―――朝が来るということは、普通の人にしてみれば意外に辛いものであると、ある人は断言する。

まず、起きることから始め、顔を洗いトイレをすませ、食事を作り出発の支度を済ます。
 たったそれだけのことなのに、自分では驚くほどの精神力を要する。
 それが習慣となっているならそれほど苦にはならないが、まだ引っ越して日が浅いキョウジにとってはそれこそ自分の苦手とする
バッタの丸焼きと闘う――この場合は食すの意――のと等しいくらいの苦労だった。
 さらに、今のキョウジは昨晩行われたとある大人の酒盛りが原因となって、二日酔いの状態。
 頭が常時ハンマーで軽く叩かれるように鈍く激しくズキンズキンと痛むなかで、頭上のほうからけたたましい音量のアラーム音が鳴り響いたのは、
たんなる時計の嫌がらせにしか思えなかった。


PiPiPiPiPi!!!


キョウジのベッドにある球状の目覚し時計が、なんのひねりもない、しかし確実に鬱陶しく感じさせる
普通のアラーム音を鳴らしながら持ち主を鳴り起こそうとしている。
しかもこの目覚まし、ちょっとした曲者だったりする。


「む・・・・うん・・・」


無意識に、ベッドに寝ていたキョウジがもぞもぞと手を動かしながら球状の目覚ましに迫る。
そして、あと数センチというところまで手が迫ったとき、それは起きた。

―――ころころころ・・・・。

からくりは不明。
なぜそうなるのかは、たぶんセンサーか何かがついているに違いない。
そう。
その目覚ましはタッチされる寸前で、その手元からころころと転がって回避したのだ。
行き場を無くした手が、もと目覚ましがあった場所へ、すとんと落ちる。


PiPiPiPiPi!!!


避難した途端、また鳴り始める『目球し君(めたましくん)』――今命名――。
そして、また体を若干そらし、キョウジの手がまた『目球し君』の停止スイッチへと向かう。
しかし、またそれをころころ転がって回避する。
そしてまたおちるキョウジの手。

そんなことを約五分の間繰り返して、ようやくキョウジは真面目に起きてしっかりと捕獲したあと、カチッと停止スイッチを押した。


「・・・・ねむい・・・・」


 今日は、『第一次直上会戦』より一週間後の朝。
 そして、キョウジの二度目の学校登校日。

――――八月二四日。

左手に『目球し君』を持ち、右手で軽く目をこするその少年は、『碇キョウジ』。
時と神に選ばれた、三人目の適格者。
そして。

―――― この物語の・・・・・。


NEON GENESIS EVANGERION 
〜 Unfathomable Hero Progresses The New Stories 〜     
                        <不測の主人公は、新たな語りを紡ぐ>

                    第参話   
Part A 突然の、来訪者
                
Presented  By  Iblis


―――第三新東京市立第壱中学校、2−A


「・・・・・・というわけで、人類は科学の発達と共に爛熟した文明を謳歌してきたわけですが・・・・・」


現在、碇キョウジは授業を受けている。
普通の中学校で行われている、教科書になぞられたごく一般的知識を学ぶ場に来ている。
ならば、その生徒の役目とはなんだろうか?

真面目に話を聞く?
真面目にノートをとる?

それとも。

不真面目に友人と話をする?
不真面目に自分の趣味をする?

もしくは・・・。


「Zzzzz・・・・・・」


爆睡だろうか。


というわけで、かの特務機関ネルフ所属エヴァンゲリオン初号機専属パイロット――別称、サードチルドレンこと碇キョウジはただ今、
老年の教師が教科書を朗読しながら進める授業なぞ何処吹く風と、ただひたすら自らの足りなリ睡眠時間をむさぼることに忙しかった。
これには深いわけがあるのだが、それは後述するとして。
とりあえず今現在、この教室には、先ほど述べた全ての状態が在る。
すなわち、「不真面目に友人と話をする」等の授業の受け方だ。
 そしてここにも。


「ねぇねぇ、聞いた?」
「え?何?」


 キョウジの左斜め後ろの席に座っている女子二人組みが、こそこそと小声で秘密の会談らしきことを行っている。


「さっき男子達が話してるの聞いたんだけど・・・」
「なによ?」
「昨日転校してきたカレ、例のロボットのパイロットらしいのよ」
「ええ!!?」


 突然の大声に、教室が静まり返る。
 老教師は教科書から顔を上げて、大声を出した女子生徒に「なにごとですか?」と問いかけた。
 周りの男子女子全員が興味深そうな視線を二人に向ける。
 ただメガネの少年、ジャージの少年、レイ、そしてキョウジの四人を除いて。


「な、なんでもありません」
「そうですか。では、え〜と・・・」

 
そういってまた授業を再開する老教師。
 
 この構図は、まさに平和な中学校生活と言える、一枚のフォトであった。


―――昼休み


 四限目の授業が終われば、生徒達は各々の欲求を満たすために行動を開始する。
 その姿、忙しなく活動を始める夜光虫の如し。
 
ざわざわと、弁当を持って互いに机を寄せて食事をとるものもいれば、弁当をもって校庭に
出るものもいる。
みんな笑顔で、誰もが楽しそうな表情を浮かべて食べ始める。
 それがいつものこの中学校での光景であり、当たり前なことである。

 だが、今日だけは違った。


「ねぇねぇ、碇君」
「ふ・・・ん?」


 授業が終わったというのにもかかわらず、いやそれ以前に一体いつ授業を受けていたのだろうか
と問い正しくなるくらい、額が赤い。ふぁさ、とキョウジの黒髪が流れた。
 額のところに腕の跡がくっきりと残っている。
 普通に授業を受ければ、これほどにもならないし、ましてや所々起きて授業を受けてもこうはならないはずだ。

