自分と同じ宿命にあり。
 自分と同じ力の持ち主であり
 自分と同じイレギュラーであり。
 そんな自分と彼女の相違点が、見解であった。計画を遂行するのとしないのと、どちらが彼が負うであろう傷が浅いのか。その一点で、彼女は自分と違う判断を下した。だから、
「そこを退きなさい、フィフス。邪魔するなら、あなたを殺してでも私は行くは」
 だから彼女と自分は、対立することになった。
 腰をわずかに落として、一応の警戒態勢をとる。やはり、戦うことになるようだ。
「邪魔者は、キミの方だったと思ったけど」
 告げると同時に、彼女はA・T・フィールドを全開にして突っ込んで来きた。攻撃を真っ向から受け止めることはせずに、回避する。自分はただ、時間を稼げばいい。よって必殺の一撃も、命を賭しての捨て身も必要ない。どうということもないが、無視も出来ないような、そんな攻撃で相手を苛立たせるだけでいい。
 そろそろ彼のほうも、動きだす時間だろう。計画は、上手くいくのだろうか?


蒼天を求める者

第二話 ―― 彼女の切り札 ――


 エヴァンゲリオンは、最強の兵器である。だからネルフの人間は全て、エヴァに頼っていた。エヴァがあるから大丈夫、何も心配要らないだろう。来訪者の知らせを受けた時ですら、そう思っていた。あるいは故意に、そう思おうとした。
 だが来訪者の正体は、彼らが期待を寄せていたのと同質の存在である。
「・・・・・・どうして、エヴァが・・・・・・リツコ!?」
「私にもわからないわよ。言ったでしょう。今回の情報は、協力者が提供した物なのよ」
「どうしてアイツらの情報は、いつも曖昧なのよ!!」
 ミサトは吐き捨てるように言っているが、彼らの情報がなければどうなっていただろうか。
 白いエヴァの不意打ちにより城壁は崩壊。住人はエヴァに踏み潰されるのを待つか、外の空気に毒され、力尽きるのを待つか。どちらにしろ、絶望的な結果になっていたであろうことは明らかなのだが・・・・・・
(初号機が負けても、結果は同じなのに。協力者は何故、白いエヴァのことを隠していたの?)
 エヴァの存在を知らなかったとは考えにくい。ならば事実を知ったうえで、その事を伏せていたのだろうか。だとすれば協力者は、命を賭けてまで隠し事をしていたことになる。そこまでするメリットは、いったいなんなのだ。
(気乗りしないけど、アイツに頼るしかないようね・・・・・・・)
 巨大なメインモニター一杯に、白いエヴァの姿が膨らむ。どうやら、仕掛けてきたようだ。



 地上高数百メートルからの自由落下に、翼から生み出される推進力を上乗せした一撃は、A・T・フィールドの上からですら、かなりのダメージを初号機に与えた。足場が陥没し、紫の拘束具の一部が弾け飛ぶ。
(コイツ、正気か?)
 もちろん、そんな攻撃を仕掛ければ、仕掛けた本人もただでは済まない。シンジと対峙する白いエヴァは、装甲がえぐれ、体の各所から出血している。A・T・フィールド同士のぶつかり合いによって発生する、耳障りな音に混じって、骨の折れる音までもが聞こえてきた。
 相殺。白いエヴァは、相打ちを狙っている。
 どうやら、正気ではないようだ。
 初号機の右肩に仕込まれた、ニードルを打ち出す。白いエヴァの左肩から顔面にかけて、数本の鉄の矢が突き刺さる。白いエヴァの翼が停止し、突進の勢いが弱くなる。好機を逃さずに、怯んだ敵の首を鷲掴みにして投げ捨てた。
 白いエヴァは土砂を舞い上げて、血の跡を残し、時には跳ねながら大地を滑走する。
 数秒後。土砂が晴れ視界が開けた時、シンジが見たものは残骸だった。白かった装甲は血に染まり、左肩は皮一枚で繋がった状態で、最も損傷の酷い頭部は見るにも耐えない。完全に、再起不能である。
『終わったようね。白いエヴァの回収を、後日行うことになると思うから。今は戻って来て』
「はい」
 エヴァの骸に背を向けて、出て来たのと同じ射出口へと向かう。
 が、
 ――ベチャ――
 背後からの音に、首筋が泡立つのを感じる。
 例えば、多量に血液を含んだ肉塊を地面に落としたような、そんな音が耳に届く。自分の考えが的を外れていることを祈りながら、振り返る。
 予想は、不幸にも的を射ていた。
 壊れた人形のように、巨体を震わせながら、白いエヴァは立ち上がっている。不要になった左腕は肩から全て切り落とし、新たな腕が生え始めており、頭部の傷も完治していた。流石に装甲までは復元できなかったらしく、素体のほとんどが剥き出しになっている。
 腕の回復を待たずに、白いエヴァは初号機に掴みかかった。満身創痍の状態で襲いかかって来るとは思っていなかったため、シンジの反応が遅れてしまう。
「くっ!!」
 左肩からナイフを抜こうとするが、組み付かれているため上手くいかない。白いエヴァは翼を広げ、低空を飛行し始めた。
 まるで初号機を、どこかへ運ぼうとしているかのように。



