爽やかな朝の光。何故かここのところ使徒はごぶさた。なんともほのぼのとした日常が続いている。
我らが主人公・碇シンジ君も、さぞかし平和を満喫している......と思いきや、
(ハアァーーーーーー。)
『憂鬱』の2文字が目に見えるほどの大きなため息。バリバリ全開で不幸をまとっていました。
それというのも......
「シーンージー君! 私、霧島マナはシンジ君のたーめーに、本日6時13分に起きてこの制服を着て参りました!」
(ハアァーーーーーー。やっぱり今日も、か......。)
君の名を呼ぶ時
by 敏芳祥
「シンジ君、好きな色は何?」
「納豆にはカラシ入れる?」
「ふーん、シンジ君双子座かぁ! えーと相性は......」
「ねえねえシンジ君、シンジ君はトランクス派? それともブリーフ?(キャ!)」
......とまあこんな感じで、
霧島マナ〜茶味がかったショートヘアーの愛らしい少女〜は、転校して来てからというもの毎日毎休み時間、シンジの席を訪れては何くれとなく話しかけてきていた。
有り体に言えば、迫っていたのである。
エヴァのパイロットであることをのぞけば、いわゆるフツーの男子中学生であるシンジ君。美少女に寄りつかれて憂鬱になる理由などない......はずなんだけれども、そろそろその理由が始まろうとしていた。
「あ、あの霧島さん。も、もう休み時間終わるよ?」
ズカズカズカズカ
「もぅシンジ君! 名前で呼んでって言ってるでしょ!」
ズカズカズカズカ
「あ、う......いや、そ、そろそろ離れてくれないかな? ははは......でないと......あ、もう来ちゃった。」
ズカズカズカズカズーンビシッ!
「あーら霧島さん。今日も早速男漁りですかしら?!」
腕を組んでふんぞり返るは惣流・アスカ・ラングレー嬢その人。紅毛碧眼、美の女神の祝福を一身に受けた少女が、戦女神も裸足で逃げ出すほどのオーラを発散させながら、2人を睨みつけた。
しかし、マナも決してひるまない。
「いいええアスカさん。私はただ、シンジ君と楽しくお話ししていただけよ。」
「まあお気遣い頂いて有難う。パイロット仲間としてお礼を言うわ。
でも、もう結構よ。シンジのメンタルケアも、アタクシの任務ですの。」
「アスカさん、ホントに仲間想いね! 優しさついでに、シンジ君の自由恋愛も認めてあげたら?」
頭越しに飛び交う火花を眺めながら、シンジは本日何度目かのため息をついた。
アスカとマナの冷戦開始当初は、健気にも仲裁しようと試みたこともあったが、一睨みで完全に沈黙。
今はただ心の電車に身を揺られ、嵐が過ぎ去るのを待つのみであった。
放課後
「碇ー、お疲れさーん。」 「はー、センセも災難やなー。」
戦闘後の数倍やつれた表情で机に突っ伏すシンジに、まるっきり心のこもらぬ同情を投げかける友人2人。相田ケンスケ・鈴原トウジ両名である。もちろん顔はニヤニヤ笑い。
「......2人とも、楽しんでるでしょ?」
「そないなことあるかいなっはっは。」 「......クックック。」
「もうー。僕の身にもなってよね!
......それにしても、あの2人って何であんなに仲悪いのかな?
