少年はかつて、学校の授業の宿題として作文を提出したことがあった。

『俺には、将来なりたいモノなんて何もない。
 夢とか、希望のことも考えたことがない。
 14歳の今までなるようになってきたし、これからもそうだろう。
 だから、何かの事故やなんかで死んでしまっても、別にかまわないと思ってる』

 案の定、少年は教師に『真面目にやれ』と怒られた。
 家に帰る途中、少年の幼馴染の少女も怒った。

―――『私は、ヤだよ! そんなの、絶対にイヤだから!』

 涙をぽろぽろと流しながら、そのかわいい顔をクシャクシャに歪めて、少女は悲しそうに怒った。

―――『だって・・・・シンジさんがいなくなって、それでキョウもいなくなったら、私はどうすればいいのよ!』
 
 その少年の小さな胸板に、くしゃくしゃに歪んだ顔をうずめて、少女は泣いた。
 そして、そんな少女に謝りつづける少年に、少女は許す代わりに約束をさせた。
 何があっても、自分の命を粗末にはしないこと。
 誰かの役に立って死にそうになっても、絶対に生きること。
 
そして―――――それでも本当に守りたいものは、命をかけて守ること。

 でも。
 少年の心の中では、その少女だけでなく。
 もう一人、会ったことも無い、記憶に無いはずの蜂蜜色の髪をもつ少女に、申し訳ない気がしていた。




NEON GENESIS EVANGERION 
〜 Unfathomable Hero Progresses The New Stories 〜     
                        <不測の主人公は、新たな語りを紡ぐ>

                           EPISODE T  
Part B    ANGEL  ATTACK
       
 Presented  By  Iblis



―――ネルフ本部、巨大空中通路。


ごおん、ごおんと、巨大機械の作動音が響く巨大な自走通路を、キョウジとミサトは歩いていた。
自動的に動くエスカレーター式の移動パネルということもあいまって、その上を歩く二人の歩行スピードは速い。
ミサトは手に持つ地図とコンパスをにらみながら頭をひねり、キョウジは無関心そうにそれを眺めていた。

「(おっかしいわねぇ?確かこっちでいいハズなんだけどナ・・・)」

きょろきょろと、周囲をしょっちゅう見回していれば、迷っているのもバレバレというものだ。
 さきほど、勢いに任せて『本部の構造はばっちり覚えてるから安心しなさい』などと大見得を切ったことを、今更ながらに後悔する。
 もうちょっと正直にすればよかった、と。 

「ミサトさん。」
「な、なーに?」
「さっきから随分歩いてますけど、まだ父の所へ着かないんですか?」
「うぅっ?!」

 いくらか想像していたとは言え、実際そのものズバリと言い当てられてしまっては、素っ頓狂な声を上げてしまうものである。
 体全体で『ギク!』という擬音を発しながら、ミサトはまるでブリキのおもちゃみたいな動作でキョウジを振り返った。

「う・・・うるさいわね。あなたは黙ってついて来ればいいのよ。私が迷うわけないでしょ」
「・・・(迷ったんだな)・・・・」
「(え〜〜〜ん!!もう一体ドコがどうなってるのよぉおお!!)」

自ら墓穴を掘った作戦部長。よくこんなもので組織の幹部になりあがったものである。しかし、その実力はしっかりあるのだ。
これが世界のミステリー。
少年は冷めた目で前方の女性を見て、女性は心の中で悲鳴をあげていた。

「ふぅ・・・(まぁ、べつにいいか。そんな急いで親父に会いたいって訳じゃないし。むしろ会いたくないし)」

 キョウジは後頭部で両腕を組むと、周りを見渡しながらため息をついた。

――――チィン。

 それから何分かして、二人が普通の通路を無言で歩いていたとき、突如として右側にあったエレベーターが開いた。

「どこへいくのかしら?葛城一尉?」
「げ!リツコ!」
「?(誰?)」

 エレベーターから出てきたのは、髪を金髪に染めた――眉毛が黒いことから――女性だった。
 タイトなスカートにハイネックのシャツで、その上から白衣を着ている。
 さらに左目元にある泣き黒子が印象的だ。
 ネルフ本部技術開発部技術一課所属、赤木リツコ博士。そのヒトである。