 この少年、明らかに『全て』の授業を寝ていたと思われる。

 肝が座っているどころではない。実は単に何も考えてないだけではないのだろうか?
 一応睡眠不足の理由はあるが・・・。
 
 
 とりあえず、キョウジは呼ばれたので返事をしたのだが、何故かまだ眠い。
 昨日も『イロイロ』と一悶着あったからだろうか。
 ロクに睡眠時間が取れない。
 今日だって二時に寝て、六時に起きて朝食を作り、弁当を作ってきたのだ。
 眠いのも無理は無い。


「先週にでも聞こうと思ったんだけど、なんか自己紹介してすぐに帰っちゃったからさ。聞きそびれちゃって」
「そうそう。疎開が始まってるのに、なんで今ごろこの学校に転校してきたのかなぁと思って」
「・・・綾波〜?」


 二人の女子生徒の質問に、数秒の無言を残してキョウジは唐突にレイの名前を呼んだ。
 女子生徒は面くらい、その声に反応したレイはきょとんと首をかしげながら「何?」と短く答えながらトコトコとキョウジの
席まで歩いてくる。既に眼帯は取れていて、後は右腕のギプスだけで、骨に入ったヒビが完治するのを待つだけまでに回復している。
 肋骨にもヒビは入っているが、特に問題はないらしく、何処からどう見ても元気そのものだ。
つられて、教室中の全員が視線をキョウジ達に向ける。


「上手く説明できないから、代わりにいってくれない?」
「イヤ」
【即答!? あの綾波さんが?!】


 クラスに、驚愕の嵐が吹き荒れた。


「なんでだよ。別にいいだろ。昨日はいきなり招集かかって説明すらする時間も無かったんだから」
「全っ然答えになってないわ。それに、だからといって何故私が答えなければならないの? 私は貴方のメイドでもなければ奴隷でもないわ」
「ヒド・・・なにもソコまでいわなくったって・・・」
「人権無視もいいところよ。 民事に訴えてムショに叩き込んであげましょうか?」
「・・・ごめんなさい。やっぱり自分でいいます」
「人間、素直が一番よ。時として偽りも大事だけど。それと、ハイ」


 腕を組んで得意げに言うレイと、ぐったりとその説教に耳を傾けるキョウジ。
 すると突然、レイがキョウジに向かってその右手を差し出した。
 何かよこせという意味らしい。


【果たしてここはどこの世界だ!!?】


 ちなみに、これもクラス全員の心の思い。


「はいはい。弁当だろ」
「くす。アリガト、碇君♪」
「・・・やめてくれ。本能的に拒絶反応がびんびんでる」
「あ、素直じゃな〜い♪」
「・・・・一ついっておくけど、それはやめておいたほうがいいと思うぞ」


 まるで何かの学園ドラマみたいな光景だ。
 しかもあまりにも荒唐無稽過ぎる。
 クラスにいた生徒全員が、目の前の光景を目にして文字通り、目を点にしていた。

 理由、その壱。
 あの仮面の女、綾波レイが、他人と物凄く砕けた会話をしている。→人が変わっている。

 理由、その弐。
 昨日転校してきたばかりの転校生が、綾波レイと異常に親しい。→碇は綾波と意味深(?)な仲!?

 理由、その参。
 事情を知らなければ、悔しいぐらいに絵になっている。→やっぱり、碇と綾波は意味深(?)な仲!!!??

 どれも、このクラスの生徒にとっては信じがたい事実だった。
 異界の出来事といっても全く差し支えない。


「あ、あの」
「ん? ああ、ごめん。それで、なんだっけ?」


 二人の会話に呆気に取られていて、呆然としていた女子生徒の一人が、先ほどの自分の要件を思い出し
もう一度切り出す。
 なんとかこの異界の風景から現実世界へと回路を直結させることに成功したらしい。
 きっと、その成功を収めるまでに、彼女の脳内では血みどろの論争が繰り広げられていたに違いない。
 とりあえず、この摩訶不思議な問題は先送りにするつもりのようだ。


「なんで、今ごろ転校してきたのか、ってことなんだけど」
「ああ、そうか・・・えっと、確か親父の転勤だよ。この前ここに着たばかりなんだ」

【ウソだ。絶対にウソだ・・・っ!!!】


 これもまたクラスの生徒全員の気持ち。
 キョウジの言動からしても、疑うなというほうが無理である。


「そ、そうなの。それじゃぁさ、碇君が例のロボットのパイロットって噂は?」
「噂?」
「そう。噂」


 ずずいっと、知ってか知らずかその体を乗り出す女生徒。本題であるためか、なんだか先ほどとは力強さが違う。
 キョウジはその迫力に押されて机から完全に引き剥がされてイスの背もたれに寄りかかった。
 しばらくの無言。
 そして返ってきたのは、彼女達の望む答えだった。


「本当、だけど・・・」
「うそっ!! やっぱり!!!?」


 たどたどしいながらも、キョウジはその質問に肯定の意をとる。
 そして、その瞬間からキョウジの昼飯抜きは確定した。


「え?なになに?」
「碇君、やっぱりあのロボットのパイロットだったんだって!」
「うっわ、マジで!? すっげぇ〜!」
「試験とかあったんでしょ? どんなのだったの?」
「怖くなかった?」
「え?へ?」←キョウジ
「武器は? 必殺技とかあるのか?!!」
「必殺・・技・・・?(汗)」←キョウジ
 
 クラス中の生徒がキョウジの席に押しかけ、次々に質問を開始する。
 キョウジはそれらに対し、ただきょろきょろと周りを見ては「え?え?」などといって戸惑っている。
 
しわくちゃのもみくちゃにされているキョウジ。
しかも、あろうことか、あまりもの人だかりで当の本人であるキョウジが全く見えない。
見えるのは一つの席に集まる、人、人、人。その黒い頭のみ。
なんだか、隣のクラスの生徒まで混じり始めた様子。

