サードインパクト時に、人々の前に舞い降りた二人の天使。

 

彼らは言う、自分たちは『希望』なのだと。

人と人とが分かり合えるという、希望。

言葉を交わし、『好き』という言葉で分かり合えるという、希望。

 

確かに、それは見せかけかもしれない。

自分勝手な思い込みかもしれない。

祈りみたいなものかもしれない。

ずっとは続かないかもしれない。

………いつかは裏切られるかもしれない。

 

その奇跡の中心にいた少年には、それがただの理想であることを知っていた。

自分が信じても、裏切られることがあるということを。

永遠なんて、単なる幻に過ぎないことを。

そして、他人を100%理解することなんて出来ないことも。

 

「……でも、僕はもう一度会いたいと思った。その時の気持ちは、本当だと思うから」

 

少年は人々が今まで通り傷付け合う世界を望んだ。

自分がどんなに傷付けられようとも。

他人をどれだけ傷付けようとも。

自分がいて隣に彼女がいる事を望んだのだ。

それはとても根深い想いで。

本当に無意識の内に…………。

 

そして、彼は一人想う。

 

僕の最後の願い、それは………

二人の天使から、翼を奪うこと………。

 

 

かくして、二人の天使は翼を奪われ、『ヒト』になった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Neon Genesis Evangelion

Another Story

 

やさしい風の吹き抜ける、その場所で

Act.3 『赤い瞳の向こう側 〜後編〜』

 

written by ディッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【第三新東京市立第壱中学校、その屋上】

時刻は放課後。

部活動のある生徒は、その活動を始めている。

そうでない者は、もう下校し始めている。

そんな人たちを眺められる校舎の屋上に、一人の女子生徒がいた。

彼女は手すりに寄りかかり、ぼーっと景色を眺めているようにも見えた。

だが、それは事実とは大きく異なっている。

彼女の赤い目は、もっと遠くを見ていたのだ。

 

「碇シンジ………私のお兄ちゃん。

 惣流アスカラングレー………私の親友。

 二人とも、とても大事なひと………」

 

そう、それが彼女にとって一番辛いことだ。

どちらか一方が大切だというのなら、こんなにも悩まなくて済むはずなのに。

だから、とても辛い。

心が引き裂かれるような感じさえする。

 

「どうして?アスカが碇くんのことを想っているのは、前から知っているはずなのに……。

それに、今、彼は私のお兄ちゃん………。どうして喜んであげられないの?」

 

レイは今、ひどい自己嫌悪に苛まれていた。

彼女の言葉を聞いても分かる。

シンジの呼び方がめちゃくちゃだ。

それだけ、彼女の心は複雑に乱れていた。

 

「心が………痛いっ」

 

それは、彼女が人間である最大の証でもあるのだが、彼女はそれに気付かない。

レイは自分を抱き締めるように、その場にうずくまった。

 

 

 

 

 

【同、正門】

門を出た所で、カヲルは少し立ち止まる。

それに気付いたシンジがまた止まる。

また、それに気付いたトウジとケンスケも止まる。

カヲルの目線は、校舎の屋上に固定されていた。

 

「どうしたの、カヲルくん?」

「何か、忘れもんでもしたんか?」

「そりゃ、カヲルにしては珍しいな」

「……うん、そうみたいだね。教室に戻って取って来るよ」

「うん。じゃあ、待ってるから」

「……いや、先に行ってくれて構わないよ。今、用事も思い出したからね」

「用事か、じゃあしょうがないな」

「じゃ、お先に帰らせてもらうわ」

「…じゃあね、カヲルくん」

「うん。それじゃ、また明日」

「ホントに明日やろうな?お前はサボリ癖があるしのう……」

「この前みたいに、『旅に出てました』なんてのは無しだぜ?」

「ははっ、分かってるよ」

 

