2.14

                       フラスコ


 

それは人類にとって滅亡の危機という事態にさらされた最悪の時期だった。

しかし、それは子供達によって救われた。その年齢相応の生活を犠牲にして…。

戦いが終わり、世界は平和になった。そして、戦った者達にも安らかな日々が訪れた。

少女は、安らげる場所を見つけ、少年は逃げる事をやめた。それから時が流れ…

 

「よしっ!出来たわ!これでいいのよね、ヒカリ。」

あれから数年経ち中学生だった彼女らは、今や高校三年生になろうとしていた。

「うん、さすがね。やっぱり三年目だと手順とか完璧じゃない。」

「まあね。私にかかればこんなものよ!」

作り始めた当初はおっかなびっくりで大変だったのだが…。

「きっと喜ぶわね。なにしろアスカの愛情のこもった手作りチョコだものね。」

「当ったり前よ。喜ばないわけないじゃない?私があげるのよ!」

これはどう見ても惚気ているにしか見えない。そんな昔と違う友人をヒカリは嬉しく思った。

「ん?なに笑ってるのよ、ヒカリ。さては鈴原の事でも考えてたんでしょ。」

すっかり心を和ませていた彼女にとって不意の一撃。

「ち、違うわよ。今は鈴原の事じゃなくって…」

「今は?じゃあ他の時はそうなんだ。」

微妙なニュアンスの違いを聞き逃さずさらに追求するアスカ。

「えっ!いや…その……あの……」

彼女は昔とこの点においては変わっていないようである。

今、この二人が何をやっているのか?そう、御分かりのようにバレンタインのチョコ作りである。

もちろんアスカはシンジにあげるつもりだ。しかしこの二人、未だ恋人ではない。

「さってと。時間かかちゃったけど、明日が勝負ね。」

自分の部屋入り、隠し持ってきたチョコを引き出しの中に入れる。三年間変わらぬ行為。

しかし、彼女は思いなおして普段と違う所に入れ直す。

「あれから三年かぁ。あいつ…どう思うかな?好きだよ。なんて言ったら…。」

ベットにうつ伏せになりながら考えてみる。だが、難儀なのは自分の性格。

絶対に素直には言い出せないだろう。それは自分でも分かっている。

「あの時も結局、言えなかったのよね…。」

ふと、自分にとっての最初のバレンタインを思い出す。三年前の事だ。

 

三年前の二月14日、その日、アスカとシンジは久しく一緒に帰っていた。

戦いが終わり間もなかったが、人々は生きる意欲に燃えていた。

二人も久しぶりに友達と再会し、彼らと一緒にいる事が多かったため、帰りは別々になっていた。

いつも喋る方のアスカが黙っているので、会話は全くと言っていいほどない。そんな時だった。

「ほら。」

アスカがすっとシンジの目の前に何かを差し出した。

近すぎてシンジにはそれがなんであるかわからなかった。

「なに?これ??」

「どうせアンタ一個ももらってないんでしょ。」

綺麗にラッピングされた物体と、この言葉でようやく理解した。

「えっ、くれるの?」

「ヒカリに付き合った残りよ。」

「……えっ、じゃあ手作り!?」

かなり驚いた表情でアスカを見ている。

「か、勘違いしないでよね!義理だからね。」

「そう…。でも嬉しいよ。ありがとう。」

シンジは変わった。アスカはそう思っていた。

以前ならオドオドしてうろたえるはずなのに、今は自分を正面から見てお礼を言っている。

自分の方が思いがけない一言とその笑顔から目を反らしてしまう。……耐えられない。

それから、ひな祭り、クリスマス、正月と何かあるたびに言い出そうとしたが、言い出せなかった。

そして、翌年のバレンタインは、また義理チョコだった。

普段と違い、この時ばかりは彼女は奥手だった。

ただ、彼のもらった時の嬉しそうな顔が見れるだけで十分だった。

そして三年、恒例化しようとしていた行為、曖昧な関係の中、アスカは再度告白を決意した。

 

それは、今年の一月だった。受験が近づいていたがアスカは大学には行かないことにしていた。

そんな中、クラスでの会話でバレンタインの事が持ち上がった。

「だからぁ。やっぱり今年に賭けるべきだって!」

「そうかなぁ。でも来年もあるじゃない。」

友達の一人が誰かに告白したいと思っている。だが時期をいつにするかという相談だった。

「ちょっとわかってる?来年は受験の真っ只中だよ。

 バレンタインやクリスマスとか忙しいに決まってるじゃない。

 それに大学決まったらすぐに離れ離れになって遠距離恋愛にあるかもしれないんだよ。」

「でも、遠距離もいいんじゃない。」

「そうかなぁ。大変じゃない?色々と、何してるか全然わからない訳だしさ。」

アスカは、さしてアドバイスをすることもないので友人二人の会話をただ聞いていた。

「うーん。でもそれならバレンタインじゃなくても…。」

「きっかけよ、きっかけ!そう言うイベントがある日のほうがムード出るし、しやすいじゃない。

 それにこう言う日のほうが成功する確率が高いのよ。」

雑誌からの知識だろうが、その子が言うとやけに説得力がある。いつもそうだ。

「でもアスカはこんな悩みないもんねぇ。碇君がいるし…」

「そうそう。彼、かっこいいし、絶対浮気とかなさそうだもんね。」

「そ、そんなことないわよ。」

いきなり話しが自分に向けられたので焦った。しかもそれがシンジの事だからなおさらだ。

「またまたぁ。彼、ずっとチョコもらうの断ってるのよ。それって彼女がいるからでしょ。」

「えっ?でもシンジ一個ももらえないって…」

「それって気を使ってるのよ。うーん、うらやましいなぁ。ほんと。」

意外だった。だが考えてみると、今のシンジが一個ももらえないなんて明らかにおかしかった。

さらに詳しく聞くと毎年、かなりたくさんのチョコを送られるがいつもすぐ断るそうだ。

「そう言えば、バレンタインの日はいつもより早くに登校していたわね。」

部活に入っていたシンジはいつも早くに出かけるため、今日は早いな。くらいで気付かなかった。

そして、その日は顔を会わせる事がいつもより少ないような気がする。…避けていたのだろうか?

とにかくいまさらだが、シンジが実はかなり人気が高い事がわかった以上安心していられなかった。

自分のチョコを受け取って、他人のチョコを受け取らなかった。という事は可能性は十分だ。

そう言う理由だった。

 

「なんか緊張するな…。明日なのに…。」

長い回想を終え、再び決意を新たにしたのはいいが、余計に意識してしまったようだ。そして翌日…

「………………。」

シンジと一緒に帰るのは成功したが、意識しすぎて会話が出来ない状態になっていた。

「アスカ?なんか今日変だよ。大丈夫?」

「だ、大丈夫よ!」

照れ隠しでつい口調がきつくなる。昨日の回想が仇になった。

「そ、そう…」

「シンジッ!これっ!」

思いきって渡した。いよいよだ。自分の気持ちを伝えるときが来た。

「ありがとう。」

シンジはいつものように受け取った。言わなくては…

「え、えっとね…」

いざとなるとなかなか言葉が出てこない。

「わかってるよ。」

「えっ!」

心臓が跳ね上がるようだった。もしかしたら自分の態度でシンジはわかってしまったのだろうか。

「義理チョコよ!でしょ。」

情けなかった。それはいつも渡した後に自分の言う言葉。

アスカはいたたまれなくなって、その場所から駆け出した。驚いたようなシンジの声が聞こえた。

「あの馬鹿……」

自分の部屋に入って戸を締め崩れこんだ。

ヒカリに頼み込んで今年はさらに頑張って作った。だが、一年に数回では腕も上達するはずもない。

もちろんチョコは毎年本命で、気合を入れて作っている。

だから例え昨年のより出来が良かったとしてもあまり気にしないだろう。

 

「アスカッ!どうしたの!?何かあったの!」

シンジが帰ってきた。きっと後を追いかけて走ってきたのだろう。

ノックもせずに戸をあけた。かなりうろたえている様だった。普段ならこんな事は絶対しない。

「アスカ?」

「……………。」

「どうしたのアスカ?」

そっと肩を揺さぶられる。余計に悲しくなった。

「…………タが…」

「えっ?何?」

「アンタがわるいのよ!アンタが…アン…タが…。」

シンジのせいではない。それは分かっているがどうしようもなかった。

気持ちが涙と一緒にあふれて止まらなかった。

「せっかく頑張って作ったのに、あたしの気持ちちゃんと伝えようと思ったのに、それをシンジが…

 シンジが…」

不意に背中に温もりを感じた。…シンジに抱きしめられていた。

「ごめん、アスカ。アスカの気持ち踏みにじるような事しちゃって…本当にごめん」

「なんで謝るのよ。あたしが悪いのに…アタシがはっきりしなかったからなのに!」

「それは僕もだよ。はじめてチョコもらった時『義理チョコよ!』って言われたけど嬉しかったんだ。

 けど、それだけじゃなくて少し悲しかった。……それが本命チョコじゃなかったから」

「えっ?」

「だから僕はアスカが本命チョコをくれるまで待つことにしたんだ。

 その時に僕の気持ちも打ち明けようって、それまで何があってもアスカの傍にいて、

 アスカの事守ってアスカに見とめてもらおうって。これって凄く受身的だよね。

 本当は僕から言うべきだったのに。けど……できなかった。臆病だからかな?」

「それから時が経つにつれてこの関係を壊したくないって言う気持ちが強くなっちゃって、

 そう言うのを避けてた僕も悪いんだよ。アスカだけじゃない。」

驚いた。けどとても嬉しかった。シンジがこんなに自分を思ってくれていたことに…。

「ふふっ。」

「ど、どうしたの?」

突然笑い出したアスカに、シンジは戸惑った。

「馬鹿らしくなったの。この三年何やってたんだろうって…。自分がおかしく思えちゃった。」

「そうだね。僕も迷う事なかったのにね。ほんとに何やってたんだろう。」

じっと見詰め合う二人。そして三年分の思いを託すように唇を重ねた。

 

その後、アスカはシンジについて同じ大学に入り、シンジとの生活を満喫している。

そして再び巡ってきた二月14日。

「シンジっ!はい、義理チョコよっ!」

「また義理チョコなの?」

「そうよっ。今度は今までで最高の出来だと思うわ。」

「いつになったら本命くれるのかな?」

「アンタはずっとこれよ!それなら一生傍を離れないでしょ。」

「待ちくたびれるかもしれないよ。」

「本気じゃないんでしょ。」

「もちろん。」

「ふふっ。じゃあ行こっ!」


後書き

バレンタインですねぇ。バレンタインは製菓会社の陰謀だ。という主張がありますが、

まさしくその通りですな。でもこれって貰える人からは貰えない人のひがみに聞こえるんでしょうか?

ちなみに自分は貰えないほうで、今日休みなのでさらに確率は0に近く…。

後書きって何書けばいいか迷いますね。


アスカ:バレンタインデーよぉっ!(^O^)

マナ:またここでも、素直じゃないのね。

アスカ:だってさぁ、バレンタインって渡すのドキドキするじゃない?

マナ:まぁねぇ。義理チョコって言ったら、渡しやすいわね。

アスカ:で、渡せたのはいいけど、後で後悔しちゃうのよねぇ。

マナ:あの一言がなければってね。

アスカ:そうだっ! 日本語を変えればいいのよっ! 義理と本命を反対にしたら、一挙解決よぉぉぉっ!

マナ:・・・・・・あなた。やっぱり馬鹿ね。(ーー;
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