 とにかく今の状況からして、キョウジが昼飯にありつける可能性は、皆無と化したのは確かだ。


「まったく・・・前と変わらないじゃない・・・」


 その光景を、おもしろおかしそうな視線で眺めながら、レイはキョウジの作ったタコさんウィンナーを一口。
 

「ん。 料理の腕はいいけどね♪」


 一人、その美味に大いに満足していた。


☆



「すごい人気だねぇ・・・」
「しかたないわよ。この町を守ってくれたヒーローだもの」
「くっそぉ〜〜俺だって聞きたいこと山ほどあるのにぃ〜〜〜!!」
「・・・むぅ」
 

 そしてここにも。
 たった一瞬で作られた、人間ベルリンの壁を見つめながら、四人の少年少女は各々の感想を述べていた。 
 一番最初に言葉を発したのが、このクラスの学級委員長『補佐』である『睦月 アカネ』。
 腰まで伸びたつややかな黒髪に、目鼻たちがすっきりとしていて中々に整った顔立ちだが、やや垂れ気味の目の所為か、
性格とは正反対におっとりとした人物に見られがちだ。
 
 その次の人物が、このクラスの学級委員長である『洞木ヒカリ』。
 両端で結わえてある二つのお下げと、ほんのりと見えるそばかすが印象的な子だ。
 事実、このクラスの母親的存在で、周りからの信頼も厚い。
 アカネとは親友同士なのは、会話からしてすぐにわかること。
  
 三番目に言葉を発したのは、通称メガネこと『相田ケンスケ』。
 自他共に認めるミリタリーヲタである。
 休日平日お構い無しに、戦艦や航空兵器などの見学や展覧会に行ける機会があろうものなら、平然と学校を
休んで見に行くような人物だ。
 その素晴らしきミリタリーマニアだという証拠に、彼の机の上には国連のVTOL重爆撃機の模型がある。
 
 そして、最後に唸り声をあげながら前方の人だかりを見つめるのは、このクラスの親方。
 エセかどうかはわからないが、関西弁とジャージと義理人情をこよなく愛する漢、『鈴原トウジ』。
 ある紅い髪の少女にいわせれば、そのあだ名は、むさ苦しいけどなぜかそれが似合ってしまっている可愛そうな『ジャージ』。
なんだか、哀愁を誘うあだ名だ。
 それほどまでに、彼のジャージは有名なのである。一年間、学校でその姿以外の姿を目撃できるのは、体育の水泳の
時間と身体測定の時のみと誇張されるぐらいなのだから。
 しかし、今日は、彼にしては珍しく夏服の制服でその顔が苦虫を噛み潰したような渋い表情で彩られている。
 その姿はある種、異様な雰囲気をかもし出していた。

 四人は、一番窓際であるケンスケの席の周りに集まっていた。


「それより、鈴原君? いいのかしら、『あのこと』言わなくて」
「ちょいまっとれ。わいだって機会を図るっちゅうことぐらいはするんや」
「とかんなんとかいって、本当は恥ずかしいんだろ?」
「じゃかあしい!」

 瞬間ケンスケの頭の上に拳固が叩き下ろされた。

「・・・まぁ、放課後でもいいかもね」
「そ、そうね・・・」

 ヒカリとアカネは、机に顔面キスをしているケンスケを一瞥して、そう呟いた。


―――ネルフ本部、第一発令所


 目の前で、パソコン相手に何か熱心に仕事を行っている部下三人を見つめながら、葛城ミサトはコーヒーを一口すすった。
 「NERV ORIGINAL」とロゴがされているマグカップに満たされていた琥珀色の液体が、その分量を減らす。
 勿論、その味は苦かった。


「葛城さん?どうかしたんですか?」
「え?」

 
 ぼーっとしていたところに突然声をかけられ、ミサトは変な返事を返した。


「いえ、なんだか難しい顔をしていたので」
「あ、ううん。なんでもないわ。ただ疲れてるだけよ」
「・・・葛城さんが疲れることって、なんです?」


 心底不思議そうに、右端で作業をしていた伊吹マヤは、一端その手を休めると振り向いて尋ねた。
 同時に、青葉シゲルと日向マコトの二人も振り向いてその質問の答えを促す視線を向けた。


「マヤちゃん? それはどーゆー意味で言ってるのかしらぁ?」
「い、いえ! ただ純粋に心配で聞いただけです!」


 笑顔で額に青筋を浮かべて尋ねるミサトに、マヤは大袈裟に両手を振って誤魔化した。
 シゲルとマコトも「決して深い意味はありません!」と言って首をぶんぶん横に振っている。
 もし本心がばれたら、ミサトの『特製カレー』を食べさせらるのは目に見えていた。


「・・・まぁ、いいわ。そうねぇ・・・しいて言えば、キョウちゃんかしら?」
「キョウジ君、ですか?」

 
 マコトが意外そうな声で尋ねる。
 その言葉を聞いた日向と青葉も同時に首をかしげた。


「ええ。なんかね、慣れてるのよ」
「「「??」」」


 突然慣れてると言われても、理解ができない。
 三人の思考が一時フリーズする。
 それを見たミサトは慌てたように額に手を当てて、もっとましな言葉が無いものかと考える。


「あ〜っと・・・だから、私の家での生活の様子がね?なんか、かなり昔からやっていたかのように
 全く無駄がなくて、それこそ昔から住んでいたような当たり前さとかが・・・」
「「「はい???」」」


 意味不明。
 その一言に尽きる会話。


「う〜〜〜・・・やっぱいいわ。うん。私自身もよく分かってないし」
「「「はぁ・・・」」」


 納得いくような、いかないような。
 そんな曖昧な声で返事をする三人。
 ミサトはもう一度カップのコーヒーを一口飲むと、ニッコリ笑って言った。


「はいはい。そういうわけだから、あなた達は作業を続行して頂戴。私はこれからリツコと今日の
 実験の打ち合わせをしてくるから」
「「「はい」」」

 
 有能な部下三人は、意外と元気のいい声で蒼返事をして、また元のように作業を開始した。
 同時に、ミサトもそのままスタスタと通路へと足を向ける。

「(とにかく、今はごちゃごちゃ考えるのはやめやめ。
 今はできることをして、暇ができてから考えることにしましょ)」

 ミサトは心の中でそう自分を納得させて、残りのコーヒーを一気に飲んだ。
 自分の一つの、あまりにも突飛な考えと共に。


―――第三新東京市立第壱中学校、体育館裏


「すまんな、転校生。いきなりこないなとこに呼び出して」
「いや、別に気にしてないけど・・・」


 二人の少年が、いた。
 周りにはこの二人意外に人は見当たらない。
 一人は言わずもがな、昨日に転校してきたキョウジだ。
 そして、キョウジに相対するのは、先ほどケンスケをその豪腕一撃で沈黙させたジャージこと鈴原トウジ。

 先ほどの昼休みの終わり際、ようやく質問から解放されたキョウジにトウジが体育館裏で待ってるといって
呼び出したのだった。
 その時は、正直キョウジもへとへとだったので断ろうかとも思ったが、トウジの真摯な眼差しを感じて
断りきることができなかったことで、結局この場に来てしまった。

 なんだか、雰囲気が堅い。
 あまり気持ちのいい空気ではないし、かといって悪い空気でもない。
 適度な緊張が漂っていた。


「まず、わいはオマエにあやまらなあかん。すまんかった」
「へ?」


 いきなり何かと思えば「謝る」?
 キョウジの思考は、自分の目の前で深く頭を下げている男子生徒のせいで凍りついた。


「は? へ? い、一体なんなのさ?」
「わいの妹な、あの日、街中でシェルターに避難するときに迷ってもうたんや」
「・・・?・・・・あ! まさか、あの時の女の子?」
「そうや。んで、まぁ・・・その、なんや。さっき、女子達にあのロボットのパイロットかどうか、きかれてたやろ?
 そんで、そうやいうてたから、だったら妹たすけてくれたんも、そのパイロットってことやから・・・」


 言葉の少ない会話だったが、今のキョウジは彼の言いたいことがはっきりと分かった。

 この少年は、キョウジに礼を言うつもりなのだ。

 あの日。

 つまり、キョウジが始めてこの町に来た日。
 使徒なるものと戦い、そして打ち勝った日。
 その日、確かにキョウジは一人の少女を助けた。
 それは奇跡的な出来事とも言える。
 未知の怪物と闘いながらも、あの小さな少女に気付き、そして助けることができたのだから。
 キョウジにとって、人一人の命を救ったということは、何よりも勝って大切なことだった。
 ただ、その時は、状況が状況だったため少女のことを特に気にも留めておかなかったが、あの時の少女が彼の妹だったのかと思うと、
なにかホッとするような、泣きたくなるような嬉しさがこみ上げてくる。


「そっか。あの時の子の兄さんだったんだ・・・そっか。はは。そりゃぁよかった。ああ・・・ほんとによかったよ」
「ほんま、おおきにな。 カスミのやつも礼言っといてゆうとったから、これで喜ぶわ」
「ああ。 妹さんにもよろしくって言っておいて。俺も、無事で嬉しいって」
「まかしてぇな。 ばっちし伝えとくさかい。 ・・・それと、これからもよろしゅうな。 えっと、碇君?」
「キョウジでいいさ。 俺も、トウジと呼ばせてもらうから」


 キャラにあわないのか、トウジがわざわざ君付けで呼ぶことに対し苦笑を浮かべるキョウジ。
 それを見てトウジははにかんだような笑みを浮かべて右手を差し出した。
 

「よろしく、トウジ」
「わいこそ」


 ここに、二人の少年の暖かい友情が結ばれた。



―――同、校舎内。


「うまくいったみたいね」


 窓に寄りかかって、三人の少年少女が体育館裏で起きている出来事に集中している。
 言わずとも、ヒカリ、アカネ、ケンスケの三人だ。
 どうやら、こっそりとトウジの様子をうかがっているつもりのようだが。
 声音が小さいことから、黙って『覗いて』いるらしいことがわかった。
 だが、こうも堂々と窓に寄りかかって見ていては、覗きも何も、声を小さくする意味が無いような気がする。
 そして、それを指摘されるのも必然といえた。


「ねぇ。覗くならうまくやったら? その行為自体かなり悪趣味なのは黙認してあげるから」
「「「ひやっ!?」」」


 突然背後から冷水のごとき単調さと小さな声音に盛大に驚く三人。


「あ、ああ、綾波、さん?」
「見て分からない? まぁ、それはいいとして。碇君、どう?」


 尋ねるアカネに軽く皮肉を交えて、その声の主、綾波レイは三人と同じように窓に近づくとその下を見下ろした。


「ふぅ〜ん? どうやら、カスミちゃんは助かったみたいね。それはよかったわ♪」


 にっこりと、笑みを浮かべるレイ。
 その笑みは、まるで空のように晴れやかで、あまりにも似つかわしく、思わず見惚れてしまいそうな笑み。
 
本人にしては、何のことでもない普通の仕草のつもりなのだろうが、昨日まで(もっとも、正確に言えば数週間前だが)のレイを
知っているものなら、固まってしまうこと必至の出来事だ。
 そして、やはり三人は固まっている。
 ヒカリは職員室に届ける途中だった日直日誌を抱えて、アカネは窓のさんに手をついて寄りかかったまま、そして、ケンスケは
ビデオカメラをレイにむけて回しつづけながら、そのまま氷にでもなったかのように固まっていた。


