今この瞬間 君を感じて 会編「生きるだけの理由」

着いたところはとても白くて、機械的な部屋 冷たく横たわる彼女はまるで死人のようで、触れることさえ躊躇ってしまうほどだった 「あ、アスカ・・・」 愕然とした 体中に配線を着けて、ベッドに眠っていて、わずかにも動こうとしないのに 目だけはうつろに開けているのだ 何も映さない目は、ただ気味が悪くて そして、目眩がするほど背徳的に、ゾクゾクする ・・・・罪悪感で 「あ、アスカっ!アスカッ!僕だよ、シンジだ・・・・」 手を握り、ゆさゆさと動かしてみる 反応がない まるで人形を抱いているかのように 「・・・・無駄・・・・か」 そっと手を離し、そしてその手を彼女の顔に置いた 頬を撫でてみて、その冷たさに改めて驚く 彼女の青い瞳があまりに近くて、そしてにごりきっていた 「そんな目で、僕を見ないで・・」 指をまぶたに置く これは、あの夜彼女がシンジの部屋に訪れたときの再現のように でも今目に触れているのは少年で、触れられているのは少女で 脳裏には、さっきの少女の死んだ魚のような目が焼きついて離れなくて 少しだけ・・想い出のあの子の、あの瞬間の顔に被る 「見ないで・・・見ないでよ」 これ以上その目を見るのが辛くなったのか、指に力を込めた 一瞬・・・そう、一瞬だけ、指で目を突き刺そうかと考えてしまって また強い罪悪感に身をよじる その考えはなんとか押しとどめて、その目をまぶたを挟んで閉じさせた いたたまれなくなって、部屋を出る 胸には、さっきの罪悪感と、絶望感と それに脳裏に映る凄惨な1シーン 「うぐ・・・・・・気持ち悪い・・」   耐え切れない   無理だ、こんな生活 死にたい、というよりも消えてなくなりたいという漠然とした欲求 すべて投げ出せたらどんなに楽だろう・・? でも、捨て切れない・・・・・なんでだろう、どうしても   僕は、死ぬことだって・・・・できないのか 「ハハ・・・・・だっさぁ・・」 ガタン、と勢いよくエレベーターの中で座りこみ、そして自嘲した   わかってるんだ、わかってるよ   自分の臆病さだって・・・薄汚さだってさ、知ってる 「だから、僕はさ・・?アスカの行為だって全て受け入れるつもりだったのに・・」   なんでこんなことになったんだろう・・・ チーン エレベーターが、一階に着いた・・・ 憂鬱すぎて身動きもとれない・・けど、それでもまた右足を踏み出して彼はエレベーターを出た 家にあるのは・・・? そう、誰もいない。ただ孤独な空間だけ ――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 「どうだった・・?碇シンジくん」 「あ、女医さん・・・・・だめでした」 もう病院に通いつづけて三日が過ぎた その間、少女は一切の反応を見せはしなかったし、少年も特に目立った行動をしなかった 病室からでて、話しかけて来たのはあの医者 視線がとても辛辣で、まるで品定めされているかのように感じる 「あの、本当にアスカは僕の名前を・・・?」 かつてのメールの内容 これだけがずっと疑問だった 彼女が自分を、こんな状態で呼ぶのだろうかと、少年には理解できない 「えぇ・・・運ばれてからずっと、彼女はあなたのことをずっと」 「でも、呼んでなんか・・・・」 完全に嘘ではなかった 運ばれて最初のころは、彼女は少年の名前を呟いていた けど、それは運ばれて一時間ほどで、すぐにその声はなくなってしまって 「・・・彼女の傷は、確かに深いけど命に別状はないわ」 その少年の疑問を降り切るかのように、女医は言い放った 「でも、彼女は目覚めない。もう事件からそれなりに時間が経っているのにね。 脳波を見てみたけれど、どうも彼女の精神状態に問題があるみたいなのよ・・・。 だから、彼女が名前を呼んでいたあなたにこうして来てもらったわけなんだけど」 「・・・・意味がなかったみたいですね」 先を取るかのように、言った でも、まるでその返答を待っていたかのように目の前の女は口の端を僅かに歪めた 少年には分からないほど小さく、笑った 「・・・そうね。でも、君を呼んだのには他に理由があったの」 「え・・・?」 そして始まったのは、医者としての仕事ではなかった   ただ自分の欲望を満たすために   彼を犠牲にしたかった 「・・・・サクラ」 ドクンッ 聞いた瞬間、吐き気が押し寄せた 桜?・・・・・いや、サクラ 「な、なんで・・・」   なんで、その名前を・・・・・・ 「ふふ・・・・やっぱり、あれは事実だったんだ」 ガタガタと震える少年の体を愉快そうに眺めて、女医は呟いた   どうして、あなたがそれを・・・? 視線だけで問いかける 気持ち悪い・・・・・あの、映像が頭をよぎる 「調べさせてもらったわ・・・・あなたの、過去」 「な・・・・・・・そんな・・」   ばれた・・・・・あれを、知られた   ダメだ、ダメだ、ダメだ   ダメなんだ・・・彼女と僕の絆、どうして・・・ 「ごめんなさいね、ネルフからの命令で仕方なく・・」 『どうしてそっとして置いてくれないんだよっ・・・・っ!!』 女医はすまなそうにそう言った それを聞いて、絶望の矛先をネルフに向けるが・・・・ 嘘だ、ネルフがそんな命令をわざわざ・・・? 調べるまでもなく、彼の一生はネルフに監視されているのに 独断・・・彼女の好奇心が、少年のすべてを調べ上げた そして、その末に 「あなたの目の前で、人が一人飛び降り自殺をした・・・」 少年の、かつての血に染まった過去が暴かれる ドクンッ! 「いえ・・・違うわ。あなたが殺した。あなたは、人を一人殺した」 「・・・・・・・・えぇ・・・・そう・・・です」 胸が張り裂けそうに、心臓がドクドクと音を立てている 緊張と、あのことを触れられたこと・・・・   このことを他人から聞かれるのは・・・そう、もう一年振りなのか 「あら、あっさり認めるのね・・・?」 「それが、彼女の意志なんです。僕が彼女を殺したことが・・・・僕の、罪だから」 でも、その割りに思考は穏やかなものだった 「僕が・・・・・・彼女を殺したんです・・・・この手で・・・・この目で。この体が・・」 ガタガタガタ・・・・また体が震えだした 思い出してしまった。鮮明に、あのシーンを 今まで幾度と無く浮かびはしたけど・・・・手に感触までが 「突き落したんだ・・・・突き放して、落した・・・屋上から・・・?  違う、教室から・・・」 「・・・・・・・・」 女医は、何も言わなかった ただ彼の独白を聞くだけで、なにも言わない 最初のあの品定めするような視線を崩そうとしない 「人間って、簡単に死ぬものなんですね・・・?  本当に、簡単なんですよ・・・・医者の人にこんなこと言うのって失礼なのかな」 笑いが止まらない、自虐的な自嘲が 「なのに・・・・なのにっ!なんで僕は死なないんだろう・・・・  手首を切っても?殴られたって、蹴られたって、そうだ・・・・エヴァに乗っても死ねなかった」   それは、今まで溜まっていたであろう想いだった   死にたかった・・・ずっと、ずっと願っていた   咽喉から手が出るほど、その安易な選択を求めていたのに 「口から血が出たんだ・・内臓に、傷があるって・・・『やった、これで死ねる』って思った。 頭痛が止まない時があった。目眩がして、倒れこんで・・・でも、目が覚めてしまって。 そうだ、手足が折れて動けないときもあって・・・体が冷えていって、それで・・・・・」 「・・・・・・・」 「エヴァに乗って、光線を胸に受けたことがありました。 悲鳴を上げて、苦しそうな顔をする反面・・・ココロの中で、凄く嬉しがってて。 気付くとまたあの薬品の匂いがただよう病室だった・・・。 それよりも、もっと前。最初に戦った時・・・もしかして、否定しつづければ使徒なんかと 戦わなくても良かったんじゃないかって、思う・・・でも、僕は戦ってる。 無理やりだと思った。思いたかった。人類を守るため・・?それよりも、目の前の人を守るためって・・・・ 乗って、腕を攻撃された・・・・死ぬほど痛かった。頭を掴まれて、あの時握り潰されてれば・・。 左目が潰れたときも、もっと、もっと・・・体が痛めつけられればって。消えられるんじゃないかって。 ほら、痛覚って酷いダメージを受けると麻痺するっていうじゃないですか・・? だからこれだってって・・・・そう、あの日からずっとこびりついてる考えが・・・消えるならって」 それでも、女医は何も言わない ただ品定めを、少年という物質の価値計りをやめない その反応の無さに自分のしたことが愚かだったと思い出し、恥ずかしげに目をそらした 「すいません・・・・・こんなこと、聞いても面白くないですよね」 そう言って、踵を返して帰ろうとしたとき、後ろから声が聞こえた 「・・・いえ、とても興味深いわ」 「えっ・・・?」 慌てて、後ろを振り返った そこにはさっきの視線をさらに淫らに、欲望に隠そうともしない彼女がいた 「ねぇ・・・あなたは死にたいの?それともまだ生きていたいの?」 それは、彼自身ずっと考えつづけていた命題 「・・・な、なんでそんなことを聞くんですか」 「ただ興味があるからよ」 「それだけ・・・・・ですか」 「えぇ」 この質問の答えがどれだけ知りたかったかわからない 今まで生きてきて、この答えだけ求めていたのかもしれないほど 教えてもらえるものなら教えてほしかった   僕は、生きるべきなのか   それともそんな資格なんてないから・・・自分で命を絶つべきなのか 死ぬのは怖い 怖くないと言ってる人間は、きっと愚かな生物 生きるため、自分達の種を残すために野生の生物は必死なのに   そうだ、生き物には生まれた瞬間からたったひとつだけ、絶対に忘れてはいけない本能が備わっている   それは・・・・・・?   ・・・・死を恐れる本能   でも、それだけじゃないんだ なにかが、ココロの中に引っかかっていた   まだ胸の中に・・・頭の中に、本能だけじゃ説明できない意識があるんだ 「ねぇ、なんであなたはそれだけ死に直面し続けて・・・生きていられるのかしら」 ドクッ 「すごく・・・・興味深い」 舌なめずりをした 獲物がみつかったから 自分の欲望を満たす可能性のある獲物 「あなたのことが知りたいの・・・教えてくれるかしら」 これがきっと、彼女のたったひとつの生きる理由だから


作者"<える>"様へのメール/小説の感想はこちら。
teddymatsu@yahoo.co.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

inserted by FC2 system