そう言うと、三人は帰宅の途につく。

カヲルはそれを見送ると、一転して厳しい顔つきになった。

彼の周りで光の粒子が踊る。

当然、他の人間には見えないが、彼の生まれがそれを可能にしている。

使徒として生まれ、シンジの希望として蘇り、彼の願いで人間になった。

レイにはシンジの『人間になってほしい』という気持ちが強く現れていて、おそらくではあるが、リリスの存在を感じることは出来ないだろう。

しかし、彼は違う。

確かに、シンジは彼が人になることを望んだ。

それでも、肉親の情とでも言うのだろうか。

無意識の内に、レイに対する気持ちが強くなっていたのだ。

それが原因で、カヲルは生物学上は完璧な人間であるが、リリスの存在を感じる事ができる唯一の存在になったのだ。

 

「彼女の心が泣いている?いや、リリスが……かな?

 どちらにしても、大変なことのようだね………」

 

彼の足は再び校舎へと向けられた。

 

 

 

 

 

【再び屋上】

レイはじっと心の痛みに耐えていた。

体はなんともないのに、自分がバラバラになりそうな感覚。

シンジを好きな気持ち。

アスカを好きな気持ち。

そして、その二人が一緒にいること。

アスカの想いが届きそうなこと。

シンジがその想いに気付きそうなこと。

どうして、それらは正しいことなのに、こんなにも辛いのか。

彼女にはその答えが分からなかった。

 

「痛い痛い痛い………いたいっ」

 

彼女はその心の痛みを和らげる方法を知らない。

普通の人間なら、経験からその痛みを和らげる方法などいくらでも知っているのに。

人に話すこと。

忘れるくらいに何かに没頭すること。

……泣いてしまうこと。

彼女はその方法を知らないが故に、心の悲鳴を直接感じてしまう。

 

(いや、いや、いや………いやぁ……)

 

そして、彼女がもう耐えられないと思った時。

そこに、リリスの光を纏った少年が現れた。

もちろん、レイにはその光は見えない。

ただ、暖かさだけは感じることができた。

 

「渚……くん?」

「そうだよ。綾波レイさん」

「私の名前は碇レイ。綾波レイではないわ……」

「もちろん知ってるよ。でもね、今、キミが辛いのは、碇レイとしてではなく、綾波レイとして物事を感じ取っているからじゃないのかい?」

「……どういうこと?」

「綾波レイは、碇シンジを一人の男性として愛していた。そういうことさ」

「!!」

「そして、それはリリスもそうであったことを示している。

 だから、『彼女』はシンジくんの願いを聞き入れた」

「だから……どうだというの?」

「僕らはリリスの中で、シンジくんの深層意識に触れている。

 その時にキミも感じたはずだ。彼の惣流さんへの気持ちを」

「……分かっているわ」

「同時に、僕らは惣流さんの気持ちも知っている。

 世界中の人間の意識を繋げる時に覗いてしまったからね」

「……ええ」

「彼女はシンジくんへ、その気持ちを伝えようとしている。

 そして、シンジくんもその気持ちに気付きつつある。

 ……いや、自分の気持ちに気付かされているのかもしれないね?」

「私は………」

「『碇くんの妹だから』かい?」

「!!」

 

レイはビクっと体を震わせる。

自分の気持ちを言い当てられることほど、恐いものはない。

『私は碇くんの妹だから』というのは、彼女にとって逃げでしかない。

だから、カヲルはその逃げを封じた。

そんな言葉で気持ちを押し込めてはいけない。

 

「キミがシンジくんの妹であることは関係ない。

 大事なのは、キミの気持ち。シンジくんに対する、キミの気持ちだよ。

 キミは何を望む?シンジくんに何を望むんだい?」

「私は………」

「何も恐がらなくていいんだ。自分の気持ちは何事にも左右されてはいけない。

 キミ自身の心なんだから………」

 

―――キミは何を望む?―――

 

レイは分かっていた。

自分の気持ちぐらい。

でも、それを出してもいいのか、判断に迷う。

出してしまったら、全てが壊れてしまいそうだったから。

 

けれど、それも限界だった。

心の悲鳴。

不思議と口が開いてしまう。

次の瞬間、レイはカヲルに縋って吐き出すように語り始めた。

語るという表現は適切でなかったかもしれない。

それほどまでに激しいものだった。

そして、赤い瞳は揺れていた。

 

「私は、私はただ碇くんに抱き締めてほしかったっ!!

