……夢。

 

……夢を見ている。

 

アスカ姉ちゃんがまだ近くにいて、一緒に遊んでいた頃。

『僕』がどんなにひねくれていても、変わらずに接してくれた人。

どんなに悪い事をしても、優しく諭してくれた。

 

「シンジくん、もうこんな事しちゃダメよ?」

 

そんな姉ちゃんの事が、僕は好きだった。

……でも、そんな幸せな日々は長くは続かなくて。

 

 

 

それは今と同じ、雪の積もった冬の日。

僕の目の前で起こった。

 

……そうだよ。

僕の雪の色は『紅い』んだったよな……。

 

 

 

 

 

…場面が変わる。

それは小高い丘。

一本の木の下で、僕は一匹の子狐を抱えて泣いている。

 

全てが終わったように、僕は泣き続ける。

その泣き顔を見て、子狐は僕の顔を舐めた。

僕は、もう何もしたくなかった。

何も………。

 

 

 

そうか……。

アスカの目に見覚えがあると思ったら、あの時の狐の目にそっくりだったんだ。

あの蒼い瞳が………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Neon Genesis Evangelion

Another Story

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

第8話 『チャイルド・パニック』

 

written by ディッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【碇家、食卓にて】

シンジは常々考えていた。

アスカは好き勝手し過ぎじゃないか、と。

昼間も遊び回っているようだし、自分が居候である自覚がなさ過ぎるのでないか。

それに、自分に対する非常識な振る舞いも、一般常識が欠けている事の証である。

社会に出れば、それも少しは改善されるのではないか。

……とまあ、そう考えたわけだ。

 

「……一つ、提案があるんだが」

「……おかずはあげないわ」

「そんな事じゃないっ!」

「何なのよぅ…」

「アスカを働かせたいと思うっ!!」

 

シンジはすっと立ち上がり、左手を机にバンッと叩き付ける。

何故か、右手はどこかに向けて指差していた。

理由よりもカッコ良さを重視するシンジらしい。

 

「嫌っ!」

「何をワガママを」

「アンタだって、働いてないじゃないっ!」

「俺は学校に行ってるからいいのだ。それともなにか?お前も学校に行くか?」

「そ、それは嫌だけど…。アタシだって、手伝いしてるわよ」

「牛乳を頼んで、ヨーグルトを買って来る事がか?」

「アタシはちゃんと買って来たわよぉ……」

「それじゃ、牛乳が帰り道の僅かな時間の間に発酵したとでも言いたいのか?」

「そうよぉ……」

「馬鹿かぁっ!」

 

シンジはアスカに言っても埒があかないと思い、

家長であるユイに決めてもらおうと思った。

 

「それじゃ、母さんに決めてもらうか」

「わぁー、ユイママに聞いたら、一秒で了承されるに決まってるじゃないっ!!」

 

「了承」

 

一秒もかからなかった。

 

「うぅ……。ほらぁ……」

「ふっ、作戦勝ちだな」

「………バカ?」

 

ともかく、アスカはバイトをする事になった。

 

 

 

 

 

【学校、休み時間】

……とまあ、今朝の顛末を皆に話している。

トウジとケンスケはさして興味なさそうに聞いているが、

アスカと仲良くなっているマナとヒカリは心配そうに聞いている。

 

「…それで、どこでバイトする事になったの?」

「いやな、アイツがまともなトコで働けるとは思わないだろ?

 それで、母さんの知り合いがやってる保育園で働く事になったんだ」

「それでいつからなの〜?」

「今日」

「…それはまた……急な話ね」

「人手が足りないらしくてな。猫の手も借りたいほどらしい」

「わぁ、心配だよ〜」

「そうね…。まあ、六分儀くんもでしょ?」

「そ、そんな事はないぞ……」

「そんな事言って……。どうせ、学校が終わったら様子を見に行くつもりだったくせに」

「シンジも素直やないなぁ……」

「くっくっく、なあ、シンジ。実はどう思ってんだ?なあ、なあ」

「くあっ、ケンスケっ!抱きつくなっ!蹴り飛ばすぞっ!!」

 

…と忠告する前からケンスケを蹴り飛ばしているシンジの姿を見て、

マナはシンジの制服の裾を引っ張る。

 

「アスカちゃん、ずるい〜。私も心配してよ〜」

「……お前も脈絡なく俺に絡むな」

 

やっぱり、シンジたちは相変わらずだった。

 

