雨、雨が降っている。

アタシはご自慢の赤い傘を差しながら今日は一人で帰っていた。

そろそろ家が見えた時。

「にぃ〜。」と声が聞こえてきた。

周りを見渡してたら、小さな小さな子猫を見つけた。

 

寄ってみると子猫は小さな体を雨に濡らしていた。

寒そうに体を震わしていた。

アタシは何となく昔の自分のような感じがして。

そっと抱き上げてやった。

アタシの胸の中に抱えてやると子猫はとても小さな声で、

「にぃっ。」と小さく鳴いていた。

 

服がずぶ濡れになったけど、

なんだかとってもほっとけなくて。

傘を持ち直して子猫を抱えて帰っていった。


  二人の子猫。


雨、今日も雨。

洗濯物も乾かない。

布団も干せない。

夏の雨はじめじめするから好きじゃない。

 

僕は買い物があるからとアスカを置いて帰ってきたけど。

大丈夫かな?と考えていた。

病院にいた頃に比べると、普段は大丈夫だけど。

たまに凄く不安になる。

辛かった。

悲しかった。

寂しかった。

そんな思いに浸ってしまう時があるから。

 

「ただいまぁ。」

玄関からアスカの声が聞こえてきた。

僕は少しほっとして、玄関に迎えに行く。

 

「おかえり。」

僕は言葉に出したけど、その姿にびっくりした。

アスカの髪はべたつくほどびっしょり濡れていて。

蒼い目を潤ませて心配そうな顔を向けて立っている。

お気に入りの傘は閉じること無く玄関に放り出されていた。

 

そして、その両手に寒そうに丸まっている子猫を抱いていた。

 

 

 

「お風呂沸いたよ。」

さっとタオルで体を拭いたアスカに声をかけた。

アスカは子猫を拭いていた。

その手つきはおっかなびっくりで、少しぎこちなかったけど。

優しく、本当に優しく子猫を拭いていた。

 

「僕が変わってあげるから、入って来て。」

そう言って少し残念そうな顔をするアスカの隣に座る。

隣で湿っているアスカの髪からいい香りがした。

 

「うん。」

アスカは、僕の言葉に頷いてタオルを受取るとバスルームに向かって行った。

 

アスカの姿が洗面所に消えるのを確認して、僕はゆっくり子猫を拭いてあげる。

アスカが丁寧に拭いていたからもう大丈夫。

なでてあげるとゴロゴロと喉を鳴らす。

まだ開けきらない目で僕を見つめている。

暖かいところが欲しかったんだね。

誰かに気づいて欲しかったんだね。

 

「僕は必要ないんだ。」

そう考えていた自分を思い出す。

 

誰も見てくれない。

誰も必要としてくれない。

一人ぼっちで、寂しくて。

だから優しく子猫を拭いた、ゆっくりと君はここにいてもいいんだよと思いながら。

ここが君の居場所なんだよと言いながら。

 

 

 

アタシはバスルームで服を脱ぎながら、子猫のことを考えていた。

寒そうに丸まっていた子猫。

雨に濡れてどこにも行けない子猫。

 

昔は一人で生きるのといいながら。

皆に寄り添って生きてきた自分。

なにひとつ一人だけで出来ることなんて無かった。

 

「アタシは一人で生きていくの。」

そんな言葉が酷く悲しくなってくる。

 

あの子猫は自分だった。

酷く寂しい悲しい子猫。

一人で生きて、一人で悲しい思いをしていた。

そんな事を考えていたから、熱いシャワーと一緒に涙が零れてきた。

 

バスルームから上がってみると、シンジがキッチンで何やらやっていた。

アタシは子猫に視線をやると、大きなバスタオルの上にちょこんと丸まっていた。

アタシは急いで着替えて子猫の前に座る。

安心したように、眠っていた。

やっと悲しさから解放されたように。

やっと寂しさから解放されたように。

子猫は丸まって眠っていた。

 


 

「この子、どうしたの?」

ミルクが入ったお皿と、蜂蜜入りのレモンティーをゆっくり置きながら、

シンジがそっと問い掛けてきた。

アタシはそんなカップを両手に取って、手のひらで温かさを確かめる。

ほんのり香るレモンの香りが、その温かさを教えてくれる。

そんな温かさが心地よくてアタシは素直に言葉を吐いた。

 

「うん・・・・あのね、曲がり角の道の前の植え込みにいたの・・・。」

ゆっくり取ったカップをまわして、アスカが伏し目がちに話してくれた。

寂しそうな視線がカップに注がれている。

不安そうで、寂しい目。

僕はなんだか切なくて、

思わずアスカに微笑んだら自然と言葉を吐いていた。

 