「キミが持ち去った量産型四体、大人しく返してはくれないかな?」
「無くて困るような物でもないでしょう。決戦を終えた後の碇君なら、量産型くらい、幾らでも創り出せるもの」
「確かに無くて困る物でもないんだが、それをキミが使うとなると、話が違ってくる」
「だから盗んだんじゃない」
 A・T・フィールドの刃は標的を捕らえる事無く、虚しく空を切る。次いで放った一撃も、結果は同じだった。早く彼を止めなければならないのに、こんな所で時間をかけてはならない。焦燥に、汗が噴出す。まだ、切り札の準備が出来ないのだ。
 視界の端で、量産型エヴァが初号機を捕らえ、連れ去るのを確認した。追わねばならない。が、注意を離した一瞬に、銀髪の少年は目の前に回り込んだ。
「行かせないよ」
「いいえ、行かせてもらう」
「・・・・・・?」
 彼も、私の切り札に気付いたのだろう。私には一瞬でディラックの海を展開するだけの力はないが、時間さえかければ、開けないこともない。
 気付いても、彼はまだ余裕を残していた。勘違いをしているのだ。
「・・・馬鹿な・・・これは・・・・・・?」
 渚カヲルは、自分の勘違いを悟ってうろたえる。
 量産型なら、私よりも彼の命令を優先しただろう。だがこれは、量産型ではない。これは、彼よりも私の命令を優先するエヴァ。私の専用機。
「キミにもサルベージ出来たのか・・・・・・?」
「三年間かけて、やっとね。彼のようにはいかない。けど、おかげで誰も巻き込まなかった」
 自分の背後に広がった黒い影の中から、巨大な腕が出現する。
 そして、その腕が渚カヲルを一撃した。
「殺さないでおいてあげるわ。碇君が、悲しむもの」
 そう囁くとほぼ同時に、爆音が轟く。
 急がなければ、本当に間に合わないかもしれない。



 爆発が、大地に穴を開けた。爆発の規模からして、ここまでの大穴を空けることは不可能だ。おそらくは穴は最初からあって、今の爆発は、穴を塞いでいた蓋のような物が吹き飛ばされただけなのだろう。
(コイツ、あそこに向かっているのか?)
 足掻いてはみるものの、ナイフを抜くことはどうしても出来ない。白いエヴァの左腕は、信じられないことに既に完治している。両腕で拘束されているため、身動きが取れないのだ。
 白いエヴァは穴の真上まで来ると、螺旋を描きながら降下を始めた。やはり、ここが目的地だったようだ。穴には、かなりの深さがあった。白いエヴァをナイフで仕留めたとしても、数秒後に自分は地に叩き付けらることになるだろう。
 眼下にある小さな光が、時間が経つにつれて巨大化してゆく。出口が、近づいてきたのだ。ふと、疑問に思う。ここは、地下のはずだ。なのに光が、出口から差し込んでくる。
「ミサトさん、地下に何かが在るんですか?・・・・・・ミサトさん?」
 応答がない。通信が切れているのだ。この場所のせいか、白いエヴァによる影響かまでは、わからなかったが。
 衝撃。何があったのか、白いエヴァが手を滑らせた。浮遊感に、シンジは恐怖する。
 彼は、落ちたのだ。



