街を見下ろすこの高台の公園に私はいる。
 そして、彼を待っている。
 「「ママ〜。あっちに行ってもい〜い?」」
 もうすぐ5歳になる私の子供達は、この広い公園に来て少し興奮気味のようだ。
 「あんまり遠くへ行っちゃダメよ。」
 私はベンチに座りながら、子供達に微笑む。
 「「だぁいじょ〜ぶ、あんまり遠くへは行かないから!!」」
 子供達は声をそろえて、私に微笑んだ。
 「二人とも気をつけるのよ。」
 「「はーい。」」
 いい返事だ。
 子供達は恐らく、私を安心させようと思っているのだろう。
 時々私の方を振り返りながら、二人はブランコのある広場へと向かって行った。


 

 私は、ここで彼の帰りを待っている。
 それは、彼との約束だから。
 それは、彼への信頼の現われだから。
  それは、彼への愛だから・・・。
 


 私はここで彼を待つ。
 彼を待ちながら、昔の事を思い出してみる。
 まだ、私が自分の事を『アタシ』と呼んでいた、あの少女時代を。
 



  Waiting for you......(before)              
                                               作:CYOUKAI


 私の少女時代は、激動の時代と言っても良い。
 使徒と言う得体の知れ無い敵の存在。
 それに対抗するために人類が創り出したEva。
 そのEvaのパイロットが、彼であり私だった。


 あの頃私は、使徒との戦いのために編成された、国連の非公開組織『ネルフ』に所属していた。
 当時の私は、今思えば自意識過剰。
 「自分は世界一の天才美少女である」
 と豪語していた。
 事実、私は13歳でドイツの大学を卒業していた。
 プライドが高く、それを傷つける事を許さず。
 自分より、優れた物を持つ者に嫉妬し、怒り、そして憎んだ。
 しかし、そのプライドは幼い頃のトラウマを隠すためのベール。
 自分の弱さを他人に見せないための壁。
 今はそれを認める事が出来る。
 しかし、あの頃はそれを認める事は出来なかった。
 あの頃の私は、あの頃の惣流・アスカ・ラングレーは、あまりにも幼すぎた。
 


 そんな、私がはじめて彼、碇シンジに会ったのは、ドイツから日本へ向かう航空母艦の上。
 その艦の名前は『オーバーザレインボー』と言った。
 私の彼への第一印象は、
 “さえない奴。”
 海風が吹く飛行甲板の上で、黄色いワンピースを着ていたことによるアクシデントもあった。
 私は、自分の優位性を認めさせるために、彼に私のEvaを見せた。
 それは、新しいおもちゃをもらった幼児が、それを見せびらかせる行為に似ていた。
 

 私のEvaは、真紅に彩られていた。
 パイロットの着用するスーツ『プラグスーツ』も赤。
 赤は、私のパーソナルカラーだった。
 
 あの時私達が、どんな会話をしたのか詳しくは覚えていない。
 ただ、
 「この弐号機が、世界初の標準機」
 だとか、 
 「テストタイプの初号機やプロトタイプの零号機とは違う。」
 と言ったような気もする。
 
 そんな感じの会話をしている時、突然の使徒の襲来。
 私は迷わず彼を弐号機へと導いた。
 それは、自己の力を誇示するためだったかもしれない。
 しかし、今思うと彼を一番安全な所へ避難させようとしたのでは無いかと思う。
 なぜなら、使徒に通常兵器は通用しないからだ。
 あの時一番安全だったのは、軍艦の中よりEvaの中だった。
 恐らく、無意識のうちに『彼を失いたく無い』と思ったのかもしれない。
 真実は未だわからないままである。




 使徒は殲滅出来た。
 今思えば、これがはじめて彼とおこなった共同作業だった。
 「開け、開け、開け、開け・・・・・・・・・・・・・・・・。」
 Evaのコックピット、エントリープラグの中で彼と手を重ねながら念じた事は、今でも明確に覚えている。
 

 
 日本に着いてからはじめて出現した使徒との戦い。
 初戦は、予想外の使徒の特性により敗退。
 国連軍のN2爆雷による攻撃で、活動を休止させた使徒との再戦へ向け、当時の作戦部長葛城ミサトがとった作戦は、
ユニゾンによる2点同時攻撃。
 その訓練のために始まった、彼との葛城ミサト宅での共同生活。
 ユニゾンの訓練は、最初、全く息が合わず私はいらだっていた。
 しかし、自分の眼前で彼とピタリ息を合わせる、ファーストチルドレンの存在。
 ファーストチルドレン、綾波レイは命令があれば死すら恐れない少女だった。
 私達が、はじめて出会ったのは、共同生活初日。
 登校中の事であったと思う。
 「アンタがファーストチルドレンね。
  アタシはアスカラングレー。
  Evaのパイロット同士仲良くしましょ。」
 「命令ならそうするわ。」
 これが、彼女との初めての会話だったと思う。
 その彼女に、彼との完璧に近いユニゾンを見せ付けられた私は、ミサトの家を飛び出していた。
 部屋を飛び出した私は、コンビニの中で一人泣いた。
 その私の後ろから声を掛ける彼。
 私を心配して、後を追いかけて来てくれたのだった。
 このとき、私の心の中で一つの思いが生まれた。
 “彼なら私だけを見てくれるのでは無いか”と言う思い。
 コンビニを出た私達は、街を見下ろすこの公園で、決意を新たにしていた。
 息が合わないのは、相手を思いやる気持ちが無いから。
 うまくこなせる私が我侭だったから。
 彼を思いやれるようになってからは、二人のユニゾンは完璧な物へと変化して行った。
 



