心が―――寒い。
 
心が―――悲しみと、悔しさで、みしみしと軋む。
凍るかのように寒かった。


 死。
 それは、アタシから容易に幸せを奪ったモノ。
 
死。
 それは、アタシから容易に人を亡くさせたモノ。
 
死。
それは、アタシから容易に希望を取り上げたモノ。
 
死・・・・。
それは、アタシから容易に―――――――――――――――涙を流させたもの。


 アイツ等の死は、あっけなかった。
 二人とも、車にはねられ、即死。

 
―――そう。数tものダンプカーにはねられて・・・・・。

 ちょうど『あの』第二新東京市は、かつての第三新東京市に追いつくため急ピッチで改装工事が進められていた。
 陽光収集のためのソーラータワーや、町の名物として建てている展望塔。
 もう使徒がこないことがわかっていたからか、当然、兵装ビルなどといった危険極まりないものはなかったけど。
 でも。アタシ達、元チルドレンから見れば全部いらないものばかり。
 そして、そのいらないものが・・・・・・・・・アタシから、アイツを奪い、レイから、彼を奪った。

 どのくらいの間、悲しみに暮れていたのか、自分でもわからない。
 二人が死んでから、レイがこのことを言ってくれるまで、ずっと、二人で寄り添いながら部屋で膝を抱えて眠っていた。
 そう。
 レイが、時空(あるいは次元)間跳躍をしようなどと言い出さなければ、永遠に――――――――。

 A.Tフィールドを高速回転、圧縮収束させ、その場に極小のマイクロブラックホールを作り出し、意図的にワームホールをこじ開ける。
 そして、そのワームホールを通ってこの世界から別の世界へと次元間を飛ぶというもの。
 アタシからは想像もできないような、とんでもない方法だった。
 一体、自分でもどうやってその『穴』を潜ったのかはわからない。
 ただわかるのは、アタシはその『穴』を潜る事ができ、無事に『時空(次元)間跳躍』を成功させたこと。ただそれのみ。
 
――――エントリープラグで目覚めた、あの瞬間。
 
 少しの間、アタシは何も考えられなくて、何もできなかった。
 けど、スピーカー越しに聞こえるドイツ語の怒鳴り声と、ゆらゆらとたゆたう私の髪を見て、正気に戻った。
 
――――本当に、帰ってこれた・・・・・。

 安堵と、驚愕しか、そのときの私は感じられなかった。喜びなんて、感じてなどいなかった。
 

――――変えてやる。


 それだけを誓って。


――――そして、アイツを助ける。


 心の傷を、そのままに。


――――今度は、アタシが。


 LCLに溶ける涙を感じて。


――――アイツを、幸福へといざな誘う。


 悲しい誓いを立てて。


――――アタシではない・・・・・・。


アタシは、目覚めた。



―――――――――――――――他の誰かと共に。




NEON GENESIS EVANGERION 
〜 Unfathomable Hero Progresses The New Stories 〜     
                        <不測の主人公は、新たな語りを紡ぐ>

                    第参話   
Part B ちるどれんノ、ココロ(前編)

Presented By Iblis



―――ドイツ、ヴィルヘルムスハ―フェン、エヴァ弐号機専用特別輸送タンカー専用急造ドッグ

 海に面して、その町は静かだった。
 セカンド・インパクト後、完全に港町となっていたそこは、海が一年中穏やかなため、それに感化されたように町の人々も清閑を好む。
 だからこそ、ここに急遽たてられたドッグにはいい目をしないし、歓迎もしないのだろう。
 夜な夜な鉄を叩く音とつなぐ音。作業機械の駆動音は、確かに彼等の清閑を切り裂き蹂躙していた。
 結局、世界平和だの何だといっても、人に迷惑をかけなければ何もできない。いいかえれば、犠牲を出さなければ平和は得られない。
 
―――なんて、くだらないんだろ。

 そんなことを考えながら、そのドッグの中で搬入作業を行われているであろう極秘兵器のパイロットは嘆息した。
 
 蜂蜜色に、夕焼けに染まる水平線のような紅みがさしている、絹のように艶やかで、瑞々しい竹のようにしなやかな髪を持つ彼女。
 名を、惣流・アスカ・ラングレーという。
 
 プロポーションは彼女の年齢――現在14歳。ただし大学はすでに卒業――に見合わないものがあり、異性だけでなく同姓からも
羨望の眼差しで見つめられるほど、美麗であった。
 だが、彼女はそれを好まない。
 気分を害さないよう愛想を振り撒くが、心の奥では鬱陶しく思っている。
 今の自分は、もう誰も愛せないのだから。
 愛する人を早くに亡くし、たとえその愛する彼が生きていたとしても、その死の原因を作ってしまった自分がもう一度愛することなど、
どれだけおこがましいことか。
 十四歳にしては老いたその思想に、誰一人として気づくものはいなかった。
彼女の、親友を除いて。
それゆえに、彼女はいつも、自らの長い前髪で素顔を隠し、さらに帽子を被って人目すら避けることを常としていた。


「はぁ・・・どっちにしろ、こうなっちゃうわけね」


 波止場の堤防に腰掛け、数百メートルほど横に見える急造ドッグを睨み、アスカはつぶやく。
 わざと裾を破ってあるデニム地のオーバーオールに、暖かそうなパーカー。そして、自慢の金髪を赤い帽子に隠して
目深にかぶった彼女は、ぱっと見、男子と間違えられてもおかしくはなかった。
 片膝を抱えるようにして座り、視線をはるか向こうにある水平線へと目を向け、彼女はそのあごを膝に乗せた。
 潮風が、寒い。
 まだ朝だということもあるが、今日は特別風が冷たいらしい。パーカーを着てきて正解だったなと、心の中でごちる。
 緩やかな風だったが、その風は彼女の髪をかきあげ、空をたゆたわせる。
 川に流れる水草のように、ふわふわと、風の流れに任せて髪が揺れる。
 その背中は、やや怒り気味だった。


