渚カヲルの本命をスクープする、そう決意して瞬く間に3日が過ぎ去った。
アスカとの賭けの期限はいよいよ明日に迫っている。明日の放課後まで、写真をつけて約100行の記事を提出しなければならない。
しかし実際のところ、シンジの取材の進展状況は芳しくなかった。
というより、
全く進んでいなかった。
いや、シンジもそれなりに努力はしたのである。
毎日、休憩時間になるたびに、カヲルがいる3年A組を訪れてみたのだ。
しかし、当のカヲルは数十人もの女生徒にいつも囲まれていて、シンジは近づくことさえできなかった。
この3日間でシンジが得た情報は、カヲルは銀髪で紅の瞳をしていること、成績優秀であること、スポーツが万能なこと、その程度である。
……お話にならない。
そしてとうとう木曜日の放課後である。
明日は記事の執筆に力を入れなければならないから、残っているのは実質きょう限りということになる。
「シンジ、いよいよ明日だな! 期待しているぜ!」
「……まあ頑張り」
ケンスケの激励と、トウジの投げやりな応援を受けて、シンジは教室をあとにする。
「……ハァ」
シンジは大きなため息を一つついて、うつむく。
どうしたらいいんだよ。
もうダメだよ。やっぱり僕にはスクープなんてできないんだ。
ごめんなさいってアスカに謝っちゃおうかな。
でもそんなこといったら、何されるか分かんないよな。
教室を出る前、アスカの姿を探してみたが見当たらなかった。
仕方なく、シンジは1人で帰ろうと下駄箱に向かう。
さて、当のアスカは、下駄箱のところでシンジを待っていた。
腕を組んだ状態で壁にもたれかかり、足元に置いた鞄を右足で突っついているアスカ。
ぶすっと頬を膨らませ、少しばかり眉は吊り上がっている。
不機嫌モード全開。
この状態のアスカに声をかけたが最期、容赦のない鉄拳制裁が待ち受けていることを誰もが知っていた。
だから、アスカに気がある男子生徒も遠巻きに彼女を眺めるだけで、決して声をかけたりはしない。
まあったく、どーしてこのあたしがアイツを待ってなきゃなんないのよ。
大体ママがいけないのよ。
きょうはシンジがあたしんちで晩ゴハン食べることになってるからって、「シンジ君と一緒に帰ってこないとハンバーグは作らないからね」なんていうから。
でも、シンジと2人だけで帰るのって久しぶりか。
いつもヒカリとか、ジャージとかメガネとかがいるもんね。
そうだ、帰る途中にあの公園寄ってみようかな。
シンジはもう忘れてるかもしんないけど、幼稚園のとき、シンジがプロポーズしてくれた場所だもんね。
「大きくなったら、けっこんしようね」とかいって。それからあたしのほっぺたに、チュッ、ってしてくれて。
あのときのシンジ、ちょっとカッコよかったんだよ。
今度は唇にしてくれないかな?
……って、何考えてんのよ、あたしはぁ!
顔を真っ赤にして、アスカは近くにある傘立てを蹴りつける。
その大きな音に、アスカを見ていた男子生徒が思わず後ずさり、うち数名はその場から逃げ出した。
公園に寄ったら、アイツ、思い出すかな。
『アスカ、昔約束したこと覚えてる?』
とか何とかいっちゃったりして。
夕陽をバックにあたしとシンジの唇が出合う。いやぁん、ロマンチック!
……って、だからどーしてシンジのことを考えなきゃなんないのよぉ!!
ガッシャーン!!!
哀れ、傘立ては再びアスカに蹴られて、無惨にバラバラになる。
「はあ、はあ、はあ……」
肩で息をするアスカ。
そんなアスカの視界に、ようやくシンジの姿が入ってくる。
うつむくような格好で歩く少年に、アスカは再び不機嫌モードを全開にする。
やっと来たわね、バカシンジ。このあたしをこれだけ待たすなんて。
お返しはいつものアイスだけじゃ済まされないわよ、ダブルよ、ダブル! ラムレーズンとヘイゼルナッツだからね!
