小さい頃、私は一匹の傷付いた子狐を拾った。

体中が傷だらけで、今にも死んでしまいそうだったから。

 

私はお母さんに頼み込んで、その狐を手当てしてもらった。

 

数週間後、その狐は傷も塞がり、普通に走れるぐらいまで回復した。

傷が治ったのを見たお母さんは、狐を山に帰そうと言った。

動物というのは、人の近くに居過ぎると、野生に戻れなくなってしまうんだそうだ。

私は凄く泣いたけど、結局、その狐を街の外れにある丘に放す事にした。

ここなら、人もあまり来ないし、狐が住んでいるそうだから、

その狐の元々住んでいた場所の可能性が高いからだ。

 

 

 

その子狐の瞳は、青く輝いて、私をずっとずっと見つめていた……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Neon Genesis Evangelion

Another Story

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

第6話 『風は、哀しみを運ぶ』

 

written by ディッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【夜中、シンジの部屋】

夜。

それは動物が眠る時間。

いかに非常識な行動をとっているシンジとて、生物としての欲求には勝てない。

…という事で、シンジはぐっすりご就寝中である。

 

皆が寝静まっている中、シンジの部屋のドアが開けられる。

犯人はやっと中が見えるぐらい開けると、中を見渡した。

意外に小奇麗なシンジの部屋には、ベッドに彼が眠っているだけだ。

作戦の決行に何の妨げも無い。

 

「あはは……」

「………ん…」

 

黙ってやりゃいいのに、犯人…いや、もういいか。アスカは笑い声を出してしまう。

その笑い声は、少しではあるが、シンジの眠りを覚醒に導く事になった。

 

「寝てる、寝てる……」

「………」

 

シンジは半分寝ぼけた頭で、声の主がアスカだと悟った。

そして、気付かれないようにその方向を見ると、彼女の手には花火が握られていた。

細長い花火、一般にはロケット花火と呼ばれる類の物だ。

 

シンジはそれを見て、一瞬で完璧に目を覚ました。

アスカはそれを使って、自分に何かをするに違いないと気付いたからである。

例え、自分に何もなくても、火を使うのだから危険には違いない。

シンジは覚醒したての頭をフル回転させて、対抗策を練った。

 

「これに火をつけて………。あぅー、上手くできないよぉ……」

「……これしかあるまいな」

 

アスカが手間取っている間に、

シンジはベッドから抜け出して、ドアの近くにまで来ていた。

彼の手には、一冊の本が握られている。

 

「あ、ついた♪」

 

アスカは嬉しそうに火のついたロケット花火を持ち、

ドアの隙間からニョキっと中に差し入れる。

どうやら、発射直前まで手で持っている作戦らしい。

シンジは本を片手に、アスカに見えない位置で待機していた。

 

「今よっ!」

「くっ、フィールド全開っ!」

「ふえっ?」

 

アスカが手を離した瞬間、

シンジはロケット花火の進行方向にATフィールド(定価330円の雑誌)を展開。

当然、その攻撃は行き場を失い暴走。

結果、それはベクトルの方向を180度逆転。

ロケットはアスカへ襲い掛かった。

 

「きゃあーーーーーっ!!」

 

アスカの悲鳴を聞くと、安心したのか、シンジはベッドへと戻って行く。

…だが、敵はまだ死んでいなかったのだ。

アスカはゆらぁ〜っと立つと、シンジの肩を掴んだ。

 

「何ぃっ!直撃のはずだぞっ!!」

「惣流アスカは伊達じゃないのよっ!!」

「アスカめ、やるようになったっ!!」

「今のアンタは隙だらけよっ!これでもくらいなさいっ!!」

「当たらなければ、どうという事はないっ!」

「それなら避けてみなさいっ!」

 

アスカが二発目に火をつけようとしたその時、後ろからライターを掴む手があった。

 

「没収」

「ユ、ユイママ……」

「アスカちゃん」

「ご、ごめんなさい………」

「花火がしたかったの?」

「え、えっと、それはそのぉ……」

「花火がしたいんだったら、言ってちょうだい。悪いようにはしないから、ねっ?」

「………うん」

 

シンジとしてはそうじゃねぇだろとツッコミたいところだが、

アスカも反省しているようだし、何よりも眠いのでベッドに戻って行った。

布団に入り、アスカは懲りないだろうなと思いつつ、まどろんでいった。

 

シンジが慣れたように見えるのは、

これまでも復讐と称して、色々な事をしてきたからである。

シンジにとっては、これは夜の習慣のような物になっていた。

…そのせいで、昼間は授業中、眠くて堪らないが。

 