 ただそれだけで良かった!

自分を一人の女の子として見てくれたあの人に自分を抱き締めてほしかったのっ!

 でもダメっ!ダメなのっ!あの人の隣にはアスカがいるから、アスカは私の友達だから。

 アスカは優しすぎるから、私がそんな感情を持っていると知ったら、絶対に碇くんに告白できなくなる。そんなのはダメなの、悲しすぎるのっ!!」

「分かってる……。全部、分かってるよ。

 だから、このまま泣いていい……。泣く場所がほしかったんだろう?」

「う、う、うわぁーーーーーーーっ!!」

 

カヲルはそんなレイを見て、微笑む。

彼はレイの頭を腕で包み込み、そっと撫でる。

その姿は、男女のそれというより、母と子供のようであった。

 

彼らの周りには、リリスの粒子が舞っていた。

花びらのように。

粉雪のように。

そんな二人を見守るかのように………。

 

 

 

 

 

「……ごめんなさい」

「気にしなくてもいいよ。誰しも泣きたい時くらいある。

 泣きたい時に泣けないのは、とても辛い事だからね」

「分かるような気がする………」

「……人間だからね」

「……そうね。私たちは人間だもの」

 

レイは自然と微笑んでいた。

本当に微かではあるが、とても澄んだ微笑みだった。

それを見て、カヲルは思う。

やっぱりシンジくんとは兄妹なんだな、と。

 

「それで、どうするんだい?」

「誰にもこの気持ちは言わないわ。これは言ってはいけないと思うから」

「そうかい。自分で決めたのなら、それでいいと僕は思うけど」

「多分、明日には言えると思うわ」

「何をだい?」

「碇くんを……お兄ちゃんって」

「……それは、シンジくんの顔が見物だねぇ。休めないな、明日も」

「ちゃんと来なさい。あなたは私たちにとって、いなくてはならない人なのだから」

「嬉しいよ、そう言われると。そうだ、一つ頼み事があるんだけどね」

「……何?」

「僕の事は『渚くん』じゃなくて、下の名前で呼んでほしいんだ」

「……なぜ?」

「『カヲル』であることに自信はあるけど、『渚』である自信はない。

 これが理由じゃダメかな?」

「………いいわ、なんとなく分かる気がするから。

 私も、『レイ』である自信はあるけれど、『綾波』である自信は無かったもの」

「それじゃあ、よろしく。レイ」

「ええ、分かったわ。カヲル」

 

 

 

 

 

【翌日、廊下】

シンジとアスカは教室に向かっていた。

相変わらず、アスカは大人しいままのようである。

それでも、目線はシンジに向けられていて、外れることはないが。

 

「おはよう」

 

後ろから、突然声をかけられる。

シンジとアスカが振り返ると、そこにはレイがいた。

彼女の様子は普段通りであったが、シンジたちには何か感じるものがあった。

どこか、浮かれているような感じがするのだ。

 

「あ、おはよう、綾波」

「………」

「どうしたの、綾波?」

「………」

「ん?」

「………」

 

さっぱり分からないという様子で、シンジはレイの顔を覗き込む。

そこには、ほんの少しの変化ではあったが、ふてくされているような顔があった。

 

「……違うわ」

「え、何が?」

「私とあなたの関係は?」

「えーと、兄妹かな?」

「なら、わかるでしょ?」

「………」

「………」

「……そ、そういうことなの?」

「……ええ」

 

やっと、レイの言ってることが分かって、シンジは動揺した。

ただでさえ、この頃のアスカは、他の女の子と話しただけで恐いのに、呼び捨てなんてしたらどうなるかわからない。

もしかしたら、口も利いてもらえなくなるかもしれない。

でも、この様子では呼ばないとどうしようもないだろう。

これを英語で、『Double Bind』(板ばさみ)と言う。

 