「あれ? どうかした? ヒカリ」
「「「ええぇ!!??」」」


 突然名前を呼ばれてビックリしたのか。それともただ単に名前を呼ばれてビックリしたのか。
 ヒカリを除く二人は分かった。
 この場合、絶対に後者であると。


「クス♪ なぁにビックリしてるのよ、ヒカリ。顔が面白いくらいに引きつってるわよ?」


 小さく笑いながら、またもや『普通』に話し掛けてくる綾波レイ。
 三人は、軽い恐怖を覚えた。


「な、なんでもないわ!」
「そう? なんか、酷くビックリしてるようだけど?」
「なんでもない!! なんでもないのよ!! ヒカリのことをヒカリって呼ぶことの何処にビックリする要素なんて
あると思うの?!? ないない!! 絶対無いから!!」
「そういうものかしら?」
「そういうものなのよ!!」


 アカネの意味不明の言い訳を、半ば無理矢理に納得するレイ。
 しかし、やはり納得できないところがあるのだろう。 

しばらく、そのことについて首をかしげて悩んでいたが、突然何かを思い出したらしくヒカリの肩を掴むといきなり早口でまくし立てた。


「あ、そうそう!今日これから本部でテストあるから遅れないようにって連絡しておいてくれる? 勿論碇君だからね? 
それじゃ、頼んだわよ〜〜!」


 言い終わるなり、その細い足から想像もできないような速度で廊下を走り去るレイ。
 その後姿が見えなくなって、三人はしばし数十秒と固まっていた。


「い、一体、どうしたの? 彼女?」
「私が聞きたいくらいよ・・・」
「ビデオ、まわしておいてよかった・・・」


一言ずつ、ぼやく三人。そして、最後にこう言った。


「「「でも・・・謎ね(だ)」」」

 レイの消えたほうへと、半ば方針的に視線を向けて、三人は固まっている。
 しかしそれもすぐに砕かれることとなった。
 

「おんどりゃぁ!! なに覗いとんねん!! いてこますでワレェエエ!!!」


 突然外から聞こえた関西弁の主に――何故かケンスケだけ――後で少々しばかれたのは、また別のお話。



―――ネルフ本部、リツコ専用研究室。


 
見ただけで、ゴミは見つからない。
整然とは言いがたいが、しかし雑然とも言いがたい。
その中間ぐらいに整理された部屋の中央で、一人の女性が何かを熱心に読んでいた。
 机の上に、見るだけでも嫌気が差しそうなくらいの書類には目もくれず、金髪黒眉の女性は黙々と別の書類を読んでいる。
 その隣には、今入れたばかりなのか、湯気が立ち上る香ばしい香りのするコーヒーが。 
 そして、そのさらに左隣には大量の煙草の吸殻がある灰皿が。

 ちなみに、部屋にはコーヒーと煙草の匂いがミックスされている、いろんな意味でフレーバーな香りが漂っている。

 そんな彼女の部屋に、はっきり言ってあまり訪れて欲しくは無い客が訪れた。


「リツコぉ〜。煙草吸うんだったら換気扇ぐらいまわしなさいよ」


 そういって部屋に入ってきたのは、作戦部所属であるはずの葛城ミサト作戦部長であった。
 いつもの紅いノースリーブの制服とタイトなスカートとは違う、赤と白のストライプの半袖のシャツに
クリーム色のキュロット。その上にいつもの真紅のジャケットを羽織っている。
 
 どこか、和やかな雰囲気を放っていた。


「あなたこそ、部屋に入るときぐらいノックしなさい。ここがもし私の家なら問答無用で住居不法侵入よ」
「・・・相変わらずきついわね」
「わかってるなら、こんどから即実行して頂戴」
「・・・」


 むっとするミサト。
 しかし、確かに非があるのはこちら側なわけだから、反論のしようが無かった。


「で?なんの用かしら?」


 読んでいた資料を机の上におき、イスを回転させるとコーヒーを一口含みながら言った。
 目元の下にある、泣き黒子が印象的な眉目秀麗な女性である。
 彼女こそ、技術開発部技術一課所属、赤城リツコ博士だ。
 このネルフ本部のマザーコンピューターであるMAGIシステムの管理者でもある。


「今日のテストのことよ。インダクションでしょ?」
「あとで私から説明するわ。リアルタイムのほうが、なにかとやりやすいでしょ? あなたにも」
「あちゃ・・・ばれてた?」
「まったく・・・あきれた作戦部長だこと。兵器の操作方法すら教えるのを面倒くさがるなんてね」
「うぅ・・・ひどい・・・」


 そういって床にうずくまるミサト。
 しまいには、泣き真似まで始めてしまった。


「・・・で? 本題は? まさか今ので終わりなんていうんじゃないでしょうね?」
「実は、そ・れ・だ・け♪ あとは、アンタの冷やかし〜〜♪」
「・・・出てって頂戴♪」

 
 一瞬で立ち上がってニッコリ笑うミサトに、絶対零度の笑みをむけて拒絶の言葉を放つリツコ。

 案外、二人とも楽しんでいるようだ。


「リツコ、その笑顔、とっても恐いわ・・・」
「なんのことかしら?」
「・・・とまぁ、冗談はこのぐらいにして」
「結局あなたは何しに来たわけ?」
「まぁまぁ 。実はね、キョウちゃんのことなんだけど・・・」
「キョウジ君? 彼がどうかしたの?」
「明日、彼の祖父に会いに行くことにしたから、そのことを伝えようと思って」
「彼の祖父に? 何でまたこんな時に。訓練で忙しいんでしょう? 彼」
「まぁね。ただ、かれこれ一週間も連絡はしてないし、それに、やっぱり会いに行かないとまずいらしいのよ」
「そう・・・」


 そういいながら、リツコはコーヒーを一口含む。
 キョウジの祖父の経歴を見ただけではなんとも言いがたいが、調査の結果からすると、かなり孫に対し愛情を持っていることが
わかっているので、なんとなく納得することができる。
 それに、この祖父は、そんじょそこらの孫バカのおじいちゃんではないのもわかっている。下手な手出しは自分達の首をしめる
ことにつながるのだ。迂闊なことはできない。
 