わざわざ僕の席まで来て喧嘩すること無いのに。」
「聞きましたか相田さん!」
「聞きましたとも鈴原さん! 富める者の驕りプンプン、罪なヤツだよシンジ君!」
「「まったくもって、イヤーンな感じ!!」」
かなり用法は間違っているような気もするが、構わずそう叫んだ3分の2バカは、残る1バカをグリグリといたぶって小突き回した。
「イ、イタタなんだよ! 僕が何したって言うんだよ!」
「クワー聞きましたか相田さん!」
「聞きましたとも鈴原さん! おとぼけもここまで来るとイヤミです!」
「「全てオマエが悪いんじゃあ、この幸せモンがぁ!!」」
「へ? なんで?」
ちんもくがながれています。
「............ほ、ホンマか? ホンマにあの2人見て気づかんのか?」 「冗談過ぎるぜ。」
「君たちが何を言っているのか、僕にはわからないよ。」
訂正しよう。シンジ君は、フツーを遙かに超越した鈍感少年だった。
「はーあ。まったくお子様だな、シンジは。」
「ブイブイ言わせよってからに。」
あ、ちなみにこの「ブイブイ」とは、V V=2ブイ という意味です。あしからず。
「?......わかんないこと言ってないで、さっさと練習しようよ。文化発表会はもうすぐだよ。」
シンジのちょっち説明的なセリフをきっかけに、3人は音楽準備室へと移動した。
買い物かごを抱え、シュタシュタと走る少年。これ以上遅くなったら、我が家で待つお姫様のご機嫌を損ねる一方だ。全速力でドアに駆け込んだ。
「ただいまー! ゴメン、すぐご飯作るから。」
案の定ブスーッとした顔で出迎える、同僚兼同級生兼同居人の少女。
「遅かったわね。誰といちゃついてきたのよ。」
「ん? トウジとケンスケだよ。練習が長引いちゃってね。」
来たる文化発表会に向け、3バカがバンドを結成したのはアスカも聞いていた。
(ウソじゃなさそうね。うん、コイツはバカがつくくらい正直だから。......ま、そこがいいところなんだけど。)
「ま、いいわ。お腹ぺこぺこ! 早く作りなさいよ!」
「うん、今日は湯豆腐だよ。」
アスカ様の不機嫌モードもだいぶ緩和され、わりかし楽しい夕食となった。自然と会話も弾む。
「......それでさ、トウジのヴォーカルがあんまり演歌チックなもんだから、本気で交代......あれ?
そういえば、ミサトさんは?」
仮にも保護者の不在に、今まで気づかなかったようだ。鈍感ゆえか、けっこう薄情者なのか。
「溜まった書類がはけるまで、お泊まりだってさ。」
何気なく返事をして、アスカは重大なことに気づいた。
(ハッ!......ってことは今夜はジャマ者がいない! 2人きり!......チィャーーーーンス!)
今日こそ。今日こそ目の前のバカ......だけど気になる少年との関係を、はっきりさせてやる。
乙女の決意新たに、先日来言いたくて言いたくてウズウズしてた言葉を発した。
「最近、霧島さんと仲いいみたいじゃない。アンタ彼女のことどう思ってるのよ......。」
「え? き、霧島さんはこの前転校してきたばっかりだし、クラスにまだ慣れてないからさ、席が近かったから僕に話しかけたんだろうからしてあのその惰性で習慣で......」
当たり障りのない、というよりアスカにとっては全く意味のない、説明チックな返答だ。聞けば聞くほどイライラが募る。そしてとうとう、いつもの意地っ張りが発動してしまった。
「い、いい気になるんじゃないわよ! 霧島さんに限らず、女子は皆アンタがエヴァのパイロットだからチヤホヤしてくるんだからね! 戦いが終わったら、アンタみたいなウジウジナヨナヨボケボケッとした奴なんか、見向きもされないわよ!」
「う、うん。そうだね。」
「一過性の人気に溺れて道を踏み外さないことね!」
「わ、わかってるよ。」
「ただでさえアンタは口下手なんだから。本当に心通い合う相手探すのは大ー変よぉ!」
「僕もそう思うよ。」
「そうね、一緒に生活して四六時中アンタの全部を見て、それでもいいって娘しかダメでしょうね!」
「え?! そ、それじゃあ、僕の相手は............」
「......!」
一挙に頬を染めるアスカ。興奮のあまり、けっこう決定的なことを言ってしまったような気がする。
シンジは真剣な眼差しで、こちらを見つめていた。
(ど、どうしよう......シンジの顔、まともに見らんないよ......)
「............。」
(胸がドキドキしてきた......)
「........................。」
(......ねぇ、早く何か言ってよぉ............。)
「................................................。」
そして、ついにシンジが静かに語りだした。
「それじゃあ、僕の相手は............なかなか見つからないね! もしかすると一生ダメかも!
あははー......って.あれ? アスカ、どうしたの?! 急に固まっちゃって。」
恐るべし V V キングの威力。凍り付いたアスカは、エレベーターに乗り込んだ挙げ句第九1コーラス聞き終わるくらいの時間、微動だに出来なかった。
「ねえアスカ! アスカったら!」
やっと我に返ると、小刻みに震え出すアスカ。
「あ、気づいたね!......ねえ、一体どうしたの?」
ぷちっ。
「ア、アンタなんかにまともな答えを期待したアタシがバカだったわ!
あー悔しあー時間の無駄! もう寝るわ。このバカバカバカの3連呼!」
それだけ言い切ると、今日のシンジ比3倍はあろうかという大きなため息をひとつ吐き、アスカは自分の部屋へ入っていった。冷や汗たらしながら見送るシンジ。頬には、お約束の紅葉が色づいていた。
夕食の後片づけ、明日のお弁当の下ごしらえ終わり。風呂に浸かって命の洗濯も完了。
さあ後はもうおやすみなさい......だがシンジはどうにも寝付けず、リビングでS-DATを聴きながら、今日の出来事を反芻していた。
(また、アスカを怒らせちゃったな。)
(どうして、いつもこうなっちゃうんだろう? 僕は、アスカの笑顔を見ていたいのに。)
(最近、学校でも怒った顔しか見ていない。霧島さんとケンカばかりしてるから。
やっぱり、僕が止めるべき......なんだよな。)
巡り巡って、収拾のつかない想い。気が付けば、S-DATはB面に差し掛かっていた。
(『言葉は心を越えない』か。確かに何を言っても、他人の心なんてわからないよね。)
でも!
「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ! 僕にしか言えない、僕だけが言える言葉があるんだ。
わかってる、わかってるさ。それを言えば、きっと2人のケンカは終わる、アスカも笑っていられる!」
でも......
(それを言ってしまえば、霧島さんは多分、傷つく......。)
14年間守ってきた「いい子」のスタイル。シンジにとって、他人に害をなすことは絶対的な禁忌(タブー)であった。
他人の心に入り込んだり、ぶつかったりしない。そうすれば、当たり障りなく生きていられる。
しかし同時に、深い繋がりも得られない。
少年は今、岐路に立たされていた。このまま安寧を選ぶか、何かを捨ててでも新しい関係を築くのか。
(もう少しこのまま様子を見て......)
かつての彼なら、その道を選んだだろう。だが、今は違う。
望んだことではないにしろ、エヴァに乗って何度も死線をさまよった経験が、シンジを逞しくしていた。
(使徒との戦いで崩れた街も、今はすっかり直っている。トウジの妹さんも順調に快復してる。
そうだよ! 一度壊れたからって、直らないワケじゃないだ!
霧島さんは、落ち込むかも知れない。僕のことを恨むかも知れない。
でも、時が経てばきっとわかってくれる。アスカとも仲良くしてくれるさ!)
「そうだ! 僕は、言っていいんだ!」
ついにシンジは吹っ切れた。元来一途な性格なので、一度決意してしまえばもう止まらない。
「そうと決まれば、あとはなるべくショックを与えない言い方をすることだな。」
それからシンジは、黙々と計画を練り続けた。
父親譲りのシナリオ作りセンス(?)を存分に駆使し、空が白む頃には寸分のスキもない筋書きが出来上がっていた。充実感・達成感を胸に、そっと呟きたくもなるのもムリはない。
「やった......約束の時は近い。もうすぐだよ、アスカ。」
「何がもうすぐなの?」
思いっきり動揺して振り向くと、寝ぼけまなこのアスカが立っていた。
そういやもう6時、起きていても不思議はない時間だ。
「お、お早うアスカ。も、もうすぐお風呂沸くからね。」
そして主夫シンジの朝の日課が始まった。
余裕を持って登校、いつも通りのほんわかした空気......のはずが、どことなく違ってる。
理由は明らかだ。3歩後をついて歩いてくる少年のまなざしに、いつにない強い光が宿っているのだ。
「な、なによアンタ。何か言いたいことでもあるワケ?」
「いや......今はまだ、何も言えない。
でも、今日これから......その、霧島さんにもハッキリと言うから。
その時、新しい僕らが始まる。そう、信じているんだ。」
必殺のシンちゃんスマイル。まるで屈託のない透き通るようなその微笑み。
寝不足のおかげか、今日は一種凄みのようなものまで感じさせる。
「な......なによアンタ、熱でもあるんじゃない?」
そう言うアスカの方が、よっぽど熱のありそうな顔をしていた。
「やあ......おはよう。」
「お、おはよう碇君。」 「おはようさん......?」 (キラーン 何かあるな。)
クラスメート達も、明日のその先を見つめるようなシンジの視線と、紅く染まって俯くアスカの表情から、何かが起こることを予感していた。大多数の者は当事者達を(期待を込めて)遠巻きに眺め、約一名はビデオカメラの最終調整に余念がない。
2−A教室に、えもいわれぬ緊迫が走る。誰もが固唾を呑んで舞台(シンジの席)を見守るしかない......そんな空気の中、さすが今回のもう一人の主役・霧島マナ嬢は、いつもと変わらぬテンションで登場した。それが、事件の引き金になるとも知らずに。
「おっはよーシンジ君! 本日私・霧島マナは、5時53分に起きて......」
(来た!......シナリオ、発動だ。)
昨夜から何度もシミュレイトした場面だが、やはり現実となるとプレッシャーが違う。
右手を何度も握り返す。そして座右の銘:「逃げちゃダメだ!」を頭の中で連呼しながら、シンジはその一歩を踏み出す決意を固めた。もう、戻れない。
「やあおはよう、霧島さん。」
(まずは、ごくごく自然に。)
「もーおシンジ君ったら! 名前で呼んでっていつも言ってるじゃない!」
「え、で、でも......」
「デモもストもなーい! 名前で呼んでくれなきゃ、私泣いちゃう!」
「わ、わかったよ、じゃあ............」
(ここだ......今、言うんだ!)