 訓練の甲斐あって、2点同時攻撃は大成功。
 着地に失敗したが、私の心は喜びであふれていた。
 



 また、この頃からだっただろうか、私は彼に『惣流』では無く『アスカ』と呼ばせ、
私も何の気兼ねも無く彼を『シンジ』と呼ぶようになったのは。
 



 それから私は、共同生活を強引に続けた。
 きっと、彼と、シンジと離れていたくは無かったのだろう。
 共同生活の中で私は全ての家事を彼に押し付けた。
 「シンジ、このアタシのお世話が出来るんだから、感謝しなさい!!」
 こんな事を、口走っていたのも恐らく好意の表れ。
 風呂の温度や料理に文句を言ったのも照れ隠しだった。
 シンジを罵倒し手を上げた後、部屋の中でいつも思っていたのは後悔の念。
 シンジは私を嫌いになったのでは無いか。
 もう私を見てくれないのでは無いか。
 そんな私の不安を知ってか知らずか、私が食事時に顔を出すと優しい笑顔でいつもこう言ってくれた。
 「アスカ、さっきはゴメン。今度はうまくやるから。」
 そんな彼に当時の私はかなり甘えていたように思える。


 修学旅行に行けず、Evaのパイロットはネルフ本部で待機していたあの時も・・・・・・。


 当時私達の保護者であった(後に監視者だったことが判明するが)葛城ミサトが、修学旅行に行けないことに
猛抗議する私に、
 「ネルフのプールを貸切にしたわ。
  行ってくると良いわよン。」
 と言った。
 私は少しでも気分を晴らそうと、シンジとレイと泳ぎに行く事にした。
 プールに着いて早々、プールサイドのテーブルで勉強を始めるシンジ。
 前日、ミサトから成績が下がった事を咎められていたからである。
 「シンジ、何やってるの?」
 「見て解るだろ、勉強だよ。」
 そう言ってテーブルの上の教科書や、参考書を見せた。
 その時私はシンジをバカにした事を覚えている。
 そして彼も私に、成績が下がったのはお互い様だろうと言った。
 「アタシの場合は、言葉の違いから来てるの。」
 「つまり、日本語で書かれている設問の意味がわからないという事?」
 「そうよ。」
 それから、私が彼に何を勉強しているのか尋ねると、
 「熱膨張だよ。」
 「熱膨張?」
 「そう。」
 「つまり、簡単に言うと、物は暖めると膨らんで冷やすと縮むと言う事でしょ。」
 「そうか、やっぱりアスカは頭がいいね。」
 「当たり前よ。
  それより、アタシのこのちっちゃな胸も暖めたら大きくなるかなぁ?」
 「そ、そんなの知らないよ!!」
 彼は顔を赤くしていた。
 そんな彼がおかしくて、
 「あはははははははっ〜。
  冗談よ、冗談。
  ホントにアンタってからかい甲斐があるわよねぇ。」
 と笑った。
 「ひどいよアスカ・・・・・。」
 彼は小さな声でそう言っていたような気がする。
 今思えば、素直になれない私なりのアプローチだったのかもしれない。



 そんな時、浅間山付近で使徒の幼生が見つかった。
 すぐに、私達は出撃する事になった。
 ただし、この時の目的は使徒の捕獲が優先だった。
 その使徒はマグマの中にいた。
 D型装備を施せるのは弐号機だけだったので、必然的に私がフォアードとしてマグマの中に潜る事になった。
 マグマの中に入り、深度を下げて行くと、マグマの滞留の中に漂う使徒の姿が見えた。
 すぐさま、使徒捕獲用キャッチャーに使徒を捕らえる。
 「ふぅ、楽勝、楽勝。」
 私が、ホッと安堵の息を吐いたとき、異変が生じた。
 「使徒が、羽化を始めました。」
 直ちに作戦は、捕獲から殲滅に変わった。
 しかし、その時使えた武器はプログレッシブナイフのみ。
 到底、使徒を殲滅出来るような物ではなかった。
 その時、
 「アスカ、熱膨張!!」
 シンジが叫んだ。
 すぐさま、私は弐号機の腕を使徒の口中に差込み、
 「ミサト、冷却液を全部4番に廻して!!」
 と、指示を出していた。
 急激な冷却によって、生じたマグマとの温度差で、使徒の硬い外殻にヒビが入る。
 もがく使徒。
 今際の際に出した一手が、地上と弐号機を繋ぐ命綱を切り裂く。
 “アタシも此処までか”
 マグマの中へ沈降して行く自分を哀れに思い、小さく呟く。
 無意識に地上へ伸ばした手を何かがつかんできた。
 シンジの乗る初号機である。
 彼は通常装備のまま、灼熱のマグマの中に飛び込んできたのだ。
 「バカ、かっこつけちゃって。」
 私はそう言いながらも、この少年が命が掛けで飛び込んで来てくれた事に喜びを感じていた。



 それからも幾度と無く襲い来る使徒を、辛くも撃退した私達であったが、
 私は自信を無くしていた。
 定期的にあった、シンクロテスト。
 それは、Evaのパイロットのための訓練。
 その訓練でいつもトップだった私は、この日シンジにトップの座を奪われた。
 訓練終了後の更衣室で、自分を保つために愚痴を言った。
 直後に現れた使徒。
 その作戦中に私の嫌な部分が露出してしまった。
 そう、自分を追い抜いたシンジがいなくなる事を望む心。
 それが、彼を死の淵へ追いやることにも気づかずに・・・・・・・。
 悪意の入った私の言葉。
 それに反応した彼の行動。
 そしてその結果、彼は使徒の中に取り込まれていった。
 「模試だけ100点取ってもしょうがないじゃない。」
 後悔のこもった独白。
 

 しかし、彼は初号機の暴走にによって、脱出。

 
 安堵する気持ちと、また現れたライバルへの殺意にも似た気持ち。
 それは、自分が初めて意識した他人だからと言う事に気がつくには、あの頃の私は幼すぎた。


 自信を失いかけた私。
 トップのプライドを傷つけられた私。
 そんな私はある時、精神を崩壊させた。
 それは、使徒による精神攻撃にさらされた事が引き金だった。
 自分の過去を覗かれ、同時に思い出さされ、私の心は崩壊寸前だった。
 そして、その後現れた使徒によって、最後の砦であったプライドまで完全に引き裂かれた私は、心を閉ざした。
 

 Evaにシンクロできない私。
 それは、今まで作り上げて来た自分のレーゾンデートルを失った事と同意義だった。





 次に、私が自分の心を外界と接触させたのは、全ての使徒を殲滅したネルフが、戦略自衛隊に攻撃をされた時だった。
 周りの全てを否定し、拒絶し、淡い恋心を抱いた少年まで拒絶した私が、
Evaの中に母親を見出したとき、心の殻が砕けたように感じた。
 狂気に満ちた状態で弐号機を操り、次々と敵を殲滅して行く。
 通常兵器しか持たない彼らが敗走して行くと、本部の有るジオ・フロントにの上部に開いた大きな穴から白いEvaが
舞い降りてきた。
 「Evaシリーズ、完成していたのね。」
 頭上を旋回していたEvaシリーズが降り立ち、私のEvaと向き合う。
 9対1。
 状況は圧倒的に不利だった。
 しかし、狂気に飲まれた私は、全てを殲滅出来ると思い込んでいた。
 ありきたりの言葉を使えば、気が大きくなっていたのだ。
 「負けてらんないのよねぇ!」
 「ラストぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
 果敢に戦い、一度は9体全てを破壊した。
 しかし・・・・・・・・・・・・・。
 量産機が再び動き出した。
 もう一度、量産機の群れへ飛び込む私と弐号機。
 自分にはA.T.フィールドと言う絶対不可侵領域があり、それはいかなる物でも突き破れない自信が有った。
 そこへ1体の量産機が、装備する諸刃の刃のような形をした武器を投げてきた。
 とっさに私は、右手をかざしフィールドを張る。
 量産機の武器はA.T.フィールドにぶつかり、空中に制止する。
 次の瞬間、それは二股に別れ、それが絡み着くように一本になった。
 「ロンギヌスの槍?」
 それは、かつて使徒殲滅のために投擲され、地球と月の間を漂っているはずの物だった。
 神をも貫く槍がいとも簡単に、A.T.フィールドを突き破り弐号機の肩に突き刺さる。
 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
 およそ、少女の出す声とは思えない悲鳴を上げ、私と共に弐号機は倒れた。
 そこへ、あたかもハゲタカが獲物を啄ばむようにたかり、弐号機を食し始めた。
 「殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、」
 私は、地面に突き刺さる槍へと手を伸ばした。
 「殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、」
 もう少しで届く、というところで何処からか投擲された槍が腕に刺さる。
 「殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる、」
 全身に襲い来る屈辱に身を丸めながら、私はそう呟いていた。
 


 そして、私は意識を失った。



 そして、私は確かに一度絶命した。





 私はいくつもの意思が漂い、溶け、混ざるところにいた。
 周りで何が起きたのかは解らなかった。
 ただ、遠くの方で、
 「アスカ、僕に優しくしてよ。」
 と、シンジの声が聞こえていた。
 しかし、自分を一番に見てくれないシンジの元に行く気にはなれなかった。
 私が周囲とどうかしようとしているとき、偶然シンジの心に触れてしまった。
 一瞬嫌悪感が襲ったが、すぐに収まった。
 なぜなら、
 「僕はアスカが大好きだ。
  僕はアスカと生きて行きたい。
  アスカ、ゴメンね、僕に意気地が無いばかりに。
  君につらい思いをさせてしまった。
  許してくださいとは言わない、きっと許してもらえないから。
  だけど、僕は君と生きて行きたい。
  だから・・・・・・・・・・・・・。」
 シンジの心の声を来てしまったから。
 “アタシはこれほどまでに彼に思われていた。
  彼はこれほどまでに私を見ていてくれた。
  アタシもシンジが好き。
  だから、一緒に生きよう。”
 全ての人々の心が溶けあう中で、私の心もシンジに伝わっていたのかもしれない。
 だから、私の目の前に光が広がっていたのかもしれない。


