朝のまだ早い時間。

 葛城家のキッチンでは、ピンクの可愛いエプロンを着けたアスカが、楽しそうに料理をしている。

 リビングのテーブルの上に置かれいているのは、彼女の持ち物としては、大きすぎる弁当箱。

 その中には、幾つかのおかずが綺麗に盛り付けられていた。

 

 同時刻。

 碇シンジ宅でも、水色のエプロンを着けたシンジが、アスカと同じく楽しそうに料理をしていた。

 彼の家のリビングのテーブルの上に置かれている弁当箱は、アスカとは逆に彼が使うには小さめだ。

 その、弁当箱の中には、これまた幾つかのおかずが綺麗に盛り付けられていた。


 
 「「さて、メインのおかずを入れて・・・・・・完成っと!」」


 
 別室にも拘らず、寸分違わずに弁当を完成させる二人。

 そう、今日は二人でピクニック。

 楽しい楽しい、ピクニック。
 


 
 REPEAT of EVANGELION
  第15話 『ピクニックへ行こう!!』                     作『CYOUKAI』


 

 
 シンジとアスカが、分裂使徒イスラフェルを殲滅した日。

 任務を終えて本部に戻ってきた二人は、そのままの格好でミサトの許を訪れた。

 「あら、二人揃ってどうしたの?」

 報告書を検分していたミサトは、書類から視線を上げると、二人にそう言った。

 「ねぇ、ミサト。」

 「なにかしら?」
 
 「実は、お願いが有るんだけど・・・・・・。」

 実にしおらしい態度でそう語るアスカ。

 ミサトは、とんでもない要求を突き付けられるのでは?と警戒を始める。

 「お願いって、なにかしら?」

 「あのね、明日なんだけど・・・・・。」

 「明日、何か有るの?」

 「一日、休暇をくれない?」

 「休暇?」

 「そう、アタシとシンジに休暇を一日出して欲しいの。」

 「なぜかしら?
  第一、貴女達には、学校も有るでしょ?」

 「それは解ってるんだけど。
  ほら、アタシもシンジも、あの分裂君を倒すのに、一生懸命やったじゃない?
  だからさ、ご褒美として、明日一日、お休みが欲しいのよ。
  学校も、ネルフもね。」

 「でも、勉強だって、貴女達には大切なのよ?
  アスカは大学を出てるから良いとしても、シンジ君はそうは行かないでしょ?」

 ミサトは、視線をシンジに移す。

 その視線を受け止めたシンジが、今度は口を開いた。

 「それなら、大丈夫ですよ。
  遅れた所は、アスカが教えてくれる事になってますし・・・。
  第一、日ごろの戦闘訓練でも一日おきに学校は休んでますし、勉強だって、リツコさんやマヤさん達が
  教えてくれてますから、進み具合は授業よりも先に言ってる事は、ミサトさんも知ってるでしょ?」

 「まぁ、それは知ってるけど・・・・。」

 「ですから、明日一日、僕達にお休みを下さい。」

 シンジはそう言うと、礼儀正しく頭を下げる。

 「ね、ミサト、お願いよ。」

 アスカもそう言って、シンジ同様に頭を下げた。

 いきなりの行動に面食らったミサトは、少し動揺したが、

 『まぁ、この子達が頑張ったのは事実だし、一日くらい休暇をあげても問題ないわね・・・。』

 と思う事で、動揺を治めた。

 「解ったわ、貴方達には明日一日休暇を与えます。
  ゆっくり羽を伸ばしてくると良いわ。」

 その言葉に、下げていた顔を上げた二人。

 その顔は、喜びを隠しきれ無いと言った表情だ。

 「「ありがとう(ございます)ミサト(さん)」」

 『あらあら、こんな時までユニゾンして・・・・。』

 未だ、ユニゾンを続ける二人を見て、ミサトは何やら暖かい気持ちになっていた。

 『でも、この二人に対する疑問は、まだ有るのよね・・・・。』

 それでも、二人の不審点を忘れる事は出来ない様だが・・・・。







 そう言う経緯で休暇を得た二人は、その後、家に戻ると、シンジの家でソファーに並んで座り、お茶を飲みながら、

 翌日の為に計画を立て始める。

 「とりあえず、何処へ行こうか?」

 「そうねぇ、遊園地じゃピクニックって感じじゃないし・・・・・・。」

 「そうだね、そうすると、芦ノ湖か二子山?」

 「うむ〜、難しい選択ねぇ・・・・・。」

 「アスカはさぁ、山と湖のどっちに行きたいの?」
 
 「アタシは、シンジと一緒なら、何処でも良いわよ。」

 「それは、僕も同じだけど・・・・・。
  じゃあ、強いて言うならどっちに僕と行きたいの?」

 どっちに僕と行きたいの?などと言う発言。

 かなり、重い発言だとは思うが、二人は気にする様子も無い。

 そんな彼の質問に、顎に手を当て考え込むアスカ。

 『山頂から下界を見下ろしながら、シンジとお弁当を食べて、その後、ゆっくりと何もしない時間を楽しむのも良いけど、
  湖畔でシンジとお弁当を食べて、その後は、ゆっくりと何もしないでシンジと二人っきりの時間を楽しんで、夕方、湖の
  向こうに沈む夕日をバックに、「アスカ、夕日に照らされた君も可愛いね。」なんて言ってもらえたらそれこそ最高だし・・・。
  う〜ん、どっちも捨て難いわ・・・。』

 「カ・・・・スカ・・・・アスカ!」

 「えっ、あ、ああ、シンジ、どうしたの?」

 「どうしたの、じゃないよ。
  アスカが急に黙り込むから・・・・。」

 「ゴメンなさい、シンジ。」

 『どうやら、考え込みすぎたみたいね。』

 「で、どっちに行きたいの?」

 「そうねぇ・・・・。」

 『二子山だと、帰りがきつくなるかもしれないし、夕日が見られるまでいたら、家に着くのが遅い時間になっちゃうし・・・・。』

 「決めたわ!!
  芦ノ湖にする!!」

 アスカは、シンジに自分の中で決まった事を告げる。

 「じゃあ、芦ノ湖に行く事で決定だね。」

 「シンジも、それで良いの?」
 
 「さっきも言っただろ。
  僕は、アスカと一緒なら何処でも良いってさ。」

 自分の言葉に少しはにかむシンジ。

 「アリガト、シンジ。」

 アスカは、そんなシンジがいとおしくて、彼の肩に頭を乗せる。

 「さて、目的地は決まったね。
  じゃあさ、明日のお弁当はどうする?」

 「そうねぇ・・・・・。」

 「オニギリでもサンドイッチでも良いよ。」

 それを聞いたアスカの頭の中に、一つのアイディアが浮かぶ。

 『シンジのお弁当も良いけど、アタシも少しはお料理が出来る様になったんだから、アタシの作ったお弁当をシンジにも食べて
  もらいたい。』

 アスカは、自分の作ったお弁当を食べ、喜んでくれるシンジの姿を想像する。

 『“優しく太陽が照らしてくれる芝生の上で、シンジがアタシのお弁当を広げる。

  「わぁぁ、美味しそうだね、アスカ。」

  本当に嬉しそうな顔をして、そう言うシンジ。

  「美味しそうじゃなくて、美味しいのよ!!
   なんと言っても、アタシのシンジへの愛情がい〜っぱい入ったお弁当なんだから!!」

  「じゃあ、いただきます、アスカ。」

  「はい、めしあがれ。」

  シンジは、アタシの作ったお弁当を食べ始める。

  一口食べる度に、

  「アスカ、美味しいよ。」

  と、褒めてくれるシンジ。

  「そうでしょ、美味しいでしょ?」

  「うん、美味しいよ。
   こんな美味しいお弁当を食べられるなんて、僕は幸せだなぁ。」

  そう言って、顔を綻ばせるシンジ。

  そんなシンジの、口元にご飯粒が一つくっついてたりして、

  「シンジ、ご飯粒が付いてるわよ。」

  「え?何処?」

  「ここよ・・・・・チュッ。」

  「あ、あすかぁぁぁ!」

  なんて事になったりして・・・・・・・きゃぁぁぁぁぁ、良い感じじゃないのよぉぉぉぉぉ!!”』

 「カ・・・・スカ・・・・アスカ?」

  再び妄想世界に旅立っていたアスカを心配したシンジが彼女を呼ぶ。
  
  どうやら彼女は、最近妄想癖が酷くなった様だ。

 「アスカ、また考え事?」

 「え、ええ、ちょっとね。」

 「で、お弁当はどうするか決まった?」

 『そうよね、お弁当よね。
  シンジのお弁当は食べたい、でもアタシのお弁当も食べてもらいたい・・・・・。
  どうすれば良いのかしら?
  アタシはシンジのお弁当が食べたくて、シンジにはアタシのお弁当を食べてもらいたいのよ・・・・・・・そうか!!』

 「シンジ、明日のお弁当、アタシの分だけ作って。」

 「じゃあ、僕の分は?」

 「アタシが作るわ!!」

 「アスカが?」

 「そうよ。
  それを、お昼に交換するのよ!!」

 立ち上がったアスカが、腰に手を当てた、いつものポーズでそう主張する。

 『アスカのお弁当かぁ・・・。』

 シンジも、アスカのお弁当を想像して、顔を綻ばせる。

 「解ったよ、そうしよう。」

 「これで、決まりね。」
 
 「じゃあさ、明日の為に、買い物に行かなくちゃ・・・・・・アスカも来る?」

 「当たり前じゃない!!
  アンタのお弁当のおかずを選ばなくちゃいけないんだから!!」

 「じゃあさ、一緒に行こうよ。」

 「解ったわ。
  着替えてくるから、アンタも着替えて来るのよ。」

 「うん。」

 二人で買い物に行く事が決まると、それぞれの部屋に戻って、着替えを始める。

 シンジの方は、あっと言う間に着替え終わってリビングへ戻ってきたが、アスカは時間がかかっていた。

 なぜなら・・・・。

 彼女にとっては、スーパーへの買い物でも、シンジとのデートには違いなく、

 「どんな時でも、最高のアタシをシンジに見て貰いたい。」

 と言う乙女心が、なかなか服を決定させないでいたのだ。

 女性は着替えに時間がかかる事を承知しているシンジも、アスカを急かす事は無く、葛城家と繋がっているドアを見つめながら、

 そこから現われるだろう、アスカの姿を想像しながら、じっと待っているのだ。
 
 どうやら、二回目のユニゾン訓練の間に、シンジにとってアスカを待つ時間は苦痛では無くなっているらしい。

 結局、アスカの衣装選びは30分ほどかかった。

 シンジは、彼の部屋とミサトの部屋を繋ぐドアから、アスカが入って来た時、

 「良く似合ってるね、可愛いよ。」

 と言う事を忘れない。

 自分がそう言う事が、アスカを喜ばせるという事を知っているから。

 その後、スーパーまで二人並んで行き、今日の夕食と明日の弁当用の食材を購入して、帰りに近くの公園で一休み。

 生ものもあったので、あまり長居は出来なかったが、それでも有意義な時間を二人で過ごした後、帰宅。

 すぐさま、夕食を二人で作りミサトの帰宅を待つが、イスラフェル殲滅の事後処理の為に今日は徹夜である旨の連絡を受け、二人で

 夕食を食べた。

 食後に、二人それぞれ交代で風呂に入った後、シンジの入れたアイスティを飲みながら就寝までの時間を過ごし、オヤスミのキスを

 して、それぞれ、自分の部屋へ入る。

 翌日の、ピクニックを楽しみにしながら・・・・・・・・。







 そして、冒頭に繋がる。

 それぞれが、相手への愛情をたっぷり詰め込んだ弁当を作り終え、それ以外に必要な物を、リュックに入れていく。

 それは、水筒であったり、レジャーシートであったり、カメラであったり・・・・・。

 そして、準備万端整った所で、シンジが葛城家へやって来る。

 「アスカ、準備できた?」
 
 リビングに入ったシンジが、既にリュックを背負っているアスカにそう尋ねると、

 「ええ、準備万端よ!!」
 
 と、アスカが答える。

 「戸締り、ガス、水道、電気は大丈夫だよね?」

 「大丈夫よ。」

 「じゃあ、行こうか?」

 「ええ、行きましょ。」

 外出時の確認を終えると、二人は手を取り合って部屋を出る。

 コンフォートマンションを出てバス停まで行き、そこでバスに乗る。

 芦ノ湖の近くまでバスで行くと、その後は徒歩になる。

 「さて、これからどうしようか?」
 
 「そうねぇ・・・。」

 二人が辺りを見回すと、そこには一つの案内板が見える。

 そこには、芦ノ湖を半周する遊歩道やボート乗り場、昼食を食べるのに良さそうな広場の存在が確認できた。

 「ねぇ、この遊歩道を歩いてみようよ。」

 「え、いいけど、軽装で大丈夫なの?」

 「ええと・・・・うん、大丈夫みたいよ、ほら・・・。」

 アスカはそう言って、案内板を指差す。

 そこには、湖畔に設けられた遊歩道の説明が書いてあった。

 「ああ、本当だ。
  ハイキング感覚で行けるって書いてあるね。」

 「それに、途中に広場もあるから、そこでお弁当も食べられるし。」

 「よし、じゃあ、行こうか?」

 シンジは、アスカの手を取って、歩き始めた。

 途中の、雨のせいで少し崩れている所では、

 「アスカ、僕の手に掴まって。」

 「うん・・・。」

 と、シンジが先に行き、アスカが足を取られない様にしっかりをエスコートした。

 木々の緑が、夏の太陽の光を和らげる遊歩道を、二人寄り添いながらゆっくりと景色を楽しみ歩く。

 前世の二人には考えられなかった安らぎの時間でもある。

 そして、日が南に上がりきった頃、遊歩道脇の広場で、二人は弁当を食べる事にした。

 シンジが、自分のリュックからレジャーシートを出し、芝生の上に広げる。

 その上に、アスカが座って、自分のリュックを降ろした。

 「じゃあ、お弁当を交換しましょ。」

 そう言って、リュックから弁当を取り出すアスカ。

 それにあわせて、シンジも弁当を取り出す。

 「「はい、どうぞ。」」

 シンジが持つアスカのカワイイおサルのプリントが描いてあるピンクの弁当箱。

 ユニゾンの訓練の時に、アスカがシンジにおねだりして買ってもらった物だ。

 そして、アスカが持つシンジの紺色の弁当箱。

 本当は、自分と同じ弁当箱をシンジにも使ってもらいたかったアスカだったが、大きさと絵柄にシンジが拒否反応を

 起こしたので、実用的なこの弁当箱をアスカが選んだ。

 二つの弁当箱を交換した二人が、

 「「じゃあ、いただきます。」」

 と、同時に蓋を開ける。

 アスカの弁当箱には、彼女の大好物であるハンバーグを主体に、バターで炒めたホウレン草やニンジンが品良く並んでいた。

 一言で言えば、バランスの良い弁当だ。

 その事からも、シンジのアスカへの愛情の深さを知る事が出来る。

 『そう言えば、あの頃もこんな感じのバランスの良いお弁当だったわよね・・・。』

 対して、シンジの弁当箱には、アスカ、渾身の力作であろう唐揚げを主体に、ポテトサラダやスパゲティが並んでいた。

 更に、シンジの弁当は、ご飯が俵型のオニギリになっていたのだった。

 「アスカ、このオニギリ難しかったでしょう?」

 シンジは、そのオニギリを作ったアスカの苦労を労う。

 「まぁね〜、でも、インターネットで検索して作り方を見ながらやったから、結構簡単だったわよ。」

 「ありがとう、僕の為に、こんな手の込んだお弁当を作ってくれて。」

 そう言って、嬉しそうに箸を付けはじめるシンジ。

 そのシンジに、「まぁ、シンジの喜ぶ顔を想像しながら作ったから、楽しく作れたわよ。」と答えるアスカ。

 『このお弁当のコンセプトは愛よ!!
  シンジの為ならどんな苦労も厭わないと言う、アタシの愛を表現したのよ!!』

 アスカは、心の中でそう叫ぶと、自分の弁当に箸を付け始めた。
 
 彼女が、まず口にしたのは、ハンバーグだった。

 そのハンバーグには、細かく刻んだニンジンが入っていた。

 「シンジ、これ美味しいわ。」

 素直にシンジのハンバーグを褒めるアスカ。

 「そのお弁当のハンバーグはね、全部混ぜた物が違うんだよ。」

 と、照れた表情で答えるシンジ。

 それならばと、もう一つを口に運ぶアスカ。

 今度は、ピーマンが入っていた。

 「本当だぁ〜!」
 
 目を見開いて驚くアスカ。

 「朝の短い時間に、良くできたわねぇ?」

 「だって、アスカが食べてくれるんだもん、力の入れ具合も違ってくるさ。」

 「ありがとう、シンジ。」

 アスカは頬を、真っ赤に染めていた。

 どうやら、シンジの弁当のコンセプトも、アスカと変わらない様だ。

 シンジの作ったハンバーグは、ニンジン入りとピーマン入り以外に、ノーマルの物とチーズを挟んだ物が入っている。

 『喜んでもらえて、良かった。』

 その、アスカの表情に一安心したシンジは、一口サイズの俵型のオニギリを口に運ぶ。

 その中身には、おかかが入っていた。

 「あ、おかかのオニギリだ。」

 今度は、アスカが得意満面の表情を浮かべる。

 「そのオニギリもね、シンジのハンバーグと一緒で、中身が全部違うのよ。」

 「そうなの?」

 シンジは、そう言うと、もう一つ口に運ぶ。

 今度は、練り梅が入っていた。

 「本当だ、今度は練り梅だね。」

 「シンジが喜んでくれて何よりだわ。」

 そうアスカに言われたシンジもまた、顔を真っ赤にする。

 ちなみに、全部で8個入っていた俵型オニギリの中身は次の通り。

 既に、シンジが口にしている、おかか、練り梅の他に、コンブの佃煮、明太子、ツナマヨネーズ、鮭フレーク、ねぎ味噌、

 そして芥子菜である。

 そのシンジに、アスカが水筒からお茶を注ぎ手渡す。

 「はい、シンジ、お茶。」

 「ありがとう。」

 手渡されたお茶を、一口飲むと、再び弁当を食べるシンジ。

 そのシンジの様子を自分も弁当を食べながら見つめるアスカ。

 『なんか、こう言うのって良いわよね・・・・・。』

 アスカは、シンジを見ながら、将来の自分達を想像してみる。

 『アタシとシンジと子供達で、ピクニックに来て、アタシが作ったお弁当をシンジと子供達が美味しそうに食べてくれる。
  その様子を幸せそうに見るアタシ・・・・・・。
  幸せな家族の姿がそこには広がっていて、子供達はアタシのお弁当を食べた後、広場で遊びはじめる。
  いつの間にかアタシの隣に座ってたシンジが、そっとアタシの肩を抱いてくれて・・・・・・・。』

 そんな未来を想像していたアスカの目に、シンジの口元に付いたご飯粒が目に入る。

 『お弁当に夢中で、気が付いていないのね。』

 「シンジ、ご飯粒が着いてるわよ。」
 
 アスカは、シンジの顔を指差した。

 「え、何処、何処?」

 シンジは、アスカの指が指し示す辺りを指で探るが、なかなかご飯粒を見つけられない。

 「ほ〜ら、ここよ・・・・・・・ちゅっ!」

 アスカは、シンジの隣に移動すると、そっと自分の唇でご飯粒を取ってあげる。

 「あ、あ、ありがとう。」

 顔を真っ赤にして狼狽するシンジ。

 「どういたしまして。」
 
 シンジに釣られる様に顔を赤くするアスカ。

 周囲にラヴラヴ不可侵領域を展開しながら弁当を食べる二人。

 それを見て、ほのぼのする者、唖然とする者、血の涙を流す者。

 近くの立ち木を殴り続ける者、自分達もと不可侵領域を展開し始める者。

 シンジとアスカが食事を終えた時、彼らの周囲では、人間のありとあらゆる表情が見受けられた。

 更に不幸?だったのが、そんな彼らに写真の撮影を頼まれた老夫婦だった。

 食事を終えたアスカが、リュックの中のカメラの存在を思い出し、誰かに写真を写してもらおうと、辺りを見ると、丁度タイミング良く

 一組の老夫婦が通りかかったので、

 「すみませ〜ん、写真撮ってもらえませんか〜?」
 
 と、お願いすると、彼らは快く引き受けた。
 
 しかし、それが不幸の始まりだった。

 カメラを手渡したアスカがシンジの許に戻ると、初めはおとなしめのポーズを取る。

 この時までは、老夫婦も、

 『初々しいカップルだなぁ・・・。』

 程度にしか思っていなかったが、その直後、

 アスカとシンジは、濃厚なキスを始めてしまう。

 更に、アスカがシンジの膝の上に乗ったり、後ろから抱きついたり、シンジがアスカの首筋にキスをしたりと、老夫婦を赤面させるポーズを

 立て続けに取る二人。

 恥ずかしさと、甘い空気に耐えられなくなった老夫婦は、早くその場を切り上げたかったのだが、いつまでたってもアスカからOKは出され

 る事は無く。

 結局、フィルム一本分を撮らされた。

 その後、石の様に固まった老夫婦からカメラを取ると、何事も無かった様にその場を立ち去るシンジとアスカ。

 その上、「あの人達、何で固まっちゃったんだろうねぇ?」などと、自分達の行動をまったく理解していないのだから、手の着けようが無い。

 1時間ほどして、老夫婦が石化から立ち直った時、彼らの記憶からは、若い二人の事は消え去っており、空白の1時間に頭を抱えるのだった。





 そんな、幸せな時間に二人が浸っていた時。

 偶然にもその姿を、学校を休みバイトに勤しむマナが目撃していた。

 『な、な、何なのよ〜!!
  この頃、学校を二人して休んでると思ったら、こんな所でデートをしてるなんてぇぇぇぇ!!』

 マナは、この日の朝、急遽、バイト先の第3新東京クリーニングに呼び出され、芦ノ湖の周りに点在する公衆トイレの清掃に来ていたのだ。

 『ぜぇぇぇったいに、邪魔しちゃるぅぅぅぅ!!』

 モップとバケツを持ったマナは、アスカとシンジのデートを邪魔する事を決意する。

 『惣流・アスカ・ラングレー!!
  貴女には、沢山恥をかいて貰って、シンジ君に愛想をつかされる様にしてあげるわ!!』

 心の内でそう叫ぶマナ。

 そして、マナのデート妨害工作が始まった。






 妨害工作その1。

 マナは、シンジ達のルートを先回りすると、遊歩道に穴を掘り始める。

 「名付けて、“落とし穴へドッスンコ!!アスカちゃんとってもお間抜け作戦”よ!!」

 センス溢れる(笑)作戦名だ。

 どう言う方法かは知らないが、バケツとモップを駆使して、深い深い穴を掘りはじめる。

 1メートルほど掘っても、満足せず。

 2メートル掘っても、

 「まだまだよ!!」

 と、更に掘り続ける。
 
 そして、3メートルほど掘った時、マナは重大な失敗に気が付く。

 「きゃぁぁぁっ!!
  コレじゃ、私が出られないじゃないのよぉぉぉぉぉ!!」

 そんなマナに、更なる悲劇が!!

 湖畔の遊歩道である。

 その表面はどうあれ、地下には多量の水分を含んでいるのだ。

 そこを、3メートルも掘りざげ、湖面よりも下になってしまうと・・・・・。

 「わぁぁぁぁ!!
  水が染み出てきたぁぁぁっ!!」

 慌てて、ジャンプを繰り返すが、3メートルも掘った穴の出口に届くはずも無く、

 “ビチャビチャ!!”

 と、泥水を撒き上げるだけ・・・・・。

 更に、ぬかるんだ土に足を取られてしまい、

 “ツルッ!!ビチョ〜ン!!”

 と、尻もちを搗いてしまう。

 「ぎゃぁぁぁぁっ!!
  も〜ドロドロよ〜!!」

 泥魔人の様な姿のマナが、上を向いてそう叫んだ。

 その穴の横を、シンジとアスカが手を繋ぎながら通り過ぎる。

 「アスカ、ここに大きな穴が開いてるから、足元に気を付けてね。」

 「うん、大丈夫よ、シンジ。」

 二人は、穴の中にいるマナに気が付きもせずに先に進んで行くのだった。

 





 妨害工作その2。

 「はぁぁぁ、ナントカ穴から這い出せたわ・・・・・・。」

 全身泥まみれのマナは、またもや先回りして、シンジ達を待ち伏せする。

 今度は、向かいに有る大木に細い蔦を結びつけて、遊歩道を横切る様に地面に這わせる。

 「名付けて、転んだアスカちゃん、足を挫いてピクニックが台無しよ作戦!!」

 こちらも、ネーミングセンスを疑う作戦だが、マナは自信満々だ。

 そこへ、件の二人が談笑しながら歩いて来る。

 「へぇ、そうなんだ。」

 「まったく、ヒカリもあのジャージ馬鹿の何処が良いんだかねぇ。」

 「でもさ、トウジは良い奴だよ?」

 「まあ、シンジの親友だから悪く無いと思うんだけどねぇ。
  あのジャージだけは如何にかならないかしら?」

 「ハハハハハ・・・・・・。」

 そして、シンジが蔦を跨ぎ、少し遅れてアスカが・・・・・。

 『今よ!!』

 力いっぱい蔦を引くマナ。

 しかし、タイミングが少しずれて、既にアスカが通り過ぎた後。

 ただ虚しくピンと張った蔦が伸びるだけ・・・・・・。

 『また失敗かぁ・・・・。』

 肩を落してガッカリするマナであったが、彼女の不幸は終わらない。

 “バリ、バリバリバリバリッ!!”

 引っ張ったマナの力が怪力なのか?それともただ単に立ち木が腐っていただけなのか・・・・・。

 突如、マナの方へ向け倒れ込む大木。

 「きゃぁぁぁぁっ!!」

 慌てて逃げようとするマナではあるが・・・・・・。

 “どっし〜〜〜〜〜〜ん!!”

 哀れマナちゃん、木の下敷きに・・・・・。

 「ぐうぇぇ!!」

 と、つぶれた蛙の様な声を上げ、意識を失った。

 背後で突然大きな音がしたので、シンジとアスカが振り向くと、そこには大木が横たわっていた。

 「突然倒れるなんて、どうしたんだろう?」
 
 「そうね、腐ってたのかしら?」

 「それにしても、僕達が通った後で良かったね。」

 「ホントねぇ。
  きっとアタシ達は、幸運の星の許に生まれたのねぇ。」

 「でも、この先も気を付け無いとね。」

 「うん、注意して行きましょう。」

 再び手を繋ぐと、二人は寄り添いながら歩いて行った。







 妨害工作その3。

 またまた、シンジ達の先回りをしようと、遊歩道から離れた林の中を進むマナ。

 「二度も続けて失敗したから、今度は手堅く行かないと・・・・。」

 走りながら、次の作戦を考えていた。

 「落とし穴も駄目だったし、足引っ掛けも駄目だった・・・・。
  こうなったら!!」

 何を思い付いたのか、マナは大きな石を集め始める。

 「コレも駄目、コレは大きすぎるわ・・・・・。」

 石を見つけては、自分の作戦に使えるかどうかを選別する。

 「ああ、アレなら丁度良いわね!」

 手ごろな石を見つけたマナは、そこへかけ寄ろうと、走り出す。

 “タッタッタッタッタッタ・・・・・・ムギュ!!”

 『ムギュ?』

 何かやわらかい物を踏んだマナは、足元を見る。

 そこには、黒い毛で覆われた、何かがあった。

 『コレは何かしら?』

 マナは、草の間から出ているその物体の出所を付きとめようと、目を動かす。

 「へ?」

 すると、そこには、大きな熊がこちらを睨んでいた。

 『もしかして、これは・・・・・。』

 こめかみに大きな汗を垂らしながら、マナは冷静に自分の置かれた状況を分析しようとする。

 「グァオォォォォォォォォ!!」

 どうやら、マナが踏んだ物体は、熊さんの尻尾だったらしい。

 熊さんと言っても、大工の熊八さんでは無い。

 日本では最強の哺乳類に属する、ツキノワグマである。

 「どうしてこんな所に、熊がいるのよぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 踏まれた尻尾が余程痛かったのか、熊はその顔に怒りの表情を浮かべながら、マナを追いかけてくる。

 「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!助けてぇぇぇぇぇぇ!!」

 熊とマナの壮絶な追いかけっこが始まった。

 そんな事が起きているとは知らない、シンジとアスカは、

 「ある〜日。」

 「ある〜日。」

 「森の〜中。」

 「森の〜中。」

 「クマさ〜んに。」

 「クマさ〜んに。」

 「出会〜った。」

 「出会〜った。」

 と、楽しそうに輪唱しながら、ピクニックを楽しんでいた。




 


 その後も、熊から逃れたマナの執拗な妨害作戦が二人を待ち受けたが、仕掛けた人間がヘッポコなのか、

 それとも、二人が今日運なのか?

 その度に、不幸はマナの身を襲い、シンジとアスカは無事に、折り返し地点までたどり着いていた。







 「もう駄目・・・・・・。
  今日は諦めて帰る事にするわ・・・・・。」





 折れたモップと変形したバケツを、ボロボロ、ドロドロの作業着姿で抱えたマナは、足取りも重く帰って行くのだった。






 帰りは、何のアクシデントも無く(と言っても、行きも彼等には何のアクシデントも無かったのだが・・・。)バス停の有る

 所まで戻ってきた二人。

 彼らの周りは一面オレンジの夕日に照らされていた。







 「ねぇ、シンジ。」

 バスを待ちながら夕日を見ていたアスカが、シンジに声をかける。

 「なに、アスカ?」

 「あの時も、二人がこんな風になってたら、あんな事にならなかったのかもね?」

 「そうだね、あの時の僕は、臆病で他人の顔色ばかり気にして・・・・・・。」

 「アタシは、自分が世界で一番なんて傲慢な事を考えていて、好きだったシンジにも素直になれなかった。」

 「でもさ、綾波の力を借りて、もう一度やり直すチャンスを貰ったんだから、今度こそは・・・・・・。」

 「そうね、今度こそは、本当に世界を救う救世主にならなくちゃね。」

 「大人達に踊らされるんじゃなく、僕達子供が幸せな未来を描ける様になるためにね。」

 「それと、いづれ生まれ来るアタシ達の子供の未来の為にも・・・・。」

 「へ?」

 アスカの言葉に驚いたシンジ。

 二人の顔は、恥ずかしさからか、それとも夕日のせいか?

 とにかく真っ赤に染まっていた。

 「シンジ、これからいろんな事が有るかも知れないけど、アタシ達の絆、チルドレン同士の絆だけは無くさない様にしようね。」

 「うん、そうだね。
  僕とアスカの絆、僕達チルドレンの絆。
  この絆がしっかりしていれば、きっとサードインパクトは防げるんだ。」

 「アタシとシンジとレイの絆を何よりも強固な物にすれば・・・・・。」

 「「僕(アタシ)達は、明るい未来を手にする事ができる。」」

 声をそろえた二人。
  
 シンジは、夕日に照らされたアスカを見つめ思う。

 『君を守る事が、僕の望み。』と・・・・。

 アスカは、目の前に立つ、少し頼り無さそうで、それでいて、本当はとても強い心を持つシンジを見て思う。

 『アタシを守ろうとする貴方を守る事が、アタシの望み。』と・・・・。

 そして、二人は思う。

 『『守り、守られ、君(貴方)と共に永遠に歩み続けるのが、僕(アタシ)の望み』』と・・・・・。

 不意に、湖を渡る涼しくて優しい風が、二人の髪を揺らす。

 そして、その風に包み込まれる様に互いの距離を縮める二人。

 アスカは、シンジの腕を抱き込むと、そっと身体を預ける。

 そして、シンジはアスカの腰に手を廻すと、そっと力を込めて自分の方へと引き寄せる。

 その姿は、例えようの無いほど美しく、横を行き過ぎる人々が進むのをためらうほど。

 寄り添う二人の姿は、それほどに神々しかった。








 身も心もボロボロのなって帰宅したマナちゃんは、それでも女の子らしくお風呂に入ってサッパリしてから布団に

 入る。

 「今日は、散々な一日だったわ・・・・。」

 ボロアパートの天井を見つめながら、今日一日を振り返る。

 「あの、惣流・アスカ・ラングレーさえいなければ、私がこんなにボロボロになる事も無いに!!」

 自分のヘッポコさを棚に上げて、アスカを逆恨みするマナちゃん。

 「でも、私は諦めない。  
  シンジ君のハートをゲットするまでは・・・・・。」

 彼女は、決意を新たにして、眠りに堕ちて行った。

 頑張れマナちゃん!!

 世界中のトイレを、綺麗にするその日まで!!

 負けるなマナちゃん!!

 たとえそれが辛く長い道のりで有ったとしても!!

 「便器が・・・便器が、襲ってくるぅぅぅぅぅ!!
  もう、トイレ掃除は嫌なのぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 夢の中でも、便器と格闘を続ける霧島マナ嬢。

 どうやら、トイレ掃除がトラウマになったようだ・・・・・・。 





 


 
  次回予告:ようやく、学園生活に戻る事が出来た、シンジとアスカ。
       彼らが戻ったクラスは、既に修学旅行の事を話し合っていた。
       自分達は参加出来ないと知っていても、級友達に話を合わせる二人。
       次回『旅行の計画を立てよう!!』

       二人の補完計画が、今、動き出す・・・・・。



 あとがき:どーも『CYOUKAI』です。
      今回は、宣言通り?閑話休題になりました。
      少し、暴走し過ぎたような気がします。
      まあ、単品として楽しんでいただければ幸いです。
      次回は、マグマ君直前までになりそうです。
      2004年も、一生懸命頑張りますので、宜しくお願いいたします。
      では、今回も、小生の駄文にお付き合い頂き、ありがとうございます。
    
      それでは、また。


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