「それじゃ、次の時間の授業が終わったら、行きましょうか」

「…洞木、ちょっと待て。次の授業が終わっても、昼休みだぞ?」

「シンジ、お前、本気で……言うとるんやろなぁ」

「シンジ、昨日のホームルーム、聞いてなかったのか?」

「何だよ?」

「はぁ〜〜。シンジくん、バカだよ〜」

「何っ!お前にバカと言われたら人として失格という事かっ!?」

「何か、ひどい事言われてるよ〜」

「…気のせいだ」

「気のせいじゃないよ〜」

「まあ、それくらいにしておきなさい。

 六分儀くん、今日は半日なのよ。先生たちの会議があるんだって」

「何ぃっ!そうなのかぁっ!!」

「そこまで驚く事でもないだろ」

「いや、いつものリアクションじゃつまらないと思って……」

「変なトコで律儀やな、お前」

 

シンジは皆に溜め息を吐かれた。

その後、話し合った結果、授業が終わったら、皆で行く事に決めた。

何だかんだと言っても、アスカが心配なのだ。シンジは。

 

 

 

 

 

【アスカが働いている保育園】

園児たちは庭で遊んでいるらしい。

その中にアスカの姿もあった。

そもそも、子供たちと遊んでやる事が彼女の仕事のはずなのだが、

贔屓目に見てもそれが出来ているとは思えない。

むしろ、遊ばれているというのが正しい。

 

「あすかちゃんのかみのけきれー」

「そ、そう?」

「うん、きれーだよー」

「ありがと」

 

一人の女の子がアスカの髪の毛を掴みながら、話している。

髪の毛を掴まれているので、複雑なのだろうが、褒められるのは満更でもないらしい。

シンジがそれを見ていると、保育園の園長に話をしに行っていたヒカリが帰ってきた。

 

「入ってもいいらしいわよ……って、あなた何してるの?」

「……見ているだけだが?」

「どうして、コートのフードを被って、

マフラーで口まで隠してるのかを聞いてるんだけど?」

「変装だ」

「………バカね」

「バカだよ〜」

「アホや」

「それはお薦めできないぞ。変質者に間違われたいなら、止めはしないが……」

「………やめる」

 

シンジはマフラーを取り、フードを外した。

そして、シンジが通常の姿になると、

アスカは髪を引っ張られながら、数人の子供に追っかけ回されていた。

 

「何やってんだ、アイツは?」

「あなたもね」

「人の事は言えないよ、シンジくん」

「ぐぅ……寄ってたかって俺を虐めて、楽しいのかっ!」

「ワイはおもろいで。お前のリアクション、良すぎるし」

「うむ、楽しいぞ」

「ちっ、なんて友達甲斐のないやつらだ……」

 

シンジは舌打ちをすると、再びアスカの方を向く。

アスカは子供と一緒にジャングルジムに登っていた。

酷く危な気な気配だ。

そして、そういう時、彼の勘はよく当たる。

 

「あすかちゃーん」

「はいはい」

「あすかちゃん、こっちこっち………わぁーーっ!!」

「危ないっ!!」

「ちっ!言わんこっちゃないっ!!」

 

足を踏み損ねた子供を助けようとして、アスカはその子を抱きかかえる。

今はかろうじて落ちないでいるが、すぐにでも落ちてしまいそうだ。

ハラハラして見ていたシンジは、一目散に走り出した。

……やっぱり心配だったようだ。

シンジとアスカ。

変なところで似ていたりする。

…二人とも天の邪鬼。

 

「あぅ……」

「あすかちゃん……だいじょうぶ?」

「うん、しっかり掴まっててね。大丈夫だから」

「でも……」

 

アスカは心配させないように、女の子に笑ってみせる。

その女の子は心配そうにアスカの顔を見た。

アスカが無理して女の子の体を支えているのは、子供の目から見ても明らかだ。

シンジは全速力で走りながら、コートを脱いだ。

 

「うぅ……」

「あすかちゃん……」

「……っ!」

 

アスカが力尽きてジャングルジムから手が離れるのと、

シンジが脱いだコートを広げて落下地点に入ったのはほぼ同時だった。

アスカは衝撃が来るのを見越して、目をきつく結んだが、

なかなか来るはずの衝撃が来ないので目を開ける。

そこには、普段は見せないようなシンジの優しい顔があった。

 