「アスカ・・・・・優しいね。」

アタシがカップを見ているとシンジがそう言ってくれた。

思わず寂しい顔のまま、頭を上げてシンジを見た。

シンジは目を細めてアタシを見てくれた。

まるで 『すごく良い事をしたよ。』 って感じで。

優しく優しく軟らかな微笑みを向けてくれた。

気恥ずかしくて、目線をそらすだけで精一杯だった。

だけど口から出た言葉はとても素直な一言だった。

 

「うん・・・。」

アスカが僕から視線を外すと伏し目がちに頷いた。

いつもの勝ち気な言葉で返してくると思ったけど、アスカはそう言って黙ってしまった。

 

 

 

 

雨が降る。

二人は何かを話そうとするが。

何かを言おうと考えていたが。

バスタオルの頂上で気持ちよさそうに寝ている子猫を見ていて、

なぜか心が優しい気持ちに包まれて二人は黙って子猫を見ている。

 

気付くと、アスカの蒼い瞳がシンジを見つめていた。

気付くと、シンジの黒い瞳がアスカを見つめていた。

 

自然とアスカの瞼が閉じて行く。

シンジの吐息を側に感じる。

 

二人の近づく姿があと2cmというところで、「にぃにぃ。」と子猫が鳴いた。

 

二人は一緒に子猫を見ると、目を輝かせてこちらを見つめている。

思わずその視線を感じながら、互いに顔を見合わせると、なぜか笑みがこぼれだす。

そんな二人を、子猫が嬉しそうに「にぃぃぃぃぃ〜。」と鳴いて眺めていた。

 


 

子猫とアタシの二人だけ、シンジは夕食の準備中。

子猫は、お皿に入ったミルクをちびちびと飲んでいる。

子猫は一生懸命飲んでいた。

可愛くて可笑しくて、アタシは手を伸ばしそっと頭をなでであげた。

やっと乾いた毛はごわごわだったけれども、なんだかとても気持ちよかった。

 

でも、さっきの光景を思い出して、邪魔をしてくれた子猫の事を考えると、

何故だかちょっと悔しくて、頭をポンポンと軽く叩いてあげた。

 

 

ミルクを飲んでる子猫とそれをあやしてるアスカを見ながら、

僕は夕食の準備に取り掛かる。

なんだかすごく優しい感じがした。

僕もつられて笑顔がこぼれたから、今日はなんか奮発したくなる。

 

でも、さっきの光景を思い出して、後2cmの距離を考えてしまって。

なんだかちょっと恥ずかしくなって、耳まで真っ赤になってボーッとしていた。

 

 

夕食前のちょっとの時間。

ぬるめのお湯で子猫を洗う。

そう言えば、乾かしたけど奇麗にしてあげてなかったわね。

だからアタシが洗ってあげる。

嫌がる子猫をちょっと押さえつけボディーソープで洗ってあげる。

 

いやいやするたび、にぃにぃにぃ。

ごしごし擦ると、にぃ〜にぃ〜にぎゃ。

 

あっちこっちと逃げ回ろうとする子猫と一緒に騒ぎながら。

やっと終わったその後に、子猫がブルルッと体を振ったから。

アタシの鼻の頭に残り泡がついたけど。

なんだかとっても可笑しくて、思わず笑ってしまっていた。

 

 

アスカの笑い声がバスルームから聞こえてくる。

多分苦戦してるんだろうな?

そんな事を考えながら夕食を準備する。

何故だかとっても嬉しくて。

鼻歌なんか歌いながら作ったから、大目になった事をちょっぴり後悔。

でも、今日は二人と一匹だからちょうど良いかもって思い出した。

 

あっ・・・・ペンペン忘れてた・・・・・。

 


 

雨が降り続く。

だけど家は暖かかった。

 

二人と二匹で晩御飯。

今日は二人の保護者も久しぶりに、旧友達と羽を伸ばし泊りらしい。

 

ちょっと豪華な生魚を前に、ペンペンもご機嫌になっている。

しかしペンペンの視線の先は、ミルクをちびちび飲んでる子猫を見ていた。

ペンペンの視線に子猫が気づき、顔を上げてペンペンを見つめた。

 

「クェッ。」とペンペンが微笑を返したように鳴くと、

「みゅぅ。」とミルクでべとべとの子猫が嬉しそうに返事をしていた。

 

そんな光景が食卓を飾っていた。

二人ともそれを眺めながら箸を進める。

アスカは誰かとここに居るという事が感じられ。

シンジは自分の成果とその暖かい雰囲気に笑顔をこぼした。

なぜか無言の食卓だったが、その場に流れる雰囲気はとても暖かいものだった。

 