 


 私は気がつくと赤い海の砂浜に横たわっていた。
 眼を開けると、泣いているシンジの顔。
 彼の手は、私の首にかかっていた。
 “なぜ、アタシを殺そうとするの?
  アタシと一緒に生きてくれるんじゃないの?”
 そう思ったが、彼の手には私を絞め殺すだけの力は入っていなかった。
 「キモチワルイ。」
 その声に、彼の顔に笑顔が浮かぶ。
 「アスカ・・・・・・・・・・・。」
 私は、彼の頬に手を伸ばすと涙を拭ってあげた。
 二人は見詰め合ったまましばらく黙っていた。
 私も彼も見つめあうだけで十分だった。
 長い沈黙。
 最初に口を開いたのは彼のほうだった。




 「アスカ、ゴメン。」
 「なに、謝ってんのよ。」
 「君の首、絞めてた。」
 「そうね。苦しかったわ。」
 嘘であった。
 「ゴメン。」
 「何で、アタシの首を絞めたのよ!」
 「それは・・・・・・・。」
 「ハッキリしなさいよ。」
 「だから・・その・・・。」
 「その、何なのよ。」
 「アスカが僕を拒絶するのが怖かったから。
  アスカに嫌われたくなかったから。」
 彼は、涙を流していた。
 「だからって、アンタと生きて行くために戻ってきたアタシを殺そうとする、普通。」
 「ゴメン。」
 「答えになって無い!!」
 「ウン。
  アスカが何を思って戻ってきたのか知らなかったから。
  嫌いな僕と生きていかせるくらいなら・・・・・・・・・・・。」
 「ッてことは、アンタはアタシの心の声を気か無かったって言うの?」
 「心の声?」
 「ちょっと、何?アンタ知らないの?」
 ちょっと困った顔をした彼に私はそう言っていた。
 「ウン。知らない。」
 私は、それを聞くと今まであった事を説明した。
 私が一度死んだ事。
 その後、目覚めた世界は人々の心と自分の心が溶けあう所だった事。
 そこでは、どこまでが自分でどこからが他人かの区別がつかなかった事。
 そこでシンジの声を聞いた事。
 それを聞いたからこそ、私はここへ戻ってきた事。
 全てを話し終えたとき、私は極度に疲労していた。
 「僕の声が聞こえたの?」
 「そうよ。」
 「・・・・・・・・・・・?」
 不思議そうな顔をする彼に私は、彼自身に何が合ったのかを尋ねた。
 「今度はアンタの身に起きた事を聞かせて。」
 「ウン。」
 そして、彼は語り始めた。
 Evaに乗って地上に出たとき、私の弐号機が陵辱されていた事。
 そして、怒りに我を忘れた時に初号機が暴走した事。
 ファーストが巨大な体で初号機を包んで言った事。
 彼が、Evaの中で私と生きる事を望んだ事。
 そして、彼が心の中で私が聞いたのと同じ事を繰り返していたこと。
 気がつくと、この砂浜に立っていたこと。
 彼は、ゆっくりと話してくれた。
 「そうなの。」
 話を聞き終えた私は、そう呟くと深い眠りに落ちて言った。
 「アスカ!!」
 彼が心配そうな声でかたりかけて行く声がだんだん遠くなって行った。







 意識が途切れた私の夢の中で、彼と誰かが話している声が聞こえた。
 「シンジ君、本当に行ってしまうの?」
 「はい、もうアスカを悲しませたく無いですから。
  僕自身で決着をつけます。」
 「アスカちゃん、きっともうすぐ気がつくわ。」
 「そうですか。」
 「だから、それまで側にいてくれない?」
 「ダメです。時期を逃すと大変な事になる。」
 「そう。」
 「最初は5年です。
  マヤさんお願いがあります。
  アスカと一緒に暮らしていて下さい。」
 「私が?」 
 ”5年ってどう言う事よ。
  シンジはアタシを置いてどこへ行こうと言うの?
  お願い、もう一人にしないで。
  アタシは貴方なしでは生きていけそうに無いのだから。”
 言葉を発せられない私は、心の中でそう叫んでいた。
 「はい。絶対に5年後に一度帰ってきます。」
 「一度ってどういう事?」
 「これは、あくまでも僕の予想です。
  でも、ほぼ確実だと思います。
  ゼーレの悪意に満ちた魂を見つけ出すのに5年、さらに5年をかけて昇華しなければならないでしょう。
  だから、このサード・インパクトに決着が着くのには10年が必要になるということです。」
 「わかったわ、シンジ君の願いかなえてあげる。
  5年後に戻ってきたとき、アスカちゃんを完全に治しておくわ。
  また、前のアスカにもどして置いてあげる。」
 「すみません。
  それと、アスカが目覚めた時に伝えてください。
  僕は、アスカを誰よりも愛していると。
  そして、もうアスカを苦しめないために僕は旅に出ると。」
 “何を言っているの、シンジ。
  貴方がいないことが何よりの苦しみ。
  貴方が側にいてくれなきゃダメなの。
  だから、だから・・・・・・・・・”
  私は繰り返し心の中で叫んでいた。
 「じゃあ、マヤさん後はお願いします。」
 「任せて頂戴。
  あっ、シンジ君ちょっと待って。」
 「なんですか?」
 「アノネ、・・・・っ。」
 しばらく、二人の声が聞こえなくなった。
 「「ぷはぁ。」」
 息を継ぐ音。
 「アスカちゃんを面倒見る報酬と無事に帰ってこれるおまじない。」
 「マヤさん・・・・・・・・。」
 「言っておきますけど、私のファーストキスですから。
  お姉さんからして上げられるせめてもの送りもの。」
 「ありがとうございます。じゃあ。」
 「行ってらっしゃい、貴方とアスカちゃんのために。」
 “ちょっとマヤ!!アタシのシンジになんてことすんのよ!!”
 夢の中で私は確かに『アタシのシンジ』と叫んでいた。
 そして彼はマヤに見送られながら部屋を出て行ったようだった。
 


 そこで夢は途切れた。



 それから、どれくらいの時間が経ったのか解らなかった。
 私は、意識を取り戻していた。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っ。」
 「アスカちゃん。意識が戻ったのね?」
 私が眼を覚ますと、涙を拭おうともしないマヤの顔が目の前にあった。
 「シンジは?」
 「シンジ君・・・・・・・・・・。
  彼なら旅に出たわ。」
 「・・・・・・・・・・・・・っ!!」
 あれが夢で無かった事がわかり、私は絶句していた。
 「落ち着いて聞いて頂戴。」
 マヤはそう前置きして、シンジとの話を聞かせてくれた。
 一度溶け合った人たちが、自我を取り戻しこの世界に戻りつつある事。
 しかしゼーレの人たちの魂が、未だサード・インパクトを帰着させていないこと。
 そして、その魂達を昇華するためにシンジが旅に出た事。
 5年後に一度帰ってくること。
 でも、それで終わりではなく、その後また5年くらいかかる事。
 その一部は、私が夢の中で聞いた事と一致していた。
 「そう・・・・・・・・・・・・・・。
  シンジにアタシは捨てられた訳では無いのね。」
 「当たり前でしょ。
  貴方を背負いながらさまようように歩いているシンジ君を、
  あのLCLの中から帰ってきたばかりの私が見つけたとき、
  健康状態は貴女より悪かったわ。
  アスカちゃんは、この世界の誰よりもシンジ君に愛されているの。
  私も羨ましいくらいに大きな愛で貴女は包まれているのよ。」
 それを聞いた私は、うれしかった。
 知らず知らずの内に涙が頬を伝わっていた。
 「だからね、アスカちゃん。
  一生懸命リハビリして、元の体に戻そうね。」
 「ウン。
  アタシ、頑張るわ。」
 それから、私のリハビリの日々が始まった。


 まず、衰弱しきった体力を戻すのに1年。
 上半身のリハビリに1年半。
 歩行訓練に1年。
 全ての体力のバランスを取り戻すのに1年半。
 
 5年はあっという間に過ぎた。
 
 5年目の12月。
 もう、すでにサード・インパクト前の体を取り戻した私は、誕生日を3日後に控えていた。
 「アスカちゃん。
  誕生日は何が食べたい?」
 マヤとの暮らしも5年目となっていた。
 「そうね、ハンバーグがいいわ。」
 「ハンバーグね。
  じゃあ、後で一緒に買い物に行きましょう。」
 「そうね。」
 私はテレビを見ながら答えていた。
 その時。
 クリスマスイベントを映し出す映像の片隅に、シンジの姿が映し出されていた。
 「マヤ!!
  ちょっと来て!!」
 慌ててマヤを呼んだ私は、テレビに釘付けになっていた。
 「アスカちゃん!
  どうしたの、大きな声を出して。」
 リビングに駆け込んでくるマヤはそう言っていた。
 「コレ見て。」
 私はテレビを指差す。
 「あっ。」
 「これ、シンジよね!!」
 「そうね、シンジ君よ!!」
 「マヤ、ここどこだかわかる?」
 私は、シンジがいる場所をマヤに尋ねた。
 「ここは・・・・・・・・・。
  ・・・え〜と・・・・・。
  あっ、そうよ、ここは第3新東京の外れに出来たデパートよ。」
 「ありがと〜!!」
 私は、答えを聞くと部屋を飛び出していた。
 “シンジに会える、シンジに逢える。”
 私の心は躍っていた。




 サードインパクトが帰着していないとはいえ、多くの人たちがあの赤い海の中から帰還していた。
 原因を知らない人々は、口をそろえて言う。
 「夢を見ていた」と。
 
 人々が戻りつつある世界。
 街の中には大勢の人がいた。
 その人ごみを掻き分けながら私は彼の元へと走っていた。


 5年のリハビリ生活のおかげで、私の体は完全に元に戻っていた。
 これはひとえに、最大の協力者である伊吹マヤのおかげであった。
 くじけそうなとき、負けそうなとき、彼女はこういっていた。
 「シンジ君が戻ってくるまでに元気にならなくちゃね。
  帰ってきたシンジ君の胸に飛び込めなくなっちゃうよ。」
 この言葉に支えられ私は頑張ってきた。
 実際、彼女もつらかったと思う。
 敬愛する赤木リツコと言う先輩を失い。
 自分の同僚達の多くを失い。
 生存者(若しくは、帰還者)の中で、一番ネルフの中心にいたというだけで、責任を押し付けられ。
 若年であるにも拘らず組織のトップへ担ぎ出され。
 わがままな私のリハビリにもつき合わされ。
 彼女は、自分の私生活を失っていた。



