・・・たたん、たたん・・・・。

・・・たたん、たたん・・・・。


一定のリズムで揺れる、『第三新東京市』行きのリニアトレイン、第六車両。
そこには、一人の少年がいた。
周りに誰がいるわけでもなく、只一人ポツンと。

彼は、その膝の上に置いてある鞄から伸びているイヤホンから流れる音楽に、ただ身をゆだねている。
まどろみではなく。
ただ彼は目を閉じたまま、その頭を窓にもたれ、ただジッとしていた。
電車に揺られながら、眠っているかのように安らかに、一つのコードから流れてくる旋律に身を任せている。
時々、窓から降り注ぐ強い陽気を、まぶしそうに見つめたりする。

足元には、緑のスポーツバッグ。
それ以外に荷物は見当たらない。
さらに、その姿は制服姿。
白のカッターシャツに、黒いズボン。
よくある、公立中学校の制服であった。






NEON GENESIS EVANGERION 
〜 Unfathomable Hero Progresses The New Stories 〜     
                        <不測の主人公は、新たな語りを紡ぐ>

                       第壱話
                     Part A   使徒、襲来。
        
Presented  By  Iblis



時に、西暦2015年。



―――日本近海、昼。


かつてこの国の中心であった京の都よりも、比べることすらできないほど栄華を誇った大都市である『東京』。
しかし、いまや十五年前に起きた『第二の衝撃』によってその栄華は注ぎ込んできた忘却の波に飲み込まれ、
いまはただ水中にその亡骸を残すのみ。
その水面には、水没しきらなかった高層ビル等が突き出ていて、その光景はまるで墓地に並ぶ石碑のようだった。
そんな場所を、一機のヘリコプターがまるで巡回するかのようにして空を舞っている。
そして、ヘリコプターの影が落ちている海面の下に、海中を進む巨大な人型のシルエットが動いていた。
いや、泳いでいるのである。

・・・その胸部には、赤い球体がついていて、何かを主張するかのように光っていた。




―――某地方都市、海岸線。

東京と同じように、半分水没し、すでに朽ちている旧市街地が見える。
周りには、水鳥と蝉の声が響いていた。
かつては多用されたであろう電車の線路や道路が、途中から水没し海に沈んでいるが、まだ残っている道路のうえには
数え切れないほどの戦車が待機している。
それらすべての戦車側面には『UN』のマーキング。つまり、国連軍の湾岸戦車隊である。
砲身は、海中よりの接近物に向けられていた。

・・・・そして、その『接近物』は、水平線上に巨大な水柱を作り上げながら、姿をあらわした。




―――第三新東京市、ホーム。

『本日12時30分。東海地方を中心とした関東、中部全域に特別非常事態宣言が発令されました。住民の方々は、
すみやかに指定のシェルターへ避難してください。繰り返しお伝えします・・・・・』

ホームには、避難を知らせるアナウンスと、無人と化したローカル線、そして一人の少年が残っていた。
蝉がやかましく鳴きたてる中、少年は掲示板に目を向け、『全線運転中止(再開不明)』の文字を見ると
あからさまに嘆息して見せる。
まるで、東洋人と西洋人の美男子を足して2で割ったような中世的だが端正な顔立ちに、スマートな体躯。
髪は、無造作に整えられたナチュラルショート。その髪は、ブラックオニキスの如き漆黒。
そして、少女とみまちがえそうなほど白いその首には、銀色の鎖に、二匹の蛇が巻きついた十字架のペンダントを
してた。

――――――大事そうに、一度そのペンダントを人差し指でなでた。

しかし、すぐに隣に置いてあったスポーツバッグを担ぐと、ホームから立ち去っていく。
途中、『かったりぃ』という言葉を残して。




―――第三新東京市内、公共道路。


「よりによって、こんなときに見失うだなんて・・・・・・まいったわね」

無人の町を、青い車――アルピーヌ・ルノーA310(改)を電気モーター搭載の車とは思えないほどの速さで爆走させつつ、
その運転手は愚痴をこぼした。
やや紫がかった綺麗な長髪に、ノースリーブの黒いタイトなワンピースに身を包んだ女性が、サングラスをキラリと光らせて
ハンドルを握っている。
助手席の上に無造作に置かれた書類の束の中に、詰め襟を着た少年の写真――ホームにいた少年である――が見えた。




―――第三新東京市、ホーム付近。


ホームから、少しばかり離れた所に設置された公衆電話に、先ほどの少年――車の中にあった写真の少年が――
テレホンカードを入れていた。

『ぷるるる・・・・ぷるるる・・ガチャ・・特別非常事態宣言発令のため、現在、すべての通常回線は不通となっております』

しばらくのコール音の後に続いたその言葉を聞き終えると、少年は疲れたような表情で受話器を置いた。
同時に、カードが吐き出され、『ピピ!ピピ!』とやかましく鳴る。
少年はすばやくソレを抜き取ると、財布にしまい、次には深いため息をついていた。

「はぁ・・・やっぱ、来るんじゃなかったな・・・」

そうは言っても、最早後の祭りである。
来てしまったものはしょうがない。
少年は、置いてあったスポーツバッグを担ぐと、今度は近くにあった階段にドカッと勢い良く腰をおろした。

「まったく・・・リニアは止まるし、電話も駄目。おまけに非常事態宣言?
・・・・こんなトコで足止め食ってどーしろっていうのさ・・・・はぁ」

もう一度ため息をつく。
様子から見れば、折角の期待をお預け状態にされて残念そうにも見えるが、実際は全然違っていたりする。

「さっさと用件済まして、帰ろうと思ってたのに・・・なんだよ、非常事態って」

どうやら、まるっきり逆だったらしい。
嫌で嫌で仕方がない。しかし仕方が無いから来た。
そういう風に取れる。
また、彼の頭の中に、ここに来る前の記憶がよみがえった。


――『あの、キョウ・・・気をつけてね』
――『向こうに着いたら、連絡するのを忘れるなよ』
――『わかってるよ。そんなに心配しなくても平気だって』
――『うん。わかった。それじゃ、またね。キョウ』
――『しっかりな。また会おう』
――『・・・・ええ。それじゃ、いってきます。またな、マナ、爺ちゃん』

ホームで、一人の少女と一人の老人が自分に励ましの言葉をかけてくれた。
この世で、自分の肉親に会いに行くためだけに、この住み慣れた、いや、愛している土地を離れてしまう。
そのことに対する不満や、不安に苛まされていた自分に、二人は屈託のない笑みで送ってくれた。
それだけだが、それだけだからこそ、彼にとっては何物にも変え難く嬉しいことだった。
最後に、『また会おう』と言ってくれたことが、涙したいほどに嬉しかった。
瞬間、彼の顔がとても晴れやかな笑顔に染まる。
とても純粋無垢な、年不相応ともとれるような笑顔に。

「マナ・・・爺ちゃん・・・・きっと帰るよ。だって、俺の居場所は・・・そこにしかないからさ」

やや、自嘲するように。
それでいて嬉しそうに。
彼はつぶやく。

だが、その表情もすぐに崩れた。

「シェルター、か・・・・まさか、今さら戦争とかじゃないよな・・・」

空を仰ぎながら、少年はまたもポツリとつぶやいた。
先ほどの、笑顔はなんだったのだろうかと疑いたくなるほどの豹変振り。
その瞳はどこか虚ろで、焦点が定まっていない。
まるで、壊れてしまったヒトのように、儚く、弱々しかった。
しかし、それもたった一瞬の出来事。
ふと何かに気付いたように、バッグのポケットからガサガサと一つの写真を取り出し、やや半眼でソレを眺める。
そこには、街中をばりばりの速度違反で爆走していたルノーの運転手が写っていた。
タンクトップに、カットジーンズというかなり、いやとてつもなくラフな格好の女性が写っていて、
さらに『キョウジくん江?わたしが迎えに行くから待っててね?』という文字に、とどめとして(かどうかは不明だが)
『ここに注目!!』と胸の谷間に矢印が引かれて、『By葛城ミサト』とかかれていたりする。

「・・・・・・ヘンなヒト・・・・父さんのなんだろ」

やや、顔を引きつらせながら彼、碇キョウジはつぶやいた。
同時に脳裏にこの写真と一通の手紙――と呼べるのかどうかは疑問だが――が届いたとき、つまり、
ここに来る前まで住んでいた家の、爺に言われたことを思い出す。
それも、とびっきりのブラックジョークを。

『もしかしたら、愛人かもしれんな』
『はは・・・愛人・・?』
『ふ。アヤツもとうとう立ち直ったか。まったく。いつまでもうじうじと煮え切らないヤツだ』
『お祖父さん・・・それ、なんか間違ってるような・・・』


縁側でのんびりと、三人で会話したことを思い出した。
その後に、三人で笑いあったのも。
今では、忘れることのできない、一つの思い出。

「・・・・嘘、だよな・・・・?」

しかし、そんな美しい記憶でも、やはり会話が会話だったので、なんとなく。
そう、なんとなく背筋に寒いものが走る。
直感で、この女は危険だ!とか、関わってはいけない!と、体が、全感覚が警報を鳴らしていた。

「ま、まぁ、とりあえず。シェルターに行くか。非常事態っていうんだから、きっと何かあるんだろうし」

グシャッと、持っていた写真を握りつぶすと、そのまま無造作にポケットに突っ込み、きびきびとした動作で立ち上がった。

「ん?・・あれは・・・・・女の子!?」

立ち上がると同時に、キョウジは前方を凝視する。

ゆらゆらと陽炎のように揺れる道路の向こうに、一人の少女がいる。
蒼銀の髪に、真紅の瞳。
そして、どこかの学校の制服。
その表情は、どこか寂しそうだった。


ばさばさ!!

