特務機関「ネルフ」前身、研究機関「ゲヒルン」報告書より抜粋。

碇シンジ・詳細データ。

2001年6月6日
ゲヒルン所長・碇ゲンドウと研究員・碇ユイの間に、男児誕生。
碇シンジと命名される。

2004年3月30日
碇ユイ、事故によって死亡。詳細及び原因は不明。
碇ゲンドウ、子息を第二新東京市の知人に預ける。
所長より、この少年の護衛、及び監視を命じられる。

2005年6月定期報告
保育園に通園。
友人の存在は認められず。自宅及び外部での人との接触も極端に少数。
監視員に気付いている兆候あり。

2006年5月定期報告
周囲の状況に特に変化無し。
監視員に気付き、帰宅途中にロストした事が数回。強化を求む。
室内に設けられた監視カメラ及び盗聴機に気付き、破壊される。
新たに設置する事を急務とする。

2006年緊急報告
碇シンジ、監視の目を振り切ってロスト。
現在、全職員を動員して探索中。

2006年第二次緊急報告。
海外密航者名簿に氏名を発見。行き先は東南アジアと判明。
その後の捜査によって、ラオスで起きた戦争に傭兵として参加した事が判明。
配属された隊は全滅したとされる。

これ以後の調査は無意味と断定。
2007年1月23日・碇シンジ(5)・・・死亡。
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戦場に堕とされし天使達
ー光のプロローグ 出会いー
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時は流れて2009年。
セカンドインパクトをきっかけにして止む事無く紛争を続けるトルコ・イラン国境付近の激戦区。
その激戦区にあるトルコ軍拠点基地。
いや、だった場所と言った方が良いだろう。

そこにはもう動いている者は居なかった。
この状況を作り出した者以外は。

辺りに立ち上るのは火薬と硝煙の匂いが入り混じった黒煙。
倒れ伏すのは血を流すトルコ軍の兵士達。
そしてその光景を瓦礫の山の上から見下ろす一つの影。

その影の主は、その場に動く兵士が居ないのを確認し終えると、瓦礫の間から黒いケースを取り出す。
ケースの中から取り出されたのは楽器・・・チェロであった。

影の主はチェロを手に取ると、ゆっくりとしたテンポで音を奏でだす。
奏でられる哀しげな調べは、まるで死んで行った者達に対する鎮魂歌の様であった。
一曲弾き終わると、影の主は悲しみを秘めた瞳で今一度トルコ兵の亡骸を見つめる。
そして一度だけ瞑目すると、何事も無かったかの様にチェロのケースを担ぎ上げ、
その戦場を去っていった。

影の主の名は誰も知らない。
ただ東の国からやって来たと言う事と、戦場から戦場へと渡り歩く傭兵だと言う事意外は、
誰もその素性を知らないのである。

ただ、彼の通り名だけは知られていた。
その黒き髪と黒き瞳から、漆黒の剣闘士と呼ばれていた。
そして、彼の戦いし後には流れし曲は、死の旋律と言われた。
その幼さとは裏腹に、実行される任務遂行の際の苛烈さから、この呼び名がついたのだ。

彼には誰も近寄らない。
命令と言う物、部隊と言う束縛を嫌い、常に単独行動をするからである。
そして、与えられた目標を叩き潰すと、その戦場から去ってしまうからである。
今また目標の破壊を追えた彼は、再びその戦場を後にし、西へと向かった。

彼の扱いは、既に死人である。
初めて戦場に出た時、所属していた部隊が壊滅し、ただ一人生き残っていたからだ。
しかし記録の上では生き残った物はいないとされている。
どの道生きてはいけないだろうとの予測からであった。

しかし彼はその予想を覆して生き続けていた。
だから正式記録の上では既に死人として葬られているのである。

彼が単独行動を好むのはその為なのかもしれない。
ともに戦った者達が死んで行くのを見届けるのを嫌うが為に。

そんな得体の知れない彼を、軍の上官達が起用するのは、彼の実力があまりに凄まじいが為。

任務遂行率100%。

それが彼が他の戦場で実績して見せた事実。
それは他の傭兵や兵士達の間で、ある種の伝説の様に広まっているのだ。

新たなる戦場を求めて、彼は再び立ち上がる。
廃墟とかした基地を去り行く彼の年恰好は、まだ年端も行かない少年の物だった。

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2010年・ドイツ

この地に存在するネルフ・ドイツ支部。
そのドイツ支部が誇りとする一人の少女が居た。
彼女の名は惣流・アスカ・ラングレー。

彼女は今、名も無き浜辺へと来ていた。
どこをどうやってここまで来たのかは覚えていない。
ただ我武者羅に、ネルフの職員達に見つからないように走っていたら、ここに来てしまったのだ。

