陽光が降り注ぐ眩しい朝。

1ヶ月ほど前にここで残虐な殺戮があったとは思えない光景だろう。

それもまた1つの自然の治癒力というものでもあり、最も怖いものでもあるのだろう。

「シンジ様!!!ご飯の準備が整いました!!!」

一人の女性の声が青年の瞼を開かせた。

「わかった!!!今行くよ貂蝉!!!」

貂蝉−さっき言った殺戮事件で生き残った女性だ。

もう一人彼女の父親も生き残ったが、彼はここにはいない。

とある人の所で働いているはずだ。

そしてシンジは今貂蝉の家で傷の療養をしている。

貂蝉と甄姫の健気な看病を受けながらもシンジは後の戦闘を間近に控えているため

剣の手入れと鍛錬だけは、この一ヶ月欠かさなかった。

それと筋トレもまた然りだ。

いくら剣術の技術を磨いたとしても、その土台となる基礎体力がなければ

意味が無いのだ。

一ヶ月も寝たまま生活などを送っていれば、体力低下は否めなくなってしまう。

なので、傷が悪化しない程度に適度の運動を毎日続けていた。

そしてシンジの背中の傷が癒えてきた。

それに伴いあるものも終わりが近づいてきた。

そう、安息の時間のお終わりが近づいてきた・・・・・

もうすぐ真の乱世の幕が上がる。

シンジはこの先どうなるのであろうか?


           
     第三話


シンジは家に戻ると部屋の真ん中に置かれた机には朝食が並べられていた。

そして貂蝉と甄姫が既に座ってシンジを待っている。

「今日もご飯ありがとうね。貂蝉、甄姫」

そういってシンジは貂蝉と甄姫に笑顔を向けると椅子に座り

両手を胸の前で合わせて「いただきます。」といって食事を取り始めた。

すると貂蝉が不思議そうにシンジに尋ねてきた。

「シンジ様。前から気になっていたんですけど、いただきますとは

どういう意味なのですか?」

「そういえば、私もシンジが食事前にそんな事を言っているのを良く聞きましたわね。

それに食べ終わった時にも何か呟いておりましたよね?

