【二〇〇一年三月五日 京都大学跡】

 靴の底はいつでも赤い。
 早朝に降った雨が鉄骨の錆を洗い流して、あちこちに赤い水溜りを作っている。セカンドインパクトから七ヶ月、雨の後に眼下に広がるのはそんな光景だけだった。
 地軸のずれによって日本が四季を失ったことを知ったのはいつだったか。それが真実であることは三月だというのに真夏日のように照りつける陽光が、ガキ大将の傲慢さで知らしめてくる。
 暑かった。
 ただ立っているだけでとどまることなく汗が流れ落ちていく。昼前には雨の残滓はきれいに蒸発して、残るのは真っ赤な錆だけになってしまうだろう。
 大地は錆に覆い尽くされている。
 何万年か後、誰かがこの土地を掘り起こせば、真っ赤な地層を発見することになるはずだ。人類の半分が流した血の色であり、崩壊した文明が流した血の跡だ。彼らはそれを見てなにを思うだろう。歴史の錆びついた一幕を発見して。
 リョウジがそんな感傷を覚えたのも、すべては少年の姿が消えてしまったせいだ。ここ数日、崩壊した京都大学跡地には一人の少年の姿があった。まるで風景の一部のように存在していたその少年は、今朝になってふいといなくなってしまったのだ。
 黒猫のような少年だったと思う。
 威厳と同時に不吉な影をあわせもち、人の手に触れらることを避けていたようだった。人と関わることを否みながら、なぜあの少年はこんな場所にいたのか。力尽きた場所が偶然にこの場所だっただけで、特別な意味など無かったのだろうか。
 最初に少年の姿を見たのは、たしか五日ほど前だったはずだ。
 厳しい日差しの下で、陽炎のように噴水の脇に座り込んでいた。
 あまりにも痩せこけていて年齢の見当がつけられなかった。たぶん五、六歳。しかし骨が浮き出た身体はあまりにも小さく見えて、実際はもっと上の年齢であったのかもしれない。大きく落ち窪んだ眼孔に黒い瞳だけが冷たく澄んだ湖のような光をたたえていた。それは今にも息絶えようとしている少年の瞳とは思えなかった。なにかを悟りきり、それを静かな心境で傍観している瞳だった。
 だからだろう、リョウジが少年に興味を覚えたのは。こいつはいったい何を見ているのか。その瞳になにを映しているのか。それを知りたいと思ったのだ。
 五日前のその日はなにもかもがかりかりに干上がっていた。少年の身体も同様に乾ききり、おそらくはあと半日もすれば息を引き取っていたはずだ。それなのに瞳だけは深い水源を思わせ、それを眼にしてしまったから柄にもなく半死人に情けをかける気になったのだ。
「飲むか」
 噴水に寄りかかりぐったりとしている少年の前に、真水のつまった水筒を差し出した。噴水の水が干上がってからすでに半年以上、少年が水を求めてここまで身体を引きずってきたのだとすれば、ずいぶんと間の抜けた話だ。
 突然もたらされた福音にむしゃぶりついていれば、リョウジの少年に対する興味もそこで失せていたに違いない。しかし少年はそれをしなかった。身体を動かしもせずに、瞳だけをリョウジに向けた。
 おそらく微笑んだのだろうと思う。唇の端がすこしだけ動き、黄色くなった乱杭歯がわずかに覗いた。どこもかしこも薄汚いだけの少年で、実の親でも見分けがつかないであろう程に痩せこけている。だというのに少年はその瞬間、気高かった。独りで生き、独りで死んでいくことを納得している表情だった。生きることへの執着を感じさせない透き通った笑顔だったのだ。
 リョウジは水筒の蓋を外すと少年の口元でそれを傾けた。少年がむせるのもお構いなしに半分ほどを流し込むと、残りは少年の体全体に降りかけていく。