「ちなみに、その時は私も同行するから、そこんとこよろしく♪」
「は?」


 いきなりのことに変な返事を返すリツコ。マグカップを持っている手が口元で停止している。


「いやね、キョウちゃんが一緒にいこうって言うから」
「あなた、理由になっていないわよ?」
「理由はあるわよ。サード・チルドレンの保護と、彼のメンタルケアの手伝い。それと、あまり言いたくないけど彼の監視。
これだけあれば十分でしょ?」
「・・・モノはいいようね」
「そんな、やぶからに疑うこと無いでしょうに・・・」
「あなたの行動がこのような結果を引き起こしていることに自覚はあるのかしら?」
「・・・はい。ごめんなさい」
「よろしい」


 小さく謝罪の姿勢をして、小さく舌を出してはにかむミサトに、リツコはちょっとした違和感を覚えた。
 だが、特に気にはしないのか、すぐさま思考の外へと追い出すといつものように書類を手渡す。


「ふぅ・・・はい、これ。ちゃんと今日中に提出すること。じゃなきゃ、明日の付き添いは認められないわよ」
「さんきゅ〜♪ さっすがリツコ。手回しが早いわねぇ♪」
「まぁね。あなたの行動なんて、戦闘指揮以外なら十手先まで読めるわよ」
「・・・何気にケンカ売ってるでしょ?」
「さて? どうかしら」


 イスをくるりと逆転させて、またさきほどまで読んでいた資料に目を落とすリツコ。
 後ろのほうで、なにやらミサトが妙に子供じみた行動をしていたのを気配で感じたが、すぐに出て行ったのを
確認すると深く背もたれに自分の身を預ける。
 まるで、その重みに悲鳴をあげるかのようにイスが短く鳴いた。


「いい顔するのね、ミサト・・・私には無理だわ・・・」


 自嘲するように呟いて、リツコは煙草を取り出すと火をつけて今日何本目かもわからない煙草を吸い始めた。




――――コンフォート17マンション、夕方
 
 

 西に茜色の太陽が沈み始めたころ。
 昨日よりかはかなり早めに終わったNERV本部の訓練の帰り道に、キョウジは今日と明日のぶんの食料を買うためにスーパーに寄った。
 買い物篭を提げて、肩には学生鞄をかけながら、じっと、油断なく食品類の値段と品質を見定めるキョウジの鑑識眼は、この町に住む
主婦方さえも顔負けするほどの的確さがある。
 最良の品質の食品と、限りなく安い食品を同時に見定めて無駄なく買い物を済ませる。
 スーパーを出る際に、何故か周りの主婦方から拍手が上がったことに少し機嫌をよくして、キョウジは家路へとついた。

手に二つのビニール袋を提げて帰ってきたキョウジが真っ先に聞いたのは、同居人(?)であるペンペンの慌てたような鳴き声だった。


「ん? どーかした、ペンペン?」
「クワァ!!」


とてとてと、本人は急いでいるのだろうがあまり早いとはいえない足取りで、ペンペンはリビングへと『走って』いった。
勿論、キョウジにとっては歩いても充分に追いつけるスピードであるため、ペンペンとほぼ同時にリビングについたのは別に
不思議でもないし、同時にリビングにいる『誰か』についてビックリしたのも無理は無いと言える。
そして、その瞬間にキョウジは『多少』なりとも平和だった日常が崩れ去る音を聞いた。


「あ、お帰り、キョウ!」
「・・・(汗)」

 見た途端、絶句すると同時に体中から冷や汗がだらだらと流れでる。
 思わず持っていた荷物をその場に投げ捨てて逃げ出したい衝動に駆られた。
 リビングの真中にいたのは、キョウジにとって思いもかけない人物であった。
 反射的に百八十度転換してこのまま立ち去ろうとしたが、その思いもかけない人物が行儀良く正座していた状態から、
ぱたぱたとこちらに駆け寄ってくるのを見て、潔く諦めることにした。とういうよりむしろ動けない。
 蛇ににらまれた蛙のように固まってしまった、というのが本音だ。

 いかにも活発そうな茶髪のショートカットに、その歳にしては均整の取れたプロポーション。
 やや童顔かもしれないが、それでも愛嬌や可愛らしさを滲み出す弾けるような笑み。
 快晴の空の下でもっとも映える、真っ白いワンピースを着た少女が、そこにいた。


「やっと学校終わったんだ! 待ってたよぉ♪」
「・・・な、なんで・・・っ!」

 
学校の帰りではないと否定することすら考えられないほど、キョウジは動揺をあらわにしていた。
 まるで恋人以上の親身さで会話をする少女に、震える人差し指を差す。
 額から、冷たい汗が滴り落ちた。


「だって、昨日も一昨日もその前の日も一週間前も! 電話してくれるって言っといてしてくれなかったじゃない!
すっごく心配したんだからね!」
「い、いや、それは、その・・・い、イロイロあったから・・・それで、今日・・・」
「言い訳無用よ! ここまできたからには今日まで第二から出て一週間に起きた出来事全部話してもらうからね!」
「げ!」
「『げ!』、じゃないの!お祖父さんだって心配してたんだから!」


 頬を膨らませてキョウジにずずいと詰め寄る少女。
 気が付けば、吐息が互いの顔に触れ合うほど近づいていた。
 同時に、少女からシャンプーなのか、リンスなのか、それとも香水なのかは分からないが、キョウジにとって懐かしい
香りが彼の鼻腔をくすぐる。
 その懐かしい香りに、キョウジは状況を忘れて我を失っていた。


「あ、ああ」
「『ああ』じゃ、なぁ〜〜いっ!! ほんっ、とうに分かってるの??!」
「・・・ひょっとして、香水でもつけてる?」
「へ?」


 火山が噴火したような激しさで怒る少女の言葉など気にせず、キョウジはマイペースに尋ねた。
 少女は、突然のことに先ほどまであげた声からは想像できない、マヌケな声で返事を返してしまう。
 その声で我に返ったキョウジは、自分でも何でこのようなことを質問したのか理解できずに、必死になんだかとても
無駄な言い訳を口から出していた。