あれはどういう意味なんですの?」

そういってシンジに熱い視線を投げかける。

「ああ、それは僕の国の習慣でね。僕らが今食べている米や肉や野菜だって他の人が作っ

たり、生きている動物の命を奪っているからだよね?」

ちなみにシンジは自分が別の世界から来たという事は誰にも言っていない。

よしんば言ったとしても、誰にも信じてもらえずに馬鹿扱いされるだけであろうし。

なので、自分は異国から来た放浪者みたいな者という設定にしてあるのだ。

「ええ、そうですわね。」

甄姫が相槌を打つ。

「だから、その人や命に感謝の意を込めて、食前には『いただきます』、食後には『ご馳走

さま』って言うんだよ。」

そういってシンジは優しく二人に微笑みかける。

「そうなんですか。納得しました。」

今度は貂蝉が相槌を打つ。

「んじゃ意味を教えた事だし、皆で言おうか?」

そういってシンジは両手を軽く胸の前で合わせて「いただきます」と言って

軽く頭を下げた。

二人もその様子を見て同じように手を合わせて「「いただきます」」と言い食事に

取り掛かった。

自分が前の世界では体験できなかった体験の1つをシンジは今しているのだ。

家族との団欒という求めてやまなかった物。

そんな和やかな雰囲気に包まれる朝食の一時だった。

そして食事を終えた後、シンジ達は家を出た。

戦いの時が、関羽への借りを返す時が、乱世を沈めるときが来たのだ。

静かだった波が、また大きくうねり始めた・・・・。

































−関羽サイド−

テントらしきものが何個も立つなか、関羽は木に寄りかかり1つのテントばかりを

見つめていた。

するとそのテントの中から一人の男が出てくると、関羽はその男に向かって

大きく叫んだ。

「兄者!!!」

「ん?何だ雲長?」

兄者と呼ばれた緑の鎧を身にまとった男性が振り返る。

彼の名前は『劉備玄徳』。

前の世界では蜀という国を築いた人物であり、関羽の義理の兄者でもある。

「ああ、黄巾との「兄者!!!!」

関羽ノ言葉を遮り、反対側から大声を上げて上半身裸の男が走ってくる。

その体つきを見るだけで彼がどれだけの戦場を潜り抜けたか解るほどの傷と

鍛えられた筋肉が見えており、それを見るだけで大抵の奴は怯えを成す事だろう。

「おお、翼徳!!」

その男の名前は『張飛翼徳』。劉備と関羽と義兄弟の契りを交わし、

この先関羽たちと共に蜀で五虎将と呼ばれるようになった男だ。

だが、何回も言うようだがこれは前回の歴史とは違う。

この先は誰も解らないほど捩れて歪んでしまっているのだから。

「で、結局戦闘は何時になるのだ?兄者。」

関羽は張飛が来て、話が止まっていたことに気付き話を戻した。

「ああ、明日の夜にここを発ち、夜明けと共に奇襲をかけるそうだ。」

「全軍でか?」

「いや、2000人ほどは本陣で待機だ。」

「では、突撃する隊は?」

「それは私達と曹操殿、それと孫堅殿達の部隊だ。」

「わかった。では武器の手入れを丹念にしておかないとな。」

そう言って関羽がテントに戻ろうとした時に

「そういや、雲長。お前が言ってた坊主は来るのか?」

張飛は、以前関羽が話していた少年の事を思い出し尋ねてみた。

そうすると関羽はそこで立ち止まり、振り返った。

「ああ、シンジ殿か?ううむ・・・わからぬ、と言いたいところだがきっと来る。

そんな気がする。」

「そうか、雲長が認めた男だ。きっと来るであろう。それよりも、その青年

本当にそれ程の猛将なのか?」

劉備の質問を聞くと、関羽はその長い髭を手で撫でながら

口元を緩ませ、ふと月を見上げた。

「今宵も月が綺麗だな・・・・。」

「は?」

張飛はその的外れな言葉にだらしなく口を開けている。

「ああ・・・確かにな。」

劉備は何処と無く関羽に漂う穏やかな雰囲気を察したのか、自分も口元を緩ませ

月を見上げる。

全く欠けていない満月を、自分たちを間接的に照らしている夜の星を。

「兄者。一杯どうです?」

そう言って関羽は腰にぶら下げている、酒の入った瓢箪を指差す。

「月を見ながらの酒か。風情があって良いな。」

そういって劉備はその意見に賛同した。

その後ろでは、ピクリとも動かなかった張飛が再起動して「俺も混ぜろ〜〜!!!!」

と叫びながら二人の男の下に駆けていった。

戦いは明日だ・・・・。
























そして、出陣の前日。

シンジ達はとある山道を歩いていた。

「シンジ。無茶はよしてくださいね!」

「そうです。シンジ様。少しは御自分の体も労わってくださいませ!」

そういって、二人にきつい目で睨まれるシンジ。

既に前科があって、今から殺し合いに向かうのだ。

多少の激は仕方ないのであろう。

「ははは・・・・・。精進します・・・・。」

もちろんシンジには苦笑いする以外に逃げ道はなかった。

そんな他愛無いやり取りをしている時にシンジはある物を見つけた。

「露店??」

そう、こんな山道で風呂敷の上に何個も髪飾りを置いた中年の男性が座っているのだ。

「いらっしゃい。」

そう言って、白い扇を片手に持ち正座しながらこちらに微笑みかけてきた。

「何か買っていきますか?」

そう言ってこちらに絶え間なく笑顔を向けてくる。

「二人とも何か欲しいのある?」

こんなに不自然な事はないが、聞いてみた事で別に得するわけでもなし。

だからシンジは自分の好奇心を棚に上げておき、二人に欲しいものが無いか

聞いてみる。

「いいんですか?」

そう言って貂蝉はシンジを見上げてたずねる。

「うん、いいよ。」

「ほんとうですか!!!ありがとうございます!!」

そういうと貂蝉は綺麗な花柄の髪飾りを選んだ。

「じゃあ、私はこれにしますね。」

「甄姫はどれ?」

「私もいいんですの?」

甄姫は自分に話が振られると思ってなかったのか驚いた様子で聞き返す。

「じゃあ・・・・」

そういって甄姫は50種類以上ある髪飾りを中腰で見下ろし品定めを始めた。

3分ぐらい経つと、甄姫は紫色のシンプルなデザインの髪飾りを選んだ。

「じゃあ、この2つください。」

そう言ってシンジは二人の欲しがった髪飾りを指差す。

「いくらですか?」

そういってシンジはこの世界での金を出そうとするが

「金?そんなものいらんよ。勝手に持っていきなさい。」

「いいんですか?」

「ああ、もちろんだ。」

「ですが・・・。」

「人の好意は素直に受け取るものですよ?」

そういって諭すような目でこちらを見つめてくる。

「はあ・・・わかりました。いただきますね。」

そういってシンジはその髪飾りを受け取り、二人に手渡す。

「「ありがとう(ございます)!」」

「毎度あり。」

男は白い扇を懐にしまいこちらを向いて笑顔でそう言った。

「シンジ・・・似合うかな?」

早速甄姫は髪飾りを付けて、シンジに見てもらっている。

「うん。何か一層大人びて見えて綺麗だよ甄姫。」

「シンジ様。私はどうですか?」

「貂蝉も良いと思うよ。似合ってる。」

二人はシンジのその言葉を聞くと、嬉しくてか恥ずかしくてかは解らないが

赤くなってうつむいてしまった。

「それでは、ありがとうございました。」

「ええ、お気をつけて・・・。」

そういって男は手を振ってシンジ達と別れた。



















その30分後。

男はさっきの服装のまま、静かに立ち上がった。

「あの方を待ち受ける運命。それは私ですら見えなかった。

唯一あの青年の心にあったのは赤。そう赤い海。あれは一体なんなのでしょう?

面白いですね。大変面白いです。あの方にこの戦いで死んでもらっては困ります。

この先、あの方は多くの人を救うはず。私の目に曇りが無ければ近い未来にそれは

現実になり、乱世は収まるはずです。私が表舞台に立つその日まで死なないでくださいね。

何のためにこんな山奥にまで来たのか解らなくなってしまいます。」

男は白い扇を懐から取り出し、口元を押さえた。

その口元は笑みを浮かべているのであろうか?それとも変化がないのであろうか?

それは扇の下に隠れてわからない。

「念のため何個か保険は用意しました・・・・。後はあなた次第です。」

こうして、真の乱世が幕を開けた。


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