ピッ、ピッ、ピッ、ピッ

電子音が部屋にコダマする


「ですから、後頭部を机の角に殴打、裂傷が激しいので・・・はい」

「・・・そうです、出血が酷く、輸血も間に合っていません・・・ええ。その点については十分理解して
 いるつもりです。」

「そちらの都合もわかりますが、こちらとしても・・・はい、もちろん全力は尽くすつもりです・・・・
 回復しだい連絡しますので・・・・ではこれで・・・」


ガチャ


「まったく、自分たちの都合ばかり優先させて・・・ここに彼女のほかに何人の患者がいると思ってるんだか」


 これだから軍属は・・・

口から愚痴が零れる

それもそうだろう、今まで徹夜で彼女の頭部を縫い、輸血、ショック症状対策、すべて万全を期して取り組み、
それでもまだ足りないというのか。

自分は外科の技術としては右に出る者はいないと言われている、だからこそ要人である彼女の手術を任された。
それについては信頼してほしい。

第一、怪我を負わせたのはそちらの落ち度であって自分に非はない。まずその点について考えるべきなのに


「どうせ手術するなら・・・彼の方が良かったわ」


ここ数日、何度もこの病院に足を運んできたその彼は碇シンジと言う

どうにも自分の生死、体調に無頓着のように見えるのに。なぜか彼には生きたがる意志があるように思えた

死にたいけど、生きたい。矛盾しているようで、実は人間誰しも心の中にその矛盾を抱え込んでいるんだろうけど、
彼の場合はそれが如実すぎるような気がした。

彼の精神構造、またそれが形成されるにいたる経歴を調べてみたい。


「知的好奇心・・・私にはもう縁のないものだとばかり思ってたけど」


彼の生い立ちに興味が沸く、これは今までの自分の人生の中で非常に稀有な出来事だ

今までトップを走りつづけた彼女にとって、他人は見下す存在にすら値せず興味を持ちえないものだった。

小さいころから英才教育を父に叩き込まれ、ひたすら医師としての知識と技術を学び、気が付いたらここにいた

この人生に後悔はない、ないけど、それでもなんか物足りない感覚があるのも確かだ


「彼は今まで、どんな人生を歩んできたのかしらね?」


そう言って、とりあえずこのことについての思考を停止し、今の自分の患者についてカルテを書く

そこには

患者:惣流アスカ・ラングレー
病状:頭部裂傷(針9針) 出血過多 意識混濁
備考:最優先患者

と記されていた











今この瞬間 君を感じて 憎編『仮初めの生活』

「え、アス・・・惣流さんが?」 「ホームルームの時に急に倒れまして・・・・後ろの机に頭を打って、危険な状態のようです。  原因に心当たりはありませんか?」 「えぇ・・・と、あまり思い当たることは」 「そうですか。いえ、君は彼女といる時間が長いですし、なんといっても立場的にも彼女に一番近いので・・・。  なにか思い出したら、知らせてください。」 「はい」 「それと、今日暇でしたら惣流さんのお見舞いに行ってくれますか?私たちではあそこには立ち入り禁止なので  代表としてでもいいですから」 「あ、もちろん行きますから」 「では君は授業の方に」 「失礼しました」 そして、教師に一礼をしてシンジは職員室から出ていった 「あ・・・、なんで遅刻したのか理由を聞くのを忘れてしまったな」 まぁいいか、彼にはアルバイトもあるんだし、とそのことについては保留しておいて  そういえばなぜ彼は足を引きずっていたんだろう・・? 職員室に残された、初老の教師はその遅刻の原因がやはりその足にあるのだろうかと推測し、また後で聞いてみようと 日誌へと目を向ける。 ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――― カン、カン、カン 教室へと向かう階段 「アスカが倒れた・・・・か」 理由なんて、どうでもいい。ただ、彼女が倒れたという事実が間違いなく自分の所為だと、それだけは確信できる。 自惚れじゃない。僕にだけある忌まわしい才能が、また一人身近な人を不幸にした。それだけだった。 「だから、早くにアスカから離れるべきだったんだ。また繰り返すだけで・・・」   それでも、やっぱり・・・独りは嫌だ だから、彼女とのつながりを自ら閉じるのが嫌で、また悲劇を繰り返して・・・犠牲者が出る 「はぁ・・・教室、行きたくないな」 そうは言うものの、彼の足は止まらず、教室に着いて ガラッ 入ると、中にいる生徒が軒並みこちらに視線を向ける ボソボソと、こちらを向きながら内緒話をする彼らがまた癇に障る 「・・・あ・ほら、碇くんよ・・・・やっぱり惣流さんも・・・・」 「・・・・だって、同じ家で生活してるんでしょう?・・・そりゃ・・・」 「・・・可哀想よねぇ・・・うんうん・・・」 「・・・あいつも見かけによらず・・・だって、クラスメイトの物を平気で盗むような奴だぜ?・・・ああ・・」 「・・・でもまぁ、俺も一緒に暮らしてたらそれくらい・・・いや、冗談だって・・・」 ブチ、ブチ こめかみで、血管が切れるような音が響いた それを無視して、とりあえず彼は自分の席に向かう そこには、いつもあったはずのラクガキも汚物もなかった 原因は・・・・そう、彼女がいないのだ。やる人がいないから、汚されようがない でも、そんな事実には気付かずに、いくらか意外そうな顔をして彼は席に着いた 「ねぇ、碇くん。アスカのお見舞いに私も行かせてくれないかしら・・?」 突然、ヒカリがシンジに話しかけた。周囲でまたざわざわと騒音が漏れる 「やめなさいよ、ヒカリ。彼に頼むと何されるかわかんないわよ」 そう彼女の友達らしい女子が耳打ちする。一応小声で話しかけているつもりなのだろうがこれ以上ないほどに 彼の、シンジの耳に突き刺さった。 「・・・・いいよ。今日僕もお見舞いに行くつもりだったから、ついでに・・・」 と、善意で言うと遠くから野次が飛んできた 「委員長にまで変なことすんなよなぁ」 どっと沸く男子生徒、それを冷たい目でみる女子 とりあえずそれを無視して、彼は汚れていない机に本を出して読み始めた 「い、碇くん。気にしないでね・・・じゃあ放課後よろしく」 居心地が悪くなったのか、ずいぶんと焦りながら彼女は席を離れた にわかに静かになった周囲、とりあえず本に集中することで外界から意識を除く といっても、内容は文学青年が読むような堅苦しくて、その実登場人物には生気も魅力も感じられない話で 自然と思いは彼女へと向くのだった  アスカが倒れた  原因は・・・僕、のはず  あまりに急で、実感が沸かないけど  でも、アスカが僕に辛く当たり始めたのは一週間ほど前で・・・・  あ・・・きっかけと、なることが・・・ない  悪いのは・・・僕じゃ・・・ない? 今までとにかく自分の所為だと思っていた彼女の変貌 しかし、よく考えれば自分はきっかけとなるようなことをした覚えがない でもだからといって自分が完全に無関係だとは思えなかった なぜなら・・・彼女の敵意は明らかに自分に向いていたのだから 直接的な原因は自分じゃないとしても、一因であることは間違いないんだろう やはりこれからも自分のスタンスは変わらない 彼女の思うまま、そう『彼女』のするがままにそれを耐えればいいんだ そこに、終結するのだった ガラッ 「席に着け。授業を始めるぞ」 「起立、礼・・・・・・着席」 「今日の欠席は・・・惣流と鈴原か」 教師はそれを確認すると出席簿に書きとった トウジが休み・・・? ケンスケに視線を向ける 彼はいつものように自分のパソコンでカタカタとなにかやっていた メールを送って・・・・・ いや、やめておこう 今の自分が彼の心配をするなんて、意味がないように思う 第一、ケンスケが快く思うはずもないし、知ってるかどうかも、知っていたとして教えてくれるかさえ 分からないんだから そして、また本に視線を移す 「おい、碇。