アスカが、退屈な授業を受けていた頃、シンジはネルフのトレーニングルームにいた。

 一通り、準備運動が終わり、床に座りながら松崎を待つ間、今後の事を考えるシンジ。

 誰を最初に味方に付けるべきか?

 ミサトは、感情が先走る傾向が有るし、使徒との戦いを、復讐と考えているから、話しても素直に聞き入れ

 る事は難しそうだ。

 加持は加持で、真実を追い求めていると言いながら、三重スパイをやっているから、下手をすると、危険が

 振りかかる、恐れがある。

 残ったのは、リツコと冬月。

 シンジの思考の中で、ゲンドウは、除外されている。

 『まず、リツコさんから様子を見るのが良いのかもしれない・・・・。』

 現実主義者であろう、科学者のリツコなら、順序を間違えなければ、理解してくれると思えた。

 補完計画やエヴァについても、直接関わっている立場であるし、ゲンドウの計画も知ってるだろう。

 アスカに黙って、先行したくは無かったが、シンジは、今後の計画を立てるには、普段冷静なリツコの反応

 を見るのが、一番良いと思った。

 『アスカには、怒られるかもしれないけど、思い立ったが吉日だ。』

 幸いな事に、今日は訓練の日で、それが終わったら補習の時間が有る。
 
 恐らく、その場にはリツコも現われる。

 リツコと話すのは、その時が一番良いと、シンジは思った。
 
 「それにしても・・・教官まだかなぁ・・・・。」




 REPEAT of EVANGELION
  第17話 『大人達の疑問・子供達の計画』(前)                作『CYOUKAI』



 


 5分後、トレーニングルームに来た松崎は、シンジに遅刻を詫びると、今日のトレーニングメニューを発表し

 た。

 「碇、今日は射撃をやってもらう事にした。」

 「しゃ、射撃ですか?」

 射撃と聞いて、シンジは少し尻込みする。

 「ああ、そうだ。
  葛城一尉からの要請では、君には、武術の他に射撃の訓練をして欲しいという事だった。
  昨日までの訓練で、君には、柔道、剣道、合気道、を教えた。
  基本は出来ているから、筋力と瞬発力、それに判断力を自分で向上させれば良い。
  無論、君が望むのなら、俺は何時でも相手をするがな。」

 「それで、今日は、残りの射撃ですか?」

 「そう言う事だ。」

 「そうですか・・・・・。」

 あまり気が進まない様子のシンジに、松崎は話題を変えた。

 「なぁ、碇。
  君達が使っているエヴァと言う物は、パイロットがイメージした通りの動きをするんだったな?」

 「はい、そうですけど。」

 「じゃあ、尋ねるが。
  経験の有る事をイメージするのと、経験が無い事をイメージするのとでは、どちらが楽だ?」

 「それは、経験が有る方です。」
 
 「だろ?
  だからだ、射撃も、そう考えれば良いんだよ。
  何も、人間に向かって撃てと言ってる訳じゃない。
  銃の特徴を的確に掴んで、イメージし易くするんだ。
  それにな、的を撃つだけの射撃は、結構面白い物だぞ。」

 松崎の話を聞いたシンジは、彼の話しに納得できた。

 『イメージする為の経験か・・・・・。
  そうだな、何事も経験するのが良いのかもしれないな。』

 シンジが前向きな表情になった事を、見て取った松崎は、シンジを立たせると射撃場へと案内するのだった。




 2時間ほど、射撃訓練をしたシンジは、補習の為に割り当てられた部屋で、補習の時間が来るのを待ってい

 た。

 射撃訓練では、拳銃、サブマシンガン、アサルトライフル、スナイパーライフルと、各種の銃を訓練した。

 比較的、筋力がアップしていたとは言っても、初心者のシンジがいきなり的に全弾命中とは、行かなかった

 が、それでも、最後の方では、的に何とか当たる様になっていた。

 訓練終了時に、松崎から、筋が良いと褒められた事で、シンジは少し自信が持てる様になった。

 『それにしても、射撃は難しいなぁ・・・。』

 簡単に考えていた射撃だったが、思ったよりも難しい印象を持った。

 『構えがしっかりしていないと、怪我するって言ってた。
  それに、筋力も、もう少し必要だと言う事がわかったし・・・・。
  自主トレの量を、少し増やしてみようかな?』

 シンジが力瘤を作りながら、そう考えていると、リツコがシゲルを伴って部屋に入ってきた。

 「おまたせ、シンジ君。
  じゃあ、今日は数学と理科の授業が潰れたみたいだから、この二つの補習をします。
  良いですね?」

 「はい、先生。」

 リツコは、この時間だけ、自分の事を先生と呼ぶようにと、シンジに伝えていた。

 『う〜ん、先生・・・・・・・・良い響きだわ。』

 袖の無いブラウスを着て、ミニスカートに黒いストッキング、おまけに白衣を着けた教師が何処にいるのか?