 

 

 

 

【学校帰り、商店街を歩いている集団】

学校帰り、シンジを含むいつものメンバーは商店街を歩いていた。

ただ、トウジとケンスケの姿は見えない。

二人とも用事があるとかで、先に帰ってしまったようだ。

…だが、この場に相応しくない人物が一人。

紅茶色の髪の少女、アスカである。

 

「…何故、お前がここにいる」

「いいでしょ、シンジには関係ないんだからっ!」

「そうよ、六分儀くん。細かい事は気にしちゃダメよ」

「やっぱり、ヒカリは分かってるわよね〜」

「……お兄ちゃんは細かい」

「シンジくんって細かすぎるよ〜」

「くっ!女ばかりで団結しやがってっ!」

 

シンジはコートのポケットに手を突っ込むと、4人より少し後ろに位置した。

これ以上一緒に歩いていたら、何を言われるか分からない。

そもそも、シンジが顔の割に女性にもてないのは、彼自身、苦手だからだ。女性が。

 

「そしたらね、酷いのよぉ。シンジったら、花火を弾き返して来たんだからっ!」

「女の子に手を上げるなんて最低だよ、シンジくん」

「男の風上にもおけないわね」

「……人間、失格」

「………」

 

シンジはその声が聞こえながらも、なけなしの自制心を総動員して、自分を抑えていた。

言い返したら、四人分で四倍になって返ってきそうだからだ。

そんな事が分からないシンジでもない。

彼は基本的には頭のいい人間だ。

 

 

 

ちくちくと間接的に精神攻撃を受けながら歩いていると、

シンジは後ろに一人の少女がいる事に気付いた。

シンジが振り向くと、そこには長い黒髪の少女が立っていた。

シンプルなデザインの眼鏡が似合っており、

世間一般の感覚で言えば、美少女の部類に入るだろう。

ただ、無表情である事を除けば……であるが。

 

シンジの視線を感じたその少女は、彼に向かって軽く頭を下げる。

今更ながらに気付いたが、少女はシンジたちの学校の制服を着ていた。

ケープのリボンの色は赤。

…という事は、彼女はシンジと同じ学年だという事だ。

 

「……あなたの……お知り合い、でしょうか?」

「…誰がだ?」

「あの……紅茶色の髪の女の子です」

「ああ、確かにアイツは俺の知り合いだ。不本意ながらな」

「そう…ですか」

 

シンジはその少女の声のトーンが少しだけ上がったような気がした。

先程までは完璧な無表情だったのが、少し和らいでいるようにも感じる。

 

「あなたの彼女ですか?」

「はぁっ?……そう、見えるのか?」

「…いえ、見えません」

「びびらせないでくれ。そこで『お似合いですよ』って言われるかと思ったぞ」

「すみません」

 

少女の声は抑揚の無い喋り方だったが、口元には微かに笑みが浮かんでいた。

元が美少女であるのに、無表情だったためにそれが生かされていなかったが、

少しでも表情が加わると、そういう事にはかなり鈍感なシンジでもカワイイと感じた。

 

「なあ、もしかして、アイツの事…アスカっていうんだけどさ、知ってるのか?」

「えっ?」

 

シンジは一つ思っている事があった。

いくらアスカが記憶喪失だとしても、この街にいた事は確かだ。

つまり、多くの人間が集まっているこの学校になら、

彼女を知っている人間がいるのではないか、という事である。

そして、この少女はアスカに何か引っかかるものがあるように感じる。

少なくとも、初対面という感じには見えなかった。

 

「アイツ、記憶喪失なんだよ。だからさ、知ってるんなら……」

「……いえ、初めて見る顔です」

「でも、さっきの様子じゃ……いや、悪かった。責めるような言い方は良くなかったな」

「すみません」

「ああ、こっちこそ引き止めて悪かった」

「いえ……。それでは失礼します」

「ああ、またな……」

 

そう言って、シンジとは逆方向に帰っていく少女。

シンジはぼけーっと、その後姿を見ていたが、ある事に気付いた。

 

「名前、聞いてねぇや………」

「誰の名前を聞いてないのかしら?」

「うおっ!気配を完全に絶って、人の後ろに立たないでくれっ!」

「そんなに焦るって事は、女の子を口説いてたりでもしてたのかしら?」

「そ、そんな事はないぞ……」

 

実際、女の子と話していたシンジはちょびっとだけ焦る。

もちろん、口説いていたわけではないけれど。

 