「い、いや、なんかさ、特に意味はないんだけど、その、あの・・・い、いい、香りが、したから・・・」
「あ・・! え、ええっと・・・その、キョウが、誕生日に、くれた・・やつ・・・使ってる・・・」


 突然しおらしくなってもじもじと答える少女の姿を見れば、誰も先ほどの怒りの様子は想像できまい。
 頬を熟れた林檎のように赤らめて、しかしどこか嬉しそうにはにかんだ笑みを浮かべる彼女は、この時代には珍しい、
いかにも純情な少女そのものだった。
 その姿に、キョウジも無意識に心臓の鼓動を早める。
 
何故か、ちくりと胸の奥が痛んだ・・・。


「そ、そうか」
「うん・・・」

 
もう一度、今度ははっきりとその香りが何なのかが分かった。
 
――爽やかなフローラルの香り。
 
中学校一年の少女の誕生日に、キョウジが全小遣いの半分をつぎ込んでプレゼントしたオーデコロンの香りなのを、この時
初めて思い出した。
 プレゼントしたとき、それこそ雪を見てはしゃぎまわる犬のように喜んでいたのを思い出す。
 そして、今もそのプレゼントを使ってもらっていることがわかって、なんだか恥ずかしかったが、やはり嬉しいと、キョウジは素直に感じた。


 その場に、長い沈黙が、そしてなんともいえない緊張感が漂った。


☆



「そ、それよりさ、なんでこの家が分かったんだ? まだ、知らせてなかったと思うけど・・・」

 
 とりあえず、リビングにある小さなテーブルをはさんで、少女とキョウジは向かい合って座っていた。
 テーブルの中心には、クッキーとベルガモットの香りが清楚に漂うアールグレイの紅茶が、綺麗な花柄に彩られた
カップに波紋を立てずに静かに存在している。
 そして、その紅茶に波紋を与えたのは、他ならぬこの紅茶を創り出した創造主、キョウジその人だった。
 音を立てずに、何も起こらなかったかのような静寂さをもって、一口含む。
 口腔内に、砂糖を入れてないため甘くない、しかしベルガモットの香りと共に渋みを持ったサッパリとした味が広がる。
 その様子をじっくり堪能しながら、少女は薄く微笑みながら答えた。


「占いだよ」
「・・・またですか」


 さらりと答えた少女の言葉に、ウンザリしたような表情で顔全体を彩る。さらにはがっくりと肩まで落とした。
 

「なんでよ? 別にいいじゃない。便利なんだし」
「よくない! だいたい、婆ちゃんのやってた占いなんて、そんなもの信じられるわけないだろ! 妖しいとは思わないのかよ!?」
「別に? 信じて欲しいとか思ってないもん。それに、お祖母さん秘伝の占いなんだから、外れるわけ無いじゃない。それはキョウが
 よく知っているでしょ? そもそも、占いとかそういうのに、妖しさなんてもとからあってないようなもんだよ」
「・・・あ〜〜〜はいはい・・・マナの奇天烈さは昔っから身にしみてるよ。聞いた俺が馬鹿でした。
それより! 一体何の用? わざわざこんなところまで一人で出向いてきてさ」


 もういいやといった、投げやりな表情で話題を切り替える。
 

「だから、何回言わせるつもり? 心配になったからだって。着いたら連絡するとか言って、一週間経っても全然連絡しないんだもん。
お祖父さんと私の二人で毎日ひやひや待ってたんだよ?」
「いや、だからそれはいろいろこっちでも問題があって・・・」
「とぉ〜にぃ〜かぁ〜くぅっ! 心配だから来たのっ!! 以上!!!」
「ぐ・・・」


 断固とした態度をもって、こうも断言されてはこれ以上の反論は望めなかった。
 そもそも、キョウジ自身は少女に帰って欲しい口実を探してこのような回りくどい会話をしているのだが、今の彼女の発言はつまり、

『一度、第二新東京市の祖父の家に帰らない限り、絶対に帰らない』

つまりはそういうことだ。
さすがに、これにはほとほとキョウジも参ってしまった。
ただし、参ったというのはこの少女がこの家に居座ることであって、別に第二に帰ることに参っているわけではない。
もうすでに日も大方沈んでしまい夜となる一歩手前の空が外には広がっていて、とてもこの少女一人で第二まで
帰すことは無理になってしまっている。
 だが、かといってこの家に泊めるのも、キョウジにとっては非常に都合が悪い。


「というわけだから、キョウが第二まで帰るまで、私はずっとここにいるからね」
「(予感的中・・・)」


 胸の中で、キョウジはそう短くぼやいた。
 少女がここまで頑なになったら、もうてこでも動かないことは重々承知である。
 となると、必然的に今晩は少女をこの家に泊めなければならなくなってしまった。
 

「でも、まだ爺ちゃんに了承はとって・・・」
「残念。もう既に取ってあるわよ。ていうか、キョウを連れ戻すまで帰って着ちゃダメだって言われちゃったし」
「(・・・爺ちゃん、俺に恨みでもあるのか・・・)」

 
 ひそかに心の中で毒づくキョウジ。
 心底悔しそうだ。


「で、でもでも。ミサト姉にも了承とらなきゃ・・・」
「問題ないんじゃない? だって、キョウの恋人だっていえば全然問題・・・「ちょい待て!!」・・なに?」
「問題大有りだ!! 一体何時から俺がおまえの恋人になったのさ!?」


 世間話でもするかのように平然と答える彼女の態度に、キョウジは顔をやや赤らめながら抗議の声をあげた。
 分かると思うが、全く説得力のホコリほどの欠片も無い。
 第三者が聞けば、必ずこう答えるであろう。


「碇君。言い訳は見苦しいわよ」
「「わぁっ!?!?」」


 いつのまにやらソファーの後ろ側から背もたれに寄りかかって、一人の少女が二人を見下ろしていた。
 その後ろには、キョウジの保護者であるミサトが立っている。
 顔が、何を考えているか一発でわかるほどににやけている。
  
