目の前の男の子が泣いている。

アタシを助けてくれた、大事な人。

その人が泣いている。

 

一言も喋らずに、

一歩も動かずに、

ずっとずっと、泣いている。

 

アタシはどうしたらいいの?

どうしたら、泣き止んでくれるの?

どうしたら、いつものように笑いかけてくれるの?

 

無力なアタシは、そばについていてやる事しか出来なかった。

 

 

 

どうして、アタシはこんなにも無力なんだろう………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Neon Genesis Evangelion

Another Story

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

第3話 『懐かしい名前』

 

written by ディッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【早朝、『村人A(仮称)』の部屋】

その時間、彼女は夢を見ていた。

どことなく懐かしい雰囲気がある。

もしかしたら、過去の風景かもしれない。

その風景の中には、一人の少年が立っていた。

少年は自分に向かって、力いっぱい手を振る。

彼女はその少年の所まで走って行く。

 

夢の中の、その少年はよく一人の女性の名前を口に出していた。

 

アスカ………惣流アスカ。

 

もしかすると、それは自分の名前なのではないかと、少女は思う。

そう思った瞬間、少女は夢から現実世界に帰還する。

少女は自分の名前と思しきものを手に入れた。

 

「アタシの名前は……惣流アスカ……?」

 

呟くように言うと、何故かその名前は自分にピッタリと合うような気がした。

間違いない。

これは自分の名だ。

彼女の思いは確信に変わった。

 

「これで……。これで、あんな地味な名前から開放されるーーーーーっ!!」

 

正に、心の叫びだった。

 

 

 

 

 

【碇家、ダイニング】

四人は朝食を取っているが、少女は一人ご機嫌だった。

シンジは怪訝な顔で眺めている。

ユイは、まあ、元気そうで良かったわぁと思っている。

レイは、この鮭、おいしいと思っていた。

 

「おい、村人A。なんなんだ、その機嫌の良さそうな顔は?」

「そんな名前で呼ばないでって言ってるでしょっ!」

「そんな事言っても、お前に名前が無い以上、これ以外では呼べないぞ」

「ふふ〜ん、それなら問題解決ね。名前なら、ちゃーんと思い出しちゃったんだから」

「な、何っ!それは本当か、村人Aっ!?」

「だから、その名前で呼ぶなって言ってんでしょっ!!」

「まあまあ、それで、何て名前なの?」

「聞きたい?」

「私は聞きたいわねぇ〜」

「………私も」

「………」

「あれぇ、シンジは聞きたくないの?」

「ぐ……。聞きたい」

「そこまで言われたら教えなくちゃいけないわねぇ〜」

 

少女は何故か仁王立ちになって、シンジの前に立つ。

どうやら、変な名前を付けたシンジに復讐するためらしい。

 

「アタシの名前はアスカ、惣流アスカ。よろしくっ!」

 

その名前にシンジとユイは一瞬ビクっと体を震わせるが、次の瞬間には元に戻っていた。

ただ、ユイは完璧に戻っていたが、シンジの顔にはぎこちなさが残っていた。

アスカはシンジのその様子を見て、自分の名前が可愛いので悔しいのだと勘違いしていた。

 

「悔しいでしょ、シンジ」

「何が?」

「アタシが可愛い名前で」

「そうか?」

「シンジ、なんて名前じゃなくて良かったぁ〜」

「俺もアスカ、なんて名前じゃなくてよかったぁ〜」

「負け惜しみ」

 

名前に勝敗など付けられないのだが、シンジは少し負けた気分になっていた。

そうなると、生来負けず嫌いな彼の事、反撃を試みる事にした。

先程の体の震えは消えていた。

 

「そもそも、名前に勝った負けたなんてないだろ。どこで判断するんだよ?」

「自分がその名前を好きかどうか。アタシはこの名前が大好きだもん」

 

そこまで言われると、答えに詰まる。

シンジとて、自分の名前が嫌いではないが、そこまで好きと言えるほどではない。

 

「ま、負けた………」

「ふふ〜ん。所詮、シンジは負け犬なのよ」

「ぐぐ………」

 

その後も、シンジはアスカにからかわれ続け、結局いつもの口喧嘩になっていた。

 

 

 

 

 

【昼下がりのリビング】

そこで、シンジはソファーに座っていた。

レイとユイは買い物に行っている。

アスカは自分の部屋にいるはずだ。

彼は少し、一人になりたかった。

 

「惣流アスカ………。確か、姉ちゃんも同じ名前だったよなぁ………」

 

確かにその名前は彼にとって、とても重要な意味を持つものだった。

懐かしさと同時に、痛みを伴う響き。

シンジには、痛みの正体は分からなかったが。

その時、アスカが二階から下りて来た。

 

「あれっ?レイとユイママは?」

「買い物だ。何だ、もう腹が減って食い物を漁りに来たのか?」

「そんなんじゃないわよっ!シンジって、サイテー」

「くくっ、冗談だ」

「冗談でも傷付いたっ」

「ははっ、ワリぃ」

「………?」

 

アスカはシンジの様子がおかしい事に気付いた。

いつもの口喧嘩のはずなのに、勢いがない。

普段の彼だったら、自分が悪くても謝ったりしない。

 

「………どうしたの?」

「えっ?」

「元気、無いよ?」

「………そうか?」

「何か、アタシの名前を聞いてからおかしいよ」

「……お前って、結構いい観察眼、持ってるんだな」

「アタシの名前が何かおかしいの?」

「そういうわけじゃない」

 

シンジは必死にいつもの自分を装おうとする。

けど、その姿は苦しそうで、辛そうで、悲しそうだった。

今にも泣き出してしまいそうだった。

 

「………お前の名前が、同じなんだよ」

「おなじ?」

「……ああ、昔、よく遊んだ年上の幼馴染みの姉ちゃんとな」

「今、その人は?」

「……今はいないはずだ。どこに行ったかは覚えてないけど、隣にはいない」

「……でも、何でそんなに悲しそうなの?」

「俺が?」

「うん」

 

そう言われて、初めて気付く。

何故か分からないが、凄く辛い。

アスカ姉ちゃんの話をする事がとても辛い。

それでも思い出そうとすると、記憶の扉の向こう側に行ってしまう。

その事を残念がる自分と、安心する自分とがいる事を、シンジは気付いていた。

 

「………くそっ!」

「シンジ………」

 

シンジは腹立たしかった。

自分の事が分からない。

こんなに惨めな事があるだろうか。

 

「そのお姉ちゃんがどこに行ったか知りたいんだったら、ユイママに聞けばいいじゃん」

「……ダメだ、止めてくれ。聞いちゃいけないような気がするんだ」

「でも、聞いちゃった方が早いよ?」

「……思い出せないという事は、思い出さない方がいいという事かもしれない」

「そうなのかなぁ……」

「そうだ」

「ふ〜ん。あ、そうだ、この前レイが言ってたけどさ、シンジってボケてるの?」

「そうじゃない。所々、記憶が曖昧なだけだ」

「それじゃ、アタシと一緒じゃん。記憶喪失」

「程度が違いすぎるぞ。お前は名前だけじゃないか、覚えてるの」

「でもさ、大切な思い出を無くしてるって事は同じでしょ?」

「………まあな」

 

アスカの無邪気さを見てると、少しだけ気が晴れるのを、シンジは感じていた。

こんなネガティブな考え方は自分らしくないと思う。

 

「そのアタシと同じ名前の人ってさ、どんな人?」

「何だ、興味あるのか?」

「だって、自分と同じ名前の人なんだよ。気になるよ」

「そうだなぁ………」

 

シンジは少し上を見ながら、幼い頃の記憶を呼び覚ます。

それは記憶が曖昧になっている頃よりも昔。

何も悩む必要も無かった頃。

 

「アスカ姉ちゃんは優しい人だった。

こんなひねくれてる俺なんかでも、優しくしてくれた。

今思うと、初恋だったかもしれないな………」

「綺麗だった?」

「ああ、すっごく。綺麗で長い黒髪だった。日本美人ってやつだな」

「ふぅ〜ん、そうなんだ………」

「アスカ姉ちゃんに最後に会ったのは、いつだったかな………」

 

アスカは、『アスカ姉ちゃん』の話をする時のシンジは何故か真面目である事に気付く。

真面目な顔すればカッコいいのにな、と思う反面、ちょっと悔しい気もしていた。

その気持ちが何であるのかには想像すらつかなかったが。

 

「ねえねえ、アタシは?」

「はぁっ?」

「アタシは綺麗?」

「………うーむ」

「むふふ………」

 

シンジは珍しく真面目にアスカを見る。

上から下まで。

これでもかというほど、じっくりと見ていた。

 

