〈とある部屋〉
「それはどういうことかね?碇。」
暗闇に満ちた部屋に、13枚のモノリスが浮かんでいた。
全てのモノリスに数字と、【SEELE】という文字が描かれていた。
その一つ、NO.1のモノリスが部屋の中心にある机に座っている人物に尋ねた。
「先程ご報告した通りですよ。」
中心の机には二人の人物がいた。
一人は、椅子に座り、両肘を机についている、眼鏡をかけた髭面の男。
もう一人は初老の男で、机の傍に、手を後ろの組んだ格好で立っていた。
モノリスの質問には、髭面の男が答えた。
無表情で、ただ前を見詰めたままで男は答えた。
「死海文書に載っていない使徒が現れたということですよ。」
「我等の求める答えはそんなものではない。」
「左様。何故その使徒はリリスの元へ向かわなかったのだ?」
「その上、何故使徒が補完計画を知っている?」
「それは、今は分かりません。」
「いずれにせよ、使徒を殲滅できなかった上、ネルフ本部内へのこのこと侵入させた責任は重いぞ、碇。」
「心配には及びません。補完計画には支障はありませんよ。」
「無論だ。もし計画の失敗があるようなら、それ相応の処罰が下されると思いたまえ。」
「左様。我等には時間が無いのだ。失敗は許されん。」
「分かっております。では、私はこれで失礼します。」
そう言って二人の男は部屋から消えた。


   新世紀エヴァンゲリオン
      ANOTHER STORY
   第八話 「揺らぐ世界」


「役立たずめ。」
暗闇に満ちた部屋では、ゼーレの老人達の協議が行われていた。
「ネルフの本分を忘れたか。」
「どうするのだ?キール議長。」
「使徒の殲滅は補完計画の最優先事項だ。使徒がいる限りは我等の計画は進められんぞ。」
「左様。過去の使徒はリリスとの融合を目指したため、その力をその時の為に制御しなければならなかったのだ。」
「故に、あの不甲斐ないネルフでも勝てたのだ。」
「しかし今回は違う。補完計画の打破、そのために使徒が力を使うのなら例えエヴァンゲリオン初号機でも勝てぬ。」
「所詮コピーはオリジナルを超えることは無いのだ。」
「ならばどうする?最早我等の計画を止めることは出来んのだ。」
全てのモノリスに宿る者達の視線が、NO.1のモノリス、キール=ローレンツに集まった。
「案ずるな。我等にはまだ十分な切り札が残っている。」
「量産機か?」
「左様。間もなく九機全てが完成する。ネルフなど最早不要。我等の手で使徒をネルフごと葬ってくれる。戦略自衛隊と各国に散らばるネルフ支部の占領も時間の問題だ。
 全てが整い次第、第三新東京市に攻め入ろうぞ。」
「補完計画は?」
「我等の計画もその時最終段階に入る。エヴァンゲリオン初号機とサードチルドレンを使い、我等の目的を達成させるのだ。」
「サードだと?碇の息子を神の子にしても良いのか?」
「補完計画には崩れかけた心が必要だ。タブリスの働きによってサードの心は壊れかけている。孤独を望むその心を使うのだ。」
「長かった我等の計画も全て終わるのか。」
「左様。諸君、我等はそれまで時を数えようではないか。」
「「「「「「「「「「「「「神の栄光をこの手に!我等ゼーレの魂の座と共に!」」」」」」」」」」」」」
全てのモノリスが消え、部屋には漆黒の闇だけが残った。


〈ネルフ本部 司令室〉
床一面にセフィロトの紋章が描かれた部屋の中央に、先程の二人の男がいた。
「どうするつもりだ?碇。」
初老の男、ネルフ副指令、冬月コウゾウは、傍の椅子に座っている髭面の男に尋ねた。
「使徒のことは問題無い。老人達が動くだろう。」
答えたのは、ネルフ総司令、碇ゲンドウだった。
ゲンドウはじっと窓の外の風景を見ていた。
まるで夕焼けのように辺り一面が真っ赤に染まっていた。
「補完計画はどうなる?」
「予定通りだ。使徒が消えたら、老人達は此処を攻め込むだろう。」
「量産機は、やはりもう完成間際か?」
「ああ、各支部の開発チームもゼーレの口車に乗っている。完成まで1週間というところだ。」
「いいのか碇?私達の計画も狂うのではないか?」
「問題無い。補完計画も順調に進むだろう。我等の計画も完成する。」
「どうかな?」
「何が言いたい、冬月。」
「レイのことだ。レイの心は少しずつ感情を宿していっている。シンジ君と関わることで、だ。
 記憶も取り戻したそうだ。このまま補完計画が進んでも、レイはお前の思い通りには動かんぞ。」
「…………」
ゲンドウは無言で外を見詰めていた。
冬月は大きく溜息をつくと、改めてゲンドウに話し掛けた。
「………なあ、碇。もう止めにしないか?もう俺達の時代は終わったんだ。俺は、例え罪に汚れながらでも、あの子達のことを見守りながら生きることを望むよ。」
「レイの感情は一時的なものに過ぎんよ。その時が来れば、レイも自分の使命を実行する。
 最早後戻りは出来んのだよ。我等人類は。」
表情一つ変えずに言うゲンドウを見て、冬月はまた一つ大きな溜息をついた。
『全く、いつまで経ってもこいつはこうだな。』
紅く染まる部屋の中で、二人はずっと無言でいた。


〈アメリカ ネルフ第一支部 開発研究所Aケージ〉
ネルフ本部と同じようなケージの中にそれはいた。
白いエヴァンゲリオン。エヴァンゲリオン伍号機。
純白の身体には沢山のコードが繋がれており、その先にある部屋では、何人もの研究者やオペレーターが
慌しく動いていた。
「各部の神経接続、異状なし。」
「中枢神経系統、異状なし。」
「各部運動機能、正常です。」
「外部拘束具、接続状態に異状なし、硬度及び耐久精度は規定値です。」
次々と報告が飛び交う中、伍号機の前にあるブリッジの上には、二つの人影があった。
「いよいよ完成まで後僅かですね。」
20代の若い金髪の白人の男の研究員が、隣にいる中年の研究主任らしき黒人男性に話し掛けた。
「ああ、後はS2機関を搭載し、起動実験を行うだけだ。」
「そうですね。」
若い研究員は顔を上げ、伍号機の顔の部分を見た。
初号機をモデルにしたような顔で、頭には二本の角が取り付けられていた。
まだ光の点っていないその眼は、彼らを見詰めているように見えた。
「どうした?」
伍号機の顔をじっと見詰めている若い研究員を見て、研究主任の男は尋ねた。
「……私達は、本当にこれを造っていいのでしょうか?」
「何?」
若い研究員は怪訝な顔をして、伍号機の顔を見詰めながら言った。
「確かにこれを造ることは、私達にとって新たな科学の道を開くこととなるでしょう。
 しかし、一体これは何に使われるのか。それが心配なんです。
 きっとこれが戦争に使われでもしたら、多大な被害を与える存在となるでしょう。
 私は、そんなものを造りたくはないです。」
研究員の話を聞いていた主任は、同じく顔を上げながら答えた。
「しかし、過去に人が科学の全てを集め造ったものは争いに使われた。
 このエヴァンゲリオンも結局は兵器なのだ。
 戦いに使われるのは言わば使命なのかもしれない。
 だが、私も、これが人の殺し合いに使われるのではなく、人類の敵となるものと戦うことを願うよ。
 もうチルドレンを選ぶ必要もない。
 ダミープログラムによって、このエヴァは人を乗せることなく動くことが出来るのだ。」
「そうですね。」
二人とも、伍号機の眼を見詰め続けた。
伍号機は、まるで眠っているかのように俯いていた。


