行けなかった場所 〜それぞれの一歩〜 【後編】

                          フラスコ


【那覇空港前】

 「わぁぁ。さすが沖縄、凄い日差しね。」

 「ちょっとアスカぁ。これ全部僕が一人でホテルまで持って行くの?」

 「なに情けない声出してるのよ。かよわい女の子にこんな重たい荷物持たせようって言うの?」

なにが‘かよわい’だよ……。とは言わなかった。シンジも災難を避ける術をだいぶ学んだようだ。

 「シンジ、今『誰が‘かよわい’だよ』って思ったでしょ!」

ただ表情には出ていたようだ。というよりお互い考えている事がたやすくわかる関係なのかもしれない。

 「えっ!そ、そんな事思ってないよ……。」

 「図星ね。」

嘘のつけない少年、碇シンジ。

 「ほんとにそんな事思ってないって!」

 「まあいいわ。そう言う事にしてあげる。」

 「信じてないでしょ。」

 「信じてるって、さあ行くわよ、シンジ!」

 「ちょ、ちょっと待ってよ、アスカ。」

その後、さすがに遠いのでタクシーを使ってホテルに移動する。

 「へえー。ずいぶんと豪華じゃない。」

 「高いんだろうな、ここ。」

 「なに貧乏くさい事いってるのよ。どうせ全部そのカードで支払えるんでしょ。」

 「うん。でもミサトさん残念だったね。用事があるなんて。」

鞄にタクシーの料金を支払う為に、現金と一緒に取り出したキャッシュカードをしまいながら言う。

 「どうせ加持さんとより戻そうってんじゃないの。さあ、さっさと部屋に入るわよ。」

 「そうだね。仕方がないよね。」

チェックインのためにフロントヘ向かう。

 

 

 「えっと。僕が702号室でアスカが703号室だよね。この後どうする?」

 「今日はもう2時だから、海は明日にしてお土産買っちゃおうか。」

 「そうだね。じゃあ荷物置いて、準備できたらロビーに集合でどうかな?」

 「ええ。わかったわ。」

それぞれの部屋に入る。一時間後、二人は売店にいた。

 「トウジにはちんすこうとか豚の角煮かな、ケンスケは何がいいんだろう?」

 「あっ。この服、ヒカリに似合うかも。後は……そうだ!シンジ、ミサトのお土産どうする?」

 「ミサトさんかぁ。やっぱりお酒でいいんじゃない。」

 「じゃあそこのハブ酒で決まりね。」

万事この調子で淡々と事は進み、レストランでフルコースの夕食を終えた二人は、各々の部屋にいた。

 「………やっぱりこの調子で三日たっちゃうのかな……。」

彼女は二人の関係が崩れるかもしれないこのイベントに、勇気を出して参加する事にした。

それだけに、このまま彼とよい方向に進むのではないかという期待が大きかった。

 「何もしないでどうこうなるほど虫の言い話はないか……。」

そう、何もしなければ何も変わらない。普段は行動的な彼女もこの事については臆病だ。

彼女にとって最も失いたくないもの。それがシンジとの関係だった。

だから何かするにも恐れが先に出てしまう。

 「普段は普通に接する事が出来るのに……。」

気にしなければ普通に接することが出来る。だが、それ以上はお互い気まずくなってしまう。

しかし、この関係に彼女が我慢できなくなっていた。

自分の事をどう思っているのか?それが聞きたかった。

そして彼女はまた新たに『一歩』踏み出した。

 

 

シンジは一人考えていた。彼の父親とも他の事に対しても上手くやって行けそうな気がした。

だが自分は、彼女に自分の気持ちを伝えていない。このままでいいのだろうか?

彼もまた彼女との関係を壊したくなかった。だからいつもその傾向が現れると逃げた。

怖かったから……。

 「シンジ、起きてる?」

突如、彼女の声がした。驚いてドアを開けると、そこには果たして彼女が立っていた。

 「アスカ、どうしたの。」

 「えっ、うん。なんかさ、このまま寝るのももったいないじゃん。だから、これ。」

そう言って彼女が見せたのはトランプだった。

 「トランプ?」

 「そうよ。大富豪でもしましょ。もちろん賭けて。」

 「ちょっと、明日スキューバやるんじゃないの?寝たほうがいいよ。」

 「何いってんのよ。ほら早くやりましょ。」

結局、押しきられ明け方近くまでトランプをやる事になった。

結果は、運も勝敗に影響するので五分五分だった。

だがシンジは、遊びたいだけに見えるこの行動が実は、ただ彼と一緒にいたいという彼女の思いだと言

う事に気付いただろうか。

 

 「ふわぁ。結局、三時間しか寝れなかったわね。」

 「眠い……。やっぱり止めとけば良かったかな。」

 「グダグダ言わないの。さあ海行きましょ。」

眠い目をこすりながら、朝食をとりスキューバをする為に海へと向かった。

そこで先に待っていたインストラクターと合流した。

そして、BC(浮き袋みたいなの)、レギュレーター(口にくわえる空気を吸う為の道具)、タンク(空

気)、ウェットスーツ、ウェイトベルト(重り)の着脱、セッティングなどの説明をうけた。

 「ウェットスーツは着ましたね。ではまずウェイトからつけてみましょう。こうしてこう……」

 「ねえシンジ。これ、どうにかならないのかしら?せっかく水着新しいの買ってきたのに……」

赤色のウェットスーツをあちこちいじりながらシンジに話しかける。

シンジにとって見れば体のラインがクッキリ現れる‘それ’でも十分刺激的なのだが。

 「アスカ、ちゃんと説明聞いた方がいいよ。もし何かあったらどうするんだよ。」

しかし、再三、シンジに言われてもアスカは真剣に聞く気はないようだ。

それもそのはず、彼女はスキューバをやった事があるのだ。

だが『危険』は最初より慣れが出てきた頃にやってくる。

それは、いよいよ海に潜った後にやってきた。

インストラクターの後について泳ぐはずだったが、何度も潜り自信のあるアスカは勝手にあちこち見て

まわっていた。

その結果、アスカを連れ戻そうとしたシンジも何時の間にかインストラクターとはぐれてしまっていた。

 (アスカ、はぐれちゃったみたいだよ。水面に上がった方がいいよ。)

 (大丈夫よ。それより凄くきれいね。ほら見て!あの魚。)

もちろん水中なのでジェスチャーによる会話である。

ユニゾン訓練をしたせいかしっかり意思の疎通が出来ている。

 (あっ。向こうにも何かありそう。もうちょっと見てまわってくるわ。)

そして、かなり速いスピードで向こうへと泳ぎ去った。

シンジはそれを必死で追いかける。

やっと追いついたシンジの見たものは、水中でもがいている少女の姿だった。

タンクの中の空気は深度が深くなればより多く消費される。

10メートルに潜ってから既に四十分、彼女はエア切れ(タンク内の空気がなくなる)を起こしたのだ。

慣れた者なら未だ十分に空気は残っているはずだ。

だが、海に入ってからアスカは周りの光景にはしゃぎすぎた。

呼吸のペースが激しい運動により速くなってしまったのである。

その上、残圧計(空気の残量を見るためのもの)を見るのを忘れていた。

その結果、エア切れを起こしたのである。

シンジは多少慌てたが、教わったとおりにオクトパス(予備のレギュレーター)をアスカにくわえさせ

ようとした。

しかし、彼女は混乱してしまい、シンジがいくらくわえさせようとしても受け付けなかった。

シンジは焦り出した。

こんな時どうすればいいのか?それがわからなかった。

そしてまた、シンジの方も空気が切れかけていた。シンジは初心者であった。

このままでは自分もエア切れを起こしてしまう。それはシンジもわかっていた。

だが、シンジに恐怖と焦りを感じさせたのはその為ではない。

このままではアスカが死んでしまう。それがシンジの心に恐怖と焦りを感じさせていた。

少女の動きが次第にゆっくりとした物になって行く。

いやだ!アスカを失いたくない!

そう思った時には、シンジは空気を一杯に吸いこみ、アスカと唇を重ね、空気を送り込んでいた。

 

 

