成長期というものがある。

 

個人差はあるが、人間なら必ず訪れるものだ。

少年は背が伸び、声変わりを経て、男性らしくなって行く。

少女は体が丸みを帯びてゆき、女性らしくなって行く。

 

けれど、これらは体の成長のことである。

心はどうなのか。

 

心は歳を取れば取るほど、その形を変化させて行く。

そう、間違っても『成長』ではなく、『変化』である。

その変化が成長を示す時もあれば、逆になることもある。

心の成長に、体の成長を見る時のような便利なものさしはない。

ただ、その人の主観で感じるしかないのだ。

 

心の変化というものは、体の成長と違い、大げさに言えば一瞬の出来事で変わってしまうこともある。

ほんの短時間の経験が、その人物をまったく別、とまではいかないが、かなり違う人間に変貌させる事が稀にある。

それは良い事の時もあるし、悪い事の時もある。

結局は主観なのだ、自分自身の。

 

つまり大事なのは、前の自分と比べて、今の自分が好きであるか、という事。

今の自分が好き、と言える人はそんなに多くはないだろう。

 

でも、はっきりとそう言えるのなら。

 

あなたが体験したその出来事は、まんざら無駄でもなかったという事。

それはあなたを、自分でも好きと言えるような魅力的な人間にしてくれたのだろうから。

 

そんな経験をした人物たちがここにいる。

悲しい程、自分を傷付けて。

泣きたくなる程、他人を傷付けて。

そんな思いをして、彼らは今もここにいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Neon Genesis Evangelion

Another Story

 

やさしい風の吹き抜ける、その場所で

Act.1 『平和の象徴』

 

written by ディッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第三新東京市立第壱中学校、三年A組の教室】

今日は月曜日。

三年になってもクラス委員長をしている彼女にとっては、定番となりつつある行事が開催されようとしていた。

ここは教室の後ろで、二人だけで話すにはもってこいの場所。

大きな声を出さなければ他の人間には聞こえない。

そして、彼女の目の前には、自分に助けを求めている親友が一人。

 

「今度はどうしたの?」

「うっ………」

「また、なの?」

「ううっ………」

「………」

「どうしよぉ、ヒカリぃ………」

 

ヒカリは出てしまいそうになった溜め息を必死で押さえ込んだ。

目の前の少女は意外な程に、ナイーブなのだ。

これまでの付き合いから、その事は熟知している。

昔は、自分にすらここまで感情を見せる事はなかったが。

 

「どうしてそうなっちゃうのよ?」

「それは、そのぉ……。条件反射、というか………」

「アスカ。そんな事ばかりしてちゃ、ダメでしょ?」

「分かってるけどさ。今までが今までだったから………」

「昨日の今日じゃ無理ってこと?」

「これでも努力はしてるのよ」

「分かってるわよ、それくらい」

 

さて、ここらで説明しておこう。

月曜日の学校でこんな事が展開するということは、週末に起こった事が原因なのである。

使徒との戦いが終わって、はや半年近く。

適格者たちは復興された学校で、学生生活に戻っていた。

アスカはその攻撃性が薄まり、少しだけ素直になった。

ただ、彼女が素直になれない人間が一人だけいる。

彼女にとって、友人兼同僚兼同居人兼想い人たる、碇シンジ少年である。

 

ここまで言えば分かってもらえただろう。

彼女は彼に対して素直になろうと努力しているのだ。

休み明けでヒカリに泣きつくということは、素直になれなかった、ということなのである。

それだけならいい。

先程の様子から、手の一つや二つは余裕で飛び出しただろう。

もちろん、それは照れ隠し。

 

「それで、今回はいくつ?」

「………ろく」

「………少しずつ回数が増えてない?」

「………うん」

「………」

「………」

「………」

「………ヒカリ?」

「………アホかぁっ!!」

「ひゃあっ!」

 

ヒカリはどこからとなく取り出したハリセンで、アスカの後頭部をスパコーンと、張り飛ばしていた。

ここらへん、噂の域は出ていないながらも関西弁の彼と付き合っているらしい証拠が出ている。

多分、事実であろう。

本人たちは力一杯、否定するだろうが。

 

「いたい〜」

「当たり前でしょうがっ!どうしてアスカ、あなたって人は……っ!」

「そんなこと言ったって、簡単にはいかないわよぅ………」

「………はぁ」

 

思わず溜め息を吐く。

もう我慢できなかった。

結局のところ、アスカは彼に甘えているのだ。

アスカがいくら理不尽なことを言ったりしたりしても、彼ならそれを受け止めてくれる、という無意識からの根拠のない自信が、彼女にそういった行動を起こさせるのだろう。

この頃、それが分かったからヒカリもちょっと安心している。

アスカにとって、シンジとのコミュニケーションの方法がそれなのだろう。

対人関係についてはまったくの子供なのだ、アスカは。

 

それでも、ヒカリは親友として、彼女に宣告しなければならない。

シンジが分かっていて、敢えてそれを受けているというのならば尚更だ。

しかも、それはアスカやヒカリの思い込みにしか過ぎないかもしれない。

人の心を100%知ることなんて出来やしない。

ましてや、自分の心すら持て余しているのだから。

 

「アスカ」

「な、何よぅ………」

「碇くんなら分かってくれるなんて甘えちゃダメ。

 もし、分かってくれているとしても、それを言葉にして相手に伝えるの。

 そうしないと、相手だって不安になるかもしれない。

 それくらい、アスカも分かってるんでしょ?」

「………うん」

「なら、やらなければならない事は何?」

「………しんじにあやまる」

「よろしい」

「………」

「………」

「………えへへ」

「………ふふっ」

 

アスカはよく笑うようになったと、ヒカリは思う。

以前は笑わなかったというわけではない。

どこか、笑顔の質が違う気がするのだ。

透明感があるとでも言えばいいのだろうか。

今のアスカの笑顔は子供のそれのようで、『純粋』なのだ。

この笑い方は誰かに似ている。

……そう、彼のだ。

 

 

 

 

 

【同、教室内】

その彼、碇シンジはお馴染みのメンバーで談笑していた。

ここには三人しかいないが、もう一人いて完成形だ。

ちなみに、その時の呼称は『4バカカルテット』である。

命名者は惣流アスカラングレー。

 

「イインチョのツッコミ、切れがいいのぉ………」

「なんせトウジの直伝だもんね」

「まさしく愛の力ってか?イヤ〜ンな感じ」

「な、なんやねん、それはっ!」

「照れない、照れない。それにそこまで慌ててると、逆効果だよ?」

「ふっふっふ。そうか、そうなんだな、トウジっ!」

「がぁっ!!シンジ、火に油、注ぐなやっ!」

「ふっふっふ………」

「恐い、恐すぎるで、ケンスケっ!シンジ、ワシになんか恨みでもあるんかいっ!」

「ずっと前に殴られたなぁ……。今でも時々、少し痛むんだよな……」

「い、今頃それかいっ!ズルっ!!」

「はっはっは。ホントはからかうと面白いから」

「シンジ、お前っちゅうやつは、ホンマに根性ババ色やのぉっ!!」

「ふっふっふ、トウジ、そうなんだろ?」

「や、やめんかいっ!気色悪っ!!」

「はははっ」

 

シンジは変わった。

余裕とでも言うのだろうか。

人とのコミュニケーションの取り方を知った。

だから、アスカの行為に隠れた真意も、少しだが分かる。

それでも、『ニブチン』で通っている彼の事。

それが、自分に対する恋心だとはとてもではないが、気付かない。

ただ、敵意を持っての行動ではない事ぐらいは理解している。

 

「平和、だよなぁ……。本当に………」

 

いつもは眼鏡をかけた彼のセリフであるが、今、この時はそう言いたいと思った。

それ程までに、シンジのいた世界は平和からかけ離れていたのだ。

 

こんな普通の事が、嬉しいと初めて知った。

こんな当たり前の事が、とても大事なものだと初めて知った。

そして、これらは簡単に壊れてしまう事も。

だから、この日常は泣きたくなるぐらい大切なのだ。

この日常は、確かに自分たちの戦いの上で成り立っているのだから。

自分たちの頑張りが、目に見えて分かる一番近くにあるものだから。

 

だから、だからお願いします。

神という存在が本当にあるのなら、この世界は自分たち人間の手で守っていきます。

どうか、手をお貸しにならないで………。

 

そのシンジの心の声に返ってくる声は無い。

 

 

 

 

 

【同日、帰り道】

アスカはどうにかこうにか理由をつけて、シンジを連れ出す事に成功した。

シンジはのほほんとした様子で、アスカの後ろについてくる。

アスカの目的地はただ一つ。

高台の公園。

ユニゾンの時に行った、あの公園だ。

 

「ねー、アスカ。どこに行くのさー?」

「うっさいわね、ついてくれば分かるわよっ!!」

「はぁ、分かったよ」

「………」

 

アスカは心の中で頭を抱えた。

素直に謝ると決心したのに、これなことでどうするのだ。

シンジは全然気にしていないだろうが、彼女にとっては死活問題だった。

そもそも、全てにおいて完璧を目指す少女、惣流アスカラングレー。

それは、恋愛においても例外ではない。

 

「………ついたわよ」

「ん、ここは………」

 

シンジは周りを見回すと、ここがどこか理解できた。

ユニゾンの時に、アスカをなだめるために連れてきた公園。

シンジにとっては思い出深い場所である。

それはアスカにとっても、だが。

 

「で、どうしたの?」

「え?」

「何か、用事があったんじゃないの、僕に」

「そ、それは…………」

 

言いにくそうだな、シンジにもそれくらい分かる。

シンジはアスカが言ってくるまで待つ事にした。

こういう時に下手に聞き出そうとすると、更に言い難くなるものだ。

 

「………ん……い」

「え?」

「……ごめん……なさい」

「ア、アスカ?」

「……ごめんなさい」

 

アスカは、自分はどうしてこんなにもあまのじゃくなのだろう、と思う。

悪い事をしたのを謝るだけなのに、どうしてこんなに大変なのだろう。

素直になれたらどんなに楽か。

素直に謝る事ができたら、こんな自己嫌悪に陥る事などないのに。

 

「………」

「………」

 

どことなく気まずい感じがする。

アスカは謝ったのはいいが、シンジからのリアクションがないので、どうしたらいいか分からない。

シンジはめったに頭を下げないアスカが自分に対して謝ってくるという不測の事態に直面して、思考がストップしている。

 

そうすると、アスカは下げていた頭を上げる。

彼女の目は自然とシンジの方へ向けられる。

その青い瞳は今にも流れ落ちそうなほど、涙が溜まっていた。

 

(泣いちゃ……ダメっ!自分が悪いのに、これじゃシンジをまた困らせるっ!)

 

(アスカが泣いてる?ダメだっ!どうしてかよく分かんないけど、とにかくアスカが泣くのはダメなんだっ!アスカは笑ってなくちゃ、ダメなんだよっ!!)

 

今や、シンジの身長はアスカよりも高くなっている。

頭半分くらいだろう。

このペースを考えると、まだまだ伸びそうだ。

それがどうしたのかというと。

アスカはシンジと目を合わせようとすると、上目遣いになるということなのだ。

シンジにはアスカが泣いているという状況なのに、不謹慎にもかわいいと思ってしまった。

それは引き金になって、意外とも言える行動をシンジにとらせた。

 

 

 

 

 

(えっえっえーーーーーっ!!)