〈第三新東京市 とある通り〉
シンジは、夕日を見ながら、コンフォート17にある自宅に向かっていた。
レイはまだ精密検査を受けなければならないので、病院に残った。
アスカも勿論病院にいる。退院までには一週間かかるそうだ。
何故かシンジの手には買い物袋が下げられており、中には野菜や果物など沢山の料理の材料があった。
「さて、頑張ってお弁当作らないと。」
実は、アスカがシンジにお弁当を作るよう頼んだのだ。
事の起こりは今日の昼間、病院で起こった。
『何これ!?まっず〜い!!こんなの食べられないわよ!!』
『でもアスカ、意識が戻ったんなら食事を採らないと……』
『だからって何でこんな不味くて、質素で、味のない料理を食べなきゃいけないのよ!!』
『だって、それが病院で出される食事だから……』
『こんなの食べてたら、それこそ死んじゃうわよ!!
 ……あ!そうだ!ねえシンジ、シンジがお弁当作ってよ。』
『えっ?何で?』
『こんな食事より、シンジのお弁当の方が何倍も元気になるわ!
 ……それに、シンジのお弁当ちゃんと食べてみたいし……
 ……だめ?』
『うっ……分かったよ。(そんな上目遣いで見られて、嫌だなんて言える訳ないじゃないか……)』
『やったあ!アタシ、シンジのお弁当食べて元気になるからね!
 だって…こんなやつれた顔のアタシじゃ、シンジが嫌いになっちゃうでしょ?』
『そ、そんなことないよ。顔なんて関係なくて、僕はアスカのことが好きなんだからさ。』
『本当?嬉しい!!シンジ!!』
『わわっ、アスカ急に抱き付かないでよ。』
『だってぇ、嬉しいんだもん。』
『もう……(そういえば、アスカとこんな話が出来るなんて思わなかった。いいな、こういうの。)』
『碇君……』
『ん?何、綾波?』
『(ちっ、いつもいいところで邪魔に入るんだから……)』
『私も、碇君のお弁当が欲しい。』
『えっ?綾波も?』
『ええ。』
『ちょっとファースト!アンタは別に要らないでしょ!!』
『いいえ、あなたが貰うから、私も貰うの。』
『全然理由にならないわよ!!』
『まあまあ、アスカ。いいじゃないか、二人の分を作ってくるよ。』
そう言って、シンジはネルフで材料を調達し、家で調理しに帰る途中なのだ。
「お弁当なんて作るのも久しぶりのような気がするな。」
思えばこんなに平穏な時間など訪れなかった。
いつのまにか、シンジの心も安らかな気持で満たされていた。
人に、自分の気持を素直に伝えるだけで、こんなにも自分が救われる。
それは、人との接触を避け続けてきたシンジにとって驚くべきことだった。
「僕は本当は、こんな風に、他人と接することが出来るように望んでいたのかな……」
そうシンジが呟きながら歩いていた時だった。
「♪〜〜♪〜〜」
何処からか歌が聞こえてきた。
シンジには聞き覚えがある曲だった。
あの時、あの少年が歌っていた、「交響曲第九番」。
「誰だろう………」
辺りを見回してみるが、人影は見当たらなかった。
どうやら歌声は、遠くから聞こえてくるみたいだった。
「もしかしたら………」
シンジはあの場所へ向かって歩き出した。


あの時、カヲルと逢ったあの湖岸。
その場所に行ってみると、天使像の上に人が座っており、歌はその人が歌っていた。
夕日に当たり、その人の髪は、透き通るように輝いていた。
「シンジか……」
シンジが彼の方へ近づいていくと、急に名前を呼ばれたので立ち止まった。
「私に何か用があるのかい?」
「えっと……その……お礼が言いたくて。」
「お礼?」
「うん。君のおかげで、僕はアスカと綾波に自分の本当の気持を伝えることが出来た。
 それに、僕も、人と接し合うことを知ることが出来たんだ。本当にありがとう。」
「私ではないよ。君が気付くことが出来たからさ。心の奥底にある本当の気持を。
 人は一人では生きていけない。だから人が生きていくためには心が必要なんだ。
 心を通じ合わせることで、人は他人と生きていける。
 そしてまた、自分も救われるんだ。
 君はそれが分かった。それでいいんだよ。」
「うん………」
その時初めてシンジは気付いた。
さっきまで夕日に照らされていたので分からなかったが、彼の腹部は紅く染まって、天使の像からは紅い血が滴り落ちていた。
「怪我したの?!」
シンジは彼の元へ駆け寄ろうとしたが、彼がこちらを向いて驚いた。
血の出方が尋常ではなかった。
もう何時間も血が流れ出しているに違いない。
しかしそれでも彼は死ぬどころか、意識さえ失っていないのだ。
それを見てシンジは少し怖くなった。
彼はシンジを見詰めながら言った。
「シンジ、まだ全ては終わっていない。
 世界は確実に時を進めている。
 やがて全てが終わる時がやってくる。
 だがシンジ、その時も、自分の心を信じなさい。
 そうすれば、きっと君らは乗り越えられるはずだ。」
その瞬間強風が吹き、シンジは一瞬目を瞑った。
目を開けてみると、もう目の前には誰もいなく、ただ波の音だけが響いていた。
シンジは暫く呆然と立ち尽くしていた。


