何もない、狭い部屋。 いや、本当は無限に広いのかも知れない。
パイプ椅子にうずくまる、独りの少年。 いや、『男』と呼ぶべきであろう。
彼はこれから、その愛と勇気で以て、大切な人達を幸せへと導く。神話を紡いでゆく男。
だがその前に、
彼自身があの凄惨な戦いの日々から如何にして立ち直ったか、語りたいと思う。
そう...これは、彼の補完の物語。
シリーズLAS・前奏曲
僕の価値は?
by 敏芳祥
イヤなんだ。
僕はもう、ここに居たくないんだ。
僕なんか、居なくたっていいんだ。
「どうしてそういうこと言うの?」
だってそうじゃないか。
僕はいつだってバカみたいに叫んで、駆けずり回って......
でも結局、誰も僕を見てくれない。僕に優しくしてくれない。
もう、疲れたんだ。報われないのは、イヤなんだ。
「アンタバカァ? ただ単に自信が無くって、イジイジしてるだけじゃない!」
そうかもしれない。
でも、僕は必要って訳じゃないだろ?
君たちさえいれば、NERVは十分闘えるさ。
「自分の仕事に誇りが持てないのは不幸な事よ。」
貴女みたいに、科学者としての才に溢れてる人には、わからないですよ。
僕には何もない。
ただ、与えられた仕事、言いつけられたことを漫然とこなす。
そんな日常のやるせなさ、わかりますか? 割り切れないよ!
「それは君が決めた君の心だ。自分で壁を作ってどうする?」
大人の男の言葉。
貴方は、僕の目標でした。今でも、憧れです。
でも、僕には無理です。とても貴方のようになれはしない!
責任と自負を持って生きて行けはしないんだ。
「そんなに難しく考えることないってばぁー。自分なりに、一日一日を精一杯生きてりゃ、それでいいじゃない!」
......ありがとう。
普段はガサツでズボラだけど、たまにかけられる貴女の真剣な言葉は、僕の心に染みました。
時には母を、姉を、そして恋人を、貴女の中に見ていたんだと思います。
でも、わかってます。
やっぱり貴女は僕の上司。所詮は、仕事上の付き合いに過ぎない。
だから、妙な期待はしません。
心をむき出しになんかしなければ、お互い不快な思いをしなくて済みますもんね。
.......そうさ。
思えば僕は、ずっと独りだった。
誰も僕を受け入れてはくれなかった。
思い出す、幼き日。
「おばさん、ちょっと遠くへ行ってくるけど、しいちゃん強い子だもんね、独りで大丈夫よね!」
......はい。
僕、イイ子にしています。
だから、独りで大丈夫です。
......ウソなもんか。
『強い子』で『イイ子』な僕に、誰かのぬくもりなんか必要ないんだ。
......そうか。
みんなが僕を見てくれないのと同時に、僕もみんなを拒絶していたんだ。
誰も見てくれなくて、当然か。
「そんなことないぜ!」
君達! 来てくれたんだ......。
僕の......親友2人。
「お前が、本当は心を開いていないこと、分かっていたよ。
でも、オレ達仲間だろ? 友達だろ!
3人でつるんで過ごした日々。楽しかった時間は、ウソじゃないさ!
...だから、戻って来いよ。」
眼鏡の奥の瞳が優しく微笑んでいる。
嬉しい! 嬉しいよ! まだ、こんな僕も3人組の一員と認めてくれるんだね!
この街に来てから、楽しい事なんて無かったけれど、
3人机を並べて、他愛もないおしゃべりに興じて。
君達と居たときは、どんな辛いことでも、忘れられたような気がする。
出来ることなら、あの頃に戻りたい! でも......
「.................。」
もう1人の親友の、どこか悲しげな眼差し。
そんな、すまなそうな目で、僕を見ないでよ!
...君は、戦いに身を置くべきでは無かったんだ。
まさか、敵と戦う前にあんなことになるなんて......。
君がNERVに入ることを、その時に知っていたなら、僕は止めたのに。
......いや。
結局、僕には何も言えなかっただろうね。
僕には、何もないから。
君達みたいに、人に誇れるような目標も好きなモノも、何もない人間だから。
小学校の時。
「将来の夢」を発表しろって、先生に言われた。
そんなの、思いつかないよ。僕には希望なんてない。
出席番号の関係で、すぐ出番が回ってきてしまった。
「わかりません。何も思いつきません。」
みんな、呆れたような目で僕を見るけど、
夢なんて、そんなに簡単に持てるものなの?
僕には無理だよ。僕には何も無いよ。
やっぱり、僕はみんなとは違うんだ。
分かり合うことなんて、できないんだ............。
ひとり、またひとり消えてゆく。
僕の前から、みんな去ってゆく。
誰もいなくなる。僕とは無関係に生きてゆく。
そうだよ、結局僕は独り。
それが、僕の選んだ道だから。
それが、僕の選ばざるをえなかった道だから。
それで、いいじゃないか。それが、僕にとっては自然なことなんだから......。
............?
なんで、戻ってきたの?
こんな僕に、何か用?
「心を開かなければ、誰も答えてはくれないわ。」
綾波?!
君がそんなことを言ってくれるなんて、意外だな。
......君は、僕にとってのなんなんだろう?
そういえば、あの時......
あの最後の時............
僕は君のことで一杯になった。
君しか目に入らなかった。
君と......ひとつになった。
............僕は、綾波のことが好き......なのかな?
............。
いや、違う!
そんなんじゃない!
僕は、綾波のことを......
浮かんでいた、彼女のことを......
何人も、同じ顔をした彼女のことを......
虚ろな笑みを浮かべた、彼女のことを......
怖い、と思った。
僕は、彼女を拒絶したんだ。
そんな僕が......何を今更。
......最低だ、俺って。
「ああーうっとうしい! なんでアンタはそう内罰的なのよ?!
アンタが最低かどうかなんて、アンタが決めることじゃないじゃん!」
アスカ......
激しい言動に、顔をしかめる人も多いけど、
君の優しさ、君の笑顔。
どれだけ僕に、元気と勇気を分けてくれただろう?
......でも、君と僕は他人。
悲しいほどに、絶対的な他人。
君と僕の絆は、あまりにも細く脆い。
だってそうじゃないか。
君は可愛くて、その歳で大学を卒業して。
何もかもを手に入れている。
比べて僕には何もない。誇りも、自信も、実質も。
君と話ができるだけでも、不思議なくらいだよ。
釣り合わない、なんてもんじゃない。僕とは、関わらない方がいい......。
「そりゃアンタはバッカだけど、アンタにしかできない、アンタなら出来ることがあるでしょ?
『自分には価値がない』なんて考えんじゃないわよ!」
だけど、僕は、僕は......。
「だーかーら! アンタには、『それ』があるじゃない!」
え?!
ふと横を向くと、そこには使い古した、僕の愛用の楽器があった。
そうか、そう言えば僕は、こんなものを弾いていたっけ。
でも......プロってワケじゃないし......。
「それでも! アンタだけが、出せる音色があるんだよ。」
! そうか......。
僕は、ただ独り僕なんだ!
愚かかも知れない。汚れているかも知れない。ダメかも知れない。
それでも、例えば音楽を通じて。
他の誰でもない、僕を表現できるのなら......
僕は、ここにいてもいいのかも知れない............。
「やーーっとわかったの?!
そうよ、アタシだってアンタの演奏、嫌いじゃないし。
自信持つべきなのよ、アンタ!
そうでしょ、シンジ!!」「うん、僕もそう思うよ。また聴かせて下さいよ!」
「ありがとう、アスカちゃん、シンジ君!
そうだ、僕はここにいてもいいんだ!」
ワーワーーワーーワーーー!
「おめでとう!」「おめでとう!」「おめでとう!」「以下略!」
「ありがとう、みんなありがとう!」
こうして彼、青葉シゲルは全ての迷いを断ち切り、渾身の力で愛用のギターをかき鳴らした。
fin.
皆様、こんにちは。敏芳祥でございます。
ここで宣言させていただきます。私、筋金入りのLAS作家です。
LASとは、ご説明するまでもないと思いますが
Longe-no Aoba Shigeru の
略でして、「新世紀エヴァンゲリオン」一の好青年・青葉シゲルさんを主人公とした痛快小説のことです。
今後とも、シリーズLASをよろしくお願いいたします。
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |