夢。

 

そう、これは夢だ。

だって、アスカ姉ちゃんが生きているわけがない。

そうか、これも昔の事なんだ。

 

……そうだな。

そんな事もあったかもしれない。

 

 

 

「シンジくん。私、今日、誕生日なのよ」

「………え、マジ?」

「うん、マジ」

「………はうあっ!」

 

アスカ姉ちゃんの誕生日なんて知らなかった。

知らなかったから、プレゼントなんてあげられるはずがない。

でも、子供心に、何かをあげよう。

そう、思った。

 

「姉ちゃん、プレゼントがないから、一つだけ願いを叶えてやるよ」

「えっ、ホント?」

「もちろん、願い事を百個にしろ、とかは無しだ」

「………残念」

「やっぱり思ってたんだな」

 

俺は大袈裟にがっくりと肩を落とす。

昔から、こんな人だったっけな……。

 

「………うん、決めたっ!」

「……で?」

「願い事は未来の私のためにとっておくわ。その方がシンジくんの叶えられる願いにも幅が出て来るものね」

「ずるいぞ」

「じゃ、シンジくんの誕生日に、今度は私が願いを叶えてあげる」

「……ホントか?」

「うん」

 

俺の願い事は決まっていた。

俺と結婚してもらう事。

でも、それがアスカ姉ちゃんの耳に入る事はなかった。

 

姉ちゃんは、この世の人ではなくなってしまったから…………。

 

 

 

 

 

―――私の願いは………―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Neon Genesis Evangelion

Another Story

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

第12話 『願い事、一つだけ』

 

written by ディッチ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【授業中の教室】

教卓には教師が一人。

黒板に書いた内容を丁寧に説明している。

だが、こういった真面目な授業をする先生の場合、生徒には睡魔を与えてくれるものだ。

クラスの大半が眠りに落ちている中、シンジは黙々と黒板の内容をノートに写していた。

そもそも転校して、この学校に編入するだけの学力があるのだから、それほど頭が悪いわけがない。

ただ、勉強が嫌いなだけ。

 

「………」

 

その姿を見つめる一対の瞳がある。

マナだ。

普通の人間が見れば、シンジの姿は真面目に授業を受けているように見えるだろう。

ただ、彼女の目は欺けない。

シンジの異常さに気付いている、たった一人の人間だった。

 

「………ふぅ」

 

シンジは一つ溜め息を吐く。

慣れない事はするもんじゃない。

肩を少し鳴らし、窓の外を見た。

外の景色は少しずつ、冬から春へ……。

その趣きを変えようとしている。

アスカがせいもくの丘で消えてから、一ヶ月以上が過ぎようとしていた。

彼の目には、アスカの姿が。

彼の耳には、アスカの声が。

しっかりと焼きついて離れない。

 

「………アスカ」

「!」

 

シンジの呟きは本来、誰にも聞かれないほどの小さな物だった。

けれど、マナには、はっきりと聞こえていた。

彼が真に愛する者の名が………。

 

「………やだ」

 

マナは机の下で、強く手を握る。

そうしないと、どうにかなってしまいそうだった。

 

届かない想い。

狂おしいほどの感情の迸り。

それを止める術は、人にはないのだ。

一時的に抑える事は出来たとしても………。

 

 

 

 

 

【放課後、学校帰りの道】

シンジは鞄を方にかけて持っている。

その隣には何故かマナ。

教室を出ようとした時に、呼び止められたシンジは結局一緒に帰る事になっていた。

シンジは表面上は周りの人間とも普通通りに接していたつもりだ。

だが、正直な所、人との接触を避けている。

シンジはそんな自分の姿に気付いていたし、その姿がどこかで見た事があるのにも気付いていた。

自分と同じ傷を負った少女。

今ならば、彼女の気持ちを理解出来る。

けれど、約束したのだから、表面上は弱みは見せない。

強くある、そう約束したのだから。

 

「……シンジくん」

「んっ?」

「あのさ、最後にこの街から出て行った時の事、覚えてる?」

「忘れてた………つい、最近までは」

「……思い出したんだ」

「まあな………」

 