 と言われると作者も困るが、リツコは先生と言う言葉の響きに陶酔していた。

 「では、始めます。」

 こうして、補習が始まった。

 元々、リツコにその素養があったのかは、知らないが、彼女の教え方は、シンジの学習意欲を高めていた。

 リツコは、乾いたスポンジの如く、自分が教えることを吸収していくシンジに、彼の母の遺伝を感じていた。

 『ユイさんの息子だけはあるわね・・・・。』

 このシゲルをアシスタントとしたリツコの授業は2時間続き、今日、出席できなかった授業をカバーしてく

 れる。

 「・・・と言う事で、今日の補習は終わりますが、何か解らなかった事はあったかしら?」

 テキストを閉じながら、シンジにそう言うリツコ。

 シンジは、首を横に振ると、

 「いいえ、特にありません、リツコ先生。」

 と、微笑むのだった。

 シンジは、シゲルが先に出て行った事を確認すると、ホワイトボードに書いた物を消しているリツコに、

 「リツコさん、少し話しが有るんですけど、お時間、いただけますか?」

 と、尋ねる。

 振り返ったリツコは、少し微笑むと、

 「今日は特に何も無いから、良いわよ。」

 と、答えると、シンジの隣の椅子に腰掛けた。

 「で、話しって何かしら?」

 足を組んでそう言うリツコの仕草に、シンジは少しドキリとしたが、何とか平静を保って、話を始めた。

 「実は、質問があるんです。」

 「質問?」

 「ええ、エヴァの事はリツコさんに聞くのが一番いいと思って・・・。」

 「そう、そうかもね。
  私が答えられる範囲なら、答えるわよ。」

 「ありがとうございます。」

 シンジはそこで間を置いた。

 「で、早速質問なんですけど。
  零号機、初号機、弐号機って、プロトタイプ、テストタイプ、プロダクションモデルですよね。」

 「そうだけど?」

 「あの三機の、装備の互換性ってどれくらいあるんですか?」

 「そうねぇ・・・・。」

 リツコは少し考えるぞぶりをした後に、シンジに向き直ると、回答を始める。
 
 「基本的に、手で使う武器に関しては、どの機体でも使えるけど、特殊装備は今の所、弐号機だけになるわ
  ね。」

 「特殊装備?」

 「ええ、そうよ。
  たとえば、高温で高圧力と言う条件下で使うための装備なんて言うのは、今の所、弐号機だけね。」

 「零号機や初号機には使え無いんですか?」

 「少し、設計をしなおせば、初号機では使える様になるわ。
  でも、プロトタイプの零号機には、今の所、無理ね。」

 「そうなんですか・・・・・。」

 そう言って、下を向くシンジに、今度はリツコが質問して来た。

 「なんで、そんな事が気になるの?」

 「え?ああ、それはですね・・・・。」

 「それは?」

 「ほら、僕が乗ってる初号機と、アスカの弐号機って少し装甲の形状が違うじゃないですか。
  もしも、戦闘中に弐号機に何かがあって、僕が代わりを勤めなければならなくなった時に、使えなかった
  らやだなぁって思っただけです。」

 「そう。」

 リツコは一応納得したような素振りを見せた。

 『この子ってこんなに積極的に話をする子なのかしら?
  少なくとも、この子の調査報告書には、そんな事は書いて無かったわ。』

 リツコはシンジへの違和感が、増して行くのを感じていた。

 シンジはシンジで、

 『あちゃぁ・・・・。 
  余計な事をしちゃったかな?
  後でアスカに話したら、怒られるだろうなぁ。』
 
 と、自分の行動が短絡的だったのではないかと不安になっていた。

 「で、質問は終わり?」

 リツコは、シンジが黙ったので、質問が終わりなのか聞いてみた。
 
 「あっ、後もう一つだけ。」

 「何かしら?」

 「もしも、使徒を全部倒しても、サードインパクトが防げ無いとなったら、リツコさんはどうしますか?」

 「え?」

 「もしもの話です。
  何らかの要因で、使徒を倒した後でも、サードインパクトが起きてしまうとしたら、どうしますか?」

 「なんで、そんな事を聞くのかしら?」

 「特に理由はありません。
  ただ、もしもそうだったら嫌だなぁって思っただけです。」

 リツコにはそう言ったが、この質問は、シンジにとって賭けに近い質問だった。

 以前から、自分達の味方になりそうな大人を選ばなければならないと、アスカと話していたシンジは、

 わざと、何かを知っているような素振りをして、リツコの様子を見ようと言うのだ。

 恐らく、ゲンドウの補完計画を知っているであろうリツコが、どう答えるかを知りたかった。

 その、リツコの答えをアスカに伝え、判断の材料にするのだ。

 もちろんこの事で、自分に疑惑の目を向けるかもしれないが、自分の過去を探った所で何が出てくると言う

 わけではない。

 後々になれば、自分達に心理テストなどをして、探ろうとするかもしれないが、それまでに大人の誰かに、

 真相を話して、その人に味方になってもらうつもりだから、心配する必要は無い。

 「そう、なら良いんだけど・・・・。
  まあ、そうなったら、諦めるわね。」

 「諦めるんですか?」

 「そうよ、私は科学者だから、絶対に覆せない確定した事に対しては、諦める事にしているの。
  鉄は絶対に木には、なら無いでしょ。
  まあ、ミサトなら気合でなんとかするなんて言うかもしれないけど、私は現実主義者だから。」