 

パニックだった。

当然である。

今のアスカは、シンジの腕の中にいた。

当のアスカは、シンジの胸に手をついて、ぼうっとしている。

彼女の顔は真っ赤になっていた。

当然であろう。

今、彼女は想い人に抱き締められているのだから。

 

「お願いだから泣かないで、アスカ………。

 キミに泣かれると辛いんだ。なぜか知らないけど、自分を殴りたくなってくる。

 だから、だからお願い。泣かないで笑っていてほしい、いつも………」

「しんじ………」

「………ね?」

「………うんっ」

 

シンジは自分の心をさらけ出すかのように、その心の内を言葉にして紡ぎだす。

アスカは思う。

なんだ、素直になるのなんて簡単じゃないか、と。

好きな人に抱き締められるだけで素直になれる。

なんて現金なんだろう、人間は。

 

(アタシが、かも…………)

 

アスカはずっとそうしていたかったが、不意にぬくもりが離れていく。

シンジが抱き締めていた腕を解いたと気付いたのは、少し経ってからだった。

 

「あ、う、えーと……」

 

シンジは少し冷静になって、自分がした事に気付いたらしい。

真っ赤な顔でそっぽを向きながら、何か言おうとしているが、言葉が浮かんで来ない。

それを見たアスカも、舞い上がり過ぎている自分に気がついた。

シンジの顔をちらっと見ると、また顔を下げてしまう。

さっきの事が目に焼き付いて、直視出来なくなっていた。

 

「あ、あのさ、いきなり抱き締めたりして、ごめん。

 でもね、さっき言ったことはその場しのぎで言ったんじゃないんだ。

 一応、僕の本音だから………」

「………わかってる」

 

アスカはやっとシンジを直視出来るようになった。

やっぱり顔は真っ赤なままだったが。

 

「……かえろっか?」

「……もうちょっと、ここにいちゃダメ……かな?」

「……じゃ、後ちょっとだけいよう」

「うん………」

 

二人は近くのベンチに座る。

夕日が二人を照らして、その影はずーっと公園の出口の方まで伸びていた。

何をするでもなく、二人の影はずっと寄り添っていた。

 

 

 

 

 

これこそが、平和であることの一番の象徴なのかもしれない………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

続く………と、いいよね。

 

 

 

 

 

<後書きとも言えなくもない代物>

勢いだけの男、ディッチです。

勢いですよ、そうです。

こんなの勢いなしで書けるもんかよっ!

ああ、そうさ、そうだよっ!(逆ギレ)

 

………すいません。

形が出来ると書きたくなるのが性分でして、書いちゃいました。

ホントは今、試験中なんですよねぇ………。(俺がね)

 

えーと、仕切りなおしましょう。

題名は“やさしい風の吹き抜ける、その場所で”です。

なんかその下に、“Act.1”とか書いてますが、これは保険です。

念のため続きを書けるように、さりげなくネタがふってあります。

 

続くとしても、僕の気まぐれな性格ではどうなるか分かりません。

これは一話完結のような形なので、単体でも大丈夫なはずです。

 

今回も元ネタがある場所はありますが、引用という程度です。

多分、誰も知らないでしょう。

それくらいマイナーなところから持ってきました。

 

それでは、このくらいでお暇したいと思います。

勢いだけ、勢いだけの男、ディッチがお送りしました。

ごきげんよ〜。

 


マナ:照れ隠しに6発も殴るなんて、何考えてるのよっ!

アスカ:だって、恥ずかしかったんだもん。

マナ:洞木さんじゃなくても、あほかっ!っていいたくなるわよ。

アスカ:だって・・・。

マナ:そんなことしてたら、シンジに嫌われるのも時間の問題ね。

アスカ:いやぁぁぁぁぁ。それだけはいやぁぁぁぁぁ。

マナ:まぁ、わたしはそれでもいいけど。

アスカ:もうたたかないからぁっ!

マナ:手遅れね。

アスカ:どうしてよぉ。シンジ抱きしめてくれたもん。

マナ:それで、やっぱりマナちゃんの方が抱きごこちがいいって、きっとシンジもわかってくれたわよ。

アスカ:ちょっと待ったぁぁぁぁぁぁっ!(ーー! どういうことよっ!!!!

マナ:だから、て・お・く・れ。べーーー。(^^v

アスカ:ウソね。アンタのつるぺたの方がいいわけないもんっ!(^^v

マナ:ブルブルブル。(ーー#
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感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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