− 今この瞬間 君を感じて −

法編 「残酷な微笑みに天使の祝福を」

  
















「あ、碇だ
 知ってるか?
 あいつ、クラスの奴の懐中時計盗んだんだってよ」

「マジで・・?意外だな・・・」

「ああいう奴が一番やってるんだって」



「碇君が時計を盗んだって本当?」

「うん、2−Aの人に訊いたんだけど本当らしいよ」

「最低・・・・」




聞こえてくる罵詈

自分のことを言ってるのはよく分かった


   別に良いんだよ

   いくらでも罵ればいいから

  
   僕に必要なのは”彼女”だけなんだ・・・


いつも通りに少年は生活する

更に増えた包帯

痛々しく覗く傷だらけの躯



これだけのことをされて

鈍らない彼の瞳の光

それはまるで

もう二度と映らない左眼の分も輝くようで

彼の意志が伝わるようで



「痛っ・・・」


下駄箱で靴を取り替えて

上履きの中には画鋲が留めてあった



   子供みたいなことをするね・・・

他人事のように彼は表情を変えずにそれを外して履き直した

中にはゴミも詰まっていて

少し砂でざらつく


   くそ・・・・

心の中で溜め息をついた



とりあえず教室まで着いた

片目でも見えないのは本当に困難だと思う
遠近感も掴めないままふらつきつつ教室へ向かった・・・・



廊下でもそんな感じで冷たい視線を感じる

中には肩をわざとぶつけてくる生徒
教師までそんな目で見てきたりして

さすがに憂鬱だった


そして、教室に着いた


そこで見たモノ

それが
何であったかなんて今更なのに


   くっ・・・・・・

さすがに眼に涙が滲む

そこにあるのは変わり果てた自分の席

誹謗中傷の落書き
汚物にまみれていて
もうここに来るなと暗に示されている気がした
気の所為でもないだろうけど


見ると親友と言えたはずの彼らの目まで冷たくて

勿論その中には彼女の見下すような視線もあった

「昨日あんなことしたのに、どういう神経してるのかしらね」

「よくまた学校に来れたよな」

「恥ずかしくないわけ?」


クラスメイトの誰かが口々にいっている

気にせずに席に着こうとしたけど、誰かの足が急に出されて躓いた

ガツゥ

汚物まみれの自分の席に突っ込む

「あ・・・・・痛ぅ・・・」

「はは、お似合いね」

   そうかもしれない

と思った

   嫌な想いで覆われた自分にはこんなのがお似合いかもね

そう思う自分まで情けない
昨日殴られた傷が痛む

ここまでされて、なにも感じないのかと言ったら
むしろ逆に冷静になってしまった・・・・・・

「う・・・・」

不格好に立ち上がって平然と椅子に座る

少しクラスの人たちが意外そうに、悔しそうにしてたのが嬉しかった・・・・










   あ、あいつが登校してきた

   あの机を見たらどう思うかしら

ふふ・・・・

愉快な想像に笑みがこぼれた
昨日自分で汚した、その事実に酔っている

「昨日あんなことしたのに、どういう神経してるのかしらね」

中傷を自ら促す
壊れた彼女の心に罪悪感は必要ない

   やっぱりそういう顔をしてくれるのね

   ありがとう


そう心の中で呟くと、彼が来るのを確認して足を掛けた

「あ・・・・・痛ぅ・・・」

聞こえた苦渋の声に満足して視線を彼に向ける

「はは、お似合いね」

彼女は彼の、苦痛を悲しみに満ちた表情を期待した


ただ・・・・
そこにあったのは無表情の彼の顔だった

   何・・・で・・・・・・・・?

そして何でもないように席に座る彼


ギリ・・・・・・

悔しげに歯軋りをする



何処かほっとしている心に気付かずに









そして一日が始まった

授業中は特になにもなかった
多量の悪質メールをなにもないと思うなら・・・・

   暇なんだね・・・
   こんなことをしてなんになると思っているんだろう

普通なら、クラスメイトからこんなことをされれば気が滅入るはずで
酷ければ自殺まで考えると思う

   でも僕にはこうされる義務があるんだ・・・・

そんな意識から彼はイジメという感慨を持てずにただ無表情だった

そう思って、ただ削除されるだけしかないはずのメールの中に

異色な題を見つけた


親友からだった・・・・・・


「え・・・・・・・・・・?」

from suzuhara−


   トウ・・・ジ・・・・・・・・?


−・・・・・・・・・・・

 シンジ、お前がやったんちゃうやろ?
 誰かが昨日みたいに悪戯でセンセの鞄に入れたに決まってる!
 センセがこないなことするはずないやないか
 なぁ・・・・・どうなんや?
 はっきり違うって言ってくれ、
 したらセンセを非難するやつがおったらパチキかましたるさかい!−




   トウジ・・・・・

   こんなことがあってもまだ自分を信じてくれる人がいたなんて・・・

そして、事実を返信しようと思って・・・・・やめた


   いいんだ・・・・・これは”彼女”からの
   洗礼だから

そして、他の全てのメールを消した
彼のメールだけ保存して・・・・


これで彼からも嫌われてしまうだろう
もし返信しなければ自分がやったと思うだ
ろうし

   でも・・・・君には嫌われたくなかった・・・
   僕を信じてくれる人がいたことは忘れられないね

   ・・・・ありがとう・・・・・・・

ちらっと彼の方を見た・・・・
不安そうな眼で、僕を見ていた

   ごめん

そう心の中で謝ることしかできなかった

その意志が伝わったのか
彼は愕然としたような表情を浮かべ、俯いた

気付くと、彼女が少年の方をじっと見ていた
多分どうしてこんな顔をしているのか疑問に思っているんだろう

そっちを少しだけ向いた

少年は気付いたら穏和な表情をしていた

   僕には似合わないね


そう心の片隅で思いながら







みんながあいつに悪質メールを送っているのはこの席からでもよく分かった

   これでまたあいつにプレッシャーを掛けることができる

だいたいはシナリオ通り進んでいた
自分も匿名で誹謗中傷をありったけ書き込んで、コピーして何通も送る

   ふふ・・・・これでいくら何でも・・・・

そして、彼のそんな表情を頭の中で思い描いて喜んだ

ふと、少年の方を見た
そこには・・・・・さっきと同じような無表情な顔


 ギリ・・・・

歯軋りをする・・・・

こんな目に遭って、なんにも感じないのか

少女には理解できなかった

そして彼から視線を外そうとした・・・とき

「え・・・・・・・・?」

彼から驚きの声が聞こえた

   何・・・・?

気になってしょうがない

   何があったって言うのよ・・・・・!?

自然と彼の顔に釘付けになっていた
次第に少年の顔は柔らかくなっていって、嬉しそうに端末を覗き込んでいた

   くそぅ・・・・・

自分のシナリオが彼にあまりダメージを与えていないことを知った
悔しくて恨めしそうに彼を見た

すると彼は、それに気付いたのかこっちの方を見ていた
その穏やかな表情を向けて


   ・・・・・・・・!!!!

別段、そんな意志はなかったんだろうけど

私には自分を嘲笑っている気がした


   裏切った・・・・
   ママと同じように、私の想いを裏切った・・・


私はまた新たな行動にでることを決めた


裏切られた、そう感じた原因ごと実は虚像だというのに・・・・・

彼女は彼への本当の想いに気付いていない・・・・・









「あ、アスカ・・・・・
 お弁当・・・・・」

「誰が泥棒の作ったモノなんて食べると思う?」

バシッ

微笑みながら彼女は差し出された弁当箱を払い飛ばした


「いい気味だね」

「当然よ」

クラスメイトからの同意も聞こえる


四時間目が終わって、今は昼休み

先生のいなくなったこの教室で助けなど誰一人としてしてくれない


   ・・・・・・先生でさえ味方してくれるかは疑問だけど


転がる弁当箱

綺麗に包まれていたはずのそれは机の脚にぶつかって止まり、中身を吐き出す

そしてこぼれた僕の料理は

あの懐中時計の持ち主、彼の足によって踏み潰された


「あ、悪い。気づかなかったよ」

そう冷血な笑みを浮かべて彼はその汚れた足を僕の机で拭いた


「あ・・・・」

クラスの何人かは流石にこれには心が痛んだようだ・・・・


   ック........

   なんでそんなことが平気でできるんだよ・・・・・


周りの凍てつくような視線・・・・親友だったはずの彼らからのものまで感じる

いたたまれなくなって彼は廊下に飛び出していった・・・・・・



「少しは懲りたかしら」

もちろんそれは彼女

「まあ、これだけやればね」

「反省してるんじゃないか?」


彼らは気づかない

彼を助けるようなその言動さえも彼を追い詰める私の策

   もっと追い詰めてあげるわ

   まだこれさえも序の口だと思い知らせてあげるから・・・


さっきの少年のあの表情に、罪悪感どころか達成感すらも覚えて

彼女はまた彼を追い詰めるために動き出す







体育倉庫

今朝、彼らに私刑されたところだ


   まだ・・・残ってるよ・・・・・


そこにあるのは彼の嘔吐物

申し訳なく感じ、清掃用具入れから箒とちりとりを出し掃除する


まだ僅かに残るその匂いに眉を顰めながら少年は続けた

「痛・・・・・」

左腕に迸る痛み

その酷さに片膝をつく


「ふぅ・・・・・う・・・・・・・」

耐え切れないその痛みに息を吐いて紛らわせる

包帯に滲んだ血を愛おしそうに眺める

頭を振り払って、彼は掃除を続けた



それが終わり、彼はそこで食事を始める

   独りの昼食って、久しぶりだな・・・・・

そう考えたとき、今までどれだけ自分が幸せだったのかわかった

   ここに来る前はいつも独りだったもんね

彼女を思い出した・・・・・


『碇君てさ、いつもここにいるよね』

そう言って・・・

君は・・・・・・・

・・・・・・・・・・・


唯一僕に話し掛けてくれた彼女

その彼女の最期を、みとったのは他でもない自分だから

・・・・・・・・・・・

そう・・・・最期に彼女は僕に言った・・・・

『あなたが私を忘れられないようにしてあげる』


・・・・君はどういう気持ちであんなことを言ったんだろう・・・・・・



シャリ、シャリ、シャリ・・・・・・・

誰かが近づいてくる足音

いつもなら気づいただろうそれに彼は気づかない




「あれ?二年の碇じゃないか?」

「あ、マジだ」

ハッ!
驚いて僕は振り返った


そこにいたのは茶髪にピアスをした何人かの生徒

なんとなく、その雰囲気が不良っぽい


「確か、あのロボットのパイロットなんだよな。こいつ」

「そうらしいな」

ここを溜まり場にしているんだ

そういえばさっき掃いていたときにタバコの吸殻があった


「あ、聞いた話なんだけどさ
 お前、盗みやったんだって?」

一人が僕に話し掛けてきた

かなり高圧的な態度で・・・・・・

   また・・・・あの視線で・・・・・・・

そう思ったけど・・・・それはなかった

「へぇ・・・・度胸あんな」

「え・・・・・・?」

  届いたのは意外な賛辞の声


まさか自分が誉められるとは思ってもいなかった

自分は償ってしかるべき人間だから


「見掛けによらないっていうのはこういう事をいうんかね?」

「そうだな・・・・」

「まあ、何か事情ってやつもあったんじゃないか?
 盗まれたやつだって結構悪どいことしてるって聞いたぜ」

「お、それで仕返しみたいに?
 かっちょい〜」


そんな卑見するどころか見直すように言う彼ら

それまで一方的に彼らを卑下していた自分が情けなく思えてきた


「そういえばお前クラスのやつからはぶられてんだろ?」

「あ、マジで?なんか困ったことがあったら言いにこいよ
 俺ら三年だしな」

「そうそう、いつも命助けられてる訳だしなぁ」

「はは、言えてる」


感動に涙が滲む・・・・・

それでも僕にはそれはあってはならないことで


「はい・・・ありがとうございます・・・・ 
 でも大丈夫ですから・・・」

「そか?」

「まあ無理にとは言わないしな」

この人たちまで巻き込むわけにはいかない

僕に近づく人は何か不幸を纏う

「あ、もう僕は食べ終わったんでこれで」

「ああ」

「でもよ、よく俺らって不良とかって言われっけどさ、
 こういう時って素人連中のほうが何倍もきついことしてるんだよな」

「わかるなぁ、それ
 限度ってモノを知らんのかね?」

「しかもなんかどいつもこいつも嫌な目で見やがってよ
 俺らが何したっつぅんだよ」

そんな彼らの意外な素顔

自分が見ていたのは彼らの外の仮面

偏見で見ていた自分が恥ずかしく思う

その彼らの一面を見ながら僕は体育倉庫を後にした




驚いたことに

教室に戻っても何もなかった

何もされなかった

   なんでだろう・・・・・

   僕が気付いてないだけかな・・・・?

