ある日、父さんが言った。

 

「シンジ、母さんの所へ行け」

 

いつも言葉足らずな人だけど、その時はそれに拍車がかかっていた。

詳しく訊いてみると、どうやら海外に長期出張する事になったらしい。

それなら、最初からそう言えっての。

なんで、過程をすっ飛ばして結論まで行くんだろう、このクソ親父は。

そんなだから、母さんに愛想を尽かされて離婚するような事になるんだよ。

 

「反論は許さん。行かないのなら、お前はこれから宿無しだ」

 

自分の仕事の都合だってのに、言うに事欠いて、それかいっ!

本当に殴ってやろうかとも思ったけど、止めといた。

この人を怒らせると恐い。

色々な意味で。

 

「ふんっ、住む所を提供してやっただけ、ありがたく思え」

 

それが、俺が成人するまでのアンタの役目だろ、父さん?

 

 

 

つまりは、そんなわけなんだよな。

俺がこの街に戻って来たのは。

 

でも、懐かしいと思えないのはなんでなんだろう…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Neon Genesis Evangelion

Another Story

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

第1話 『見知らぬ、再会』

 

written by ディッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【碇家、シンジの部屋】

その部屋は生活感が皆無だった。

当然である。

昨日、こちらに来て、荷物はダンボールの中なのだから。

机や本棚などの家具はあるが、中は空っぽという有様であった。

その中で、唯一の生活感のある物。ベッド。

そこに、シンジは寝ていた。

 

「……朝、日の出からの数時間。起きなくてはいけない時間。一日の始まり。

 そう、知らない。私、三人目だから。………おやすみなさい」

「だぁぁーーーーっ!!なんじゃ、そりゃぁーーーっ!!」

 

シンジはレイの禅問答のようなセリフを聞いて、ガバっと起き上がる。

そして、周りを見回すが、彼女らしき人影は無い。

シンジは不思議に思い、声のした方を向くと、一つの目覚し時計があった。

どうやら、先程の声はこの目覚ましに録音された物だったらしい。

 

「………これか」

 

シンジは目覚し時計の頭の部分を叩いて、目覚ましを止める。

彼は改めて、自分の妹が分からなくなった。

 

「余計に眠くなる……というか、わけ分からん」

 

騒いでしまったため、シンジの目は冴えてしまっていた。

仕方なく、シンジは部屋を出る。

取り敢えず、飯を食ったら目覚ましを変えてもらおうと思いながら。

 

 

 

 

 

【一階、ダイニングとキッチンが半同居しているような部屋】

先程の目覚ましの主犯格と思しき少女は、既にテーブルにいた。

シンジは彼女の顔を窺うが、何食わぬ顔をしている。

ホントに小憎らしい奴。彼は思う。

 

「レイ、あの目覚ましのセリフはなんだ?」

「……気に入らなかった?」

「ああ、俺に最悪の目覚めを提供してくれた」

「そう、良かったわね」

「ああ………って、なんでやねんっ!!」

 

一応つっこんではみたものの、反応は芳しくない。

顔を見ても、何故怒るの?って表情だし。

シンジは溜め息を吐く。

一体、何度溜め息を吐けばいいのだろうか。

 

「あらあら、喧嘩は良くないわよ?」

「……お兄ちゃんがふっかけて来たの」

「ちげぇっ!あんな目覚ましを貸す、お前が悪いんだっ!!」

「シンジ、ちゃんとレイに謝りなさいよ?」

「ぐあっ、全然聞いてくれないし………」

「………お兄ちゃんは用済み」

「いっぺん泣かすぞ、てめぇ……」

「はいはい、そこまで。ご飯を食べましょ」

「……助かったわね?」

「お前こそ、寿命がほんのちょっと延びたみたいだな」

 

レイとシンジはお互いに不敵な笑みを浮かべつつ、食事に取り掛かった。

ただ、食事ごときで二人の戦いが止められるはずも無く、

更なる戦いの火蓋が切って落とされた。

 

