「何処までも着いていきますわ。」

その言葉が嬉しくも感じ、痛くも感じたがそんな事を彼女に知られるわけには

いかない。

だから僕は彼女に笑いながら言うんだ。

「甄姫。君だけは絶対に守るからね。この命に代えてでも・・・。」

自分に言い聞かせるようにそう言って僕たちは乱世の海原へ足を踏み出した。





           
     第2話


「ん?」

シンジは下山して5分ほど歩いているとある事に気付いた。

そう、自分の一番嫌な臭いがこの近くで発せられているのだ。

過去のトラウマでもあり、自分自身それに塗れる覚悟をしているモノ。

『血』。それがシンジの人並みはずれた嗅覚から噎せ返るほどに強烈な

臭いを感じる。

(ちょうど山を降りて数分のところからか・・・。

まだ間に合う!!!!それに生きている人の声もするんだ!!!!)

臭いだけでなくそこの殺戮現場の悲鳴までもシンジには聞こえているようだ。

同時にまだ逃げ惑う人達の声も。

シンジは一緒に歩いていた甄姫に何も言わずに全速力で駆け出した。

「シンジ!!!!!???」

甄姫は訳の解らないといった声を出しながらもシンジを追って駆け出した。


















「グアッ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!」

銀色に鈍く光り生々しい赤色の化粧をした刀を持った男が何人もいる。

そして赤い水溜りがあちらこちらに作られている。

噎せ返るような血の臭いと愉悦に浸る男たちの笑い声が木霊する。

数はおよそ60〜70人ぐらいだ。

しかもその男たちはその身なりを見ると、どう見ても山賊なんかではなく

しっかりとした装備を体にしており、その内の一人は明らかに他の者より

一段階上の鎧を着ている。

そう「兵士と武将」。その言葉が一番しっくりくる。

「さてと・・・・。」

その武将が後ろを振り返ると15〜6ぐらいの女性と30歳後半の男が剣を構えて

立っていた。

「これで20人ほど居た仲間達全員がお陀仏になったって事か?王充!!