 「そうですか・・・・・・ありがとうございました。」

 シンジは、リツコの答えに納得した様に見せて、話を切り上げる。

 「じゃあ、私は戻るわね。」

 「ええ、ありがとうございました、リツコさん。」

 シンジは部屋を出て行くリツコを、笑顔で見送るのだった。

 「さて、僕も帰ろう。」

 そう言ってシンジは、鞄を持つと部屋を出る事にした。

 シンジは、廊下に設置してある時計を見ながら、

 「あちゃ〜〜。
  夕飯が遅くなりそうだなぁ・・・・・。」

 と、呟くが、時間は戻らないと諦めると、喉の渇きを潤すために、休憩所に寄って行くことにした。




 時系列は少し遡る。

 シンジのいない、退屈な授業を終えたアスカは、ヒカリと共に学校を出た。

 途中でヒカリと別れ、自宅では無くネルフに向かう事にする。

 『たまには、シンジを迎えに行くのも悪く無いわね。』

 普段、シンジが訓練の日は、自宅に真っ直ぐ帰り、彼の帰りを待つアスカだったが、今日は、なんとなくシ

 ンジを迎えに行きたい気分だったので、ネルフに向かっていた。

 アスカはネルフに着くと、発令所に寄って、シンジの居場所を聞く。

 その会話の中で、シンジとの関係をマヤ達にからかわれたが、以前ならともかく、シンジと想いを通じ合っ

 ている今は、それを軽くあしらう事が出来た。

 ただ、アスカの表情や仕草から、マヤ達は、シンジとアスカの関係が、どういう物か理解出来たが、

 「今は、そっとしておいてあげよう。」

 と言う、マコトの一言で、彼らが自分達から告白して来るまでは、黙っておこうと言う事になった。

 この辺りは、彼らの上司である、ミサトより大人の判断だったと言える。

 発令所を出たアスカは、シンジの訓練の邪魔にならない様にしようと、休憩所でシンジを待つ。

 『アタシが、迎えに来たと知ったら、アイツはどう言う顔をするんだろう?』

 自分を見つけたシンジのリアクションを想像しながら、アスカはお気に入りのファッション雑誌を、鞄から

 取り出し、読み始めた。

 『あっ、このワンピース、可愛いわね・・・・・。
  今度、シンジと一緒に、買いに行こうかなぁ・・・・・。』

 ページをめくりながら、シンジとのデートに思いを馳せていたアスカだったが、そんな彼女を睡魔が襲い始

 める。

 『うぅ〜ん・・・・・眠くなってきた・・・・・シンジ、まだかなぁ・・・・・Zzz・・・・・』

 必死に、睡魔と闘いながらも、船を漕いでいたアスカだったが、善戦虚しく敗北し、夢の住人となってしま

 う。

 そんな彼女の隣に、何か温かい感触が現われる。

 アスカを包みこむような温かさと、心地良い匂い。

 『ナンダロウ・・・・・すっごく、落ち着く・・・・・・・。』

 アスカは、安心できるその温かさに、身を預け、更なる眠りに入るのだった。



 休憩所に来たシンジが、自販機で飲み物を買おうと、ベンチの間を歩いていると、見慣れた頭が上下してい

 るのが見えた。

 『ん?アスカ?』

 ネルフでは唯一と言って良い紅茶色の髪の持ち主を思い浮かべたシンジは、とりあえず、飲み物を買うと、

 アスカの隣に座る。

 『迎えに着てくれてたんだ・・・・・。』

 船を漕ぎ続けるアスカの頭を、自分の肩に乗せるシンジ。

 『アスカの髪から、良い匂いが・・・・・。』

 恐らくシャンプーの匂いであろう、アスカの匂いに、シンジは顔を赤くする。

 「Zzzz・・・・・。」

 シンジが、隣に居る事を知らないアスカは、気持ち良さそうな寝息を立てて、眠っている。

 『わっ、わわっ!!』
 
 暫くすると、肩に乗っていたアスカの頭が、次第に下がり、シンジの太腿の上にたどり着く。
 
 「Zzzz・・・・・シンジィ・・・・・・Zzzz・・・・・。」

 どんな夢を見ているのか知らないが、自分の名前が寝言に出てきた事から、シンジは、アスカの夢の中に自

 分が居る事を知る。

 「僕が出てくる夢は、良い夢なの?」

 顔にかかった、アスカの綺麗な髪を避けながら、シンジはそう呟いた。

 ふと、アスカの身体を見ると、少しずり上がった制服のスカートの裾から、彼女の白い太腿が見えていた。

 『な、な、なんとかしなくちゃ!!』

 そう思ったシンジは、慌てて鞄の中から、まだ使っていないタオルを取り出すと、アスカに掛けてあげる。

 『ふぅぅ・・・・僕以外の人に、見せたく無いなんて言ったら、アスカはきっと、独占欲の強い男だと思う
  んだろうなぁ・・・・・。』

 この頃、自分でも気が付いた、アスカを独占したいと言う気持ち。

 そんな気持ちを、自分が持っていると言う事に気が付いた時、シンジは驚いた。

 だから、出来るだけ表面に出さない様にしていた居たのだった。

 「うぅ〜ん・・・・・ん?」

 シンジの膝枕で気持ち良く眠っていたアスカが、身体を少し震わせると、ゆっくりと目を開いた。

 『あれ?誰の膝枕なんだろう?』

 ぼやけた頭で、周りの状況を判断しようとするアスカ。

 彼女が、顔を天井に向けると、そこには自分を覗きこむシンジの笑顔があった。

 「シ・・ンジ?」

 「おはよう、アスカ。」

 シンジにそう言われて、アスカは自分が眠っていた事を初めて知る。

 「あ・・・アタシ、寝ちゃってた?」

 「うん、気持ち良さそうだったよ。」

 「アンタ、ずっとこうやってたの?」

 「まぁ、そう言う事になるけど・・・・・。」

 シンジは、アスカに見上げられて、照れた様に鼻の頭を掻く。

 『フフフ・・・・反対じゃない?普通。』

 自分を膝枕するシンジを見て、アスカはそう思った。

 「よっと・・・・。」

 アスカは、そう掛け声を掛けて、身体を起こすと、

 「アリガトね・・・・・チュッ。」

 シンジの頬にキスをした。

 「う、うん・・・・・どういたしまして。」

 顔を真っ赤にしたシンジが、照れくさそうにそう答える。

 「さて・・・・・帰ろっか?」

 立ち上がったアスカはそう言うと、シンジの方へ手を差し出した。

 「うん、帰ろう。」

 シンジはその手を握ると、立ち上がり、鞄を手にする。

 「ねぇ、シンジ。」

 「ん?何、アスカ。」

 「今日の晩ご飯は何かな?」

 「ああ、その事だけどね、時間も遅いし、これから作るのも大変だから、何処かで食べて帰ろうか?」

 シンジがそう言うと、アスカは自分の腕時計を見る。

 時間は、午後6時半。

 「そうね、これから準備したら、時間が遅くなりそうだわ。
  外食して帰りましょ。」

 アスカは、満面の笑みで、そう答えた。

 「じゃあさ、何処に行こうか?」

 「そうねぇ・・・・・。
  あっ、そうだ!!」

 「ん?どこかに良いお店が有るの?」

 「そうなのよ。
  実はね、デパートのレストラン街に、ハンバーグの美味しい店が出来たんだって。
  だからさ、そこに行ってみましょ?」

 『ふふふ・・・・ついでに、水着売り場にもよって行こうっと!!』

 「アスカと一緒なら、僕は何処でも良いよ。」
 
 「じゃあ、ミサトに連絡して、早速行くわよ!」

 アスカはそう言うと、携帯を取り出し、ミサトにメールを出した後、シンジの手を引っ張る様にして、歩き出した。
 
 「アスカァ〜〜、そんなに急がなくったって、レストランは逃げないよ〜〜?」

 「何言ってんの!
  早く行かないと、良い席が無くなっちゃうでしょ!!」

 シンジの手を、更に強く引っ張るアスカの顔は、とても嬉しそうに見えるのだった。

 『シンジとレストランでお食事だもの、少しでも長く居たいじゃない!!』



 家に帰る方向とは逆に、二駅ほど進むと、第3新東京市の繁華街に着く。
 
 その駅から、2分ほど歩いた所にある、セカンドインパクト前からの有名デパート、高○屋。

 比較的遅い時間にも拘らず、大勢の人が、デパートに向けて歩いていた。

 「全く、どいつもこいつも、暇人よねぇ。
  早く、家に帰れば良いのに。」

 シンジと腕を組んだアスカが、自分達の事を棚に上げてそう言う。

 「ねぇ、アスカ?」

 「ん?」

 「あの人達が、暇人なら、僕達は?」

 「アタシ達は、ちゃんと目的を持って来てるじゃない。
  夕食を食べるって言う、ちゃんとした目的が有るでしょ?」

 『はぁ、この中の多くの人も、僕達と同じ目的かもしれないって、考えないんだろうか?』

 無邪気に、微笑むアスカの見ながら、シンジはそう思った。

 他愛の無い会話を楽しみながら、二人はデパートの中に入って行く。
 
 早速、最上階のレストラン街に向かおうとするシンジを、アスカが引っ張る。
 
 「ねぇ、シンジ。」

 「何?アスカ。」

 「アタシ、ちょっと寄って行きたい所があるんだけど・・・・・。」

 「ん?何処?」

 「ちょっとね・・・・・着いて来て。」

 アスカはシンジの腕を引っ張ると、エレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターの窓から見える、第3新東京市の夜景に、アスカが声を上げる。

 「わぁぁぁ・・・・綺麗・・・・・。」

 そんなアスカの後姿を見ていたシンジは、

 『アスカの方が、綺麗だよ・・・・。』

 と、心の中で呟くのだった。

 エレベーターが止まり、二人が降りたのは、水着を専門に置いてあるフロアだった。

 「アスカ?まさか、水着を買うんじゃないだろうね・・・・。」

 目の前に広がる、女性用の水着に、シンジは引き攣った笑みを浮かべる。
 
 「そうよ?
  何か問題ある?」

 「いや、その・・・・ねぇ・・・・・。」
 
 シンジはモジモジしながら、アスカの方を見たり床を見たり。

 『ははぁん・・・照れてるのね。』

 シンジの仕草から、それを読み取ったアスカは、彼の腕を抱き締めると、

 「さ、行くわよ。」

 と、前に進む。

 気の乗らないシンジではあったが、ここで拒絶することは、アスカを傷つける事になると思い、自分が我慢

 する事にした。

 シンジの腕を取りながら、水着を物色するアスカ。

 「ふ〜ん、結構良いのが揃ってるのね〜〜。」

 前世で、加持と来た時の記憶を思いだしながら、一つ一つ見て行くアスカ。

 『あの時、全部見たつもりだったけど、以外と見て無かったのねぇ・・・・。』

 記憶に無いデザインの水着が、多数有る事に、アスカは驚いていた。

 一方、アスカに引き回されるシンジは、このフロアにいる他の女性からの視線を感じて、

 『はぁ、早く終わってくれないかなぁ・・・・。
  目のやり場に困るよ〜〜!!』

 と、アスカにバレない様に、溜め息を吐いていた。

 その時、不意に、シンジの腕からアスカが離れて、一箇所目掛けて走って行く。

 『ん?何か有ったのかな?』

 シンジは、アスカの後姿を目で追いながら、彼女が走って行った理由を推察する。

 その、シンジの視線の中で、アスカは突然止まると、彼の方を向いて手を振る。

 『僕を呼んでいるのかな?』

 シンジはそう言うと、少し急ぎ足で、アスカの許へと向かう。

 「アスカ、どうしたの?」

 そう尋ねるシンジに、

 「えへへ・・・しんじぃぃ・・・・これ見て?」

 と答えたアスカが、一着の水着をシンジの目の前に差し出した。

 「ああ、これって・・・。」

 「そう、あの時と同じの・・・・。」

 あの時と同じ、白と赤のストライプの水着を見ながら、二人はあの時の事を思い出す。

 『あの頃は、僕もアスカも綾波も、仲間として信頼し合っていたんだよなぁ・・・。』

 『プールで、勉強しているシンジに、あんな事を言ったのは、シンジに本当のアタシを見て欲しかったんだと思う。
  シンジに、想いを伝えた今なら確信できる、アタシはあの頃から、シンジを意識していた・・・・。』

 『そして、あのプールで遊んだ後、僕とアスカは使徒と戦う事になったんだ・・・・。』

 『使徒との戦いの途中で、マグマに落ちて行くアタシを助けてくれたのは、シンジだった・・・・。
  ママでも、加持さんでも無く、ライバルだと思っていたシンジだった。
  でも、不思議とその事に嫌悪感は、無かった。
  逆に、嬉しかったくらい・・・・・。』

 『アスカがマグマの中に落ちて行った時、自然と僕の身体が動いていた。
  僕の中の大切な何かが、無くなってしまうような気がした・・・・・。
  フィードバックしてくる、マグマの熱は熱かったけど、それすら気にならなかった。
  ただ、アスカを助けなくちゃ!!って思って飛び込んでたんだ・・・・・。』
 
 『あの時からかもしれない・・・・。
  アタシが、シンジに本格的に恋してしまったのは・・・・。
  シンジを好きになり始めたのは・・・・・。』

 『あの時からかもしれない・・・・。
  僕が、アスカを本格的に、好きになり始めたのは・・・・。
  きっと、恋に気が付いたのも・・・・。』

 『もし、アタシが素直になれてたら・・・・。』

 『もし、僕に少しだけ勇気があったら・・・・。』

 『『歴史は違った方向へ、進んでいたのかもしれない・・・・・。』』

 二人の視線が、不意に重なる。

 アスカの身体をそっと引き寄せるシンジ。

 シンジにされるがまま、彼に身体を預けるアスカ。

 まるで、この世界に二人しかいないかの様に、見つめ合うと、唇を重ねた・・・・・。

 「ねぇ、あそこの二人・・・。」

 「え?あっ、やだぁ!キスしてるわ!!」

 「ここが何処だかわからない位に、自分達の世界に入ってるわねぇ・・・・。」

 「ねぇ、ママ。
  あそこのお兄ちゃんとお姉ちゃん、夜のママ達みたいに、チュ〜〜してるよ。」

 「な、何を言ってるの!こんな所で!!」

 「だって〜〜、ホントの事だもん!!」

 10分後、シンジとアスカは、周囲からの視線で、現世に復帰する。

 「「・・・・・・・・・・・」」

 二人は、自分達の行動が、あまりにも恥ずかしい事に気が付き、顔を真っ赤にして、その場を立ち去った。

 ただ、思い出の水着だけは、しっかりと購入したのは、言うまでも無いだろう。

 

 水着売り場を、真っ赤な顔で後にした二人は、エレベーターに駆け込み、最上階へ。

 運良く、無人だったエレベーターの中で、二人は荒い息を整える。

 「「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・恥ずかしかったァァァ!!」」

 こんな時までユニゾンしてしまう、シンジとアスカ。

 お互い、照れくさそうにしているが、握られた手は離さない。

 暫くして、エレベーターが、最上階に到着する。

 「じゃあ、行こうか?」

 「うん、行こう。」

 二人は手を取り合ったまま、レストラン街へと足を踏み入れる。

 「さて、アスカのお目当てのお店は、どこかな?」

 辺りをきょろきょろしながら、そう言うシンジの隣で、ネルフで読んでいた雑誌を取り出すアスカ。

 「え〜とね・・・・・・あっ、あそこだわ!!」

 雑誌に乗っている地図を確認したアスカが、一軒のレストランを指差した。

 「ああ・・・・・・・って、凄い行列だね・・・・。」

 指差した方向をシンジが見ると、10人以上の人が並んでいた。

 「きっと、開店祝いの、特別メニューがお目当てなのね。」

 「アスカも、それがお目当てでしょ?」

 「ええ、そうよ。
  今後の参考に、食べておきたいのよ。」

 何の参考なのかは理解できなかったが、とりあえず並ばない事には、入れ無いと判断したシンジは、

 「じゃあ、とりあえず、並ぼうか?」

 と、アスカを促した。

 アスカも、それに素直に従い、列の最後尾に並ぶ。

 『昔のアスカなら、こんなに素直に並ぶ事なんて、無かったんだけどなぁ・・・・・。』

 自分の腕に抱き着いているアスカを見て、シンジはそう思っていた。

 そんなシンジの視線を感じていたアスカ。

 『ふふふ・・・アタシが素直に並んだ事に、驚いているみたいね。
  シンジが驚くのも無理は無いわ、だって、アタシだって、戻って着てからコッチ、自分がこんなに素直に
  振舞える事に驚いてるんだもん。
  でもね、アタシ決めたの、シンジの前では素直になるって・・・・。
  だから、人前でもシンジに抱きついたりキスしたり出来るのよ。
  恥ずかしくないわけじゃないけどね。
  何時でも、シンジのぬくもりを感じていたいから・・・・。
  シンジがあの頃から変わらず、アタシに優しくしてくれるように、アタシはシンジに素直になる。
  シンジを、もっとも〜っと幸せにして上げるの。
  だから、アタシはシンジの前で、素直に行動するの・・・・。』

 どうやら、素直な行動は、アスカが考えたシンジの愛し方のようだ。

 

 一時間ほど待って、二人はようやく中に入る事ができた。

 シンジは、何時アスカが癇癪を起こすか心配だったが、二人でいるだけで幸せを感じているアスカには杞憂

 だったようだ。

 「ふぅ、やっと、座れるわ。」

 「そうだね。」

 「さて、アタシをこれだけ待たせたんだから、納得の行く料理が出てくるんでしょうね?」

 「そうだと良いね。」

 シンジは、隣に座るアスカと一緒にメニューを見ながら、会話を楽しむ。

 本来なら、対面に座れる様に用意された席だったが、アスカは迷わずシンジの隣に陣取った。

 シンジも最初は、何で隣に座るのだろうか?と思ったが、隣に座ったアスカの体温を感じて、まあ良いか、

 と思い直した。

 「さて、何にする?」

 自分のオーダーが決まったシンジが、アスカにそう尋ねると、
 
 「決まってるじゃない!!
  本日の特別ハンバーグよ!!」

 と、答える。

 シンジが、近くを通ったウェイターを、手を上げて呼び寄せると、自分のチーズハンバーグと、アスカの特

 別ハンバーグを、オーダーした。

 オーダーを取っている最中、ウェイターは、並んで座る二人を不思議そうな顔で見ていたのだが、二人は気

 が付く事は無かった。

 『あのお客さん、何で、並んで座ってるんだ?』

 シンジ達の許を離れたウェイターが、不思議そうな顔で、もう一度振りかえると、寄り添いながら自分達の

 世界に入り込んでいる、シンジとアスカの姿が。

 『あの席に配膳するのは・・・・・・・・・・イヤだ!!』

 シンジ達の席の担当になってしまった事を、悔やんでも悔やみきれないウェイターA君だった。



 シンジ達が、レストランにいた頃、デパートとは反対側の小さな居酒屋には、ミサト、リツコ、加持の三人

 が、顔を揃えていた。

 「こうして、三人で飲むのも、久しぶりだな。」

 飲んでいたジョッキをテーブルに置くと、加持は、懐かしそうな顔で、そう言った。

 今日、この三人が、ここで集まったのは、シンジがリツコに話した事が原因だった。

 「で、リツコの話ってな〜に?」

 既に、ジョッキを3杯開けたミサトが、タコワサビを突いて、リツコの話を聞く体勢になる。

 「ええ、実は、二人に聞いて欲しいことがあってね。」

 「なんだ?リッちゃん結婚でもするのか?」

 「冗談!リツコが結婚なんて・・・・ねぇ?」

 「あら、私にだって、結婚願望くらいあるわよ?」

 学生時代に、戻ったかのような雰囲気の三人。

 あの頃は、良くこうして、飲みに来ていた。

 そこで、他愛の無い話しをして、酒を飲んで、大いに酔った。

 『三人で集まると、あの頃の雰囲気を懐かしく思うのは、歳かしらね。』

 決して若くない自分の年齢を想いだして、リツコは自嘲気味に微笑んだ。

 「で、話って?」
 
 「ああ、そうね。
  実は、今日・・・・・・。」

 リツコはそう切り出すと、今日の補習の後、シンジと話した事を、ミサトと加持に話し始めた。

 二人は、リツコの話を、酒を飲みながらも、真剣な表情で聞く。

 加持などは、飲む手も止めて、聞き入っていた。

 「・・・・・・と言う事を、今日シンジ君と話したんだけど、おかしいと思わない?」

 リツコが話し終えた時には、ミサトも加持も押し黙って、何かを考えるような仕草をしていた。

 その沈黙を破ったのは、加持だった。

 「つまり、リッちゃんの話が本当だとしたら、シンジ君は何かを知っている、と言う事になるのか?」

 「ええ、それも、確信に近い部分を知っている・・・・・。」

 補完計画の一端を担っているリツコと、ゼーレのスパイとして計画の一部に触れている加持。

 二人は言葉を濁してはいるが、何かを感じ取っている様に見えた。

 ただ、補完計画を知らないミサトだけが、不思議そうな顔で、二人を交互に見ている。

 「ねぇ、ちょっと良い?」

 「なにかしら、ミサト?」

 「シンジ君が何を知っているか、あんた達は知ってるんじゃ無いの?」

 「俺達がか?」

 「そうよ。」

 「なぜ、そうおもうのかしら?」

 「いえね、あんた達の会話を聞いていると、そう感じるのよ。
  ワタシも知らない、何かを隠しているって・・・・・。」

 そう言うミサトの、洞察力を甘く見ていた事を、リツコは後悔する。

 『ミサトが、見かけによらず鋭いのを忘れていたわ・・・・。』

 加持は、自分がスパイ活動をしている事が、露見するきっかけになる事を恐れて、閉口していた。

 「まあ、その事については、おいおい話していくわ。」

 リツコがそう言うと、ミサトは渋々ながら頷く。

 「だが、なぜシンジ君がそんな事を?」

 閉口していた加持が、シンジの動機を推察しようと、話題を振った。

 「そうね、それが問題なのよ。」

 「「問題?」」

 「そう・・・・だから、ここは一つ一つ状況を見て行きましょう?」

 リツコはそう言うと、鞄の中から、1枚のメモをとりだし、テーブルの上に置いた。

 「じゃあ、まずは、シンジ君に対しての疑問点からね。」

 この言葉を待っていましたと言わんばかりの勢いで、ミサトが身体を乗り出す。

 「シンジ君の疑問点と言えば、あの積極性よ!!
  マルドゥックの報告書にあった、内向的な性格とは全然正反対じゃない!!」

 「確かにね。
  私と話している時も、自分の意見をハッキリ言うし、戦闘中もミサトに対して、明らかに反抗したりして
  るし・・・・。」

 「アスカとの関係もそうじゃないか?
  初対面の相手に、抱きつかれて、おまけにキスまでされても、平然としているのはおかしいぞ?
  少なくとも、人との付き合いが苦手な人間には、出来ないことだ。」

 「つまり、報告書が間違ってるのか、若しくはシンジ君に、何か変化が有ったか、と言う事になるわね?」

 「でも、報告書が出来てから、ここに来るまでって、そんなに時間が空いたわけじゃないし、変化だとした
  ら、激変ね。
  思春期の少年の成長とは言えないわ。
  あっ、おね〜さん、お替り!!」

 「おいおい、少しペースを落とせよ。
  それに、あの男嫌いのアスカが、シンジ君とべったりって言うのも納得が行かない。
  だいたい、アスカに近づけた男は、俺だけだったんだぞ?
  ほら、葛城、ビール来たぞ!!」

 「あら〜?加持君は、アスカをシンジ君に取られて、ジェラシー感じてるんじゃ無いの?
  みさと、それで、何杯目?」

 「か〜じ〜!!
  そうだったの?あんた、ロリコンだったのね!!」

 「じょ、冗談は止めてくれ!
  今のアスカに手を出したら、犯罪だ。」

 「って事は、もう少ししたら、手を出すつもりだったんじゃ無いの?」
 
 「!!!!」

 「図星ね!」

 「無様ね!」

 「うう・・・・・・。」

 「まあ、加持君のロリコン説には、一応の結論が出たとして・・・・問題は、あの子達よ。」

 「そうね、加持のロリコンは決定したけど、あの子達の親密さの答えは出て無いわ。」

 「お、俺のロリコンは決定なのか?」
 
 「ねぇ、加持君。
  あの二人に、以前から接触があったと言う形跡は?」

 「あ、ああ、接触も何も、彼らが顔を合わせたのは、TVフォンでの通話の時が初めてだぞ?
  直接会ったのは、空母の上だ。
  それ以前に、二人が接触できるわけ無い。
  しんじ君は日本から、アスカはドイツから、一歩も外に出て無いんだからな。」

 「日本で、他の人間とすりかわった形跡も無し。」

 「まあ、エヴァとシンクロしているから、シンジ君もアスカも別人とは考えられないし・・・・。
  そうなると、こっちはお手上げね・・・・、あら、お銚子が空だわ・・・・・すみませ〜ん、こっちに日
  本酒を一つ!」

 「どうするのよ?」

 頭を付き合わせていた三人は、話しが行き詰った事に落胆する。

 「ひょっとして、あの二人は・・・・・。」

 少し意味深な顔で、そう言う加持に、ミサトが

 「ひょっとしてって何よ!」

 と、怪訝そうな顔をする。
 
 「いやな、過去を探って何も出て来ないという事は、未来から来た使者じゃないかと・・・。」

 「馬鹿馬鹿しい事ね。
  私、加持君って現実主義者だと思ってたんだけど、違ったみたいね。」

 「ははは・・・、確かにそうだ・・・・・・俺も酔っ払ったかな?」

 「この程度で酔うなんて、修行が足りないんじゃない?
  ワタシなんて、全然平気よ!!」

 そう言って、ジョッキを空けるミサトを、リツコと加持は呆れ顔で見る。

 『『お前(貴女)は、特別だよ(だわ)!!』』

 この夜、遅くまで、話し合った三人だったが、結局、結論は出ずじまい。

 とりあえず、状況を見守る事になった。



 大人達が、子供達への疑念を深めていた頃、シンジとアスカは、帰宅の途中だった。

 「まあまあだったわね・・・・。」

 アスカが評しているのは、さっきまでいた、レストランのハンバーグの事。

 彼女が注文した、特別メニューのハンバーグは、三種類の小さなハンバーグが、上品に並んだ物だった。

 途中で、シンジも一口食べ、美味しいと感じていた。

 「まあまあ・・・・・ね。」

 苦笑しているシンジに、アスカは、

 「だ〜って、シンジの作るハンバーグが一番美味しいんだもん!!」

 と、微笑む。

 シンジはその笑顔に、見惚れながらも、

 「そう言って貰えると、嬉しいよ。」

 嬉しそうな顔をして、そう答えた。

 「だって、本当なんだもん。
  シンジの作ったハンバーグが、一番美味しいんだもん!!」

 「ありがとう、アスカ。
  じゃあ、今度、あのハンバーグを作ってみようか?」

 「ええぇ!!本当!!」

 「うん、あれくらいだったら、作れると思うよ。」

 「やったぁぁ!!」

 「アスカの為に、頑張るよ。」

 「もう〜〜、シンジったらぁぁ〜〜!!」

 駅から自宅まで続く道を、じゃれあいながら歩く二人。

 その二人の目に、コンフォートマンションが見えてきた。

 「さて、今日もミサトは遅いのかな?」

 「どうだろう?」

 「まあ、遅いとしたら、きっと加持さんと一緒ね。」

 「大変だよなぁ・・・・加持さんは・・・・。」

 「そうねぇ、あの大酒呑みを相手にするのは、大変だと思うわ。」

 「「まっ、アタシ(僕)達には、関係ないけどね。」」

 二人がそう言って、手を取り合い、走り出そうとした時、

 「ちょっと、ストップ!!」

 と、アスカがシンジの手を引っ張った。
 
 「わわっ!!」

 シンジはアスカに引かれるままに、植え込みの影に倒れこんだ。

 目を瞑っていたシンジが、恐る恐る目を開けると、目の前にアスカの姿が。

 どうやら、シンジがアスカを押し倒す形になってしまったようだ。

 「ご、ごめん!!」

 慌てて、身体を起こそうとするシンジ。

 「待って!」
 
 だが、そう言ってシンジを引き寄せたアスカによって、彼は身体を起こす事が出来なかった。

 『ま、まさか、ここで?』

 シンジの頭に、良からぬ考えが浮かぶ。

 「あ、アスカ・・・・。」

 シンジがそう囁くと、

 「シ〜〜ッ!!」
 
 アスカは人差し指を唇の前に当てて、黙る様に促した。

 「「・・・・・・・・・・・・・。」」

 二人の間に訪れる沈黙。

 『アスカ、どうしたんだろう?』

 シンジがそんな事を考えていると、彼の耳に微かな人の声が聞こえてきた。

 「じゃあ、とりあえず、ミサトは二人から出来るだけ目を離さないでちょうだい。」

 「解ってるわよ。」

 「葛城、さっきリッちゃんにもらったアレ、くれぐれも二人に見つからない様にな。」

 「あのね、ワタシを誰だと思ってるの?
  大丈夫よ、二人には、バレないようにするから。」

 「じゃあ、ヨロシクね。」

 「またな、葛城。」

 「じゃあね〜〜ん。」

 会話が途切れ、車が走り去る音がする。

 『ミサト達、何を話していたんだろう?』

 アスカは、シンジと向きあったまま、今の会話の意味を考えていた。

 暫くして、人の気配が無くなった所で、シンジは身体を起こす。

 彼の眼下には、横たわるアスカの姿。

 倒れた勢いで、めくれ上がったスカートから、白い太腿が出ているのが、月明かりで解る。

 「あ、あすか・・・。」

 シンジは無意識の内に、その太腿へ手を伸ばす。
 
 「こら!」

 その、シンジの手を、アスカが抓った。

 「痛てて!!」

 抓れた手を、さすりながらシンジが恨めしそうな顔をした。

 「もう、そんな顔、しないでよ・・・・・ちゅっ!」

 アスカは、シンジの機嫌を直すように、彼の頬にキスをした。

 落ち着きを取り戻したシンジは、アスカを引き起こすと、

 「ミサトさん達、何を話していたんだろう?」

 と、アスカに疑問をぶつける。

 咄嗟にその答えが出てこなかったアスカは、

 「とりあえず、今夜はシンジの部屋から、帰る事にするわ。
  ミサトは、アタシ達が外食しているのを知ってるから、不思議に思わないでしょ?」

 と、シンジの部屋に行く事を告げる。

 「僕の部屋で、何するのさ?」

 「決まってるじゃない!
  今のミサト達の会話を分析するのよ!!」

 そう言って、歩き出したアスカの背中を見ながら、

 『そうだ!今日、リツコさんにやった事を、アスカに言っておかなくちゃ!!』
 
 と、昼間、リツコにカマを掛けていた事を思い出していた。



  隣室にいるであろうミサトに気が付かれない様に、忍び足でシンジの部屋に入った二人は、葛城家と通じる

 ドアに耳を付けて、向こう側の様子を窺う。

 「ねぇ、なにか聞こえる?」

 「ううん、なにも・・・・・・あっ、ミサト、シャワーを浴びてたみたいよ。」

 極力小さな声で会話をする、シンジとアスカ。

 ドアの向こうでは、シャワーを浴びたミサトが、おっさんの様に唸っている声が聞こえる。

 「ふぃぃぃぃぃ!!やっぱ、風呂上りは、冷たいエビチュよねぇぇぇぇ!!」

 ミサトに憧れる、トウジやケンスケには聞かせられない言葉だ。

 「やっぱり、あの女は、アル中ね!」

 「きっと、後で体重計を喧嘩するんだよ・・・ミサトさんは・・・・。」

 「そりゃあ、暇さえあればエビチュを呑んでるんだから、酒太りするわね。」

 前世でも、ミサトは事ある毎に、体重計と喧嘩をしていた。

 自分の事を棚に上げて、毎回蹴り飛ばされる体重計は良い迷惑だ。

 きっと、無機物と会話の出来る、オデコのメガネが有ったら、体重計はこう言うだろう。

 「僕は、正直に表示してるだけなのに。」

 シンジは、自分の記憶の中で、八つ当たりされた体重計を哀れんでいた。

 「シンジ君もアスカも、まだ帰ってこないのかしら〜〜ん?
  おつまみがほしいのよね〜〜。」

 エビチュだけでは、物足りなくなったミサトの独白が、ドアの向こうから聞こえてくる。

 「まさか、お泊まり・・・・・・・何て事はないわよね?」

 少しは、保護者としての自覚が有るのか、少し心配している様なセリフ。

 「まっ、良いか・・・・・・。
  それより、アスカが帰ってくる前に、リツコからもらった、これを、適当なところに隠して置かなくちゃ。」

 そう言って、何やら、ゴソゴソと部屋を動き回るミサト。

 そのミサトの動く音が、暫くして止んだ。

 「オーソドックスだけど、ここしかないわよねぇ・・・。
  シンプル・イズ・ベストって言うから、バレないっしょ!!」

 隣で聞き耳を立てられている事にも気が付いていない、ミサト。

 「なにかしら?リツコからもらったのって・・・・。」

 「さっきの会話でも、出てたよね・・・・・・盗聴器かな?」

 「アタシ達の会話を監視する為の?」

 「そうかもしれない。」

 「困ったわねぇ・・・・。」

 「明日、学校から帰ってきたら、探してみようか?」

 「そうね。」

 リツコがミサトに与えたものが気になった二人が、そう示し合わせた時、

 「さ〜て、寝るか。」

 と、ミサトが自室に入る音が聞こえた。

 「「ふぅぅぅ!!」」

 緊張が解けたのか、溜め息を付いて、リラックスするシンジとアスカ。

 アスカは、立ち上がり、リビングのソファーに座り、話を切り出す。

 「さて、今後の事を、少し相談して置きましょうか?」

 「そうだね。
  その前に、僕からアスカに言っておかなくちゃいけないことがあるんだ。」

 「ん?なぁ〜に?」

 「実はね・・・・・・・。」

 シンジは、そう言うと、今日のネルフでの行動をアスカに話し始める。

 エヴァの互換性の話しと、サードインパクトの事。
 
 それに対する、リツコの反応。

 なぜ、リツコに話したのかと言う、自分なりの理由。

 シンジが、話している間、アスカは静かに頷きながら、聞く事に専念していた。

