「アスカ、碇君、いってきま〜〜す!!」

 「「お前達の分まで、楽しんでくるからな〜〜!!」

 「シンジ君、マナちゃんがお土産買って来てあげるからね〜〜!!」

 空港まで見送りに来ていたアスカとシンジ。

 彼らに、そう言い残して機上の人となった、ヒカリ、トウジ、ケンスケ、マナ。

 「青く広がる大空に、飛んで行く行く飛行機の、白い航跡ああ綺麗。
  少し未練は残るけど、無事に帰れと、我祈らん。」

 「何時に無く、詩人だね?」

 「そおかしら?
  国語の授業で習ったから、少し考えてみたんだけど・・・。」

 「うん。
  でも、いつかは行きたいね・・・・・沖縄。」

 「その時は、シンジと二人っきりが良いなぁ〜〜。」

 多少の未練が残るアスカだったが、学校が休みの分、シンジと一緒に居られる時間が多い事に満足している事も

 確かな事。

 見送りデッキで、飛行機が見えなくなるまで空を眺めていた二人は、ごく自然に腕を絡めると、その場を後にす

 るのだった。



 REPEAT of EVANGELION
  第18話 『大人達の疑問・子供達の計画』(後)                作『CYOUKAI』



 「みんな、無事に飛行機に乗りこんだかい?」

 腕を組みながら歩いて来たシンジとアスカに、煙草を足で消しながら、そう声を掛けたのは、加持リョウジだ。

 今朝、修学旅行に旅立つクラスメイトを見送りたいから車を出して欲しいとアスカに頼まれた加持は、煙草を

 ふかしながら、二人を待っていた。

 「ええ、みんな、ちゃんと飛行機に乗りましたよ。
  トウジは遅刻ギリギリでしたけど。」

 「まあ、落っこちなければ、無事に沖縄に着くわね。」

 「おいおい、物騒な事を言うな?」

 普通の答え方をしたシンジとは対称的に、あまりにも不謹慎な答え方をしたアスカに、加持は少し呆れ顔。

 「大丈夫よ。
  大体、飛行機の事故率は、車の事故率よりも、う〜んと低いんだから。」

 「そう言う問題じゃないと思うが・・・・・まあ良いか。」

 自信満々なアスカの姿に、加持が溜め息を吐いたのは、言うまでも無い。

 付け加えるなら、アスカの隣にいるシンジは苦笑いをしている。

 「さて、お二人さん。
  少し時間は早いが、飯でも食って帰るか?」

 運転席側のドアを開けた加持の提案に、アスカが食いつかない筈も無く。

 「ブランチか・・・・良いわね。
  もちろん加持さんの、奢りよね?」

 と、満面の笑みで後部座席に乗り込んだ。

 「加持さん、御馳走様です。」

 アスカに続いて、シンジも後部座席へ。

 「あまり、高いのは奢れないけどな。」

 そんな加持のぼやきなど、気にも止めないアスカと少し遠慮気味に微笑むシンジ。

 色々とわだかまりみたいな物はあるが、こう言う場面では相手に気を使ってしまうのが、シンジらしいと言える。
 
 今朝方、アスカに呼びだされた時に、加持がミサトから借りてきたアルピーヌの後部座席に座っているシンジとア

 スカ。

 当然、かみそりの入り込む隙間も無いほどに、身体を寄せて座っている。

 無論、シンジがその事に何も感じていない訳では無く、耳まで真っ赤にしているが、これは、アスカにくっつかれ

 ている事よりも、加持に見られている事が恥ずかしいからだ。

 『アスカ・・・加持さんが、あきれた顔で見てるよ〜〜。』

 そんなシンジの悩みにも構う事無く、アスカは至福の表情でシンジの腕に抱き着いている。

 『ふふふ、シンジとのデートに、お財布代わりの加持さんが居てくれて、ホント良かったわ。』

 時を遡ってからと言うもの、アスカにとっての加持は、憧れの対象では無く自分のお財布。

 加持にとっては、迷惑甚だしいが、真実を知ったアスカに今のとって、加持とはそう言う存在だった。

 『それにしても、アスカがあんなにしおらしくなるとはな・・・・・。』

 運転しながら、ルームミラーで後ろの様子を見ていた加持は、幼い頃のアスカとのギャップに戸惑っていた。

 『これは、いよいよ持って、不可思議な事この上ないぞ。』

 先日、ミサト、リツコと話し合った加持が、その様子に疑いを深めるのは当然の事だった。

 



 シンジ達が、空港から車で移動しているのと、ほぼ同時刻。

 ネルフ内の、とある部屋では、ゲンドウが委員会の面々との会合に出席していた。

 その部屋には一切の照明が無く、明かりと言えば、各国の代表の立体映像の光だけ。

 そこには、ドイツ、アメリカ、フランス、イギリス、ロシアの委員が映し出されていて、一種異様な光景。

 ゲンドウの正面に、バイザー型の装置を顔に着けたドイツ人議長が座り、その右側にアメリカとイギリス、左側に

 フランスとロシアの委員が座っている。

 ゲンドウの背後には、後ろに腕を廻した冬月が立っていた。

 肘を机に突いて手を組み、その手で口元を隠すと言う、いつものポーズのゲンドウに、正面の議長が話しを切り出

 す。

 「碇、計画の方は順調な様だな。」

 「はい、報告書にも記しましたが、計画には3%の遅れも出ていません。」

 「ああ、読んだよ。」

 議長がそう言うと、傍らにいたイギリスの委員が口を開く。

 「それにしても、我々の先行投資が無駄にならなかったとは言え・・・碇、君は息子に少し甘いのじゃないか?」

 「と、申しますと?」

 「とぼけるな!
  君は、息子にマンションの一部屋を与えたばかりか、第七使徒との戦いの後、休暇まで出しているではないか!」

 「計画に支障が無いと判断したからです。
  それに、与えたマンションの部屋も、ネルフの管轄下です。
  全く、問題ありません。」

 「しかしな!!」

 「まあ、良いではないか。
  戦士には休息も必要だと言う事だろう?」

 更に詰め寄ろうとしたイギリスの委員の言葉を遮る様に、議長が言葉を挟む。

 「しかしな、碇、本当に計画には支障は無いのだな?」

 「はい、問題ありません。」

 「ならば、この件は良しとしよう。」

 「他には何か?」

 隠した口元を歪めゲンドウが先を促すと、今度はアメリカの委員が口を開く。

 「現在までの使徒との戦いでは、殆ど損失らしい損失は出ていないが、これからもそう願いたい物だな。」

 「使徒殲滅は、最優先事項です。
  その為には、多少の損失は覚悟していただきたい。
  我々の敗北は、すなわち人類の敗北。
  そうなれば、損失がどうこう言ってられないでしょう?」

 「まあ、そうだが、私は心構えを言っているのだよ。
  それに、第6使徒殲滅時に失った、UNの艦艇の補填も馬鹿にならん。
  あのような事が続くとしたら、予算は幾らあっても足りんぞ!」