 少女のほうは、プラチナプルーの神秘的な髪と、冷静さと、しかし確かな熱情を兼ね備えた紅い瞳を持ち、
 キョウジの通う中学校の制服に身を包んでいた。さらに、まだ痛々しく三角巾で吊ってある右手と、手や腕の所々にまかれた
包帯が、あまりいいことではないのだが、なぜかしら似つかわしい。

――――一人目の適格者、絢波レイが、ミサトと共にそこにいた。


「あ、綾波!? それにミサト姉まで!」
「やっほ〜♪ ただいま。それにしても、キョウちゃん〜? 一体いつの間にこんな可愛い彼女を作ってたのかしら?」
「か、彼女なんてそんな・・・あ、私『霧島マナ』です♪ キョウを連れ戻すために第二からやってきました♪
今は、キョウの幼馴染兼恋人をやってます♪」
「へ〜、そうなの」
「・・・サルが聞いたら何を言うかしら」


頬を赤らめて「てへへ」といって照れながら、彼女、霧島マナはミサトとレイに正座でペコリと頭を下げた。
 そんなマナにミサトはやや引きつり気味に、レイは誰にも聞かれないような声でボそりとつぶやいた。
 勿論、その光景を黙って見ているキョウジではない。
 顔をマナ以上に真赤にして、力いっぱい抗議していた。


「をい! そこで照れるな!! しかもなんだよ、その幼馴染兼恋人って!! 誤解を招くようなこというな!!
綾波とミサト姉も! 帰ったならただいまくらい言ってくれ!」
「本部から車で来てちょっとグロッキーだったの・・・ミサトさんの運転にはまいったわ・・・」
「ちょっと、レイ? あなただって走ってる間は『速い♪速い♪』って言って楽しんでたじゃない」
「それはそれです。なぜわざわざ警察とカーチェイスなんかするんですか? おかげで三十分も帰宅が遅れてしまいました」
「まぁまぁ♪たまにはいいじゃな〜い、こ〜ゆ〜こともあるんだしぃ〜♪」
「・・・それもそうですね」
「そうなのか?!! そういうものなのか!!?!!?」
「キョウ〜? あんまり細かいこと気にするとはげるよ?」


隣で少女がさりげなく突っ込みを入れる。


「む・・・そんなことに根拠なんて無いだろう?」
「わっかんないよぉ? もしかしたら、すぐにでもその生え際から徐々に後退しながら・・・」
「や、やめろぉ!! 俺に、俺にあの頭を思い出させるなぁぁあ!!」
「ほぉらほら・・・だんだんその生え際辺りが・・・」
「ぬぁああああ!!!! く、来るな! 来るな爺ちゃん〜〜〜〜!!!!」


 一人の少年が、悲鳴をあげながら自室に飛び込み。
 一人の少女が、それを見てお腹を抱えて笑う。

 ミサトとレイは、その光景を見て冷めた視線を互いに見合わせると、二人同時に某マッドサイエンティストの
如く短く、ぼそりと呟いた。
 

「「・・・・無様ね・・・・」」




……To Be Continued.



あとがきなるもの


イブ「さてさてお久しぶりで〜す♪」
レイ「・・・」
イブ「ようやく第参話のAパートに突入しました。少しホッとしてます。しっかし、マナの性格がもろに
   変わっちゃいましたねぇ・・・」
レイ「・・・」
イブ「ほら、絢波レイ!君も黙ってないで何か言いなさい!」
レイ「いいの?本当に言ってもいいのね?」
イブ「む・・・!いやに謎たっぷりな物言いだな」
レイ「じゃ、言わせてもらうわ。何?あの私?一体何時からあんな変な女になったわけ?こともあろうに
   『素直じゃな〜い(学校での弁当を渡すところ)』?あまりふざけたことやってると、A.T.フィールドで叩き潰すわよ?」
イブ「い、いいじゃないか!私は本編のレイもいいが、あういうレイ――リナレイに近い――が好きなのだ!」
レイ「いくら自分が作者だからって、やっていい事と悪いことがあるわ。そのうち私のファンに砂にされるわよ?」
イブ「・・・少女がそんな危ない言葉をつかってわいけませぬ」
レイ「しかも、あろうことか今回さえもあの赤猿がでなかったじゃない。さっさと出してあげなさい。じゃないと、
この小説の存在意義が無いわ。しかも、私がつまらない。からかう相手がいないもの」
イブ「むか!アスカ様にむかってなんだその言い草は!言っていいことにも程が・・・」

イブ、レイに槍状に変化されたATFを突きつけられる

レイ「・・・ごちゃごちゃ煩いわよ?黙って聞きなさい」
イブ「は、はいぃいい!!」
レイ「こほん。さて、次回予告。 
   
突如葛城家に訪れた、霧島マナと名乗る少女。
   彼女は新たな受難を招きいれて現れた。   
翌日になり、ミサトさんの運転により実家へと向かう碇君と霧島さん。
   そこでミサトさんは、碇君の祖父に会う。
   途中、殺人的な階段に出会いつつ。   

   しかし、そんな三人の行動のさなか、ドイツの船の上で、一人の少女は広大な空を眺める。
   自分の目の前に広がる果てしない空。
   その蒼い瞳は、レイと違ってなにを秘めているのか。
   そして彼女は一人の少年に会うことを夢見る。
   
   次回、新世紀エヴァンゲリオン〜不測の主人公は、新たな語りを紡ぐ〜 第参話Bパート
   
   『ちるどれんノ、ココロ【前編】』

   今、不測の歯車が噛み合う」
イブ「ま、またしても・・・」
レイ「文句、ある?」槍を突きつける。
イブ「いえ・・・」
   
(※注 この予告はあくまで予告です。実際の内容は予告無しに変わってしまう事がありますのでご容赦ください)


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