俺が一番辛い時、ずっとそばで見守ってくれた狐。

 

青い、無垢な瞳で、俺を見守り続けた。

 

その狐は今、ここにいる。

 

惣流アスカという、一人の女の子になって。

 

俺の一番近くに。

 

けど………

 

 

 

それは一瞬の奇跡なのだろうか………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Neon Genesis Evangelion

Another Story

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

第11話 『二人だけの結婚式』

 

written by ディッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【青空の広がる、せいもくの丘。強い風の中で】

見渡す限りの草原。

大きな木が一本だけ。

その中で、動く物体が二つ。

 

一つは少女。

頭には、純白のヴェール。

それを飛ばされないように、右手で押さえている。

 

もう一つは少年。

先程の少女の真正面に立っている。

その顔には、笑顔。

 

……そうだ。

悲しいわけがない。

今、嬉しいはずなんだから。

 

「そろそろ始めるか」

 

少年は少女の横に来た。

少女はその無垢な瞳で、少年を見つめる。

その瞳には、一つの意志が強く植え付けられている。

 

「………うん」

 

少女は、言葉を忘れてしまったかのように、考えてから答えた。

 

「俺たちの……」「アタシたちの……」

 

二人は向かい合って、同じ様子で一つの言葉を紡いでいく。

 

「「……結婚式」」

 

そう。

今日、この日は、彼らが家族になる大切な日。

 

………悲しいはずなど、ないのだ。

 

 

 

 

 

【時間は遡り、その日の午前中】

せいもくの丘から帰って数日。

アスカは更に人間らしさを失っていく。

書いてある言葉など、殆ど読めない。

でも、シンジにとって、そんな事はさしたる問題ではない。

丘で、カヲルに言った通り、彼の幸せはアスカとともにいる事なのだから。

 

「……ねえ、シンジ。………読んで」

「おう、これか。お前、これ、好きだよなぁ………」

 

拙い喋り方で、シンジに手渡した本。

題名は『恋する時に、輝いて…』。

ずっと前に、シンジも読んだマンガだった。

 

「絶対に迎えに来るから。その時は二人で一緒に……結婚しよう」

「………」

 

このセリフには本来、続きがある。

『だから、それまで………さよなら』

シンジには言えなかった。

それを口に出してしまうと、全てが無くなってしまうような気がしたから。

全てが崩れ去ってしまうような気がしたから………。

 

「………したい」

「んっ?何だ?」

「しんじとけっこん………したい」

 

一生懸命、言葉をひねり出した。

もう、彼女は喋る事すら、困難である。

それほどまでに、この言葉には重みがある。

 

「シンジと……結婚したい。そうしたら、ずっと一緒にいられるよね?」

「………そう、だな」

「………だからっ」

「ああ、しようか。結婚しよう」

 

今度のアスカの言葉には、淀みが無かった。

はっきりとした口調で、しっかりと自分の意志を出していた。

彼女の青い瞳に、シンジ以外のものは映らない。

 

 

 

シンジはアスカを連れて、階段を降りる。

リビングには、今日は休みなので、ユイとレイが一緒にテレビを見ていた。

二人ともアスカの異変に気付いている。

それでも何も言わないのは、彼女らなりの優しさなのだろう。

 

「母さん」

「あら、シンジ。おでかけ?」

「ああ、ちょっとな。丘に行って、アスカと結婚して来る」

「了承」

「……だそうだ。アスカ、今日からはこの人はお前の母親でもあるんだぞ」

「……うん」

「アスカ、帰ってきたら、ご馳走用意して待ってるからね」

「うん、お母さん………」

 

アスカがそう言うと、いつもは表情一つ変えないユイの顔がくしゃっと歪む。

顔を背けると、部屋の奥の方に走って行ってしまった。

そこに残されたのは、シンジとアスカと、レイ。

すると、レイはアスカの手を握った。

アスカの手には、赤いビー玉。

シンジがレイに買ってあげた宝物だった。

 

「これ、あげるから………」

「………うん」

 

アスカにはレイの意図が分からなかったが、多分、これは大切な物なのだろうと思った。

だから、嬉しかった。

アスカはレイに笑いかける。

言葉を上手く話せなくなったアスカにとって、感情を表すには顔に出すしかなかった。

その意図を読んだのか、レイも笑顔をアスカに向ける。

その赤い瞳には、微かに涙が浮かんでいた。

 

分かっているのだ。

どれだけのご馳走が待っていても、アスカはこの家には帰ってこないという事を………。

 

 

 

 

 

【時間は再び現在へ】

シンジは学生だ。

ウェディングドレスなど手が届くはずもない。

結局、手持で買えるのはヴェールだけだった。

それをアスカの頭に乗せると、彼女は右手でそれを押さえた。

シンジは一瞬、見惚れていた。

ヴェールの白が彼女を見事に彩っていた。

 

「俺はキリスト教徒じゃないから、適当でいくぞ」

 

シンジはそう言うと、うろ覚えなキリスト教式の誓いの言葉を言い挙げていく。

二人が「誓います」と言った所で、シンジはアスカの方を振り返る。

 

「………では、誓いの口付けを」

 

シンジがそう言うと、アスカは少し上を向いて、目を閉じる。

シンジも目を閉じ、彼女のヴェールを少し上げ、唇を重ねた。

 

今日、この日を持って、彼らは夫婦となり、家族となった。

 

「シンジ………」

「ああ、ずっと一緒だ」

 

シンジはアスカの肩を抱き寄せる。

既に力の殆どを失っているアスカは抵抗もしなかった。

……まあ、力があっても抵抗はしなかっただろうが。

 

 

 

しばらく、二人は肩を寄せ合い、じっとしていた。

するとその時、突然強い風が二人を襲う。

その気まぐれな風は、アスカの頭からヴェールを吹き飛ばしてしまった。

 

「あ………」

「別にいい。あれが無くても、お前は俺のお嫁さんだからな」

「………うん。およめさん」

「そうだ………」

 

泣きそうになったアスカだったが、シンジの言葉を聞き、笑顔が戻る。

シンジも笑い、ちょっと上を向いた。

その額に水が落ちる。

雨だった。

 

「晴れてるのに………雨?」

 

そう。

上空には、雲一つ無い。

完璧な快晴だ。

そこに雨が降る。

不思議だった。

 

「…………ははっ」

 

こういった現象は『天気雨』だとか言う事もあるが、一つ、ユニークな名前がある。

 

『狐の嫁入り』

 

『天気雨』の事をこう呼ぶ事がある。

シンジが笑ったのもそのせいだ。

 

「狐の嫁入りって事は、神様にも認められたのかもな、俺たち」

 

シンジは自分で言って、苦笑する。

初恋の女性を失って、神の存在を否定した自分が再び神を会話に出す事に違和感を感じたためだ。

でも、そう言いたかったのだ。

そして、その時、彼は神の存在を信じてもいいと思った。

 

 

 

 

 

しばらく上を向いていたシンジは、ふと、アスカに視線を戻す。

彼女はその目を閉じていた。

 

「………あすか?」

 

その呼びかけには答えない。

すると、彼女の体から重みが消える。

すぅっとアスカの体が空中に浮いた。

その体は、薄っすらと青い光に包まれていた。

 

「………うそだろ?」

 

シンジはアスカに向かって手を伸ばす。

だが、その手は虚しく空を切った。

 

「……行くなよっ!俺はまだ、お前としたい事が山ほどあるんだよっ!」

 

シンジは叫ぶ。

 

「春になって、公園に桜を見に行くんだっ!」

 

シンジは叫ぶ。

 

「夏になって、海に泳ぎに行くんだっ!」

 

シンジは叫ぶ。

 

「秋になって、落ち葉にまみれて、疲れて動けなくなるくらい遊ぶんだっ!」

 

シンジは叫ぶ。

 

「……それで、また冬になって、雪で遊んで………」

 

シンジは叫ぶ。

 

「そうだろ?お前は俺の……家族になったんだっ!ずっとずっと一緒にいるって、そう……約束しただろっ!!」

 

シンジは叫ぶ。

 

「だから………だからっ!!」

 

シンジは叫ぶ。

 

「お願いだから……アスカを連れて行かないでくれっ!もう二度と、大切な人を目の前で失うのは嫌なんだよっ!!」

 

……シンジは叫ぶ。

 

 

 

シンジはそこまで言い切ると、その場にへたり込む。

そして、地面を握り締めた手で殴る。

好きな女の子も助けられない。

そんな自分に絶望して………。

 

 

 

―――……心配しないで―――

 

シンジの頭に直接、声が響く。

 

「アスカっ!」

 

聞き間違えるはずがない。

アスカの声だった。

 

―――絶対戻ってくるから……―――

 

シンジは目を瞑る。

彼女の声を聞き漏らさないように。

 

―――だから、それまで、シンジはアタシを好きでいてくれるよね?―――

 

「当たり前だ。お前は俺の嫁さんだからな」

 

シンジはわざとぶっきらぼうに言う。

それが一番正しい。

……そんな気がしたから。

 

―――うん。アタシはシンジのお嫁さん。だからね、絶対にシンジの所に戻ってくるから―――

 

「そん時は、今度こそウェディングドレスを着せてやるからなっ!」

 

―――楽しみにしてるから―――

 

「ああ、だからちょっとだけだな」

 

―――うん。ちょっとだけ離れるだけ―――

 

シンジはそれには答えずに、首を縦に振るだけだった。

それっきり、アスカの声はしなくなった。

 

 

 

別れの言葉は無い。

これは別れではないから。

だから、いらないんだ。

 

「さよなら…なんて、いらないんだよ」

 

マンガのセリフの最後の部分。

 

『だから、それまで………さよなら』

 

シンジはそのセリフが絶対に許せない。

 

 

 

―――絶対に大丈夫―――

 

 

 

そう、最後のシンジに呼びかけた声の主は誰だったろう………。

シンジはそれが誰か、分からない。

 

 

 

彼の足元には赤いビー玉が一つ。

それは、全てを知っているかのように、いつまでも輝き続けていた………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED………

 

 

 

 

 

<後書きplusα>

言い訳はございません。

確か、前半の方で『ああ』はならないと申しました。

これが『ああ』な形です。

これ以外の決着のつけ方が思いつきませんでした。

すみません。

第11話 『二人だけの結婚式』 お送りしました。

 

もう、書く事、無いですねぇ……。

次回予告、やりましょう。

 

 

 

消えたアスカ。

それは何を示しているのか。

終わり?

それとも始まり?

ただ、物語の幕が降りていない事だけは確かだった。

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

次回、第12話 『願い事、一つだけ』

「私……言えなかったけど、ずっと、シンジくんの事……好きだったよ」

 

俺、大丈夫?

次回予告って、自分の首を絞めてるような気がする……。

 


アスカ:どうなってんのよっ! この展開はぁぁぁっ!!!!!

マナ:うぅぅ・・・悲しいエンディングね。(泣)

アスカ:まだ終わってなーーーーーーいっ!

マナ:後のシンジのことは、わたしにまかせて成仏してね。(泣)

アスカ:終わってないっつってるでしょうがーーーーっ!

マナ:だって、結婚式でここまで感極まったのよ?(泣)

アスカ:そして、わたしが復活してハッピーエンドよっ!

マナ:ダメダメ。それじゃ引退した歌手が、再デビューするようなものよ。

アスカ:アタシに死んだままでいろってーのっ!

マナ:花の命は短いから美しいのよ。

アスカ:美しくなくていいから、幸せになりたーーーいっ!

マナ:しつこいわねぇ。ディッチさんになにか贈り物して、アスカが復活しないように頼んどかなくちゃ。(^^v

アスカ:アンタ、なんだか嬉しそうねぇ・・・。(ーー)
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