「シンジ!」
アスカはシンジに呼びかけた。しかし、シンジはブツブツと何かを呟きながらアスカの方を見ようともしない。
もちろん、取材が進まないことについて彼なりに悩んでいるのだ。
「シンジったら!」
それでもシンジはアスカに気づかず、靴を履き替えようと下駄箱に手を伸ばしている。
「バカシンジ!!」
再度アスカが呼びかけたとき、シンジは初めて口を開いた。
「……何だよ、うるさいなぁ!」
「ぬぁんですって?」
「……え? ア、アスカ……!?」
「いうにコト欠いて、またこのあたしに向かってうるさいな、ですって……?」
「いや、あのその、違うんだよ! トウジかケンスケだと思って……、アスカだとは思わなくって……」
しどろもどろに弁解するシンジだったが、もはや手遅れだった。
ぷっちん。
アスカは確かに聞いた。
自分の頭の中で、何かが切れる音を。
こちら、第3新東京市立第壱中学校新聞部 −後編−
written by FUJIWARA
「……フンフンフンフンフンフンフンフン、フンフンフンフン、フン、フフーン♪」
……何だこの鼻歌は?
ぼんやりした意識の中、シンジは思う。
年末にテレビなどでよく流れている、ベートーヴェンの交響曲第9番、その第4楽章。チェロを習っていることもあり、シンジはクラシック音楽に詳しい。
シンジは目を開く。
目の前に真っ白な天井が一杯に飛び込んできて、シンジは思わず呟いた。
「……ここは?」
「やあ、起きたのかい?」
そこで初めて、シンジはベッドに寝かされていることに気がついた。
どうやらここは保健室らしい。
そしてベッドの横では、銀髪で紅色の瞳をした少年が心配そうにシンジの方を覗き込んでいた。
どこかで見たことがある、とシンジはボーッとした頭で考えた。
「……君は?」
「僕はカヲル、渚カヲル。先月、この学校に転校してきたばかりさ」
サッと銀髪を掻き上げ、気持ちのよい微笑みを見せる、カヲル。
そんなキザな仕草が、余りによく似合っていた。
「……え!?」
反対にシンジの目は驚きで見開かれた。
段々と意識がはっきりしてくる。
「な、渚先輩!?」
「カヲル、でいいよ。君と僕の仲じゃないか、碇シンジ君?」
「どうして僕の名前を?」
「知らない者はいないさ。君は新聞部記者、碇シンジ君。2年A組、出席番号は2番。惣流アスカさんの幼なじみで全校男子生徒の羨望の的。失礼だが、君は自分の立場を少しは知ったほうがよいと思うよ?」
キラッと光るカヲルの歯。
「君は下駄箱のところに倒れていたんだよ。でも、誰も君を保健室に連れていこうとしなかったのでね、僕が引き受けたのさ」
「あの……、あ、ありがとう……」
「でも、惣流さんもひどいことをするね?」
「いや、僕が悪かったから……」
アスカにボコボコにされた割には、不思議と身体に痛みは感じていなかった。
「ところで僕に何か聞きたいことがあるんじゃないのかい?」
「……え?」
何のことか分からず、シンジは問い返す。
「君がうわごとのように繰り返していたものでね。僕の本命をスクープとか何とか。察したところ、僕の本命の彼女を新聞に載せるつもりなのかい?」
カヲルの顔から笑みが消える。
氷のような視線に、シンジは一瞬恐怖さえ感じた。
「僕にもプライバシーというものがあるからね、できれば放っておいてもらいたいんだ」
カヲルの言葉に、がっくりとシンジは肩を落とす。
負け、決定か……。
高笑いするアスカが目に浮かぶようだ。
「だけど」
再びカヲルはニッコリと微笑む。
「君だったら教えてあげるよ。もちろん新聞に乗せるのも構わない。正直、女の子たちが僕にまとわりついてくることに少々うんざりしていてね。僕の本命を知ったら、みんな諦めてくれると思うんだ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ、もちろんさ。僕に二言はないよ」
「あ、ありがとうございます。カヲルさん」
「堅苦しい呼び名は気に入らないな。カヲル君って呼んでくれないかな。もちろん呼び捨てでもいいんだけどね」
「でも、年上なのに」
「気にしなくていいよ。さっきもいっただろう? 君と僕と仲じゃないか」