まさか俺が密偵だったとは思うまいしな!!!」

中年の男に向けて嫌みったらしく毒を吐いている。

「確かにな。だが!一矢ぐらいは報いてやるさ。士孫瑞!!!」

まだ生気に溢れた目で相手を見返している。

「お父様!!私もお供します!」

後ろの女性が震えながらも武器を手に取り相手を見据えている。

健気な姿だが相手にはそれが返って逆効果となっているのをこの娘は知らなかった。

「そうかい。まあ王充てめえは殺すので良いとして、そっちの娘は俺たちの性欲処理に

でも使わせて貰うか?クヒャヒャヒャヒャ!!!!!!!」

「これも全てお前が董卓様に逆らうような真似をしたのが悪いんだぜ。

そうさ!これは天罰ってやつだ。それを父親だけじゃなく娘も責任を取るって

だけでな!!!」

そんな事を如何にも「雑魚です」といった風貌の兵士が喚いていたが急に静かになって

何かが落ちる音がした。

「ん?どうし・・・・・」

そこには以前人だった塊と血に塗れた少年が立っていた。

「君たちがやったの?・・・・これ」

そういって指先を足元の血溜まりに向けた。

「ああ、そうだ。だからどうした?」

さも当たり前の様に言う兵士。

「なんで・・・」

悲しそうな顔でシンジは剣を抜き一瞬で男の首を刎ねた。

「なんで・・・なんで・・・」

酷く悲しそうな瞳で問いただす。

「何で?そいつ等が逆らった事と、まあ一種の憂さ晴らしって奴だ。」

その一言でシンジの漆黒の瞳が真っ赤な赤に変わっていた。

だがそれはほんの一瞬、時間にすると1秒もないだろう。

「その身で自分のやった事を直接感じてください。」

シンジは刀を後ろから切りかかろうとしていた兵士の首に突き刺した。

シンジの服を赤い血飛沫が彩っていく。

刀越しの感触で兵士が死んだのを感じると刀を一端鞘に収めた。

そして体を屈めて飛び王充と女性の前まで来た。

その途中にいた奴らを通りすがる瞬間に抜刀し5〜6人ほどの足を真っ二つに切り裂いた。

それだけではない。

距離にして30mも離れていたのを1秒もしないうちに詰めたのだ。

これだけの芸当をしておきながら。

「大丈夫ですか?」

優しく諭すように問いかける。

「ああ、何とかな。」

男の方は案外平気そうだ。

「私も平気です。」

女性の方も怪我は無いようだ。

「この人数か・・・。どうするかな?」

そう考えている内にも次々と兵士が襲い掛かってくる。

「くっ・・・」

シンジは何とか刀でその斬撃を刀で受け止め鞘で相手のわき腹を

鞘でぶん殴った。

その衝撃の感触から肋骨を3本ほど折れたのが伝わってくる。

だが二人を守りながらだとどうしても隙ができてしまう。

それでもシンジは何とか受けては反撃を繰り返していたが

いつの間にか兵士の一人が後ろに回りこんでいた事をシンジは気付かなかった。

そして「覚悟!!王充!!!」その声と共に凶刃が王充を襲う。

王充も全くその兵士の存在に気付いてなく、全く反応できずにいた。

だがそのことに反応できた人物が二人いた。

ただ自分に迫り来る死を呆然と見つめていた王充の前に娘が立ちはだかり王充を

庇ったのだ。

だが娘には怪我1つなかった。

なぜか?それはシンジが彼女の前に立ち刃から守ったからだ。

その証拠にシンジの背中からは、とめどなく血が溢れてきている。

「くっ・・・絶体絶命ってやつか・・・。」

形勢が兵士たちに傾きかけた、正にその瞬間だった。

「グガッ!!!!!!!」と誰かが倒れる声がした。

そしてその後ろから声が聞こえてきた。

「多勢に無勢とは関心できんな。」

馬に跨った男が物凄い剣幕で兵士たちを睨んでいる。

そして一層その凄みを増したように馬から降りて叫んだ。

「その御方達とは今初めてあったばかりだ。

だが!!!!!この様な場面を見て素知らぬ振りをするようでは、何故剣を持ち辛い修行

をしたのかわからないからな。ましてや御主らと同類、いやそれ以下になってしまう。

武人とはこういうものだ!!!!!お前らの腐った根性をぶった切ってくれるわ!!!!

