今この瞬間 君を感じて  輪編 「穢れた血しぶき」

ガシャ 荷物を無造作に置いて、ベッドに倒れこむ 「やっと・・・・家に着いた」 今、唯一の安住の地で休む少年 体中に痣を作り、それを隠すための包帯で手も足もいっぱいだった 「痛い・・・・足も、手も・・・・」 ゼェ、ゼェと痛みを和らげるために苦し紛れに息を吐き出す  ・・・・・痛い  そう、なによりも、足とか手とか、物理的なものよりも 「あの・・・・・視線が・・・・」 胸に突き刺さる 実際、精神の痛みなんて計れるものではないし、何かの拍子に治ってしまうものなのかもしれない それでも 「うぅ・・・・・」  気持ち悪い・・・・ そう、何年も、何十年も、下手をすれば死ぬまでだって、胸に刺さったまま抜けない刺ともなる  死ねるものなら、早く死ねればいいんだ 「どうして、こうやって・・・・・」  自分は生きているんだろう 今いるのは七階、今から窓を開けて、ベランダの手摺りをまたいで前に体を傾けるだけで 意識せずに、簡単に死ねる やってみればいいのに 誰にだってできる、半身不随でもない限り でも、誰にもできないこと 「はぁ・・・・結局僕は、まだ未練があるんだ・・・・」  それとも 「彼女に会うのが・・・・怖いだけなのかもしれない」 今ごろ天国にいる彼女 他でもない、自分が殺した相手に会いたくない、それだけなのかもしれない  彼女のことだから、自分を恨んだりなんてしないんだろうけど 「そっか・・・結局、自分が嫌な思いをしたくないだけなんだよね・・・・」  わかってはいたけど・・・・・それって 「最低・・・・・・だ」  情けない、自分はこんなにも弱い人間だったんだ  アスカに嫌われるのも当然だな・・・・・ 「ぐ・・・・」 ギシ 起きあがって、机の上の筆箱から、カッターを取り出す チャキ、チャキ 一メモリずつ、そのカッターの刃を出して 包帯まみれの腕に、刺し込んだ ブツ 「あ・・・・・痛ぅ・・・」 でも、たかがカッターナイフをいくら強く突き立てたってどうにかなるわけなくて 包帯の所為であまり腕に届かずに先端だけ腕に触れて、ほんの少しジワァと血が滲んだだけだった 「は・・・・あぁあ・・・・」 でも、シンジは更に目をキッと鋭くして、今度はカッターを自分のほうに思いっきり引っ張った ザシュゥ 包帯が腕ごと裂けていく そして勢い良く噴き出す血 「・・・・・・・痛い・・・・・」  よく、あの娘はこんなのを我慢できたと思う  いつも自分よりも他人のことばかり考えていて  最後の、あの飛び降りたシーンなんてそれこそ天使みたいで そして自分の腕にポタポタと流れる血を見て、嫌悪感をあらわにして呟いた 「そう・・・あの時噴き出した血も、こんな風に淀んでなんてなかった」 あれは、そう・・・・と思案をめぐらせる 思い出したくないはずのシーンが頭に満ちる 「とってもさらさらしてて・・・・綺麗だった」  血を見るだけで、その人の人格が見えるんだろう  僕の性格はこんな風にどろどろしていて、汚くて、醜くて つかんだままのカッター 今度は、引き抜いてまだ健在の左目に向ける ピト 先端が、瞳に触れた 「これがなければ、こんな醜い自分も見なくてすむかな・・・」  きっとアスカの血は、純水のように澄んでいて、綺麗で  彼女みたいなんだ、絶対に 「くっ・・・・・う・・・」 嫉妬、アスカに対しての、程度の低い嫉妬 それが分かっているからこそ、また更に自分が情けなく、醜く思えて 握るカッターに力がこもる 後少し・・・・・  後少し、右手を自分のほうに引くだけでもうこんなもの見なくて済むんだ ギュウゥ・・・・・・ さらに、力がこもる 手が汗ばんで、ヌルヌルとしてとても嫌な感覚 目が充血して血走って、一寸先が見えない 「消えてなくなれ・・・・こんな世界」 新たに力を入れて、神経に電気が走った そして・・・・ ボフッ とても、軽い音がした 「え・・・・?」 少年は、何が起こったのか分からず、そのぶつかった物を見る 「これは・・・」 猿のぬいぐるみだった 同居人の、大事にしていた 「何を馬鹿なことをやってるのよ」 声がした 入り口のほうから 「アスカ・・・・・」 そう、少女が唇の端を吊り上げて、不敵に笑う 「そんなに何も見たくないなら、私が潰してあげよっか?」 フフ・・・・ とても嬉しそうに、アスカはシンジに近づいていった 「こんなちゃっちいカッターで、自分の目を潰そうなんて・・・あんたも自虐的な奴ね」 そう言いながら、少年が落としたカッターを拾い上げる 「どうせ潰すなら、私がやってあげる」 アスカは、顔を覗き込むように、唇が触れるほど近づけて 目に手を触れ、頬をゆっくりと撫で上げて 左目に置いた 「覚悟はいい・・?」 親指を瞳に近づけて、そしてふれて、あとちょっと力を込めるだけ 「う・・・・」 身動きしない少年 ただ、目が渇いてまばたきしたくてたまらない    やるなら・・・早く そう、願ってしまっていた でも彼女が少年の意志を汲んでくれるわけも無くて 「でも、何も見えないなんて面白くないじゃない・・・・」  そうでしょう・・・?  どんな嫌な光景も見えないなんて、許せない 「もっと、苦しんでもらわないとね」 そう言って、少女は部屋を出た カチャ、閉じられた扉 部屋に響くあの静寂な空間特有のキーンと張り詰めた音 静か過ぎる夜更け 「はぁぁぁ・・・・・・・」 長い溜め息をついて、ゴロンとベットに横になった  何をしていたんだ、僕は あまりに異常な行動 変質者、精神障害者、そんな言葉が頭をよぎる  自分の目を刺すなんて・・・どうかしてるよ 「ぼくにはそんな資格なんて無いっていうのに・・・・逃げようとしてしまった」 どこかずれた思考 「だめじゃないか・・・・これは自分に対しての罰なんだから、さ」 壊れた考え 「・・・・・僕は、幸せになる権利なんて、ないってことなのかな」  その代わり、他人を不幸にして 「今だって、アスカを犠牲にして」  自分の罪悪感を薄くしようとして 「本当に・・・・・・・最低だ」 ふう・・・・ また溜め息をついて、少年は目を閉じた よく聞く話、溜め息をつくごとに幸せは逃げていくとか でもこのシンジという少年にとっては願っても無いことなのかもしれない もしかしたら故意にでも溜め息をつきかねない 目を閉じて浮かんでくる光景 脳裏に焼きついた、あの彼女が飛び降りるシーン 頭から落ちて、綺麗に破裂した瞬間 「こんなことなら・・・目なんて潰したって同じじゃないか・・・」 ジワァ 涙が、閉じた左目から滲み出る  彼女と過ごす、あの時間だけが生きていたと言えるような気がする  そう・・・・それ以外は・・・・ 「彼女のいない僕は、死んでいるのと変わらないのかもしれない」 『碇君って、いつも独りでいるよね』 彼女の声 『ほら、早くしないと遅刻するよ?』 彼女の仕草 『もう、ずっと私のことが忘れられないくらい縛り付けてあげるから』 そして彼女の死 「なんで・・・・死んじゃったんだよぉ・・・・」  分かりきってる・・・・自分が殺したから  でも、それでも! 「どうせ忘れることなんてできるわけないのに」 一瞬だって逃れられない苦しみ、罪悪感 まとわりつく思惑 「う・・・・・・・くぅ・・・・・・」 地獄の夢を見ながら、意識を失っていった  ねぇ・・・・  ・・・・・ぁ・・・・・ラ・・・・・・  ・・・・・・・・・・・・・・・・・ チュン・・・・・・・チュンチュン・・・・・ 「う・・・・・・痛・・」 火傷した顔の痛みが無理やりに彼を眠りから引き摺り起こす 「ふぁ・・・・・・・・あのまま寝ちゃったのか・・・・・」 また始まる少年の煉獄 期限の決められたその罪人を罰する檻 「今日も学校か・・・・・・・」    もしこのまま休めたらどんなに気が楽だろう・・・・・ そんな思いが少年の脳裏をよぎる 休めないわけじゃない 彼の所属する特務機関の仕事だといえば学校側も不満は言えないだろうから それでも少年は休まない それは何故・・・・・・? 彼には受ける義務があるから 授業じゃない あの貫く白い視線と、エスカレートしていく仕打ち それを受ける義務が自分にはある、そう彼は思っていた 「朝御飯・・・・・作らないと・・・・」 二日前に沸騰した御味噌汁を被ったばかりだというのに そんなことを考えている 当然、と言ってはおかしいけど 彼女は朝の食卓には現れなかった 最近馴染んできてしまった独りの食事に鬱になりながら 少年はその自分で作った朝食を平らげる 「アスカ・・・・・先に行ったんだ・・・」 家の下駄箱から無くなっている彼女の靴 「僕も急がないと・・・・」    遅刻してしまう 淡い危機感を感じて、彼は靴を乱暴に履こうとした それさえなければ気付いていたはずなのに・・・・ ジュゥゥ 「うわっ!」 ・・・・それは彼女の置き土産だったんだろうか 「・・・ぅ・・・ぐ・・・ぁぁぁぁあああああああ!!!」 バシッ 乱暴に、靴を投げつける 中には強い酸性の液体が靴いっぱいに入っていた 鼻につく刺激臭 溶ける足の皮膚 絶え間なく感じる痛覚 覚悟していても・・・・し切れるものじゃないから 「アス・・・・・・・・・・・・かぁ」 珍しく・・・・彼は涙を流していた 酸にまみれた絨毯にその雫を滴らせて 「痛いよ・・・痛い・・・・・・」 痛い、けど単純な痛覚だけじゃなくて なにか大切なものを確実に失ってしまった少女の心の痛みが ・・・・彼には自分のことのように感じてしまう 「ぁ・・・アスカ・・・・・ごめん・・・ごめん」    ごめん・・・・・・・アスカ 足を傷めて膝を折る、頭を垂らす彼は まるで何かに許しを請うように・・・・・祈るように・・ただ跪いていた 「ご・・め・・・ん・・・・」                                             怨編へ


アスカ:なんでシンジ怒らないんだろう?

マナ:なにもかも嫌になってるのかもね。

アスカ:このままじゃ、シンジが壊れてしまいそうで・・・。

マナ:あなたが原因でしょっ。(ーー)

アスカ:そう・・・なのよねぇ。どうしたものかしら。(ーー;
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