シンジを乗せた初号機は地上に出た。
目の前には光り輝く何かがある。
シンジは前を見つめていた。
そのシンジの耳に、また声が聞こえた。
先程と同じ心に響く声。
その声は穏やかな口調で言った。
『来たね、シンジ。』





   新世紀エヴァンゲリオン
        ANOTHER STORY
   第弐話 「希望の天使」


〈発令所〉
「初号機、目標と接触しました。」
「現在双方に動きは見られません。」
オペレーターの報告を聞いていたミサトが口を開いた。
「なぜ使徒が……全部倒したと思ったのに。」
「未来は常に変わるものよ。私達が使徒が十七体いると知っているのは過去に残された文献から得た知識のためだから、それが正しいとは限らないわ。」
ディスプレイを見ながらリツコが言った。
「それより、可笑しいわ。」
「何が?」
「使徒よ、さっきから何の行動も見られないわ。これまでの使徒は出現時、あるいはエヴァンゲリオン出撃時に何かしらの行動を行っていたのに、この使徒は未だ出現位置に停滞しているだけ。」
「何か企んでいるのかしら。」
「そういう感じでもないわね。むしろ何かを待っているっていう言葉の方が合うわ。」
「待つって、何を?」
「さあ、それは使徒にしか分からないわね。」
「ともかく、相手が何をしていようと、使徒は私達の敵よ。殲滅するしかないわ。」
ミサトはモニターを見た。初号機と使徒は依然対峙したままだ。


シンジは心に話し掛けているものに尋ねていた。
「君は誰?」
「私は君達が使徒と呼んでいる存在さ。」
「君も、やっぱり僕達を滅ぼす存在なの?」
「それは違うな。私は君達に教えるために遣わされた者だよ。」
「教えるって、何を?」
「君達が知らなければならないこと、君達が未来を迎えるのに知っておかなければいけないことだ。」
「僕達の、未来?」
「そう、君達には未来があるんだよ。」
シンジはカオルの言葉を思い出した。
『君達には未来がある。』
「……僕に、未来なんてあるの?」
シンジは俯いて言った。
「他の命を犠牲にしながら、のうのうと生きている僕に未来を生きる資格は無いよ。」
「大切な人が傷ついていくのに、ただ見ることしかできなかった僕に、未来を得ることはできないよ。」
シンジは涙を流した、その雫はLCLに溶け込まず、シンジの膝の上に落ちた。
「僕には、未来は無いよ……。」
「あるさ、何故なら私はそれを教えるために来たんだから。」
「だから、ここに来るんだ、私の待つこの場所へ。」
目の前にある光が、一層輝きを増した。
そして、光の中から、何かが現れてきた。

「A・Tフィールドの発生を確認!」
「内部のエネルギー体が実体化していきます!」
「動いたわね!」
それまで沈黙を守っていた発令所にオペレーターの声が飛び交う。
「A・Tフィールドの出力が上がり続けていきます!!」
「計器類が異常な値を示しています!……これは……位相空間が変形、実体化しています!!」
「何が起こっているの?!」

光の中から現れたもの、それは白く輝きながら、赤い空へと広がっていく。
初号機も段々とそれに包み込まれていく。
「これは……。」
シンジの視界に広がる純白の世界。
そして、光が消えていく。今まで初号機を包み込んでいたものが姿を現す。
「翼……」
モニターを見ていたミサトが唖然として呟く。
発令所の全員がモニターに釘付けになっていた。

それは四枚の白い翼だった。
見るものを虜にするような、純白の羽根を靡かせていた。
その翼は、旧世紀の壁画に描かれていた「天使」のそれを思い出させた。
「『天使の聖なる羽』か……」
メインモニターを見つめていた冬月がぽつりと言った。
「希望の象徴たる聖なる翼、なんとも美しいな。」
「だが所詮、我等にとっては滅びを連想させるものでしかない。」
「セカンドインパクトの時と同じだな。」
「ああ、滅びの時を導く翼だ。」
「ところで、現状はどうなっている。」
ゲンドウのその声にはっとし我に返ったオペレーター達がディスプレイに目を移す。
「え、A・Tフィールドは依然展開しています!」
「この反応は!?初号機の精神回路に異常発生!何者かが外部からコンタクトを試みています。」
「初号機、侵入者とシンクロを開始しました!!」
「何ですって!」
それまで冷静だったリツコが驚いた。
「パイロットの状態は!?」
「異状はありません、しかし、コンタクトはA10神経に向かって行われています!」
「シンジの精神に接触するつもりか。」
オペレーター達の報告を聞いていたゲンドウが言った。
「伊吹二尉、ダミープログラム発動の準備をしろ。」
「えっ!しかし……」
躊躇するマヤ、彼女は第壱拾参使徒の件でダミープログラムに対する嫌悪感を募らせていた。
「命令だ。聞こえなかったのか?」
「分かりました。早急に準備します。」
戸惑っているマヤに代わってリツコが答えた。
マヤの所へ行き、コンソールにプログラムを打ち込む時にリツコはマヤに呟いた。
「言った筈よ、マヤ。潔癖症は人の中では生きられないわよ。」
「………………」
マヤは無言で抗議していた。

