青い瞳。

 

吸い込まれそうな深い青。

 

幼い頃を過ごしたはずのこの街には懐かしさを感じないのに、

どうして、あの青い瞳には懐かしさを感じるんだろう。

 

求めている記憶がすぐそばまで、来ているような気がする。

手を伸ばせば届きそうで。

目を凝らせば見えそうで。

一歩踏み出せば触れられそうで。

それでも、それはまた深い心の奥へと消えてしまう。

 

その度に、俺の中で警鐘が鳴る。

 

ガンガンと、頭を叩かれているようだ。

 

 

 

それはいいんだ。

忘れたままの方がいいものなんだよ。

辛いんだ。

忘れたいんだよ、僕が。

 

 

 

お前は誰だよっ!?

 

 

 

僕はキミ。

碇シンジだよ………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Neon Genesis Evangelion

Another Story

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

第2話 『道しるべ』

 

written by ディッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【碇家、玄関】

街中を歩き回ったため、時間は既に夕方になっていた。

女の子を背負ったままのシンジは自宅に戻って来ていた。

この街に戻って来たばかりの彼には、ここ以外に行く場所が思いつかなかったのである。

 

「ただいまーっ!」

 

既に半分ヤケだった。

いきなり女の子を連れて帰って、何を言われるかは分からないが、他にどうしようもない。

玄関入ったところには、レイがいた。

 

「………それ、今晩のおかず?」

「これが食べ物に見えるのか、お前は?」

「………人間?」

 

本当に疲れる。

冗談か本気か分からない。

 

「正真正銘、人間だ。悪いけど、布団を用意してくれないか?」

「……了解」

 

レイは軽く頷くと、二階へと上がって行った。

その様子を見ていると、キッチンからユイが出てきた。

 

「大きなおかず買ってきたのね………」

「あんたらの食事は人間かいっ!?」

「冗談よ」

 

この親にして、あの娘あり。

シンジは自分も同じ親から生まれた事を棚に上げ、そう思った。

彼は思う。

溜め息の吐き過ぎで死んだら、何死と呼ばれるのだろうか、と。

 

 

 

 

 

【碇家、ダイニング】

少女を寝かせた後、シンジは食事をしながら事情を説明する事にした。

説明するも何も、彼自身にもよく分かっていないのだが、

説明しないわけにはいかないだろう。

 

「それで、あの娘はどうしたの?」

「まあ、説明すると長いんだけど………」

「………前置き、いらない」

 

ホントは食事を食いたいのだが、二人の追及は収まらないらしい。

空腹で先程から音をたてている腹を押さえながら、シンジは口を開く。

 

「いきなり襲われて、勝手に気絶した」

「………はしょりすぎ」

 

レイは上目遣いにシンジを睨んでいる。

シンジとて、嘘は言っていないし、はしょってもいないのだが、

確かに、はしょったように聞こえるのかもしれない。

 

「だけど、ホントにそんなもんだぞ。俺はあの娘に見覚えないし、恨まれる覚えもない」

「………多分、襲ったのね」

「あら、シンジ。そういう事は両者の合意の元でやらなくちゃダメよ?」

「そんな事やるかっ!!」

「……どうかしら」

「いつからシンジはそんな子になっちゃったのかしら……。しくしくしく……」

「泣き真似はやめてくれ、母さん」

「あら、ばれちゃった?」

「ばればれだ」

「何だ、残念……」

 

ドガァーーーーンッ!!

今日、何度目か分からないが、溜め息を吐いた時、二階から物凄い音が聞こえた。

シンジの背中には、いやぁ〜な汗が流れていた。

 

 

 

 

 

【碇家二階、空き部屋になっている所】

先程の大音響より、数分前。

その部屋には例の少女が眠っていた。

規則正しい寝息が聞こえる。

空腹ばかりではなく、疲労も溜まっていたのだろう。

かなり深い眠りについているようだった。

 

「………むにゃ、はんばーぐが食べたいよぉ……」

 

……やっぱり、空腹だけかもしれない。

本来は整っている顔も、にへらと崩れている。

もしかしたら、夢の中でハンバーグにありつけたのかもしれない。

口からはだらしなくよだれが垂れていた。

 

「………ん……ここ、どこ?」

 

すると、ハンバーグを食べ終えたのだろうか、彼女は起き上がって、周りを見る。

見覚えの無い景色。

見た事も無い部屋。

彼女は半パニックだった。

 

「わぁーーーっ!どこよぉ、どこよ、ここーーーっ!?」

 

少女は本格的にパニックに陥って、立ち上がった。

真っ暗な部屋の中。

だが、寝起きの彼女にそんな事は分からない。

 

「わぁっ!真っ暗ぁーーーっ!!」

 

出口を求める少女はそのまま壁へ………。

ドガァーーーーンッ!!

顔面から壁に激突していた。

 

 

 

 

 

【そして、現在のその部屋】

シンジたちは少女がいた部屋からの音であると気付き、部屋へと向かった。

ドアを開けて、部屋の電気をつける。

そこには、壁に顔面から突っ込んだ少女の姿があった。

 

「………おい、大丈夫か?」

「………ぁぅ」

「大丈夫のようね」

「………じゃない」

「……お兄ちゃんが拾ってくる女の子だから、只者じゃないとは思っていたわ」

「お前、実の兄を何だと思ってるんだ?」

「……不思議な人」

「ぐあっ」

「大丈夫じゃなぁーーーーーーいっ!!」

 

壁に突っ込んでいた少女はガバっと顔を上げると叫んだ。

その鼻は壁にぶつけたせいで真っ赤になっており、端から見ても凄く痛そうだった。

 

「アンタ、どういうつもりっ!?」

「何がだ?」

「アタシをこんな所に監禁してどうするつもりなのよっ!?」

「いや、監禁はしてないぞ。気絶したお前を寝かしておいただけだ」

「………『そして、油断した隙を狙って襲うつもりだったんだ』」

「人の真似をするな」

「………似てた?」

「そういう事は問題じゃない。今はコイツに現状を把握してもらう方が大切だ」

「………そう、良かったわね」

「はぁ……。もういい………」

「…………」

 

少女はあっけに取られて、二人の顔を見ていた。

自分が質問していたのに、いつの間にか話が違う方向に行っている。

 

「まあ、最初に自己紹介くらいしておくか。俺は六分儀シンジ」

「………碇レイ」

「二人の母親で、碇ユイっていいます。よろしくね」

「…………」

 

既に、少女は話の流れについていけてなかった。

その時、少女はとても大切な事に気付いた。

 

「あぁーーーーーっ!!」

「い、いきなり、大声を出すな。焦るだろ?」

「思い出せないよぅ………」

「何がだ?」

「全部。名前も何もかも………」

「なぬっ」

 

少女は頭を抱えた。

必死になって思い出そうとするが、何も頭に浮かんで来ない。

どうして自分はここにいるのか。

自分の名前は何だったか。

何故、この少年が憎いのか。

全てが消え去っていた。

 

「ど、どうしよぉ………」

「記憶喪失ってやつか」

「………お兄ちゃんと同じで、若年ボケかもしれないわ」

「誰がだっ!」

 

シンジが律儀にツッコミを入れている間にも、少女の顔は真っ青になってきていた。

記憶がない。

これがどんなに大変な事か、普通の人間には分からない。

今までの人生が白紙なのだ。

どんな事をして。

どんな物を食べて。

どんな所で寝たのか。

それらが全て消えているのだ。

自分という存在自体が揺らいでしまうかもしれない。

 

「大丈夫か?」

「…………っ!!」

 

シンジが少女の顔を覗き込むと、彼の顔に右ストレートが炸裂した。

完璧に油断していたシンジは、思いっきりくらってしまった。

少女はシンジと自分の手を見て、不思議そうにしている。

自分でも、何故殴りたくなったか分からないようだ。

 

「て、てめぇっ!いきなり、何しやがるっ!!」

「アンタの顔を見てたらむかついたのよっ!」

「だからって殴るなっ!」

「いいでしょ、アンタが悪いのよっ!」

「何故にっ!?」

 

シンジは物凄い形相で少女に迫るが、少女の方も負けじと睨み返す。

レイとユイは我関せずの立場をとっている。

そうしているうちに、シンジが先に折れて話を進める事にした。

 

「でもな、記憶が無いってのに、何で俺を襲ったんだ?」

「………やられる前にやれ。それは自然の法則」

「レイ、お前には訊いてない」

 

そう訊かれて、少女はシンジに襲い掛かった時と同じような目をする。

先程のように子供のような目ではなかった。

鋭い眼光を持って、何かを秘めた眼差しだった。

 

「何も覚えてないけど、あの時には一つだけ分かる事があったの。

 それが、アンタの顔を見た瞬間に弾けた。………憎いって」

「それで襲って来たってのか?」

「だって………それがアタシの唯一の道しるべなの」

「道しるべ?」

「そうだよ。アンタはアタシの道しるべだから」

「だから殴るのか?」

「うん」

「……凄く、迷惑な道しるべだ」

 

シンジは嫌そうな顔をしながらも、

彼女の瞳を初めて見た時に感じた懐かしさを再び感じていた。

近くにいるのが、寄り添っているのが当たり前のような感覚。

 

「それで、どうするんだ?」

「どうするって?」

「お前は記憶喪失なんだろ?帰る家も分からないじゃないか?」

「あ……」

「忘れてたな……」

「………普通の場合、警察のお世話になるしかないわね」

「い、いやっ!」

「まあ、待て。『普通の場合』と言ったろうが。ちなみに、ここは普通じゃない」

「……それってどういう事?」

「なあ、母さん?」

 

シンジは振り向いて、ユイに返事を求める。

それにユイは微笑んで、一言。

 

「了承」

「これで、問題なし」

「ちょ、ちょっと。どういう事?」

「………これからしばらくは、ここがあなたの家」

「そういう事だ。こんな時だけ察しがいいな、レイ」

「……『こんな時だけ』は余計」

「それってつまり………」

 

少女は救いを求めるように、三人を見る。

言っている事は分かるが、どうしても納得できない。

ちゃんと言って欲しかった。

安心させて欲しかった。

お前はここにいていいんだ。

そう言って欲しかった。

 

「「「ようこそ、碇家へ」」」

 

シンジは仰々しく、胸に手を当てて一礼する。

レイはいつも通り無表情。

ユイは頬に指を当てて、何かを考えている。

少女の目には、それが信じられない物に見えた。

 

「ど、どうして………?」

「俺は記憶喪失の人間を放っておくほど、冷徹な人間じゃない。

 それに、俺はお前と無関係じゃないらしいからな。しょうがないだろ?」

「でも、迷惑かけるかもしれないし………」

「そんな事は当然だ。現に、俺は何回も迷惑かけられてる。

 ただ、迷惑をかけてると思うなら、それ相応の事をしろ。家事を手伝ったり、な」

「………」

 

少女は何故か涙が出そうになった。

どうしてこんなにも優しくしてくれるのだろう。

それが不思議であり、それ以上に嬉しかった。

 

「その前に、一つ困った事があるんだなぁ……」

「何よぅ……」

「お前、名前も思い出せないんだろ?

 いつまでも、名前が無いのは不便だからなぁ……」

「そんな事言ったって、思い出せないものは思い出せないわよぉ……」

「そこで、仮の名前を付けようと思う」

「いいけど、シンジのネーミングセンスって悪そう……」

「失礼な。これでも、前飼ってた犬に『牛タン』と名付けた事もあるほどだぞ」

「やっぱり悪いじゃん」

「う、うるさいっ!そんな事言うやつは、『村人A』で充分だっ!!」

「いやぁーーっ!そんな地味なの、いやぁーーーっ!!」

 

 

 

かくして、記憶喪失の少女『村人A(仮称)』は碇家の一員になったのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED………

 

 

 

 

 

<後書きplusα>

名前が出て来ない………。

非常にマズイんじゃないのかなぁ……。

次で出るはずです。(多分ね……)

第2話 『道しるべ』 お送りしました。

 

記憶喪失の少女。

彼女にとっては、憎いという感情を持つ相手でも道しるべになるわけです。

この憎いという気持ちがどこから来るものなのか、それは後々までの秘密です。

ただ、このシンジを憎む気持ち。

それと、彼女の名前はシンジの過去に深く関わってきます。

次で、名前が出てきて、そのまた次で学校……かな?

 

それでは、次回予告言ってみようっ!!

 

 

 

少女の名前。

それは少年の心に深く刻まれていた名と同じ物だった。

思い出したくない過去。

その扉にかかる錠前の一つが、カチリと音をたてて開いた。

その鍵の名は…………。

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

次回、第3話 『懐かしい名前』

「シンジ、なんて名前じゃなくて良かったぁ〜」

 

予告はあてにしないでください………。

 


マナ:アスカまで記憶喪失だったのぉ?

アスカ:そうみたいね・・・。(^^;

マナ:マナちゃんが、5万円貸してたのくらい覚えてるでしょうねっ!

アスカ:そんなの借りてないわよっ!

マナ:やっぱり、記憶喪失なのね。(・;)

アスカ:うぅ・・・。本当に借りたのかしら・・・。

マナ:じゃ、アスカが世界一我が侭娘で、自己中心的娘で、歩く騒音公害娘だったことも忘れてしまったわけぇ?

アスカ:そんなわけないでしょうがっ!

マナ:だって、シンジのことも忘れちゃってるんでしょ?

アスカ:うぅぅぅぅ。

マナ:わたしとシンジの結婚式には、ぜひ行くわねって言ってたのに。

アスカ:ちょちょっと待ちなさいよっ! そんなこと言ってないわよっ!

マナ:忘れちゃったんでしょ。

アスカ:うぅぅぅぅ。

マナ:美少女コンテストで、わたしに完敗したこともわすれちゃったのねぇぇぇぇぇ。(^O^)

アスカ:やっぱり、あなたの言ってることは、ウソね。(ー。ー)

マナ:どうしてよぉ。

アスカ:どうみても、アタシの方が1万倍かわいいわ。

マナ:記憶喪失になっても、この性格は変わらないのね・・・。
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