十年前、その事件は起こった。

卑劣にして残忍極まりない大量虐殺。
一つの町に住む者達の中で生き残ったのはただ一人。
それ以外の者全ての命が無惨にも散っていった。

生き残った少年の心に、消える事の無い大きく、深い傷を残した事件。
少年が眠る度に見る悪夢。
決して忘れる事の無い、忘れてはならない事件。

しかし、決して触れられたくない心の傷。

その傷が、オシリスと融合したアラエルの翼から放たれる虹色の光が、その傷をこじ開けていく。
そしてその記憶は周囲に映し出される。

その結果、部屋の中は壁の存在を忘れ、カオスの町並みを映し出す。
そして、少年の網膜に焼きついたあの事件を鮮明に映し出す。

シンジの過去を、今その場に居る者達はその目で見る事となった。

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八翼の堕天使
ー第弐拾壱話 悪夢ー
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燃え上がり崩れ落ちる家。
炎で彩られた町。

その最中、シンジの両親であるゲンドウとユイが闇の使徒と対峙している。

アスカ達はそれを少し離れた視点から傍観している。
この光景の元となっているシンジ本人は、姿が見えず動けない状態の当時のシンジの後ろに立っている。

その場に居る者達は皆動く事ができない。

これは幻影であり、自分達はこれから起きる事に何も出来ない。
その考えのせいもある。

しかしそれ以上に、彼等はこの光景に飲まれていた。
自分達が動けるのだと言う事すら忘れていたのだ。
そんなメンバーが見つめる前で、幻影の中の時間は刻々と流れていた。

ユイ:「言われた通り出て来ました。町の人々を解放しなさい!」

毅然と言い放つ女性は、最強の魔術師と謳われたシンジの母、碇ユイである。
その隣には闇の使徒に対して鋭い眼光を向ける男性、碇ゲンドウの姿があった。

光景から見て、ちょうど闇の使徒に二人が呼び出されて出てきた所らしい。
確かにシンジにとって一番つらいのはここから後の光景だろう。

ユイの言葉に、子供に刃を突きつけている男、
当時のオシリスはその顔を醜く歪めて笑みを浮かべ、言い返す。

オシリス:「何時俺達が離してやると言った?俺は出てこなければ殺すと言っただけだぜ。」

そう言って高笑いをする。
それにつられるように、人質となっているカオスの町の人々に、刃を向けている男達も笑い始める。

そんな笑い声を圧倒し、闇の使徒を威圧するような低い声が放つ者が居た。
碇ゲンドウである。

ゲンドウ:「ならばせめて子供に向けている刃を離す位したらどうかね。
      泣き叫ぶ声で聞き取りづらかろう?」

そんな言動の言葉を聞き、オシリスは話すどころか更に刃を子供に押し付ける。

オシリス:「刃を離した所を斬るつもりだろうが、そうはいかんよ。
      貴様の方こそ、その手に持つ剣を離したらどうだ。」

そう言ってオシリスは、ゲンドウが左手に持っている剣、ルシファーを離すように促す。
ゲンドウはその表情を一瞬たりとて変える事無く、ルシファーをオシリスの居る方に放る。

それを見たオシリスは、後ろに控えている男にルシファーを拾うように合図する。
合図を見た男はすぐにやってきてルシファーに手を伸ばす。

それを見て、呆然と眺めているだけだったミサトと加持が反応を示す。

ミサト:「あれはさっきの・・・」

加持:「ああ・・・、確かフォルケンと名乗っていたな。」

そう、ルシファーに手を伸ばしたのは、先程まで加持やミサトと刃を交えていた侍・フォルケンだった。

フォルケンがルシファーに触れそうになった途端、周囲に雷撃が走り、フォルケンの手を拒んだ。
フォルケンは慌ててルシファーから手を遠退ける。
それを見ていたオシリスが、ゲンドウを睨んで怒鳴る。

オシリス:「貴様一体何をした!変な事をしたらこいつらの命は無いんだぞ!!」

その言葉を聞いても、ゲンドウは表情を変える事は無く言い返す。

ゲンドウ:「その剣は自らの意志を持っている。
      自分を振るえる力量を見出さなければ、触れることも叶わない。
      私ですらその剣の真の力を引き出せていない。」