 「・・・・と、言うわけなんだ。
  アスカは、どう思う?」

 話し終えたシンジが、アスカに意見を求める。

 「エヴァの互換性の問題は別にして、アンタの話しへの、リツコの答えが気になるわね。」

 「気になる?」

 「ええ・・・・だって、そうじゃないの。
  サードインパクトを防ぐための組織に属しているリツコが、そんなにあっさりと諦めると思う?」

 「う〜ん、どうだろう?」

 「きっとね、アンタにそう答えたのは、リツコが補完計画の全てか、それに近い物を知っているからだと思
  うの。」

 「その補完計画って、ゼーレの?それとも父さんの?」

 「ハッキリした事は解らないけど、きっと、碇司令の補完計画じゃないかしら?
  レイの秘密だって、アンタはリツコから聞いたんでしょ?前の時。」

 「うん、そうだよ。」

 「だとしたら、サードインパクトで、アンタのママと再会したいと思っている碇司令に協力していると考え
  る方が、無難だわ。」

 「父さんの計画か・・・・・。」

 「でも、リツコが現実主義者だと言う事は、疑いようの無い事。
  ミサトや加持さんに話すよりも前に、リツコを味方に付けておいた方が良いかもね。」

 「説得が大変そうだなぁ・・・・。」

 「そうね、科学者は、証拠を求めるから・・・・。」

 考える人の様な姿勢で、沈黙する二人。

 『証拠か・・・・。
  何を、証拠として話せば良いんだろうか?』

 『あのリツコを納得させるのは、容易じゃないわね。
  どうすれば良いんだろう?』

 考えに詰まったアスカは、視線をシンジへ向ける。

 そこには、真剣に考えている彼の顔が見える。

 『シンジの、真剣な表情って、結構イケてるのよねぇ・・・・。』

 うっとりした顔で、シンジをみつめるアスカ。

 その視線に気が付いたシンジが、顔を上げて、不思議そうな顔をする。

 『ふふふっ、でも、ほんわかしたシンジの表情が一番良いわ。』

 「・・・・・・・・・・・。」

 『そうそう、その顔よ。
  見ているだけで、心が癒されるその顔と、時々見せる真剣な顔。
  そのギャップがたまらないのよ。』

 「・・・カ?」

 『うぅ〜ん、しんじぃぃ!!』

 「・・スカ?」

 『もう、そんなにアタシを見ないでよ・・・・・照れるわ。』
 
 「・アスカ。」

 『アタシの名前を呼びながら、みつめられたら、顔が熱くなっちゃうじゃない!!』

 「アスカ!!」

 「ひゃい!!」

 「なにか、良い案が浮かんだ?」

 「え?・・・え〜と・・・・・その・・・・はははっ!」

 まさか、シンジに見惚れてて、考えていなかったとも言えず、アスカは硬い笑顔で誤魔化そうとした。

 シンジは、怒った顔をしている。

 「もう!
  ちゃんと考えてよ!!」

 「うぅぅ・・・・・・・ごめんなさい。」

 怒られたアスカは、首を竦めるて、小さく謝った。

 そんなアスカの姿に、

 『こんなアスカも、可愛いなぁ・・・。』

 と、思ったシンジは、アスカの隣に移動する。

 「アスカ、そんなに見てなくても、僕はいつも傍にいるよ。」

 アスカの髪を撫でながら、シンジはアスカの耳元で、そう囁く。

 耳にかかった、シンジの吐息に、顔を赤くしたアスカは、身体を傾け、シンジの肩に頭を乗せた。

 「ねぇ、今、思いついたんだけど、今回の件は、綾波にも協力してもらおうよ。」

 「レイに?」

 「そう。
  綾波が一緒なら、リツコさんも信じてくれるよ。」

 アスカは、シンジの提案を考えてみる。

 サードインパクトの依り代としての役目を担うはずだった綾波レイ。

 感情の無い、凍りついた心をもつ、碇ユイのクローン。
 
 彼女に感情と言うものを教えたのは、他でも無い、シンジだ。

 その結果、感情を持ったレイに代わって、心を壊し始めたシンジに目が着けられる。

 アスカが精神崩壊した事による無力感と、セントラルドグマでリツコに見せられた光景から来る、レイへの

 恐怖感。

 あの時のシンジの心は限界だった。

 加持は死んでいたし、ミサトはシンジを思いやる余裕が無くなっていた。

 そして、最後のシ者、渚カヲルを殺してしまった事で、シンジの心は臨界を向かえる。

 最終戦の直前、シンジが死の恐怖すら感じられないほど、心を閉ざしていた事を、アスカはサードインパ

 クトの最中に知った。

 現段階では、補完計画を知る上層部が考える依り代は、綾波レイ。

 シンジとアスカは、人類の手によるサードインパクトの障害となる、使徒殲滅の為の捨て駒。

 だからこそ、レイに協力してもらう事で、リツコを納得させる事が出来る。

 『そうねぇ、良い案かもしれないわ。
  レイに協力してもらえれば、きっとリツコを納得させられる。』

 自分の頭の中で、結論が出たアスカは、シンジの方を向く。

 「良い考えね。
  リツコを納得させるには、レイの協力が必要だわ。」

 「じゃあ、僕の提案を受けてくれるね?」
 
 「もちろん!!」

 「となると、今度は時期か・・・・。」

 こういう話は、話すタイミングが肝心。

 出来るだけ、ゆとりのある時に話したい。

 「ねぇ、もしも、マグマの使徒が次ぎに来るとしたら、その前までには話しておきたいわ。」

 「うん、僕もそう思う。」

 「だとしたら、みんなが修学旅行に行ってからね。」

 「そうだね。
  僕達も学校が無いし、三人で行動できるし・・・・・・うん、そうしよう。」

 シンジが結論を口にする。

 相談事が終わって、弛緩したアスカが、何気なく時計を見る。

 「げぇぇぇぇ!!!
  日付が変わってる!!!!」

 「ええぇぇ!!」

 「た、たいへんだわ!!
  急いで、戻らなくちゃ!!」

 アスカは、慌てて鞄を持つと、葛城家へ通じるドアに向かう。

 「じゃあ、シンジ、また明日!!」

 「あっ、アスカ!」

 シンジはドアを開けようとしたアスカを呼び止めると、彼女の許へ走る。

 「な、なによ?」

 急いでいるアスカは、不思議そうな顔でシンジを見る。

 「オヤスミ、アスカ・・・・・・ちゅっ!」

 「!!!!!!!!」

 シンジの不意打ちキスに、言葉を失ったアスカは、真っ赤な顔でシンジを見ると、

 「お、おやすみなさい、シンジ・・・・。」

 と、良い残して、ドアの向こうに消えて行った。

 「ちょっと、キザだったかな?」

 残されたシンジは、自分の行動に少し照れていた。

 「でも、オヤスミとおはようのキスは、アスカが言い出したことだから・・・・。」

 そう自分に言い訳をするシンジだったが、その顔は真っ赤っか。

 「あっ、歯を磨いて、早く寝なくちゃ。
  お弁当の下ごしらえは、明日だな・・・・。」

 色々な意味で、律儀な性格のシンジ君だった。










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 次回予告:シンジとアスカの計画にレイも加わって、いよいよリツコに真実の告白。
      その頃、委員会のメンバーは、定例会議で計画の状況を確かめていた。
      未だ、自分達の計画が狂い初めている事に気が付かない、もう一組の大人達。
      そして、真実を知ったリツコが取った行動とは?
      次回「大人達の疑問・子供達の計画」(後)。


 
      二人の補完計画が、今、動き出す・・・・・。








 あとがき:どーも『CYOUKAI』です。
      まず先に、またまたお詫びを。  
      今回も、スパイマナちゃんが登場しませんでした。
      楽しみにしていてくれた方々、申し訳ありません。←期待してくれてる人が、いるのか?

      もう一話挟んだ後で、いよいよLASな人、待望のマグマダイバー編に入るのですが、そこまで
      の間に、少しシンジ達の日常を挟んでみようかと・・・・・。
      それと、ミサトとリツコに持たせてしまったシンジ達への疑問を、何とかマグマダイバー編が終
      わるまでに、解消させてしまおうと、思っています。
      更に、ゼーレやゲンドウ達の動向も纏めて何とかしようと・・・・・・。
      予定表が、段々ズレて行ってしまってます。
      話数が増える一方で・・・・・大丈夫かなぁ?こんな事で、と思ってしまったりして・・・。

      ではでは、今回も小生の駄文にお付き合い頂きありがとうございます!!
      次回も頑張って行きますので、よろしくお願いします。
 
      
      それでは、また。


作者"CYOUKAI"様へのメール/小説の感想はこちら。
sige0317@ka2.koalanet.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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