「……分かったよ」

「……早く言って」

「………レイ、おはよう」

「……おはよう、お兄ちゃん」

「「お、お兄ちゃんっ!?」」

 

『レイ』と呼んだシンジに対して制裁を加えようとしたアスカさえも巻き込んで、聞き返してしまった。

そして、そのまま固まってしまった二人を置いて、レイは教室に入った。

教室には、カヲルの姿があった。

 

「……心配で、早く来て待っていてくれたの?」

「……そういうわけじゃないさ。ただ、早く来たかっただけ」

「そう、でもありがとう」

「まあ、お礼を言われるようなことはしてないけど。とりあえず、どういたしまして」

 

そう言うと、二人はなんとなくおかしくなって、笑う。

ふと、カヲルが教室の廊下側の窓を開くと、まだ二人は固まっていた。

 

「ふふっ、まだ固まっているよ」

「それくらい、当然よ」

「どうしてだい?」

 

カヲルが聞き返すと、レイは少し歩いて振り向く。

 

「私をふったのだから」

 

カヲルはその答えに驚いてキョトンとするが、少したって我を取り戻す。

そして、彼女を見て微笑みながら言った。

 

「それなら仕方ないね」

「でしょう?」

 

この時、二人の天使は確かに人間としての一歩を踏み出したに違いない。

これからもずっと続いていく道の、一歩を。

その道がどうなっているのかは、誰にも分からない。

ただ確かなのは、二人の道がとても近い場所を通っているということ。

そして、その未来が光に満ちているということ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

うーん、続けるのか?

 

 

 

 

 

<後書きっ、後書きっ>

アスカが出てきてないぞっ!

どうなんだ、僕っ!?

……うう、確かに。

これでいいのか、僕?

………ディッチです。

やさしい風の吹き抜ける、その場所で

Act.3 『赤い瞳の向こう側 〜後編〜』お送りしました。

 

今回は難産でした。

レイちゃんが動いてくれない……。

アスカは勝手に動いてくれるのにぃーっ!

……と、いうことでこの話は赤い目を持った二人にスポットを当ててみました。

当初はレイだけの話の予定でした。

レイに、『お兄ちゃん』と呼ばせたかった、というだけですけどね。

で、考えたら、赤い目ってもう一人いるじゃんっ!となりまして、急遽登場しました。

そう、最後の使者、渚カヲルくんです。

登場は最初から予定していましたが、こんなに早く出てくるとは……。

それに加え、彼が勝手に動く動く。

そのせいで、前後編という形になりました。

内容的には結構、満足しています。

 

これで、レイは一応自分の気持ちに整理をつけたことになっています。

ただ、他の人と恋愛をする気持ちにはなれないでしょうがね。

他の人のエピソードを挟んで、アスカとシンジを近づかせていくというこの作品のコンセプトはどうでしょうね。

今のところはアスカが一人で頑張っている状況のような気もしますが。

これから、いろんな人が絡んで、アスカやシンジの気持ちを変化させていく予定です。

呼んでくださる方、どうぞ見捨てないでください。

 

パクリ?

ないですよ。

奇跡ですね?

 

ディッチでした。

 


マナ:綾波さんも、悩み多き乙女なのね。

アスカ:ま、せいぜい悩みなさい。シンジはアタシを選んだんだから。(^O^v

マナ:あらぁ。そんなこと言ってもいいの?

アスカ:いいじゃん。もうファーストも自分の中で結論を出したみたいだし。

マナ:妹になるのよ?

アスカ:平和でいいことじゃない。

マナ:わたしは、あなたにまだ負けは認めてないけどね。どっちにしろ、大変なことになりそうよ。

アスカ:なんでよ?

マナ:妹ってことは、小姑ってことで同居しなくちゃいけなくなるかもしれないわよ?

アスカ:ゲッ!(@@)

マナ:それはそれで大変かも・・・。(^^;;;;

アスカ:うーーーん・・・。(−−;;;;
作者"ディッチ"様へのメール/小説の感想はこちら。
cdn50010@par.odn.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

inserted by FC2 system