「………そう、そのベーコン要らないのね?」

「ぐおっ、それは残しておいて後で食べようと思ってたのにっ!」

「………何を言うのよ」

「脈絡って言葉、知ってるか?」

 

昔から続く、二人の喧嘩。

久方ぶりに再開されたそれは、母であるユイにはやっと戻って来た家族の光景であった。

だからこそ、彼女は一段落するまで、全く口を挟もうとしなかった。

 

「だぁっ!それは俺の目玉焼きだっ!!」

「………お前の物は私の物。私の物は私の物」

「ジャイアニズムな奴だな」

 

 

 

食事も終わり、ソファーでくつろいでいると、ユイがシンジに話し掛ける。

 

「シンジ、今日はどうするの?」

「今日は午前中、ダンボールの中身を整理する。

午後はそうだな……その辺を散策してみるよ。結構、忘れてるし」

「そうね、学校が始まる前に土地勘を戻しておいた方がいいわねぇ」

「そういう事。学校に行って、一人じゃ帰れないなんて恥ずかしすぎるからな」

「それじゃ、レイに頼んだ方が良くないかしら?」

「いや、一人で行って来る。その方が楽しみもあるだろ?」

「そうね、それなら夕飯までには帰って来てちょうだい」

「了解」

 

シンジはそう言うと、階段を上がって自分の部屋へと戻る。

勿論、ダンボールに入っている荷物を整理するためだ。

元々、彼は荷物の多い方ではないし、むしろ少ないとも言える。

唯一大きいのは、彼の趣味でもあるチェロである。

小さい頃から始めたので、かなりの腕にはなっているが、

人に聞かせるのはあまり好きじゃないらしい。

どちらかと言うと、一人でいる時に自分のために弾く事が多い。

彼自身、自分で気付いている事だが、彼には一匹狼的な傾向がある。

孤独を好むという事だ。

友達がいないわけじゃあない。

ただ、一人でいる時間が好きなだけだ。

 

 

 

 

 

【その日の午後、家から少し離れた商店街へ向かう道路】

シンジはひとまず商店街に向かっていた。

この近くで買い物するには、そこが一番だからだ。

コンビニもあるが、そこへ向かう途中にある。

この街で過ごす以上、商店街は避けて通れないポイントなのだ。

 

「それにしても、寒いな。体がこの街の気温に慣れてないせいもあると思うけど……」

 

シンジはセーターの上にコートを着て、マフラーもしている。

それでも、かなり寒い。

なにせ、冬になると最高気温が氷点下になる地域だ。

他所から来て、すぐに慣れろとは無茶な話だ。

 

「俺、昔はこの街に住んでたんだよなぁ。実感が湧かないけど……。

 実際、懐かしさみたいな物を感じられないんだよねぇ………」

 

シンジは辺りの景色を見回す。

レイやユイに聞いた話だと、ここ数年での大きな工事など行われていないらしい。

つまり、風景が大きく変わる事はありえない。

という事は、シンジがおかしいという事になるのだ。

彼自身の何かが、記憶の中でストッパーを掛けてるのかもしれない。

それは思い出しちゃいけないんだよ。

思い出さないでいい事なんだ。

彼の頭にはそんな声が聞こえる。

 

 

 

しばらく歩いていると、コンビニが見えた。

シンジは身震いすると、コンビニで何か暖かい飲み物か何かを買おうと思った。

このままでは凍え死んでしまう。

………そこまで大袈裟なものでもないと思うが。

 

 

 

 

 

【同日午後、商店街の入り口】

シンジはそこまで来ると、頭の中から記憶が浮かび上がってくるのを感じた。

それは妹、レイとの記憶。

そうして、彼は入り口近くの雑貨屋さんに目が留まる。

近付いて行くと、そこにはビー玉がいっぱいあった。

その中でも、彼の目に留まったのは赤いビー玉だった。

 

 

 

「………すんっ」

「何だ、また虐められたのか?」

 