皮肉にも、アスカが消えてから、シンジの記憶は完全に戻っていた。

アスカ姉ちゃんや狐の事は思い出していたが、他の部分で曖昧な所があったのだ。

その曖昧な場所の一つ。

駅前のベンチでの、マナとの別れ。

それが思い出せたシンジには、マナが言いたい事が分かった。

それは、彼を傷付ける。

そして、彼女を傷付け続けている。

 

「私はね、ずるいんだよ………」

「…何がだ?」

「前はアスカお姉ちゃん。今度はアスカちゃん。二度ともシンジくんが傷付いた時を狙ってる……」

「マナ、お前……」

 

シンジが見たマナの顔はこれまで見た事もないようなものだった。

いつも能天気に笑っている顔じゃない。

自己嫌悪に歪んだ顔。

シンジは出来る事なら、次にマナが紡ぎだす言葉を聞きたくなかった。

それを聞いてしまったら、自分はマナをまた傷付けてしまう。

なぜなら、今のマナの姿が、昔の彼女の姿とダブって見えたからだ。

最後の日、駅のベンチで別れた、あの瞬間の彼女と………。

 

「私……言えなかったけど、ずっと、シンジくんの事……好きだったよ」

 

そう言ったマナの顔は涙で濡れていた。

シンジは今にも耳を塞いで走ってしまいたかった。

その彼女の涙は、昔から、シンジの心を深くえぐるような力を持っていた。

…でも、逃げちゃダメだという事も知っている。

それを教えてくれたのは、自分と同じ傷を持つ少女。

そして、同じ『アスカ』の名を持つ、二人の女性。

 

「…………ごめん」

 

シンジはすぐにでも俯いてしまいそうな顔を上げ、マナを正面に捉え続ける。

それが、彼なりの『逃げない』という意思表示なのだろう。

 

「………やっぱり、そうだよね。シンジくんなら、そう言うと思った」

「………」

「でもね、私はシンジくんの事が本当に好きだから。だからね、諦められなかったんだよ」

「………ああ」

「私が好きって言ったら、傷付くのは分かってる。勿論、私も悲しいけど、シンジくんはもっと悲しい。優しいからね………」

「………俺は優しくなんかない。臆病で、ひねくれてて、弱虫な、そんな普通の人間だ」

「そうやって、いつも自分を卑下する。周りが傷付くと、それを敏感に感じ取って、それで自分を傷付ける。

そして、それ以上の優しさで周りを包み込もうとする。それはシンジくんの優しさなんだよ?」

 

マナは涙を拭って、必死に気持ちを伝える。

「シンジくんは何も悪い事はしてない」と、そう言うかのように。

 

「………私はね、シンジくんみたいに優しくないんだ。だから、一つだけ、頼みがあるんだよ。私をふる代わりにね」

「……何でも言っていいぞ。俺が出来る範囲ならな。ちなみに、願い事を百回に増やすとかは無しだ」

「そんな事、言わないよ〜。一発だけ、思いっきり引っ叩きたいの、シンジくんを」

「………いいぞ」

「……じゃ、痛いから、目を瞑って」

「分かった」

 

シンジは言われた通り、目を瞑る。

マナの気配を近くに感じる。

風を切る感じがした。

もう少しすれば、勢いに乗ったマナの手が彼の左頬に当たるだろう。

シンジも、それを疑わずにいた。

 

 

 

けれど、風を切っていた手は、直前でいきなり勢いを止め、シンジの左頬に優しく添えられる。

不思議に思ったシンジが目を開けようとした、その瞬間。

 

彼の唇には、マナのそれが押し付けられていた。

ほんの一瞬。

唇に残る感触が無ければ、夢だと思ってしまうような刹那の口付け。

そして、それは、しょっぱい味がした。

 

「………罰、だもんっ」

 

マナはまた流れ出す涙を拭いもせず、家へと帰って行く。

もう、振り返ることはなかった。

シンジは唇を右手で押さえながら、空を見上げる。

 