授業が始まってるんだ、本をしまえ」 先生が言った 仕方なく、本を机の中に入れる 教師の言葉は、ただ非難するよりもずいぶんと憎憎しげで、おそらくは彼のことを例の噂から疎ましく思って いるに違いなかった。 それがまたひどく苦しくて、辛い。 本をしまう際に、ふと目に入るもの、机にはいつか流した血がこびりついていた   あぁ・・・汚いなぁ 自分の血を見て、嫌悪感をあらわにしてそう呟いた 実際、こびりついている血は酸化して茶色で、酷く醜い どうにも嫌になって、カリカリと爪で剥がしはじめた 彼は、これが彼女の倒れた原因であることを知らない 「・・・・・この係数を同様に括り出す。次に次数の低い記号を主にして並べて・・・・・・」 授業で教師がなにか話しているが、馬耳東風といった感じだった。 今はとにかく自分の汚れた机をカリカリとひたすら剥がすだけだった そうしている間も授業は進む 二次方程式、展開、因数分解・・・全部聞き流す だいぶ血が剥がれて、爪が真っ赤になったころ 自分の携帯から音がした ピピピ メールを受信した音だ 「碇・・・、授業中は携帯の電源は切っておけ」 トントン、と苛ついて頭を叩き、そう言う教師。 よっぽど、廊下に立たせてやろうかと考えたがふいに彼があのロボットのパイロットであることを思い出し すんでのところで自制する。 「あ・・・すいません」 一応口では謝るものの、すぐに携帯に目を移しメールを読む彼には、もちろん反省なんてものはなかった。 誰だろう、と考える前に 自分にメールを送る人がいたなんて、とまず疑問に思った。 差出人は・・・ 非表示、とだけ書かれていた。自分の名前を知られたくない相手・・・? 『突然のメール、驚いたかもしれません。 私は、あなたの主治医です。覚えていますか・・・? 今日惣流アスカさんが倒れて入院したのはおそらく御存知だと思います。 だいぶ危険な状態なのですが、彼女は意識を取り戻していないなかあなたの名前を 呼んでいるようです。 もしよろしければ、今すぐこちらに来ていただけませんか? 学校側には、ネルフの方から連絡が行くはずなので早退してください。』 これだけだった。 『もしよろしければ』と書かれているが、これは半ば強制であるらしい。 セカンドチルドレンの危機だけに、ネルフが動いたのも頷けなくはないけど・・。 どことなく引っかかる。そう、なにかおかしくはないか。 わざわざそれだけのために・・、別に放課後でもいい気がする。 大体アスカが自分の名前を・・・? 「碇くん、アルバイトだそうです」 そう考えていると、教頭先生が教室に入ってきて無理やり連れていかれることになった。 いくつかの不審な点があるものの、こうなった以上行くしかないんだろう。 アスカのところに。 そしてネルフに向かう電車のなかで、洞木ヒカリに 『そんなわけで、お見舞いに連れていけない。ごめん』 とメールを送った。返事はいつになっても返っては来なかったけど。 ピッ、ピッ、ピッ 電子音がコダマする病室で、人知れず女医はつぶやいた。 「どうして、私はこんなことをしたのかしら・・。  彼が来る必要なんてどこにもないのに」 そこには、何も喋らず、まるで人形のように動かないお姫様がいた。


マナ:やっと、シンジのありがたみがわかったみたいね。

アスカ:後の祭りとはこのことだわ。(ーー;

マナ:アスカは、どうなっちゃうのかしら?

アスカ:精神病院に行ったりしないでしょうねぇ。

マナ:このまま精神崩壊?

アスカ:それだけはイヤーーーー!!
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