普段の生活でも、町の住人はゲンドウが表情を変えた所を見たことが無い。
しかしそれは感情を表に出すのが苦手なだけなのだと、住人達は理解し、親しく接している。

実際の所、ゲンドウも町の住人も、自分達の命が無いのはわかっている。
だからこそ、潔く死を迎えようと考えていた。

ただ、町の住人が一つだけ気にかけていたことがあった。
しかしそれは今自分たちの前にはいない。
それを見て安堵し、潔くゲンドウやユイと共に死を迎えようと思っていた。

情けないとも思える考えだが、今の状況を打破する手段が無い事が十分すぎるほどにわかっていた。
子供達を人質に取られて時点で反抗する事が出来なかったからだ。

確かに子供達を犠牲にすれば生き延びられるが、その後の事を考えればその行動は出来なかった。

他の家の子供を犠牲にしたのでは、例えその両親が許しても自分が許せないだろうし、
自分の子供を殺したのでは、その後を生きていく気力がうせる。
何より、子供を犠牲にしてまで生き延びたいとは考えられなかった。

そんな住人の様子に気付く事無く、フォルケンが声を荒げる。

フォルケン:「つまりこの剣の力を引き出せれば貴様の上に立つ事ができるということか?」

ゲンドウ:「そういうことだ。」

ゲンドウはそれがどうしたとばかりに言い返す。
この男では引き出す事は出来ないと判断している為である。
いや、この剣の力を完全に引き出せるものが居るとは思えなかった。

そう考えた時、ゲンドウの脳裏に一人の少年の姿がよぎった。
あるいはこの少年ならば、ルシファーの力を完全に引き出せるかもしれない、と。

その少年は町の住人が気にかけていた者、シンジであった。
何故町の住人全員がシンジの事を気にかけるのか?
それは彼の誕生した時のあるエピソードが切っ掛けとなっていた。

シンジが生まれた時、町の住人は全員が喜んだ。
カオスの町の住人全てがゲンドウとユイの事を尊敬している。
その二人の間に子供が生まれたのを、我が事のように喜んだ。

しかし、生まれた子供が放った光に問題があった。
それは子供の額から放たれた光が二色であったためだったからだ。
放たれた光は最初無の属性を示す灰色を示し、徐々に紫色の光に変わっていったのだ。
しかもそれだけではなく、その子供はその背中が金色に輝いていた。

住人達は呪い子ではないかなどと言い始め、薄気味悪がった。
しかしそれを聞いたユイが、毅然とした態度で言い放った。

ユイ:「呪い子などであろう筈がありません。この子は私達の子です。いえ、カオスの町の子供です。
    私のお腹の中に居た時、町の人全ての愛情を受けて育ったのですから。」

その言葉を聞き、大人達は反省し、頭を下げた。
そしてそれ以来、シンジの事を自分の子供のようにかわいがった。
そうやって育ったシンジは純粋で素直に育った。

何より、その笑顔は天使のようだとさえ言われた。
シンジが近寄って笑っただけで、喧嘩が収まった事すらあった。

だからこそ、ユイとゲンドウはこの名を少年につけたのだ。
真実を司る子供、神の子供。その両方の意を持って。
・・・シンジ(真司、神児)と。

ゲンドウは思い返していた。
自分とユイの才能を全てを受け継いだような、天賦に恵まれた子供の事を。
そんな事にも気付かず、争いを嫌い、綺麗な笑顔で笑う我が子の事を。

自分のような男がユイという人物と結婚できた事でさえ僥倖だと思った。
それにもかかわらず、シンジと言う子を設け、自分の腕で抱く事が出来た。
シンジを初めて抱き上げた時、嬉しさのあまり涙を流した事を。

シンジにだけは生きていて欲しい。
親の身勝手な願いだとも思った。
しかしそれはカオスの町の住民全ての願いだった。

オシリスは二人が既に反抗する意志が無い事に気付くと、刃を突きつけていた子供を殺し、
剣を振り上げて二人に切りかかった。

その様子を見てゲンドウは静かにユイに声をかけた。

ゲンドウ:「ユイ・・・すまない。」

ユイ:「謝られる事なんかありませんよ。あなたと結婚しあの子を生む事が出来た。
    それで十分幸せでした。後悔も何もありません。ただ感謝の思いだけです。」

そう言ってユイはゲンドウに微笑む。
それをゲンドウは眩しそうに見つめる。
この笑顔を見ていたい。そう思ってこの女性に告白した。
そしてこの女性は快くそれを受けてくれた。
死を前にして尚その笑顔を絶やす事は無く、その笑顔を見て死ねる事を感謝したいと思った。

ゲンドウ:「・・・ありがとう。」

ゲンドウは微笑みながらそういった。
ユイとシンジ以外、見る事の無かった表情。

二人は互いに微笑みあうと、迫り来るオシリスに目を向ける。
振り下ろされる刃はおかしいくらいゆっくりと見えた。

二人はユイがシンジに最後にかけた言葉を思い出していた。

『生きていこうと思えば、どこだって天国になる筈だから。
 だから・・・、だから強く生きなさい、私達の分も。希望を捨てないで・・・、絶望にくじけずに!』

願わくば、あの子が常に笑顔で居られる時が来る事を。

二人が最後に願ったのは、奇しくも同じ事、愛する息子の幸せであった。
そして二人がオシリスに切り倒されるのを見つめていた住人も死を覚悟した。

しかしただ死ぬつもりは無かった。
どうせ皆殺しに合うならば、少しでも抵抗して。

住人達は素手の状態で闇の使徒達と戦い始めた。
圧倒的に不利だとわかりながらも、女子供までもが必死に抵抗した。
しかし闇の使徒たちはそんな住人達を容赦なく攻撃した。

そこから先は表現する事が出来なかった。
あまりに凄惨な光景だった為に。

その光景に、気の弱いマユミやヒカリは失神寸前の状態となっていた。
マヤは吐き気を催し、マナは顔面蒼白の状態で立ち竦み、今にも倒れそうだった。
ミサトやリツコ、加持でさえあまりの光景に目を逸らした。
カヲルやムサシ、トウジにケンスケも、下を向きその光景を見ないようにしていた。

そんな中で、アスカだけは目を逸らす事はなかった。
幼かったシンジはこの光景から目を離すことなく見つめ続けたのだと言っていた。
シンジを愛したアスカは、その傷を消す事は出来なくても、せめて少しでも癒してあげたいと考えた。

だから、どんなに凄惨な光景だろうとも、目を逸らすわけにはいかなかった。
単なる自己満足かもしれない。そう考えながらも、シンジの傷を、その背中に背負う十字架を、
ともに背負ってあげたかったから。

その間にも、カオスの町の光景は流れつづける。
闇の使徒たちは住民を皆殺しにすると、町を襲った目的、聖魔の魂の摘出を始めた。

抉り出した聖魔の魂の大きさを競い合う愚かしい姿。
そんな光景が暫く続く。

そして全ての死体から聖魔の魂を摘出し終えたのを確認し、オシリスの号令で駆け去る闇の使徒。
闇の使徒が全員居なくなった後も、動く者の居ないカオスの町は燃えつづけた。

それから暫くして、風が強くなり、雨が降り始める。
雷も鳴り始め、完全な嵐の様相を呈してきた。

そんな中、かけられた魔術の効力が切れ幼かった頃のシンジは起き上がり、
廃墟となった町の中を歩き始める。

そして両親の亡骸を、親しかった町の住民の亡骸を抱え上げ、一体ずつ、何時間もかけて、
全て町の外にある墓地へと運ぶ。

そして全ての亡骸を埋葬していく。涙を流す事も無く。
何時間もかけて、ようやく全ての亡骸を埋葬し終えた。

しかしそこに立っていたのは幼かった頃のシンジではなく、成長した姿のシンジだった。
これでこの光景は終わるのだと、メンバーが胸を撫で下ろそうとした時、異変が起きた。

シンジの前の墓の光景だけが残り、周囲の光景が凄まじい速さで流れ始めたのである。
そしてそこには多くの人の姿が映し出されていた。
映し出された人々は、皆シンジに冷たい目を向け、口々にシンジの事を中傷した。

化け物・悪魔・怪物・物の怪・魔獣・魔物。
様々な言葉を羅列していく。

そして全てが流れ終えた後、シンジの前の墓にも異変は起きた。
墓の中から埋葬されたはずの住民の死体がゾンビとなって出てきたのである。

そして口々にこう叫びながらシンジにすがりつく。
何故おまえは生きている。何故おまえは死ななかったのか、と。

町の住民達の意思から考えれば、そんな事を言うはずが無い。
オシリスがシンジを追い詰める為に生み出した幻影なのだろう。
それがわかっていても、ミサト達はその光景に恐怖し、戦慄した。

そんな中、シンジは何の反応も示さず、なすがままになっている。
その表情は前髪に隠れて伺う事は出来ない。

するとどうだろう。
すがりついたゾンビが錘になっているかのように、シンジは地面に埋まり始めた。

ゾンビは口々にシンジに言う。
おまえも我々と共に地獄へ来い、と。

アスカ:「シンジ!!」

それを見たアスカがシンジに駆け寄ろうとする。
そこで光景は全て消え去り、元の司令制御室の部屋の中の光景へと戻った。

それを確認したアスカはすぐさまシンジの方へと目を向ける。
そこには何ら変わる事のなく、そのままの体勢で立っているシンジの姿があった。
それを見たアスカは取り敢えず安心する。

ただすぐにその思いは掻き消えた。
まるで石像のようにシンジが身動き一つしないのである。

そこへ上から眺めていたオシリスが言い放つ。

オシリス:「これでもう戦う事は出来まい。いや、生きているかどうかも怪しいな。」

そう言って冷徹な笑みを浮かべる。
その表情は実に楽しそうである。

オシリスの言葉に、リツコが疑問をぶつける。

リツコ:「今の言葉はどういう意味かしら?」

それに対して、オシリスは自慢げに説明を始める。

オシリス:「人は誰しも触れられたくない過去を持っている。
      その過去は精神に巨大な傷痕となって残り、何時までも消える事は無い。
      その傷を再び開かれ、全てを剥き出しにされ曝け出された時、その者は生きながらに死ぬ。
      人の精神とは脆く弱い物だ。如何に肉体が強かろうと、精神は鍛えられん。
      こやつは今の精神攻撃でその精神を崩壊させられたのだ。」

そこまで言うと、オシリスは高笑いを上げる。
それは既に勝利を確信した物だった。

オシリスの高笑いが響き渡る中、ミサトと加持は武器を構えて一歩前に踏み出す。
その表情は怒りに満ちていた。

ミサト:「・・・外道。」

加持:「俺達の事を忘れているのか?」

その言葉に全員の表情を見れば、メンバー全員の顔に怒りの感情が溢れている。
いや、ただ一人、アスカだけはただ呆然と動かぬシンジの姿を見つめていた。

怒りの感情を顕わに、オシリスの居る司令席の方に歩んでくるミサト達を見ても、
オシリスはその笑みを絶やさない。

オシリス:「一つ言い忘れていたが、先程の精神攻撃。それだけが目的ではない。
      いわば時間稼ぎだったのだよ。戦力を呼び集める為のな。」

トウジ:「戦力やと?」

ムサシ:「何を血迷った事を。」

ケンスケ:「俺達も何人か殺したし、シンジはその比じゃない筈だろ?」

カヲル:「はっきり言って戦力など何処にも残っていないんじゃないかい?」

そんな反論を聞いても、オシリスは余裕の笑みを崩す事無く言葉を続ける。

オシリス:「確かに通常で考えれば戦力は居ないかもしれん。だが、俺に限ればそうではない。」

そう言ってオシリスは、部屋の扉に視線を向ける。
それに吊られるように、ミサト達もそちらに目を向ける。
するとその扉をくぐり、無数の人影が入ってきた。

マユミ:「ヒッ!」

それを見たマユミが思わず小さな悲鳴をあげる。
扉をくぐってきたのは、ミサト達が、そしてシンジがここにくるまでに倒した筈の闇の使徒。
その死体であった。

それを見て一時的に固まったメンバーをよそに、
ショックのために動けなくなってしまったアスカを支えていたレイが、ふっと上を見上げた。

レイ:「あれは・・・何?」

その言葉に我を取り戻したリツコが上を見上げる。
するとそこには、無数の青白い焔のような物が飛び回っていた。
絶句してしまったメンバーを楽しそうに眺めながら、オシリスは自慢げに話し始める。

オシリス:「俺もルブルムと同じ死霊術師なんだよ。あいつよりも更に高位のな。
      これが俺の立てた作戦の最終段階なのさ。」

ミサト:「作戦ですって!?」

それを聞いた時、シンジが突入した際に流された警報を思い出した。
確かにあの時作戦通りにと言っていたが、作戦らしい作戦は無かった。

リツコ:「・・・まさか!?」

オシリス:「そのまさかだよ。こいつらが死ぬのも考慮済み。
      こいつらをゾンビ兵団として俺が率いるのが作戦だったのさ。
      さあ、疲れきった体で、こいつら全てと戦えるかな?」

なんと言う残酷にして冷徹な作戦だろうか。
自分の部下として長年過ごしてきた者達を、捨て駒にするとは。
人の命を何とも思わない作戦。
それに対して、ミサト達は再び憤りを感じた。

そんな中、バルディエルは終始何事にも反応しなかった。
バルディエルはシンジの過去が終盤に差し掛かった頃から、ある気配を感じていた。
それは先程、司令室で感じた気配に似通っていた。
しかしそこに蓄積されたエネルギーは先程の比ではなかった。

今の今まで、バルディエルに恐れる物など無かった。
恐怖というものを知らず、シンジと共に如何なる魔獣とも戦った。
シンジの為に戦うのがある種の喜びだった。

そのバルディエルが、この気配に恐怖を感じていた。
初めて体験する感情の為に動くことが出来なかった。
そんな時、誰も気付かぬぐらいの物音がした。

・・・・・・グルルルル・・・・・・

バルディエルは確かに聞いた。
獣が唸るような声を。
それを聞いた時、バルディエルは無意識の内に一歩退いていた。

次の瞬間、バルディエルはミサトに駆け寄り、こういった。

バル:「後退しろ。」

ミサト:「なんですって?」

バルディエルの言葉に、攻撃態勢に入っていたミサトは思わず聞き返した。

バル:「理由、どうでも良い。いいから、後退しろ。」

バルディエルの切羽詰った様子に、ミサトは何かを感じ取ったのか、全員をある程度後退させる。
訳もわからず後退する事になった為、加持はその理由をバルディエルに聞く。

加持:「何故後退させたんだ。いくら疲労しているとは言え、あんな死体どもに引けは取らんが。」

しかしバルディエルは加持の質問に答えずこう言い放った。

バル:「・・・死ぬ、嫌なら、動かず、じっとしてろ。」

バルディエルの有無を言わせぬ言葉に、加持は言葉を失い、黙って従う事にした。
その間もバルディエルは感じ取っていた。
自分に恐怖を覚えさせる感覚が、とどまる事無く巨大化していくのを。

それ程の気配を何故誰も感じ取れないのか?
理由は簡単である。
この気配を感じ取らないように、本能的に無視しているのだ。

バルディエルだからこそ、この気配の放つ圧力に耐えられるのであって、
普通に人が感じ取ってしまったら、それこそ発狂しかねない。

しかしもう一つ理由がある。
それはこの気配が、人が感じ取れるぎりぎりの状態で放たれているためだ。
例えるならば、何者の目も届かない海底をゆっくりと流れる海流のようなものだ。

この二つの理由により、バルディエルが脅えるこの気配に誰も気付かなかったのである。

そんな事には気付かないオシリスは、ミサト達の後退を見てますます気分を良くした。
しかし亡者達を操っていて、一つの疑問を感じた。
そして辺りを見回して、その疑問の答えを探す。

オシリス:「ほう・・・、これはゾンビたちがとどめをさすまでもないか。」

答えを見つけたオシリスは、玄武の札が発動して歪んだ床の方を見ながら呟く。
その言葉に答えるように、歪んだ床を突き破って、巨大な影が現れる。
オベリスクである。

オベリスクは、融合していたミノタウロスとサイクロプスの生命力を最大限に発揮し、
玄武のブラックホール現象を生き抜いたのである。

しかしやはりその威力は凄まじかったらしく左半身は目も当てられぬ状態になっていた。
動かせるのは右半身のみ。それだとて危うい状態である。
これで何故生きているのか疑問なほどである。
が、その疑問はすぐに解けた。
既に発狂し、痛みを感じていないのである。

オベリスクは今にも崩れそうなほどにボロボロになった体を無理やり動かす。
どうやら生命力を集中した際、魔獣の本能に思考を乗っ取られたらしい。
オベリスクは一番近い場所にいたシンジに向って、巨大ハルバードの鉄球を横殴りに振るう。

アスカ:「シンジ!!」

それを見ていたアスカが駆け出そうとするが、バルディエルが肩を掴んで止める。
それに対してアスカが抗議の声を上げる。

アスカ:「バルディエル、何故邪魔をするの!?」

バル:「主、あの程度、死なない。大丈夫。近くに行く。とても、危険。あなた、傷つく。主、悲しむ。」

その言葉を聞き、アスカはへたり込んでしまう。
自分はシンジの力になる事が出来ないのだという現実を前にして。

わかっていた事だ。
シンジは誰の援護も必要としない。
それは逆に迷惑となるのだという事が。

でも、それでも何かしたかった。
シンジのために。
しかし現実には何も出来ない。
それが悲しかった。

そんなアスカの胸中を見透かしたように、バルディエルが声をかける。

バル:「力、なる事、できる。ただ、今は、時期、違うだけ。今は、主、信じる。それだけで、いい、思う。」

その言葉に、アスカはシンジに目を向ける。
そこで巻き起こる、驚異的な光景に。

振るわれた鉄球は、的をたがえる事無くシンジに衝突する。
他の人間であればこの時点で吹き飛ばされるか、潰されて物言わぬ肉魁となるのだろう。
また通常にシンジでも、受け止めるなどして対処をするのだろう。
しかし今のシンジは無反応である。

無抵抗のシンジを襲う鉄球。
しかしその鉄球がシンジに接触した途端、粉々に砕け散る鉄球。
オベリスクなそのまま柄の部分を振りぬいてしまう。
そして直撃したシンジの方は、何事も無かったかのように無傷で立っている。

既に発狂しているオベリスクはその事に何の疑問も感じず、今度は斧の刃をシンジに振り下ろす。
しかしその巨大な斧の刃も、シンジの肩口に直撃した時点で砕けてしまう。

それでも尚攻撃しようと、オベリスクが腕を振り上げた時、
今まで微動だにしなかったシンジが、突如動いた。

それは普段のシンジの動きから見れば、緩慢な動きに見えた。
しかしオベリスクは腕を振り上げたまま動かない。
いや、動いていないように見えた。
実際には今までと変わる事のないスピードで動いていたにもかかわらず。

そしてシンジがバックブローの形で繰り出した拳が、オベリスクの脇腹に当たる。
その直後、オベリスクの上半身が消し飛ぶ。
吹き飛ばされたのではない。
下半身だけを残して上半身が跡形も無く粉砕されたのだ。
そして大量の返り血がシンジを紅に染める。

その瞬間、シンジの表情が明らかになる。
その顔は、憤怒の形相となり、その口は牙を剥いている。
何より、澄んだ黒い瞳は、その輝きを失い、紅の光を放っている。

(もう押さえはしない。吹き上がれ、我が怒りよ。その炎を破壊の力とせよ。)

グウォォオオオオォォォォオオオオン!!!!

シンジが咆哮を上げた。
その咆哮は今までの気の昂ぶりから放たれた物とは違う。
正真正銘、逆鱗に触れられた事による、怒りの咆哮であった。

その光景を見て、メンバーは言葉を失った。
シンジが戦っている所は見ていたが、これほどに怒り狂ったシンジは始めて見た。
それは長年共にいたバルディエルも同じことである。

バル:「主、いつも、言ってた。自分には、逆鱗、あると。
    その逆鱗、触れられたとき、自分、どうなるか、わからない、と。」

その言葉は、誰とは無しに放たれていた。
無論、誰もその言葉を聞いてはいない。
しかしその言葉は聞こえていなくとも、理解はしていただろう。
誰もがその言葉の意味を、目の前で見て繰り広げられる光景に見ていたから。

怒りの感情に染まってシンジは、ゾンビの群れに突っ込むと、全て素手で薙ぎ飛ばしていく。
ゾンビはその一撃で活動不能なほどに粉々になっていく。
そして物の数秒と立たないうちに、ゾンビの群れを粉砕する。

オシリス:「これほどとは・・・。仕方ない。切り札を使うか。」

それを見ていたオシリスは危機感を覚え、何かの呪文を唱える。
その事に、誰も気付く事は無かった。

怒りに燃え上がるシンジの思考の中では、もう一人、戦況を的確に判断しているシンジがいた。
そのシンジは氷のように冷静になり、怒りに我を忘れる自分を的確に戦わせている。

シンジは元々優しすぎた。
しかし敵を探し、倒す為にはその感情は邪魔な物でしかなかった。

それでもシンジはその優しさを消すことができなかった。
そのため、その強靭な精神はもう一つの人格を作り出していた。
それが戦闘時に残酷な攻撃でも行い、復讐を果たす役割を担っていた。

しかし、この第三新東京に来て、アスカ達と知り合った頃から、二つの人格は再び一つになり始めた。
そして戦闘を司っていた人格は消え、替わりに炎の如き激情と、
氷のような冷静な判断力を元の人格のシンジに与えていた。

今のシンジは、自分の傷に、逆鱗に触れた者を容赦なく殺す、怒り狂った竜と同じ状態である。
しかし目的の為に二つの人格をも生み出す精神は、その冷静さと本来の性格、そして強靭さをもって、
彼自身を完全に狂戦士にする事はなかった。

そのため、オシリスの呼び出した亡者達を、全て倒した直後に襲った攻撃にも的確に対処できた。
シンジは直感的にその攻撃が、かなり危険な物だと感じ、ルシファーで受け止めた。

その攻撃は凄まじく、双方共に一時的にはなれる。
しかしシンジが地面に着地した途端に、強力な魔術が飛来する。

シンジ:「この魔術は・・・。」

シンジがその攻撃に何かを感じた直後、魔術はシンジに直撃する。
吹き上がる爆煙。
その爆煙が晴れた時、シンジは己の目を疑った。
そこには、シンジが最もよく知る人物が立っていたからである。

アスカ達もまた唖然としていた。
その人物は、世界中のマリュウドの尊敬の的だったはずだから。
何よりこの場に居る筈の無い人物だったから。

その二人の人物を見て、シンジは思わず言った。

シンジ:「・・・父さん。・・・母さん。」

そこには、十年前に死に、シンジの復讐の誓いの元となった人物。
碇ゲンドウ、怒りユイの二人が立っていた。

To Be Next Story.
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書き

・・・・・ああ、後書きか。
ぼうっとしていてすいません。
つい自分で書いていて熱が入ってしまっていた物で。
前回の終わりでシンジのピンチを相応した方、申し訳ありません。
次回が正真正銘の試練でありピンチです。
今回はシンジの復讐しようとする思いを、今まで以上に強く感じてもらいたくてこのようにしました。
そのため、ある意味今回の主役はゲンドウとユイと言ってもいいでしょう。
本とはあまり好きではないのですが、この作品では良い人として書いてみました。
少し親馬鹿も入ってますが。
次回作は今まで以上に熱を入れて書きます。
読者の方々を待たせるかもしれませんが、ご容赦ください。

龍:・・・作者よ。
作:ハイ?
龍:次回作・・・しっかりと書けよ。後悔しないように。
作:・・・初めて応援してくれましたね。
龍:主の為だ。汝の為ではない。
作:それでも結構です。皆さんに満足していただけるよう、頑張ります。
龍:うむ。・・・しっかりな。
作:押忍!!
龍:体育会系にならんでも良いわい。

P,S
感想、誤字、脱字、ここはこうした方がいいんじゃないか、と言う意見ございましたら送ってください。
悪戯、冷やかしは御免こうむります。


マナ:また汚い手使ってきたわね。(ーー)

アスカ:これって、かなりヤばいんじゃないの?

マナ:シンジ・・・お父さんやお母さんと戦ったりできるの?

アスカ:とにかく冷静になってくれたらいいんだけど・・・。

マナ:わたし達に、何かできることってないかな?

アスカ:避難したとこじゃない。

マナ:それでも、少しくらいは・・・。

アスカ:シンジを信じることね。それしかないわ。

マナ:そうよね。シンジなら魔力も強いし。大丈夫よね。

アスカ:魔力ってより、この状況に立ち向かう精神力の問題かもしれないわよ。

マナ:シンジっ! 頑張ってっ!
作者"神竜王"様へのメール/小説の感想はこちら。
ade03540@syd.odn.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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