 マヤと同居するマンションから、15分ほどした所にそのデパートはあった。
 デパートとは言っても名ばかり。
 サードインパクト前に有ったものから見れば、スーパーの大型店。
 その、建物が眼に入ると、私は走る速度をさらに上げた。
 


 デパートに行ったからと言ってそこにまだ彼がいるとは思えなかった。
 しかし、私は確信していた。
 私は彼に逢える。
 私だけは彼を見つけられる。
 だから、私は必死に走った。


 デパートの入り口にたどり着くと、その前にある大きなツリーの下に彼はいた。
 私が彼を見つけると同時に彼も私を見つけてくれた。
 
 「シンジ!!」
 「アスカ!!」
 
 私は、待ち焦がれた彼に向けて何の迷いも無く飛びついていた。
  

 「シンジ!!シンジ!!」
 そう言って抱きつく私の髪を、彼は優しく撫でてくれていた。
 そして、
 「ただいま、アスカ。」
 と。


 彼を見上げると、そっと眼を閉じる私。
 その真意に気づき、私を抱きしめる彼。

 互いの顔が近づく。
 彼の息遣いを感じる。

 唇に感じるやわらかい感覚。
 
 その時二人の時間だけが止まっていた。


 長い長いキス。

 どちらからでもなく離すと。
 「お帰り、シンジ。」
 私は、5年間このときのために取っておいた言葉を口にしていた。




 腕を組み、街中を二人で歩く。
 夢にみた光景。
 その時の私は幸せでいっぱいだった。
 
  
 
 マンションに着くと、マヤはいなかった。
 “シンジ君、アスカちゃんお帰りなさい。
  ちょっと、ネルフに行って来ます。
  二人だけの時間を楽しんでください。
                まや”
 と言う書置きを残して。
 
 「「マヤ(さん)ありがとう(ございます)」」
 私達にはマヤの優しさがうれしかった。
 
 5年ぶりに過ごす二人だけの時間。
 二人で近くのスーパーまで一緒に買い物へ行き、食材を買う。
 二人で一緒にハンバーグを作る。
 準備の整った食卓を二人で囲む。
 その時彼から渡された誕生日プレゼント。
 それは、プラチナの指輪。
 そして彼からもらった
 「アスカ、誕生日おめでとう。
  そして、アスカ。
  僕は世界で一番君を愛している。
  君意外を僕は愛さない、いや、愛せない。
  いますぐは無理だけど、全てが終わったら結婚しよう。」
 と言う言葉。
 全てが夢のようだった。




 それから、私達はマヤのマンションで同居を始めた。
 マヤは、ネルフの自室兼執務室に泊まると言ってくれた。
 出がけに、
 「シンジ君、アスカちゃんに優しくしてあげてね。」
 と言う言葉を残して。
 
 
 私は事あるごとに彼とくっつき。
 キスをせがみ。
 彼が視界から消えると不安に襲われた。
 『また、いなくなってしまう。』
 のではないかと。


 そして、彼が帰ってきた日から3日目の夜。
 二人は結ばれた。
 初めての痛み。
 そして、私を気遣う彼の優しさ。
 体内に感じる心地よい熱さ。
 その全てが、私には気持ちが良かった。



 「アスカ、大丈夫だった?」
 私は髪を撫でられながら、未だ醒めぬ余韻に浸っていた。
 「ううん、大丈夫。
  私を愛してくれていた事が実感できたから。
  私を大事にしてくれたから。」
 私はこのときから自分の事を『アタシ』から『私』と言うようになったと思う。
 

 うれしさのあまり、彼の胸の中で涙を流す私。
 その涙を、そっと唇で拭ってくれる彼の優しさに、涙は止まらなかった。

 
 泣いていた私はいつの間にか眠っていた。 
 彼の腕の中は、とても居心地が良かった。
 
 一度、心を壊した私。
 全てを拒絶した私。
 そんな私を全力で愛してくれた彼。
 だから、私も彼を愛した。
 そして、彼しか愛せなかった。


 心はあのユニゾンの時に繋がっていたのかも知れない。
 思いは、あのマグマの中で伝わっていたのかもしれない。
 “借りを作るのは嫌だから”
 その思いは、幼かった私の強がり。
 彼にならいくら借りを作っても悔しくなかった。

 夢の中で繰り返される彼との思い出。
 出会い。
 そして、同居して。
 共に日々を暮らし。
 喧嘩をして。
 仲直りをして。
 頼り。
 頼られ。
 私達は成長して行った。
 そんな、夢を見ていた。
 

 夢の中には必ずママがいて、
 「アスカちゃん、もうママがいなくても大丈夫ね。」
 と言ってくれる。
 だから、私も、
 「うん、シンジと一緒なら大丈夫!!」
 と、胸を張って答える。

 

 そして、夢はそこで終わり、彼の優しい声で朝を迎える。

 
 そんな日々が3週間続いた。
 
 
 そして、クリスマス・イブの夜・・・・・。


 すでにベッドを共にする事が当然の事となっていた私達。
 全身で彼を求め、全身で彼の思いに答える。
 事の終わった後の心地良い脱力感。
 そんな時、彼はいつも私の髪を撫でてくれていた。


 その日もいつもと変わらない夜を過ごし、
 彼に髪を撫でられながら
 “このまま、ずっといられるかも知れない”
 と言う思いを抱きながら私は夢の中へ落ちてゆこうとしていた。
 

 不意に、彼が体を起こすと、
 「アスカ、時が来たようだ。」
 「時?」
 夢の現実の間にいた私は彼の言葉の意味を理解しきれなかった。
 「また、お別れだよ。
  でも、僕は君の元へ帰ってくる。」
 その言葉を聞いた時、私は全てを理解していた。
 「いやよ!!
  私はもう貴方とはなれたくない!!
  一緒にいて、お願いだから!!」
 私は取り乱していた。
 彼との幸せな時間が永遠に続くのではと言う淡い期待が、音をたてて崩れて行くような気がした。
 「アスカ、僕は君達の為に最後の戦いに行かなくちゃいけない。
  だから約束しよう、5年後の僕の誕生日に、あの街を見下ろせる公園で待っててくれないかい?
  僕の帰るところはアスカしか無いから・・・・・・。」
 彼は、そう言って部屋を抜け、ベランダへと出た。
 私はすがるように後を追った。
 

 私がベランダへ出ると、そこには目を疑うような光景が現れていた。
 

 ベランダのすぐそこに浮かんでいる人影。
 淡い月の光に映し出されたそれは、私の知る人たちだった。
 ミサト、加持さん、司令、副指令、レイ、マナ、リツコ。
 彼らが、私の方を見て微笑んでいた。
 「アスカ、元気そうで良かったわ。
  ちょっちシンちゃんを借りて行くわねン。」
 「ミサト・・・。」
 「アスカ、幸せそうで安心した。
  少しさびしい思いをさせるが、シンジ君を借りて行くぞ。」
 「加持さん・・・・。」
 「アスカ君、バカ息子をそこまで愛してくれてありがとう。
  親として何も出来ないのが恥ずかしいが、全てが終わったときシンジを無事に帰すことを約束しよう。」
 「司令・・・・・。」
 「碇、シンジ君はバカでは無いぞ。
  アスカ君、大丈夫だ我々が付いている、シンジ君はちゃんと君に帰そう。」
 「副指令・・・・・。」
 「弐号機のパイロット。
  大丈夫。
  碇君は私が護るもの。」
 「ファース・・・・レイ・・・・。」
 「私をレイと呼んでくれるのね。
  アスカ・・・・。」
 「あったりまえでしょ、戦友なんだから・・・・。」
 「碇シンジは私ではなく貴女を選んだ。
  だから、私は貴女へ彼を帰すことで彼への愛を貫くわ。」
 「マナ・・・・・・・・・。」
 「アスカ、全てはマヤに頼んでおいたわ。
  だから安心して彼を、シンジ君を待っていなさい。」
 「リツコ・・・・・。」
 そこにいた全員が私に声をかけてきた。
 それを聞いて安心する私。
 これほどまでに私達を思いやってくれる人たち。
 それを思うと、今まで泣いていた顔を無理矢理笑顔にすると、
 「解った。
  私、シンジを待つわ。
  だから、シンジを私にちゃんと帰してね。
  約束よ。」
 それに、笑顔で頷いてくれる彼ら。
 私の横に立っていたシンジが、淡い光に包まれると、彼らの中心へと浮かんで行った。
 「アスカ、行って来るね。
  ちゃんと帰ってくるから。
  だから・・・・・・・・・。」
 「わかってるわよ。
  約束だからね。
  待ってるからね。 
  だから、ちゃんと帰ってくるのよ、バカシンジ!!」
 私は、ありったけの笑顔で彼に答えた。
 「それじゃ。」
 彼は私にキスをすると月の方へと消えて行った。
 「「「「「「「それじゃ(でわ)」」」」」」」
 一人ずつ月へと消えて行く彼ら。
 最後に残ったレイが、私の元へと来ると、耳元でささやいた。
 「貴女の中には碇君との新しい命が宿っているわ。
  多分、二つ。」
 「シンジとの・・・・って、赤ちゃん?」
 「そう・・・・。」
 「私とシンジの・・・?」
 「そうよ。
  昔、碇君が言ってた。
  母親は笑っている物だと。
  だから・・・・。」
 「わかったわ、レイ。
  私、この子達を一生懸命育てる。
  シンジと育ててるつもりで・・・・・。」
 私は、まだ生命を宿した実感の無いお腹に手を当てながら、レイに微笑みかけた。
 「・・・・・・・・・・・じゃあ、行くわ」
 私のそばから離れて行ったレイも、月へと消えて行った。
 それを見届けながら私は小さな声で、
 「行ってらっしゃい・・・・そして・・・・・気を付けて。」
 月にそう告げていた。



 翌日、マンションに戻ってきたマヤは、隠すことなく泣いていた。
 それは、敬愛する人に逢えた喜びと、再び訪れたしばしの別れの涙であった事は、私達二人にしか解らないだろう。