「いてぇ……。いてぇな、これは………」

 

瞬間に感じた涙の味。

それは、どんな一撃よりも、彼の心に深いダメージを与えた。

唇から手を下ろし、胸のあたりをぎゅっと掴む。

 

「………苦しすぎるぞ。いつまで待たせんだよ、アスカ」

 

シンジはコートのポケットから、赤いビー玉を取り出す。

それはかつて、彼がレイに贈った物。

そして、最後にアスカが残した物。

 

「待つのがこんなに辛いものだとは思わなかったぞ……」

 

自然と、彼の視線は丘へ……。

全ての始まりの場所。

せいもくの丘。

 

「俺は信じるからな。待ってるからな」

 

それはアスカに向けてというよりも、自分に向けてという感じだった。

ビー玉を再び強く握ると、歩き始める。

自分の帰るべき家へ……。

 

そして、その道が明日へと続く事を祈りながら………。

 

 

 

 

 

―――私の願い事は、未来の自分のために―――

 

優しい、ふわりと包み込むような声。

 

―――そして―――

 

声はシンジを見守るように響き渡る。

勿論、シンジには聞こえない。

 

―――もう一人の私のために―――

 

その声が止んだ時、シンジは一度振り返る。

何故か、人の気配がしたから。

昔に失った、優しい姉の光を、その体に感じたから。

 

 

 

「アスカ……姉ちゃん……?」

 

シンジの呟きに答えるように、一陣の風が彼を吹き抜ける。

どこか優しくて、どこか悲しげな風だった。

 

 

 

 

 

―――私はもう隣にはいられないけど、いいよね?―――

 

―――私の願い事、それは―――

 

 

 

―――もう一人の私が………―――

 

 

 

それはシンジに届いたのだろうか。

それを知る術はない。

ただ、その直後、シンジが呟いた一言がある。

 

「分かった。叶えていいんだよな、その願い」

 

 

 

―――シンジくん、さようなら―――

 

「さようなら、アスカ姉ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

TO BE CONTINUED………

 

 

 

 

 

<後書きplusα>

やっとこさ、終わりに近づいて来ました。

第12話 『願い事、一つだけ』 お送りしました。

 

ここまで来ると、言う事も無かったりして……。

それでは、次回予告行きましょうかねぇ……。

 

 

 

幼き日、シンジの約束で叶えられるはずだった願い。

それは、一人の女性の死によって、消えてしまったはずだった。

だけど、それは今も残り、叶えるべきはずのシンジの元に、願いは届けられた。

その願い、それは………。

 

The Fox Tail or The Beautiful Girl

次回、最終話 『奇跡の丘の物語』

「じゃあ、もしも六分儀さんだったら、何をお願いするんです?」

 

いよいよ大詰め。

次の最終話とエピローグで、この物語は終わりです。

ここまでお付き合いくださった方々。

どうか、最後まで読んでいただけると幸いです。

 


マナ:うぅぅ・・・わたしって、悲劇のヒロイン。(涙)

アスカ:シンジの弱みに付け込んでくる悪魔なんじゃないのぉ?(ー。ー)

マナ:なんてこと言うのよっ! こんな悲しい別れ方した、まさしく悲しいお姫様役よっ!

アスカ:あーーーっ! そうだっ! どさくさに紛れて、シンジにキスしたでしょぉっ!

マナ:あっ! だから、あれは罰だもん。

アスカ:あっそ。ふーん。罰ならキスしてもいいのね。

マナ:うっ・・・いや、そういうわけじゃ。(^^;;;;

アスカ:こないだシンジが、アタシの髪留め壊したから、罰与えなくちゃね。

マナ:ちがーーーうっ! 変なこと考えないでよぉっ!

アスカ:あっ、そういやアンタ。昔無断でネルフへ入ったわよねぇ。碇司令に罰与えて貰わなくちゃ。(^O^v

マナ:いっ、いやーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!(TOT)
作者"ディッチ"様へのメール/小説の感想はこちら。
cdn50010@par.odn.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

inserted by FC2 system