「『前』も町の人から批評買ってたから、変えたいなと思ってたのに。ったく。あの傲慢ちき」


 いささか少女にしては荒い愚痴をこぼす。
 今日、何度目かもわからないため息が漏れた。


「でもま、予定が早まったのは良しとしますか。遅れるよりか断然いいんだからね」


 自嘲するような、なんともいえない微笑。


「早く会いたいのは、本当だし」


 誰もいない空に向かってか、それとも数多の命がはぐくまれている眼前の海へと向かってか。
 アスカの独白は続く。


「そう。会うだけなんだから。それ以降は、ただの同僚。求めたら、ダメ」


 言い聞かせるように、ぎゅっと左手で拳を握る。
 抱えた右ひざの前で、その左手をかざし水平線の向こうを見つめた。
 
 蒼い瞳が、静かに濡れる。
 雫が頬を伝い、彼女の悲しみを示す。

 人の死。
 
 あっけないもの。
 かなしいもの。
 摂理にかなったもの。

 摂理とは何?
 摂理ならば、人の幸せを踏みにじり、切り刻み、燃やし尽くしてもかまわないのか?
 ならば、あのインパクトこそ、まさに摂理だ。
 人の思いを無視し、人の幸せをぶち壊し、あまつさえ無理やりに心の隙間を埋め尽くす。
 本人の意思とは無関係に。
 あらゆる意味で。
 たとえ立ち直れたとしても、それは仮初。
 所詮は傷口の上に、触れれば破けてしまうほどに薄いかさぶたを貼り付けたようなもの。
 要りもしない無駄な摂理は、彼女は要らなかった。


「アイツは、いるのかな・・・・・・・」


 どんどん暗くなっていく思考を釜壺の奥深くに放置してきつく蓋をし、荒縄で三十に締めてから、アスカは別のことを考えた。
 二人から始まった新世紀。
 
紅い海。
 黒い空。
 紅の虹。
 前世紀と変わらぬ月。
 そして、崩れ去ったリリス。

 そんな世界で、アスカを含めた二人が最初に出会ったのが、彼―――アスカの言う、アイツだった。
 
 別次元の世界からやってきた、本来ならば自分たちよりも年上のその彼。
 彼から学んだものは、数知れず。
 彼から与えられたものは、幾百を超える。
 

―――だが、悲しいかな。


彼は、実際は自分たちと同学年で同じ時を過ごし、決して年をとることはなかった。

なのに、死んだ。
あっけなく。
年はとらなくても、傷は負っていたからなのか。
普通の人間と変わらずに。あっさりと。
彼女の愛する、『碇 シンジ』と共に。

先に壊れたのが、彼女の親友でもあり、後の義姉妹となるはずだった綾波あらため『碇 レイ』。
次に、彼女、『惣流・アスカ・ラングレー』が壊れた。


「・・・・・・・・っ」


 いやな過去を思い出し、思わず両膝を抱えて眼前の海を睨みつける。
 この海が紅くさえならなければ。
 この空が黒くさえならなければ。
 後悔が、後を絶たなかった。


「寒いだろ。風邪引くぞ? アスカ」
「!?」


 体を小さく丸め、憤怒と怨悔に身を包み始めたとき、突然左斜め後ろから声がかかった。
 体が瞬時に反応し、パーカーの内側に縫いつけたホルスターから投げナイフを抜き取りその者に向かって突きつける。
 声をかけた人物は、見事にそれを裁くと左手で突き出された左手をつかみ、口で感嘆の笛を鳴らす。


「ヒュゥ♪ 相変わらず怖いくらい早い反応だ」
「・・・・か、加持さん?」
「よぅ。どうした? こんな朝っぱらから」

 
 びっくりして堤防から降り立つアスカに、屈託のない笑みと共に奪い取った投げナイフを返す『加持』と呼ばれた男。
 彼こそ、このドイツでセカンド・チルドレンの保護監督官を勤めるかの有名な諜報部員。
 ネルフ特殊監査部所属『加持 リョウジ』。
 その実力は、各国の上層部にあるブラックリストの上位ランクに位置するほど。
 世界でもっとも有名なスパイであり、また彼を知らないものはモグリでしかない。
 だらしなく着こなしたワイシャツに紺色のスラックス。
 緩められたネクタイと一応剃ってはいるものの伸びてしまっている無精ひげ。
 極めつけにはあからさまに伸び放題にしてある長髪を後ろで結んでいる。
 風体から見れば、ただの落ちこぼれのサラリーマンだというのに、こんな男が世界で最も危険視されているなどと誰が思うだろうか。


「ちょっと、風に当りに」
「なら、もう少し服装はあったかくしたほうがいいぞ。案外、風に当ると冷えるものだからな」
「加持さん、そんな服装で言っても全然説得力ないんですけど?」
「あちゃ。そうくるか」

 
加持の服装はネルフで着るいつもの制服。しかもボタンはあいてるし、まるで常夏の国で過ごすようなスタイル。
 とても服装を注意できるような服装じゃない。
 アスカの言うとおりだった。
 
ぱんぱんと、オーバーオールについたほこりを払い、ナイフを元の場所に収めるとアスカはくるりと背を向けて歩き出した。
 それにやや遅れて加持が続く。


「でも、万が一アスカが風邪を引いたりでもしたら、大変なのはわかるだろ?」
「加持さんの給料が減るから? それともエルンスト少佐にしぼられるから?」
「・・・・・アスカ、今日は手厳しいな・・・・」
「気のせいで〜す」


 冷や汗をダラっと流しながら、うめくような声ですがりつく加持を軽くさらっと流す。
 ちなみに、今のアスカはややダーク気味。
 先ほどまでいやな記憶ばかりを思い出していたためか、やや八つ当たりになってしまった。


「でもま、気をつけます。今度から。だから心配しないでください」
「本当かぁ? この前も似たようなこといって結局問題起こしてくれたのに」
「・・・・・加持さん、意外と根に持つタイプなんですね。ミサトに嫌われるわけだ」
「な、か、葛城は関係ないだろ。おい、アスカ? なんだその白い目は。俺を信用してくれ!」
「さぁてどうだか? この前、ミステュリア中尉にも手、出してましたよね?」
「あ、あれはだな・・・・」
「はいはい。いつもの加持さんの癖でしょ? 聞き飽きました〜」


 必死に弁解する加持を更に虐めるアスカ。
 実はけらけらと笑っているから面白半分にからかっているだけなのだが。
 子供っぽくいちいち弁解する加持が何とも情けない。


「あ、そういえば、どうしてもサードにアポ取れないんです。とにかく、映像の中でも顔合わせしたいのに・・・・」
「・・・・今度のはずいぶんと楽だな」
「ぜんぜん。意外と奔放だそうですよ? サードは。簡単にはつかまらないでしょうねぇ」
「・・・・期限は」
「虹の出向前夜まで。つまりあと一週間。頑張ってくださ〜い♪」
「・・・・わかった。だから葛城にだけは言わないでくれ」
「え〜、人聞きの悪い。アタシはただ事実を口にしただけですよ〜?」
「く・・・・・一週間以内だな?」
「できればの話ですけどね」
「ふ。俺は不可能を可能にする男だぞ? 絶対に一週間以内にアポをとってやるさ」
「武運を祈りま〜す♪」


 なんだかいつのまにか話が脱線してまた乗り上げさらに脱線してぜんぜん違う方向に進んでしまっていたが、とりあえず
加持がアスカの変わりにアポを取ることになったということはきまった。
 ぜんぜん、最初の話と関係無いような気がするが・・・。
 さらに加持のキャラクターが大きく変わってしまっていることには、とりあえず目を瞑るとしよう。
 そんな、他人から見れば珍妙なやり取りを繰り返しながら、アスカと加持は宿泊先のホテルへと戻っていった。
 


―――後には、何も残さずに。
 

☆


――――日本:第三新東京市、コンフォート17駐車場前


ちょうど、ミサトがルノーのトランクの中へ先ほど家を出る前に手渡されたキョウジのリュックをしまったときだった。
 昨日、突然押しかけてきた『自称』キョウジの幼馴染兼恋人をのたまう少女、霧島マナが制服姿のレイと一緒にホールから出てきた。
 二人は楽しそうにクスクスと笑いながら、バイバイと手を振りながら別れる。どうやら、レイは登校するようだ。
 ありあまるほどの元気を振りまきながらそのレイの後姿を見送り、ようやく近くにいたミサトに気づいたマナが、とことこと
歩きよってくる。もちろん、その肩には自分の荷物の入ったボストンバックをかけて。


「あは。用意終わりました♪」
「はい、ごくろーさん。じゃ、トランクに入れちゃうから貸してちょうだい」
「は〜い。あ、でも、これちょっと重いんで、気をつけてくださいね? 下手な衝撃与えると、暴発しかねませんから」
「・・・・・は? ぼ、暴発?」
「はい♪ ですから、扱いは慎重に・・・・ね?」
「・・・・・なるほどね。よーくわかったわ」

 にこにこと、まるで太陽に向かって花咲かせる向日葵のようにまぶしい笑顔を、先ほどレイに送った元気と同じくらいに周囲へと
振りまきながら、マナはミサトに報告した。
 まだ開けっ放しにしておいたトランクの中を見て、まだ充分に余剰スペースがあることを確かめた後、ミサトはマナに左手を差し出す。
 なんだか、非常に危ないことを言っているのだが、ミサトはただにやりと笑っただけで、それ以上何も言わずにバックをおく。
 ただし、一体どこから取り出してきたのか発泡スチロールの箱の中へとしまって、厳重にロープでトランク内で動かないよう厳重に縛り
つける。ここまでするか?というような顔で、マナが見つめていた。


「よしと。さぁて、あとは彼氏君の到着を待つばかりね」
「か、彼氏・・・・・きゃは♪ それいい響き!」
「あらぁ、彼女なのにそんなこともいわれなかったの?」
「え? あ、えっと、その・・・・・」
「ん〜〜〜〜??」
「えぇ〜〜〜と・・・・・・」
「んん〜〜〜〜〜〜〜〜???」
「うぅ・・・・っと・・・・・・・・・・・・」
「んんん〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜????」
「鬱陶しいからそろそろやめたら? ミサト姉」
「き、キョウ!」
「ちょっと、何よその鬱陶しいって」


 ニヤニヤと、かなり不気味な笑みを張り付かせてマナに顔を近づけて尋問するミサトに、繊細だが、あきれたような声が届いた。
 冷や汗と脂汗を同時にかきながら、引きつった笑みを顔に張り付かせていたマナが、まるで救世主にでもであったかのように嬉し
そうな声でその人物の名を呼んだ。
 ちなみに、ミサト達がいるのは、ルノーから約5メートルほど離れた数本ずつ一定の距離で並んでいた木のうちの一本。の木陰。
 ミサトが顔を近づけるのに比例してマナは後ずさりしていたのだから、仕方ないだろう。 
  
 ミサトが膨れ面をして、わざわざ要らない皮肉をを届けてくれたその少年を睨みつけた。
 エントランスに、布に包まれた直方体の物を手に携えた格好で立ちながら、残った片手でポストの中身を確認して出てきたその少
年は、お世辞ながらも『格好いい』と言えるような少年ではなかった。
 どちらかというと、『くぁいい』の域に踏み込んでいる中世的な顔立ちに、はっきりとした、磨きぬかれた黒曜石の如き瞳。
更に、男の子にしては華奢で細そうな線が彼を気弱そうに見せてしまっている。
しかし、彼はそれに逆らうように服装は思いっきり男の子っぽかった。
所々破れて線がかろうじてその穴を見えなくしているようなジーパンに、ノースリーブで胸には『HILDOLFR』と印刷された白い
シャツを着て、いつも肌身はなさず付ける銀鎖のクロスネックレスはもちろん、三箇所にシルバーベルのついたウォレットチェーン
をズボンにつけている。そしてキメに額には都市迷彩柄のバンダナを巻いている。
 別に、特に遠出するわけでもないしそこまでする必要ないのだが、今回は事情が違う。
 ミサトがいるからだ。
 実は、シンジがミサトの家に引っ越してきた日、その行きの車の中で散々くぁわいいくぁわいいといじられたからである。
 もうあんな恥ずかしい目に会いたくないため、超微力ながら実に儚い抵抗を試みたキョウジであった。
 ・・・どうせ関係なしにいじられるのがオチなのだが、本人は無理にも忘れようとしている。


「別に? マナがそう思っているだろうからその気持ちを代弁してやっただけだけど?」
「マナちゃん。本当にそうなの?」
「え? え、え〜〜ぇっとぉ・・・・」

 
 ぐりんと、キョウジからマナへと首を動かし、あと数センチで顔が触れ合うというところまで顔を近づけて真意を問うミサト。
 今ここで下手なことをいったら、何をされるかわからない。
 マナの意識の中では、そのことが第一種警戒態勢なみの警報レベルで危険視されている。
 ここは、無難にミサトの機嫌に合わせて答えるのがいいと思われるものの、もし下手にミサトが調子付いたら、今度こそ車の中で
先ほどの続きをやられるだろう。
 そして、最悪の場合を考えてしまったマナは・・・・

《う〜〜〜・・・・キョウと恋人っていうのは・・・その・・・嘘・・・だし、それに私が一方的に好きなだけでキョウジは私のことどう
でもいいって思ってるし・・・・でもそのまま正直に話したらキョウにばれちゃうし・・・・・あ〜もぉどぉすればいいの〜〜!!》


頭の中で案外無駄な自己問答を繰り広げていたりした。


「お〜い、ミサト姉! いいかげんマナを虐めてないで車出してよ。遅くなっちゃうって」
「そ、そそそそうですよミサトさん!!! お祖父さん意外と時間に厳しい人で、少しでも遅れたら打ち込み五千本とか、胴切り三千本とか、
五連突き四千本とかやらされちゃうんです!! だから急ぎましょうっ!!!」
「ちょっとまって・・・・マナ、それって俺も?」
「当たり前でしょ!」
「ミサトさん、乗って!早く乗って!つべこべ言わず乗って! どんな手段でも許すから全速力で向かってクダサイ!!」
「え〜? なんで〜?」
「つべこべ言わずに早く! ASAPです!! 可及的に速やかにです!!」
「もぉ〜〜〜・・・・・しかたないわねぇ・・・・」


 突然ものすごい迫力でせかし始めたキョウジに軽い当惑を覚えながら、マナへの尋問をそれはまぁ残念そうにしぶしぶと運転席に座った
ミサトは、シートベルトを締めながら手にグローブをはめて、ハンドルを握った。
 キョウジが、重いため息を漏らしてシートに深く体を静め、マナが開放感を味わいながらため息をつきつつ車の中へと滑り込んでくる。
 ただし、そんな簡単にミサトがことを済ますはずがないことに、キョウジとマナは気が付くことができなかった。


「あ、そうだ。今キョウちゃん『どんな手段でも許す』って言ったわよねぇ?」
「え? あ〜うん。まぁ。 それが何か?」
「・・・・・ふっふっふっふっ・・・・・『どんな手段』だろうと、構わない・・・のよね?」
「・・・・あ・・・・あの、ミサト、姉・・・・?」
「え?え?」
「お〜〜〜〜っほっほっほっほっ!!! いっくわよぉ! ルノー!!! 久しぶりに『蒼き電雷』の走り、見せてやろうじゃないの!!」


 あやしい含み笑いを聞いたキョウジとマナが、嫌な予感にたらりと冷や汗を流した。
 瞬間、一体どのようなスタートダッシュを切ったのか、二人の体にまるでもう一人の人間がのしかかってきたかのような圧力がかかり、
シートに約十センチ以上も体をめり込まされた後、今度はショック体勢をとることもできずに右側の方向へと、とても逆らえない遠心力によって
吹き飛ばされて二人して仲良くドアに激突した。


「安心しなさいキョウちゃん、マナちゃん!! リミッターをはずしゃぁ、第二まで一時間、いえ三十分ももかかんないわ!!!」
「それ以前に俺たちの命のほうが・・・ぷげっ!」
「きゃぁ!?」
「お〜〜ほっほっほっほっ!!! 駆け抜けなさい!!稲妻のごとく!!風よりも早く!!光に等しいほどの速さで!!」
「だ、だから!スピードよりも、俺たちの命を・・・・・ふぎゅっ!!」
「ひぁっ!!」


 右に左にシェイクされ、急な加速と原則で前後に派手に体を打ち付けながらも、なんとか抗議しようとするキョウジの声を、まるで
遮るかのようにしてスピンターンを決めて反対車線に移ったり。
 それでもなんとか意識を保ちながらなおも抗議しようとするキョウジを、またもや遮るようにしてロングカーブを慣性ドリフトで駆け
抜け、ストレートで車と車の間を縫いながら走りぬけるミサト。
 そしてその度にキョウジとマナが二人一緒に抱き合うような格好で後部座席で転げまわる。
 ただ不運なことに、一度、直角ドリフトによって右側に転がったさい、偶然にもキョウジがマナの胸を鷲づかみにしてしまい、黄色い声と
共に腰のひねり、手首のスナップ、理想的なインパクトポイントという三拍子そろった必殺の張り手を食らうというアクシデントがあったりした。


「し・・・・・死ぬ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「もうっ! キョウのエッチ!」
「お〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っほっほっほっほっほっほっほっほっ!!!!!!!!」



 その日、〇八三六時より〇九〇八時までの間、第三新東京と第二新東京へと向かう道路という道路で、蒼い稲妻が走ったという。



☆
 
 
――――第三新東京市;ネルフ本部総司令部中央作戦司令室、司令塔オペレーター席


 ミサト達がこの第三新東京市を離れてから数十分後。
 ネルフ本部は、前代未聞の大事件にさらされ、大パニックに陥っていた。


「第三新東京市D−8エリア付近に、大質量収縮エネルギーを感知!!」
「付近一帯の時空間歪曲率が、爆発的に上昇中!!」
「こ、この反応は!! マイクロブラックホールです!! D−8第二交差点にて、マイクロブラックホールを確認!! 
付近の建築物や住民を吸収しています!!」
「どういうこと!? 何が起こっているの!!?」


 突然警報レベルが最大となって鳴り響き始めたため、本部内はまるで蜂の巣をつついたように騒然となった。
 矢継ぎ早に報告される町の被害状況と謎のブラックホール。
 使徒かどうかもわからないが、だが街中に突然ブラックホールが発生したということ自体が、事の異常性を高くあらわしていた。


「!?な、なんだこれは!?」
「ぶ、ブラックホールのエネルギー反転! 吸収されてた全てのものが排出されています!」
「さらに付近一帯にA.T.フィールドに酷似した反応が出ています!!」
「町の状況のモニターは! 早く出して!」
『こ、これは・・・・』


 モニターに表示される町の様子。
 それは、使徒との戦いと同じくらい、もしくはそれ以上に非現実的なものだった。

 交差点の空中に、白く輝く渦があり、そこから先ほど吸収されたであろうビルや人、車全てが吐き出されている。
 突然現れたそれは、ただひたすらに吐き出しつづけていた。
 そして、ゆっくりと、その穴から吐き出されるものは減っていき、ついには何も出てこなくなる。
 穴は変わらずに白い光を放ちながら渦を描き、まるで何かが出てくるのを待っているかのようだった。
 
 その様子をモニター越しに見つめながら、リツコは眉間にしわを寄せて考えていた。
 突然街中に現れたマイクロブラックホール。
 しかしそれはその力を突然反転させ、今度は全ての排出をはじめ、今はその活動を止めている。
いや、決してその活動自体を止めたのではなく、渦を作る運動は続けながらも、物質の排出は止めていた。
つまり、いまや吐き出すものはなくなった状態。しかし、いまだ活動を続けているところを見ると、もしかしたら
まだ『中』には『何か』が吐き出されるのをまとうとしているのかもしれない。

――――その姿はまるで、真逆の位置にある――いまだ仮説でしかないが――、『ホワイトホール』であった。


「なんなの、一体・・・・。なにが始まろうとしているの?」
「ホールからの排出が終了した模様。以降沈黙を保っています」
「解析パターンはレッドからブルー、オレンジと変則的に示しています」
《まさか・・・・使徒?・・・・まずいわね。 予定より早すぎるわ・・・・。 ミサトもいないのよ?》


 じっと、マヤのコンソールの中で表されるあのエネルギー体の仮説的分析結果に目を細めるリツコ。
 発令所のオペレーターを含め、頂上にいる二人を除いた全員が、重苦しい沈黙を迎えていた。



―――同所、司令席


 一方そのころ、この異常な事態にも焦ることなく、冷静に物事を見定めるものがいた。
 

「まずいことになったな、碇」
「ああ。厄介なイレギュラーだ」
「ワームホールか・・・・裏死海文書にはない出来事だな」
「・・・・・」


 ゲンドウとコウゾウは、互いにいつもの形で発令所の頂上で前方に現れたモニターに写るホワイトホールを見つめた。


「この修正、容易ではないぞ? どうする」
「計画に支障がなければ放置する。そうでなければ・・・・」
「やはりな。 だが、できるか?」
「無理ならば、委員会に任せればいい」
「やれやれ・・・・」


 ため息をつきながら、コウゾウはもう一度モニターを見つめる。
 白い発光体は、いまだに渦を巻きつつ空中で静止している。
 ふと、隣に手を組んで座っているゲンドウに視線を移し、コウゾウは言い知れない不安に胸を刈られた。
 

―――この事件は、我々に致命的なものをもたらす。


 その予想は、後になって、まさに宝くじで三億円を当てるがごとく、当りだったことを、コウゾウは思い知ることになった。


☆


―――同所、オペレーター席


リツコは、自分でも驚くほど焦っていた。
特に気になること。
それは、

――もしもこの発光体が使徒だったら?

ということ。

もしそれが事実なのだとしたら、十中八九自分が作戦指揮をしなければならなくなる。
一応自分も戦略の立て方等はかじる程度やったことがあるが、そもそも専門外だ。
それ以前に、使徒相手に立てる戦略を、人間相手にしか通じない戦略しか習っていない自分が立てられるはずがない。
だが、リツコのその不安は杞憂に終わった。


「!!先輩、目標内部に生体反応!! パターンオレンジ! 人間です!!」
「・・・・・・つくづく異常ね・・・・・・マヤ、そのまま解析を続けて。日向君と青葉君は目標を監視しながら周囲の安全を確認して!」
「「はい!」」
「やれやれだわ・・・・・」


 そうつぶやいて、じっとモニターを見つめる。
 確かに、モニターに移る白い渦の動きが少し激しくなっている感じがする。
 渦の回転が速くなると同時に、その周囲に強い風を巻き起こし、電柱や民家を襲っていた。
 そして、決定的な、イレギュラーが起きる。


「も、目標の内部エネルギー急上昇!! 臨界点を突破!! このままでは大爆発を起こします!! 推定被害範囲、第三東京市全域!!」
「なんですって!!?」
「だ、だめです! 上昇止まりませ・・・・・!!!???」