 それを終え、水筒の蓋を戻しながら立ち上がった。
「死ぬなら他所で死んでくれ」
 死に場所を探している黒猫を追い払う程度の声色である。その言葉が届いたのかどうか、少年は瞼を落とし眠りについた。不規則な呼吸が少年の肉体の衰弱を如実に示している。これは今日一日を乗越えることはできないだろうなとリョウジは直感していた。この数ヶ月で人の死などいくらでも見ている。死を予見することにかけては死神以上の正確さだ。だからこの少年は間違いなく死ぬ。体重だけは軽そうだから近場の死体遺棄場に運ぶのはそれほどの労働ではないだろう。
 しかし少年は生き延びた。
 翌日にはリョウジだけでなくリツコまでもが少年に興味を示していた。
 少ない食料を削りビスケットの欠片を与えようと試みた。まるで猫の餌付けのように、リツコは熱心に少年の口元にビスケットを運ぶ。しかし少年はそれを口にしようとしない。ただ静かに微笑んでリツコとリョウジを見上げている。
「りっちゃんを嫌うのは猫だけじゃないみたいだな」
「よけいなお世話。いいわよ、もう」
 本気でむくれる。立ち上がり雲ひとつない空を仰いだ。
「今日も暑いわ。この子、死ぬわね」
「そうだろうな。どうしようもないさ。今の俺たちには、もう一人を養う余力なんてありはしない。自分で生きる力がないなら死ぬしかないからな」
 リツコは少年を見下ろした。
「きみ、名前は。お墓とまではいかないけれど、名札の一つくらいなら作ってあげる。天国にせめて名前だけでももっていきなさい」
 少年は小さく首を横に振った。微笑以外の初めての反応である。
「――そう。いいのね。これは君にあげるから気が向いたら食べて」
 ビスケットの欠片を噴水の崩れた枠石の上に置く。戻りしなに少年の頬をなぜ、リツコは言った。
「そうか。この子、ミサトに似ているんだわ」
「葛城にか? 喋ろうとしないことぐらいしか――いや、そうだな。こいつの眼、どこかで見たことがあると思ったが……なるほどな」
 二人は同時に背後を振り返った。
 リョウジを中心にして寄り集まった八人の少年少女たち。彼らが根城とする京都大学の附属図書館跡。その半分崩れて傾いだ屋上の端に、一人の少女が腰をおろしていた。
 十数メートルの高みをものともせず、剥き出しにした素足をぶらぶらと揺すっている。奇妙に深みのある黒い瞳は、ただ空へと向けられていた。
 少年は彼女を見ていたのだ。そのことにリョウジは気づく。
 葛城ミサトはリョウジやリツコより一つ年下の十四歳だった。父親はあの葛城調査隊の隊長であり、セカンドインパクトのさなかに消息が知れずにいる。死んだのだろう。全人類の半分が消え、その爆心地にいたはずの人間が生き残っているはずもなかった。
 二人がミサトを見つけたとき、彼女は少年よりもなお死の近くにいた。
 胸に大きな傷を負い、栄養失調で痩せ細っていた。
 崩れ落ちた人家のバスタブの中で、ただ死を待つように横たわっていたのだ。
 胸の傷が癒えた今になっても、ミサトは一言も言葉を発しない。失語症だった。日がな一日あの場所に座り空の向こうを見ている。父親の姿を探しているのかもしれない。誰にも心を開こうとしない少女は、空の下で生きていた。
 それから三日、少年は噴水の脇でミサトを見上げながら生きつづけた。
 ビスケットには蟻が群がり、少年はひとくちの水も口にしないままだった。
 そして今朝――
 数日ぶりに降り注いだ雨は、真っ赤な錆を大地に広げ、そして少年の姿は消えていたのだ。
「黒猫のちび」
 奇妙な寂しさを感じながら、リョウジは噴水を見つめ呟く。

