− 今この瞬間 君を感じて −

転編 「渇きを他人の血で潤して」



















「もうこれに懲りて、盗みなんて舐めた真似すんなよ」






 

「ぐっ・・・・・・・・・あ・・・・・げほっ・・」


さっき殴りつけられた頬が痛む・・・・

何度か鳩尾を殴られた所為で吐き気もする・・呼吸もしづらい・・・・・



     判っていたのに、これが彼女の意志だって

     僕には幸せになる資格なんて無いんだ・・・・・・


     ・・・馬鹿だな・・・・・・



「う・・・・げほっ・・げぼっ・うぁ・・・・」


少年は、その砂まみれのアスファルトの上を嘔吐で汚す

周りに誰もいなかったのがせめてもの救い・・・・

そう思えた


額にひんやりとした感じ、さっき吐きかけられた唾だ・・・

体中痛くて、足が震えて動けない


   情けない・・・・・

   本当に、何もできなかった・・・・・・


涙が滲み出る

それを必死に気を張って止めた



「くっ・・・」


やがて、よろよろと立ち上がって少年は歩き出す

そして少年はふと思い出したように呟いた


「彼女はまだ・・・
 僕を必要としてくれている」


なぜか少しだけ、少年は嬉しそうに嗤った

そこは体育倉庫だった・・・


誰もいない体育倉庫















あの日の翌日・・・


シュ・・

「痛っ・・・・・」



彼が今いるのは彼の教室

手は机の中に入れられたまま

中から流れてくる温かい液体




まずは

あれから病院へ行き、彼は顔と目を見て貰ったところから始まる

火傷で爛れたその顔を
何も映さないその左眼をどうしたか


−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−



「残念ですけど・・・・・・もう手の施しようがありません」


若い女医がそう言った

憐れむようにそう言った


「そうですか」

彼は席を立とうとした


狼狽えたのは女医の方

「ちょ、ちょっと待って・・・!

 今・・は、治せないけど、か、角膜を移植できればもしか・・したら・・・
 だ、だから・・・諦・・・めない・・・で・・・・・」


ただ少年が


嫌そうな顔をしてくれたらそれで何もなかった

もし感情を出さなかったとして

そんな自暴自棄になったり思いを抑えたりしている患者には医者は慣れている


   なにが嬉しいの....?