 
 マヤの報告が終わらないうちに、発令所全体が、真っ白な閃光に包まれた。


☆


――――第三東京市内、D―8エリア


車が行き交う交差点に突如として現れた、白い発光体。
その爆発は、その場に爆発のエネルギーをとどめ、だがそれによって生じたエネルギーは光となって第三新東京市全土を包み込んだ。
 そして、誰も気づかずに、この世界に二つのイレギュラーが混じることとなった。
 世界の裏で、ある計画を進める者たちにとって、致命的な被害を与える者が。


午前10時34分。
 

 約三分間にわたる光の奔流が終わり、徐々に視力が戻り始めた交差点の人々たちは、全員一様にして首を傾げた。
 白い発光体があった場所。
 交差点の、ちょうど真ん中にあたる場所に浮かんでいたはずのそれ。
まるで、最初から何もおきていなかったかのように、跡形もなく消え去ってしまったそれ。
 周囲に与えた被害も、何もかもをすべて元通りにして。
 まるで・・・・・本当に何事もなかったかのように、忽然と。
 それは、蜃気楼のように消えてしまった。
 



――――第三新東京市立第壱中学校の裏山


「あつう・・・・・」
「いったぁ〜〜〜・・・・・」


 一人は木の根に頭をぶつけるようにして。
 一人は背中から木にぶつかったようにして。
 二人の少女が、同時につらそうなうめき声をあげた。

 
「っく!・・・・あれ? ここは?」
「大丈夫? カリンちゃ・・・・ん・・・・・きゃ!」
「わぁ! 大丈夫、お姉ちゃん!?」
「あはは・・・・・ごめん・・・・・・・あれ・・・・・・ええぇ!?」


 おでこをさすりながら立ち上がった少女は、周りの風景を目にして呆然とした。
 そこは、自分たちがいた場所ではなかった。
 まるで牢獄のような、重苦しくのしかかるように黒い空間ではなかった。
 命のやりとりをやっていた相手も、そこにはいなかった。
 あるのは、緑。
 あるのは、風。
 あるのは、空。
 
 山の、中だった。


「どういうこと? だって、さっきまで私達、パンデモニウムにいたはずじゃ・・・・・・・」
「そんな・・・・・嘘でしょ・・・・・・」
 

 きょろきょろと、周囲を忙しなく見渡す少女の問いには答えず、金髪の少女は答えた。
 

「とばされたんだ、私達」
「・・まさか・・・!」
「そのまさかだよ、お姉ちゃん」

 
 もう一度、二人は周囲を見渡す。
 どこからか、小鳥のさえずりが聞こえた。
 優しく、風が吹く。
 風が木の葉を揺らし、揺れた木の葉が森の旋律を奏でる。


「「・・・・『次元間移動』・・・・」」


   
歯車が回り始めたのは、この時だったのかもしれない・・・・・・。



―――第二新東京市、山間部麓


「ね〜〜マ〜〜〜ナ〜〜〜〜ちゃ〜〜〜〜ん〜〜〜〜後どのくらい登るのぉ〜〜〜〜????」
「み、ミサトさん。そんな声で聞かないでくださいよぉ」
「だぁ〜〜〜っってぇ〜〜〜〜」
「あぁもう鬱陶しいなぁ! 疲れたんなら疲れたって言えばいいじゃないか!!」
「ぶぅ〜〜〜〜〜」
「あは・・・あははは・・・・」
「はぁ・・・・仮にも作戦部長ともあろう人が・・・・・」
「ちょっと、キョウちゃん、なにその棘を含んだ言い方は」


 ミサトの予言どおり、第三新東京市からここ、第二新東京市の名もない山まで三十分弱で到着したキョウジ達は、ただいま修行中。
 とはいっても、それはミサトの弁であり、キョウジやマナにとってはさしたる障害でもなんでもない。
 今、三人が歩いている―――いや、正確に言うと登っているのは、見上げると視界の遥か前方にようやく頂上が見えるくらい長大な
『階段』。
 傾斜度は四五度前後。ただし、段数は、推定でも軽く二千段はあるであろうこの化け物じみた階段を、ミサト達三人はようやく一時間を
かけて、八〇〇段付近まで登ってきていた。


「ほら、キョウ。無茶言わないの。普通の人が簡単にこの石段を登れたら、それこそ異常なんだから。休み無しにここまで
 登ってこれたミサトさんはホントにすごいんだよ? 責めちゃダメだって」
「だからって、もう十分間もこうやってブーブー文句言ってるんだぞ? どうしろって言うのさ」
「よよよ・・・・キョウちゃん、今日は冷たい・・・・・」
「・・・・・・」←キョウジ
「・・・・・・」←ミサト
「・・・・・・あは、あははは」←マナ


 突然、場に流れる非常に寒々しい空気。
 マナの、乾いた笑いが山に木霊する。 


「ミサト姉、めっちゃスベッた。酷く、険しく、轟くように寒く」
「・・・・・・」←マナ
「・・・・がーーーーんっ・・・・・!!」←ミサト
「あからさまに失望するなよ!! っていうか、どうみたって今のは親父ギャグ以下だろ!! いや、そもそもギャグですらないし!!」
「ひ、酷いわ! 何もそこまで言うことないじゃない! 今まで私に優しくしてくれたのは何だったの!? 
 そう・・・・遊びだったのね・・・・。所詮私はあなたの玩具・・・・。いつでも捨てられるふやけたカップヌードルなのよ・・・・」
「いや、待て。それはもう一体どこから突っ込んでいいかわからないくらいに矛盾と欺瞞と妄想が入り混じってるんだけど」
「そ、そんな・・・・・キョウ、そんなヒトだったの・・・・?」
「一体どこをどうしたらこんな大根演技を真に受けられるのさ!? 俺がそんな軽そうに見えるのかよ!!」
「そんな・・・・・まさか、キョウが・・・・・あんなに、優しかったキョウが・・・・・・・・」
「だから違うって言ってるだろ!!!!!!」



 階段の途中で留まり、休憩を兼ねてなのだろうか。
 三人は、どう考えても尽きそうにない世間話を延々と、二時間にわたって繰り広げた。
 キョウジは、怒っているように見えるものの、しかししっかりと笑っていることから、この会話を楽しんでいることが窺い知れる。
 そして、ミサトとマナはどうやら自分達の波長が合ったらしく、異常なまでに意気投合してしまい終始二人でキョウジをからかっていた。
 ちなみに補足しておくが、ここまで登った段数は先述したように約八〇〇段。かかった時間は五八分と四二秒。休憩時間が二時間。
 そして、この階段の最頂部までの段数は二千と百飛んで五八段。
 推定でも三人がこの階段を上りきるには後三時間と強かかりそうなのは明らかだった。
 

「うっわ、キョウちゃんてば、マナちゃんが留守なのに部屋に入ったこともあるの?! そして帰ってくる前に箪笥からちょっと・・・・」
「するか!!」
「そ、そんな!!キョウ、それ本当なの!!? 酷い・・・・私、信じてたのに・・・・・・」
「だから違うって!! なんでミサト姉の嘘八百をそう簡単に信じちゃうのさ!?!」
「あ〜あ・・・・。キョウちゃんてば悪い子ね〜・・・・信じてた女の子を裏切るなんて・・・・」
「あぁもういい加減にしてよ!!」
「ミサトさぁ〜〜〜ん!!!」
「おおよしよし。可愛そうなマナちゃん」
「一体なんなんだぁあああああ!!!!!」


 とうとう二人の虐めに我慢できず精神崩壊をきたしてしまったキョウジ。
 それでも、三人のからかいと休憩と怒声の三重奏は、飽きることなく頂上まで登りきるまで続くのだった。


☆ 


 そして、最初の休憩終了より、第二登頂を開始してから五時間三十一分四十九秒。
 ようやく最上段である二千百五十八段目を、三人は踏みしめた。
 ちなみに、見事に予想を裏切ってくれた理由は、マナの持っていた荷物にあった。
 あの、歩くたびにがちゃがちゃと金属のぶつかる音の正体は、大量の銃器類であったのである。
 二回目の休憩のとき、そろそろキョウジを弄ぶネタが尽き始めたころ、ミサトが以前から気になっていたマナのバッグのことを
指摘したのである。
 そして、取り出されたのが、サブマシンガンのP−90を一丁とハンドガンではデザートイーグル50AE、シグ/ザウアーP228と
ベレッタ92Gの三丁。そして、弾数百発分。内二〇〇発は炸裂弾。ついでという感じに、着替え三着、非常食料三日分、コンバットナイフを三本。
その他C4爆弾やピアノ線など、これからゲリラ戦にでも出かけるのかというくらいの重装備。
 とても、少女が外泊に行くような荷物ではない。そもそもこんな重量の荷物を軽々と担ぐマナの力に違和感を覚えるべきなのだが。
実は銃器マニアだったミサト――カーマニアでもある――は、最初こそその荷物に戸惑ったものの、次にはもう同志としてマナを
力強く抱きしめ、キョウジになぜマナのような中学生がこんなものを持っているのか、いまさら気づいたように尋ねたのだった。

「マナは、ミリヲタなんだよ」
「あら、私はプロよ?」
「本当ですか!? これからお姉さまと呼ばせてください!!」

 と、その場でこんな会話があり、そこからミサトとマナの二人によるミリタリートークが華を咲かせ、休憩時間を二時間から
四時間へと延長させたのが原因である。


「まったく・・・・・一体どれだけ人をこけにすれば気がすむんだか・・・・・しかも、登ってる間延々とミリタリー系の話しかしてないし」


実家へと通じる細い山道を、キョウジは戦闘を歩きながら後ろでいまだにぺちゃくちゃと疲れを知らずにしゃべりつづける二人に
視線を向け、ため息をついた。


「でも、まだ未成年だから大変だったでしょ?」
「いえ。それは、お祖父さんがやってくれたので平気でした。でも、はじめ行ったときに、五丁以上の所有は許可しないって言われて・・・」
「はぁ? なにそれ。おかしいじゃない。一帳の所持許可に書き込める丁数は12丁なのに、無理だなんて」
「はい。それで、お祖父さんがその警官さんに行政手続法違反で訴訟を起こしてやる!ってと断言したら、即刻書類を受け取ったので、単なるこけ
おどしだったっぽいです」
「やれやれ・・・・」
「いったいなんの会話をしてるんだよ二人とも・・・・」


 相変わらず、二人の世界はまだ広がりつづけている。
 自分にはまったくわからない世界の話なため、一人もの悲しさを感じつつ道を進むキョウジは、仕方なく、何か別のことを考えることにした。


「(銃・・・・インダクション・・・・か)」


 第三に着いて、ネルフに所属してから三日後、早速始まった訓練を思い出す。
 格闘訓練や、兵装ビル等の配置、エヴァの稼働時間の限界、エヴァの装備の特徴の講義等は、特に大変ではなかったのだが、シミュレーションだけは
酷い成績だった。
 パレット・ライフルを初期装備とした、B型装備での訓練だったが、そもそも銃器の扱いをしたこともなく、遠距離よりも近距離での格闘が得意な
キョウジにとって、その訓練は人生初めての――仮想ではあるが――銃器を扱った時だった。


「(センターに入れてスイッチ・・・・って、軽く言うけど、難しいって・・・・)」


 最初のころは、とまっている目標に向かってただ打つだけでよかったのだが、それからは相手が動くようになって四苦八苦し、ついには動きつつ攻撃
までしかけてきて七転八倒していたのである。