 「しかし、あれは仕方が無い事です。
  海上で戦闘になれば、ただでさえ使徒に対して無力な通常兵力が、三次元的に攻撃を受けるのですから。
  ですが、損失は出来る限り抑える様に心掛けます。
  ただ、先程も言った様に、使徒殲滅には形振り構ってられませんので、状況が許す限りとしか言い様がありませ
  んが。」

 「ならば、それで良い。」

 「御理解ありがとうございます。」

 「他には?」

 更に先を促すゲンドウ。

 しかし、口を開く委員はいない。

 すると、議長が身体を少し乗り出して、口を開いた。

 「碇、君の仕事は使徒殲滅だけではない。
  忘れてはいないだろうな?」

 「そう、人類補完計画の完遂。
  それも、君の仕事だ。」

 議長に続いて、アメリカの委員が言葉を続ける。

 「はい、解っています。」

 ゲンドウは、二人にそう答えてみせた。

 「この計画だけが、人類の希望なのだ。
  君には、計画を完遂して貰わなければ困る。」

 「解っています。」

 再び議長にそう答えるゲンドウ。

 「いづれにせよ、使徒来襲による、スケジュールの遅延は認められん。
  各方面については、委員会で何とかしよう。
  無論、予算についてもだ。」

 議長が、締めくくりにそう言うと、アメリカ、イギリス、フランス、ロシアの委員の立体映像が消える。

 最後に、ゲンドウと冬月、そしてドイツ議長が残った。

 「碇、後戻りは出来んぞ。」

 「ああ、わかっている・・・・人間には時間が無いのだからな。」

 ゲンドウがそう言うと、ドイツ議長の立体映像も消えた。

 それを確認すると、それまで後ろで議事を傍観していた冬月が、ゲンドウに話し掛けた。

 「碇・・・シンジ君が、初号機の中でコアに眠るユイ君と接触した事は、話さなくて良いのか?」

 「ああ、問題ない。」

 「そうか・・・・。」

 二人しか居なくなった部屋を、沈黙が包みこんでいた。








 第3新東京市に続く高速道路を、常識内の超過速度で疾走するアルピーヌの後部席では、腹を満たしたシンジとア

 スカが、肩を寄せ合いながら、スヤスヤと眠っていた。

 「はぁ・・・・今月は少し節約しないとな・・・・・。」

 ルームミラーで、二人の寝顔を覗いていた加持は、そう呟くと煙草に火を点け、先程のレストランでの事を思いだ

 す。

 シンジとアスカが、加持に連れられて入ったのは、空港から高速道路までの一般道沿いにある、小さなレストラン。

 そこで二人は、特製ハンバーグセットと飲み物を注文していた。

 加持自身は、コーヒーのみ。

 美味しそうに料理を食べている二人に、思わず顔が綻ぶ加持だったが、会計時に伝票を見て顔が引き攣る。

 彼の手にした伝票の合計金額の欄には、4500円と書かれていたからだ。
 
 ちなみに、普段の加持が昼食で使うのは1500円。

 少し贅沢な気もするが、常識の範囲内だろう。

 その三日分が、一回の食事で浪費されたのだ。

 ネルフの職員として、国家公務員ほどの給料を貰っている加持ではあったが、住居の家賃や裏での活動資金を差っ

 引くと、残りはあまり無い。

 ミサトの様に、役職に着いていれば基本給に手当てが付くが、表向き一般職員と同列の加持にはそんな物は無い。

 さらに言うなら、日本に戻ってきてからの、ミサトとの逢瀬にもかなりの資金が必要だ。

 それに彼女以外にも、手を出している女性へのケアの為に、相当額が出費される。
 
 「本気で、第一時産業に精を出すしかないかな?」

 と、趣味のスイカ栽培に思いを寄せる加持だった。

 そんな事を考えている内に、車は第3新東京市に到着。

 シンジとアスカを起こし、コンフォートマンションの前で降ろした後、そのままネルフへ。

 走り去る車が角を曲がるまで見送ったシンジは、未だに眠そうな目で自分の腕に抱きつくアスカを、確り支えなが

 ら、家へと向かった。

 アスカの部屋まで彼女を連れて行き、ベッドで寝る様に促すと、シンジは直ぐに自分の家へ。

 ミサトの家と繋がっているドアから、もう一度入りなおすと、ゴミを片付け始める。

 それが一通り終わると、今度は自分の所のキッチンで三時のおやつの準備。

 アスカと同じく行動していたのだから、シンジにも疲労がある筈なのだが、紅茶色の髪を持つお姫様の為ならば、

 それも、苦にならないシンジであった。

 「ふぅ、後で綾波が来る事になってるから、クッキーは少し多目が良いかな?」

 ボールに開けた小麦粉の量と、それを食すであろう人間の数を見計らうシンジ。

 どうやら、アスカが目を覚ました時には、焼きたてのクッキーにありつけるようだ。

 「さて、始めますか。」

 そう言って、クッキーを作り始めるシンジ。

 彼の頭の中では、出来上がったクッキーを目にして、溢れんばかりの笑顔で喜ぶアスカの姿が浮かんでいた。

 







 アスカが目を覚ますと、目の前には見慣れた天井。

 「う〜〜ん、良く寝た。」

 アスカは一つ伸びをすると、ベッドから身体を起こす。

 「クンクン・・・良い匂いね・・・。」

 寝起きのアスカの鼻腔をくすぐる、甘い匂い。

 「さては、シンジがお菓子でも作ってるのかな?」

 恐らくキッチンでお菓子作りに精を出しているシンジを想像して、思わず顔が綻ぶ。

 「良し!行ってみよう!!」

 アスカはベッドから降りると、スカートの裾を正してリビングへ行くが、そこには人影は無し。

 「あっちね。」

 当たりを付けたアスカは、開け放たれた、シンジの家との間にあるドアの向こうから漂ってくる、匂いに引かれる

 様に、シンジの家へと入る。

 彼女がシンジの家のリビングに着くと、テーブルの上には焼きたてのクッキーが置いてあった。

 『あれ、シンジは?』

 そう思って、視線を廻らせると、部屋の壁に寄りかかって眠っているシンジの姿が目に入る。

 「シンジも疲れてるのね・・・・・。」

 以前のアスカなら、絶対に見せなかったシンジを気遣う心。

 それも今では、自然と表面に出てきている。

 「仕方ないなぁ・・・。」

 そう言いつつも、綻んだ顔でシンジの隣に正座をすると、彼の頭をそっと太腿の上に乗せた。

 「う〜ん・・・・ムニャムニャ・・・。」

 「やん!」

 姿勢を変えられたシンジが、一瞬、頭を動かしアスカの太腿をくすぐる。

 暫く頭を動かしていたシンジだったが、その内に心地良いポジションを見つけて動きを止める。

 アスカは、そんなシンジを覗きこむ様にして、横顔を眺めながら、

 「ホント、女の子の様に整った顔よねぇ・・・・お肌も綺麗だし。」

 と、シンジの頬を人差し指で突く。

 「う〜ん・・・・ムニャ・・・。」

 「フフフ・・・かぁわい〜。」

 アスカはそう呟くと、優しくシンジの髪を撫でてみる。

 『髪も、さらさらね・・・・。』 

 「す〜〜、す〜〜、す〜〜・・・・・。」

 『ふふふ・・気持ち良さそうな顔しちゃってさ・・・。』

 アスカがシンジの髪を優しく撫でながら、その感触を堪能していると、不意にチャイムがなった。

 “ぴ〜んぽ〜ん”

 『もう、誰よ!!』
 
 その音に少し不機嫌になるアスカ。

 シンジも、そのチャイムの音で目を覚ましてしまう。

 「んん〜〜〜・・・・ん?」

 自分の頭が、何か柔らかい物に乗っている事に気が付くシンジ。

 『なんだろう、これは?』

 その、柔らかい物を確認しようと、シンジは手でさすったり揉んだりしてみる。

 「あん・・・ダメよ・・・。」

 『ん?ダメって・・・・・ええ!!』

 やっとこさ、ハッキリしてきた頭が、自分の置かれた状況を理解した。

 「あ、あ、あすかぁぁ?」

 シンジが目を開けると、覗きこむ様に自分を見ている、アスカの顔が目の前に。

 「ご、ゴメン!!」
 
 シンジは慌てて身体を起こす。

 そんなシンジを、穏やかな表情で見ていたアスカが、
 
 「オハヨ、シンジ。」

 と、微笑んだ。

 その微笑に、心拍数が一気に上がってしまったシンジは、うまく言葉が出てこない。

 「あの、その・・・・・ありがとう。」

 「ど、どういたしまして・・・・。」

 シンジが顔を真っ赤にして礼を言った為に、アスカまでがつられて顔が真っ赤になってしまう。

 「膝枕してくれてたんだ?」

 「うん・・・・気持ちよかったでしょ?」

 「うん、気持ち良かった。」

 互いに見つめ合う二人は、段々とその距離を縮めて行き・・・・・。

 「アスカ・・・。」

 「シンジ・・・。」

 その距離がゼロになる・・・・・・寸前で、

 “ぴ〜んぽ〜ん”

 と、再びチャイムが鳴った。

 「「あっ、そうだった。」」

 慌てて立ち上がる、シンジとアスカ。

 シンジは、そのままインターフォンまで駆け寄り受話器を取る。

 アスカは、スカートを叩き、身なりを整えた。

 「どちらさまですか?」

 玄関前に立っているであろう誰かに、シンジがそう尋ねると、

 「私よ。」

 と、聞き覚えのある声が聞こえる。

 「あっ、綾波だね?
  今開けるから、待ってて!」

 「わかったわ・・・。」

 シンジはレイの返事を聞くと振り返る。

 「アスカ、綾波が来たみたい。」

 「うん。」

 シンジの言葉に頷いたアスカ。

 「じゃあ、入ってもらうね?」

 と、玄関に向かって早足で歩くシンジ。

 玄関に着いたシンジが、ボタンを押して開錠し、ドアを開く。

 そこには、いつも通り、制服姿のレイが立っていた。

 「ささ、どうぞ、綾波。」

 「お邪魔します。」

 レイは、行儀良く脱いだ靴を揃えると玄関を上がり、リビングへとシンジと共に歩いて行く。

 そのリビングでは、珍しくアスカが紅茶の準備をしていた。

 「レイ、来たわね?
  アンタ、紅茶は大丈夫よね?」

 「ええ、大丈夫。」

 「じゃあ、そこに座って待ってて。」

 両手の塞がっていたアスカは、顎で椅子を指すと、レイに座る様に促し、レイもそれに従って椅子に座る。

 その間にシンジが、人数分のティーカップを用意する。

 「綾波は、クッキーは食べられるよね?」

 「ええ、問題ないわ。」

 そこへ、アスカがティーポットを持ってやってきた。

 「さて、お茶にしましょうか?」

 「ええ。」

 開けっ放しだった隣と繋いでいるドアを締めたシンジも、アスカの隣へと座る。

 彼が椅子に座ると、すでに紅茶はカップの中に注がれてあり、アスカとレイはシンジの作ったクッキーを食べ始め

 ていた。

 「う〜ん、おいし〜〜!!」

 「ええ、美味しいわ・・・・。
  碇君、クッキーを作るのが上手なのね?」

 「そんな事無いよ。
  アスカにも綾波にも、これくらい直ぐに出来る様になるさ。」

 クッキーを褒められたシンジは、照れながらそう答える。

 『いつか、シンジに美味しいクッキーを焼いてあげたいな。』

 シンジの言葉に、そう思うアスカだった。

 一通り、お茶も済んで、ゆったりとした時間が3人を包みこむ。

 「ねぇ・・・。」

 アスカは、カップを置くとレイの方を向いて、そう話し掛けた。

 「なに?」

 「レイってさ〜、制服以外のお洋服持って無いの?」

 「ええ、必要無いって碇司令が言って買ってくれないし、私も良くわからないから・・・。」

 「勿体無いわねぇ・・・・。」

 「何が?」

 「アンタの事よ。
  大体、アンタってかなりの美形なんだから、それなりの格好をすれば、男共が放って置かないわよ?」

 「そうかしら?」

 「そうよ!
  アンタも、女の子なんだから、少しはオシャレした方が良いと思うわよ?
  シンジも、そう思うわよね?」

 隣で二人の会話を聞いていたシンジに、話を振る。

 「え?何の話?」

 「アンタ、聞いて無かったの?」

 「うん・・・・ゴメン・・・・。」
 
 「もう・・・しょうがないわねぇ。」

 ただ、ぼ〜〜っと二人を眺めていて、会話を聞いていなかったシンジに、少しあきれた顔をするアスカ。

 「で、なんの話しだったの?」

 「だから、レイもオシャレしたら、もっと可愛くなるわよね?って話し。」

 「そうだね。
  綾波は、清楚な感じだから、白いワンピースなんか着たら、可愛いかもね。」

 アスカの説明を聞いたシンジがそう答えると、アスカは頬を膨らませて、少しご機嫌斜めな表情になる。

 「じゃあさ〜〜、アタシはどんな感じなのかなぁ〜〜?」

 隣に座るシンジの顔を、覗きこむ様にアスカが尋ねる。

 するとシンジは、少し顔を赤くして、

 「あ、アスカは、あの時の黄色いワンピースが一番似合ってると思うよ。」

 と、答えた。

 「そ、そうなんだ・・・・。」

 「うん。
  あのワンピースは、アスカの可愛らしさと元気の良さを良く現してるよ。」
  
 「あ、ありがとう・・・。」

 シンジの言葉に、顔を赤くしたアスカは、俯いてスカートの裾を弄っていた。

 「まさか、惚気るために、私をここに呼んだのかしら?」

 二人の様子を見ていたレイが、少し冷めた目でそう言った。

 「そ、そんな訳、無いじゃないか!」

 レイに言われて、初めて自分が恥ずかしい事を言っていた事に気が付いたシンジが、慌てて場を取り繕う。

 「そ、そうよ!
  今日は、大事な話しがあるんだから!!」

 それに続く様に、言葉を発するアスカ。

 「そう・・・なら良いけど・・・。
  それで、大事な話って何?」

 「その事なんだけど・・・・・。」

 「この前、シンジとアタシで話し合ったんだけど、どうにかしてリツコをこっち側に引き込みたいのよ。」

 「赤木博士を?」

 「そうよ。
  リツコは補完計画にもエヴァの開発にも関わっているみたいだし、碇司令にも近いし・・・・。」

 「それに、リツコさんはかなりの現実主義者だから、真実を知れば、協力してくれると思うんだ。」

 「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

 「ミサトは、使徒への復讐に捕らわれてるから、アタシ達の事を知れば、絶対に利用しようとするだろうし、加持
  さんは、スパイをやってるから、アタシ達の事をゼーレとか日本政府、もしかしたら碇指令に報告するかも知れ
  ないし・・・・。」