「あんまり遅いから迎えに来たわよ。まったく。人手も時間もないのにグズグズしてないで。
 私達は暇人じゃないんだから」

 理路整然かつ皮肉たっぷりなその言い回しに、キョウジは一瞬腰がひきかけた。

「(・・・・・・悪の科学者?)」

 そう見えなくもないが、はっきり言って失礼である。

「ごめぇ〜〜ん。ちょぉっち迷っちゃってね。まだ不慣れなのよ。」
「まったく・・・?・・ああ、その子ね。例の『サード・チルドレン』は。」

 呆れたため息をつきながら、隣にいるキョウジに目をやってリツコは目を細めながら言った。
 キョウジがその目の異質さに気付いたのも、同じタイミングである。
 まるで、骨董品屋で品定めをするような目。つまり、モノを見る目である。
 何かまとわりつくような、不快な視線にさらされ、キョウジはややぶっきらぼうに答えた。

「始めまして。碇キョウジです」
「・・・私は技術一課E計画担当博士、赤木リツコよ。よろしく」
「・・・・・」

 思ったよりも刺のある言い方だったらしく、ミサトとリツコの二人が目をかすかに細めた。
 一瞬、しまったとは思ったものの、どうせ今回限りの顔合わせかも知れないのだからと決め付け、無視することにした。
 それっきり黙ってしまったのは、それだけが原因ではない。
 さきほどリツコの言った、『サード・チルドレン』と言う単語が気にかかったからである。
 それが何を意味するのかは、まったくわからないが。
  
「あははは・・・コノ子、ちょっと緊張してるのよ。別に普段愛想が悪いって訳じゃないから。」

まるで、昔からキョウジのことを知っている風な言葉にやや驚きながらも、キョウジは何も言わないでおいた。

「気にしてないわ。それよりいらっしゃいキョウジ君。お父さんに会わせる前に、見せたいものがあるの」
「見せたいもの・・・・ですか?」

しかし、せっかくの愛想笑いも無駄になったようである。
リツコは、別段気にした風でもなく、キョウジを見つつ、もう一度エレベーターのスイッチを押してそう言った。
 そして、その瞬間に、キョウジの一つの推理が完成した。


―――ネルフ本部、作戦管制室。


「司令!!使徒前進!強羅最終防衛線を突破!!」
「進行ベクトル5度修正、なおも進行中!」
「予測目的地、我が第三新東京市!!」
「兵装ビル稼動率さらに三,七八%低下! 迎撃追いつきません!!!

 メインモニターに移る巨大怪獣、『使徒』を見据えながら、矢継ぎ早に報告される現状に耳を傾けつつ、ゲンドウは黙していた。
 まるで、狩りの獲物を見定めるような眼差しで『使徒』を見据えつつ。
 それから数秒もせずに、ゲンドウは全員に新たな指令を下した。

「総員第一種戦闘配置」
『ハッ!!』

 ゲンドウの掛け声に、いっせいに答える作戦管制室、別名『第一発令所』のオペレーターの面々は元気よく返事を返した。

「冬月・・・後を頼む」
「ああ」

 そのすぐ後に、冬月と交わした短い会話。
 その中には、なにもなかった。
 息子と再会することに対する、何かの感情でさえ。

「三年ぶり・・・いや、約四年ぶりの再会か? 不器用なヤツめ・・・・」

 ケイジへの直通エレベーターで降りていくゲンドウを見ながら、冬月は短くつぶやいた。
 だが、次にはさっそくオペレーターたちに的確な指示を与え始める。

「さて、日向二尉、残弾数は?」
「再装填を含め、3.2パーセントです」
「ふむ・・・伊吹二尉、状況は?」
「兵装ビル稼働率十八,六九%、迎撃システム稼働率7.5%です」
「かまわん。復旧と装填が間に合ったシステムだけでも立ち上げろ」
「「「了解」」」


―――ネルフ本部、ケイジ冷却水貯水池。

ゆらゆらと波を立てる赤い水の上にあるボートに、キョウジ達三人は乗り込んでいた。
 一艘しかないボートだが、そんじょそこらにはないと思われる、とてもハイテクなヤツだ。
 ここに来た時点でかなり技術レヴェルは違うとはわかっていたが、こうも目の前で見せられると、やはり驚くものがある。
 キョウジは、かすかな驚愕を抱きながら、ボートに腰掛けていた。

『総員、第一種戦闘配置!繰り返す、総員第一種戦闘配置!対地迎撃戦 初号機起動用意!』

 ビィーッ!ビィーッ!と、まるで侵入者が見つかって、警報装置が作動したときのような音と共に、
天井のスピーカーからそんなことが指示された。
 そして、その指示を、高スピードで走るボートの中、しかめっ面で聞いたミサトが声を上げたのは、ほぼ同時だった。

「ちょっと!どういうこと?」
「初号機はN型装備のまま現在冷却中。いつでも再起動できるわ」
「N!? いきなりN型でいくの!?」
「出し惜しみしてる場合じゃないのよ、ミサト」
「・・・でも・・・・・」
「仕方ないでしょ。出し惜しみして負けたら、それこそ無様よ」
「そういうことじゃなくって!・・それに、レイにはもう無理なんじゃないの!? パイロットはどうするのよ!」
「平気よ。もう準備は整ってるわ」
「整ってるって・・・・何考えてんのかしら。司令ってば・・・・」

 二人の会話を聞きながら、キョウジは新たに疑問をもった。

「(パイロット・・・・?無理・・・・・?そして、突然呼び出された俺・・・・外の化け物・・・・・それと、あの・・・・・まさか!?)」

 たったこれだけの情報を頼りに導き出した答えは、はっきり言って常識の範疇ではなかった。
 そもそも、その推測が正しかったとして、自分が呼ばれた理由にはほぼ関係ないに違いない。
 それにもし、そのロボットのパイロットだったとして、――先ほど助けてはもらったが――自分には関係のないことである。

「(けど、もしかしたら・・・・でも、パイロットはいないって今ミサトさんが言ってたし。
  ・・・・・・まさか、俺が呼ばれたのって・・・・)」

それ以上先のことは、あまりにも想像したくなかった。
たしかに、ここに来たのは父親に会いに来るためであって、そんなことをするために来たのではない。
だが、父親との再会を喜びあうために来たのでもなかった。
そう。いうなれば『決別』だ。
自分と、あの男との。
そして、いつもの生活に戻るための。
父親や母親のいない。
幼馴染と、爺ちゃん。その二人がいるだけで十分な、いつもの『日常』。
何の変哲もない、しかし幸せな日々に。
 それなのに、決別どころか、下手をすれば命の賭けあいになるかもしれない。

「それで? N2地雷は使徒には効かなかったの?」
「ええ。表層部にダメージを与えただけ。依然進行中よ。」
「やっぱ、A.T.フィールドか・・・」

思考の海から、半ば無理矢理に浮上してきたキョウジの耳に、二人の意味のわからない会話が聞こえた。
 どうやら、『使徒』についての話であることは、辛うじて理解できる。
 だが、『A.T.フィールド』やら『N2地雷』――こちらは少々知っている――等の単語が、キョウジの理解速度を
遅くさせる。
 そうやって。頭をひねりつつ上を見上げると、巨大な手が壁から突きでていて、キョウジは度肝を抜かれた。

「(い! きょ、巨大な手!?)」

そんなキョウジの驚きは露知らず、リツコ達二人は会話を続けていた。

「ご明察。おまけに、学習能力もちゃんとあって、外部からのではなくプログラムによって動作する一種の
 知的巨大生命体とM.A.G.Iは分析しているわ。」
「!?それって・・・・」
「そう・・・・・エヴァと一緒よ。」

 前方で繰り広げられる意味のわからない会話は頭の中から締め出し、キョウジはひたすら考えていた。

「(手・・・・巨大な、手・・・・手・・・巨大な、手・・・・嘘だろ・・・)」

 先ほど見たというのに、いまだに信じきれないキョウジだった。


 ボートから降りた三人は、リツコに連れられ真っ暗な場所へと案内されていた。
 勿論、相変わらずブツブツと呟くキョウジに一声かけてから。

「きょ、キョウジクン?だ、大丈夫?」
「手・・・・手が・・・・巨大な手が・・・・」
「どうやら、零号機のアレを見たらしいわね」
「・・・・ショックでしょうねぇ・・・」
「・・・ミサト。笑いをこらえながら言っても、全然心配そうに見えないわよ」

 そんな会話を繰り広げつつ、三人はリツコの目的の場所へと着いた。

「・・・着いたわ。ここよ。暗いから気をつけて」
「ホントにくらいですね」
「すぐにライトをつけるわ」

カシャという音と共に、キョウジの眼に大量の光が飛び込み、反射的に目を閉じた。
おそるおそる目を開いたキョウジの眼に、次に飛び込んできたのは、自分の予想と遠からず近くないものだった。
一本の角がある、鬼のような顔。
 まるで睨み殺しかねないほどの威圧的な目
 そして、当然の如くついている、巨大な口。
 カラーリングは紫で、一瞬キョウジは『悪趣味』とか思ってしまった。

「これは・・・・さっき俺達を助けてくれたロボット?」
「厳密に言うと、ロボットじゃないわね」
「ロボットじゃ、ない?」

訝しげに訊ねるキョウジに、微笑みかけながら、リツコは説明を続けた。

「人の創り出した究極の汎用人型決戦兵器。人造人間エヴァンゲリオン。建造は極秘裏に行われた、我々人類の最後の
 切り札。そして、その初号機よ。ただ、非常にデリケートだけど、間違いなく、これにしか使徒は倒せないわ」
「人造・・・人間・・・」

半濁して繰り返すキョウジは、やはり驚きが隠せない。
 極秘裏というからには、きっと自分みたいな一般人は誰も知らないのだろう。いや、知ってはいけないのだ。
 しかし、コノ人たちは自分に見せている。
 ただの一般人である自分に、極秘のものを、目の前に!
 それはつまり、キョウジの推理の、最後のピースだった。

「はは・・・そっか。そういうことか・・・わかったよ・・・・」
「キョウジ君?」

 突然笑い出したキョウジを心配したのか、ミサトがキョウジの隣まで来て声をかけた。

「まったく・・これじゃぁ、誘拐とたいしてかわらないじゃないか・・・まぁ、父さんの考えそうなことだけど・・・」
「ちょ、ちょっと、キョウジ君」
「十分わかりましたよ。何で俺がここに呼ばれたのか。そして、何で俺にこんなモノをみせるのか。」
「・・・・・。」

 キョウジが振り返り、リツコの目を見据えながら押し殺したような声で呟いた。

「ようするに、俺に乗れっていうんでしょ?コレに。」
「そうだ!!」
「・・・・ち・・・でてきたよ・・・・」

 舌打ちは聞こえたものの、最後の言葉は二人には聞こえなかった。
 見上げたキョウジの目線の先には、彼の父親が立っていた。
 管制室のガラスの向こう。
 色つきのサングラスに、まるでゴリラのような髭。
 そして、ネルフの制服。
 碇ゲンドウ。キョウジの父親であり、ネルフの総司令。

「フ・・・・出撃」
「キョウジ君をですか!? 待ってください! レイでさえ、エヴァとシンクロするのに七ヶ月もかかったのですよ!?
 今来たばかりのコノ子にはとても無理です!!」
「問題ない」
「し、しかし!」
「葛城一尉!」

とてもじゃないが、納得できないといったような眼で、ミサトはリツコを見た。
リツコはあくまで冷静な態度で、事務的な口調で淡々と述べる。

「今は使徒撃退が最優先事項のはずよ。そのためには、わずかであれ、エヴァとシンクロ可能な人間を
乗せるしか方法はないの。それは、あなたもよく分かっているはずです」
「けど!」
「それとも、他にいい方法があるとでも言うのかしら?」
「ぐ・・・・・・・」

正論ゆえに、反論の余地がない。
さらに、今は非常事態であり、なおかつ無駄な言い争いなどできるよう京などではないのだから。
奇麗事を並べている時間はないわよ。
リツコの目は、無言のままそう語っている。

「キョウジ君。あなたはどうする? 一応、あなたにも選択肢はあるわ」
「・・・・・・・ちょっと、いいですか?」

今まで黙っていたキョウジが、突然口を開いた。
つかつかと、冷却水ギリギリの場所まで移動し、その場所で制止した。
そして、両手をポケットに突っ込んで、ゲンドウを睨むようにみすえる。

「父さん。質問とその他の発言がある」
「・・・いいだろう。手短に話せ」

ミサトや、リツコでさえも寒気を覚えるような威圧的な声に、ゲンドウは眉をピクリとも動かさずに答えた。

「なんで、俺なんだ?」
「他の人間には無理だからな。」
「今まで、いや、四歳の頃から俺を捨てといて、今日突然必要になったっていうのか? 都合がいいとは思わないの?」
「必要だから呼んだまでだ。」
「俺が、もしイヤだといったら?」
「・・・・・その時は、人類が亡びるだけだ。」
「ふん・・・俺にとっては、最大の脅し文句かもね。ただ、昔の俺だったら、の話だけど」
「乗るなら早くしろ。でなければ、帰れ」
「ふぅん。役に立たない愚息は必要ない、ってわけか。 わかったよ。だったら言われたとおりに帰らせていただきます」

そう言うと、くるっと踵を返し、もと来た道を帰ろうとする。
だが、キョウジは内心でも素直にはかえしてくれないことはわかっていた。

「(あの父さんのことだ・・・絶対何か隠してるな・・・)」

確信めいた想像と、今の無茶苦茶な現状に妙な説得力が感じられ、何か笑えるものがある。
それが、たとえ人形劇のように、誰かの手で操られているのだとしても。

「キョウジ君!」
「もう一人いるんでしょ?パイロット」

背後からかけられるミサトの声に、キョウジは振り返ることなく答えた。
勿論、ここから出て行く気などさらさらない。
いきなり呼び出されておいて、いきなり帰れなどといわれて、黙って帰れるものか!
そんな、些細な反抗心による行動だった。

「レイは、今重傷なのよ!」
「その、『レイ』って子が一人目か二人目かはわかりませんけど、後一人いるはずです。俺が三人目なのだとしたらね」

先ほど入ってきた扉の前で足を止めると、振り返ってキョウジは言った。
その顔に、とても嫌みったらしい笑みを浮かべて。

「三人目って、知ってたの?」
「何言ってるんですか? 来る途中に言ってたじゃないですか、赤木博士と。俺のことを、『サード・チルドレン』って。
 それから考えると、必然的に、最低でも俺のほかに二人いるはずなんですよ。『一人目』と『二人目』がね」

そう言って、キョウジはポケットに手を突っ込んで、溜息をついた。
なんだか、こんな茶万事見たことをしている自分が、とてつもなく馬鹿らしく思えたからである。
それより、リツコは密かにキョウジの観察能力に驚きを禁じえないでいた。
突然異常な世界に放り込まれても、きっちりと自分にとって必要と思われる情報は収集し、その情報もその使い方を十分に熟知している。
それはつまり、キョウジがなにかしらの訓練を受けたことを示している。 

「一人目はレイだけど、二人目は・・・「葛城一尉!」・・なによ!」
「守秘義務よ」
「今そんな悠長なこと言ってられるとおもってんの? アスカがいない今、唯一エヴァに乗れるの彼だけなんでしょ!
 何とかしないとまずいじゃない! それに、いまさらエヴァも見せておいて守秘義務も何もないわよ!」
「もういい、葛城一尉。放って置きたまえ・・・冬月、レイを起こしてくれ」
「・・・使えるのかね?」

 モニターに写る冬月の顔が、かすかに曇った。
 しかし、ゲンドウはそんなのには意も解さずに事務的に告げる。

「死んでいるわけではない。こっちへよこせ。」
「・・・わかった。」

 冬月がそう言い終わるのと同時に、モニターが変わってケイジにいるキョウジ達を写し出した。
 そして、ゲンドウは呆然と自分を見つめているキョウジを見て、ニヤリと笑った。

「もう一度初号機のシステムをレイに書き換えて!再起動よ!!」

 同時に、その場にいたスタッフ達が慌しげに動き始める。
 ミサトも、渋々といった感じで、発令所へと向かうことにし、そのままケイジより出ようと出口へと向かった。
 キョウジは、ただ一人、先ほどくぐった入り口にたたずんで、その状況を見つめる。

 それから数十秒も立たないうちに、左側にあった入り口から、三人ほどの医療スタッフとストレッチャ―の上に寝ている
一人の少女がはいってきた。

「!?(昼間の・・・女の子!)」

 キョウジの頭の中には、昼に見た映像が、まるで写真のように鮮明に写り、運ばれてくる少女の姿が焼きつく。
 病的にまで白い肌。
 スカイシルバーのシャギーがかかった髪型。
 そして、真紅の瞳。
 ガラスのような、儚い雰囲気。
頭には包帯を巻き、右目にはガーゼがあてられ眼帯をしていた。
さらに右手の骨格矯正用のギプスと、左腕にも巻かれてある包帯。
まるでスパッツのように体の線がくっきりと浮き出るスーツは、強制的に切断されたのか腕の部分がなく、そこから見える
腕と胸部に巻かれた包帯が、痛々しいことこの上ない。

 キョウジの胸が、まるで鷲づかみにされたように痛んだ。

「レイ・・・・予備が使えなくなった。もう一度だ。」
「・・・はい・・・」

 そう言った後、レイは必死に起き上がろうとする。
 左腕には点滴用の針がついているが、そんなものを気にもせずに右腕よりは無事な左腕で何とか起き上がろうとする姿は、
見ていてこっちがいたくなるほどだ。
 肉体ではなく、心そのものが。

「ちょ、ちょっと待てよ!! まさか、まさかこんなに重傷の子を乗せるつもりなのか!!?
この子を殺すつもりなのかよ!!」

 さすがに平静を保っていられず、激昂するキョウジ。
 叫びながら、レイのもとへと走り寄ってきていた。
 しかし、その声に反応するものは、誰もいない。

「お、おい! 大丈夫・・なわけないな。 無茶するな!! 動くな! これ以上動いたら、本当に大変だぞ!!」
「ぐ・・・はぁ・・はぁ・・っう・・・・だい、じょう・・・・・・ぶ。いかり・・・・くん、は・・・・に・・・げ、てっ」
「っ?!」

 あまりにも小さすぎるその声は、周りの人物には聞こえていない――勿論、ゲンドウにも――のか、
誰も自分を見向きもしない。それどころか、みんなこの少女のことを気にもせずに作業をしている。
 キョウジは、それがさらに腹立たしかった。

「と、とにかく!!うごくな!」

 無理やり少女のつぶやいた言葉を頭から締め出して、キョウジは傷に触らないようやんわりと少女の肩を持った。
 そして、起き上がるのをやめさせようと、抱きかかえてそのまま横たえた、その時だった。


―――第三新東京市、エリアB33

市内より離れた、山岳の位置する場所に、『使徒』は佇んでいた。
 まるで、その先にある獲物をじっくりと観察するように、前方のほうを見つめている。
 そして、そのすぐ後に、やや動きを見せたと思うと。

パキョウッッ!!  ズドォオオンンンンン!!!!

 N2兵器とまではいかないものの、それでもとてつもない破壊力を持つ光線を、自らの顔部から打ち出した。
 同時に、第三新東京市の中心、つまり、ネルフ本部ジオフロント直上に直撃し、その辺一体を大地震が襲う。
 一発目は、その厚い装甲に阻まれたが、それでも相当数の融解が行われた。
 そうして、なんども同じことを続け、数分後には、天井都市を崩すほどにまでなった。


―――ネルフ本部、冷却室ケイジ。

ズズゥンン・・・・
 『使徒』の攻撃により、天井都市の一部が崩れ、その落下の衝撃はここまで伝わっていた。
 轟音と共に、マグニチュード5並の揺れが襲い、その場にいた全員が床に倒れる。
 レイの乗っていたストレッチャ―も例外ではなく、足が折れてそのまま倒れてしまった。

「ヤツめ・・・ここに気付いたか!」
「まずい・・天井都市が崩れ始めてるわね・・・」

何とか起き上がったゲンドウは、忌々しげに上を見上げて呟き、ミサトは手すりに掴まって呟いていた。

「あぅ!」
「お、おい!しっかりしろ!」

 ストレッチャ―が倒れるのと同時に、当たり前だが床へと落ちてしまったレイを、キョウジは慌てて抱え上げた。
 瞬間、まるでフワリというような擬音が彼の脳裏に響いた。
 抱きかかえたその体は、まるで羽根のように軽く、華奢で、儚い。
 強風が吹くだけで、その存在が飛ばされて消えてしまいそうに。
 もともと、武術や運動を多く行っていることにより、並の中学生よりは力の強いキョウジだが、自分の力の限界ぐらいは
把握している。
 だからこそ、彼の思考は止まってしまったのだ。
 この、儚い存在は、何故、この場所で、こんな包帯に体を巻かれ、苦しい思いをしているのだろうか、と。

「父さん!!!一体、何考えてるのさ!!!このままこの子を乗せたら、この子、冗談抜きに死ぬかも・・・うあ!!」

『死ぬかもしれないんだぞ!』と続けようとしたが、その直後に起こった大きな揺れに、中断せざるを得なかった。
しかも、今度はただの揺れではない。

「なんてこと! 天井都市が崩れ始めた!」

 悲鳴にも近い声でミサトが叫んだ。
 同時に、キョウジの真上にあったライトが、ガコンという音と共に破片を撒き散らしながら落下を始める。
 キョウジは、ただ呆然とそれを見つめていた。

「(落ちてくる?アレが、俺の上に?つぶれて死ぬのか?俺は?)」

 まるで、スローモーションのように起こっているその出来事に、ただ思考が鈍るキョウジ。
 だが、内心では不確定ながらも、確信しきった気持ちがあった。
 『自分は、絶対に死なない』という、謎の確信が。
 そして、それは現実となる。

バシャア!! ガコン!!
 突然、キョウジ達の後方から腕が現れ、彼の頭を護るような態勢で止まり、落ちてきたライトをはじき返す。
 はじかれたライトはそのまま直線的にゲンドウのいる管制室へと直進し、その強化ガラスに阻まれあっけなく冷却水の
中へと落下することとなり、その飛沫が初号機の後頭部へとかかった。
 その一部始終を見ていたゲンドウが、ニヤリと笑う。

『なんだ!?エヴァが動いてるぞ!』
『エヴァが、右腕拘束具を引きちぎっています!』

 スピーカーから放送される言葉を聞いて、ミサトとリツコは、驚きを隠せなかった。

「まさか!プラグも挿入していないのに・・・ましてやパイロットすら乗っていないのよ!?」
「それでいて、インターフェイスもなしに反応している。っていうより、守ったの?キョウジ君を?
これなら・・・・・イケル!」

 二人は、同時にキョウジを見た。

「うぅ・・ぐぁ・・はぁ・・・はぁっ・・ぐ・・」
「(どうする?どうすればいい?この子を助けるには・・・)」

 相変わらず、レイは苦しげな呼吸を繰り返している。
 そして、それを苦渋の表情で見つめるキョウジ。
 そのまま跪いて、そっと左手に横たわすと、右手に感じた違和感を調べるため、手のひらを目の前に持ってくる。

「あ・・まずい・・傷口が開いたのか・・?」

 その右手には、生暖かい血液が付着していた。
 自分も怪我を負えば流すであろう赤いその液体。
 命のある証。
 生きる者の証。
 生きている証。
 それを見つめるキョウジの頭の中で、先ほどまでの迷いは、スパッと断ち切れた。

「・・・父さん・・・取引だ。俺が今からこの『エヴァ』ってやつに乗る。だが、この戦闘が終わったら、取引だ!
 俺が、これに乗るための正式の、な。」

 先ほど見せた、威圧的な視線でゲンドウを睨む。
 その場の空気が、ぴりぴりし始め重苦しい沈黙が続いた。

「・・・・いいだろう。赤木博士、説明を」
「忘れんなよ・・・どっちにしろ、俺の要求をのまなきゃ、損するのはそっちなんだ」

 キョウジお得意の、皮肉の視線。
 薄ら笑いに、やや軽蔑の思いを込めたもので、あきらかに挑発しているとしか思えない。
 だが、ゲンドウはニヤリと笑っただけで、それ以上何も言わずに立ち去ってしまった。

「さ、キョウジ君こっちに来て。簡単な操縦システムをするわね。」
「はい。よろしくお願いします。赤木博士。」
「リツコでいいわよ。」
「・・・・えっと、はい。リツコさん。」



ズドドドドド!!
 ケイジ内にある冷却水が、まるで滝のように排出され見る見るうちに減っていく。

「(俺は負けない・・俺は死なない・・俺は死ねない・・俺は生きる・・俺は守る・・マナとの約束を・・
 爺ちゃんとの約束を・・俺は助ける・・あの子を・・生き延びてみせる・・そして・・)」

 エヴァに挿入されたエントリープラグの中で、キョウジは目をつぶってひたすら心の中で呟いていた。
 無心に、自分に言い聞かせるように、黙したまま心の中で唱えつづける。

「(認めさせてやる。俺の力を。俺の存在を。俺の価値を。
 俺がこの世で生きてるという証を。俺がこの世で生きている理由を!)」

 目を見開き、握っていたコントロールレバ―を、もう一度強く握りなおした。

『右腕拘束具、再固定完了!』
『冷却終了!ケイジ内、すべてドッキング位置!』
『パイロット、すでにエントリー完了!』
『了解』
『プラグ固定終了!』
『了解。第一次接続開始!!』
『エントリープラグ、注水!』

 次々とスムーズに報告される現状に、『注水』という単語にキョウジの耳が引っかかった。

「ちょ、え?注水?・・って、わぁ!!」

 キョロキョロと周りを見回しながら疑問の声を上げるキョウジの足元から、ややオレンジと赤の中間の色をした液体が
どんどん満たされてゆく。

「これ、み、みずぅ!!」
『心配しないで!肺がL.C.Lで満たされれば、直接酸素を取り入れてくれます!』
「直接って・・・おぼれますよ!!」
『我慢なさい!!すぐに慣れるわ!』
「んな御無体な・・・うわっぷ!むぐむぐむむむぅうう!!!ぶはぁ・・」

 ゴポッと水泡が上へと上っていくのを見つめながら、キョウジは呟いた。

「・・・・まずうい・・血の味がするぅ〜・・鉄がたくさん〜〜・・」

 ちょっと意味不明だったりする。

『主電源接続。全回路動力伝達 起動スタート!』

 プラグ内が明るくなり、次々に英語が後方へと流れていく。

『A10神経接続、異常なし。初期コンタクトすべて問題なし!双方向回線、開きます!』

 その言葉が言い終わると同時に、目の前が急に明るくなって外の光景が映し出された。

『シンクロ率、44.7パーセントで安定しました。暴走、ありません。』
『・・・すごいわね・・・』
『イケルわ。エヴァンゲリオン初号機、発進準備!!』

 ガラガラと、前方にあった金網が横に移動して、さらに前方が開けた。
 ただ、いまだに付けられている拘束具などが大量にある。

『第一ロックボルト解除!』
『解除確認!アンビリカルブリッジ移動!』
第二拘束具除去!』
『一番から十五番までの安全装置解除!』
『内分電源充電完了!外部電源コンセント異常なし!』
『エヴァ初号機、射出口へ!』

ブリッジが、ガコンという音と共に、後方へと移動を始める。
 キョウジもそれにつられ、後方に目をやると、何箇所もの射出工が見えた。
 しばらく移動した後、一つのゲートへとドッキングする。

『5番ゲートスタンバイ!』
 同時に、上にあった赤い扉が次々と開いていき、ついには先が見えないほどまでになった。
 その先に、これから戦う相手、『使徒』がいると考えると、自然と鼓動が早くなる。
 耳の奥から聞こえてくる、自分の脈拍の音に、自分の体温が上昇しているのがわかった。

「(失敗は、許されない!)」
『進路クリア!オールグリーン!発進準備、完了!』
『了解!・・・・・碇司令』

 ドッキングしてから、打ち上げられる様子はない。
 モニターに移っている、ミサトを見つめながら、キョウジはつばを飲み込んだ。

『かまいせんね?』
『勿論だ。『使徒』を倒さぬ限り、我々に未来はない』

 ゲンドウのセリフに、コクッと頷くミサト。
 そして、前方のメインモニターに写る初号機を見つめると、意を決したように命令を下した。

『エヴァ初号機、発進!!』

バチッ!! バシュウゥウ!!!

 一瞬にしてキョウジの体を今まで生きてきた中で比類のないGが襲う。

「ぐぅ・・・!」

 小さくうめきながら、目を瞑っているキョウジ。
 知らず知らずのうちに、両手にこもる力が強くなる。
 そのまま、数秒間上昇すると、突然上から明るい夜空が見え、次にはもう地上へと到着していた。

ガゴォオンン!!! 

 到着と同時に、反動によって顔を上に上げる初号機。
 その前方には、昼間に見たあの『使徒』がいた。

「はぁ・・・はぁ・・・・っぐ・・はぁ・・はぁ」
『いいわね!キョウジ君!』
「は、はい!!」
『最終安全装置解除!!エヴァンゲリオン初号機、リフト・オフ!!』

バキャンと、プラスチックか何かを割ったような二つの音と共に、初号機の肩につながれていた拘束が開放される。
そして、そのままやや猫背の状態になると、制止して動かずにじっとしている。
目の前の『使徒』の光玉が、赤く輝いた。
『このときを待っていた』といわんばかりに、赤く、明るく。

「!!っ・・!!はぁ・・はぁ・・・」
『がんばるのよ・・キョウジ君!!』

 モニターのミサトが、冷や汗を流しながら、今彼女にできる精一杯のこと、『応援』を送る。
こうして、『第一次直情会戦』のラスト・ラウンドが開始された。


                       ……To Be Continued.


あとがきなるもの。

Iblis「こんばんは!みなさん。英字はメンドイのでイブとします」
キョウジ「・・なにはしょってんのさ」
イブ「いいじゃん。それより、とうとう乗ったな。エヴァに」
キョ「無理矢理でしょ? それもほぼ強制的に」
イブ「ノーコメント。それより、ああ!!アスカ様の出番が!!」
キョ「・・・誰なのさ、そのアスカって」
イブ「きさま、馴れ馴れしいぞ!!きちんと最後に『様』をつけろ!!」
キョ「ふん。まだ会ったこともないヤツの名前になんで『様』なんてつけなきゃいけないのさ。お前、キ印じゃないの?」
イブ「ぐ・・・おぼえてろぉ・・・絶対にラブラブにしてやるからな・・・」
キョ「な、まてそれはやめて!!」
イブ「フッフッフッ・・・裏切り者には、死を」
キョ「や、やめろぉお!!!」
イブ「さて、次回の新世紀エヴァンゲリオン〜不測の主人公〜は・・・
いよいよ第三使徒、サキエルとの戦闘に入るキョウジ!
そして、彼は驚愕の出来事を体験する!
   初号機の暴走、トウジの妹の救出、そして、使徒との戦い。
   次回、新世紀エヴァンゲリオン〜不測の主人公は新たな語りを紡ぐ〜第弐話Aパート
   『見知らぬ、天井』
   キョウジの戦いが、今。始まる。」
キョ「無視するなぁ!!!」


マナ:あいかわらず、怪我してる綾波さんをダシに・・・。(ーー;

アスカ:あの髭オヤジは、そういうヤツなのよ。

マナ:こうなったら、乗らないわけにはいかないもんね。

アスカ:でも、取引を取り付けたのは偉いわ。

マナ:いったい、どんな話をするんだろう?

アスカ:きまってんじゃん。アタシを嫁にしたいってことよ。

マナ:却下!
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