ピッ、ピッ、ピッ、ピッ............

 

 アスカは呆然とした面持ちで、電子音を聞いていた。

その波形ひとつひとつが、彼〜碇シンジの生きている証。

 ヴィジュアルに、デジタルに............人の命、それもこの上なく近しいひとの命を認識していると、ふと現実感が薄れてゆくような感覚に襲われる。

 もしかして、これはすべて夢?

 

しかし、現実だ。

 目の前の少年は、ベッドに身を横たえたまま身じろぎ一つしない。

 

「シンジ............」

 

 耐えきれず漏らした一言が、電子音の中に紛れる。

涙が一滴、流れ落ちた。

もう一つの......

by 敏芳祥

 

シンジが、車にはねられた。

最初にその知らせを聞いたとき、滑稽なほど、なんの反応もできなかった。

悪い冗談だと思った。

慌てて病院に駆けつけたが、「手術中」の赤いランプに阻まれる。

 

異次元空間のように時間が遅く流れる待合室で、彼の笑顔を思い浮かべる。

今日も、明日も、当たり前のように目の前にあるはずの笑顔。

それが、永遠に失くなるかも知れない......

身震いしながら、アスカはひたすらに時を耐えた。


 

医学の最善は尽くしました。

後は、患者さんの生きようとする意志です。

呼びかけてあげて下さい。きっと患者さんに届くはずです。

 

そう言うと、医師は2人を残し病室を後にした。

(おとぎ話じゃあるまいし......要は見捨てた、ってことじゃない!!)

大声でわめき散らしたかったが、そうすれば事態が好転するわけでもない。

たとえ奇跡に近くても、他に方法はない。

何よりコイツには、アタシしかいないのだから。

 

アスカは丸イスに腰掛け、包み込むようにシンジの手を握った。

 

あたたかい。

 

生きている、コイツは確かに生きている!

諦めてたまるもんか、絶対に連れ戻してみせる!

少女は、断固決意した。

 

「やいバカシンジ! このアタシに手を握ってて貰いたいもんだから、タヌキ寝入りしてるんでしょう!
とっとと起きろーーーーー!!!!!」

 

............反応はない。

 

「今起きたら、半殺しで許してあげるわ!」

 

 

............反応はない。

 

「......なによ、このアタシを無視しようっての?! 何様のつもりよ!」

 

............反応はない。

 

「......ねぇ、お願いだから起きてよ......『おはよう、アスカ』って言ってよ......シンジィ............」

 

それでも、反応はない。

少年はまるで人形。何を感じることもできないようだ。

少女の眼に、みるみる涙が溢れてきた。

 

「どうして? どうして目を覚ましてくれないの?!
アタシ、アタシどうすればいいのよ!」

 

返事をする相手は、いない。
たとえ誰かがこの場にいたとしても、その問いに答えることは出来ないだろう。
自分で考え、自分で探すべき問題だから。

 

「お願い、お願いだから戻ってきて......。アタシ、何でもする。
アンタの望むこと、何でもしてあげるから! だって、アンタは私の............」

ハッと気づく。

シンジはアスカにとっての、何だというのだろう?

同僚? 同居人? 同級生?

思いつく肩書きは、どれを取ってもおぼろげな糸。

奇跡を起こすには、あまりにも儚い。

 

(違う! アタシ達の絆は、それだけじゃない!......はず............)

 

わかっていた。

本当は、自分の気持ちがわかっていた。

そして、彼もそうだ、と信じていた。

 

ただ、自分にはプライドがあった。

エヴァに乗ることに価値を見出せなくなったからといって、
他人にべったりと依存して生きて行くなんて。

そんなのは、惣流・アスカ・ラングレーじゃない。

そう、アイツが言うから仕方なく。それならいい。

なによりも、そういうことは男の方から言って欲しい。

 

......うそ。

本当は、不安だから。

本当にアイツが、......そう思ってくれているのか、自信がないから。

傷つくのが怖い。拒否されるなんて耐えられない。

だから、ずっと待っていた。

彼が、勇気を振り絞ってくれるその時を信じて。

 

でも..................

(もしかして、このまま............これが、最期?!)

そんなのはイヤ、居なくなるのはイヤ、死んじゃうなんてイヤーーー!!

 

「もう、要らない!

アンタが居るなら、アタシ何も要らない!

プライドも、意地も、存在価値も!!

だから..................

素直に言うから..................

シンジ.................アタシ、アンタのこと..........................................。」

 

最後の2文字は、唇越しに伝えた。

涙に埋もれながら、身動きしない彼の胸にもたれて眠りに落ちる彼女。

夜は、そんな2人を優しく包んでいた。

 

 

 

 

さわ、さわさわ......

心地よい風が、髪の毛をくすぐっているような感覚。

ふふふ、と微笑みながら、まどろみから醒める。

..................! なんなの、今の感触?!

間違いない、間違いようがない!!

 

「シンジ!!!」

 

蒼い瞳に映ったのは、彼女の髪を優しく撫でる、彼のいつもの笑顔だった。

 

「う、うわあああああああああああーーん!」

 

言いたいこと、いっぱいあった。

起きたら真っ先に言おうと決めていた、気の利いたセリフもあったはずだ。

でも、なにも出てこなかった。

ただ、彼がそこにいる。またアタシのそばにいる。

それだけで、それだけで充分だった。

アスカはシンジに縋り付き、いつまでも泣き続けた。

 

「ゴメン......ゴメン、アスカ......。」

「......ヒック、ヒック......バカ。バカバカバカァ! アタシを、こんなに心配させるなんて!」

「............ゴメン。」

「アンタ、3日も目を覚まさなかったんだからね!」

「3日?! じゃあ、過ぎちゃったか......。ねえ、僕の鞄、どこにある?」

 

事故にあったとき、シンジが肌身離さず抱きしめていた鞄。

病室の隅に、ちょこん、と置いてあった。

なにも今、こんなモノ気にしなくても......

アスカはムーッとしながら、シンジに手渡した。

 がさごそ......

「ハイ、これ......遅れてゴメン。アスカ、僕からの誕生日プレゼント......貰って、くれるかな?」

「..................!」

 

少女の心の中で、何かが弾けた。

同時に、再びとめどなく流れ出す涙。そして、言葉。

 

「何言ってんのよ......アンタ、なんでそんなこと言うのよ!」

「......ゴメン。やっぱり、こんな遅く渡したんじゃ......」

「違うわよ! 何でそんなこと気にすんのか、って言ってんのよ!
アンタもう少しで死ぬところだったのよ!
............どうせ事故に遭ったのも、コレを急いで持ってきたからでしょ!
なんで......なんでそんなに......」

「決めた、から。」

「............?」

「もう二度と、アスカを待たせないって決めたから。」

「..................」

「あの時............アスカを助けに行けなかった、いや行こうともしなかったあの時!
あんな想いをするのはもうイヤなんだ!!
 だから僕は、絶対アスカを待たせない、待たせちゃいけないんだ!!

 そう、決めたのに............。
ゴメン。結局コレ、誕生日に間にあわな......」

「もういいよ!!」

アスカは、ぎゅっとシンジを抱きしめた。突然の行動に、彼は耳まで真っ赤になる。

 

「もういいよ......ちょっとくらい遅れてもいいんだよ!
アンタの気持ち、わかったから。今日からはアンタの想い、何があっても信じていられるから!!

......だから、アタシも言うね。もう一度言うね。アタシ、アタシ............」

 

 

朝の病室の穏やかな時の流れ。

その言葉を紡ぐには、絶好の舞台だった。

少女が途切れ途切れに心をさらけ出し、少年が満面の笑みで受け止める。

そして2人は、どちらからともなく影を重ねた。

 

 

 

 


数年後。

 

 

「ハア、ハア、ハア......ただいま。」

「おっそーーーーい!!! 今までどこほっつき歩いてたのよぉ?!」

「ゴ、ゴメン......」

「まあいいわ。そ・れ・よ・り! ちゃんと用意、してあるわよね?」

「え? な、何を?」

「ひっどーーーーーーい!!! 今日が何の日だか忘れたの?! アタシの誕生日じゃない!!!」

「......3日前、やったばかりじゃない。」

「それはアタシの生まれた日。今日・12月7日は、アタシが素直に生まれ変わった日。どっちも大事な記念すべき日よ! まーさーか、プレゼント、用意してないワケぇ?!」

「............はいはい。買ってきましたよ......。」

「うむ、よろしい。さあて、今日は何かな?」

「う、うん......コレ、なんだけど......。」

「!......アンタ、コレって............。」

「あ、あのさ、アスカに似合うかなー、って思ってつい買ったんだけど、......そのぉ、
もし邪魔だったらさ、普段使わない指......そう、左手の薬指なんかに......つけて......くれない、かな?」

「........................。」

「あ、............えーとぉ............。」

「........................。」

「ど、どうか僕と、その............お願いします!」

「........................もう少し、考えさえて。」

「!............あ、そうだよね、やっぱり、唐突だったよね! ゴメン、ゴメン! 僕、突っ走っちゃって......。」

「........................。」

「........................。」

 

 

ボーン、ボーーン、ボーーーーーン......

 

「うん、考えたわ! ......お受けします!!」

「...........へ?! どゆこと?!.」

「だーかーら! アンタの申し出、受けるっつってんのよ! さ、指にはめて。」

「......あ、ん、うん。」

 

「!..................エヘヘー......幸せに、してよね!」

「あのさあ......さっきは、なんでダメだったの?」

「12時回るのを待ってたのよ。............だってもったいないじゃない!
せっかく増えた記念日なんだから!」

 

 誕生日2回に婚約記念日にクリスマス............これから12月は大変だな、と、シンジは幸せそうに覚悟を決めた。

 

fin.


マナ:あなた、前半と後半のギャップがすごいわよ?

アスカ:だって、シンジが元気になると、どうしてもねぇ。

マナ:だいたい、記念日をいくつ作ったら気が済むのよ?

アスカ:あっらぁ、多いにこしたことないじゃない。

マナ:そんなに記念日を増やしたら、シンジの懐がもたないわよ?

アスカ:だーいじょうぶ、まだたったの2日じゃない。

マナ:だって、わたしの誕生日でしょ? 綾波さんの誕生日でしょ? マヤさんの誕生日でしょ?

アスカ:(ーー#(ビシッ!)

マナ:綾波さんの裸を初めて見た記念日でしょ? わたしと初めて混浴に入った記念日でしょ?

アスカ:な、なによそれーーーーっ!(ーー#

マナ:ほらぁ、見みなさいよ。シンジも、大変なんだからぁ。

アスカ:も、もういいわ。ちょっと用事を思い出したわ。(ーー#

マナ:まだ、コメントの途中よっ? 何処行くの?

アスカ:シンジのとこよっ!(▼▼#(ギロリ)

マナ:ひっ・・・こ、恐い・・・。なにか、まずいこと言っちゃったかしら・・・(^^;;;;
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