僕はここにいてもいいのですか?

僕はウソだから、
だから恐いんです。

幸せという言葉さえ知らなかったあの時

ただ、今は彼女の傍に居られることさえ奇跡なのです。

君がいるからこそ祈ります。

どうか…。




           うその少年
                                  by葉月




二週間が過ぎた。

人によって長い短いはあるだろうが少なくともアスカとシンジには短い時間であった。しかしそ
れは二人の愛情を暖めあうには十分な時間だったかもしれない。

「シンジ、ご飯まーだ?」
「もうちょっと待って。」

土曜日である今日は二人でゆったりとした時間を過ごしている。

「今日はオムライスだよ。」
「ホントッ!?アタシオムライスも好きなんだよね。」

アスカの気のせいだろうか、この2、3日シンジの表情が優れない。顔を盗み見すると必ずと言
っていいほど険しい顔で何か考えこんでいるようだ。だからこそせめて自分と話している時だけ
でもシンジに笑っていて欲しい、そう思うのはいけないことだろうか。

「できた。アスカ座って。」
「うん。」

食器棚からスプーンを取り出すアスカを見て、ふっとシンジに笑顔が見えた。

「あのさ私今日一日ずーっと考えてたんだけど人って「やるな」って言われるとやりたくなっち
ゃうもんだよね。」
「あ、うんわかるよ。寄り道しちゃいけませんよって言われると寄り道しちゃうよね。」
「やっぱりぃ!」
「人間として当然だね。」
「だよねー。」
「楽しそうだね。」

そう微笑むシンジにアスカは頬が赤くなるのを押さえることが出来なかった。いつもそうだ、シ
ンジの笑顔に心を掻き乱される。しかしそれは決して不快なものではないのだ。

「バカ。」

二人で築く幸せとはこんなものなのかな、とアスカは密かに思った。








午前2時半、普通ならばとっくに寝静まっている時間だ。しかしこの部屋の主はカーテンのはた
めく窓から入って来た葉を残し忽然と居なくなっていた。


「僕、もうちょっとこっちにいたいんだ。」

空高く、雲をも越えて一体どれくらいの高さだろうか、とにかくそこには太陽が爛々と輝いてい
た。

「ダメ。」
「どうして。」
「ダメ。」

蒼みがかった銀髪と赤い瞳が印象的な、少女と呼べる者がシンジと言い争っていた。しかしどう
考えてもシンジの方が分が悪いようだ、さっきからとことん言いくるめられている。

「人間はいつも勝手。」
「そんな事ないさ。アスカは僕を救ってくれたよ。」

必死に訴えるシンジに赤目の少女は一瞬悲しそうな表情を見せた。例えるならば大切な物を誰か
とられたような。

「人間が私を創った。それは人間の勝手な想像。」
「皆が皆そんなわけじゃないだろ。」
「神などなりたくなかった。」
「レイ…。」

神という言葉にシンジはうまく言い返すことができなかった。

「シンジ、あなたは人間を憎まないの?」
「すべてが悪い人ではないって事だよ。」
「カヲルを見て?カヲルは人間のせいで苦しんでいる。」
「それは…。」

「人間が神を欲しがっていたから私とシンジとカヲルは創られたわ。最初の頃はずっと一緒だっ
た。だけどカヲルは「魔」として創られたで、私とシンジの双子は「神」として創られた
人形だった。「魔」はつらいわ。人間の裏ばかりを見ることになる。」

確かにそうだった。「魔」を統轄するものとしてカヲルには人の心の中を覗くことができるとい
う力を持っていた。しかし地獄という生きている間の罰を受けている負である彼らの心の中は醜
くドロドロしたものでしかなかった。

「レイはカヲルを愛していたね。そしてカヲルもレイを愛していた。」
「だけど私とカヲルは愛しあってはいけない、今も。」

いつのまにかレイの瞳からは涙が溢れていた。しかし手で覆い隠す事もせず流れのままの涙を見
て、シンジは胸が絞め付けられるのだった。

「だけど、そんな僕らを作ったのは人間なんだ。」
「反論するの?最高決定権は私だわ。」

シンジもレイももはや何がなんだかわからなかった。そして二人共がここまで興奮するのはとて
も珍しい事だ、とりあえずシンジが興奮するなどありえない。

「そうだね。」
「ごめんなさい。」

最高決定権、それは先に人間によって生み出されたレイに与えられた特権だった。シンジが何を言おうとレイの下した事に反論することは出来ないのだ。

「人間はずるい、なぜ私達に感情を与えたの?そうすれば愛など知らなかったのに。」
「それは違うよ。」
「違わないわ、シンジはあの女が好きなのね?」
「わからないよ。ただ初めて感情をもらって、それで僕は幸せだ。レイは幸せではないの?」
「止めてっ。」
「レイ。」
「キモチワルイ。」

激情、間違えなくそう呼べる激しい感情の渦がレイを中心に巻きあがる。それは正に人を寄せつ
けないかのように。嵐だ、嵐がレイを中心に巻き起こる。すべてを拒絶し、すべてを無にする。

「レイ、まさか。」

凍るほど冷たい赤の瞳にはそれ相応の覚悟がとって見えた。その瞳が交差した時、シンジは今ま
での決意がみるみる溶けていくのを感じずにはいられなかった。






                                    後編 誠




長い坂は苦痛だがその先に帰るべき場所、待ってくれる人があるならばとアスカは一歩一歩坂を
上るのだった。シンジの笑顔が思い浮かぶ。
アスカはシンジの外見の幼さと自分を包みこんでくれる内面のギャップにどまどっていた。しか
しそれは暖かいもので、もう失う事など考えられないほどに。

「私はシンジに恋しているのかもしれない…。」

そう呟くアスカは一人の少女といっても過言ではなかった。


「ただいま。」

いつもの返事がない。なぜだろう、胸騒ぎがする。

「シンジ?」

急いでリビングへのドアを開けるとそこは無人であった。買い物ではない、いつもシンジが持っ
ていく巾着袋がテーブルの上にあるのだ。自分がまだ答えを出す前に消えてしまった問題、それ
ほどの空しさと悲しさがあるだろうか。

「いない、の?」

急いでテーブルの傍に行くと無地のメモに何か走り書きされている。

『ウソ』

そして裏には今度は手紙のような少し長めの文章が書かれていた。



『僕の存在自体がウソなのです。といっても信じてもらえないかもしれません。
 アスカ、あなたも薄々わかっていたのではありませんか?
 僕が人で在らざる者だと。そうです、また僕には「無」が耐え難い苦痛なのです。

 だけど最後にこれだけ言わせてください。
 僕はあなたを間違いなく、心から想っていたということを。』



窓の外を一羽の黒いカラスが飛んで行く。何を求めているのだろうか、何を探しているのだろう
か。

「意味わかんないわよっ、わかんないわよ。」

アスカの瞳からは涙が溢れてやまなかった。そして再びあの中学生ほどであった繊細で中性的な少年の事を想うのだった。少年がアスカを想っているように。








「よかったの?」

黒と蒼みがかった銀が交差する。レイは本心ともウソともとれる微妙なニュアンスで聞いてきた。

「よくはないさ、でももう戻れない。」
「そう。」

長い睫毛が震える。静かな時間を感じながらシンジは鮮明に残るアスカの笑顔をふと思い出して

いた。

「私はずるいわ。」
「どういう事?」
「私はシンジが幸せになるのが許せなかった。シンジは私がああ言ったらきっと戻ってきてくれると思ったから。だから私はずるい。私はシンジに謝らなければならないの。」
「レイはわからないんだろ。」
「えっ?」

主語を抜かした質問はなんとも判りにくいものである。眉を寄せるレイを尻目にアスカと居た頃
よりもずっと太陽が近い事をシンジは初めて鬱陶しいと思った。

「レイは僕が幸せになることがいやな理由もわからないんだろ。だったら謝らなくていいよ。理
由がわかってから謝ってよ。」
「怒ってるのね。」
「ただ僕は人間界に行くというレイの誘いを断ったらよかったなって思っただけだよ。」

シンジはどこまでも自分自身を責める。それがレイには余計辛かった。

「なんでそうやって自分を責めるの?」
「責めてなんかいないさ、本当にそう思ってるだけだよ。」
「私本当は理由がわかるの。シンジは一人を知らないから、だからあなたに愛する人との別れを
教えたかっただけだと思うの。」

レイが言い終えたとき、周りの温度が急激に下がった様に感じた。レイも今は輝く太陽が自分に
は相応しくないと思った。

「つまりアスカは教科書に使われたんだ。アスカはレイの実験道具だったんだ。」
「そうかもしれない。」
「否定しろよっ。」

レイは初めてシンジが本気で怒ったのを見た。あたりまえかとレイは自嘲する。レイとシンジと
カヲルの三人、シンジだけが半年後に生み出されシンジだけが感情というすべてが抜け落ちてい
た。だから与えた、それだけだ。しかしその感情を自分とは違い純粋に人を愛する事に使ったシ
ンジが羨ましかった。レイが昔、カヲルを愛した頃のように。

「それでも私はシンジが「下」へ行くのを許しはしないわ。」
「それでいいよ。今そんな事で悩んでたら僕はレイを許さない。」

シンジの切な過ぎる想いは皮肉にも、叶わないからこそ一層輝きを増していく。

「一つ聞いてもいい?」
「何?」
「僕がアスカと会ってから二日後にレイは僕に感情を与えたね?どうして?」
「心が優しい人なら感情がなくてもシンジの事、判ると思ったから。」
「つまりそういう人じゃないと道具には相応しくなかったという事だね。」
「ごめんなさい。」

シンジにはレイの気持ちがほんの少しだけわかった気がした。レイは今、孤独だからこそそんな
行動を起こしたのだと。

「もう本当にいいんだ。」
「ごめんなさい。」

それっきり二人は無言だった。






彼らは何を探しに行くのだろうか
何を求めて行くのだろうか。

それは無限大だ。

アスカが見たあの一羽のカラスは

もしかしたら

シンジとレイという不完全な双子と
同じ方向へ向かっているのかもしれない。


マナ:まさかシンジが神様だったなんて・・・・。

アスカ:どうしていなくなっちゃったのよぉ。

マナ:神様なんじゃ仕方ないわよ。

アスカ:神様と人が結ばれちゃいけないってーの?

マナ:住む世界が違うじゃない。

アスカ:それを乗り越えるのが愛ってもんよっ!

マナ:でも、あなた神様の世界へ行けないでしょ?

アスカ:行くわよっ!

マナ:だから、駄目だってば。

アスカ:行くっていったら、行くのっ!

マナ:あなたも神様になっちゃうじゃない。

アスカ:それでもいいわっ!

マナ:やめて・・・。世界が滅びるから・・・。(ーー;
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