水槽の中を蝶のごとく舞う黄色と青の熱帯魚。

部屋の色彩を壊すことなく隅にさりげなく配された植物。

透明感を感じさせるクラシックのBGM。

花弁を模した電灯から漏れる柔らかい光。

およそ弁護士の仕事場とは思えない空間が広がっている。

書類を収めた棚は別室に置かれているため、言われなければ誰も分からないだろう。

「はい、渚法律事務所」

受話器を取り上げると、スーツ姿の男性・・・・・・渚カヲルは背もたれに身体を任せた。

艶のある黒い革で表面を処理し、腰を下ろした際に柔らかい感覚とのギャップを感じる肘掛付きの椅子。

「・・・・・・」

しばらく受話器に耳を当てたままで目を閉じ、見開くと同時にポケットから折りたたみ式の携帯電話を取り出す。

「ああ、すまないね。すこし厄介なことになっているみたいなんだよ・・・・、例の場所で合流。ああ、15分
以内に来なかったら探しに来てもらうよ。頼むよ。」

携帯電話を折りたたみ、再びポケットにしまう。

「やれやれ・・・・・・これだから小物の弁護は・・・」

ぶつぶつと呟きながら靴を履く。

走りやすいとは言いがたい革靴だが、いつどんな状況でも最高級のものを、がモットーの彼である。

「さて・・・・・・と」

胸ポケットから取り出したサングラスで目を隠す。

「ま、五郎君がいれば大丈夫だろうね・・・・」









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朝焼けに包まれて 走り出した 

行くべき道を 

情熱のベクトルが 僕の胸を貫いていく 

どんな危険に傷つくことがあっても 



夢よ踊れ この地球(ほし)のもとで 

憎しみを映し出す鏡なんて壊すほど 

夢に向かえ まだ不器用でも 

生きている激しさを 体中で確かめたい 

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仮面ライダー龍騎EVAAVE騎龍ーダイラ面仮   
          第十話話十第 




「ふう・・・・・・」

シンジは肩を自分で揉みながら呟く。

シザースとの戦いから数日が過ぎていた。

モンスターの気配もその間はなく、シンジは久々に日常を過ごしていたわけだが・・・・・・

戦いで疲労し、必然的に滞るネルフの仕事はどうにもならない。

結局、身体を休めるというわけにはいかないのだ。

「ねむ・・・・・・」

ふわあああ、と大きく口を開けて体中を伸ばしながら歩くシンジの胸に、何かが飛び込んで来た。

否、正面から激突した。

「いてっ!」

「あっ、すまないね・・・・・・」

直後、謝罪の言葉。

げほげほとむせつつ、シンジはぶつかった相手の顔を確認する。

黒いスーツに身を包み、サングラスで目元を隠した男。

「あれ・・・・・・どっかで・・・・・・?」

「うっ・・・このままでは追いつかれるね・・・・!」

シンジが記憶の引き出しから顔を引っ張り出すより先に、カヲル・・・・・・は走り去っていく。

「いたぞっ!」

「逃がすな!追え!」

どどどどどどど・・・・・・。

埃を巻き上げて走り去る、やはりスーツにサングラス姿の男たち。

「・・・・・・何なんだ?」

考えようとしたが、シンジの思考回路はシンプルである。

人が大勢の男に追われている、となると、やることは一つだ。

「待て待て待て待てーっ!!」

どたどたと追いかけていく。

出勤時刻のことなど、頭から消えていた。






「ふう・・・・・・」

肩で息をするカヲル。

両手を膝につき、荒い息を鎮めようとしている。

鉄筋コンクリートの橋の上、両側に男が2人ずつ。どうあがいても逃げ場はない。

「渚先生。これ以上手間をかけさせないでもらいましょうか」

男の中で最年長であろう髭面が語る。

「金はどこです?」

「もう無いさ。」

カヲルが悪びれる様子もなくさらりと言った。

「あんた・・・・・・俺たちを馬鹿にしてるんですか?」

「馬鹿にされてないつもりかい?」

髭の男のこめかみが痙攣している。

「めでたく無罪になったのだろう?だったら、あのくらいのお金ボクが貰ったっていいと思うな・・・。どうせ
悪どく儲けたものなんだろう??」

「・・・・・・てめえ!」

「やめろっ!!」

男が振りかざした拳は、カヲルの顔面を・・・・・・打たず、代わりに飛び出したシンジの横っ面に突き刺さっ
た。

「ぐへあっ!」

どさっ。

シンジの身体はあっさりと力の方向に流れ、欄干に頭をぶつける。

「なんだ、こいつは・・・・・・」

改めて見ると、カヲルの背後を固めていた二人が倒れている。

無論というか、シンジが背後から殴ったのだが。

「君、何やっているのかな・・・・・・?」

カヲルがシンジを見下ろしながら言う。

「う・・・・・・ううっ・・・・・・」

「邪魔するなら、お前も―――」

朦朧とする意識の中、シンジは飛び出してくる人影を見た。

「な、何だ!?」

カヲルと男の間に割って入り、両手を何かの拳法のごとく構える。

(・・・・・・まさか・・・・・・変身?)

「バッチタイミング・・・・・・と言いたいところだね・・・だけど、すこし遅いね・・・五郎君」

カヲルの声に、人影が口元の笑みで返す。

(仮面・・・・・・ライダー・・・・・・?)

シンジの意識が猛烈に引き剥がされていく。

残ったのは、ただ黒い空間。






「う、うーん・・・・・・」

ふわふわと自分を包む何かに、シンジは意識が戻ったことを一瞬後悔した。

疲れた身体に、心地よいベッド。冬の朝のごとく、いつまでも気を失っていたい気分。

「お目覚めですか」

「・・・・・・あんた、誰?」

まず口をついて疑問が出た・・・きっと癖で聞いてしまうんだろう疑問になったことは・・・しかし、コレによ
って幾度も厄介なことに巻き込まれていた

「私は古式ゆかりと申します。ここは渚法律事務所です」

優しい微笑みをたたえたお下げの女性―――古式は、シンジの疑問を先取りして答える。

喋り方は妙に間延びしているのだが。

「えっと、僕・・・・・・」

「カヲルさんを助けようとしてくださったのですね?ありがとうございます」

笑顔を崩さずに深い礼をする古式。

「え、あ、いや・・・・・・あの、何で五郎って呼ばれてるの?」

「あ、いや、それはカヲルさんが『そういうものなのだよ・・・五郎君』としか言わずに半ば強引に・・・」

「はは・・・」

「あ、起きたかい?」

「はい。たった今お目覚めになられました」


上品でおっとりした古式の口調とは対照的な、素っ頓狂な声が足音とともにシンジの耳に入る。

「大丈夫?」

「大丈夫じゃないのは君の方じゃないのかい?」

相変わらずスーツ姿の―――サングラスは外しているが―――カヲルは、シンジの返答に顔をほころばせた。

「変わってるね・・・殴られておいて他人の心配をするなんて好意に値するよ・・・・」

「あいつらは?」

「フ、それはこないだ弁護した会社の役員さ。少しばかり脱税してたお金遣い込んでしまってね」

手をひらひらと振りながら、さらりと言ってのけるカヲル。

「いや、そういうことじゃなくて・・・・・・」

「大丈夫さ・・・。五郎君が殲滅しておいたから、しばらくは来ないね。あとはこっちの手で攻めるだけさ・・
・」

そう言って、古式に視線を向ける。

古式は相変わらず、聖母のような笑みをたたえているだけ。

(あの人・・・・・・さっき、変身ポーズみたいなのを・・・・・・)

ライダーは何故か独自の変身ポーズを持っている。自分なりの戦いへの儀式のようなものだろう。

(それに、あの人数を・・・・・・やっぱり、ライダーなのか?)

「悪いけど、ボクはまだ少しばかり仕事あるからさ。調子よくなるまで寝てているといいよ」

と言い、カヲルは事務所から出て行った。

「誤解なさらないでくださいね。カヲルさんは、あのお金を病院に寄付なさったのですから」

古式が呟く。

「病院に・・・・・・?」

「はい。それも匿名で」

「へぇ・・・・・・すごいなぁ。いい人ですね」

「はい。いい人です」

古式は笑みを崩さない。

「なんか、物騒なこと言ってたから、ちょっと誤解してた」

「・・・・・・」

崩れない笑みに、一瞬だけヒビが入る。

が、シンジは気付かない。

「あ!やばい!」

壁にかかった柱時計―――やはりカヲルの趣味だろう―――を見上げ、シンジは一気に現実に戻って来た。

「お仕事ですか?」

また、先読みしての古式の言葉。

「もう思いっきり遅刻だけど、急がなきゃ・・・・・・」

「ご無理はなさらない方がいいと思います。しばらく休んでいかれては?」

「そういう訳にいかないんだ。やりたくてやってる仕事だし、夢だから」

シンジはベッドから下り、玄関へ向かう。

「夢・・・・・・ですか?」

「目標にしてる人がいるんだ。あの人みたいになれたらいいって思ってる」

「それは結構なことですねぇ・・・・・・」

笑顔の仮面の奥で、古式はどこか遠くを見た。

シンジはそれには気付かない。

「じゃ、お世話になりました」

「いえ、ご迷惑をおかけしたのはこちらですから・・・・・・」

古式はあくまで穏やかな物腰を崩さない。

シンジが去り、事務所内で独りになった時でさえも、その表情も振る舞いも変わらない。






「ちっ・・・・・・!」

『Nastyvent』

膝をついたナイトの頭上に、ダークウイングが飛来する。

ナイト以外の存在の動きを封ずる怪音波とともに。

「グオオオオッ・・・・・・!」

肩から胸にかけて、砲台のように突き出た角を持つモンスターは、ナイトに向かって突撃しようとしていた動き
を止める。

「なかなかやるな・・・・・・だが、これで終わりよ!!」

言いつつ、カードを装填するナイト。

体中の装甲が傷付き、ところどころヒビ割れている部分からは粒子が漏れている。

『Finalvent』

「おおおおおおおお・・・・・・っ!」

ナイトはダークウイングとともに空高く舞い上がり、漆黒の槍となって急降下、モンスターを―――

貫くことなく、地を抉って大穴を開けた。

(疾い・・・・・・!)

マントを翻しながら、ナイトは出口に・・・・・・つまり、入って来た鏡に向かって走り出す。

戦いが始まって約9分が経っている上、ほぼ全ての攻撃カードを使い切った。これ以上の戦闘は死に繋がるとの
判断だ。

「グルウウウウ・・・・・・」

走り去るナイトを追うでもなく、モンスターは低く唸り声を上げて姿を消した。

「今の私の力では、生き残れない・・・・・・」

ナイト・・・・・・否、純は、鏡を前にして独りそう呟いた。

生き残る。

他のライダーを倒す。

ボルキャンサーが貪り喰われる光景を目にして、その決意が揺らいだのは否定出来なかった。

生き残らなければ、破滅の道しかない。

少なくともそれだけは確かだった。

「このまま戦えば、あなたは破滅するわ・・・・・・」

「!」

アスカは辺りを見回したが、声の主はどこにも確認出来ない。

(戦わなければ破滅・・・・・・戦っても破滅・・・・・・、か)

頭の中で何度も繰り返す言葉。

「・・・・・・私は立ち止まれない。立ち止まっちゃいけないんだ。何があっても・・・」

アスカの声は鏡に反射され、アスカ自身の耳に響き渡った。






続く


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