 彼らが少年と再会したのは半月後のことである。




りりす いん わんだぁらんど
第十二話『リリス』





【二〇〇一年二月十八日 愛知県豊橋市跡】

「君か。驚いたな」
 冬月はカルテに走らせていた手を休め振り返った。
 よほど驚愕したのだろう、細い眼が見開かれている。慌てたように立ち上がりこちらに歩み寄ってきた。
「お久しぶりです先生。こちらも驚きましたよ。まさかこんな所でもぐりの闇医者を開業されてるだなんて。探し出すのに骨を折りました」
「よくここまでこられたものだ。……いや、私は君がリリスに溶けたものと諦めていたのだ。どうやってこちらに戻ってこられた。アスカ君も無事なのかね」
 シンジは微笑を浮かべ冬月の手を取った。骨ばった指が冬月の苦労を物語っている。目元の皺が深く影を刻んでいた。
 セカンドインパクトとその後の各国政府の暴走、さらには流行り病と飢餓によって世界人口の半数は死に追いやられた。いまだ死に瀕している人々は数多く、まともな治療を受けられる人間などほんの一握りである。冬月のようにわずかな医療の知識のみで開業している闇医者はいたる場所におり、そのほとんどは住民に感謝の念で迎えられていた。
 南極の氷が溶け海の水位が上がったことによって豊橋市の半分は海の底に沈んでいる。冬月の診療所は打ち捨てられた漁船の船室をそのままに利用していた。消毒液の匂いと腐ったような潮の香りが、夏日のむれた空気と混ざりあって吐き気をもよおす異臭を漂わせている。
「僕が目覚めたのは三ヶ月前です。その間の記憶はないのですが、たぶんリリスに溶けていたんでしょうね。アスカも無事です。気がついたときには、僕たち二人はLCLに沈んでいて……京大の建物に住み着いていた子供たちに助けられました」
「ほう。アスカ君は一緒にはこなかったのだね。ではその子供たちのところに?」
「はい。……その……僕との子供が……できたらしくて。一緒に来たがっていたのですが、大事を取って置いてきました」
 冬月が相好を崩した。さらに深い皺が顔いっぱいに広がった。
「それはいい知らせだ。君たちが戻ってきた上に、子供までとはな。どんなところでも生きてさえいれば天国になる……か。ユイ君の好きな言葉だったな」
 困ったように赤面しているシンジの肩を叩き、冬月は椅子を勧めた。
「すまんな、なんの歓迎もできん。食い物もぎりぎりに切り詰めていて今はなにも……そうだ、酒はやるかね」
「すこしなら」
「消毒液代わりのものが多少残っていてね。待ちたまえ」
 薬品の棚を漁っている冬月の背を眺め、そこから診療所に眼を移した。どれも使い込まれた医療機器。薬品は数が揃っておらず、おそらくは相当な無理をしながらやりくりをしてきたのだろう。いまの世界ではどこも同じだ。物が溢れていた時代とは違う。
「アルコール度数の高いものばかりだからな。一気にやってはいかんぞ」
 気がつくといくつもの酒瓶が並べられていた。その銘はバラエティに富み、別の言い方をすればとりとめがない。ウオトカからどぶろくまで揃っていた。
「なに、治療費の代わりに薬品を置いていってもらうことにしていてな。これらもそうやって集めたものだ。これなどは六十年物のモルトだぞ」
「本当に治療のためだけなんですか」
 冬月が愉快そうに笑う。秘蔵の液体を満たしたグラスを手渡された。
「私がすこしぐらい楽しんだところで罰はあたるまい。生きるとはそういうことだ。誰にも文句は言わせんよ。それにしてもよく来てくれたな、シンジ君」
 シンジは黄金色の液体を喉に流し込みその刺激にむせた。それからようようのことでうなずく。
「……ええ。……どうしても……先生にお会いしなければならなかったんです」
 わずかに眉間に皺を寄せて冬月は問うた。
「私にかね。いまの私は何の力も持たないただのモグリの医者だよ。いったいなぜ」
「リリスが……」
 シンジは一度唾を呑み、ゆっくりと言った。
「リリスが、再生を始めました」