 「でも、赤木博士だって、碇司令に報告するかもしれないわよ?
  それに、現実主義者だったら、私達の話しを信用しないかもしれない。」

 「だからさ、綾波に協力して欲しいんだ。」

 「私に?」

 「そうよ!
  アンタは、ほら、その・・・・・。」

 アスカは、その先に良い言葉が浮かばずに、言葉を濁してしまう。

 せっかく友情を結んだレイの、最大の秘密を利用する様な事で、彼女を傷つけたくないと言う想いが、アスカの言
 
 葉を不明瞭にするのだ。

 それを感じ取ったレイは、少し微笑むと、

 「ええ、確かに私の予備の管理は赤木博士がやってるわ。
  それに、私の秘密を知っているのも、碇司令と冬月副司令を除けば、赤木博士だけ。」

 と、アスカの言えなかった言葉を、自分の口から告白した。

 「それにさ・・・綾波、気を悪くしないでね・・・・・・綾波は、サードインパクトの為の依り代として考えられて
  るよね?」

 「ええ、現時点ではそうだわ。」

 「その、綾波が僕達を逆行させた張本人だとリツコさんが知ったら?
  綾波の中にある、リリスとしての力で、僕達が戻って来たと知ったら?」

 「碇君、その話は正確では無いわ。
  時間を遡れたのは、あの時、碇君に世界の全てを決定する権利を与えられていたから。
  私は、そのサポートをしただけ。」

 「だとしても、綾波の力が無ければ、僕達が戻って来られなかったのも事実でしょ?」

 「ええ、そうね。」

 「だから、綾波の口から、父さんの計画も、ゼーレの計画も全部失敗に終ってしまう事や、このまま行けば、リ
  ツコさんが、父さんに裏切られて死んでしまう事を聞いたら、きっと考えてくれると思うんだ・・・・・。」

 「でも、碇司令の見ているのは、碇ユイと言う女性だけよ。
  赤木博士が幾ら頑張っても、彼女を見る事は無いわ。」

 「確かにそうかも知れないけど、リツコはそれを知った上で、司令の傍にいるんでしょ?
  それに、あの紅い海の中で、リツコは言ってたわ・・・いつか、ユイさんを忘れて、自分を見てくれると思って
  いたって・・・・。
  だから、早い段階で、碇司令の計画から抜け出させて、違うやり方で司令を手に入れられる様にした方が良いと
  思うの・・・・だって、死んだらおしまいじゃない。」

 「それにね、エヴァの中の母さんの雰囲気からは、もう父さんの事、そんなに思っていないみたいだし・・・・。」

 「へぇ〜〜そうなんだ〜〜。
  シンジのママって、結構サッパリしてるのね。」

 「直接、聞いたわけじゃないけどね。
  かなり、怒ってたみたいだよ・・・・雰囲気が怖かったもん。」

 シンジが母の事を伝えたのがきっかけとなって、少し話しが逸れ始める。

 「ねぇねぇ、シンジのママって、どう言う人なの?」

 「そうだねぇ・・・・僕は、あんまり母さんの事を覚えていないんだけど、サードインパクトの時に、少し知る事
  が出来たんだ。
  母さんが、僕の事を大事に思っていてくれた事。
  いつも優しく見守っていてくれた事をね・・・・・。
  それより、アスカのお母さんはどう言う人だったの?」

 「アタシのママ?
  アタシのママは、いつも研究所にいて、あんまり家には居なかったけど、帰って来た時には、アタシと遊んでく
  れたわよ。
  それに、ママの作るハンバーグ、美味しかったのを覚えてる。」

 「それで、アスカはハンバーグが大好物なんだね。
  きっと、優しいお母さんだったんだね。」

 「そうね〜。
  でも、最後はアタシを見てくれなかった・・・。」

 アスカの母であるキョウコが、弐号機の実験中に汚染されて、精神に失調をきたしていた事は、シンジも知って
 
 いた。

 何を話しかけても、キョウコは人形をアスカと思い込んで、アスカ自身に興味を持たなかった事も・・・・。

 そして、アスカがセカンドチルドレンに選出された日。

 キョウコは天井から吊るした紐に首を括って死んでいた。

 その時の光景が、アスカの心にトラウマとして残り、その後の精神崩壊をもたらすきっかけに。

 そして、アスカは実母の葬式の時に、

 「アタシは、もう泣かないの!!」

 と、少女らしからぬ決意をしたのだ。

 それが、素直に泣けない、プライドの塊の様な少女を作った。

 その少女、つまりアスカの心に、知らず知らずの内に住み着いていたのが、シンジだった。

 彼の存在は、当時のアスカを困惑させたが、素直に自分の心を認められる今となっては、それが淡い恋心だった
 
 事を、認める事ができる。

 アスカが、心を使徒に覗かれた時に、心を寄せていた加持の姿が徐々にシンジと置き換わって行き、そのシンジ

 の姿に、

 「なんでアンタが、そこにいるのよ!!
  抱き締めてもくれないくせに!!!」

 と叫んでいたのは、本当はシンジに抱きしめてもらいたかったからだ。

 あの時。

 レイがロンギヌスの槍で使徒を殲滅した後。

 自分を心配して来たシンジに、素直に近づく事が出来ていたら。
  
 彼の胸で泣く事が出来ていたら・・・・・。

 その後のアスカの精神崩壊は無かったのかも知れない。

 「あんな最後を向かえた人だったけど、アタシは大好きだった・・・・。
  ママの事が、本当に大好きだった。」

 アスカは締めくくる様に、そう言った。

 「アスカ・・・・。」

 「あっ、話が逸れたわね。」

 自分の手を、優しく包みこむシンジの温かい手を握り返したアスカは、顔を上げると話を元に戻す。

 「良いわ、気にしなくても・・・・。」

 まるで母の様な笑みを浮かべるレイ。

 「まあ、そう言う訳で、レイには協力して欲しいのよ。」

 「でも、真実を話したからと言って、赤木博士が信じるとは限らないわ。」
 
 「今すぐに信じてくれなくても良いのよ。
  私達が真実を語った事で、リツコが悩んでくれればね。」

 「そう。
  リツコさんが、これからの状況を見て、彼女なりの結論が出れば、協力してくれると思うよ。
  とにかく、この件に関しては、綾波の協力が必要なんだ。」

 シンジは真剣な眼差しをレイに向ける。

 その視線を感じたレイの頬が、少し赤く染まった。

 「ちょ〜っと〜〜!!
  なに、赤くなってんのよ!!」

 「アスカ、嫉妬は良くないわ。」

 「嫉妬するわよ!!
  人の彼氏に見つめられて、他の女が顔を赤くすれば!!」

 「大丈夫、私はアスカから碇君を取ろうなんて思ってないから。」

 「あったりまえでしょ!!」

 「そうね。
  時々貸してくれるだけで良いわ。」

 「あ、綾波ぃぃぃ!」

 レイの言葉に、顔が赤くなるシンジ。

 「何を言ってんのよ!!
  ぜ〜〜ったい、シンジは貸しませんからね!!」

 「冗談よ。」

 そう言って微笑むレイを見て、からかわれた事に気が付いたアスカは、

 「ぶぅぅぅ〜〜〜〜〜。」

 と、頬を膨らませた。

 そんなアスカを見て、

 『アスカはどんな顔をしても、可愛いよなぁ・・・。』

 と、思うシンジ。

 そんな二人に、少し呆れた顔をしたレイが、

 「二人の話はわかったわ。」

 と、二人の意見に同意した。

 「そうなると、問題なのは時期。」

 「その事なんだけど。
  僕は、学校が無い、今がチャンスだと思うんだ。
  アスカも、それが良いって同意してくれてるし。」

 「ええ、アタシもそれが良いと思うの。
  幸運な事に、シンジは一日おきにネルフで訓練を受けてるし、特別講義も受けてる。
  最近は、リツコが講師になる事が多いみたいだから、その度にリツコを捕まえる事が出来るわ。」

 「なら、私達もその講義を受けるの?」

 「それは、受けなくても構わないけど・・・・・。」

 「アタシは受けなくても良いんだけど、国語の講義も有るって言うから、その時は受けようと思ってるわ。」

 「そう、それなら、私も受ける事にする。」

 「なら、話は決まりだね。
  早速、明日、訓練と講義があるから、その時から作戦開始だね。」

 「「ええ、そうしよう(ましょう)。」」

 こうして、自分達の行動計画を建てた三人。

 その後は、アスカが自分の持っている洋服からレイが着られそうな物を選び、ファッションショーを繰り広げ、

 いつもと違うレイの服装に、思わず頬を赤らめるシンジに制裁を加えたり、シンジがドキリとする様な洋服を着た

 アスカが、これまた頬を赤らめるシンジを見て喜んだりと、楽しい時間を過ごした。

 次々と服装を変えては、シンジから褒められて喜んでいるアスカや、着せ替え人形をさせられて、少し疲れた顔を

 しながらも、嬉しそうな顔をしているレイを、

 『アスカも綾波も、普通の女の子なんだよね。
  綺麗な服を着たり、お化粧したり。
  大きな声で笑ったり、恥ずかしそうに俯いたり。
  そんな普通の女の子なんだ・・・。』

 と、思いながら眺めていた。





 午後のひとときを楽しく過ごした三人は、夕方になってシンジと共にお買い物。

 これは、シンジがレイに、
 
 「夕飯、一緒に食べようよ。」

 と言った結果だ。

 以前なら、そんなシンジに不快感を露にしたアスカだったが、今は違う。

 「そうよ、レイも一緒に食べましょ?」

 この言葉が、今のアスカを表していると言っても過言では無いだろう。

 そんなアスカは、スーパーに入るなり、お気に入りのお菓子とアイスをカゴの中に入れるが、シンジから、

 「どっちか一つだよ。」

 と言われてしまい、まるで幼稚園児の様にお菓子とアイスを見比べた結果、お菓子を選んだ。

 理由は簡単。

 『これなら、みんなで食べられるもんね。』

 自分ひとりだけ食べられれば良いなどと考えるアスカは、すでにここにはいないと言う事。

 付け加えるなら、シンジとお菓子を食べながら過ごす時間に勝るものは無い、と言ったところだろう。

 レイは、未だに肉類が苦手だが、シンジやアスカと一緒に食事が出来るのならば、これは克服しなければならない

 と、一念発起。

 買い物の際に、

 「綾波は、野菜主体のおかずが良いよね?」

 と、尋ねたシンジに、

 「肉が食べられる様になりたいから、協力してくれる?」

 と、答えていた。

 アスカはそんなレイを心配して、

 「無理しなくても良いのよ?」

 と言ったが、レイに、

 「でも、碇君やアスカと一緒に楽しく食事するには、肉も食べられる様にならないといけないから・・・。」

 そう言われてしまうと、その後に言葉を発する事が出来なくなってしまう。

 シンジはシンジで、そんな二人を見ながら、

 『肉野菜炒めとか、肉じゃがなら、抵抗なく食べられるかもしれないな・・・・。』
 
 と、今夜のメニューを考えるのだった。

 ちなみに、ミサトは今晩、夜勤の為にネルフに泊まり。

 まあ、ミサトが帰って来るとしても、シンジがメニューをその為に変更する事は無いのだが・・・。

 買い物を終えた三人は、シンジを真ん中に、右側にレイ、左側にアスカと並んで、マンションに帰る事に。

 当然アスカは、シンジの左腕に抱き付いていた。

 少し照れながらも、それを受け入れるシンジを見ていたレイが、少し呆れた顔をしたのはお約束。

 『熱く無いのかしら・・・・?』

 レイがそう思う程、身体を密着させて歩く、シンジとアスカだった。

 三人は帰宅すると、早速シンジはキッチンで調理を開始。

 アスカもお揃いのエプロンを付けてシンジの隣でお手伝い。

 そうなると、一人余ってしまうレイだったが、ミサトの所からペンペンを連れてきて遊んでいた。

 一時間ほどして、肉じゃがが完成し、ペンペンから離れたレイがテーブルの準備をする。

 アスカは、キッチンに置いてあった炊飯ジャーを、テーブルまで運んでくる。

 その後を追う様に、シンジが肉じゃがの乗った大皿を持って来た。

 三人が席に着くと、アスカがお茶碗にご飯をよそい、全員に配る。

 全員に行き渡ったのを確認すると、シンジが

 「じゃあ食べようか?」

 と言い、アスカとレイが声をそろえて、

 「いただきます!!」

 と、挨拶をした。

 最初、肉じゃがの肉の匂いに、戸惑っていたレイだったが、

 「ゆっくり食べれば良いよ。」

 との、シンジの言葉に、恐る恐る箸を付ける。

 最初はジャガイモだけ。

 そして、その次にはジャガイモと少しの豚肉を。

 そんなレイの様子を、固唾を飲んで見守っていたシンジとアスカは、レイが豚肉を口に入れると

 “ゴクリ”

 と、喉を鳴らし、その後、何度かの咀嚼の後、目を閉じて飲み込んだレイが、

 「食べられた・・・。」

 と、呟くと、

 「「やったぁぁぁ!!!」」

 そう叫んで、抱き合って喜んだ。

 こうして、レイの食肉初体験が済んだ後、三人は雑談をしながら食事を進める事に。

 そんな三人を、テーブルの下から見ていたペンペンが、小首を傾げながら不思議そうに見ていた。

 結局、この夜レイは、シンジの家に泊まる事になり、三人は川の字になって寝る事になった。

 並ぶ順番は、シンジ、アスカ、レイである。

 その理由は・・・・・・言うまでも無いだろう。

 ただ、寝ている間に、アスカに抱きつかれてしまったシンジは、殆ど寝た気がしなかったと、後日語っている。








 翌朝。

 一番先に起きていた(と言うより、殆ど眠れなかった)シンジは、自分に抱きつくアスカを起こさない様に布団か

 ら抜け出し、朝食の準備をする。

 二番目に起きてきたのは、レイ。

 キッチンでフライパンを握っているシンジに、

 「おはよう、碇君。」

 と挨拶すると、椅子に座り、そのまま二度寝に入ってしまう。

 『綾波も、朝は弱いんだ・・・・。』

 フライパンで、目玉焼きを作っていたシンジは、いつの間にか眠ってしまったレイを見て、そう思うのだった。

 それから、30分程してアスカが起きてくる。

 「オハヨ、シンジ。」

 アスカは、シンジの後ろでそう言うと、彼の背中に抱き付いて、その頬にキスをする。

 シンジもフライパンを置いて向き直ると、今度は彼から、アスカの唇に軽いキス。

 ユニゾンの訓練からの間に、すっかり習慣づいてしまった事。

 未だにシンジは、アスカからのきっかけがなければ、自分からキスをする事に抵抗があったが、今の様にアスカが

 呼び水的行動を取れば、自然と身体が動くのだ。

 その後、トーストと目玉焼きと言う朝食をテーブルに並べ、レイを起こしてから食べ始める。

 「今日、シンジと一緒に、アタシ達もネルフに行くわね?」

 「後からでもいいんじゃない?」

 「良いのよ、アタシもレイも、真剣に訓練しているシンジを見たいし・・・ね。」

 ウィンクして微笑むアスカと、アスカの言葉に同意する様に、コクリコクリと頷くレイ。

 「じゃあ、10時には、ここを出るから、支度してね。」

 「りょ〜かい!!」
 
 「解ったわ。」

 シンジの言葉に、対象的な笑顔で答えるアスカとレイ。

 『アスカの笑顔には、太陽の様なイメージが浮かんでくる。
  綾波は、月の様なイメージだ・・・・・。』

 二人の笑顔を見て、心の中で、そう思うシンジだった。

 暫くして朝食が終わると、シンジは着替えの為に自分の部屋へ。

 アスカは、レイを伴ってミサトの家に戻る。

 数分後、自宅のリビングで二人を待つシンジの目の前には、対称的な可愛らしい少女が二人立っていた。

 「ど〜お〜?」

 そう言って、シンジの前でクルリと廻るアスカ。

 彼女が着ていたのは、ジーンズ地のスカートに黒いTシャツ。
 
 頭には、サンバイザーを着けている。

 「うん、可愛いよ。
  なんだか、アスカの元気の良さが、良く出てるね。」

 「サンキュ、シンジ。
  アンタなら、そう言ってくれると思ってたわ。」

 シンジに褒められたアスカは、満面の笑みで喜ぶ。

 そのアスカの後ろから現われたのは、白いワンピースに、ツバの大きなこれまた白い帽子を被ったレイだった。

 「その、綾波の服・・・・どうしたの?」

 レイの持ち物だとは思えなかったシンジが、目を丸くしてそう言った。

 その、シンジの問いかけに、アスカが

 「ホントは、アタシが買ったんだけど、あんまり着る機会が無かったから、レイにあげちゃった。」

 と答える。

 「そうだったんだ・・・。」

 「で、感想はどうなのよ?」

 「え?感想?」

 「そうよ、か・ん・そ・う!
  似合ってるのか、似合ってるのか言ってあげなさいよ?」

 アスカにそう言われて、思わずレイを見つめてしまうシンジ。

 『白のワンピース・・・・・・。
  綾波の月のような落ち着いたイメージにぴったりの服装だ・・・。
  それに、あの白い帽子も。
  まるで、深窓のお嬢様って言うのが、ピッタリ来る格好だな。』