 

「飼えるかな?」

ご飯の後のお茶を飲みながら、アスカは僕に聞いていた。

視線が僕に向いていなかったけど、そんなアスカの問いかけが凄く寂しげに聞こえてきた。

なんだか僕には分かっていた。

 

子猫はアスカ、アスカは子猫。

一人で生きていこうとしても、生きていけなかった悲しい子猫。

泣かないで生きていこうとしても悲しい事が多かった子猫。

そう、あの時からそう生きてきたから、あの時までそう生きてきたから、

アスカは悲しさを背負ってしまった。

 

でも、今は少し違う子猫。

そんな気持ちに襲われて、僕は努めて明るく言う、本当はちょっと悲しくなっていた。

 

 

「大丈夫、ミサトさんもきっとOKしてくれるよ。」

優しく、力強く答えられてびっくりしてシンジを見てた。

シンジの瞳はまっすぐアタシを見ていて、まるでアタシの気持ちを分かってくれていた。

でも、なんだかアタシも分かってしまった。

 

子猫はシンジ、シンジは子猫。

必要とされていないとしか、考えられない寂しい子猫。

必要とされたくても、一人ぼっちの寂しい子猫。

はじめから投げ出され、皆に必要とされていたはずだけど、結局最後は一人きり。

だからシンジは寂しさを背負わされた。

 

でも、今は少し違う子猫。

その気持ちが離れなくて、思わず頷いたけれど、なんだかちょっと寂しくなった。

 


 

冷たい雨はまだ降っている。

しかし、今夜も家の中は暖かい。

そう一人ではなく誰かといるから暖かい。

子猫が丸まって、すやすや寝てる。

二人は子猫を挟んで、苦しい中で楽しかったあの時のように並んで眠っていた。

自然と手と手が繋がっていた。

 

子猫、悲しい子猫。

でも、その先に繋がった手の温かさが、その子猫の悲しさを優しく消してくれる。

 

子猫、寂しい子猫。

でも、その先に繋がった手の軟らかさが、その子猫の寂しさをどこかへ忘れさせた。

 

 

 

 

でも、悲しみと寂しさは止まらない。

その中で生きているから。

生きていれば悲しみと寂しさは襲ってくるから。

 

 

 

 


 

「なんでよぅ。」

朝起きると子猫は起きていなかった。

特性のバスタオルで出来たふかふかのベッドの小さな頂で、小さく小さく眠っていた。

永遠に目覚めない深い深い眠りに就いていた。

 

悲しかった子猫、寂しかった子猫。

やっと悲しい思いをしないのに、もう寂しい思いをしないのに。

その体温は感じられない、その鼓動はもう聞こえない。

 

アスカの瞳は涙をぽろぽろ流し。

シンジは涙をにじませぐっと子猫を見てた。

二人の気持ちの小さな子猫。

その思いからやっと解き放たれた時には、遠い遠いところへ行ってしまった。

 

 

二人の周りにまだ雨が降っている。

子猫の為に泣いてくれている、そう考えたかった。

 

亡骸を大事に抱えたアスカをシンジが傘をさしながら並んで歩いていた。

あの日、出会ったお気に入りの赤い傘をさしながら。

子猫と出会った場所へと歩いていた。

 

小さな植え込みの前にアスカが立つ、その胸には丸まって小さくなった子猫がいる。

アスカはシンジががさしていた傘から出ると、鼻を啜りながらそっと植え込みに近づいた。

濡れるのもかまわずにその場にしゃがんでいた。

 

「ここに、いたの。

最初あった時にね、悲しそうに、『にぃ〜。』って鳴いてたの。

寂しそうにね、寒そうに体を震わせてね・・・・・鳴いてたの。」

小雨で濡れ始めた髪は、アスカの流した涙を跡を隠していった。

 

「アタシね、一人で生きていけると思ってた。

だけどね、ひとりじゃ生きていけないの。

まだね、ううんこれからも一人はイヤなの。

アタシね、泣かないと誓っていた。

だけどね、なぜか涙が零れてくるの。

悲しい時は泣いても良いんだよってやっと、やっと分かったの。

だからね、アタシ連れてったの、この子を見ていたらすごく悲しかったから。

あの時のアタシみたいだから、あの時の悲しいアタシがいたから。

だからね、アタシ達の・・・・・あの暖かい家に連れって行ったの。」  

視線を子猫に向け、優しくなでながら話すアスカに、シンジは傘を差し出したまま無言だった。

 

 

シンジは、おもむろにアスカの隣に座り、適当に場所を決めるとスコップを取り出し穴を掘っていった。

シンジが黙々と穴を掘る、アスカに渡した傘のせいでシンジの髪は濡れていた。

その滴りがシンジの顔を覆っていて、泣いているのかどうか分からなかった。

 

「アスカが猫を拾ってきた時、アスカの代わりに子猫を拭いていた時。

なんだか一人ぼっちのこの子を見てて、すごく寂しくなったんだ。

昔の僕と一緒だね、寂しいよねって。

だけど安心していいよって、ここにいてもいいよって思ってたんだ。

だからね、アスカがつれてきてくれて、すごく良かったね?