「………まあ、お前も黙ってればカワイイかもな」

「ホ、ホント!?」

「鼻を少し高くして、髪形をちょっといじって………」

「うんうん」

「後、目ももう少しぱっちりとして、身長もちょっと欲しいな………」

「それから、それから?」

「それから、出るトコを出して、引っ込むトコを引っ込ませて………」

「う〜ん、そうかぁ………って、殆ど全部じゃないのっ!!」

「うむ、後は骨と内蔵ぐらいしか残ってないな……」

「骨美人とか、内臓美人なんて、嫌よぉっ!!」

「まあ、それも運命だ。諦めろ」

「うぅー、シンジなんて嫌いっ!」

「はははっ」

「笑い事じゃないわよぅっ!!」

 

シンジがからかって、アスカが怒る。

これが二人のスタイルなのかもしれない。

こうしている時が、二人とも一番活き活きしているのだから。

 

「ぐぅ〜、覚えてなさいよっ!

いつかすっごく可愛くなって、シンジを見返すんだからぁっ!!」

「まあ、期待しないで待っててやるよ」

「べぇ〜〜〜〜だっ!!」

「くくっ」

 

アスカは舌を出すと、二階に駆け上がって行った。

シンジはそんな彼女の様子を見ながら、

二階に上がったのを確認すると、ソファーに深く座り込む。

そして、深い溜め息を吐くと、天井を見上げる。

 

「ばぁ〜か。今でも充分なのに、これ以上なんて無理に決まってるだろ?」

 

一人、呟く。

誰に聞かせるでもなく。

ただ、自然と口を突いて出た言葉だった。

 

「………今思い出したけど、アイツの髪と目の色を変えると似てるんだよな」

 

シンジは記憶の中にある、初恋の女性の姿を思い浮かべる。

そして、アスカの顔を………。

確かに、似ていた。

持っている雰囲気は全く違っていたが。

 

「なあ、お前はいったい何者なんだ?」

 

彼の質問に答える者は誰もいない………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED………

 

 

 

 

 

<後書きplusα>

名前がやっと出ました。

惣流アスカ嬢、名前初出です。

なんとなくシンジくんといい感じになっちゃってます。

ここらも伏線ではありますが、生かされるかは甚だ疑問です。

所詮、そんなもんです、僕の技術なんて。

第3話 『懐かしい名前』 お送りしました。

 

青い瞳の少女とシンジの初恋の女性。

二人の『惣流アスカ』

ここらが、物語のキーになってきます。

もちろん、シンジが記憶を閉ざす原因にも、直結してきます。

ちなみに、シンジより記憶がはっきりしているユイがアスカの外見が似ている事に対して、

何の反応も見せなかったのは、元々感情の起伏を表に出さない人だからです。

本当は彼女は最初に見た時点で気付いているはずです。

ここらが、ユイさんの謎な所と考えてください。

多分、彼女がこの物語最大の謎な人物です。

 

うーむ、次は学校ですね。

シンジくん、学校に行くの巻です。

はてさて、どうなることやら。

次回予告、行きます。

 

 

 

転校初日。

シンジが入った教室には、彼のよく知る人間がいた。

俗に言う、幼馴染みというもの。

学校を舞台に、嵐が吹き荒れる。

これまでのシリアスムードぶち壊しの一本。

いいのか、それで?

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

次回、第4話 『学校へ行こうっ!』

「「あぁーーーーーーっ!!」」

 

もしかしたら、次は二部構成か三部構成になるかもしれません………。

 


マナ:ださい名前を思い出したのね。

アスカ:アンタの名前より、よっぽどいい名前よっ!

マナ:だからどういう基準で、名前に良し悪しをつけるのっ。

アスカ:自分が気に入ってるかどうかだって言ってるでしょ。

マナ:それなら、わたしの名前好きよ?

アスカ:”キリシママナ”って、”マ”が2つも重なって言い難い名前じゃん。

マナ:それなら、”ソウリュウ”だって、醤油といい間違えそうじゃないっ!

アスカ:そんなこと言うなら、”マナ”なんだか、生なんだかわかんないわよっ!

マナ:S.A.Lなんて名前だから、サルサルって言われるのよっ!

アスカ:キーーーーーーっ! アンタに名前のことでとやかく言われたくないわよっ!

マナ:わたしだって、言われたくないわっ!

アスカ:よーしっ! どっちがいい名前か、勝負よっ!

マナ:だからどういう基準で、勝負するのよっ!

アスカ:自分が気に入ってるかどうかだって言ってるでしょ。

マナ:それなら、わたしの名前好きよ?

アスカ:”キリシママナ”って、”マ”が2つも重なって言い難い名前じゃん。 : : :
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