「わ!」

上方の電線に止まっていたのか、突然鳥が羽ばたく音にキョウジはビックリする。
その一瞬だけ目を離しただけなのに、再び視線を戻したときは、すでに少女はいなかった。

「・・??」

首をかしげながらも疑問符を浮かべる彼。
もし、ここにヒトがいるならば、『変人』として見られていたであろう。
だからこそ、今この瞬間、誰もいなかったことが彼にとって幸運と言えた。

とりあえず、悩んでいても仕方がないので、彼は歩き出した。
やや重たそうにスポーツバッグを担いだまま、表情は憮然としたまま。
その時・・・


ズドォオオオンン!!!!!
「うぉっっ!!!?」

突然、彼の耳に何かの爆発音が響いた。
同時に、キィインという音と共に、数機の戦闘機が飛び交う。
ビリビリと、ビルの窓ガラスが震え、相変わらず爆発音は響いている。

「な、なに!!?おわぁ!?」

彼が素っ頓狂な声を上げると同時に、その後ろから何か一本の線のようなものが飛んできた。
まるで、消防車からのホースより出てくる消火水のような音と共にソレを確認した彼は、今度は
本気で驚いたような声を上げた。

「じゅ、巡航ミサイルぅ!??!?!?」


ミサイルはそのまま上昇すると、前方の山の陰へと消えていき、またもや爆発音が響いた。
そして、数秒後。
山陰からVTOL式戦闘機が、平行移動しながら数機出てきた。
なにやら、マシンガンやミサイルを全弾発射の勢いで撃っている。
さらに、山陰から響く音に、ミサイルなどの爆発音とは違うものが混じっているのに気付く。

一昔前の、恐竜を復活させる映画で聴いた、あの独特の巨大生物の近づいてくる音。
恐怖を煽るのにはもってこいの音が近づくにつれ、さらに爆発音なども近くなってくる。
そして、一際大きな爆発音がしたかと思うと、山陰から、その『何か』が姿をあらわした。

深い緑に包まれ、上体と下半身のバランスがとてつもなくアンバランスなソレ。
まるでラグビー選手の着けるプロテクターのような肩。
そして、頭はなく、代わりに胸には顔と思しきものが埋め込まれるようにあり、人間で言えば鳩尾のあたりに
肋骨のようなものに囲まれた、赤い光球があった。



―――ネルフ本部、作戦管制室。


近未来的な司令室で、怒声に近いほどの状況報告が行われていた。
正面にあるメインモニターには、悠然と山陰から出現する『何か』が写っている。

「目標は依然、本所に対し進行中!」

報告をする男性オペレーター。
短髪の、黒縁メガネ君。日向マコト二尉そのヒトである。
そして、マコト達オペレーターの上にある段の、二つあるテーブルのうちの一つのテーブルに腰掛けるのは、三人の国連士官。
顔を苦渋に染めてはいるが、いかにも見せつけるようにジャラジャラついている階級章から、
偉いヒトであることが辛うじてわかった。
しかし、彼らは依然として黙したまま。
口を開いたのは、その隣にあるテーブルに座っている二人の男だった。

「・・・十五年ぶりだな」
「ああ。間違いない。・・・『使徒』だ」

懐かしむようでいて、あまり嬉しそうではない様子で話し掛けたのが、直立不動の姿勢で、手を後ろに組んでいる男。
特務機関ネルフ副司令官、冬月コウゾウ。
断定的口調と共に言い切るのは、テーブルに両肘をついて手を組み、その上に顎を乗せている男。
特務機関ネルフ総司令官、碇ゲンドウ。
その二人であった。



―――場面は戻り、第三新東京市、市内。


「・・・怪獣?」

山陰から出てきた『使徒』を見たときのキョウジの第一声。
彼は、思いの他冷静だった。

「そしてこのあと撃墜された飛行機から、一人の人間があの巨大超人に・・・・・」

とてつもなくくだらないことを考えながら、だったということを追記しておく。

「って、そんなことないか。くだらないこといってないで、早く避難しないと」

中学生だというのに、かなり冷静な判断力を持って現状を確認すると、もっとも最適な行動を取ろうとすぐさま
行動に移す。
スポーツバッグを担ぐと同時に、一目散に来た道を駅の方向へと全速力で走っていく

ヴヴヴッ・・・・

キョウジの後方から、いつか見たロボットアニメの、ビーム兵器をフルパワーで溜めるような音が聞こえてくる。
怪訝に思って振り返ってみると、『怪獣』が自分の右腕を、蝿のようにうるさく攻撃してくる航空隊に向けていた。
そして、その手の平と呼べるような部分に、淡い光が灯っている。

《後退!!後退――――!!!》

その航空隊のうちの一機が、外部スピーカーからそんなことを大声で怒鳴る。
確かに、その切羽詰った様子――そもそも、あんな怪獣が現れているほうがどうかしているのだが――から見て、
何かヤバイ事が起こるのだろうとは思ったが、まさか、自分の思った通りになるとは、
キョウジも思っていなかったに違いない。

パシュウウ!!!!ズボァアッ!!!

次の瞬間には、警告をしたVTOL機にむかって、『使徒』の手のひらから光のパイルが打ち出されていた。
パイルは、VTOL機を貫き、さらにその後方にあったもう一機さえも貫く。
して、パイルには二機のVTOLが串刺しにされる。
『使徒』は、何事もなかったようにパイルをゆっくりと引き抜き、そのまま前進を再開した。
だが、撃墜されたVTOL機のうち一機が、あらぬ方向、つまりキョウジの方へと墜落していったことが、
キョウジの今日最悪かつ最高の不運だった。

「うそ・・・!?」

自分の方へと墜落してくるVTOLを見ながら、キョウジは嘆く。
瞬間、彼の全身がはじけたように駆け出した。
自分でも何がなんだかわからないが、とにかく体が勝手に走り出す。
しかし、そんな類稀な反応を起こしても、彼は墜落するVTOL機の墜落範囲外には逃れることができなかった。

ドグワシャアア!!!!・・・・ズドォオオオン!!

次には豪快な衝突音と共に起こる大爆発が、墜落地点を中心として同心円状に加速的に広がる。
その場に思わずしゃがみこむキョウジ。
勿論、その手にはしっかりとスポーツバッグが抱えられていた。
嬉しくないことが後方で起こっている。
それだけは認識できた。
来るべく衝撃に備え、対ショック態勢をとるキョウジ。
だが、彼の悪運は、人知の範疇を超えていたりする。

キキキキィイ!!!バタン!!

「!?」

彼の後方に来たものは、爆発や衝撃などではなく。
あの、第三新東京市内をとんでもない速さで爆走していた、蒼いルノーであった。

「碇キョウジ君ね!葛城ミサトよ!乗って!!」

スリップターンとスキール音をかましてキョウジの後方で自ら壁になると同時に、爆発が起きている方向とは逆の方向、つまり
キョウジのいるほうのドアを勢い良く開け放ち、相手確認、自己紹介及び次に起こすべき行動を手短に伝える。

「葛城・・・さん?」
「いいから!!早く!!」

あまりにも急すぎる展開に、キョウジの脳はついていけなかったらしい。
いったん、その場に座り込んでミサトの顔をまじまじと眺めながら、彼女の名前を反復する。
そこまで行って、やっと状況が判断できたのか、次にはミサトに言われた通りに車の助手席にすべるように乗り込んだ。

「しぃっかり掴まってんのよ!!」

キュキュキュキュルルル!!!ヒィイインン!!!!

ミサトはペダルを思いっきり踏み込み、急旋回をしながらその場から離れていく。
しかも、またもや交通違反モノのスピードで。



―――ネルフ本部、作戦管制室。

いまだに、現場とこの場のどちらが戦場なのかと疑いたくなるほどの状況報告がされる中、三人の国連軍仕官は
メインモニターを見据えていた。

「目標は依然健在。現在も第三新東京市内より本所に向かって進行中!」

てきぱきと、必要最小限の報告を行っているのは、やや童顔のオペレーターである、伊吹マヤ二尉である。

「航空隊の戦力では足止めできません!!」

こちらはまた、国連軍にとってはいたいことをサラッと大胆に言い切ったのは、青葉シゲル二尉。
そして、それらの報告を聞いた国連軍仕官が、とうとう業を煮やしたように大声で指令を伝えた。

「厚木と入間の戦闘機も全機上げさせろ!!」
「総力戦だ!!出し惜しみなぞしとらんで、なんとしても目標をつぶせ!!」

物騒なものである。
そんな指令が飛んでから、そんなにかからずに、一発の巨大ミサイルが『使徒』に発射された。
だが、『使徒』はそのミサイルを右手で掴むと、グワシャッと握りつぶし、さらにはパイルで貫くという
3連続のコンボを決めてみせる。
そして起こる大爆発。
しかし、そんな爆発が起きても、『使徒』は悠然とその爆発の中から歩き出てきた。
どう見ても、『私に通常兵器は通用しない』といっているようなものだ。

「直撃のはずだぞ!!」
「何故だ!?何故通常兵器が効かない!?」
「ミサイルもダメ。爆撃効果もまるでなし、か」

やや絶望気味に話す、国連軍トリオ。

「目標、Dエリアに侵入します!」

そんな二人をあざ笑うかのごとく報告を入れた伊吹二尉、わざとなのか偶然なのかは闇に葬られている。
それらの様子を見ていたコウゾウが、なにやら神妙に口を開いた。

「やはり、A.T.フィールドか」
「ああ。『使徒』に対し、通常兵器では役に立たんよ」

ゲンドウがそう言い終わると同時に、隣のほうで仕官の一人が電話を受け取っていた。

「わかりました。予定通り、発動します」



―――第三新東京市内


「ごめんねぇ〜遅れちゃって」
「いえ、俺のほうこそ」

ミサトは、ペダルを踏み抜くほどの力強さで踏んだまま、キョウジに遅れたことへのお詫びをする。
気さくな挨拶に、キョウジも楽に返事を返した。
だが、その眼は外のいまだ無傷のままゆっくりと第三新東京市を徘徊する、巨大怪獣に向けられていた。
それに気付いたのか、運転する速度は緩めずに、ミサトは簡単に『使徒』の説明をすることにする。

「国連軍の湾岸戦車隊も全滅したわ。軍のミサイルじゃぁ、何発撃ったってダメージは与えられやしない。
 まったく・・・税金の無駄遣いよねぇ」
「・・・はぁ。その、ちょっと質問があるんですけど・・・アレ、怪獣ですか?」

愚痴を溢すような言い方に、なんとなく賛同して見せ、キョウジは自分の質問を切り出した。

「・・・状況の割に、落ちついてんのね」
「いえ、そういうわけじゃ・・・」
「・・・ま、いいわ。アレはね・・・・・『使徒』よ」
「使徒?」

瞬間、キョウジの頭の中で、『イエス・キリスト』とその十二人の弟子達の『最後の晩餐』が思い出された。
そして、その時に何か頭の中に引っ掛かりを感じる。

「(・・十二使徒のことか?・・・ってことは、あと11体いるとか)」
「今は詳しく説明している暇はないわ・・・・・って、ウッソォオ!!」
「へ?!って、わぁあああ!!!」

冷や汗を流しながら大声を上げる二人。
その眼には、前方より自分達の乗っているルノーに突っ込んでくる1発のミサイルがうつっていた。

「マッズゥウウ―――!!!」

キキキィイ!!!ズガッ!ドゴォオオンン!!!

大慌てでハンドルを切ったため、ルノーは遠心力で外側に思いっきり横転して吹っ飛び、
何とか爆心地に突っ込むのは避けられた。
いくら車とは言え、ミサイルの爆発地点ど真ん中に突っ込んで無事でいられるはずはない。
そこらへんの機転は、さすが特務機関ネルフ、戦術作戦部作戦局第一課所属の作戦部長である。

「くっ・・・」

横転した車から、何とか這いずり出てきたミサトは、小さくうめき声を上げた。
強く腰を打ったらしく、左手で腰に手を当てている。

「も―――――っ!!!どこ見て撃ってんのよ、あいつら!!大丈夫?キョウジ君」

それでも言いたいことは言ってのけるところが彼女らしい。
不満を述べながらも、あいている右手を、車から脱出しようともがいているキョウジに差し伸べた。

「あ、有難う御座います。俺は平気ですけど・・・・車が・・・」
「え?あ、あああぁああっっ!!!!」

ミサとの力を借りて脱出したキョウジが、物凄く申し訳なさそうに車を指で指し示した。
勿論、その悲惨さにミサトは大声で悲鳴をあげる。

「ウッソォオオ!!!ヒッド〜〜〜イ!!!破片直撃のべっこべこぉ〜〜〜!!??
まだローンが33回もあんのにぃ〜〜!!むっかあ!!」

まるで怒り狂った――怒っているの事実――ような猿と似た声で抗議を述べるミサト。
この場に彼女の友人Rがいたならば、『無様ね』とキッツ〜〜イ言葉を述べていたであろう。

「あっ!やだ!この服高かったのよ!汚れ落ちないじゃない!!きぃっ!!グラサンこなごな!!」

今だ喚きつづけるミサトを見たキョウジは、深く嘆息した後。

「(やっぱ、ヘンな女・・・)」

心の中でそうぼやいたそうな。
しかし、この戦場と化した第三新東京市内でこんな馬鹿トークを繰り広げている時点で、彼らの常識を疑いたくなる。

「?」

瞬間、キョウジは自分達が影に包まれたのを悟り、訝しげに、それも本能的に後ろを仰ぎ見た。
して、そこには。

「う、うわぁあああっ!!?」
「!?ふせて!キョウジ君!!」

頭上から『使徒』が飛び降りてきていたのだ。
もしかして、踏み潰されてぺシャ?!
くだらないとは思いつつも、キョウジはそう胸中で叫んでいた。
しかし、神はどうやっても彼を生き延びさせたいのだろう。
彼の悪運もまだ尽きてはいなかった。

ドガァッッ!!

すでに後数メートルで着地すると思われたと『使徒』に、もう一つの巨大な影が体当たりをかましていた。

ズズズゥウン!!

思いがけない不意打ちに、『使徒』は簡単に横へと弾き飛ばされ、キョウジたちは何事もなく生き延びることができた。

「も・・・もう一匹、増えた!?」

呆然としながらつぶやくキョウジに、嬉しさ3分の1、苦々しさ3分の1、そして、焦り3分の1の顔で
ミサトは簡単かつ手短に解説した。

「違うわ、キョウジ君。これは味方よ!」

ググ・・・ドム!

そのもう一匹の巨人は、横転していたルノーを持ち上げると、そのままひっくり返してミサト達の目の前に置いた。

「ロボット・・・なのか?」
「!いけない!!もうこんな時間!!」
「へ?」

まじまじとそれを見つめていたキョウジは、ミサトの素っ頓狂な焦った声に反射的に振り向いた。

「こうしちゃいられないわ。早く車に乗って!時間がないの!」
「時間?」

ミサトに小声で質問をしながらも、キョウジは手早く書主席に乗り込んだ。
キョウジが乗り込んだのを確認すると、ミサトはアクセルをフルスロットルで加速させる。

「間に合ってよ!!」

ギュイィインン!!

今日、三度目の爆発的加速及び交通ルール違反。
いくら国際公務員といえど、無茶のしすぎである。

猛スピードでここから離れていくルノーを見送った巨人は、今度は自らが吹っ飛ばした『使徒』へと顔を向けた。
だが、まだ態勢を立て直している途中だとばかり思っていたのか、肩を内にに入れてショルダータックルしてくる『使徒』に
やや、意表を突かれたように弾き飛ばされる。
そのまま、ビルにぶつかるとまるで人間のようにその場に崩れ落ちた。
しかし、使徒はそのまま巨人に近づくと、右足で巨人を高々と蹴り上げ、前方に吹っ飛ばす。

「い、一方的にやられてますよ!?あのロボット!」
「(・・く・・・わかってたことだわ・・・・今のレイには、荷が重過ぎる)」

隣から聞こえてくる、キョウジの悲痛の叫びに、ミサトは苦渋の顔をしたまま、ただアクセルを命一杯踏み込むだけだった。
左頬に、冷たい汗を流しつつ。



―――ネルフ本部、作戦管制室。


「パイロット、脈拍・血圧共に低下!A10神経シンクロ値5%!!胸の縫合部より出血!!」
「NN作戦まであと180秒!!」

マヤとマコトが必死に状況報告を行っている。
メインモニターには、地面に這いつくばっている巨人が写っていた。
その報告に、ゲンドウは表情を崩さずに冷静に指令を飛ばす。

「・・・しかたがない。ルート192で高速回収しろ」

マコトがコンソールを叩くと、巨人の下のパネルが開き、目にもとまらぬ速さで回収されていった。



―――第三新東京市内


先ほどから、通常兵器は効かないとわかっていつつも懸命に攻撃を繰り返していた国連軍の航空隊の全機が
一目散に戦闘空域を離脱していく。

「あれ?全機撤退してますけど・・・あきらめたんでしょうか?」
「何ですって!?まずい!顔引っ込めてショックに備えて!!」
「・・はい!?」

キョウジが素っ頓狂な声を上げる頃、『使徒』はある一点に足を踏み入れた。
そして、その足元からなにやら眩い光が発生したかと思うと・・・

ズドォオオオオオオオオンンン!!!!!!!
 
とんでもない大爆発が起こった。
まるで、広島や長崎に落とされた、原子爆弾のような威力。
しかし、この『NN地雷』は核分裂による大爆発を起こすのではなく、対消滅による爆発なので、放射能汚染の心配はない。
かわりに爆破地点一体が死の土地と成り果てるが・・・。
国連軍仕官にとっては、『使途』の殲滅こそが最重要項目。
そのためには、町の一つや二つ消えてしまっても仕様がないと思っているのだろう。

そして、蒼いルノーは本日二度目の転倒を行っている。
からから、からからと、むなしく回りつづけるタイヤがとても間抜けだった。

「だ、大丈夫ですか?葛城さん」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう、いやっ」

フロントガラスに、ピシッとひびが走った。



―――ネルフ本部、作戦管制室



「わははは!!みたかね!これが我々のN2地雷の威力だよ!!
これでもう二度と君の新兵器の出番はないということだ!!」

とても偉そうに叫んでいるのは、国連士官トリオの真中に座っていた人物。
隣の二人も、同じように偉そうにふんぞり返っている。

「電波障害のため、目標確認まで今しばらくお待ちください!」
「あの爆発だ。ケリはついてる!!」

マコトが生真面目に状況報告をするのに対し、士官は勝手な先入観で決着がついたものと思い込んでいる。
そして、その地震をあざ笑うかのように、レーダーの爆破中心点にギュインと山のようなエネルギー反応が示された。

「!!爆心地にエネルギー反応!!」
「!?なんだとぉっ!!」
「映像、回復しました!」

メインモニターに移っているのは、クレーター上の爆破点に両腕を交差させ、丸まっていた『使徒』だった。

「おおっ!!」
「我々の切り札が!!」
「町を一つ犠牲にしたんだぞ!!なんてやつだ!!」
「化け物め!!」

ボロボロになった顔の下から、新しい顔がにゅっとでてきた。
そのまま両腕を開くと、立ち上がり前進を再開する。

「――――はっ。わかっております。はいっ―――では失礼いたします。Pi!・・・・・碇くん」

士官の一人が、隣にあった電話を置くと沈痛な面持ちでゲンドウを呼んだ。

「本部から通達だよ」

その言葉に、ネルフ職員らオペレーター三人に、ゲンドウ、冬月、そして、髪を金髪に染めた赤木リツコ博士が振り向く。

「今から本作戦の指揮権は君に移った。お手並みを拝見させてもらおう」
「我々国連軍の所有兵器が目標に対し無効であったことは素直に認めよう。だが碇君!
・・・・・・君なら勝てるのかね?」

士官の挑発的なまでの意見。
しかし、ゲンドウはピクリとも動じずに、左手でメガネを押し上げながらまたもや挑発的に返すのだった。

「ご心配なく。そのためのネルフです」



―――特務機関ネルフ、カートレイン駅。

「特務機関、ネルフ・・・ですか?」
「そう。国連直属の非公開組織」

本部に直通のカートレインに車を乗せたミサトは、ニッコリと返した。
キョウジも、笑顔でどうもといい、渡された冊子をパラパラとざっと眺める。

「私もそこに所属してるの。ま、国際公務員てやつね。あなたのお父さんと同じよ・・・」
「・・・ああ、爺ちゃん曰く『人類を護る、とっても偉い仕事』・・ですね」

『お父さんと同じ』という単語に顔を曇らせたキョウジは、とびっきりの嫌味をミサトにかます。

「・・・ナニそれ・・皮肉・・・?」
「さぁ?どうでしょ」
「面白い子ね」
「ありがとうございます。よく爺ちゃんにも言われます」

皮肉には皮肉を。
まさにそんな言葉がぴったりな攻防であった。

それからしばらく、カートレインに車を運ばれながら、キョウジは外を眺めていた。
無骨な鉄製の壁しか目には映らないが、それでも移動しているということで少しは気分が紛らわせることができる。
ミサトは、隣で携帯コンパクトで化粧を直している。
ちょうどミサトがコンパクトをしまったとき、キョウジは口を開いた。

「・・・・・葛城さん」
「ん?ミサトでいいわよ」
「・・・えっと、ミサトさん」
「ふふん。なに?」

言ったとおりにしてくれたことが嬉しいのか、イヤリングを外しながらミサトはニッコリと笑う。

「・・・・・・・父さんは、何のために・・・俺を呼んだんですか?・・・・俺はもう、
とっくの昔に忘れられてるんだと思ってました。それに、何であんな怪獣が暴れている町に呼び出されたのかも」
「・・・・・それは、直接会って聞いたほうがいいわね」

少しの間を置いてミサトは答えた。
キョウジは顔をしかめる。

「・・・・これから、父に会いに行くんですよね」

やや自嘲気味に話すキョウジに、ミサトはチラッと視線を送る。

「苦手なのね。お父さんのこと」

優しげな微笑をたたえて、ミサトは静かに言った。

「べつに。・・・・メンドイだけです。それに・・・」
「それに?」

キョウジは、問い返してきたミサトに顔を向けると、悪戯をする前の、あの小悪魔的な笑みを浮かべて静かに言った。

「・・・・・積年のうらみ、晴らさずでおくべきか・・・・」
「・・・・・ハハハ・・・・」

キョウジの思わぬ発言にピキッと石化するミサト。
その顔には、冷や汗と共にただ苦笑いを浮かべていた。


そのまま空気が固まることしばし。
まったく変わらない外の壁の風景が、一瞬でひらけた。
キョウジの目の前に広がるのは、とても広大な地下都市だった。
天井の集光装置より集まる、夕焼けの赤い光。
自分達の乗るカートレインの向かう先には、ピラミッドの形をした建物があった。
そこを中心として、モノレールの高架線が走っている。
周囲は河や森林、はては湖までもある。
さらに、巨大なリニアレールが放射状に伸びている天井からぶら下がっている高層ビル群が、
未来の都市を想像させずにはいられない。

「・・・・すごい・・・・」
「ふふ。本物のジオフロントよ。そして、これが私達の秘密基地ネルフ本部」

舐めまわすように周囲を見つめるキョウジに、ミサトは語る。

「世界再建の要・・・・」

これから、キョウジの戦いの場となる、彼の戦場を。

「人類の砦となるところよ」


―――ネルフ本部内、通路。


本部内の通路を、ガラガラとストレッチャ―の動く音と共に、数名のメディカルスタッフが慌しく通っていった。

《エヴァ初号機回収完了!!パイロットは重傷、脾臓破裂の可能性があります!!》

動きながらも、スタッフの一人が無線で作戦管制室へとパイロットの容態の状況を送る。
ストレッチャ―の上には、キョウジと同じくらいの年に見える、一人の少女が横たわっていた。

「・・・はぁはぁ、はぁはぁ・・・・・ぅぐ・・・ぐはぁ、はぁ・・・」

苦しげに呼吸を繰り返す彼女の口元には、酸素吸入機があてがわれている。
頭には包帯を巻き、右目には眼帯をしていた。
さらに両腕に巻かれている包帯も――右手には、骨格矯正用のギブスがあてがわれていた――、彼女の痛々しさを
無言のままに物語っている。
だが、その眼は死んでいない。
むしろ戸惑いが多かった。

(まだ、いける・・・・・私が、やらなきゃ・・・・・)

少女は、心ではそう思っていた。
しかし体がそれについていってくれない。
起き上がろうにも、全身には微塵も力が入らないし、いまでは指先を動かすんで精一杯だった。

(でないと・・・・・また・・・・・)

心だけが焦り、体はどんどん疲れていく。
そして、彼女の意識はすぐに途切れた・・・・。


―――ネルフ本部、作戦管制室。


「UNもご退散か・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」

通路からの報告を受けている管制室のモニターの隣で、重々しげに口を開いたのは副指令のコウゾウだった。
ゲンドウは無言のままモニターに写るレイの様子を見ていた。

「碇指令。どうなさるおつもりです?」

後ろに控えていた、ネルフ本部技術開発部技術一課所属、赤木リツコ博士が口を開いた。

「・・・・もう一度初号機を起動させる」
「そんなっ!!無理です!!パイロットがいません!!レイにはもう・・・」
「問題ない」

激しく反対するリツコに、ゲンドウは静かなまま言い捨てた。

「たった今、予備が届いた」

モニターを見つめるその表情は、笑顔とも、無表情とも取れる、微妙なものだった。



―――ネルフ内本部、カートレイン駅。

相変わらず近未来的な壁が続く道の中、こつこつと、靴音を響かせるミサトの後ろについていたキョウジはふと思った。

「(・・・・俺、なんでこんなところにいるんだろ・・・・)」

来たくもないのに、荷物までまとめて来てしまっていて、あまつさえ大嫌いな父親に会おうとさえしている。
それを考えると、なんだかここに来ている自分が馬鹿らしくなる。
しかも、胸中の奥底では、何かを期待している節さえもが考え当たる。

「(冗談じゃない。あんな、父親なんて、父親じゃない。会って、用件を聞いて、くだらなかったらそのまま
帰ればいいんだ。そう。そうすればいいんだ。なんだったら、力ずくでも帰ればいい)」

それは、彼なりの不安のごまかしだったのかもしれない。
そもそも、再会を喜び合うために呼ばれたのではないことは、十重に承知だったのだし、
別段、自分の気持ちを誤魔化してまで、会いたくもなかったのだから。




……To Be Continued.


マナ:Iblisさん、投稿ありがとー!\(^O^)/

アスカ:碇司令の子供って、シンジじゃないのね。

マナ:どっちにしても、あの司令の息子への態度は同じだけど。

アスカ:『予備』は酷いわよねぇ。やっぱさ。

マナ:子供にしてみたら、会いたくない気持ちもわかるわね。

アスカ:子供じゃなくても、会いたい人っていないわよ。

マナ:ほんと、一発叩き込んであげたいわ。

アスカ:やっちゃぇ! やっちゃぇっ!
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