    ◇◆◇


【二〇〇一年三月六日 京都府跡】

 京都大学に戻ってくれるように冬月を説き伏せたあと、旅の準備に三日が必要だった。
 受け持っていた患者たちを知人の医師に紹介し、当面の治療費としてすべての医療器具と薬品を手渡した。付近の住民たちは治療に尽力してくれた冬月を惜しみ、少ない食料を持ち寄って旅の無事を祈ってくれた。唯一の私物ともいえた酒類はその夜に集まってくれた人々とすべて飲み干し、酷い二日酔いを抱えたシンジと冬月は翌日の早朝に診療所を後にしたのである。
 旅の脚は修復した軽バンをシンジが運転した。初期型のバッテリーカーは構造が単純なぶん重量があり、舗装があちこちでめくれあがった道路の上ではトビウオのように跳ね回ってしまう。青い顔でぐったりとなってしまった冬月は一時間おきに休憩を要求して、旅程は遅々として進みはしない。
 それでもあと一日で京都というところまで辿り着いた。しかしそこで、軽バンのモーターのコイルが焼き切れてしまうという不運に見舞われてしまった。
 その先は徒歩での旅路となった。
 暴走トビウオから離れられると知った冬月はいきなり元気を取り戻し、先頭に立って洋々と歩いていく。年齢を感じさせない足取りは頑強そのもので、五日目には京都府へと足を踏み入れていた。そしてその三日後についに眼にしたのが巨獣の墓場のような平野である。
 セカンドインパクトは京都市一帯を徹底的に痛めつけていた。インパクト直後に群発した直下型地震は一帯の地層をがたがたに歪め、その上に築きあげられていた人の文明を徹底して蹂躙したのだ。おそらくは新型爆弾により消滅した旧東京に次ぐ被害であろう。背の高い建築物はことごとく崩れ落ち、赤錆びた骨組みを陽光にさらしている。
 陽に赤く焼けていたはずの冬月の顔が青白く見えた。
「……無残だな」
「ほとんどの住民は他の土地に逃げ出してしまいました。でも、小さな子供たちですら自力で生き延びているのですから、捨てたものじゃありませんよ」
「君を救ってくれたという子供たちかね」
「彼らだけじゃありません。家族と生き別れになった多くの子供が、いつか戻ってくることを信じてここに残っています」
 冬月は小さく息を吐き出し、
「この一帯は政府からも見離されて援助は届かんだろうに。よくも生きていける」
「思った以上に強い生き物ですよ、人は。本当に根こそぎ滅ぼそうというのなら、もう一度インパクトを起こさなければならないでしょう」
「サードインパクト、かね」
「はい」
 二人は口を閉じ、目の前に広がる赤い平野を見渡した。
 前回のインパクト現象の傷はまだ癒えない。ここでもう一度同様の災厄に晒されれば、人は生き延びることはできないだろう。
 ――リリスの見ている夢は悪夢なのか。
 この世界がリリスの夢であり、その夢を形作ったのはシンジの母ユイである――そのことはまだ冬月には明かしてはいない。知らせずに済むのであれば、それが一番いい。
「行きましょう、先生」
 二人は錆の平野へと足を踏みいれた。靴の底を赤く染め、瓦礫を乗越えて進む。
 旅の終わりは近かった。