関雲長いざ参る!!!!!!!!」

その男は普通より二周りほども大きい薙刀を持ち、緑色の服に身を包み

腰まで来るような長い髭の190cmぐらいの身長をしている。

全速力で駆け抜けながら薙刀を構える。

「ぬううん!!!!!!!!!」

腰と腕を最大限に使い一回転をして、前八方位の敵を薙ぎ倒した。

その一振りで7人の男は息を引き取った。

断末魔の叫び声を上げる事も無く・・・。

そうして雲長と名乗る男が次々と兵士を倒していくと他の兵士に異変が起こった。

「「「「「「「ぬぐあ!!!」」」」」」」

10人ほどの男がいきなり胸を抑え苦しみだした。

もう既に痙攣しているものまでいる。

その苦しみ方は尋常ではない。

だが、シンジはこの症状に見覚えがあった。

自分とこの3年間を共に歩み、笛の音を武器にしている女性。

そう、甄姫だ。

辺りを注意深く見ると自分たちのすぐ横の木の枝に座りながら笛を奏でている。

曲名は『死の旋律』とでもいうのだろうか。

その男たちは1分と経たずに大量の血を吐き、より痙攣がひどくなり

最後には糸が切れたように崩れ落ちていった。

そしてシンジも後ろの二人を守るように次々に来る敵を切っていく。

さっきみたいな不意打ちを喰らわないように周りに常に気を張っている。

そんな事を5分もしている内に最後の一人が残った。

士孫瑞だ。

「主で最後か。」

雲長が士孫瑞に向かって言った。

その姿は正に緑の羽衣を着た死神だ。

「では、終わらせようぞ」

そう言って薙刀を構えるがそれを止める男がいた。

「手助けありがとうございました。この人は僕がやります。」

そういってシンジは刀を居合いの構えを取って士孫瑞と戦闘体制を取った。

「だが、うぬの背中の傷放っておくと死ぬぞ?」

少し心配そうに雲長が言ってくる。

「大丈夫ですよ。その人はこんなところで死ぬような輩じゃなくてよ。」

いつの間にか近くにまで来ていた甄姫が当然の事のようにあっさりと、

でも自信に満ち溢れた言葉でシンジの戦う事を認めている。

雲長は少し考える様な素振りを見せて、少しため息を吐くと

「まあ、しかたがないか・・・。ではうぬのお手並みしかと拝見させて頂こうか。」

そう言って近くの手ごろなサイズの大石の上に座った。

こうして舞台と観客と選手の準備が整った。

そして再びシンジが殺気を張り巡らせた。

そして、死刑宣告の鐘がシンジの口から発せられた。

「さあ、いくよ。」

そういってシンジは右足を思いっきり蹴り士孫瑞に飛び掛った。

相手は上から来るだろうと予測するはず。

その隙をついて足に一太刀決めるか。

「!!!消えた?」

士孫瑞にはシンジの姿が消えたようにしか映らない。

その隙にシンジはさっきの思考と同じ段取りで行動したが途中で咄嗟に刀の切っ先を変え

て縦一文字に士孫瑞を切り裂いた。

あまりの速さに刀には血が少しも付着していない。

なぜ切っ先を変えたか?それは士孫瑞が弱すぎたからだ。

足に牽制の意味で一撃を入れて様子を窺おうとしたが、士孫瑞は全く気付かずにうろたえ

るだけだったので咄嗟に予定を変更して一撃で殺ることにしたのだ。

あっけない結末だった。

あまりにもあっけないだけに何処か無性に虚しくなるシンジだった。

そして自分の弱さを痛感した。

あの雲長という男が来なかったら、どうなっていたかはわからないのだ。

自分というものが如何に弱くちっぽけな存在であるか気付いたシンジは

この後どうなるのだろうか・・・・。
















頭に柔らかい人肌の感触がする。

僕が一番求めて止まないもの。そして求めてはいけないもの。

それはシンジが内罰的であるゆえの結論なのだろう。

実際はシンジがあのような世界を作ったのではなく創らされたのだから・・・。

だがそれをこの寝ている男が知っているわけも無い。

人肌の感触が額からも感じたのを気付いたシンジはゆっくりと目を開けた。

「あれ?僕はどうしたんだっけ?」

まだ寝ぼけ気味のシンジはちょっと意識が朦朧としていたが、何時までも寝ている訳にも

いかないので起き上がろうとしたが

「あっ!!!!!!」

あれからまだ小1時間しか経ってないのだ。

背中の傷が癒えてるはずも無い。

「シンジ!無理をしないで寝ていてください!ただでさえ無茶してたんですから!!!」