嬉しいねって思ったんだ。」

 

 

 

 

程よい穴が出来上がりると二人は並んでその前に座る。

シンジの視線はアスカに注がれ、アスカはそっと頷いた。

 

アスカは腕からゆっくりと子猫を静かに置いていく。

静かに、まるで起こさないように、ゆっくりゆっくり置いていく。

まるで何事も無かったかのように、子猫はその場に横たわる。

 

暫く二人はそれをただじっと見つめていた。

眠っている子猫を、目が覚ます事が無い子猫を。

もしかしたらと思いながら。

だが、二人はおもむろに、手で土を被せていった。

自分の手が汚れるのもかまわずに、優しく被せていった。

 

アスカが小さい石をその小山に乗せて立ち上がる。

シンジがそれに倣ってその小山を見つめながら立ち上がった。

 

 

悲しみが止まらなくて・・・・・寂しさが溢れ出す。

子猫の墓標を暫く見つめていた二人は、その感情を止められなかった。

アスカは自分が押さえ切れなくて、シンジは自分が耐えれなくて。

視線が合い、二人は服が汚れるのもかまわずに、お互いを抱きしめた。

 

せっかく見つけた優しさが、せっかく生まれた絆が消えてしまった事を嘆くために。

 

傘はその場に投げ出され、服はお互いに抱きしめる手によって汚されていた。

しかし、二人はきつくきつく、その存在を忘れないようにお互いを抱きしめた。

 

その寂しかった子猫のために、悲しかった子猫のために。

自分達によく似た子猫のために。

 

悲しみを少しでも癒そうと。

寂しさを少しでも忘れようと。

隣にいる者を強く求めた・・・・・。

 

 

 

そんな自分達にシンジは思いを吐き出す。

「アスカ・・・・・。

寂しいね、こんなときどうしたらいいか分かんないや。

あの子猫は、寂しいままだったのかな?

あのときの僕のように、一人ぼっちだったのかな?

違うよね、きっと違うよね、

だってアスカが気づいてくれたんだもの、僕らが一緒に居たんだもの。

きっと、最後は寂しくなんか無かったよね?

だから・・・ね・・・悲しくなんか・・・ないよ・・・ね?」

 

自分とよく似た子猫、その存在がこの息づく世界から土へと帰っていった。

寂しかった事を誰にも告げられないまま。

寂しくなくなった事を誰にも言えないまま。

子猫と同じシンジに寂しさを感じる。

・・・・・ただ違うのは、シンジにはアスカがいた。

だから精一杯の言葉で寂しさを打ち消そうとした。

 

 

 

アスカがそっとシンジの言葉に顔を上げた。

シンジの優しい気持ちが伝わる。

しかしまだ届かない、悲しみは深いから。

 

「でも、でも!死んじゃったんだよ?

死んじゃったら、死んじゃったら悲しいじゃない!

いなくなちゃったんだよ!一人ぼっちで、一人で生きてきて。

せっかく一緒に暮らせるのに、やっと誰かといられようになったのに。

なぜ・・・・なんでよう?

ホント?ホントにそうなのかな?

シンジ、ほんとに、ほんとにあの子は悲しさを忘れられたのかな?

 

アタシ、気づかなかったほうがよかった。

だって、こんなに寂しい思いをするなら、こんなに悲しくなるのなら。

逢わなければ良かった・・・・・。

だって悲しいもん、だって胸が痛いもん。

あの時、なんで聞こえたんだろう。

あの時、なんで見つけたんだろう。

 

アタシは良いことをしたの?

あの子はアタシと逢ってホントに良かったの?

シンジはあの子とあえてホントによかった?

ねぇ、シンジ・・・・・おしえてよ・・・・・。」

 

 

シンジは、アスカの言葉に静かに腕に力を込めた。

出逢わなければ傷つかない。

気付かなければ悲しまなかった。

 

だけど、あの時逢った二人のように。

出逢わなければ感じることが出来なかった。

その悲しみと寂しさの癒していく中で得るものを。

 

だから。

 

あの子猫は、きっと悲しみが少しでも癒えたと思う。

あの子猫は、きっと寂しさが少しでも忘れられたと思う。

 

生きているから、息づいているから。

この世界が寂しさや悲しみに包まれているけれども。

そう信じてあげたかった。

だからその想いをアスカに知ってもらうために、シンジは抱きしめる手に力を込めた。

 

その鼓動が。

そのぬくもりが。

シンジの鼓動がアスカにそう教えてあげれるように抱きしめた。

 

その鼓動の中でアスカは感じている。

そう、出逢わなければ悲しまなかった。

気付かなければ寂しい想いをせずに済んだ。

だけど、出逢う嬉しさ、一緒にいるうれしさも感じることは出来なかった。

 

自分とよく似た子猫、その息遣いは永遠に失われたまま。

その悲しみを知ることはもう誰にもできない。

悲しみが癒されたのかを聞くこともできない。

アスカの悲しみが子猫に重なる・・・・・。

ただ、アスカにはシンジがいるのだ。

 

その寂しさと悲しさを分かち合える人がいるのだ。

シンジとアスカはそれを互いに埋めることができるのだ。

 

アタシは生きている。

 

きっときっと、子猫もあの時癒されていた、忘れることが出来た。

それを子猫は残してくれたのだ、二人に教えてくれたのだと。

いまだ抱き合うその温もりと鼓動を感じながらアスカもそう思いたかった。

 

何時しかシンジを見つめるアスカの瞳から、悲しみの色が褪せていく。

 

 

 

 

そう、僕は生きている。

そう、アタシは生きている。

 

シンジもアスカもいつかその世界へと帰っていく。

このシンジのぬくもりもいつかあの子猫のように冷たくなり。

このアスカの鼓動もいつしかあの子猫のように止まっていく。

 

でも、それを考えていたら。

そればかり気にしていたら。

何もできない。

生きていればきっと、その悲しみを超えるからきっと。

 

 

 

 

二人はそっと離れていく、その温もりが、鼓動が離れていく。

しかし、二人は汚れの無い部分で涙で濡れた顔を拭く。

 

この子猫の為にも。

自分達の為にも。

悲しみに溺れてはいけない。

寂しさに沈んではいけない。

そしてそこから逃れることなどできない。

この世界に悲しみと、寂しさが満ちていても。

 

互いに顔を見合わせゆっくりと頷く。

どちらからとも無く手が差し伸べられた。

そして互いにその感触を確かめ合い、力強く歩き出す。

その手はしっかりと握られていた。

 

そして一度だけ振り返る。

その視線の先には子猫が眠っていた。

きっとあの一時を、幸せに過した子猫が眠っていた。

そして二人に何かを残してくれた子猫が眠っていた。

 

『『ありがとう。』』

心で感じた言葉は二人とも一緒、そしてその言葉を最後に歩きだす。

 

生きる事が辛い事だと少し分かって。

一緒にいる事が少し大切なんだと知って。

しっかりと歩いていく。

 

 

 

 

露が葉にかかり、そのしずくが日の光を反射させる。

 

いつのまにか薄らと日の光が出てきていた。

 

子猫が天に上れるようにと、雲の切れ間から光が漏れていた。

 

日の光が広がっていく、今日はきっと快晴だろう。

 

雨は上がった・・・・・涙を隠していた雨は上がったのだ。

 

そんな空を見上げながら、二人はしっかりと手を繋いであの場所に帰っていく。

 

自分達が息づく場所へ、手を繋ぎながら・・・・・。

 

Fin                                                   

最後までお読みいただきありがとうございました。   written by あつみ


マナ:まだ目も開かない様な子猫を捨てるなんて・・・。

アスカ:なんとかしてあげたかったんだけど、ダメだった・・・。

マナ:でもね。あの子、最後に幸せだったと思うわよ?

アスカ:・・・そうだといいんだけど。

マナ:人のできることなんて限られてるけど、それでもアスカの気持ちは伝わったんじゃないかしら?

アスカ:あの子、天国に行けたかな?

マナ:うん。きっと、アスカのこと見てるわよ。

アスカ:そうかな。

マナ:だから、元気にしてなくちゃ、悲しむじゃない。

アスカ:そうかな。

マナ:それだけが、アスカの取り柄なんだから。(^^

アスカ:そんなことないわよーだ。(^^

マナ:あの子の分まで生きなくちゃ。幸せにならなくちゃ。

アスカ:うんっ!
作者"あつみ"様へのメール/小説の感想はこちら。
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