今日、彼女は支部にて有るテストを行っていた。
過去に何度となくやってきたテストであったが、自分の思い通りにならない。
今回は特にコンディションが悪かったらしく、いい結果が出せなかった。
結果、早めに切り上げられ帰されたのである。
彼女にしてみればこの扱いを酷く不満に感じ、かなり機嫌が悪かった。

彼女の心は極限まで疲労していた。
連日にわたる訓練とテスト、そして実験。
帰れば深夜にまで及ぶ猛勉強。
プライバシーなど存在しないかのような管理体制。
年頃の少女らしい事など何一つする事など出来ない。

それを気にした事など無かった。
自分は他の人間とは違う、選ばれた人間なのだ。
そう考える事で厳しい訓練や勉強などに耐えてきた。

しかし先ほど、自分と同じぐらいの年齢の女の子が、
その子の母親とおぼしき人物と共に、楽しそうに笑顔を交わしながら買い物をしている姿を見た時、
何故だかわからないが急に自分が情けなくなってしまい、気が付いたら走り出していた。
それをネルフの関係者に見られる事を嫌い、避けていたら、今の状況に至ったわけである。

後々何か言われるような事もあるかもしれないが、それに対しての言い訳ぐらいいくらでも考えつく。
今はただ一人でいたかった。

(あたしは何で急に走り出してたんだろう・・・。まるで何かから逃げているみたいに。
 ・・・逃げる?このあたしが?この惣流・アスカ・ラングレーが?)

赤く染まり始めた夕日に照らされながら、アスカは先ほど自分が取った行動を考えていた。
自分自身でもわからなかったのだ。
走り出していた理由が。

(アタシが目にしたのは普通の親子・・・。それが何だって言いうの?
 別に怖がったりするような物なんかじゃ・・・。まさか・・・羨ましいて言うの?
 馬鹿馬鹿しい!!アタシは選ばれた人間、セカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーなのよ!
 そんな筈・・・無いじゃない。」

無意識だったのかもしれないがアスカは最後の言葉を口に出していた。
まるでそうする事で自分に言い聞かせ、自分と言う存在を守ろうとする様に。

彼女は現在ネルフ管理のアパートに一人暮しをしている。
10歳前後の子供が一人暮しなどと思われるかもしれないが、
ネルフ管理の元、食事を初めとした生活には問題はない。
ましてや安全性では折り紙付とも言える。

しかし今はそこに帰りたくは無かった。
今帰ったとしても何もやる気にはならないだろう。
全てにおいて今は無気力な状態なのだ。

アスカは自分がごく稀にだがこういった状態になるのを知っている。
恐らくNERVの職員達もある程度だが理解しているだろう。
理由はその度に違うし、場合によっては理由が無い時も有る。

しかし今回の様に職員達を撒くと言う行為は初めてである。
今ごろはさぞかし慌てて自分を探しているだろう。
この後怒られるであろう可能性が高いと言うのにもかかわらず、アスカは笑みを止められなかった。

一頻り笑った後、アスカは急に虚しさを覚えた。
母が無くなった時ですら流さなかった、二度と流すまいと誓った涙が溢れてきそうになる。
だがその誓いを破るつもりなど無い。
アスカは強く頭を横に振ると、勢いをつけて立ち上がり、夕日を睨み付ける。
そしてそのまま砂浜を去ろうとした時、背後から声をかけられた。

「・・・何を泣いてるんだ?」

その言葉に、アスカは慌てて振り返った。
かけられて言葉は日本語。母の教えてくれた言葉・・・。
しかしあまりに急に声を掛けられた為に、何を言われたのか一瞬理解できなかった。

「ああ、日本語じゃ駄目か。ドイツ語で泣くはなんて言ったか?
 他のは大体覚えたが、まさか使うとは思わなかったからな。」

声を掛けた人物はその様子を言葉がわからないのだと誤解したらしい。
必死になって言葉を思い出そうとしている。

その様子を見つめながら、アスカは漸く先ほど言われた言葉の内容を理解する。
そして理解した途端に図星をつかれたような気分になり、激昂して怒鳴りつけた。

「あたしが泣くわけないでしょ!!何言ってんのよ、あんたは!!」

「ん?日本語わかるのか。そいつは楽だ。」

声を掛けたのは自分と同じぐらいの年恰好をした少年。
しかし幼いとはいえ、少年とは思えないほど線が細い。
背に届くほどの髪の毛の長さもあるが、服装さえ整えれば少女でも通りそうだ。

黒いコートや、間から見えるシャツは随分と薄汚れてくたびれており、
黒い髪は手入れをしてないのか伸びており、艶も無い。
しかし顔を覆った長い髪の間から見える黒い瞳には、引きこまれそうになる何かを感じられた。
背中にはかなり長い布で覆われた何かを背負い、左手には何かの黒いケースのような物を持っていた。

少年はアスカが日本語を話した事に、驚きながらも返事を返す。
しかし当の本人たるアスカはそれどころではない。
シンジの言葉がよほど気に入らなかったらしく、怒りの表情で睨み付けている。
それに対する少年の態度が気に入らないのか、アスカの怒りは更に強まり、再び声を荒げる。

「あんた、いきなり女性に声を掛けるなんて失礼だと思わないの!
 しかもあたしが泣いてるですって!?好い加減な事を言うんじゃないわよ!!
 あたしが何時泣いたって言うのよ!?あたしが泣く訳ないじゃない!!」

アスカの激しい怒りを受け、少年は呆れた様に頭を掻いた後、アスカの問いかけに応じた。

「表面的には泣いていなかったが、心が泣いているように感じた。
 俺がそう感じただけだから、違うと言われればそうなのだろう。気に触ったのなら謝る。
 それと、失礼云々についてだが、こうして人と話すのは久しぶりなんでな、良くわからんのだ。
 それについても、一応謝っておこう。」

「ふん!わかればいいのよ、わかればね。所であんた日本人でしょ?こんな所で何してんの?
 観光なんてもんじゃないのは見ればわかるけど・・・。」

アスカの上から下までなめるような視線に対しても、少年は気にもとめた様子を見せない。
普通であればその無遠慮な視線に腹立たしさを覚えても良いぐらいだと思うが、少年は平然と答える。

「別に・・・。ただこの国に入ってから監視カメラが異常に多いのが気にいらなくて、
 それを避けて歩いてたらここに出ただけだ。
 この国に入ったのも歩いてる先にあったと言うだけだしな。依頼があったというのもあるが。」

「・・・って事は何?あんた不法入国な訳!?」

「言い方を変えればそうなるな。」

セカンド・インパクト以降の国家交流を考えれば、不法入国と言えばどう考えても重罪だ。 
にもかかわらず、それが極当たり前の様に言いきってしまう少年。
ましてや彼は先ほど監視カメラ云々と言っていた。

NERVの設置した監視カメラの位置など、
知っていなければ絶対に気付かないような場所にある物ばかりである。
それを全て見極めてここまで来たのだと言いきる辺り、彼が年相応の少年でない事が予想できる。
どこかの裏組織のスパイか何かかと、アスカは警戒心を強める。

が、当の本人はどこ吹く風。
アスカが警戒を強めた事にも気付いただろうに、まったく気にした様子がない。

するとそこに、少年の来た方向から何人かの黒尽くめの男達がかけてくる。
アスカは一瞬NERVの保安部の人間かと思ったが、すぐに違う事に気付く。
彼らの胸に、最近テロを頻繁に起こしている事で知られている組織のマークがあったからだ。
しかしその組織は数日前に壊滅したと放送されていた。
とすると生き残りか何かが逃げているのかもしれない。
しかしその予想に反して、男達はアスカ達に気付くと、憤怒の形相で怒鳴りつけてきた。

『漸く見つけたぞ、小僧!!』

『われらが首領に成り代り、組織の仇を討たせてもらう!』

二人が怒鳴りつけた対象は一緒にいた少年。
しかしその言葉は何か不自然な物を感じさせられた。
そんなアスカの疑問をよそに、少年と男達の会話は続いていた。

『お前等の諸行が度を過ぎたが故に、裏ルートで俺に依頼が来たんじゃねえか。自業自得だよ。
 ましてや組織総掛りでも一人の人間に勝てなかったくせに、たった二人で俺を殺せるとでも?』

『黙れ!我等は我等の理想郷の為に戦ってきたのだ。それを余所者のおまえが打ち砕いたのだ。』

『我等は今、聖戦に燃えている。聖戦において我等は神の加護を受けるのだ。貴様如きに負けはせん!』

先程とは違い、少年は流暢にドイツ語を話し、男達に答える。
しかしその会話の内容は恐るべき物だった。

この事件に関しては、NERVですら組織壊滅の原因を掴めていないのが現状である。
その理由はそれを行った物が何の痕跡も残さなかったその手際にある。
もし目の前で交されている会話が真実であれば、
それを行ったのは目の前にいるたった一人の少年だと言う事になる。

目の前にいる少女と見まごうばかりの線の細い少年が、テロ組織一つを壊滅させる。
アスカでなくとも到底信じられる物ではなかった。

そんなアスカを蚊帳の外に置き、男達は腰からそれぞれの武器を引き抜いた。
どうやら二人とも接近戦を好んで行う様で、短剣タイプの武器である。
しかし二人の獲物は随分と変り種である。

「何あれ・・・あんな武器見た事ないわよ。」

『クックリとカタールとは。また随分と癖のある武器だな。』

『ほう、知っているのか。』

『ならばこれを敵にまわした時の不利さも知っている筈。覚悟を決めよ。』

二人の男は余裕の笑みを見せるが、少年の方の態度は以前変わらず。
未だに武器を取り出すそぶりも見せない。

「クックリとカタール?何よそれ?」

「カタールはインドの短剣。薙ぎよりも突きの方が威力が出る。
 クックリはネパールの民族が使うとされる短剣だ。
 大きく凹状に湾曲した内側に鋭く広い刃がついている。共に格闘に向いた武器だな。
 ・・・危ねえから、少し下がってな。」

そう言うと少年は荷物を下ろし、ゆっくりと男達の方に歩み寄る。
少年の行動に応じる様に、男達の間に緊張が走る。
それに対して少年の方は未だに緊張の様子が感じられない。

『死ねーー!! 』

その様子を見て怒りを覚えたのか、クックリを持った男が切りかかってくる。
それを見て取った瞬間、少年は後ろ腰に手を回すと、そこから二本のアーミーナイフを取り出す。
そして左手の逆手に持ったナイフで、右袈裟懸けに切り下ろしてきたナイフを受け止める。
おかしいのは、受け止めたのが腹の刃のではなく、背の鋸のようになった部位であった事だ。
しかしその理由もすぐに判明する。

『攻めが単調過ぎるな。この武器なら、もっと変則的に攻撃すべきだ。
 それと、貴様等は勘違いをしている。その武具を知るとは、戦い方と攻略法を知るということだ。
 それが出来ない奴は・・・三流よ。』

少年はそう言うと、ナイフにひねりを加えて刃を受止めたまま絡めとり、
引き寄せるようにして相手の体勢を崩す。
そしてそれと同時に、靴にしかけられていた刃をつま先と踵から出すと、
崩れた体勢の男の左側頭部に、回し蹴りの要領でつま先を叩きこむ。
それでその男は・・・即死だった。

少年は足を下ろすと同じに仕掛けを作動させて刃をしまい、
男の死体を飛び越えるようにして、二人目の男に攻撃をしかける。

『己小癪なまねを・・・食らえ!!』

飛びかかってきた少年いたいし、男は左手に持ったカタールで突き繰り出す。
少年はそれを予測していたのか身体をひねる事で避けると、そのまま相手の腕を右脇に抱え込む。
そしてそのまま相手の上腕の裏に、順手に持っていたナイフを刺す。

『ぐっ!まだ・・・だ!!』

男は右腕の痛みに一瞬ひるんだが、そのままの体勢で、右手のカタールで少年を薙いできた。
が、少年はその攻撃に慌てる事無く、左手のナイフで受け止める。
恐ろしいのはその受け止め方が、ナイフの切っ先で薄い刃を違う事無く受け止めた事である。