シンジは辺りを見渡した。
さっきまで自分は初号機のエントリープラグに居た筈だ。
しかし、今は何処にいるのか分からない。
辺りはまるでフラッシュのような眩しい光に満ち溢れていた。
「此処は、何処だろう…」
そう呟いた時、前方に何か黒いものが現れた。
何かの影だった。
シンジが見詰めていると、その影は次第に人の形を成していった。
そして、影にも色が着いてきた。
現れたのは、一人の少年。
その少年は、穏やかな微笑を浮かべていた。
薄い茶色の髪が、光に当たって少し透けて見えていた。
髪と同じ色の、穏やかな瞳はシンジを見詰めていた。
少年は微笑の浮かんでいた口を開いた。
「やあ、初めまして。シンジ。」
その声は驚く程穏やかで、優しい声だった。
「君が、僕に話し掛けてきたの?」
「そう、君を呼んだのは私だ。」
「なぜ、僕を呼んだの?」
「君に教えるためさ。真実とは何かを。」
「シンジ、君は自分に未来は無いと言ったね。」
「それは、君が知らないからさ。君が、真実と、そして本当の幸せを知らないからだよ。」
「でも、君は必ずそれを知ることになる。私はそのためにいるんだからね。」
「まず私が君に教えるのは、真実。」
「真実?」
「そう。君が知らねばならぬこと。世界を終末へと導く原因となったもの。セカンドインパクトの真実だ。」

「使徒、初号機とシンクロしました!!パイロットの精神に介入しています!!」
「シンジ君は!?」
ミサトが叫ぶようにしてオペレーター達に尋ねた。
彼女は今、シンジを家族として心配していた。それまでは彼を一つの道具、優秀なエヴァのパイロット
としてしか見れなかった。
しかし、加持やアスカと、大切な人を無くしてしまった今、ミサトはシンジだけは失いたくなかった。
「パイロットの生命に関わることは今は起きていません。精神も今は安定しています。使徒の目的は彼
 の精神的破壊ではないようです。」
それを聞いて安著の息を漏らすミサト。
と、今までキーボードを打っていたリツコが司令席へと顔を上げる。
「司令、ダミープログラムの発動準備、完了しました。」
「直ちにパイロットと初号機とのシンクロを全面カット。ダミーシステムに切り替えろ。」
「分かりました。」
リツコがダミープログラムを発動させようとしたまさにその時だった。
発令所に声が響く。
『邪魔は、させないよ。』
その声が聞こえた瞬間、発令所にあったモニターが全て真っ白になった。
「大変です!!MAGIがハッキングされています!!進入回路は……初号機からです!!」
「何!」
「メルキオールが侵食されています!!なんて速さだ!!駄目です!!対処が間に合いません!!」
ディスプレイに現れた三つのブロックの内、一つのブロックが見る見る内に赤く染まっていく。
第壱拾壱使徒の時とは比べ物にならない速さだった。
数秒と経たない内にメルキオールは侵食され、バルタザールのブロックもあっという間に赤色に染まり、
ものの十秒と経たない内に三つのブロックは真紅に染まった。
と同時に真っ白なモニターに黒くアルファベットの文字が浮かぶ。 
「これは……」
ミサトが呆然として呟く。一文字一文字浮かんでくるように文字は現れて、何かの単語になろうとしていた。
そして、アルファベットで現された文字が完成する。
画面に現れたのは、天使の名だった。
「ファヌエル……希望を司る天使か。」
冬月が口を開いた。
「碇、我々の打つ手は無くなったな。」
ゲンドウはただ黙っていた。全てのモニターに黒く映る天使の名が発令所を包んでいた。

「セカンドインパクトの真実?」
「そう。全てが始まったあの事件。君はその真実を知らない。いや、この世界でそれを知る人間はいない
だろう。」
「それを僕は知るの?」
「そうだ。君は知らなければいけないんだ。何故なら、それは君達の過去だから。全ての過去を知り、全ての始まりを知り、全ての真実を知り、君は未来を目指すんだ。」
「それを導くのが、私の役目、使命なのさ。」
そう言うと少年は微笑んだ。邪心の無い、綺麗な優しい笑顔だった。

「私の名はファヌエル。君に希望を与える者だ。」

                   続く。


マナ:使徒がシンジに接触してきたけど・・・大丈夫なの?

アスカ:シンジに未来を教える? それとも懐柔しようとしてるのかしら。

マナ:使徒に悪意があったら、恐いことになるかも。

アスカ:今までの雰囲気じゃ、そんな風には見えないけどさ。

マナ:『希望』を司ってるって言うくらいだから、きっと大丈夫よね。

アスカ:パンドラの話もあるから、安心はできないわよ。まだまだ。
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