見たならそう疑問に思う

彼は純粋に微笑んで・・・・

その爛れた顔を無様に歪めている


「いいんです・・・・・これはこれでね・・・・」


少年は部屋を出た


「・・・・これでもう彼女のことを忘れないから・・」


誰にも聞こえない呟き

残された女医は暫く動けなかった


驚きと悲しみと無力さに満たされた心の中で

彼女は思った


   綺麗な

   笑み


不謹慎ね そう心のどこかで思っていた



−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−


そして、今彼は自分の教室の机に座っている

手から夥しいほどの血を伝わせて


ガタッ



「!・・・っきゃああああぁぁぁぁあああああ!!」


それに気付いた近くの女子が悲鳴を上げた

ただ少年は呆然とそれを眺めるだけ

他人事のように


「い、碇君!
 早く保健室へ!!」


少し老いた教師が珍しく大声を上げる

それも彼にとっては他人事のように


引かれる腕を眺めていた


手から流れ出る血を愛おしそうに

食い入るように見つめる少年


すぐに保健室に着いた

保険医の先生は驚愕に顔を歪めたが

すぐに冷静に処理を始める

止血し 包帯を巻き

保険医はその傷の深さに驚き


それでもまだ彼は他人事のように眺めていた



そして、彼は病院へと運ばれた

それはあの女医がいる病院





残された教室の生徒達は

驚きと恐怖と好奇心に包まれて呆然としている


そんな中で

少女は彼の机に歩いていった


そこには少年が流した血が未だに滴っている

少女は指で

それを拭った


おもむろに親指を口に運んで

舌で一舐めした


「足りないわね・・・」

そして少女は

顔を歪めて嗤う







落ち着きを見せ始めた生徒達は彼の机を調べた

中には固定されたカッターの刃が光っている

その刃には深紅の血が滴り落ちていて


「ちょ、ちょっとこれって・・・」

「うん・・・・」


初めて彼らはその異常な現状に気付いた

切られた本人が平然としていたので感じなかっただけで

明らかに故意に仕掛けられたと判る


「だ・・・・・・誰や!こないな悪質な悪戯をしくさった阿呆は!!」


一人が叫んだ

騒がしくなる教室

その中で静かに薄く笑みを浮かべているのはもちろん彼女だった



それは血の匂いの消えない教室で

少女はその胸の空白を少年のそれで補うから


幼い頃の古傷と共にあいた空白ヲ埋めたくて






















少年は手当を受け家に帰された

手首の動脈が傷つけられているからと

絶対の安静を言い渡されて


担当はまたあの女医だった

あの会ったときの 彼女の

驚いきつつ
悲しげにも

そしてまるで喜ぶような、そんな態度が印象的だった


『この傷、もしかして自分でやったんじゃないでしょうね・・』


そう聞いたあの女医は患者を前にした医者とは思えないほど

嬉しそうな顔をしていた気がした



家にいるのは少年

痛む左手を庇いながら

それでも少年は溜まっていた洗濯物を洗い食器を片づけ夕食の用意をする


   早く用意しないと・・・アスカが帰って来る


「!・・痛ぅ・・」

包帯に血が滲む

何も映らない左眼を苦にしつつ

彼はいつものように家事をする


少年にはあのカッターの犯人はとうに分かっていたから

そう・・『切る前から』

それでも少女を恨まない



「アスカ・・・・ゴメン」

それどころか謝罪の念を抱いて・・・


   君は僕の被害者なんだ・・・

   僕にまとわりついて離れない

   この『呪い』の・・・

   彼女の呪縛の・・・


「できればアスカには迷惑を掛けたくなかったな・・」


それでも僕は止めようとはせず

教えようともせず

ただいつものようにその行為を甘んじて受けるから



彼も自らの痛みを他人の痛みで誤魔化すから・・・









ガラッ・・・

彼女が帰ってきた

前までは嫌々にでも言っていた『ただいま』は無い

たぶんもう聞くことも無い


   あ、帰ってきたか


「アスカ、お帰り」

努めて明るく彼は言う

少女の返事はない


  フッ・・・

ただ少年を嗤い少女は部屋に入った


「やっぱり・・・・ね」

   ゴメンね、アスカ

心の中で彼女に詫びてまた家事に戻る













翌日

彼はまた教室にいる

自分の席に座っている

心なしか増えている包帯の量


「センセぇ、大丈夫やったか?」

「うん・・・ありがとう
 大したことはなさそうだよ」

友達が心配そうに声を掛けてくれた

「あんまり気にするなよ、シンジ
 きっとエヴァのパイロットのお前が羨ましいのさ」

「それはケンスケちゃうか?」

「俺はこんなことしないっつうの!」


「ハハハハ・・・」


わざと陽気に話してくれているのが自分にも分かった

   僕にもまだ心配してくれる人がいるんだな・・・

少し嬉しくなる

そして荷物を机の中にいれて会話に戻る


カチャ・・

机の中で何か金属同士が擦れる音がした

少年はその音に気付かない・・・・

ただ


もしかしたら心の何処かでわかっていたのかもしれない

それが何かというよりも

また『彼女』が自分にもたらす何かに


だから周りで聞こえる変わらない

クラスメイトの他愛もない会話も


「あれ?ないな・・」

「ああ、いつもお前が自慢してたあれ・?」


今は


「羨ましいだろ?なんたって本場イギリス製だぜ
 でもどこにやったんだろ・・・」

「盗まれたんじゃないの?」


ただ嬉しかった


「嘘だろ・・!?
 あれ二万もするんだぜ
 昨日まではあったんだけどな・・・」







「起立、礼」

クラスの委員長の声からまた学校が始まる

「着席」

ガタガタ・・・

座り直す音がする

ぼぅ・・・とそんなことを考える少年

ふと手を机の中に入れる

昨日のあの失った血を無意識に思い出して


   ん・・・?


冷たい何かに指が当たった

身に覚えもない


「何だろ・・・・・」


不思議に思いながら少年はそれを取り出そうとした・・・・



それは

    これは


「あ、先生
 ・・教室でなくしたみたいなんですけど・・」

「ん?何をかね?」



彼を不幸に陥れる

    ざらざらしてる



「純金細工の・・・・」


少女達からの贈り物

    なんか金色に光ってるけど・・・


「竜の」

    そうこれは竜の柄が・・



「紋様が彫ってある・・・」


    綺麗に彫ってある


「年代物の」

    古くさそうな





「『・・・・・懐中時計』」




「・・・・シンジ
 
 お前そんな悪趣味な時計・・・持ってたっけ・・・・?・・・」




・・・・・・

ざ・・・・・・ざ・・・・・・・・・・


ザァァァァァァァァァァァァァァァァァ・・・・・・



   急に何も聞こえなくなった






























   僕を必要としてくれるのは彼女だけだ

   訊かせてくれているその旋律に身を委ねて

   せめてもの償いにさせて

 


お互いを傷つけ合い


流れた血を

互いに補って


残るのは痛みだけ・・・・

傷口を抉って流れる血は


自分の躯には戻らないと分かっているのに


アスカ:アタシがすっごくイヤなキャラじゃないのよっ!

マナ:ここまでされて、どうしてシンジは・・・。

アスカ:どうしたら、アタシとシンジはうまくいくの?

マナ:アスカが素直になればいいのよ。

アスカ:これは、厳しい展開だわ。
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