 工学部のキャンパスに差し掛かり、最初に二人を見つけたのはリツコだった。
「あ……」
 茫然としたように言葉を失う。シンジはこの内気な少女に笑顔を向けた。
「ただいま、りっちゃん」
「ご無事だったんですね……。よかった……」
「うん。冬月先生も連れてこれたし、すこしだけど物資も持ち帰れたよ」
「君は確か……」
 リツコが冬月に頭を下げた。
「赤木リツコです。何度か母と一緒にお目にかかったことがあります」
「やはりそうか。赤木教授の娘さんだな。彼女も無事なのかね」
「ここにいます。先生とお会いできるのを楽しみにしていたようです」
「そうかね。老骨には堪える長旅だったが、悪いことばかりではないな。行こうか、シンジ君」
「ええ」
 石材のほとんどが崩れ落ちた附属図書館跡に足を踏み入れると、焼けるように暑かった空気がにわかに冷たくなった。暗い。眼が慣れるとその暗がりに数人の子供たちがいるのがわかった。下は幼稚園児、上は中学生程度の年齢だろう。飢えにぎらぎらとした瞳がシンジたちを射抜いてくる。そのうちの一人の少年が前に進み出てきた。
「……シンジさん?」
「戻ったよ、リョウジ君」
「無事だったのか! 遅いから心配したんだぜ!」
 よく見れば子供たちの手にはバットや鉄パイプといった剣呑なものが握られていた。相手が見知らぬ人物であった場合は、それで容赦なく襲い掛かっていただろう。ここはそうしなければ生きていけない世界だった。
 他の子供たちもわらわらと近寄ってくる。手土産の食料を卓上に広げると、わっと歓声が沸きあがった。爪先立ちで手を伸ばそうとしていた少女の手の甲をリツコが叩く。
「あとで配るから行儀よくなさい」
 甘えるように脚に抱きついてくる少女を引きずり、リツコはその場を離れていった。その後ろにはひよこの行列よろしく子供たちがくっついている。
「思ったより健康状態もよさそうだな」
 その様子を穏やかな表情で眺めていた冬月が言った。
「彼のおかげですよ。加持リョウジ君です」
 バットを手にした少年を紹介する。抜け目ない顔つきをした少年だった。初対面の冬月を値踏みするように観察し、小さく頭を下げる。
「ここの子供たちをまとめあげて、いままで生き延びさせてきました。十五歳とは思えないリーダーシップですよ。僕とアスカも助けられてしまいましたしね」
「死にたくないだけさ」
 リョウジがバットを一振りした。それを見とめ、シンジは問い掛ける。
「まだ工場跡の子供たちと争っているんだね」
「まあね。あいつらこの建物にご執心なんだよ。なにしろこの猛暑でもここは涼しいもんな。多少の雨風でもびくともしないし、あいつらの錆だらけの古工場とは比べ物にならないさ」
 石材をふんだんに使用した建物は内部温度を一定に保つ特性がある。逆に鉄板でまわりを囲まれた古工場では、日射の熱をあますところなく吸収して蒸し風呂のような状態になってしまうだろう。冷房など動きようもない現状ではその差は生死を左右しかねなかった。
 それだけが火種というわけではないが、古工場に住み着く子供たちとの間にいさかいは絶えない。限りある資源を奪い合い、誰もが必死に生にしがみつこうとしていた。
「あまり無理はするなよ。僕と冬月先生はリリスの所に行くから、アスカにも来るように伝えておいてくれないかな」
「あの人ならリリスのところに行ってるはずさ。このところずっとつきっきりで世話をしてるよ」
「そうか。ありがとう。行きましょう先生。見せたいものがあります」
 途中、MAGIの宣託の間に立ち寄る。汚れた白衣姿の赤木ナオコが、そこでMAGIの修復にあたっていた。多少のやつれが見て取れたが、匂い立つような色香は薄れることはない。冬月の姿を視界に収めると、艶やかな笑みを浮かべた。
「あら、冬月先生。お元気そうでなによりです」
「赤木君。君こそよく生き延びていてくれた。これはMAGIかね」
 三つの黒い石柱のようなものがそびえ立っている。どこから電力を得ているのか、それは低温を保ちながら静かな唸りを発していた。
「ええ。これからのことにこのMAGIは絶対に必要ですもの。損傷はわずかで私一人でも何とかなる程度です。あのセカンドインパクトを良くぞ生き延びたと言うのならば、このMAGIも同じことですわ」
「そうだな。これほど完全な形で残っていようとは。見せたいものとはこれのことかね」
「いいえ。こちらです」
 ナオコが先に立った。白衣のポケットに両手を突っ込み振り返ることなく廊下を歩いていく。
「リリスは……どうでしたか」
 シンジの問いにも振り返ろうとせず、そのまま答えた。
「シンジ君が最後に見たときのまま。ロンギヌスの槍はうまくその力を発揮してくれたようね。あなたたちがその情報を持ち帰っていてくれなければとても間に合わなかった。MAGIもエントリーシステムも」
「エントリーシステムだと。まさかあれも修復しているのか。よくもそんなことができたな」
 冬月の言葉にはじめてナオコがこちらを振り返った。目の前の扉を押し開きながら言う。
「リリスはなぜかセカンドインパクトの影響をほとんど受けていなかったらしくて。ほぼ無傷で残っていましたわ」
「まさか……ATフィールドか……」
「おそらく。リリスは自分を守ったのでしょうね。そのおかげでMAGIもエントリーシステムもある程度までは修復に成功しました。冬月先生をお呼びしたのは、その最終調整にどうしても先生のお力が必要だったから。――――さあ先生、リリスです」
 押し開いた扉の先の光景に冬月は絶句していた。
 広いホールに満ちたLCLの海。そして――
「これは――まさか」
 巨大なヒトがいた。
 白い身体と、赤い瞳。
 小さく盛り上がった乳房の間に、二股に先が分かれた槍が突き立てられている。
 華奢な身体を十字架にはりつけにされたその巨人は、“少女”の姿であった。
「これが……リリスだと……?」
「――綾波レイです」
 シンジが冬月の後ろで口を開いた。
「<むこう>の世界で出会った綾波レイですよ。リリスは再生をはじめて、この姿になりました。だから僕たちはロンギヌスの槍でその成長を止めた。そうするしかなかったんです」
「馬鹿な……」

 ――イカリ、クン

 リリス=レイが小さくその口を動かしていた。赤い瞳がなにかを求めるようにシンジに向けられる。
 生きていた。そしてなにかを訴えようとしていた。
「<むこう>で何かが起きたんだ。だから僕はもう一度リリスにシンクロしなければいけない。先生、手伝ってください。このままにはしておいてはいけない。――いけないんです」


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