「………シンジ?」

「おう、感心感心。子供を見を挺して助けるとは見直したぜ」

「……おにいちゃん、だれ?」

「うむ、誰だと思う?」

「あすかちゃんのおにいちゃん?」

「違うわよぅっ!」

「こんなのが妹じゃ、おちおち夜も眠れないぞ」

「世間一般だったら、アタシに妹になって欲しいって人がいっぱいいるわよっ!」

「自分を知らないってのは、ある意味幸せだなぁ……」

「くぅー、悔しいっ!」

 

シンジが広げたコートの上で、アスカがシンジに罵声を浴びせている。

そのまた上で、女の子が二人のやり取りを不思議そうに眺めている。

他の皆も追いついて、アスカはやっとそれに気付いた。

 

「あーっ!マナもヒカリも来てくれたんだーっ!」

「アスカちゃん、大丈夫〜?」

「うん、大丈夫。……あれ?どうして、アタシは無事なわけ?」

「六分儀くんに抱かれてるからよ」

「そうだぞ。俺がお前を抱いてるからだ」

「わぁーーっ!早く下ろしなさいよぉっ!」

「うーん、お前って結構軽いんだな……」

「な、何、重さを確かめてるのよぉーーっ!」

「いや、今後のためにな…」

「何のためよぅっ!」

「何って、お前……。それを聞くのか?」

「下ろしなさいっ!!」

「ぐあっ」

 

アスカの必殺右ストレートが決まって、シンジはやっとアスカを下ろした。

アスカはブツブツ言いながら、女の子を下ろした。

その顔が赤くなっているのはご愛嬌。

 

「いつつ……んっ?」

「………」

「どうした、少年よ」

「………あそんで」

「よかろう。何で遊ぶ?」

「なんでもいい」

「よし、それならば、今までに味わった事がないほどの肩車をしてやる」

「うんっ」

「うしっ、乗れ」

 

シンジがしゃがむと、男の子はシンジ首にまたがる。

乗ったのを確認すると、シンジは立ち上がり、ニヤリと笑った。

 

「はぁーはっはっはっ!出陣だぁっ!!」

「おぉーーーっ!!」

 

掛け声とともに、シンジと男の子のコンビは庭を駆け回り始めた。

全速力で、園児がいっぱいいる中を駆け抜けた。

 

「ひゃっほぅっ!!」

「すごいよ、おにいちゃん」

「ははっ、やるならこれくらいはやらんとなぁっ!!」

 

シンジはどうでもいい事に一生懸命だ。

それは肩車といえど、例外ではない。

 

「ねえ、あすかちゃん。すごいね、あのおにいちゃん」

「馬鹿なだけよ」

「すきなんでしょ?」

「なっ!」

「おかあさんが、けんかするほどなかがいいっていってたよ?」

「そ、それは………」

「あすかちゃんがきらいなら、わたしがあのおにいちゃんとけっこんする〜」

「わっわっ、待ってよぅ」

 

男の子を乗せ、園内を爆走中だったシンジは、

物珍しさで集まってきた子供たちを引き連れて、大人数の団体を作っていた。

その先頭に位置するシンジの傍に先程の女の子が駆け寄ってきた。

 

「おにいちゃんっ!」

「ああ、さっきの少女か」

「ねえ、おにいちゃん。わたしとけっこんしてっ!」

「おっ、俺に目をつけるとは、なかなか将来有望だな」

「ねえ、ダメ?」

「そうだな……。後、十五年したら、考えてやってもいいぞ」

「そしたら、けっこんしてくれるの?」

「その時、お前に相手がいなかったらな」

「わぁーい」

 

女の子が喜んでいる姿を横目に、シンジは男の子をその場に下ろす。

女の子を追ってきたアスカを見かけると、

シンジはさっき助けた時と同じような笑みを向ける。

全てを包むような、そんな笑みを。

 

「おい、アスカ。そろそろ、お前も上がりの時間だろ?

 園長先生に挨拶して来いよ。待ってやるから、一緒に帰るぞ」

「えっ………あ、うんっ」

 

何故かシンジにつられて園児と遊んでいたヒカリたちも、

ようやく開放されてシンジのところに集まってくる。

マナはどこかふて腐れていた。

 

「シンジくん、アスカちゃんに優しいよ………。すっごく怪しい〜」

「何だ?お前も優しくされたいのか?」

「………別にいいもんっ!」

「何で、拗ねてんだ………?」

 

相変わらず、シンジは最強の鈍感だった。

 

 

 

 

 

【帰り道】

皆と別れたシンジとアスカは一緒に帰っていた。

アスカは何故か気になっていた。

女の子とシンジの会話が。

普通の人間なら、あれは冗談だと分かるのだが、生憎アスカは普通じゃなかった。

 