シンジはレイに向かって出来るだけ優しく尋ねる。

それに対して、レイはコクリと頷いた。

虐められた事を思い出したのだろう。

彼女の目にはまた涙が溜まり始めていた。

 

「泣くなよ、レイ。いいもんやるから」

「………いいもの?」

「何だよ。いいものって聞いたら泣き止んでやんの。現金だな、お前」

「………いいもの、何?」

「分かったって、これだよ」

「……赤い、ビー玉?」

「ああ、そうだ」

 

シンジの手には赤いビー玉が一つ。

別に特別な物ではなかったが、何故か目を引く色をしていた。

それを、シンジはレイの手に渡す。

 

「………これ、どうしたの?」

「あの雑貨屋さんで買ったんだ。いいだろ?」

「………キレイ」

「最初、お前の目の色みたいだと思って買ったんだ。

 お前の目の色、綺麗だからな………」

「……きれい、なの?」

「さっき自分でも言っただろ?このビー玉の色が綺麗だって。

 このビー玉とお前の目は一緒の色なんだ。綺麗なんだよ」

「………私の目は綺麗なのね」

「ああ、そういう事だ。それはやるから大事にしろよ」

「………絶対、大事にするから」

 

その日から、赤いビー玉はレイの宝物になった。

 

 

 

「思い出したら、何か恥ずかしくなって来たな」

 

シンジは雑貨店の方を見ながら、頬を少し掻きながら歩いていた。

昔から、レイは虐められていた。

銀髪と赤い瞳のせいだ。

もしかしたら、そのせいで、逆に図太い神経を持ったのかもしれない。

今のレイを見るとそう思わずにはいられなくなるシンジだった。

 

 

 

 

 

シンジは少しずつ記憶を取り戻しながら、商店街を歩く。

ゲームセンター。

本屋。

八百屋。

少しずつではあったが、彼はこの街が自分の故郷である事を認識し始めた。

ただ、完全にそうと理解は出来ないところがあった。

どこかしら、違和感を感じるのだ。

 

「この歳でもうボケか。嫌な人生だな」

 

シンジはそう呟くと、視線を正面に戻した。

すると、そこには毛布にくるまった、おそらく人であろうものが立っていた。

その隙間から見える目は明らかにシンジを捕らえていた。

憎しみの念を込めた視線。

ぞっとするような殺気は感じないが、冷たい汗が流れる。

 

「やっと見付けた………」

「………何だって?」

 

驚く事に、毛布の中から聞こえた声は少女のものだった。

さすがにシンジが一歩引いたのと同時に、少女は毛布を投げ捨てた。

毛布から出てきた少女は、

白いタートルネックのセーターの上に古着みたいなジージャンを着ている。

下は膝が見える短い黒のスカートをはいていた。

何よりも、紅茶色の髪と青い瞳が印象的な少女だった。

 

「アンタだけは許さないから」

「俺としては、お前に恨まれるような事はした覚えがないぞ」

「……あるのよ、こっちには」

 

少女の声が少し低くなったように感じた。

冗談を言っているようではない事は分かった。

ただ、シンジはまったく彼女に覚えがない。

 

「人違いじゃないのか?」

「アンタよ。アンタの顔は死んでも忘れないんだからっ!」

「何回も言ってるけど、俺はおまえの顔にまったく覚えがない」

 

それを聞いても、少女の勢いは止まらないようだった。

少女の青い瞳は上目遣いにシンジを睨む。

シンジは何故かその瞳に懐かしさを感じた。

風景を見ても、懐かしさを感じなかった彼がだ。

 

「もう、許さないっ!覚悟っ!!」

「ぬおっ」

 

シンジはその攻撃を避ける避ける。

少女は力任せにブンブンと手を振り回す。

セリフや雰囲気とは裏腹に、少女の攻撃はひ弱の一言に尽きた。

 

「あぅ、当たらない」

「それにしても弱いな、お前。

それに、こうやって頭を押さえたら俺に届かないんじゃないか、攻撃が」

「うぅ……」

 

その後も激しく攻撃してきたが、一つもシンジには当たらなかった。

しばらくは攻撃も続いたが、バテたのか動かなくなった。

ぜえぜえと肩で息をしている。

 

「許さないんじゃなかったのか?」

「お、お腹が空いてるからよっ!……そうじゃなければ、アンタなんかっ!!」

「そりゃ、残念」

「あぅー、絶対に殴ってやるっ!」

 

少女はフラフラとシンジに近寄ると、そのままシンジの胸に突っ込んだ。

不思議に思って少女を見ようとすると、少女はずるずると地面に座り込んでしまった。

顔を見ると、目が閉じていた。

ホントに気絶するほど、腹が減っていたらしい。

 

「うげぇ………」

 

周りの視線が痛かった。

端から見たら、痴話喧嘩のように見られたかもしれない。

このままこの少女を放って置いたら、警察に通報されてしまうかもしれない。

それに、自分の記憶の鍵になりそうな彼女とここで別れるのは得策ではない。

そうとなったら、やるべきはただ一つ。

この少女を連れ出して、話を聞く事。

それだけだ。

 

「あはは〜」

 

シンジは愛想笑いを浮かべながら、少女を背負う。

周りの視線は未だ痛いが、シンジは少女を背負って商店街から一路自宅へ。

少女はホントに軽くて、いい香りのシャンプーの匂いがした。

 

 

 

彼は彼女が何者かは知らない。

ただ、どこかしら懐かしさを感じたのだ。

もしかしたら、この少女は自分の記憶に何か関係があるかもしれない。

そう思うようになっていた。

 

 

 

こうして、開幕のベルは鳴り、新世紀のおとぎ話の幕が上がる。

キャストは六分儀少年と青い瞳の少女。

未だ彼らは、自分たちの背負った運命を知らない………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED………

 

 

 

 

 

<後書きplusα>

名前出てませんねぇ。

この謎の少女は誰なんでしょう。

想像もつきませんねぇ〜。(バレバレですね?)

この頃、LAS書きである事を疑われ始めてるディッチです。

第1話 『見知らぬ、再会』 お送りしました。

 

シンジの記憶の曖昧さ。

これがこの物語に大きく関わっています。

彼の記憶喪失は外部からの衝撃などではなく、精神的なものです。

ショックな事があって、意識的に記憶を閉じ込めています。

それをこじ開ける事が出来るのが、謎の少女なんです。(バレバレだって)

 

それでは、次回予告、行ってみようっ!!

 

 

 

青い瞳の少女。

その瞳はシンジの記憶の扉をぐらつかせる。

ざわざわする。

思い出せ。

思い出しちゃ、ダメだ。

二つの言葉が頭でぶつかりあう。

少女の目覚めは何を示すのか。

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

次回、第2話 『道しるべ』

「アンタはアタシの道しるべだから」

 

予告には、何の責任も持たない事をここにお断りしておきます。

 


マナ:シンジって、記憶喪失だったんだ。

アスカ:普通記憶喪失物ってさ、自分の記憶を探そうとするのに、ちょっと違うわね。

マナ:アスカが怪しいって前回言ってたのって、その辺りのことね。

アスカ:それよりさぁ、アタシが出て来たのはいいんだけどさぁ。うーん。

マナ:なに悩んでるの?

アスカ:なんだか、どんくさい・・・。(ーー)

マナ:いつものことじゃない。

アスカ:ムッ!(ーー)

マナ:ストーリーにシンジの記憶喪失とか、あなたとかが大きく関わって来るみたいねぇ。

アスカ:まだ、どうなるかアタシにもわからないけどねぇ。

マナ:わかっていることといったら、あの目覚ましは嫌ってことくらいね。

アスカ:あれは・・・酷いわ・・・。

マナ:綾波さん、何考えてるのかしら。(^^;

アスカ:ファーストがわけわかんないのは、いつものことよ。(ーー;
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ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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