大切なもの
生きる理由
希望………

そんなもの僕には無い。
だって僕は一生懸命生きようと思った事なんてないから。
だって僕は他人を避けてきたから。

だって僕は……独りだから……


   新世紀エヴァンゲリオン
       ANOTHER STORY
   第四話 「心の真実、決意」

暗い部屋
何の音も無く、ただただ時を刻んでいくだけのその部屋。
その中でシンジは一人ベットに寝転んでいた。
ミサトは帰っていない。
あの後、シンジは事情聴取を受けさせられようとしたが、まだ精神的ショックがあるかもしれないという
ことで、明日まで自宅待機となった。
ミサトは事後処理に追われ、今日は徹夜だそうだ。
シンジは、仰向けになって今日起きたことを思い出した。
使徒だったカヲルを殺し、ミサトと公園に行った。
新たな使徒が現れて、発令所へと戻った。
そこで、自分を呼ぶ誰かの声を聞き、出撃した。
そして、一人の少年と出会った。
その少年は自分にいろんな事を話した。
セカンドインパクト、アダムとリリス、使徒、エヴァンゲリオン。
そして、自分達という存在。
『リリスが生み出した新たな生命「チルドレン」。それが僕達。
 僕達には与えられたものがある。力と………未来。
 真実……僕らが知らなければならなかったこと。
 僕らはそれを知った時、新たな一歩を踏み出せる……
 でも、真実なんて何時も残酷なものだ。
 知ってしまったら、もう引き返せない。
 希望……生きる理由……幸せ……僕らの未来に必要なもの。
 でも、僕には多分そんなものは無い。
 僕は、ずっと独りだから……
 そうすれば、傷つかなくていい。
 他人を拒絶すれば、お互い干渉しないで、お互い傷付かずに済むから。
 でも………彼はそんな僕を見てくれた……
僕の話を聞いてくれた……
僕を……好きだと言ってくれた。
初めてだった。嬉しかった。とても嬉しかった。
でも………でも………
僕は、彼を殺したんだ。
自分の勝手な思い込みで、自分を裏切ったと思ってしまった。
でも、彼はそうじゃなかった………
自分の使命を、自分の命を捨ててまで僕らに未来を与えようとしたんだ。
そんな彼を、
優しい彼を、
僕は殺したんだ。
僕は大切な人を自ら殺したんだ。
大切なものを自分から手放したんだ。
そんな僕に生きる価値なんて無い、生きる理由なんて無い。
僕に幸せなんて得ることはできないんだ………』
目の奥がとても熱かった。
なにか熱いものが頬を伝わった。