「ねえ、シンジ……」

「何だ?」

「十五年したら、結婚するの?」

「はぁっ?さっきの話か?」

「うん……」

「あれは冗談…というか、あれくらいの小さな子を煙に巻く一つの手段だ。

 きっぱりと断ったりしても、傷付くからな、あれくらいの子は………」

「そうなんだぁ……」

「…ったく、変な奴」

「何よぅ…」

「いや、別に」

 

アスカはどこか嬉しそうに歩く。

シンジも少し居心地の良さを感じていた。

遥か昔に感じた事のあるような、そんな感じだった。

 

「今日の晩御飯はハンバーグがいいなぁ〜」

「お前はいつもハンバーグがいいんだろ?」

「だって好きだもん」

「まあ、その内、肉の食いすぎで太ると思うけどな」

「あぅー、そんなこと……ない……あれっ?」

「お、おいっ!」

 

会話の途中で、アスカの体がグラリと崩れる。

シンジが咄嗟に支えなければ、倒れていただろう。

支えたその手には、異常なほどの熱が感じられた。

 

「……大丈夫よぅ」

「そうか?」

「なめないでよ。アスカなのよ、アタシっ!」

「いや、それは知ってるが…。まあ、自分で大丈夫ならいいんだ」

「……でも」

「んっ?」

「ちょっと疲れたかも。だから……おんぶしてっ!」

「………はぁ。分かったよ、ほれ」

「わぁ〜〜い」

「お前、幼稚園生並だな、おつむが」

「うっさいわね……」

 

シンジはアスカを背負うと、やはりその軽さにびっくりする。

こんな時は、彼女が女である事を再認識させられる。

背中に当たる柔らかさで、ちょっとだけドキドキしているのは、彼だけの秘密だ。

 

「……やっぱり役に立ったな」

「何がよぉ……?」

「お前の重さを確かめといて」

「………ばかぁ」

 

シンジは背中に人の温もりを感じながら、ただ、この生活が続けばいいと思った。

それはささやかな、彼の本当の想い。

 

 

 

……だが、破滅の足音は以前よりも大きな音を立てて、彼に近づいていた。

 

 

 

たった一人。

その一人を除けば、誰もその足音には気付いていなかったが………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED………

 

 

 

 

 

<後書きplusα>

うおっ、このシリーズ最長記録。

一番長いですよ、この話。

何か、物語が展開し始めましたね。

今回、要チェックです。

第8話 『チャイルド・パニック』 お送りしました。

 

アスカが少しずつシンジを意識し始めています。

彼女自身は、その気持ちに気付いていませんが。

そして、シンジの方も、どこかアスカに惹かれている自分に気付いています。

さあ、これからどうなるんでしょう。

 

今回ばかりは次の展開を決めるのが難しいんですが、一応恒例なんで、次回予告をします。

 

 

 

少しずつ何かによって蝕まれてゆくアスカの体。

シンジは再び、あの黒髪の少女と出会う。

彼女の話は、シンジの中にあった疑問に対しての答えになり得るものだった。

だが、それは同時に破滅を示すものでもあった。

だから、シンジは………。

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

次回、第9話 『せいもくの丘と、黒髪の少女』

「山岸です。山岸マユミといいます」

 

いよいよ、物語も佳境に突入。

ギャグもどんどん少なく………なるの?

 


マナ:なんだか、前回に続いて嫌な展開ねぇ。

アスカ:なにがよ?

マナ:わたしをさしおいて、やけにラブラブ度が上がってるんじゃない?

アスカ:所詮アンタは脇役なのよ。脇役ぅ。

マナ:はぁ。わたしも控え目にしてないで、もっと押してくれたらいいのに・・・。

アスカ:どうでもいいけどさ。アタシが保母さんするとは思わなかったわ。

マナ:なんか、どんくさい保母さんだったわねぇ。

アスカ:子供を助ける為に必死だったのよ。

マナ:ま、結構頑張ってるみたいだし、いいアスカお姉さんになれるわ。

アスカ:もう1人のアスカお姉さんも、こんな感じだったのかしら?

マナ:アスカと同じなわけないでしょ。

アスカ:どうして?

マナ:アスカと一緒じゃ人生おしまいよ。

アスカ:なんですってーっ! (ドガッ! グシャッ! バキバキッ!)(ーー#

マナ:うーーーー。久しぶりにやられちゃったかも・・・。(TT)
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