俺は走る。

失いたくないから。

もう二度と、あんな思いをするのはごめんだから。

 

大切な人が苦しむのを見ているだけなんて、そんなのは嫌だ。

 

あの日…。

俺が何重もの鍵を掛けて、封印していた記憶の扉。

その中にあった物は哀しみ。

目の前で、消えていく命の炎。

 

「シンジくん、危ないっ!」

「わっ、アスカ姉ちゃんっ!!」

 

物凄いスピードで向かって来る車。

俺を押しのけた、アスカ姉ちゃん。

転がって、壁に叩きつけられた俺が頭を上げて最初に見たのは、『紅い』雪だった。

それは血。

大好きだったアスカ姉ちゃんを中心にして広がっていく『紅い』ジュータン。

急激に弱まっていく命の光。

 

 

 

無力な子供でしかなかった俺には、その場で呆然としているしかなかった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Neon Genesis Evangelion

Another Story

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

第10話 『丘に吹く風に乗せて…』

 

written by ディッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【学校から随分と遠く。『せいもくの丘』へと向かう道の途中】

シンジは走っていた。

アスカがいなくなったと聞いた時、居場所は一つしか考えられなかった。

シンジとアスカが本当に初めて出会った場所。

『せいもくの丘』

 

「はぁっ、はぁっ………」

 

学校からここまで、殆ど全力疾走だ。

運動神経は悪くないが、さすがにずっと走っていられるほど、体力があるわけではない。

だが、彼はその足を止めなかった。

…いや、止められなかった。

昔、彼は最愛の人を目の前で失った。

その時、彼自身は何も出来なかった。

ただ、呆然としているだけ……。

 

「……今度はっ!今度は、見てるだけじゃないんだっ!!」

 

彼は成長し、自分で大地を踏みしめて立っている。

だから、今度こそ……。

今度こそは、後悔しないように……。

奇跡を起こすのは、神様でも仏様でも無い事を、彼は知っている。

事実、あの時、神様は助けてくれなかったのだから。

 

―――だけど、今度だけは……。神様、あの子を、あの子の想い人を助けて……―――

 

……それは誰の言葉だったのだろう。

 

 

 

 

 

【学校、教室】

昼休みも終わりになろうかという頃、シンジはマナに鞄を預けて、早退した。

マナは自分の机にかかっている二つの鞄の内、シンジの物を見る。

彼女はそれを見ると、少しだけ涙ぐむ。

自分の想いが、彼には届かないであろう事が分かったから。

昔もそうだった。

彼女にとって、理想の女性像であった『アスカお姉ちゃん』。

同時に、彼女にとっては、憎悪の対象でもあったのだ。

 

―――シンジくんを連れて行かないでっ!―――

 

もしかしたら、自分はアスカお姉ちゃんがいなくなって喜んでいたのかもしれない。

 

「……嫌な女の子だ、私。最低だよ………」

 

彼女の呟きは泡となって消える。

そして、想いは空へ……。

 

 

 

 

 

【街の外れ、『せいもくの丘』】

シンジは今、その場所に立っている。

街から森に入り、そこを抜けた場所にその丘はあった。

冬でも枯れない一面の緑のジュータン。

そして、一本の木。

 

「アスカぁーーーーっ!!」

 

思わずシンジは叫んでいた。

迷いは無い。

アスカの姿が見えなくなったのなら、ここに来たと考える他ない。

ここは、アスカの生まれた場所なのだから……。

 

「キミが彼女の『適格者』なのかな……?」

「!!」

 

シンジはふいに後ろから声を掛けられ、ビクっとする。

振り返ると、そこには銀髪と赤い瞳を持った少年が立っていた。

見た目は普通の人間だが、シンジには本能的に察していた。

コイツはアスカと『同じ』だ……と。

 

「お前、狐だろ?」

「……凄いね。どうして分かったんだい?」

「直感的に感じ取ったり、判断したりする心の働き。……一言で言えば、勘だ」

「面白い人だね、キミは。好意に値するよ」

「俺にはそんな趣味は無い。悪いが諦めてくれ」

「……ノリが悪いねぇ」

 

銀髪の少年は微笑みを崩さないまま、木の袂を指差す。

シンジは不思議に思って、そこを見る。

アスカが木に寄りかかって眠っていた。

 

「………アスカっ!」

「ちょっとストップ」

「ぐあっ」

 

少年はシンジのコートのフードを掴む。

必然的にシンジは呼吸が苦しくなり、立ち止まった。

 

「…何をする」

「話が終わってないんだよ。それまでは、キミを彼女の所に行かせるわけにはいかないんだ」

「それなら、早くしろ。俺はせっかちだから、モタモタしてるのは嫌いだ」

「ふふっ、それなら、回りくどい事は止めようか………」

「ああ、そうしてくれ」

 

シンジは黒い瞳に強い光を灯す。

今の彼を止める事は何人たりとも出来ない。

そう思わせるほどの意志の強さをその瞳に映していた。

 

「キミは彼女が何者か分かっているのかな?」

「ああ、もちろん。アイツは昔、俺がここで見つけた傷付いた狐だ」

「……それが分かっているのなら、何故、キミは彼女をそこまで想う?」

「そんなのは関係ない。アイツは俺にとっては『惣流アスカ』という一人の女の子だ」

「彼女がキミに災いを齎す、伝説の妖狐でもかい?」

「関係ないね。いくら災いが降りかかろうとも、アイツが俺の隣にいれば、それで充分なんだよ」

「………ふぅ」

 

少年は一つ溜め息を吐くと、首を振る。

理解出来ないという風だった。

しかし、その顔には羨ましそうな表情も伺えた。

 

「分かったよ。彼女はキミに返そう」

「もちろん、そうさせてもらう。アイツは俺のもんだからな」

「おっ、大きく出たねぇ……」

 

少年は初めて外見の年齢相応な表情を見せる。

だが、次の瞬間には表情を引き締めて、再度シンジに問う。

 

「……キミの名前を聞いてもいいかい?」

「六分儀シンジ」

「そうか、シンジくん、いい名前だね。僕はカヲル。渚カヲル」

「……ふ〜ん」

「シンジくん、最後にキミに尋ねたい。キミは彼女に残された時間が少ない事は知っているね?これから、どうするつもりだい?」

「何をするも何も、俺は今まで通り、コイツと生活をするだけだ。何も変わらない」

「彼女は消えてしまうのに、キミは平気なのかい?」

「消えると決まったわけじゃない」

 

シンジはアスカの方へ向かう足を止めて、言う。

その瞳は先程までと同様に、迷いの色は全く見えなかった。

 

「決まってるんだよ。それは昔から、決まってる事なんだ」

「……物事には必ずイレギュラーという物が存在する。アスカにはそのイレギュラーになってもらうさ」

「諦めたまえ、それは無理なんだ」

「俺は………」

 

シンジは握った拳から血が出るほど、その手に力を入れた。

心にあるほんの少しの迷いさえも外に出してしまうかのように。

 

「俺は絶対に諦めねぇぞっ!馬鹿だからっ!砂山が何度崩されても、また砂を盛るんだよ。子供みたいになっ!!」

「………強いね、キミは」

「ふんっ」

 

シンジは両の手の平から血が出るのも構わず、アスカが眠る木のふもとまで来た。

アスカの顔をまじまじと眺める。

 

「アスカ、俺は多分、お前の事が好きなんだと思う。だからな、俺は絶対に諦めねぇぞ」

 

シンジは屈むと、アスカの前髪を軽く払う。

そして、意を決して彼女の唇を奪う。

それは誓い。

これからどうなろうとも、アスカのそばに居続ける。

そのための彼の誓いの儀式。

 

「……さあ、帰るか」

「………ぅ」

 

アスカは少し反応したようだが、まだ眠っていた。

それは小さな子供のようで、安らかな顔だった。

 

「……んしょっ」

 

アスカを背中に乗せると、やはり軽いと実感する。

彼女の髪が、シンジの頬にかかった。

何故か、その髪はお日様の匂いがした。

 

「なあ、お前はどうして俺に会いに来たんだ?

アスカ姉ちゃんが死んで、俺が悲しんでたから、慰めに来てくれたのか?

それとも、お前をここに置き去りにした事を恨んでいるのか?」

 

シンジが初めて会った時、アスカはシンジを『憎い』と言った。

おそらく、彼女がシンジの前に現れたのは、シンジが挙げた両方の理由からだろう。

だから、憎いし、同時にいとおしいとも思うのだろう。

 

「……しんじぃ……」

「んっ?」

「……どこにも……いかないでぇ……」

「寝言……か?」

 

シンジはアスカを担いだまま、家路に着く。

その後ろ姿をカヲルはじーっと眺めていた。

どこか羨ましそうな顔で。

 

「……シンジくんのように強引なほどの想いの強さがあれば、僕たちは離れ離れになる事は無かったのかもしれないね、マユミちゃん」

 

それは誰に言うでもない。

ただ、空を眺めながら、ポツリと呟いた言葉だった。

誰に聞かれる事もなく、消えていった。

 

「………判断は神の手に委ねられた、か」

 

カヲルの髪と瞳の色は点滅するように、光っていた。

髪は銀と紅茶色。

瞳は赤と青。

そして、彼の姿はどこともなく、消えていった。

さも、最初からいなかったかのように………。

 

 

 

…ただ、カヲルは知らない。

シンジが最愛の姉を失ったあの日から、神という存在を否定し続けている事を………。

 

 

 

かくして、新世紀のおとぎ話はその最終章に近づきつつあった。

その最後のページにあるのは希望か絶望か………。

登場人物たる、彼らには預かり知らぬ事であった………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED………

 

 

 

 

 

<後書きplusα>

スピードだけは上がって来ました。

はやくも公開です。

第10話 『丘に吹く風に乗せて…』 お送りしました。

 

既に話は終盤に入り、風呂敷をたたみ始めています。

広げすぎて回収できない感がありますが、そこらへんはご勘弁。

僕もこれがいっぱいいっぱいですから。

シリアスすぎて、書く事が無いですよ、ここ。

次回予告、行きますか……。

 

 

 

急速に人間らしさを失っていくアスカ。

それを見守り続けるシンジ。

悲しいけど、穏やかな日々。

そして、彼女はシンジに最後の願いを伝える。

それは、彼女がずっと憧れ続けてきたもの……。

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

次回、第11話 『二人だけの結婚式』

「しんじとけっこん………したい」

 

次回、大盛り上がり………になってください。

俺は自信が無いです……。

 


マナ:わたしの想いは届かないのね・・・。

アスカ:アンタの想いどころじゃないわよっ! アタシが死んじゃいそうよっ!

マナ:いよいよクライマックスって感じねぇ。

アスカ:死んでエンディングなんてことないでしょうねぇ・・・。

マナ:悲劇のヒロイン・・・悲しい結末。泣けるじゃない。

アスカ:そんなのイヤーーーーーっ!

マナ:でもさ、シンジが助けに行ったじゃない。

アスカ:カヲルの奴がなんか変なこと言ってるし・・・。(ーー)

マナ:何事にも、イレギュラーは存在するんじゃないの?

アスカ:それならいいんだけど・・・。心配。

マナ:大丈夫よ。

アスカ:どうして言い切れるのよ?

マナ:あなたの存在時代がイレギュラーなんだから。

アスカ:ちょとっ!(ーー)
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