「遊園地?」

「うん、加持さんからチケットをもらったんだ」

「どうして、くれたの?」

「ああ、何か、この歳じゃ遊園地に行くのが恥ずかしいって言ってたよ。

 加持さんも、知り合いの人からもらったんだって」

「ふ〜ん………」

「それで、どうかな?一緒に行ってくれない?」

「……どうしてアタシなの?」

「う〜ん、よく分かんないや。

でも、アスカが行かないんだったら、これ、誰かにあげるからいいよ」

「ど、どうしてよ?別に他の人誘って、行けばいいじゃない」

「でもさぁ、アスカと一緒に行きたいんだよ」

「………」

「どうかな?」

「………いく」

「良かったぁ〜〜。じゃあ、今度の日曜に行こうっ!」

「………うんっ」

 

 

 

アイツは鈍感だ。

その上、無意識の内に恥ずかしい事を言ってる。

アタシはいつもいつも、それに振り回されている。

でも、それがなんだか嬉しいと感じるのは何故なんだろう?

 

……多分、シンジがアタシを見てくれている事を、実感出来るから。

 

 

 

同居人兼クラスメートのシンジ。

鈍感なシンジ。

くそ真面目なシンジ。

優しいシンジ。

嫌な事があっても、絶対に逃げないシンジ。

 

アタシの、碇シンジ。

 

シンジ……しんじ……あなたが好き。

 

こんなにもアタシは想っているのに、それを伝えられない。

アタシの心をアイツに見せてやれたなら、どんなに驚くだろう。

 

………アタシは心の中で、シンジの事ばかり考えているから。

 

この気持ち、シンジに伝えたい。

だって………

 

 

 

こんなにもあなたの事が好きだから………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Neon Genesis Evangelion

Another Story

 

やさしい風の吹き抜ける、その場所で

Act.7 『あなたに伝えたい 〜前編〜』

 

written by ディッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【日曜なので、カップルや親子連れで賑わっている遊園地の入り口】

遊園地の入り口の前にある噴水の周りにある、いくつかのベンチ。

それの一つに、碇シンジ少年は座っていた。

使徒との戦いが終わった後、彼は兄のように慕っている加持に色々な事を教わっていた。

歳相応の遊び。

歳相応のファッションや髪形の知識。

女性に対するマナー。

それはもう、たくさんの事を教わっていた。

端から見たら、彼らは本当の兄弟に見えたであろう。

そのせいであろうか、シンジは少し髪を伸ばしていた。

大きな変化は無いが、目にかかる辺りまで伸ばした前髪。

それに加え、加持から教わって改善された服装のセンス。

彼は文句なしで、美形の仲間入りを果たしていた。

……本人には全く自覚がないが。

 

「どうして、一緒の家に住んでるのに、待ち合わせなんかしなけりゃいけないんだろ?

 一緒に来れば、待つ必要ないのになぁ…………」

 

これだからニブチンなのだ。

アスカはデートだから、待ち合わせしたいのに、本人はこれだ。

本当に報われない。

 

「まあ、いいか。人を待つってのも、いいもんだ」

 

このあたり、師匠たる加持の影響を受けているとしか思えない。

言い回しがそっくりだ。

ただ、女癖の悪さだけは受け継がれることはないだろう。

加持のそれも、シンジの鈍感さも、天性のものであろうから。

 

「ごめん、シンジ。………待った?」

「別にまっ…………」

 

シンジは「別に待ってないよ。気にしないで」と言おうとしたが、

振り向いてアスカの姿を見たところで、口が止まった。

今日のアスカは気合が入っていた。

なにせ、初めてのシンジとのデートだ。

……シンジにその気は皆無だが。

 

(カワイイ………)

 

壱中にて『鈍感王』という不名誉な称号を持っている彼にこうまで思わせるのだ。

その姿は容易に想像出来るだろう。

若草色のワンピース。

その上から、薄手の白いカーディガンを着ている。

さながら、深窓の御令嬢といった装いだ。

シンジならずとも目を奪われるだろう。

 

「……?どうしたの?」

「わっわっわっ!な、何でもないよっ!」

「アンタ、何動揺してんのよ?」

「さ、さあ、早速行こうかな〜〜」

「ちょ、ちょっとっ!」

 

シンジはアスカを見て、ぼーっとしているところに話し掛けられて慌てていた。

おそらくは、かなりのパニック状態だ。

照れ隠しに早く入場しようと、アスカの手を引きながらズンズン歩く。

普段だったら、こんな事は絶対に出来ない。

シンジの動揺が見て取れる行動だった。

 

「ごゆっくり、お楽しみください」

 

チケットを渡すと、シンジはアスカの手を引いたまま、歩いていた。

先程よりはおさまってきたようだった。

思考も多少、冷静になりつつある。

……と、そこで、彼はある事に気が付いた。

 

(手を繋いでる?誰と?………わぁーーーーっ!!)

 

シンジはその事にやっと気付くと、急いで手を離した。

ここ最近の彼の様子から考えれば、驚くほどの慌てぶりだ。

 

「ご、ご、ご、ごめんっ!」

「…………べつにいいよ」

「えっ?」

「シンジがアタシと手を握っていたいんだったら、構わない。

 ………別に嫌じゃないから」

「………えっと、それじゃあいいかな?」

「………うん」

 

シンジはなぜか分からないけど、そうしたいと思った。

そうする事が正しいのだと。

アスカはシンジに顔を向けられず、ずっと下を見ている。

おそらくは、真っ赤になっているだろう。

 

「………はい」

「それではエスコートさせていただきます、お嬢様」

 

素直にすっとシンジの方に手を出すアスカ。

シンジはそれを受けて、軽い調子で茶化しながらその手を握る。

加持に教えを受けて、これくらいの事は言えるようになった。

ただ、今の彼にとって、それは演出ではなく、ただの照れ隠しでやっているにすぎない。

それくらい彼は今、この時、アスカを女性として意識していた。

 

「それじゃあ、どこに行こうか?」

「……シンジの好きなところでいいよ」

「えっ、そう?それじゃ、どこにしようかなぁ………」

 

アスカはすっかり舞い上がっていた。

今、自分はシンジと手を繋いで、デートをしている。

彼女にとって、それだけでも夢のようだったのだ。

ずっとずっと、実現することはないと思っていた夢。

好きな人と手を繋いでデートをする。

そう、アスカという少女は普通の少女なのである。

ただ、今までは色々な柵(しがらみ)が彼女を縛っていたにすぎない。

そして、それが無くなった今、彼女は普通の女の子なのだ。

ちょっと夢見がちな、普通の女の子。

 

ただ、彼女は失念していた。

遊園地には、自分にとっての天敵がいることに。

 

 

 

 

 

【遊園地内、お化け屋敷の出口】

「………ぐすっ」

「…………あのー」

「………知ってるくせに」

「………げっ」

「アタシがお化けとか、そういう類のものが大っ嫌いだって知ってるくせにぃっ!!」

「わ、忘れてたんだよ〜〜」

「うぅ………すんっ」

 

補足が必要であろう。

あの後、二人はお化け屋敷に入った。

シンジはこういったものが大好きであった。

ただ、この時、彼らに足りなかったものがある。

『冷静な判断力』

そう、アスカはもちろんそんなものとは無縁の夢見心地な世界に旅立っていたし、

シンジはシンジで、表面上は普通を装っていたが、内面、かなりの暴走状態であった。

………別に変な意味ではない。

 

「……しんじ、きらいっ」

「あ、うぅ……。ご、ごめん。悪気があったわけじゃあ………」

「………」

「あぅー、許してよ〜〜」

「………」

「何でも言う事、聞くから〜〜」

 

その言葉にアスカは素早く反応する。

 

「……何でも?」

「ぐ……。う、うん」

「それじゃ、アイス買って来て」

「へっ?そんな事でいいの?」

「何っ?アタシの温情措置が気に食わないの?それじゃあ…………」

「わっ、買って来るよ〜〜」

 

シンジはこれ以上高いものでも買わされたら大変だ、

とばかりに物凄いスピードで、アイスを買いに走った。

この時、シンジは師匠の言葉を思い出していた。

「女性に対して、『なんでもする』は命取りだぞ」

やはり、自分の倍も生きている人の言葉は重いと、実感するシンジであった。

 

「………でも、さっきまでの空気も嫌じゃないけど、この方が僕ららしい気がするなぁ」

 

これがシンジの嘘偽りない気持ちであった。

確かにさっきのアスカは可愛かったけど、なんか違和感を感じてしまう。

少しぐらいワガママ言ってくれた方が、彼にとっては『アスカらしい』となるのであろう。

ただし、それはシンジにとって不快ではなかった。

むしろ、アスカのワガママを聞いているのは、彼にとって嬉しい事であったのだ。

 

以前、彼は自分の師匠にこんな事を言われた事がある。

 

「相手の事が本当に好きだったら、どんなワガママでも自分に対して言ってくれるのなら、

 凄く嬉しいもんなんだよ。まあ、まだわからないかもしれないがなぁ………」

 

彼が今、このセリフの『本当に好きな相手』という部分に気が付いていたなら、

自分のアスカに対する気持ちに気付いていたかもしれない。

 

 

 

一方、シンジにアイスを買いに行かせたアスカは少し、冷静になってきていた。

さっきまでの自分は少し、舞い上がっていたかもしれない。

そう、思えるまでに冷静になっていた。

ただ、『少し』という部分に、既に末期症状になっている事が伺える。

あれは少しじゃないだろう、少しじゃ。

周りから見たら、間違いなくカップルだ。

 

「ホント、あのまま行ってたらどうなってたかなぁ………。

 結構、やばかったかもしんない。そんな事、考えられないよぅ………」

 

そう言いながら、顔を真っ赤にして想像してるあたり、やはり、末期症状だろう。

病名は、『恋の病』

お医者さんに行っても治りません。

 

 

 

 

 

【同じく遊園地内、男なら間違いなく乗りたくないであろうメリーゴーランドの前】

シンジも前々から、薄々は感じていた。

アスカが少女趣味である事を。

多分、これはその極みであろう。

アスカは満面の笑み。

シンジは『ぐあっ』という顔。

表情は素直だ。

 

「………乗りましょ?」

「………まじ?」

「うん、まじ」

「こ、これですか?」

「うん、これ」

「アスカだけ、乗るというのは………」

「却下」

「そうは言っても、男の僕がこれに乗るというのは、ちょっと………」

「さっきはシンジの行きたいとこに行ったんだから、今度はアタシ」

「………分かりました」

 

シンジは『とほほ〜』という感じで、めちゃくちゃ乗り気なアスカに続く。

アスカは今にもスキップでもしそうな勢いで乗り場に向かう。

あっ、ホントにスキップしてる。

 

「はい、どうぞ」

 

アスカにとっては夢の時間。

シンジにとっても夢の時間。

ただ、両者の間には夢の内容に大きな違いがあった。

もちろん、シンジは悪夢である。

 

 

 

「ありがとうございましたぁ〜」

 

係員に快く見送られて、シンジとアスカはメリーゴーランドから降りた。

アスカはまだまだ乗り足りない、といった様子。

シンジは何故か、人生の無常さについて考えさせられていた。

 

「うー、もう一回乗りたいなぁ………」

「………もう、勘弁してください」

「楽しかったでしょ、シンジ?」

「いや……」

「楽しかったよね?」

「………全然」

「楽しかったに決まってるよね?」

「………はい」

「やっぱりねっ!」

 

ここまで言われたら、そう言うしかない。

それに、あんなに楽しそうに笑われたら、文句を言う気も失せる。

シンジは、

 

(アスカが楽しそうなら、いいか)

 

そう考えていた。

それは俗に言う、『惚れた弱み』というやつなのだが、

生憎、『鈍感王シンジ』がそんなことを自覚するわけがなかった。

 

 

 

………ただ、シンジは自分の中で、少しずつ変わっていく気持ちを感じていた。

今はまだ小さい変化。

それが表面化するには、まだ何かが足りなかった。

そう、何かが………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そうだっ、続いてやるっ!!

 

 

 

 

 

<後書きとゆーか、まだなんだよね>

遊園地編、二つ目です。

今回は前半部分です。

後半は次でどうぞ。

 

鈍感シンジくんでさえ言葉を失うほどのアスカの姿。

見てみたいですねぇ……。

アスカのキャラクターが変わってないか?とか言われそうですが、

これまでの話の間に、色々と心境の変化があったと考えてください。

それにしても、アスカが出ると俺って筆の進みが速くなるなぁ。

 

次はシリアスになるはずです。

遊園地で最後に乗るといえば、あれですね。

えっ?

わからねぇって?

それなら、次も見てください。

どちらからか、動きがあります。

その行動がこれからの話にどう影響してくるか?

楽しみにしていてください。

 

やっと、スランプから抜け出し気味のディッチでした。

 

うーん、クライマックス近し。

 


マナ:どうしてお化け屋敷が苦手なの?

アスカ:だって、怖いじゃない。

マナ:そう? わたしはあんまり怖くないけどなぁ。

アスカ:アンタの毛の生えた心臓と一緒にしないでよ。

マナ:失礼ねぇっ! 乙女に向かってぇ。

アスカ:お化け屋敷が怖くない乙女なんて、いるもんですかっ!

マナ:ここにいるじゃない。

アスカ:あんな恐いの見て怖がらないなんて、とても乙女とは思えないわよっ!

マナ:だって、アスカの顔見慣れちゃったんだもーん。

アスカ:コロス。(ーー#
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