 ザァァーーー  ザァァーーー

穏やかな波が打ち寄せている。二人は砂浜に座っていた。

あの後、なんとかアスカにオクトパスをくわえさせ、水面に浮上した。

インストラクターの人はだいぶ怒っていたようだった。無理もないだろう。

そして、アスカは水を飲んだ為、病院に搬送された。

幸い、なんでもなかったが安静にしているようにといわれた。

その後、どちらが言うでもなく、ホテルの近くの砂浜で海を見ることになった。

 「………………。」

 「………………。」

無言のまま時がたって行く。絶える事のない沈黙。夕日が沈みかけた頃、アスカが口を開いた。

 「シンジ……。」

 「……なに。」

 「わたしって勝手だよね……。」

 「えっ?」

彼女は膝に顔を埋めたまま話し始めた。

 「自分で勝手な行動取ったりして、いろいろ我が侭言って、自分を認めさせる為にいつもトップにい

  なければ気がすまなくって……なのに心の奥では誰かに助けを求めてて……。わたしが悪いのに周

  りの人のせいにしたり、何かあるたびにシンジに八つ当たりして……。」

 「そんな事……」

 「否定してくれなくていいわ。自分でもわかってるから。でも、何かあるたびにシンジが助けてくれ

  て……あの時も、そしてさっきも……でもあの時はそれがたまらなく嫌だった。それが人より劣る

  事だと思っていたから……。自分の事しか考えてなかったのね。」

 「そんな事ないよ!あの時は僕だって自分の事しか……それにもう終わった事だよ。きにしなければ

  いいよ。」

 「………わたしはそんな風に思えない……。」

 「うん。僕もそれがただ逃げてるだけだって、最近気付いたんだ。そして後悔ばかりするんじゃなく

  てそれはそれで教訓にすればいいんだと思うようになれた。」

 「強いね、シンジは……。」

 「そんな事ないよ。僕はアスカのおかげで少しずつ過去と向き合っていけたんだ。だから……

  アスカが過去と向き合えるまで僕が力になるよ。」

少女が顔を上げゆっくりと少年の方を見る。

 「ほんと?」

 「うん。」

 「ありがと……。」

 「べつにいいよ。」

照れ隠しか、少女は唐突にこう言った。

 「そう言えばシンジ。あの時キスしたよね。」

 「うっ!あれはなんと言うか、その……。」

実際、彼女はその時の事は意識がぼうっとしていてハッキリ覚えていない。

 「どう言う事かなぁ?」

こういう気持ちの切り替えの早さも少女の持ち味だろう。

 「ほら!答えなさいよ。」

 「………嫌だったんだ。」

 「へっ?」

少年はあまりあわてたようすもなく喋り出した。その様子に拍子抜けしてしまう少女。

 「あの時、アスカがいなくなってしまうと思ったら凄く嫌だったんだ。」

少年は決意していた。自分の気持ちを伝える。長い道のりをたどったが、もう逃げない。

例えアスカが自分の事をなんと思っていようが、自分の気持ちは知っていてほしい。

それがシンジの『一歩』だった。

 「今までアスカとずっと一緒にいて、時々嫌になることもあったけど、やっぱり和んだ気持ちになる

  ことのほうが多かった。アスカ……僕はアスカの事が好きだ。」

ビクッと少女が震えたのがわかった。どう答えられるかとても怖かった。

しかし少年には少女の答えを待つ事しか出来なかった。

 「………………。」

少女は戸惑っていた。思いもよらない少年からの告白。

気持ちは決まっているのにふと、自分のプライドが頭をもたげる。

素直な気持ちになること、それが少女にとっての『一歩』だった。

 「わたしも……わたしもね、シンジの事好きだよ……。」

少し顔を横に背け、はにかみながら少女はそう告げた。

お互いを見詰め合い、二人はゆっくりと口付けを交わした。

 

これが少年と少女の本当の意味でのファーストキスになるのだろう。

そして、今後は二人で人生に『一歩』を踏み出していくのだろう。

 

 

【エピローグ】

 「にしても最近のあの二人は何処ヘ行ってもアツアツだな。」

 「フッ。計画は全て上手く行った。」

 「葛城君の協力の元、二人っきりで沖縄に行かせて結ばせようという計画か?」

 「そうだ。全て事は上手く運んだ。」

 「不定要素も多かったがな。結局、なかなか思いを伝えられない息子を心配しただけだろう。」

 「……」

 「しかしあのままアスカ君が溺れてしまっていたらどうするつもりだったのだ?一歩間違えば大変

  な事になっていたぞ。」

 「問題ない。」

 「全くおまえという奴は…何処からその自信がくるのだ。」

 「わたしの息子だからだ!」

 「それでは理由にならん。シンジ君はお前とは違う。」

 「何故そう言いきれる!」

 「何時だったがユイ君に何をしたか忘れてはおるまい。」

 「知らぬな。そんな恥ずかしいこと……。」

 「ならば言っても良いな。あれは雨の降りしきる九月のある日、お前は駅前でユイ君と待ち合……」

 「引っ立てぇい!」

 「ははっ!」

何処からともなく黒服……ではなく、一昔前の格好をした者たちが出てきて年取った方を連れていく。

 「何をする!離せい。ムム、覚えておれぇー。」

 「フッ、問題ない。」

三日後、お年よりはボケていた。


後書き

フラスコです。今回は後編、前編よりかなり長くなりました。

全部読み返して見ると……酷いことになってるかも。

しかも最後はギャグ入ってます。書いてて恥ずかしくなってきて、その反動で…。

連載が告白シーン入ったとき心配になってきた…。

ちなみに、ダイビングこんなに簡単に潜らせてもらえません。(たぶん)

理論習って、筆記試験を受けて、プールで基礎習ってからでないと……。

至らない所があるかも知れませんが、許してください。


マナ:やったー。沖縄だぁ。

アスカ:なんで、アンタが来てるのよっ! 本当の話の流れを違うじゃないっ!

マナ:だって、前回のコメントでわたしの名前が入ったチケットをシンジにあげちゃったでしょ。シンジが、「これマナの名前入ってる。」って渡してくれたの。

アスカ:(ガーーーーーーーーーン!!!)

マナ:さっ、潜りに行きましょ。

アスカ:いやーーーーーっ! シンジと潜って、アタシは助けて貰うはずなのにぃぃぃぃ。

マナ:大丈夫だってぇぇ。

アスカ:イヤイヤイヤっ! アンタに、助けてなんて欲しくないわっ!

マナ:だから、助けないから大丈夫だってばぁぁぁ。

アスカ:それもイヤーーーーーーーーっ!!!!

マナ:じゃぁ、どうすればいいのよぉ。

アスカ:ところでアンタ・・・。ホテルのチケットは、シンジが持ってるんだけど、どうするの?

マナ:あっ!

アスカ:泊まる所無いけど?

マナ:イヤーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!
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