 そんな事を思うシンジに、少し頬を赤らめたレイが、

 「どう?似合ってる?」

 と、尋ねてくる。

 シンジはその声で我に帰った。

 「良く似合ってるよ。
  まるで、どこかのお嬢様みたいだね。」

 シンジがそう言って、レイを褒めると、アスカが少し不貞腐れた顔で、シンジを見る。

 「そうね〜、お嬢様って感じよね〜〜。
  で、レイがお嬢様なら、アタシはどんなイメージなのかな?」

 拗ねた様な表情のアスカに、シンジは微笑むと、

 「アスカも、お嬢様って感じだよ。
  ただ、アスカは活発で行動的な、お嬢様だけどね。」

 と、答えるのだった。
 
 「アリガト・・・・チュッ!」

 シンジにお嬢様と言われて、機嫌が直ったアスカが、彼の頬にキスをする。

 キスをされたシンジは、レイが見ている事もあって、頬を真っ赤にしてしまう。

 そんな二人を見ていたレイが、

 「碇君、時間・・・。」

 と、視線を時計の方へ向けた。

 それに続く様に、シンジとアスカの視線も時計へ。

 「わぁぁ、遅刻する!!」

 「し、シンジ!急ぐわよ!!」

 自分は関係ないのに、思わず慌ててしまうアスカ。

 「ガス良し!電気良し!!」

 「窓の戸締り良し!!」

 「水道も大丈夫よ・・・。」

 「じゃあ、急ぐよ!!」

 「「ええ」」

 こうして三人は、ドタバタと出かけるのだった。










 何とか遅刻せずに済んだシンジは、アスカとレイを伴って来た事を、松崎にからかわれつつも、午前中の訓練をこ

 なし、食堂で昼食を食べた後、講義を受ける会議室で、ノートを開いて復習をしていた。

 その隣には、アスカ、レイと並んで座っている。

 暫くして、会議室に入ってきたリツコは、

 「あら、今日は三人なの?」
 
 と、不思議そうな顔。

 そんなリツコの後ろから、マコトが入ってくる。

 今日は、国語と日本史の講義で、その講師役がマコトなのだ。

 ならば何故、リツコがいるのかと言うと、彼女は、シンジの補講プロジェクトの責任者だからだ。

 責任者のリツコは、自分が受け持つ科学と物理以外の授業の時にでも、時間が空いていれば、ここへ顔を出す事が

 多くなっていた。

 彼女曰く。
 
 「研究室に籠もっているよりも、此処の方が仕事が捗るのよ。」
 
 だそうだ。

 そんな彼女は、会議室の端に設置された机で、ノートパソコンを開き、カリキュラムの進行具合を確認しながら事

 自分の仕事を片付けるのが、彼女の役目となっていた。

 「さて、じゃあ、講義を始めるよ?」

 テキストを開いたマコトがそう言って、確認をすると、シンジ、アスカ、レイが声をそろえる。

 「「「はい、お願いしま〜す。」」」

 リツコの要請でこの部屋に設置された教壇から、三人を見下ろすマコトは、なぜか嬉しそうな顔をしていた。

 そんな、マコトの講義は、学校と同じ時間で行われる。

 つまり、一コマ50分、10分の休憩を挟んで、再び50分の講義、と言うわけだ。

 そこでは、学校の授業よりも解り易く講義が行われ、学校の授業なら居眠りをしてしまうアスカやレイでも集中す

 る事が出来た。

 「・・・・・と言う所で、今日は時間だね。」

 マコトがそう言って、終わりを告げる。

 その様子を、会議室の端で見ていたリツコが、席を立つと、

 「じゃあ、今日はここまでね。
  貴女達、何か質問は?」

 と、三人に視線を廻らせる。

 「「「特に有りません。」」」

 「では、解散とします。」

 「「「ありがとうございました!!」」」

 シンジに習って、アスカとレイが、そう挨拶すると、マコトが会議室から出て行く。

 それに続いて、リツコが帰ろうとした時。

 シンジが彼女に声を掛けた。

 「リツコさん、少しお時間良いですか?」

 呼びとめられたリツコは、腕時計を確認する。

 そして、視線をシンジに向けると、

 「ええ、良いわよ。」

 と、笑顔で答えた。

 その笑顔に、リツコの機嫌が悪く無い事を理解したシンジは、アスカとレイに目配せする。

 『リツコさん、機嫌が良いみたいだから、落ち着いて僕達の話を聞ける筈だ。』

 シンジはリツコに椅子を勧め、彼女が座った事を確認すると、アスカ、レイと並んで、席に着いた。

 「で、何の用事かしら?」

 そう言って、話を聞く体勢に入るリツコ。

 シンジは暫く自分の手を見つめた後、話を始めた。

 「実は、リツコさんに聞いて欲しいことがあるんです。」

 「どんな事かしら?」

 「はい・・・・・。
  でも、その前に、一つ約束してください。」

 「約束?」

 「そうです。」

 「どんな約束かしら?」

 「はい、まず、これから僕達が話す事は、リツコさんの胸の内にだけしまっておいて下さい。
  くれぐれも、他の人には話さない様にして下さい。」

 真剣な顔でそう言うシンジに、少し変な感じを受けるリツコが、視線をアスカとレイに向けると、彼女達も真剣な

 表情で、自分を見ていた。

 「解ったわ。
  これから、貴方達が話す事は、誰にも話さないわ。
  私の胸の内にだけ、留める事にするわね。」

 「ありがとうございます。」

 「じゃあ、本題に入ってくれるかしら?」

 「解りました。
  これから、僕が話す事は、妄想とかじゃ無くて真実です。
  でも、リツコさんは直ぐには信じられないでしょうから、話を聞いた後、御自分で判断してください。」

 「解ったわ。
  自分で判断すれば良いのね。」

 「はい、そうして下さい。」

 シンジはそう言うと、大きく深呼吸する。

 「では、話を始めます・・・・・。」

 そう前置きして、シンジは自分達の秘密を語り始めた。

 「実は、僕達三人は・・・・。」

 







 少し速い足取りで、リツコは自分の研究室に向かって歩いていた。

 「あっ、赤木博士、顔色が悪いですよ?」

 すれ違った職員が、親切心からそう言ったが、リツコには、それに気が付く余裕が無い。

 暫く歩いて、エレベーターに乗り込んだリツコ。

 幸いな事に、誰も乗っていなかったので、一人になる事が出来た。

 『さっきのシンジ君の話し・・・・・どう理解したら良いのかしら?』

 未だに青ざめた顔のリツコは、先程のシンジの話しを何とか頭の中で整理しようとしていた。

 『レイの自爆、加持君の死、アスカとシンジ君の精神崩壊、戦自の侵攻、エヴァの量産機、そしてサードインパク
  ト・・・・・。』

 シンジの話しの全てが、絵空事の様だが、反論出来ない説得力があった。

 『あのレイも、シンジ君達の側に立っていた・・・・・。』

 今まで、絶対に自分やゲンドウの反対側に立つ事の無かったレイまでもが、シンジの側にいた。

 その事が、シンジの話しにリツコが反論出来ない一因でもあった。

 『あの人は、最後まで私を選んでくれなかったと、シンジ君は言っていた・・・・・。』

 サードインパクトの時にシンジが知った、リツコの最後。

 ゲンドウは、何の躊躇いも無く、リツコを切り捨てた。

 ユイとの再会以外の事に興味は無いと、言わんばかりの態度で・・・・・。

 ゲンドウの目的が、補完計画を利用して、妻である碇ユイと再会する事だと知っていながらも、いつかは自分の方

 を向いてくれると信じていたから、ここまで彼に従ってきたリツコ。

 本来、愛人などと言う物に、最も嫌悪感の覚える彼女が、ゲンドウに着いて来たのはそう言う想いがあったからだ。

 『いったい、どう理解したら良いと言うのよ!』

 普段なら、冷静に自分の状況を分析できるリツコが、表には出さないまでも、頭の中では取り乱していた。

 そんなリツコの思考を邪魔する様に、

 “チ〜ン”

 と、到着を告げるベルの音が、エレベーターの中に響くのだった。









 リツコに真実の告白を終えた、シンジ達三人は、少し思い足取りで、帰宅の徒に付いていた。

 「ねぇ、これがベストだったのかなぁ?」

 何時に無く弱気な声で、アスカが誰に言うとでも無くそう言った。

 その声に答える様に、口を開いたシンジ。

 「ベストじゃないかもしれない・・・・でも、バッドでも無いと思うよ。」

 「そうなのかなぁ・・・。」

 「いつかは、話さなきゃならない事だったんだよ。
  でも、ミサトさんじゃ、冷静な判断は望めないし、加持さんは危ない。
  日向さんや青葉さん、マヤさんに話しても、信じてもらえなかっただろうし、信じてもらえても、協力はもらえ
  なかったと思うんだ。」

 「どうして?」

 シンジの言葉に疑問を持ったアスカが、彼の方に視線だけ向けて、そう尋ねると、彼に代わってレイが口を開く。

 「オペレーターの彼らでは、地位が低すぎるわ。
  立場的に、命令を出せる人間じゃ無いと、効果のある協力は望めないでしょ?」

 本来なら、明晰な頭脳を持つアスカに、レイがきっかけを与える様に答える。

 レイにそう言われたアスカは、暫く黙って思考を整理する。

 「そうか・・・・。
  少なくとも、幹部クラスじゃ無いとダメなのよね。
  そして、碇司令に近い人物・・・・・。」

 「そう、司令に近い立場にいて、それなのに、その立場がぐらつき易い人物が、最適だったんだ。」

 「そう考えると、ミサトは復讐が今の目的だし、戦闘指揮を取れるのも、ミサトしかいないから、立場は比較的安
  定しているし、加持さんは、真実の探求、つまりセカンドインパクトの原因を知る事が目的で、司令やゼーレに
  近づいているから、アタシ達の話を聞いたら、それを上に報告するかも知れない。
  報告すれば、更に加持さんの立場が安定する事になる・・・・。」