そういって、カヲルはシンジの手をとる。
「……君と、僕の仲?」
手を離すシンジ。
「一次的接触を極端に避けるね、君は?」
「は、はあ……」
「ふふふ。君の心はガラスのように繊細だね。好意に値するよ」
「……コウイ?」
「好きってことさ」
「……え?」
「碇シンジ君。僕は君を初めて見たときからずっとずっと君のことを想い続けてきたんだよ」
「……は?」
「先週の金曜日の放課後。音楽室で独り君がチェロを弾いている姿を見たとたん、僕は恋に落ちてしまったんだ」
「……あの」
「僕は君に出会うために生まれてきたかもしれない」
「いや、だから……」
「男同士? いやいや気にしないていい。同性なんて大した障害にならない。僕と君との愛があれば乗り越えていけるさ」
「つ、つまり」
「そう、僕の本命は君だよ、碇シンジ君」
マジな顔のカヲル。
「……あんた、バカぁ?」
思わずシンジの口をついて出る、アスカの口癖。
「バカとは心外だなぁ。僕は真剣だよ?」
突然、カヲルはシンジを自らの胸に抱きしめる。
「わわわっ! うぷぷぷぷ」
「ほら、聞こえるかい? 僕の胸の高鳴りが。これは君に対する情熱の音。君のことを思うと、僕の胸は張り裂けそうになってしまうんだ」
カヲルの胸に顔面を押しつけられるシンジ。息苦しくて仕方がない。
シンジは何とかカヲルの戒めから逃れようとするのだが、その細い身体のどこにそんな力があるのだろうと思うほど強い力でカヲルはシンジを離さない。
「シンジ君。僕と1つにならないかい? それはとてもとても気持ちがいいことなんだよ」
「わわわ、や、やめてよカヲル君! ど、どうして服を脱がすんだよ!!」
「くくく、いいんだよシンジ君。僕はいつだっていいんだ」
「助けて、助けてよ、アスカぁ!!」
シンジの絶叫が保健室一杯に響き渡った。
「くく、くっくっくっくっく……」
「うふ、うふふふふふ……」
「ぐっふっふっふっふ……」
保健室に隣接する養護教諭控え室に、女性2人と少年1人の含み笑いがこだましている。
「くくくくっ、美少年が2人、絵になるわ絵になるわ絵になるわぁ! マヤ、ビデオはちゃんと撮っているでしょうね!」
「もちろんですぅ、先輩!」
先輩、と呼ばれた金髪に白衣姿の女性、理科教諭の赤木リツコは満足げに頷いた。
「さすがね、マヤ。ご褒美に今夜は可愛がってあげるわ……、くく、くくくくくくく」
「嬉しいですぅ、先輩! うふ、うふふふふふふ」
一方顔を赤くして腰をくねらせているのは伊吹マヤ。国語教諭で、お嬢さまっぽい雰囲気から第壱中でも1、2位を争うほどの人気を誇っている。
さらにもう1人。学校の中なのに迷彩服を着た、眼鏡をかけた少年。
「ぐっふっふっふ。どうです? 俺の情報は役だったでしょう?」
「ええ、褒めてあげるわ相田君。報酬は期待していていいわよ」
「ぐっふっふ。有り難き幸せ」
イヤらしい笑みを浮かべるケンスケ。報酬とは次回の中間テストの試験問題である。
渚カヲルは男に、それもシンジに興味を持っているという情報をリツコに売ったのは彼だった。
また、それが分かっていてシンジにスクープをたきつけるあたり、相当の悪人だ。
『ぐふふふ、俺はナイスな写真が撮れればそれでいいのさ!』
とは彼の弁である。
「こんなに素晴らしい絵が撮れるなんて、最高よ!」
「相手はあの碇シンジ君ですからね!」
「そう。マニア垂涎のカップリングよ。でも、やはりシンジ君は”受け”のタイプのようね」
「やっぱり毎日、アスカちゃんにイジメられてるからじゃないでしょうか?」
「アスカのおかげで下僕根性が身体に染みついているのよ。まったく余計なことしてくれちゃって」
「あはは、本当ですね」
「……誰が余計なことしたって?」
突然、背後から低い声が聞こえて、リツコたちは飛び上がった。
恐る恐る振り向くと、アスカが怒りのオーラをまといながら、仁王立ちしている。
「ア、アスカちゃん! いつの間に?」
「けけけ、け、計算外だわ!?」
「しまったぁ! お、俺の計画があ!」
「……あんたたち、ナニやってんのよ!?」
「ミ、ミサトまで!?」
アスカの隣から、2−A担任で新聞部顧問の葛城ミサトも現れる。
ただし、いつものチャランポランさはすっかり影を潜め、いまは誰もが分かるくらい全身から怒りを発していた。
「あたしの可愛い教え子の危機を傍観するどころか、ビデオまで撮るなんて……、あんたたち、覚悟はできてんでしょうね!?」
「ミミ、ミサト、落ち着いて……」
「せ、先輩、怖いですぅ!」
「俺の計画が桶の計画が俺の計画が……」
「アスカ、ここはあたしに任せて。あんたはシンジ君を助けなさい!」
「分かった! 恩に着るわ。ミサト!」
アスカが控え室を飛び出していったあと、腰を抜かしたのかぺたんと床に座り込んだままのリツコとマヤ、ケンスケに向かってミサトは微笑みかけた。
「さぁて、あんたたちはこのあたしが直々にお仕置きしてあげるからね♪」
「「「ひ、ひええええっ!!」」」
アスカは焦っていた。
下駄箱のところでシンジに殴りかかろうとしたまさにそのとき、どこからか現れた少年の一撃でアスカは不覚にも気を失ってしまっていたのだ。
そして駆けつけたミサトに介抱されて気がついたとき、シンジはいなくなっていた。
一部始終を見ていた生徒たちから集めた情報によると、シンジは銀髪の少年にさらわれたという。
その少年が”ナルシスホモ”の異名をとる渚カヲルであることを知ったとき、アスカとミサトはすぐに行動を起こした。
急がないとシンジの貞操が危うい。
そしてベッドがある、という理由で保健室を訪れたとき、控え室から女性2人の奇妙な笑い声を聞いたのだった。
パーン!
けたたましい音を立てて控え室の扉が開かれる。
「助けにきたわよ! シンジ!」
ベッドの上には、既に下着姿にされたシンジと、いままさに襲いかからんとしているカヲルの姿。
そんな2人を見たとたん、アスカは激昂する。
「あんた、シンジに何やってんのよ!?」
アスカの叫びにカヲルはゆっくりと振り向く。だが、怒り狂っているアスカを見てもカヲルは眉一つ動かさない。
「おやおや、もう目覚めたのかい? 無粋なマネをするね、惣流アスカさん」
「うっさい! 早くシンジから離れなさいよ!!」
「ふっ、君にはデリカシーってものがないのかい? 好意に値しないね」
大げさに肩をすくめるカヲル。
「余計なお世話よ! このナルシスホモ!」
「いいかがりはやめてくれないか。男も女も等価値なのさ、僕にとってはね」
「こ、こいつ……!」
アスカは決心する。
下着姿のシンジを抱えてヘラヘラ笑うカヲル。コイツは死刑確定だ。
62秒で血の海に沈めてやる。
さっきは油断しただけ。アスカが本気なればカヲル1人を抹殺することくらいたやすい。
アスカは両拳を固く握りしめて、間合いをとった。
だが、そんなアスカの殺気を感じたのか、カヲルは相変わらず笑顔のままシンジを離した。
「おっと、君とやり合おうなんて気はさらさらないよ。惣流さんに勝てるはずもないからね。だけどお土産は頂いていくよ」
「……お土産?」
「そう、これのことだよ」
ぶちゅ。
合わされるシンジとカヲルの唇。
ミサトのお仕置きで床に伸びていたリツコだったが、突然のキスシーンに復活する。
「ブラボー! 最高よ! マヤ、ビデオはちゃんと撮っているでしょうねって、マヤ、マヤ?」
リツコは慌ててマヤに呼びかける。だが、彼女が見たのは衣服を乱し、白目を向いて床に伸びているマヤの哀れな姿だった。
「ちっ、マヤは死んでるわね……。そうだ相田君? 相田君はどこ?」
ビデオに関してはマヤよりも遥かにケンスケの方が頼りになる、そう思ったリツコが見たのは、やはり泡を吹いて伸びているケンスケだった。
「あーら、リツコ。まだ意識があったの? どうやらもっとお仕置きが必要みたいねぇ」
「……あら、ミ、ミサト?」
「ふう。ご馳走さま、シンジ君♪ おや、身体を震わせてどうしたんだい惣流さん? ああ、君も僕たちの熱いベーゼに感動しているんだね?」
「……してやる」
「ん、どうしたのかな?」
「殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる……」
カヲルは見た。
アスカの蒼い瞳に、尋常でない光が宿っているのを。
「殺してやる!!」
アスカ必殺、ジャンピングニードロップ!
だが寸前のところでカヲルは回避する。
器用に他人からは見えないところだけ冷や汗を流し、カヲルは乾いた笑い声をたてた。
「ふ、ふん。君とはいずれまた戦うことになりそうだね。まあここは退いてあげるよ」
「やかましい! いまここで殺してやるわ!」
再びアスカはカヲルに飛びかかったが、ひらり、とカヲルはアスカの突進をかわした。
「おっと。じゃ、またね、シンジ君♪」
「ま、待ちなさいよ!」
だが既にカヲルは風のように去ってしまっていた。
「ちくしょう、逃げやがったか……、ってこうしちゃいられないわ!」
カヲルはまたあとでも処刑できる。いまはとにかくシンジだ。
慌ててアスカは、ベッドの上で放心状態になっているシンジに駆け寄る。
「シンジ! シンジ!」
肩をつかんでゆさゆさと揺らすが、シンジは虚ろな目で天井を見つめたままだ。
「汚されちゃったよぉ……、僕、僕汚されちゃったよぉ……」
「シンジ! しっかりしなさいよ!」
バァーン!!
アスカはシンジに向けて強烈なビンタを放つ。
「……アスカ?」
「目が覚めた、バカシンジ?」
「……うう、ひっく」
じわぁっと涙がシンジの目からあふれ出る。
「アスカ……、アスカぁ!!」
突然シンジはアスカにすがりつくようにして泣きわめいた。
「怖かったよ、怖かったよぉ!」
「よしよし、もう大丈夫、大丈夫だからね……」
優しい表情になってアスカがシンジを自らの胸の中にかき抱くと、シンジは幼子のようにますます激しく泣き続ける。
シンジの涙がブラウスを濡らすが、構わずにアスカはシンジを抱きしめた。
アスカ自身、どうして自分がこんな行動をとってしまったのか分からない。
ただ、自分の胸で泣くシンジを、アスカはどうしようもなく愛おしく感じていたことは事実だった。
ほんとに、情けないヤツ……、情けないヤツだけど。
だからこそ、コイツにはあたしがついていないとダメなんだよね。
……しばらくしてアスカは、ゆっくりとシンジを離した。
「ほら、バカシンジ。落ち着いた?」
いまになって照れたのか、顔を真っ赤にしてアスカは訊ねる。
シンジは慌てて涙を袖で拭って、こっくりと頷いた。
「ごめん、ごめんねアスカ……」
そのあと、床に散らばったシンジの服を着せてやる最中も、シンジはヒック、ヒックとしゃくり上げながら盛んに「ごめん」を繰り返していた。
「いいのよ別に。……じゃ、帰るわよ」
着替えが終わると、アスカは素っ気なくいう。
これ以上シンジの顔を見ているのは照れくさいのだ。
だが、アスカがシンジの手をとろうとしたとたん、シンジはその手を払いのけた。
「ちょっと、何すんのよ!」
「僕は汚れた人間なんだ。そんな僕がアスカに触れる資格なんて、ない……」
「あんたバカ? あのホモ男にキスされたこと気にしてんの?」
「……うん」
「そんなのもう忘れちゃいなさい。よくいうじゃん、犬に咬まれたと思って忘れちゃうのよ」
「だけど……」
「ああん、もう、うざったいわね! しゃーない、ほら!」
一瞬、シンジは何が起こったのか分からなかった。
だが、シンジの目の前には、瞳を閉じたアスカのアップ。
アスカの唇の柔らかさを、自らの唇で感じる。
アスカとキス、しているんだ。そう気づくのにシンジはしばらくかかった。
「消毒よ? これで忘れられるでしょ?」
シンジが気がついたとき、アスカぷいっと顔を背けるようにして天井を見上げている。
真っ赤な顔。
もちろん、負けずにシンジも顔を真っ赤に染め上げていた。
「あの、これってキス……」
「キスじゃないわよ! これは消毒! 今度キスなんていったら、はっ倒すからね!」
「でも……」
「何よ、バカシンジ? まだ何かいいたいわけ?」
「消毒って、1回でいいのかな……」
「あんた……、バカぁ?」
再び合わさる2人の唇。
唇と唇を重ね合わせるだけの稚拙なキスだが、今度はさっきよりも長くなった。
「ごめん……、賭けは僕の負けみたいだ」
「もういいわよ、そんなこと……」
3度目のキス。
「アスカ……、順番が逆になっちゃったけど」
「ん?」
「僕、アスカのこと、好きだよ」
「あんたバカ? そんなの、ずっと前から分かってたわよ。……あたしも好きよ、シンジ」
囁き合う2人を夕陽だけが優しく見守っていた。
「これはスクープだわ、スクープだわ、スクープだわああ!!」
……。
……。
……。
失礼。
彼らを見つめていたのは、夕陽だけではなかった。
リツコとマヤに対するお仕置きも終わり、再びいつもの”おちゃらけ教師”に戻ったミサトが、そんな2人をニヤニヤしながら見つめていたのだった。
もちろんその手には、ケンスケ愛用のデジタルカメラが握られていた。
後日。
第壱中新聞部による、9月度の新聞が発行された。
「な、何よ、これぇ!!」
2年A組の教室。
配られた新聞を手にしたとたん、真っ赤な顔で叫ぶ赤みがかった金髪の少女が1人。
「校正のときにはこんな記事なかったのに……!」
プルプルと全身を震わせて教壇に立つミサトを睨み付けるアスカ。
ミサトは涼しい顔で怒りに満ちたアスカの視線を受け流す。
ちなみにアスカの隣の席にいるシンジは、口を半開きにして呆けたような表情で、天井を見つめていた。
「やるやないか、センセエ」
「こんなナイスな写真を俺が撮れなかったなんて、ちち、ちくしょう!!」
「碇君、アスカ。不潔よ不潔よ不潔よ不潔よ不潔よ不潔よぉ!!」
クラスメートのヒソヒソ声がシンジとアスカの2人に突き刺さる。
「さ、さ、差し替えやがったわね!」
奥歯をギリッと噛みしめ、アスカは呻く。
「あーら、何のことかしらあ?」
このスペースには、来月行われる文化祭で特に注目すべきクラスの出し物が掲載されるはずだった。
しかし、刷り上がったばかりの新聞の1面には、
『浮沈空母、惣流。ついに沈没』
『お相手争奪レースは、1.3倍で決着!』
仰々しい極太明朝体の見出しと、2文字×130行……、すなわち、膨大な量の記事。おまけに初々しいキスシーンを捉えた写真が3枚、ご丁寧にもカラーで掲載されていた。
「でも、どうして学校新聞でカラーなのよォ!」
アスカが拳を握りしめながら吐き捨てたとき、当のスポンサーである男は色つきのサングラスをずり上げて呟いたそうだ。
「フッ……、問題ない」
さらにはそのスポンサーの手により学校新聞が数万部増刷され、翌日には第3新東京市のほとんどの家庭に配られることになる。
おかげでシンジとアスカは壱中のみなならず、第3新東京市公認のカップルになってしまうのだが、それはまた別の話。
また、3年生の某クラスでは、この新聞に目を通したとたん、
「シンジ君、僕の気持ちを裏切ったな裏切ったな裏切ったなぁ!」
と絶叫した挙げ句、涙を滝のように流して気絶してしまった銀髪の少年がいたことを付け加えておく。
その紅色の瞳のせいで、まるで血の涙を流しているようだったとクラスメイトは後に語ったという。
(了)
■あとがき
みなさん、初めまして。FUJIWARAと申します。
私の稚拙な小説を読んでいただき、ありがとうございました。
初めて書いたLASですが、……下手ですね。
でも、もしよろしければ感想などお聞かせ願えたら幸いです。
ここまで読んで下ったみなさん、また、この小説を掲載して下さったタームさんに心から感謝します。
それでは、またどこかでお会いできることを願って。
ありがとうございました。
<2000/09/14 執筆>
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |