竜神暦2024年12月4日 この日、海の町・アクエリアスには一つの問題が巻き起こっていた。 近海に魚の住み着く珊瑚礁のあるこの地域では、多くの漁師が生活を営んでいる。 しかし一週間ほど前からこの地に巨体な魚の姿をした魔獣が住み着き、 漁師達は船を出す事も出来ずに、苦難の生活を強いられていた。 漁師の中には無謀にもその魔獣を殺そうとした者もいたが、誰も港へは帰ってこなかった。 困った住人はネルフへと救助を求めた。 報告を受けたネルフはその魔獣を純血種のガギエルと判明。 通常のマリュウドでは殲滅できないと判断したネルフは、ある人物を派遣した。 その人物が誰なのかを知った時の住人の喜び様は大変なものだった。 「これで昔のように漁が出来る。」と。 その人物は海底へと潜り、その魔獣の殲滅へと向かう。 そして、彼がその手に持ちし剣を振るった時・・・大海が割れた。 「竜牙剣術一刀流・海龍破斬剣」 割れた海の中から、ガギエルの巨体が弾き出される。 その体は正面から一刀両断にされていた。 二つに切り裂かれた魔獣の肉体は、二つに割れし蒼き大海を紅に染める。 割れし大海の底に立つのは、手に魔力の光を放って輝く刀身の剣を持ち、 黒く長き髪をたなびかせ、背に六対十二枚の白き翼を背負う者。 その瞳は黒曜石のように黒く輝き、強き意思を放っている。 そしてその身にまとう雰囲気は、全てを包み込むような優しさと、比類無き強さを感じさせる。 彼は人々に、畏敬の念を持って守護闘神の称号で呼ばれし者。 彼の名は碇シンジ。未だ不敗のネルフ最強の戦神である。 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 八翼の堕天使 ー外伝の伍 日常の中でー ――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 町長:「いやいや、流石は噂に名高きシンジ殿。守護闘神の異称はまだまだ控えめにすら感じられます。 これで我々もまた漁に出られます。有難う御座いました。」 町の町長たる人物は、シンジが海から上がってくるなり下にも置かぬ勢いで喋り出す。 そんな町長の言葉に、シンジは苦笑いをしながら刀身を消したドラゴン・バスターを腰にさげる。 着ている衣服は以前のような黒衣ではなく、白を基調とした礼服を思わせる物に替わっている。 元々シンジはこういった事をされるのが苦手である。 自分は当然の事をしているだけなのだ、と言う考え方がどこかに強くあるのだ。 それをして感謝されるのは当然と言えば当然なのだが、なぜかシンジは素直に納得できなかった。 助けてもさげずまれていた昔の体験が起因しているのだろう。 ただ今回の場合はそれだけではないようにも見える。 そんなシンジの様子に気付く事無く、町長はまくし立てる。 町長:「これから祝宴を開く事にしてあります。是非シンジ殿も参加していって下され。」 強引にでも招こうとするかのような町長の言葉に、シンジはゆっくりと首を振って答えた。 シンジ:「残念ですが遠慮いたします。今日は妻の誕生日ですし、家族で祝ってやる約束ですから。」 その言葉に、シンジに見とれていた女性人が落胆の表情を見せる。 その理由はシンジが祝宴に参加しない為か。はたまた結婚していると言う事からか? しかしシンジの愛妻家ぶりは、シンジの呼称と同じくらい有名な話。 その仲睦まじい二人の関係を壊そうとする者は存在しない。 最も、それにはもう一つ、そして最大の理由があるのだが・・・それは後に語ろう。 町長:「そうですか・・・。それでは仕方ありませんな。しかし今回は有難う御座いました。 町の者一同を代表して、感謝いたします。」 本当に残念そうに言うと、町長はシンジに向かって頭を下げた後、握手を求める。 シンジはそれに応えて握手を交わした後、ゆっくりと翼を広げて舞い上がり、 第三進東京に向かって飛翔する。 その姿を町の住人達は、暫しの間見惚れるように見つめていた。 シンジ:「人は変わるものとはわかっているけど・・・、 昔拒絶された町に受け入れられるのは、正直複雑な気分だな。」 そう、先程のシンジの居心地の悪そうな態度の原因はこれである。 シンジはバルディエルに出会う前、この町に立ち寄った事があったのだ。 普段は町のように人の多い場所に立ち寄るのを好まなかったシンジがこの町に寄ったのは、 闇の使徒の情報を得るためであった。 丁度その時、海から魔獣が現れ、人を襲っていた場面に偶然立ち会ってしまったのだ。 魔獣の強さはガギエルから見れば足元にも及ばなかったが、住人が混乱を起こすには十分だった。 シンジは考える事無く行動を起こし、龍翼で魔獣を葬っていた。 助かった住人達がシンジに向けたのは、恐怖の感情。 自分達とは違う存在に対する恐れであった。 そして住人達は、あろう事か命の恩人でもあるシンジを町から追い出したのだ。 悲しい事にシンジは、そういった反応に慣れてしまっていたが、それでも深く傷ついたのを覚えている。 そんな記憶を持つシンジが、町の住人の厚意を素直に受け入れるというのは、流石に無理があった。 シンジは飛翔しながら気分が落ち込んで来たのを自覚し、苦笑いをした。 シンジ:「まったく・・・今日は目出度い日なのに、暗い顔して帰ったらアスカに心配かけちゃうな。 気晴らしにあいつらの所にでも寄ってから帰るか。」 そう呟くと、シンジは進路を北に向けて猛スピードで飛翔する。 その速度は音速を超えている。 シンジが向かったのは最大の魔境地帯の中心地、魔竜山。 訪れる相手はそこの主である神龍皇。そしてあの闘いの後、共に暮らしているルシファーだった。 シンジ:「神龍皇、ルシファー。久しぶりに来たぞ。」 シンジは神龍皇の住処である魔竜山の火口内部へと舞い降りる。 そこには変わる事無き巨体と圧倒的なまでの存在感を放つ神龍皇と、 剣の鍛錬に勤しむルシファーの姿があった。 神龍皇:「おう、宿主よ。良くぞ参られた。休眠期ゆえに寝そべったままで失礼するぞ。」 聖魔:「御久しぶりです、シンジ様。あなたの事は風の便りで聞いておりますよ。」 神龍皇は体を起こす事無く、ゆっくりとその長大な首だけを持ち上げてシンジのほうへと向き直り、 ルシファーは剣の鍛錬を止めて歩み寄ってくる。 シンジはルシファーの言葉に苦笑いをしながら応える。 シンジ:「噂って言ったって大したものじゃないだろ。どうせ碌な物ではない。」 聖魔:「そうですか?色々な地の闘いの神の名前で呼ばれているくらいですけど。 阿修羅神とか夜叉王とか戦神やら武神やら、それはもう様々に。」 シンジ:「僕は阿修羅神なんて名前じゃないよ。まあ守護闘神位までならまだいいけどね。 タイプが竜騎士じゃなくなったからその代わりとして作られた呼び名だしな。」 シンジはそう言うと、自嘲気味に笑って見せる。 その笑みの中に、ルシファーと神龍皇は違和感を覚えて顔を見合わせると、シンジに問い掛ける。 神龍皇:「宿主よ。何かあったのか?」 その言葉に、シンジは少しだけ驚いたような顔をすると、今度は安心したような微笑を浮かべる。 シンジ:「おまえ達にはやはり敵わんな。それとも、そんなにわかりやすかったか?」 聖魔:「どれほどの間一緒に居たと御思いか?それぐらいの事、すぐにわかりますぞ。 最も、妻君には勝てそうにありませんが。」 雰囲気を明るくしようと、珍しくルシファーがシンジを茶化すような言葉を放つ。 それを聞いたシンジは苦笑いしながら理由を話す。 シンジ:「無理はしなくていいぞ、ルシファー。その気遣いだけで十分だ。 大した事ではないがね。そうやって僕を賛辞する連中に少し呆れているだけだよ。 昔は僕を嫌悪したのに、今では掌を返している。 これだけ容姿が変わったから気付いていないだけかもしれないけどね。」 シンジは自分の思った感想を簡潔に話す。 その時共に居た二人にはシンジの感じている事が痛いほどにわかった。 だからこそ、気の効いた言葉を掛ける事など出来はしない。 二人は自分達の考えをそのまま言葉にする。 聖魔:「シンジ様。それは最初から異端である我々には完全に理解知る事は出来ない感情です。 ですから、何と言えばシンジ様を普段の状態に戻してさし上げられるかもわかりません。 ですが、もしそれがストレスとなっているのなら、それを払う相手になる事は出来ます。」 そう言って、ルシファーは剣を構えて見せる。 その様子を見て、神龍皇もシンジに語り掛ける。 神龍皇:「我々には宿主の対戦相手をする事ぐらいしか出来ぬ。最も、休眠期の今では我は役不足です。 ですが活動期にであれば喜んでお相手いたします。」 神龍皇とルシファーの言葉に、シンジは笑みを見せる。 それは普段のシンジの見せる笑みであった。 シンジ:「有難う、二人とも。でも今日は遠慮しておこう。 おまえらとやるとなると、一日がかりになってしまうからな。 そうなると、アスカの誕生日を祝ってやる事が出来ない。」 その言葉に、二人は安堵の笑みを浮かべてシンジに語り掛ける。 神龍皇:「オオ、そういえば妻君の誕生日は今日でしたな。」 聖魔:「おめでとう御座います。我々からも宜しくとお伝え下され。」 シンジ:「わかった。じゃあまた来るな。そん時は剣の相手、よろしく頼むな。」 シンジは笑顔でそう言うと、火口から飛び立ってしていった。 そんなシンジの後姿を、神龍皇とルシファーは喜ばしそうに見つめていた。 ********************************************** 所変わってここは第3新東京市。 ネルフ本部近くの公園で、二人の女性が談笑していた。 近くでは二人の女の子が仲良く遊んでいる。 一人は紅い髪に蒼い瞳の美女。 もう一方は蒼銀の髪に紅い瞳。 その容姿は紅い髪の女性に決してひけをとってはいない。 ここまで書けば御分かりであろう。 女性とはアスカとレイ。子供と言うのは二人の娘である。 アスカは結婚して二年後に娘のアイカを生んだ。 妊娠がわかった時のシンジの喜びようは凄まじい物で、それこそ一昼夜天空を駆け回ったほどだ。 名前は二人が昔充分に受けられなかった愛情を出来るだけ与えてやり、 華のような人生を送って欲しいと言う願いからつけたものだ。 レイが娘のレイカを生んだのは、アスカがアイカを生んでから二ヵ月後であった。 レイとその夫であるカヲルが結婚したのはアスカ達の結婚から一年ほど後であった。 そう考えると、子供を授かるまでの期間はレイの方が短かった事になる。 それを知ったとき、アスカはなんとなく負けた気がして少しの間期限が悪かった。 ちなみに、他のメンバーも既に結婚している。 ヒカリも今は妊娠八ヶ月で、トウジがつきっきりで世話をしている。 ヒカリはあまり世話をしないで欲しいと言っているのだが、 トウジは何かしていないと落ち着かないらしく、ネルフで家でと動きっぱなしである。 ケンスケとマユミの間では先日わかったばかりで、まだ妊娠三ヶ月。 二人とも落ち着いた性格なので、順調に育つだろうと目されている。 マナとムサシの間にだけはまだはっきりとした兆候は現れていない。 ただマナが、「月のお客が来ない。」と言っていたので、もしかしたら御目出たなのかもしれない。 ミサトと加持の間には既に二人の子供が居る。 女の子と男の子が一人ずつである。名前はミサとリュウヤ。 更に言うともう一人ミサトのお腹の中にいる。 出産予定日は来月である。 流石に三度目となると慣れており、二人とも落ち着いている。 ただ一人目の誕生の際の加持の慌てぶりは滑稽なもので、今でも笑い話の種になっている。 リツコとマヤは相変わらず仕事が恋人である。 ただ二人の間にあらぬ噂も流れている。 確たる証拠は無いが、今ではネルフ内部最大の関心事である。 さて、話を元のアスカとレイに戻すとしよう。 二人が話しているのはアスカの誕生日についてである。 レイ:「アスカ、今日はなたの誕生日ね。おめでとう。」 アスカ:「ありがとね、レイ。でもこの年になると少し嫌な部分もあるけわよ。」 レイ:「ミサトさんに比べればまだましよ。でも三児の母になるのに仕事続けていていいのかしら?」 アスカ:「それはそれぞれの考え方によるんじゃない? 私みたいに専業主婦になるのが正しいとは限らないし。」 現在ミサトはネルフの副指令の座についている。 司令は未だに冬月が頑張っているのだが、そろそろ年齢的にもきつくなってきている。 そろそろ交代すべき時期なのだが、その座につけそうな人物が今では三児の母である。 夫である加持でもいいのだが、彼はどちらかと言うと裏方を行っているので適任とは言い切れない。 その為、いっそのことリツコをつけるか、 ミサトに青葉・日向の二名を副指令につけて補佐をさせるかのどちらかと言うことになる。 そのどちらの草案を採用するかが最大の問題になっている。 最も、青葉・日向両名は既にミサトの補佐が仮になっているが。 この場合、シンジを指令にするという意見は最初に却下されている。 彼がそういった役職を毛嫌いするのがわかっているからだ。 それに彼の戦力が第一戦を離れるのはネルフにとって大打撃となってしまうのだ。 ミサトは女性の肉体的な攻撃を行うマリュウドの育成も行っている。 娘のアイカがあまり手の掛からなくなって期待までは、アスカが特別講師として行う事もある。 加持はミサトの手の届かない裏方と、男性マリュウドの育成の総合責任者。 カヲルが魔法系、ムサシが戦士系、トウジが格闘系、ケンスケが剣士や槍使いの育成を行っている。 ちなみに女性陣では、魔法の方を分別化し、肉体攻撃系全てをミサトが仕切っている。 女性が肉体を使って戦う事は比較的少ないので、ミサト一人で大丈夫なのである。 そして細分化された魔法は自然、それぞれの責任者が決まってくる。 即ち、魔術をレイ、召喚術をマナ、精霊魔法をマユミ、法術をヒカリが取り仕切っている。 ただ女性陣はほぼ全員が妊娠、もしくは子供持ちと言うことで、これからの事で危ぶまれている。 ちなみに、レイは本日非番である。 現在、シンジにあこがれてくる人が多い為、ネルフのマリュウドの数はかなり多い。 それに乗じて、第3新東京市の人口もかなり増えている。 あのときが四万人だったのに対し、今では二十万人もの人が住んでいる。 現在ではその人口増加による問題解決を、リツコが研究中である。 余談だが、シンジはその絶大な力によって、具体的な部署にはついていない。 絶大な発言力を持った傭兵と考えてもらえれば決行である。 再び話がずれたので、アスカとレイの会話に戻そう。 レイ:「そういえば、碇くんまた出撃したんでしょ。何もこんな日じゃなくても・・・。」 アスカ:「大丈夫よ、レイ。シンジは例え大地の果てに言ってもすぐに帰ってきてくれるわ。 魔獣を倒すだけなら十分も掛からないしね。」 レイの不満げな言葉に、アスカは笑って答える。 それはシンジに対する絶対の信頼から来るものだった。 その答えに、レイはうれしそうに微笑む。 アスカがこうやって心から笑顔でいられることが嬉しかったのだ。 それと同時に、そこまでアスカの信頼を得ているシンジに、少しだけ嫉妬もした。 そう考えていたレイのスカートを、何かが引っ張る力が加わる。 何かと思ってそちらに視線をやると、娘のレイカがスカートの端を握っているではないか。 見ればアスカも駆け寄ってきたアイカを抱き上げている。 アスカ:「どうしたのアイカ?」 アスカの問い掛けに、少しだけ不満そうに言い返す。 アイカ:「もうご飯の時間過ぎてるよ。お腹すいたよ〜。」 レイカ:「・・・ご飯。」 アイカの言葉に続くように、レイカも小さく抗議の声をあげる。 どうもこの二人の少女は、アスカとレイの小さい頃の性格に瓜二つらしい。 外見も二人の少女時代にかなり似ている。 アイカの場合は髪後アスカよりも紅茶色に近くなり、笑った時の表情はシンジの物を受け継いでいるが、 見た目や、活発な所はアスカの幼少期と同じである。 ただシンジの笑顔は老若男女区別無く魅了しているので、将来アイカもかなりもてるであろう。 問題はアイカの父親がシンジと言う比較し様の無い最高級の男性である事である。 娘が一番最初に好きになるのは、主に一番近い異性である父親である事が多い。 アイカの場合も多分に漏れずそうなるのだが、シンジと言う絶対対象が居る為に、 他の男性に興味を示さなくなってしまう。言ってしまえば重度のファザコンである。 この事は十年後に碇家最大の難問となってしまう。 その時のアイカのシンジに対する発言の一つをここに明記しておこう。 アイカ:「ねえパパ。十五歳の女の子の体に興味ない?」 ・・・どうやら重度のレベルでは収まりきれていないらしい。 閑話休題。 活発なアイカに対してレイカは、おとなしくて恥ずかしがりや。 殆どの場合あまり声を出さず、最小限の言葉しか話さない。 最近のレイはこの子の育て方をこれから変えていこうと固く心に誓っている。 ちなみに、この目的はしっかりと果たされるが、その為にレイカはアイカのお守役になってしまう。 容姿はレイの髪をより銀色に近づけた感じである。 この辺りはカヲルの血の影響だろう。 ただ性格は受け継がなかったので、妙な発言はしないでいてくれるので安心だった。 最も、レイが徹底的にそういった発言をカヲルにさせなかったと言う理由もある。 その為にレイの影響を多大に受けたのだろうが。 アイカとレイカの言葉に、アスカは公園にある時計に目をやる。 見れば確かに正午を越えて十二時半をさしている。 どうやら話し込んでいるうちに随分と時間がたってしまっていたらしい。 アスカ:「ごめんね、アイカ。レイ、ご飯を食べに行こう。」 そう言ってアイカを降ろすと立ち上がるアスカ。 それにあわせてレイも立ち上がる。 二人はそれぞれの娘の手を引いて公園を出て行こうとする。 「ねえ、そこの奥さん達。俺達と一緒に楽しい事しない?」 こういった場合、大抵馬鹿な連中が出てくるものである。 多分に漏れず、今回もどこかのチンピラが五人ほどアスカ達に声を掛けてくる。 どうでも良いがこういった連中の掛ける言葉には何か決まりごとでもあるのだろうか。 二人の容姿は昔の美貌に大人の落ち着きが加わっている為、以前以上に綺麗になっている。 しかし第3新東京市に住む者で、少なくともアスカに声を掛ける馬鹿どもはある理由から絶対にいない。 この連中はどうやらよそ者のようである。 その様子に呆れていたアスカとレイに、チンピラは更に声を掛ける。 「ねえねえ、奥さん。返事してよ。あ、娘さんの事なら心配いらないよ。そういった趣味の奴もいるから。」 その言葉に一瞬怒りを感じたアスカとレイだったが、 これから彼らに訪れるであろう惨状を思い描いた時、哀れみの為に怒りの矛を収めて、彼らに言った。 アスカ:「あなた達余所者ね。悪い事は言わないから今すぐここから逃げなさい。 じゃないと半年は入院する事になるわよ。」 そのアスカの言葉を、チンピラ達はただの強がりだと思って笑い声を上げる。 男達が強引な手段に出ようとした次の瞬間、晴れ渡っていた空が一瞬で掻き曇り、雷が雲間を走る。 それを見たアイカがアスカを見上げてチンピラ達にとっての死刑宣告となる言葉を放った。 最も、チンピラはそれを自覚していないのだろうが。 アイカ:「ママ、パパが怒ってるね。なんでかな?」 アスカ:「それはね、アイカ。この馬鹿なお兄さん達があたしやアイカを傷つけようとしたからよ。」 その言葉に、空を見下て呆然としていた男達が怒りの視線をアスカに向ける。 しかしそれは、アスカの侍としての視線の前にあっけなく崩された。 意気消沈した男達に、横で黙っていたレイが絶望的な説明をする。 レイ:「覚えておくと良いわ、あなた達。彼女の名前は碇・アスカ・ラングレー。 娘さんの名前は碇アイカ。最強の守護闘神である碇シンジの妻と娘よ。」 その言葉は、男達に絶対的な恐怖と絶望を与えた。 男達は我知らずその場を逃げ出していた。もう手遅れだと言う事にも気付かずに。 アスカ達からある程度離れた所で、男達は雷に打たれた。 第3新東京市には絶対に犯してはならない不文律がある。 それ即ち、アスカとアイカに手を出さない事である。 アイカが年頃になれば話は別だが、四歳と言う年齢で声をかけたらそれは問題である。 男達の無謀にしてある意味で勇敢な行動にアスカ達が呆れていると、 晴れ渡りだした雲間からシンジが降りてきていた。 シンジは男達に目もくれずにアスカ達の前に降り立つ。 第3新東京市には完全な落雷防衛設備がしかれている。 そんな第3新東京市に雷が落ちると言う事は、シンジの怒りを受けたものに他ならない。 ある意味ではここの名物であり、半日常と化している事である。 だから彼らが雷に打たれても誰も気にとめず、せいぜい救急車が駆けつける程度である。 シンジが降り立つと、アスカはすぐにシンジの胸に飛び込んで唇を重ねる。 この行為は結婚してから必ず続けられてきた行動である。 おはよう、お休み、言ってきます、ただいまの時は必ずキスをすると言うのが二人の決まり事。 言ってしまえば結婚六年目にして未だに新婚状態なのである。 この行動もまた既に第3新東京市の日常の一コマである。 アスカ:「お帰りなさい、シンジ。」 シンジ:「ただいま、アスカ。」 二人が言葉を交わすと、アイカがシンジの羽を引っ張って催促する。 シンジはそれに気付くと抱きとめていたアスカをゆっくりと離してアイカを抱き上げる。 そしてそっと額にキスをすると、笑顔で声を掛ける。 シンジ:「ただいま、アイカ。良い子にしてたか?」 アイカ:「お帰りなさい、パパ。もちろん良い子にしてたよ。それよりもママと同じ所にキスしてよ〜。」 アスカ:「こら、アイカ!シンジのそこはママの物よ。 キスしてもらえるだけでもアイカは幸せなんだからね。」 三人はいつものように会話を始める。しかし娘と張り合うなよ。 そんな会話を続ける二人の他に、レイとレイカの存在に気付いたシンジが二人に声を掛ける。 シンジ:「やあ、綾波。今日は非番だったよね。レイカちゃん、元気だったかな?」 笑顔で言ってくるシンジの顔を見て、レイカは顔を真っ赤に染めてレイの後ろに隠れてしまう。 レイカにとって、シンジは憧れの存在である。 レイカは通常と違って父親ではなく、シンジに恋してまう。 結果的に勝てない戦いと知りつつ、アイカとその点で競うようになってしまう。 数年後、この事にはレイは呆れてしまうが、どこか納得してしまう理由な為に何も言えなかった。 ちなみに、結婚後も女性陣は旧姓で呼ばれている。 レイ:「碇君も仕事をご苦労様。さて、だんな様も帰って来た事だし、アスカは三人で食事に行きなさい。 あたしはレイカと二人で行くから。あ、拒否は認めないわよ。 せっかくの誕生日なんだから、三人でゆっくり過ごしなさい。」 そう言ってレイはアスカ達が何か言う前にさっさと歩いていってしまった。 そんなレイに、レイカは不満そうな視線を向けていたが、渋々ついていった。 レイのあまりに早い行動に呆気にとられていた三人だったが、少しの間を置いて急に笑い出すと、 ゆっくりと帰宅の道を歩き出した。 今日は一日シンジが家事をする事になっているからである。 シンジに料理を教わったアスカは、今では並みの料理人よりも遥かに上手に料理が出来る。 その為普段は家事は交代制で行っている。 アスカの最終目標はシンジらしいが、はっきり言ってレベルが高すぎるだろう。 料理といえば、シンジはミサトにも料理を教えていた。 ミサトの料理を食べた者は大抵入院していたのだが、 結婚前にこれはまずいとシンジの教授を願ったのである。 ちなみに、ヒカリは以前にこの事に自ら試み、さじを投げた。 ちなみにその料理はシンジをも卒倒させかけた。 が、シンジは倒れる事無くその料理を食べきり、更に手を加えて人の食べられる物へと進化させている。 そして徹底的な訓練の結果、見事ミサトの料理を改善させたのだ。 その事実に対してシンジはこう言い残している。 シンジ:「昔の鍛錬で毒は一切効かなくなってる。今では青酸カリでも睡眠薬の代わりにもならない。 ただその僕を卒倒させかけたんだから、あれは凄い物だよ。」 シンジはこの時、敢えて料理と言う単語を使用していない。 何はともあれ、この事実はネルフ最大の奇跡とされ、シンジの料理の腕は崇拝の対象になっている。 余談だが、加持はこの事に涙を流して感謝したと言う。 そんなシンジに対し、ミサトは恩を仇で返す行動をとっている。 以前に酒の飲み比べで負けた事に対するリベンジである。 その方法とは、マヤ、日向、青葉、リツコ、加持を買収して順に相手をさせ、 その後に素面のミサトが勝負を挑むと言うものである。 しかも飲む酒はミサト達はビール。対するシンジはウォッカ、テキーラ、老酒等である。 ちなみにシンジは勝負だとは思わずに相手をしていた。 これで負ける筈が無い、と判断していたミサトだったが・・・甘かった。 結果はミサト達の見事なまでの惨敗。 どうやら長年神龍皇を体内に住まわせていた為に、既にアルコールが効かないらしい。 最もほろ酔いはするので、それなりにシンジも酒の席も楽しんでいる。 ちなみにアスカはこの勝負の事を知っていたが、意味が無いとしてシンジには話していなかったらしい。 この数ヵ月後、ミサトの妊娠が発覚した為に、ミサトにとっての酒の席はこれが最後となった。 そしてこれ以降、シンジをよい潰そう等と考える者は二度と現れる事はなかった。 家に帰宅した三人はシンジの作った昼食を食べ終え、のんびりした雰囲気の中に身を任せていた。 しかし現在シンジは、前日から初めていた誕生日用の料理の仕上げに取り掛かっている。 娘のアイカはお昼寝の時間。 アスカは眠たげなアイカを寝付かせる為に一緒に部屋に入ってしまった。 それから一時間ほどの間、シンジは料理に注意を向けていたが、 漸く終わったのか紅茶を入れたカップを持ってリビングに戻ってきた。 しかしいると思っていたアスカはそこにはいない。 疑問に思ったシンジはそのままアイカの昼寝をしている部屋行ってみる事にした。 シンジが部屋に入ってみると、ぐっすりと眠るアイカの横で、 ベッドに寄りかかるようにしてアスカも眠っていた。 この時期にしては珍しく晴れた日差しで暖まった部屋の中では、仕方ないかも知れない。 シンジはゆっくりと近寄ってアスカに毛布をかけると、そのまま部屋を後にした。 シンジは一人になって思う。 かつて復讐の二文字に縛られていた自分が、今の自分を見たらどう思うのか。 そして、そんな生き方をしていた自分が、 これほどの幸せを手に入れる事が出来た事実が信じられなかった。 しかしそれが事実である証の二人は、今隣の部屋で静かな寝息を立てている。 二人に思いを馳せた後、シンジは決意する。 アイカが大人になる前に、魔獣の存在が介入しない世の中にしようと。 そして願わくば、一生アスカの誕生日を祝っていける事を。 シンジはそんな決意を胸に、ゆっくりと意識をまどろみに任せた。 それから暫くして、シンジが意識を取り戻した時、 何故か隣室で寝ていた筈の二人が自分の腕の中で眠っていた。 ぼんやりとした状態で起きた後、無意識の内にシンジの元へ辿り着き、 そのまましがみついて寝てしまったらしい。 シンジもまた、眠っている状態にありながらも二人を翼で包み込んでいた。 時計に目をやれば午後六時。 一時間ほど眠っていたらしい。 シンジはゆっくりとアスカをゆすって起こすと、眠気と戦うアスカの蒼い瞳を見つめて笑顔で行った。 シンジ:「アスカ、誕生日おめでとう♪」 その言葉と共に、シンジはゆっくりとアスカにキスをする。 そのキスで漸く意識を覚醒したアスカは、暫しの間シンジに身を任せた。 その後の家族だけの誕生日パーティーで、シンジはアスカにサファイアのネックレスを送る。 アイカは花束である。 アスカはそれを笑顔で受け取り、自分を生んでくれた母に感謝の意を送った。 そして願う。 自分の愛する二人と共に、生きていける事を。 *注意* 最後に、家族以外の人間が集まるパーティーは次の週末に行われた事を、ここに明記しておこう。 そして、シンジとアスカの願いと決意は、見事達成された事も。 The END ―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――― 後書き 八翼の堕天使の完全な最終話となる作品、外伝の伍、完成です。 どうでも良いんですがこの話、アスカの誕生日記念作品になっているのだろうか? いっそのこと前回の最終話が記念作品だった方が良かったような・・・。 まあ、元々記念作品ではなかったのを改善したのでしょうがないのかも。 ああ、せっかくの記念作品がこんなので良いのか!? 凄まじく疑問です。 自分は元々記念作品がかけるような人間ではないので、多めに見てください。 それでも許せない!と言う方は苦情メールでもどうぞ。 反省用に受け取らせていただきます。 今作品にて、八翼の堕天使は完全な終結を迎えさせて頂きます。 長々と読んで頂き、有難う御座いました。 次回連載作品はこれに続く再構成物、と説明させて頂いておりますが、 さほど強い影響はありません。 露骨に影響を受けるのはその次の三作品目です。 この作品だけを楽しんで頂き、次の作品は読まない、と言うのでも何ら問題ありません。 次の作品は少し異色なので、無理はしないで下さい。 暫くの間、作品がある程度堪るまで投稿はしません。 では、次の連載作品、もしくは感想でお会いしましょう。 失礼致します。 P,S 感想、誤字、脱字、ここはこうした方がいいんじゃないか、と言う意見ございましたら送ってください。 悪戯、冷やかしは御免こうむります。
感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構 ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。 |