「(動きながら撃つのって、本当に難しいんだな・・・・)」


 しみじみと、そう思った。
 確かに訓練は大変だが、それは自分の大切な人を守るため。
 自分が苦労するだけで救えるのなら、いくらでも苦労してやる。
 それがキョウジの考えであるわけで、死にそうな目にあったのにもかかわらずエヴァに乗りつづけるのは、その思いがキョウジを支えているからだった。
 そして、だからこそキョウジはこれからも頑張ろうと思う。頑張ろうと思えた。
 

「キョウちゃん〜〜♪ マナちゃんいいわねぇ♪ ラチッちゃってもいい〜?」
「きゃは♪ お姉さまになら、ラチられても全然おっけーです!!」
「・・・・・絶対ダメ」
「なんでよ〜」
「キョウのケチ〜」
「まったく器のちっさい奴め・・・・」
「だぁれがちっさい・・・・・や、つ・・・・・?」


 ほぼ反射的に講義の声をあげたキョウジだったが、中に聞きなれない声が聞こえたのに戸惑い、つい語尾を詰まらせてしまう。
 マナとミサトも気づいたらしく、ミサトは自分のジャケットの内側からサイレンサー付きのソーコムを取り出し、マナは鞄から
P228を取り出して、自分たちの間に銃を向けた。
 その間、一秒足らず。
 たったそれだけの時間でここまでの反応をしめせるミサトもものすごいが、それと同等の反応速度を持つマナに、ミサトは正直脱帽した。
 だが、そのことは表情に出さず、まるで鷹が遥か頭上から獲物を狙い定めるかのような鋭い眼光を目の前の人物に向けた。


「いつからここにいたの・・・? 返答によっては、撃つわよ」
「ほぅ・・・・マナは相変わらずとして、こちらの美人さんも、すばらしい反応だ」
「・・・・・あ、あぁ!!!!」


 にっ、とその人物は笑い、キョウジは驚いた。鳩が豆鉄砲を食らったがごとく。


「久しぶりだな、キョウジ。待っていたぞ」
「お、お祖父さん! いきなり現れないでください!!」
「・・・・・へ?」


 取り落とした鞄を拾い上げながら、P228をしまうマナ。
 ミサトはマナの言葉から導かれる言葉に、今自分のしている行動と、かけた言葉がどれほどの意味を持つかを思い知る。


「お、お祖父さんって・・・・・まさか・・・・・・」
「爺ちゃん!!」
「やっぱりぃいいい!!! すみませんすみませんごめんなさいごめんなさいついいつもの癖で反射してしまってとんでもないことをぉ!」
「いえいえ。お気になさらず。今のは私がいけませんでしたからな」
「で、でも!」
「お姉さま、平気ですよ。お祖父さんはいつもこうやって私たちをからかうんです」
「趣味悪いよなぁ・・・・」
「失礼な。 私の美的せんすを馬鹿にするでない」
「「・・・・・」」←キョウジ+マナ



 地面に額を擦り付けるようにひたすら謝りつづけるミサトに、その人物は優しく声をかける。
 マナとキョウジがあきれていた。

 その人物は、意外と若く見えた。
 綺麗に剃りとられた髭に、オールバッグの灰髪。深緑の作務衣を着込んだその男は、とても今年で齢八十六の老人には見えなかった。
 惚れ惚れするほどがっちりした、大きな肩にたくましい肉体。
 腰に下げた、黒光りする二刀の日本刀。
 そして、軽く百八十はありそうな長身。
 どう見ても、四〇前半か、それでも五〇前半にしか見えない。

 そう。この人物こそ、キョウジをかつて叔父の元より誘い出し、マナを孤児院から引き取った、二人の祖父。
 旧御四天流古武術神焔派(キュウミシマリュウコブジュツミホムラハ)師範、かつて『エリゴス』と呼ばれ、軍で伝説に近い人物。
 『碇 ヒタツ』が、そこに居たのだった。
 
 

後書きに等しきもの

イプ「ぐっはぁ!!」
レイ「・・・・」
イブ「ごめんなさい!!すみません!!決してサボってたわけではないのです!!これには海よりも深く山よりも高い事情が・・・・」
レイ「パソコンがクラッシュして、中身全てがブラックホールに飲み込まれたようにぶっ飛び、おかげで書置きしておいたのが
   消えちゃった・・・・と」
イブ「まったくその通りでございますレイ殿!!そしてターム殿と――居るかどうかに関わらず――読者の皆様申し訳ございません!」
レイ「まぁ、居ないでしょうけどね。貴方の駄文を見るほど他の人たちは暇ではないのよ」
イブ「そ、それを言われたら・・・・・」
レイ「それより、ようやく赤猿が出てきたわね」
イブ「そうなのです!ようやくアスカ様が登場したのです!!ちなみにシリアスバジリコ風味でした」
レイ「意味不明よ。一度脳神経外科に行ってきなさい。いい医者紹介しないけど」
イブ「うわ、さり気にひどっ!ちょっと期待したのに!」
レイ「さて次回予告」
イブ「こら!またもや無視する気か!だが今回は・・・へぶっ!!?」←A.Tフィールドで叩き潰される
レイ「コホン。
ようやく着いた碇君の実家。
久しぶりの二人の夕食準備に懐かしさを覚えながら、碇君と霧島さん。
そこへ、突如二人の訪問者がくるのだった。

そして、ヒタツ氏の口から伝えられる、驚くべき真実。
その真実に、ミサトさんは自らの愚かさに涙する。

碇君の訪れた墓に刻まれた、『シンジ』という名前は何なのか。
ミサトさんの父が、ミサトさんを南極へと連れて行った本当の理由とは。
次回、新世紀エヴァンゲリオン〜不測の主人公は、新たな語りを紡ぐ〜 第参話Cパート
   
   『ちるどれんノ、ココロ【中編】』
   
    今、少女が女性へと歩き出す・・・・」
イブ「ふ、ふが!!ふがもが!!」
レイ「ゴキブリ以上の生命力ね。感嘆するわ」


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