そういって甄姫はシンジを自分の膝の上に押し戻した。

そこでシンジは自分がどういう状況なのか気付いた。

今、自分が甄姫の膝の上に頭を乗せ、額や頬をその柔らかい手で撫でられている事を。

まあ、所謂『膝枕』というやつだ。

「ちょっと!!甄姫??」

シンジは恥ずかしさで顔を真っ赤にして起き上がろうとするが、やはり背中の

傷が酷くすぐ元の体勢に戻ってしまう。

「くくくく・・・・・」

後ろから男の笑った声が聞こえた。

「面白い奴らよな。これが夫婦漫才という奴か?」

そう言って含み笑いをしているのはさっき自分たちを手助けした雲長という男だ。

「さっきはありがとうございました。」

シンジはそう言って甄姫の膝に頭を乗せながら雲長の方に首だけ向け

会釈した。

「ああ、それと僕たちは夫婦じゃありませんよ。まあ大事な人ですけどね」

シンジは悪びれた風もなくそう言ってのけた。

「シンジ・・・・・。」

甄姫は恥ずかしそうに目を逸らしながら愛しい人の名前を呟いた。

「ん?」

シンジはまた1つ新たな事に気付いた。

自分の背中の傷のところに薬草らしく物を塗った後や、包帯らしき物も

巻いてある。

「ねえ甄姫。これ君がやってくれたの?」

シンジはまだ夢心地気味の甄姫に視線で背中を指すように尋ねた。

「ああ、それですか。それは・・・「あ、目が覚めたのでございますね。」

甄姫がシンジの問いに答えようとすると別の女性の声が聞こえてきた。

「えっと、確か君はさっきの王充って人と一緒にいた。」

「はい。娘の貂蝉といいます。さっきは本当にありがとうございました。」

そういって貂蝉は深々と頭を下げた。

「そのお礼をする相手は僕じゃないよ。僕は結局お荷物になっただけだし・・・。

君たちを助けたのは雲長さんと甄姫でぼくは何にもしていないしね。

それとこの治療をしてくれたのは君だろう?礼を言わなきゃいけないのは僕のほうだ。

本当にありがとう。」

シンジはまた首だけを動かし感謝の意を示す。

「いいえ。いの一番に駆けつけて悪党から助けてくれたのはあなた様です。

感謝するのは当然ですよ。ご謙遜なさらないでください。」

そういって咲き乱れる太陽のような笑みを見せてくれた。

そんな微笑ましい場面に横槍を入れた男が一人。

「ちょっといいか?」

雲長だ。

「何ですか?」

シンジが質問に質問を返す。

「いや、王充とその娘は名を確認したが、御主らの名前を未だ聞いていなかったと

思ってな。」

長い髭を手で撫でながら思い出したように聞いてきた。

「ああ、そうでしたな。僕は碇シンジ。そしてこの女性が甄姫といいます。

先ほどは危ういところを助けていただきありがとうございます。」

「感謝するほどの事ではないわ。ああ、それと王充は兄者のところに

向かっている。王充と兄者は知り合いらしいとの事だから、先に目的地に

向かわせ、後から私が馬で追いかければちょうど良い具合に出くわすだろうよ。」

そう言って木に縛っていた馬を止める縄を外し、馬に跨り一枚の紙をシンジに

投げてきた。

「この1〜2ヵ月後にそこである勢力との戦がある。自分が神だと思っているような

奴が頭だからな。やることもふざけた事ばかりだ。今、乱世の一番の原因となっている

のはこいつらだ。もしその怪我が治り、余力があればこの関雲長に手を貸していただきたい。シンジ殿の腕前は先ほどしかと拝見した。うぬ程の剣の使い手はそうは

いるまい。今度機会があればこの青竜偃月刀と刃を交えてみたいな。」

そういって自慢の薙刀を天高く突き上げた。

「ええ、今度の機会に。」

そう言ってお互いに笑みを交し合うと

「それでは、達者でな。」

そう言って踵を返すと颯爽と馬を走らせあっという間に見えなくなってしまった。

「シンジ。あせる気持ちも解りますが、まずは傷を癒しましょうね。」

シンジは自分が早く怪我を治して、雲長の手助けに行こうという思いで気が

あせっていたのを簡単に見透かされている事に驚き目を見開いた後、視線を泳がせた。

「もう。三年も一緒にいればいやでもシンジの考える事はわかりますよ。」

そう言って微笑んでくれる甄姫がまぶしく見えた。


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