第三新東京市を一望できる、かつてミサトがシンジを連れて来た場所。
辺りに風が吹き荒れ、それが止んだ後に、一人の少年が立っていた。
ポタッ
彼の身体から、紅い水滴が一滴落ち、地面に紅い染みをつくった。
「最後の一滴か……流石にこのままではまずいな。」
彼は前に向かって歩き出した。
影になっている部分に彼が入ると、その身体の本当の色が現れた。
既に血の気はなく、死人のように青ざめていた。
眼下に第三新東京市が見える位置に来ると、彼は遥か遠くに見える夕日を見詰めた。
Tフィールド、具現化。」
そう彼が言った瞬間、彼の身体は眩い光に包まれ、何枚もの光り輝く翼が生えてきた。
彼の身体は宙に浮き、翼を広げていった。
「夕日より我が肉体に紅き血潮を得らんことを………」
夕日に当たった翼が次第に紅く染まってゆき、紅い光球が一つずつ彼の身体に流れ込んでいった。
それにつれて彼の身体は次第に血の気を取り戻していった。
彼はじっと、眼下に広がる都市を見詰めた。
夕日に当たった第三新東京市は、一面紅く光り輝いていた。
「まるで、血の紅だな……。」
彼はそう言って目を閉じた。


脳裏に映像が飛び込んできた。

流れる血、沢山の死体、銃声と人の悲鳴。

その中で蹲り、ただ黙っているだけの少年。

目覚める少女、悲痛な叫び「死ぬのは嫌……死ぬのは嫌……死ぬのは嫌!」

目覚める赤い巨人、次々と破壊されていく戦艦。

天空より降り立つ九体の白い巨人達。

赤い巨人と白い巨人の戦い。

吹き出る血潮、バラバラになっていく巨人達。

引き裂かれ、腸を引き摺り出されていく赤い巨人。

響く声、「殺してやる…殺してやる……殺してやる……」

槍に貫かれる巨人。

男の悲鳴。

天空に浮かぶ巨人達。

紫の巨人を包む、白く巨大な人の形をしたもの。

液体と化していく人間の身体。

全ての魂が、女の姿をしたものに集まっていく。

吹き出る血潮、女の首が切れていく。

血が、辺りに飛び散り、白い巨人達が石のように固まっていく。

赤い海、白い砂浜。

横たわる人影。

少女の首を締める少年。

泣く少年。睨みつける少女。

「気持悪い」

「きもちわるい」

「キモチワルイ」



彼は目を開けた。
もう翼は消え、彼の身体は血の気を完全に取り戻していた。
「思い出してしまったな………
 もうすぐ時が来る。
 だが繰り返しはさせない。
 あの未来を訪れさせてはいけないんだ……」

彼は、赤く輝く夕日をじっと見詰めていた。
夕日に当たる、彼の瞳は、微かに紅く輝いていた。

第一部「終末の世界に遣われし者」 終劇
第二部へ


作者後書き
第一部はいかがでしたか?
第一部のテーマは、シンジやアスカ、レイの心の補完です。
自分の気持に素直になる勇気を出すこと、他人と共に生きていくこと。
それにシンジが気付き、今まで自分の出来なかったことをしていきました。
そして第十九番使徒ファヌエル、彼の存在によって今後世界は大きく変わります。
物語は第二部へと進みますが、その前に間章としてシンジ達の心の内とファヌエルがどんな未来を見たのかを書きたいと思います。
最後に、部分的にでも、この作品を見てくれた方々に感謝の意を込めたいと思います。
それでは、次の間章をお楽しみに………


アスカ:シンジのお弁当が、やっぱ最高よねっ!

マナ:シンジのお弁当に慣れたら、病院のご飯は辛いでしょうね。

アスカ:調味料が足りないのよ。

マナ:病院だから、どうしても薄味になるんでしょうね。

アスカ:そういう問題じゃないわ。愛情が足りないのよ。

マナ:病院のご飯も愛情をもって作ってくれてるんじゃない?

アスカ:シンジのアタシへの愛に比べたら、そんなの無に等しいのよっ!!!
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感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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