「わっ、シンジくんが焦ってるよ〜」

「……お兄ちゃん、口説いてたのね」

「俺はそんな事はしてないぞっ!」

「どうかしら………」

「…洞木、お前は俺をどんな人間だと思ってるんだ」

「無意識の内に女の子を口説いている、天性のたらし」

「ぐあっ」

 

女の子が苦手なシンジにとって、その中でも一番苦手なのは、このヒカリである。

今みたいにばっさりと切られると、どうにもできない。

リアクションを返すのも忘れるほどだ。

 

「六分儀くん、そういう事はマナが悲しむからやめてね」

「わっ、何を言ってるんだよ〜」

「どういう事だ?」

「言葉通りよ」

「…いや、分からないから聞いてるんだけど」

「言葉通りよ」

「…まあ、いいか」

「よくないよ〜」

 

マナがシンジの袖を引っ張りながら、何事か抗議しているが、それは彼の耳には入らない。

彼の視線は先程の少女が去って行った方向に向けられていた。

アスカを見ている時に微かに見せた優しい瞳。

あれはシンジの見間違いだったのだろうか。

 

「やっぱり、アスカの事を知ってたんじゃないのかな………。

 まあ、ウチの制服を着てたし、そのうち学校で会う事もあるだろ」

 

 

 

カチリ………

 

 

 

アスカを知っているような素振りを見せた黒髪の少女は、

シンジの記憶の扉にかかる鍵の一つを開けた。

 

哀しい風を纏いし少女。

彼女はシンジと同じ運命をかつて歩んだ者。

 

それは、青き瞳の妖狐に魅入られし者の運命…………。

 

少年は未だ、自分に降りかかりつつある災厄を知らない。

…いや、それは彼にとって災厄足り得るのであろうか。

 

ただ、それと同様の災厄が黒髪の少女に降りかかったという事実は示していた。

 

シンジに吹きつける風は、哀しみを運ぶものである事を………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED………

 

 

 

 

 

<後書きplusα>

うむむ……短いぞ。

やっぱり、シリアスは難しいです。

我慢できなかったので、前半はギャグです。

まあ、今回は伏線を張り巡らすというか、ばら撒くというか、そんな話です。

意外なところが伏線になってるかもしれません。

第6話 『風は、哀しみを運ぶ』 お送りしました。

 

謎の黒髪の少女。

彼女はこの話の最大のキーキャラクターです。

アスカの正体は彼女が話に絡んでくる事で、次第に明らかになっていきます。

シンジの記憶にも間接的に影響を及ぼしていく事になると思いますが…。

 

ただ、彼女が出てくると、どんどん話が進んで終わってしまうので、

再登場はもう少し後になる予定です。

その時に名前の方も大公開という事で……。

分かる人は分かると思いますがね。

ちなみに、オリジナルじゃありませんよ。

れっきとしたエヴァキャラです。

 

あ、途中で某有名ロボットアニメのセリフが出てきますが、気にしないでください。

単なる趣味ですから。

 

さぁて、書き辛い話を書き終えたので、次は書きやすい話にしたいですね。

次回予告、行ってみましょうっ!

 

 

 

見つめ合う二人。

それは物語のクライマックスのようで、何故か悲しげだ。

去っていく少年と、それを止める少女。

少女の目からは涙があふれている。

少年は少女を優しく抱き締めて、耳元で囁く。

それを聞いた少女は、先程とは違う涙を流した。

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

次回、第7話 『恋する時に、輝いて…』

「絶対に迎えに来るから。

その時は二人で一緒に……結婚しよう。だから、それまで………さよなら」

 

次回予告を見ておかしいぞと思ったアナタっ!

次を見れば分かりますから、見捨てないでぇ〜。

 


マナ:部屋で花火するなんて、何考えてるのよっ!

アスカ:お遊びよ。お遊び。

マナ:遊びって・・・家事になったらどうするのよっ。

アスカ:ユイママ怒ってたなぁ。

マナ:本当よ。これに懲りて反省した?

アスカ:うん。

マナ:じゃ、次回からは気をつけることね。

アスカ:うん。今回の反省を生かして、いかにばれないようにするか・・・気をつけないと・・・。

マナ:違うでしょうがっ!

アスカ:ま、花火はいいわよ。最後に出て来たの。あれ、マユミ?

マナ:なんだか、雰囲気が似てるわねぇ。

アスカ:かなり重要人物みたいねぇ。

マナ:うーん・・・。

アスカ:どうしたの?

マナ:前話に比べて、わたし影が薄くなった気がして・・・。(・;)
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