彼は、泣いていた。
暫くの間、静かな部屋に響くか細く、悲しい泣き声。
「………………?」
どれ位泣いたであろうか、微かに耳に入ってきた音に、シンジは泣くのを止めた。
「♪〜〜〜〜♪〜〜〜〜」
幾度となく聞いた自分の知っている音。
自分のチェロの音だった。
誰も止めなかったという理由で、今まで弾き続けたチェロの音。
「誰だろう?」
涙で濡れた顔を拭き、音のする方へと歩いていく。
どうやら、リビングから聞こえてくるようだ。
シンジは自室の襖を開けた。
リビングは、明かりが点いていない所為で真っ暗だった。
その中で、ベランダの近くは月明かりに照らされて微かに明るかった。
そこにチェロはあった。
一人の少年に弾かれながら。
少年は椅子に座りシンジに背を向けていたが、シンジはそれが誰だか分かった。
月の光に当たり、少し薄い茶色の髪の毛が透き通るように輝いていた。
少年が弾いていた曲は「カノン ニ長調」
彼が奏でる音は、とても優しく、少し寂しさを感じさせるものだった。
「あの………」
シンジは少年に何かを言おうとしていたが、チェロの音が止まったので口を噤んでしまった。
少年はチェロを傍らに置いた。コトッという音が静まり返った部屋に響いた。
少年が誰にともなく呟いた。
「…音楽というものは、それに様々な想いが宿っているものだ。
 それを作り出した者、それを音に出す者、
 それらの多様な想いが反映し、初めてそれが曲となる。
 楽器も同じだ、それを弾くものの想いが音となって現れる。
 このチェロはとても優しい音を出す。しかし、その優しさの中に、寂しさや悲しさも感じる。
 君の心と同じくね………シンジ。」
少年が立ち上がり、シンジの方を振り返った。
自分を見詰めるその顔には、あの時の、あの穏やかな微笑みがあった。
「泣いていたんだね。」
「えっ?」
少年が頬を指で突付きながら言ったので、シンジも自分の頬に手を当ててみた。
涙の伝わった痕がくっきりと残っていた。
シンジが慌ててその痕を拭くのを彼は微笑ましく見ていた。
「彼のことを思い出したんだね。」
彼の言葉にシンジは顔を拭くのを止めた。
「君に大切なことを教えた人、そして、今君が心を閉ざそうとしている原因ともなった人、渚カヲルの
 ことを。」
シンジは俯いていた。彼はそんなシンジを見ながら話を続けた。
「君はもう他人と関わりたくないと望んでいる。だが敢えて聞くがそれはどうしてなんだい?」
シンジは俯いたまま答えた。
「彼が僕の大切な人だったからだよ。僕のことを大好きだと言った初めての友達だったんだ。
 僕も彼のことが好きだった。彼は僕の話を聞いてくれたから。
 ………でも………でも……
 僕は彼を殺してしまった。
 そのとき初めて気付いたんだよ。
 彼が僕にとって失いたくない大切な人だったことを、
 でもね、その時にはもう彼は僕の前からいなくなっていた。
 とても悲しかった。とても寂しかった。
 大切な人を失う辛さが分かったんだ。
 もう嫌なんだ。
 大切な人ができて、その人を失うことが……
 だからもう僕は誰を好きにもならない。
 誰とも深く関わらない。
 そうすれば大切な人を失わない。
 失って傷つくことも無いんだ……
 ……僕は、独りがいい……」
シンジの頬にまた熱い感触が走った。
月明かりに照らされた床に、落ちた水滴が黒く滲んでいった。
少年は微笑を絶やさなかった。
「彼が君に教えたことは何だったと思う?」
「えっ?」
シンジは彼に顔を上げた。そこには月明かりを後ろに、優しい笑顔があった。
「君は失うことしか分からなかったのかい?確かに大切な人を失うのはとても辛い。
 だがそれ以前に君は大切な人を見つけることができたじゃないか。
 それはとても心安らぐことだ。
 人は所詮一人では生きていけない。
 他人がいるからこそ自分という存在がある。
 他人と触れ合うことで自分の心の欠けた部分を補うことができる。
 大切だと思う心、失いたくないと思う心。
 それが人が生きていく中で一番大切なことだ。
 そして、それが『愛』というものだ。」
「愛………」
「人は愛を紡ぎながら歴史を創ってきた。
 君も誰かを愛し、誰かに愛されながら未来へと生きるべきなんだよ。」
「でも、僕は………」
「確かに君はカヲルを殺した。
 だからといって君は心を奥底に閉じ込めながら生きるのかい?
 彼が死んだのは君達が生き残るためだ。
 彼は死に、君は生き残った。
 生き残った者には死んだ者の分まで生きる義務がある。
 彼の分まで君は生きなければならない。」
「でも、僕は何をすればいいか分からないよ……」
「君にはまだいる筈だ。
 守りたい人、大切な人が。
 そう、君と同じに心を閉ざし幸せを得ることができていない人。
 戦いに身を置き、自分を偽っている人。
 二人の少女が。」
シンジの脳裏に少女達の姿が浮かんだ。
蒼い髪に紅い目と、紅い髪に蒼い目の少女。
レイとアスカの姿。
しかし次に現れたのは水槽の中で崩れ落ちていく沢山のレイと、
病室で人形のように横たわっているアスカだった。
「くっ……」
思い出したくないことを思い出し、シンジは顔を伏せた。
「感情を知らないため、他人と触れ合えず、一人だった少女。
 過去の辛さから、他人より上に立とうとして、自分の心を偽り続けてきた少女。
 君と同じで、彼女らも独りだ。
 そして彼女らを救えるのは彼女らと同じ、シンジ……君だけだよ。」
「……無理だよ。僕は綾波から逃げてしまった。
 命懸けで僕を助けてくれたのに…… 
 アスカだってそうだ。アスカが苦しんでいる時僕は黙って見ている事しか出来なかった。
 僕は卑怯で、臆病な人間だ。 
 こんな僕が受け入れてもらえる筈ないよ。
 嫌われて、拒絶されるだけだ。
 だから僕には彼女達を救うことは出来ないよ。」
シンジは俯いたままだった。彼の表情は見えない。
「それじゃ君は彼女達の気持ちが分かるのかい?」
えっとシンジが顔を上げると、そこには真剣な眼でシンジを見詰める彼がいた。
「君には彼女達の心が全て分かっているのかい?
 何故レイが命を捨ててまで君を守ったか分かるかい?
 君が命に代えてまで守る人だったからじゃないか。
 レイは独りだった。
 感情を知らず、ただ戦いに身をおくことで自分の存在を保ち続けてきた。
 他人と触れ合わずに生きてきた。
 しかし君は彼女に人の温もりを教えた。
 彼女に感情を与えた。
 彼女にとって君はとても大切な人だった筈だ。
 アスカもそうだ。
 君は彼女が助けを求めていたのが分かっていたかい?
 彼女にとって君は大きな存在だった。
 ただ彼女はそのプライドからそれを認めなかった。
 それが君と彼女の溝を深めてしまった。
 彼女はとても寂しがり屋だ。
 心の奥底でいつも震え、助けを求めていた。
 彼女と口付けを交わしたことを覚えているかい?
 あの時彼女は怖かった。
 その内自分は見捨てられるんじゃないかと。
 だから君に助けを求めたんだよ。
 君は求められているんだ。
 そんな君だからこそ救えるんだ。

自分の心に従って生きるんだ。
心に素直であれば、たとえどんな結果になろうとも後悔はしない。
そして、心で生きていけば、きっと上手くやっていける。
未来を切り開いていけるんだよ。
だからシンジ、自分の進む道は何時も心で決めるんだ。」
「僕の、心………?」
「そう、君の心。 
 なぜ君は彼女達のことで胸を痛めているのか、後悔しているのか。
 それは君にも分かる筈だ。
 何故ならカヲルが教えてくれたじゃないか。
 君も求めていたんだよ。 
 彼女達を、大切な人達を。」
彼の一つ一つの言葉がシンジの心に響いた。
シンジはその時気付いた。
なぜ自分があの時レイを助けたのか
なぜあの時アスカを助けたのか
なぜあの時自分は戻り、戦ったのか
なぜ自分はレイやアスカが離れていった時苦しんだか

全ての疑問が一つの答えへたどり着いた。
「そう、それが君の心の本当の気持ちだよ。」
そしてシンジは決めた。
自分が何をすべきかを。
「…………まだ、遅くないかな?」
シンジが彼に尋ねた。
彼はまた優しく微笑み、優しい声で答えた。
「全てのことに早すぎることも遅すぎることもない。
 君は自分の想いを伝えればいい。」
「うん。伝えるよ、僕の気持ちを。
 どんな結果になるかは分からないけど、僕はもう後悔したくないから。」
シンジは真っ直ぐ彼を見ていった。
彼はシンジに再び微笑んだ。
「今日はもう遅い。いろいろあって疲れただろう。
 お休み、シンジ。」
「うん」
シンジは自分の部屋に向かっていった。
そして襖を開ける時に
「ありがとう」
彼に向かって言った。

彼はシンジに微笑んで、シンジが部屋に入ったのを見るとまた椅子に座った。
そして白く輝いている月を見て、誰にともなく言った。
「これが君の望んだことか。」

その夜シンジは自分のチェロの音を聞きながら寝た。
その胸に、大きな決意を抱きながら。
                 続く。


マナ:シンジが未来を作っていくのね。

アスカ:未来はいいけど、アタシだけじゃなくファーストまでいるのが気に食わないわ。

マナ:みんなで幸せな未来を築くんじゃないの?

アスカ:シンジとの未来は、アタシだけのものなのっ!

マナ:まったく・・・。シンジはどうするのかしら?

アスカ:モチ! まずはアタシに会いに来るはずよっ!

マナ:ほんとに、そうなるかなぁ・・・。綾波さんだったりして。
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