 「ええ、碇司令やゼーレに恩を売る事になれば、加持一尉は行動が取り易くなるわ。」

 「残ったリツコは、エヴァの秘密やレイの誕生の秘密を知っていて、現状では補完計画の中枢に近い所にいる。」
 
 「でも、父さんの計画は、母さんを取り戻す事だから、そうなると、リツコさんは何時でも捨てられる可能性が有
  る事になる。
  父さんは、母さんが戻ってくれば、それ以外は要らないと考えているからね。」

 「そうなると、赤木博士が取りうる行動は二つ。
  一つは、私達の話を戯言と理解して、このまま司令の計画を推し進める。
  もう一つは、私達の話しを有る程度理解して、全面協力とまでは行かなくても、私達に協力をする。」

 「もう一つ有るわよ?
  早い段階で、碇司令と手を切るって言う、選択肢がね。」

 「でも、それは、どうだろう?」

 「どうって?」

 「リツコさんは、その半生を父さんの為に使ってきたんだから、きっと父さんを求めていると思うんだ。
  だから、父さんの計画を失敗させて、その上で共に歩いて行くと考える方が自然じゃないかな?」

 「でも、リツコが、あの碇司令に対して、それほどまでに執着しているとは思えないけど?」

 「それは、わからないわ。
  でも、赤木博士は、碇ユイの分身である私を憎んでいた・・・少なくともあの時は・・・。」

 レイはそう言うと立ち止まる。

 「私は、赤木博士に憎まれても仕方ない存在だから・・・。」

 無表情でそう言うと、

 「じゃあ、私はコッチだから。」

 と、交差点をシンジ達とは違う方へ歩いて行く。

 「じゃあね〜〜。」

 「綾波、また明日!」

 シンジとアスカがそう言うと、レイは振り向き微笑み、

 「ええ、また明日。」

 と、手を振った。

 その後、二人はレイの姿が見えなくなるまでその場で見送る。

 「じゃあ、行こうか?」

 そう言ってシンジが手を差し出すと、アスカはその手を通り過ぎて彼の腕に抱きつく。

 「うん、行こう!」

 アスカが微笑んでそう言うと、シンジもまた微笑む。

 夕暮れ時の道を、寄り添って歩くシンジとアスカ。

 暫くは、何も話さずに歩いていた二人だったが、その沈黙を嫌ったのか、アスカが先程の話を再び始める。

 「でもさ、もしもリツコがアタシ達の予想通りに動かなかったら?」

 一応、考えられる全てのパターンを精査して行動に移ったのだが、一抹の不安が有るのも事実。

 万が一、そう言う状況になったら、自分達がどうなるかは予想出来ない。

 「う〜ん・・・・それは、困るなぁ・・・。」

 「そうよねぇ・・・・困るわよねぇぇ・・・・・。」

 「でもさ、もしも僕達の話を誰かに話したとしても、それを信じる人ってどれだけいるんだろう?」

 「そうねぇ・・・・少なくともミサトは信じないと思うわ。」

 「それにさ、さっきの話しの時に、少しだけこれから起こる事を話したでしょ?」

 「使徒の事?」

 「そう。
  きっと次ぎは、マグマの中から使徒が出てきますよって。」

 「そうだけど、それが?」

 「それを聞いている状態で、本当にマグマの中で使徒が見つかったら、どうだろう?」

 「まあ、そうなると、アタシ達の話しに少しは信憑性ってのが付いてくるわね。」

 「でしょ?
  だからさ、もう少し様子を見ても良いと思うし、その結果、僕達に何かしてくる様な気配があったら、母さん達
  に、協力して貰おうよ。」

 「ママ達にか・・・・・。
  そうね、それが良いかもね。
  それに、アタシ達がここで、どうこう言っても、もう話しちゃったんだからどうしようも無いしね。」

 「そう言う事。」

 そう言ってシンジは立ち止まると、アスカの正面に廻りこむ。

 そして、彼女を抱き締めると、

 「それにね、僕は思うんだ。
  アスカと一緒なら、どんな困難な状況になっても、大丈夫だって・・・・。」
 
 そう、耳元で囁いた。

 シンジの囁きと、彼の吐息を感じたアスカは、顔を赤くしたが、彼の言葉に安心感を覚える。

 「アタシも、アンタと一緒なら、どんな事にでも立ち向かえると思うわ。」

 シンジの胸に置いていた手を、彼の背中にまわして、そっと力を入れたアスカは、彼の顔を見つめると、そっと瞳

 を閉じる。

 その意味が解らないはずの無いシンジは、アスカに答える様にそっと唇を重ねる。

 道端で抱き合いながらキスをする二人を、沈み行く太陽の紅い光が包み込み、二人を紅く染めていた。

 そんな彼らの頭上を、巣へ帰る鳥達が飛び去って行く。

 電線にとまっていたカラスが、呆れた様に、

 「かぁ〜〜。」

 どこかへ飛んで行く。








 アスカと日が暮れるまで抱きあった後、家に戻って夕食を食べたシンジは、後片付けを終えて、自分の部屋で天井

 を眺めていた。

 「少しズレて来ている・・・・。」

 ベッドの上で、そう呟くシンジ。

 彼の言葉の意味に、どういう意味があるのか?

 その意味を知る者は、今の所、誰もいない・・・・・・。

 


 「やっぱり、この時計、2分ずれてるや・・・・。」



 おい!


 




  次回予告:シンジの告白に戸惑うリツコ。
       自分の過去の経験とのズレに、不安を覚えるシンジ。
       次ぎこそは、一人で使徒を倒そうと意気込むアスカ。
       そんな中、浅間山で使徒が発見されたと言う報告が舞い込む。
       迷い悩むリツコは、そこで重大なミスを犯してしまう。
       次回『灼熱の戦い』
       
       
     
       二人の補完計画が、今、動き出す・・・・・。



 あとがき:どーも『CYOUKAI』です。
      これでやっと、マグマダイバー編です。
      皆さんもお気付きでしょうけど、ズレてます。(時計じゃ無いですよ。)
      昔、誰かが言ってましたけど、インドで蝶が羽ばたくとニューヨークで嵐が起きるって訳です。
      このズレが、今後にどう影響するのか?
      それは見てからのお楽しみです。
      ちなみに、今回もそうですが、次回もマナちゃんは出て来ません。
      マグマダイバー編が片付いたら、修学旅行の様子を書こうと思ってます。
      そちらで、マナちゃんには大活躍して貰おうと考えています。
      まあ、LAS人の小生が書く事ですから、彼女の扱いが変わる事は無いでしょうけどね。
      と言うわけで、次回はマグマ大使と温泉です。
      この話は、何とか早く仕上げなければと。

      ではでは、今回も小生の駄文にお付き合い頂きありがとうございます!!
      次回も頑張って行きますので、よろしくお願いします。
 
      
      それでは、また。


作者"CYOUKAI"様へのメール/小説の感想はこちら。
sige0317@ka2.koalanet.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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