「マヤ。」
しーーーーーーーーん。
「あ、あの、シンジ君?」
「なんだいマヤ?」
聞き違いじゃない。青ざめ、頬を引きつらせる霧島マナ。
「あの、私の名前はマナなんだけど。」
(よし、第一段階クリアだ!)
シンジはポンっと手を打って答える。
「あーごめんごめん! いやー実はさ、ネルフに伊吹マヤさんって人がいてね、似てるんで間違えちゃったあ!」
「そ、そんなあ......」
がっくりと肩を落とす霧島嬢。対照的にニヤリと笑うは惣流嬢。
(ふっふっふ。アンタなんて、結局その程度の存在なのよ!
............でもまさかシンジ、マヤ狙いじゃないでしょうね?!)
交錯する思惑を無視して、シンジは更なるシナリオを遂行する。
「そうだ! 紛らわしくないように、僕が霧島さんにニックネームをつけてあげるよ!!」
「あ、ありがとうシンジ君!」
(ニックネーム、あだ名、親しさの表れ、それは愛!)
(むうぅ......シーンージー! どおいうつもり?!)
激変する情勢。しかしシンジはひたすら我が道を行く。
「んーーーー、どんなあだ名がいいかなあ?............
そう言えば、霧島さんの髪は、きれいな色だね。」
(愛、愛! 愛のなせるワザ!)
(怒、怒! 帰ったら......10倍にして返してやるわ!) ←何を?
........................緊迫睨み合い考え込むシンジ........................
........................................................................................................................!
「そうだ! これから霧島さんのこと、 茶毛 と呼ぶよ!」
にこやかに笑うシンジの周りには、マイナス 273.15 ℃ の風が吹き荒れていた。
マナもアスカも、一寸の反応も返すことが出来ない。
「ねえアスカ、これからは 茶毛 と仲良くしてよね!」
絶対零度がクラス中に広がる。もはやシンジを止める者は誰もいない。
動揺とは無縁のはずのクールビューティー・綾波さんでさえも、呆然と見守るだけだ。
「そうだ......トウジ、ケンスケ!」
すでにオチを予測している2人は「こっちに振るな!」って心の叫びを全身で表していたが、おのれのシナリオに酔いしれているシンジに伝わろうはずがない。構わず最後の仕上げに突入する。
「今度の文化発表会、この2人にツインボーカル組んでもらおうよ!
......そうだなあ、グループ名は茶毛&アス」
「「それ以上言うなあ!!」」
......どげし。
アスカと茶毛のユニゾンパンチが、華麗に炸裂した。
(良かった......2人が、仲良くなって......)
空中遊泳しながら、シンジは考えていた。
(でも、何故だろう? 僕のシナリオとは、だいぶ食い違ってしまった......)
天井の模様が、スローモーションのように流れていく。
(何故だ?......どうしてこんなことに......?)
哀れむような、蔑むようなトウジ・ケンスケ・ヒカリの顔が目に映る。
(............そうか、そういうことか!)
そして、次第に薄れゆく意識の中で、
(僕は、ふたりが本当に求めているモノを、あげられなかった......
僕はバカだ! 何も気づかないで。僕の、僕の............)
シンジはそっと、
(芸風の磨き込みが......足りなかったん......だ............。)
床に、口づけをした。
fin.
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