス、ミスター冬月、今日はとても有意義な時間を手にいれることが出来ました。」

「貴方の心に何かが届いたのであればそれで結構。御覧なさい貴方の瞳はそれはとても優しくなっている。」

シュトラウスはリツコの表情をみて微笑む。

「私の心が豊かになったからでしょう、そう感じます。

ありがとうございます、私はこの想いを受けて世界を導きたい、そんな想いで今はいっぱいです。」

「その言葉はあの者に、このすばらしい世界を作ったあの二人に捧げてください。」

そう言って三人はステージに向かって歩く少女とそれを待つ少年の姿を見つめていた。

 

 

歓声が止まない、アンコールが響く、しかしシンジのアンコールはない、それは今の二人の調べはここまでだから。

「いってきなさい。」

理奈がそっとアスカの肩に手をかける、そして微笑んだその手には華やかな花が握られている。

「貴方が渡すの、これからも彼が奏でるように。」

そっと花束を手渡す、アスカはゆっくりとうなずきステージへの第一歩を踏み出す、ゆっくりと壇上へ。

 

「解ったかね。」

いつのまにかシュトラウスは理奈の隣に来ると、その光景を見つめながら理奈に問う。

「才能があってもそれを目指す情熱がなければなにも出来ない、希望でも野望でもいい、純粋な想いが導くのですね。」

「そうだ、いつか人はそれを忘れてしまう。」

「私も彼のように純粋な想いを持ち続けることが出来るでしょうか?彼女のようにそれを信じることが出来るでしょうか?」

「それは君次第だ、大丈夫だろう……思い出すことだ、君がステージに立ちたいと思ったころの想いを……・。」

「はい……・。」

 

ゆっくりステージに上がる、シンジはじっと待っていてくれた、ふと視線が合いお互いに照れてしまう。

ちょっと恥ずかしい。

シンジが静かにチェロを立てかけ、自分に近づいてくる。

そっと花束を渡し、上気する心を落ち着かせてシンジの瞳を見つめる。

そこには黒く澄んだ瞳が自分を見つめていた。

 

花束を持ったアスカを見つめ少し照れくさそうに微笑むとアスカも花束で顔を隠し照れていた、勇気を出して

近づくきアスカの瞳を見つめる、その青空のような瞳が自分を見つめていた。

 

手渡される花束、

 

近づく瞳、

 

そして抱擁、

 

ごく自然に、

 

周りの者も不思議と違和感がなかった、

 

「シンジ…すっとずっと貴方の調べを聞かせてくれますか。」

「アスカ…すっとずっと僕の調べを聞いてくれませんか。」

そして二人とも微笑んで答える。

 

「「喜んで。」」

 

そして約束のキス…………歓声がひときわ大きくなった。

 

二人の想いの旋律は重なり。

 

互いの想いが消えるまで続くだろう。

 

歓声がやむことなく二人を包んでいた…………。

 

 

 

そう懐かしい想い出。

 

 

 

 

いまその旋律は三十回目を迎えた。

傍らには二人の子供達がその旋律に耳を傾けている。

 

 

それは忘れられない旋律…………。

 

 

伝わる想い…………。

 

 

優しい世界…………。

 

二人の旋律はこれからも続いていく………………………。

 

 

 誰がための旋律 Fin


マナ:どうして、わたしが出てないのぉっ!?

アスカ:アンタの出番は、もう終わりよ。

マナ:えーーっ! 最後は、わたしとシンジがLOVERSで幕を閉じるって聞いてたのにぃ。

アスカ:聞いてない! 聞いてない!

マナ:しっかし、シンジもアスカがいないだけであんなにズタボロになるなんてねぇ。

アスカ:アンタ、この作品のタイトル知らないの?

マナ:「マナのための旋律」でしょ?

アスカ:アンタバカぁ? どこをどう読んだら、そうなるのよっ!?

マナ:そう聞いてたのにぃ。

アスカ:聞いてない! 聞いてない!

マナ:なによぉ。女の子同士でキスしたくせに。

アスカ:あっ、あれは不意打ちよっ!

マナ:やーねー。やっぱり、シンジには汚れなき乙女のわたしが・・・。

アスカ:どこが汚れなきよっ! おやじギャルっ!

マナ:あーーっ! またそれを言うっ!

アスカ:でも、いろいろあったけど、最後は感動的に終わったわね。

マナ:わたし、出てない・・・。

アスカ:脇役が最後に出てたまるもんですかっ!

マナ:うーーー。今回こればっかり・・・。(TT)
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