 量産型のエヴァが、初号機を運んで来たもう一体の量産型を攻撃した。あの量産型は、三年前に彼女が盗んでいった物だ。
「・・・・・・綾波?・・・・・・カヲル君を、倒したのか・・・・・・?」
 予想していたよりも、かなり早い。
 二人の実力は、ほぼ同等の筈だ。彼女の力が、自分の考えていた以上のものだったのか、三年の間になにか隠し球を用意していたかのどちらかだろう。
「読みが甘かったか・・・・・・量産型で攻めてくると思ったんだが・・・・・・」
 空から――正確には、天井に開いた穴から――エヴァが落下してきた。間違いない、初号機だ。地響きに、大気が震える。
 考え込むことを止めて、意識を切り替える。計画を、進めなくてはならないのだから。



 A・T・フィールドで、地面との直撃こそ避けたものの、衝撃全てを圧殺することはできなかった。目をきつく閉じて、激痛に耐える。何時までも、こうしてはいられない。自分をこんな所へと連れてきた白いエヴァも、ここへ来ているはずなのだから。
 目を開き、周りを確認する。
「・・・・・・えっ?」
 ピらミット型の建造物。空こそ映っていないものの、城壁とよく似た人口の天井。ここには、見覚えがあった。天井のせいかとも思ったが、違う。もっと別の、なにか・・・・・・
「・・・・・・ジオ・・・フロン・・・・・・ト・・・・・・」
 口から自然と漏れた言葉、ジオフロント。聞き覚えのある言葉ではあったが、それがどこでだったのかは、思い出せない。
――すごい・・・本物・・・ジオフロント・・・・・・
「・・・・・・!?」
 幻聴である。それと共になにかのイメージが、頭の中で弾ける。
――世界再建の・・・・・・人類の砦となる・・・・・・
 無意識に、両手で頭を抱えた。これは、なんだ?
 激しい既視感に、頭痛すら覚える。
 幻聴は止まらない。むしろ、加速する。
――なぜ・・・・・・子供が・・・・・・
――私・・・連れて・・・・・・
――今日・・・キミ・・・実験なん・・・・・・
――人類・・・明るい未来を見せて・・・・・・
 幻聴と呼応して、様々な映像が脳内に浮かぶが、それらが何の映像かを認識するよりも速く、消えていった。
 幻聴を振り払うようにして、絶叫する。それでも、幻聴が止むことはない。
――どうした・・・何が・・・・・・
――脳波心音共・・・停止・・・・・・
――・・・・・・被験者生命反応・・・・・・
――回路切断・・・・・・実験中止・・・・・・
「思い出したかな?」
「・・・・・・?」
 囁きは、幻聴ではなかった。そして、有り得ないものであった。ここは外なのだから。外には生物など、存在しない。だが囁きは幻聴などではなかった。声の主が、眼前にいるのだから。黒衣を身に纏った人影が、初号機の前に立っている。
「ここは、キミの運命が狂い始めた場所だ。そして、多くの人間の人生を終わらせる原因となった場所でもある。僕のこと、キミ自身のこと、何か思い出さないかな?」
「何を言って・・・・・・」
 黒衣と初号機の中間地点を、光が閃いた。A・T・フィールドの刃だ。空間と地下の大地を切り裂いて、オレンジの光が通り過ぎていく。
 刹那。何者かが初号機を背後から抱えて、飛び立つ。
「・・・・・・なるほど、零号機か。それならカヲル君が突破されたことにも、説明が付く」
 独り言を呟く黒衣に、三体もの白いエヴァが殺到した。そして一瞬後に、三体のエヴァが吹き飛ばされた。我が目を疑う光景であったが、事実エヴァが三体、地に付している。それぞれ胸に攻撃を受けたらしく、胸部の装甲が大きくひしゃげている。
(そんな・・・・・・)
 そこで、シンジの意識は消失した。



 この三年の間で、彼女は自らの専用機をサルベージしていたようだ。一度LCLに溶かしただけで始末がついたと思って、油断していた。
 これで彼の準備が遅れてしまうだろうが、
「まあ、彼の準備が終わったとしても、僕の準備が終っていないのだから意味が無いか・・・・・・」
 ジオフロントへ彼を連れて来たのは、正解だったようだ。反応もあったし、警戒していた暴走もなかった。
 あと一押しで、彼の準備は完了するだろう。
 量産型エヴァの一体が起き上がり、自分に向かってくる。逃亡せずに、自分の足止めをするつもりだろう。彼女はここで、量産型三機を使い捨てたようだ。突進してきたエヴァを一撃の下に沈黙させる。この程度ならばすぐに、回復するのだろうが。量産型を回収しておくことがマイナスにはならないだろうと判断し、捕獲することにする。
 どうせ彼女は、既に彼を街まで連れて行ったのだろうから、今更追ったところでどうにもなるまい。城壁の周辺もしくは内部まで彼を追っていけば、そこで暴走を起こしたとき、住民を巻き込んでしまう。
「・・・・・・彼の身柄と、量産型三機。どうにも割に合わないな・・・・・・まったく、どうしてこう、予想外の事ばかり起こるんだ・・・・・・?」
 ここ三年ばかり、予想外の出来事が多発している。いい加減、その予想外に自分が慣れてしまいつつあるのが、少し悲しかったりもした。
 溜息混じりに愚痴をして、彼は仕事にかかる。










後書き

 エノクの教室の窓からは、モノレールが走って行くのが見えます。こっちは猛暑の中、理不尽な扱いを受けているというのに、これから遊びに行く奴らが乗り込んだモノレール。遠くへ逝ってしまえ。
 憎い。非常に憎い。あまりの憎さに、机は呪いの言葉で一杯(暗いとか言うな)。だが日本の法律では、呪いは罪にはならない。不能犯だからだ。丑三つ時に樹木へわら人形を五寸釘で磔にする行為、これも不能犯だから合法。なのに何故、エノクは罰せられるのだろう。おかしい。絶対におかしい。
 よって、補習の補習という罰は、日本国憲法上おかしいと友人に(教師に言う勇気はない)主張したところ、返ってきたのは「お前が補習中ずっと、呪いの儀式なんかやってるから補習を延長されたんだよ」とのお言葉。
 むうっ。これは裏切りか、友よ。赤点前祝いを一緒にした仲だというのに。
 なんだか、世の中の無常さとかを感じる今日この頃。友情とは、かくも儚い物なのか。諸行無常の響きあり。いやごめん。意味とかよくわからんが、とにかく使ってみました、諸行無常。多分使い方とかは間違っているでしょう。
 まあ補習授業第二段は、たった一日で終わるのですが、数時間にもおよぶ「教師・K」との一対一は軽く拷問ですよ。マンツーマンです。そんな馬鹿な。
 絶対になにかしらの罠が用意されていることでしょう。なんといっても貴奴は、陰謀家ですから。椅子に画鋲が仕掛けられていたとしても、なんの不思議もありません。卑劣な奴め。
 ・・・・・・え〜と。まあ最初から最後まで愚痴で終わるのは、流石に不味かろう。理性ある人間だな、エノクは。つうわけで皆さん、次回の後書きで。


作者"エノク"様へのメール/小説の感想はこちら。
enoch_metatron_kether@yahoo.co.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

inserted by FC2 system