   それとももう終わったとか・・・

そんな疑問が浮かんだ

別に彼も好き好んでこの行為を受けているわけではないし

その事実にとりあえず彼は

   ふぅ・・・・・

安堵の溜め息をついた


   それでも話し掛けるわけにはいかないよね・・・

クラスからはまだ白い視線を感じる

   あの人たちはいつもこんな目で見られてたんだ・・・・・

   凄いな・・・それでも卑屈になんてならないし

改めて彼らに対する自分の認識が間違っていたことに気付いた

人を上辺だけで見ること・・・・・・噂と見かけ、それだけである程度はその人の
人格を予想できるから...?

   じゃあ僕は?

今の自分に対しての周囲の評価が、どれほど下がったかは分かっている

   でも、中身は何も変わっていない・・・・・・?

分からない・・・・・

何か大切なことを見落としている気がする・・・・・・・



少年が思い悩む、その束の間の平穏が誰に与えられたのか

そう、彼女が与えたものだ

舌なめずりをして獲物を待つハンターのように、彼女がその下では嘲笑っている


   次・・・・・・・・・・か・・・・・

大体は自分の思うように動いている

クラスメイトのあの仕打ちも殆どは予想通りだった

すこしずれたのは、あいつにそこまでの打撃を与えていないことぐらいかな

それでも相当に辛いはずだ・・・・・

少女のその考えは間違っていない

少年は自分では気付いていない昔の大きな傷にひどく衰弱しているから


   ふふ・・・・・・もうそろそろ・・・・かな

人を追い詰めるのは簡単だ

その人が心から信頼している者の裏切りと自分への軽蔑

それだけで殆どの人は壊せる

間違いない・・・・・・・それは

私が身を持って体験したんだから・・・・・・・・・・

 ママ・・・・・・・







『あなた、どこの子・・・?』

私のことをまるで覚えていないように振る舞い


   ママ・・・


『一緒に死んで・・・・・』

私の首に手をかけて・・・・


   ・・・・・・・・・


『殺してあげる・・・・・・』


   ・・・ママ・・・・・・・・・・・・・・・

それでもいいといったら


『知らない子と心中なんて真っ平よ・・・!』


   ・・・・・・・・・・


『ほら、アスカ・・・御飯よ・・・・・・』


そう言って抱いているのは・・・・・・


   いやぁ・・・・・・・


『何で食べないの・・・・・?』


   マ・・・・・・マ・・・・ああああああ!!



私によく似たフランス人形・・・・・・・・・・・


   ・・・・・・・・・・

   ・・・・

   ・・・・イッ・・・・・・・


   イヤアアアアアアアアアアアアアッッ!!!




























   いらないのよ・・・・・

   私には信頼できるものなんていらない

   どうせまた裏切られるんだから

   ・・だから・・・・・あなたなんていらないのよ・・・・・!


   ・・・・・・だから・・・私からキョゼツする・・・・・・

   はは・・・・・・・はは・・・・・・・・・ははは・・・・ハハハ・・・!




仮面の下で少年を嘲笑う少女

気付いていない、その自分の心の傷

昔つけられた消えない傷


なぜ彼に裏切られて、ここまでの苦痛を帯びたのか

心の奥に秘められた想い

『信頼するものの裏切りと軽蔑が人を壊す・・』

自分で分かっていたことなのに・・・・・・

少年への自分の想いに

彼女は気付かない


その自らの本当の苦痛を叫ぶ残酷な微笑みに


アスカ:鈴原は、シンジの味方をしてくれたみたいね。

マナ:今のシンジには嬉しいでしょうね。

アスカ:あぁ・・・なんか、アタシ、心が病んでるよぉ。

マナ:性格に加えて心まで、救いがないわ。

アスカ:性格は関係ないでしょっ!
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