 それから10ヶ月たったある日・・・・・・・・・・。

 
 別れの時にレイが言ったとおり、子供は双子だった。

 病室で不安げに出産の準備をしている私の所へ一度だけレイがやってきた。
 そして、彼女は一言だけ、
 「アスカ、頑張ってね。」
 そう言って私の頬に手を添えた。
 その時不意に、頭の中に流れ込んできたイメージ。
 そこには、あの優しい笑顔のシンジがいた。
 彼は、
 「アスカ、頑張れ。
  僕達の子供。
  僕が、世界で2番目に愛する子供達。」
 私を勇気付ける言葉。
 彼の思い。
 「アスカ。
  僕、頑張ってるよ。
  子供の名前を考えたりもしてるよ。
  つらい戦いだけど、アスカとこれから生まれてくるだろう子供達の事を考えると、
  そんなこともつらくなくなっちゃうんだ。
  約束は絶対護るから。
  だから、アスカも頑張って・・・・・。」
 そこで、イメージが途切れる。
 閉じていた目を開けると、私の頬には一筋の涙が流れていた。
 

 レイが時間だと言って席を立つ。
 別れ際に、
 「碇君が言ってた。
  男ならユウ、優しいと書いてユウ。
  女ならアイカ、愛しい香りと書いてアイカ。」
 と告げた。
 私は、大きくなったお腹をさすりながら、
 「ユウ、アイカ、元気に生まれてくるのよ・・・・。」
 と、話しかけていた。









 そして、それから4年と数ヶ月。
 愛する子供達、ユウとアイカの誕生日を約3ヶ月後に控えた、彼の誕生日。
 私はここで待っている。
 彼の事を・・・・。



 思い出に浸っている間に、太陽は西に傾いていた。
 夕日が街を、そして公園の木々を紅く彩る。


 「「まま〜!!」」


 遠くから聞こえる子供達の声。
 

 そして、駆け寄ってくる彼らが指差す方向。
 
 眼下に広がる第3新東京市の上に大きな虹の橋が架かっていた。

 「変ねぇ、雨が降ったわけでも無いのに。」
 私は、誰に言うとでも無く呟くと、
 「「まま、きれいだね、にじ。」」
 虹を見ていた子供達が私の方を見て笑顔を見せる。
 「そうねぇ、きれいねぇ。」
 私も彼らを見てそう答える。


 その時、目の前に人の気配。
 
 私はおそるおそる顔を上げる。

 そこには夕日をバックに立つ人影。
 
 まぶしさに、目を細める。

 光に慣れた目に映ったのは・・・・・・・・・・・・・。

 いつも夢の中に現れた黒い髪。

 いつも私に微笑みかけてくれた優しい笑顔。

 逢いたかった彼。

 一歩一歩近づいて行く。

 彼との距離が縮まる。

 そして、聞きたかった声・・・・。
 

 「ただいま、アスカ。」
 「お帰りなさい、シンジ。」


 見詰め合う二人。
 
 重なる影。

 長い、長い、キス。


 
 「「まま?」」
 私の足元で子供達が不安げな顔をしている。
 私はその不安を取り除くように微笑むと・・・・・・。


 「ユウ、アイカ、この人がシンジ。
  ママがいつもお話してる、貴方達のパパ。」

 それを聞いた子供達の顔に笑顔がこぼれる。

 
 「「ぱぱ!!」」


 私と一緒にしゃがんで、子供達に目線を合わせていたシンジに、子供達が飛びつく。


 「ただいま、ユウ、アイカ。
  僕が君達のパパだよ。」
 
 
 あの日と変わらない、優しく、見る者を安心させる笑顔。



 「「「お帰りなさい、パパ(シンジ)!!」」


 ずっと、待ち続けた。

 あなたが帰ってきてくれる日を。

 淡い月明かりに照らされたあのベランダで別れた日から。

 寂しさに負けそうなときは、大好きなあなたの笑顔を思い浮かべて。

 だから、たとえ涙がこぼれても、愛に迷いは無かった。

 私はくじけずに待ち続けていた。
 
 そう、あなただけを・・・・・・・・・・・・・・。

 だから、一つだけお願い。

 もう、一人にしないで。
 
 あなたが居ない時間は私にはもう耐えられそうには無いから・・・・・・・・・・・。

 

 


 家路へと向かう私達の顔は、夕日で紅く染め上げられていた・・・・・・。
















  あとがぎ
     
      書いてしまいました。
      ども、『CYOUKAI』です。
      どうでしたか?
      変でしょう?
      雨も降らないのに、虹。
      オーバーザレインボーで出会った二人が、虹の下で再会する。
      永遠に別れる事の無い再会を。   
      ってところですかね。
      ちなみに「before」としたのは、この後があるからなんですが、
      イメージはあるんですけど、まだ纏まってません。
      そのうち、纏まるでしょう。

     小生の駄作にお付き合いいただきありがとうございます。  
     では、またそのうちお会いしましょう・・・・・・・・・・。


マナ:10年って言ったら、長いわよねぇ。

アスカ:一度会っちゃうと、別れが辛くなるのよね。

マナ:最初の5年はリハビリで、次の5年は子育てで、大忙しだったんじゃない?

アスカ:お互いの苦労を乗り越えた10年があって、この先の幸せがあるのよ。

マナ:でも、この先の話がまだあるって書いてあるわよ?

アスカ:きっと、幸せな話なのよ。

マナ:今度はマナちゃんとシンジが幸せに暮らす10年の間、アスカは待つのかもね。

アスカ:そんなこと許すわけないでしょっ!(ーー#
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