『な、馬鹿な・・・。貴様一体・・・。』

『言うだけあったかもしれないが・・・俺の相手じゃあ、なかったな。』

その言葉と共に受け止めていたカタールを弾くと、ナイフを逆手から順手に持ち替え、
正面から首を突いた。

『化け・・・物め・・・。』

男は口から血を溢れさせながら、最後にそう呟くと事切れた。
二本のナイフを引き抜きながら、倒れ行く男の死体を冷たい目で見つめる。
そしてさめた口調で・・・言いきった。

『人間など・・・当の昔に捨てたさ。母が死に、父に捨てられたあの時に。
 少なくとも・・・俺の方はな・・・。』

その言葉に、呆気にとられ呆然としていたアスカが反応を示した。
少年が今使ったのはロシア語である。
恐らくアスカにわからない様にと使ったのだろうが、彼女はロシア語も理解していた。

しかし今はそれ以上に、目の前で命のやり取りがあったことの衝撃が強すぎて、
そちらの言葉を完全に理解できなかった。
この言葉の内容を理解したのは、もう少し後のことになる。
そんなアスカの様子を見て、少年は軽く笑うと語り掛ける。

「殺し合いを見るのは初めてか?ならその反応も仕方ないか。」

そう言いながらナイフをしまうと、少年は小さなボトルのような物を懐から取り出す。
そしてそれの蓋を開けると、一気に飲み干す。

「っくーーー!!やっぱりこいつは効くぜ。」

その言葉に、アスカは漸く冷静な判断力を取り戻した。
そして彼の飲んでいるボトルを見て、今までのものとは別の意味で呆れた。

「あんた、お酒飲んでるの!?」

「命の遣り取りをやった後は大抵飲む。酒を持って相手の命の冥福と、己の浄化を意味を持ってな。
 まあ、当の昔に浄化なんて効かないだろうし、冥福を祈られたって迷惑だろうがな。」

袖で口元を拭いながら、当たり前の様に言ってのける少年に、アスカは呆れながら質問をした。

「未成年はお酒飲んじゃいけないって知らないの?第一あんた何飲んでるのよ。」

「そうなのか?俺が飲み始めたのは確か八つの時だと思ったが。
 一番最初に飲んだのは五つのときだしな。あん時は流石にきつかったぜ。
 ついでに何飲んでるかって質問だが、スピリタスってウォッカだ。アルコール度は96。
 これじゃねえと、酔えねえんでな。」

少年はそう言うと、またボトルに口をつける。
その様子を見て、なんとなく興味を引かれたアスカは歩み寄ると、睨み付けるように少年を見つめた。
それに気付いたシンジはボトルとアスカを交互に見た後に、控えめに質問した。

「もしかして・・・飲んでみたいのか?」

その言葉にアスカはばつが悪そうに頷く。
その様子に少年は笑みを浮かべると、ボトルをそのまま渡した。

「少しにしとけよ。喉が焼けると思うほど凄まじいからな。」

「っっっ!!?ケホッ、ケホッ!!」

少年の言葉に従い、アスカはほんの少しだけ口に含んだ。
しかしその直後に、彼女はむせ返り、少年にボトルを突っ返した。

「ああぁぁ!!凄く強烈だわこれ。良くこんな物飲めるわね。」

「だから言っただろうが・・・。」

「う、うるさいわね。まさかこんなに強いとは思わなかったのよ!!」

アスカの反応に対し、少年は呆れながらも、楽しそうに笑う。
それは少年がアスカに対して、初めての笑顔だった。
その笑顔を見たとき、アスカは不思議な衝撃を受けた。
その反応を見て少年は一頻り笑うと、ボトルをしまいケースからある物を取り出す。

「・・・チェロなんて何に使うの?」

「何にって、使い道は一つしかないだろ。なさかこれで他人を殴るのか?」

アスカの言葉に苦笑いを浮かべながら、少年は調律を始める。
そして近くの岩に座ると、ゆっくりと曲を奏でる。

(何?何なの、この曲は?)

それは静かで、とても哀しい調べ。
アスカはそれを聞くうちに、先程の思いをぶり返し、今度こそ涙を流してしまった。
流すまいと思っていた涙。
それが止め処もなく溢れてきた。
少年が曲を引き終わった後も、アスカはしばしの間涙を流しつづけた。

漸く涙が止まった時、少年は既にチェロをしまい、アスカの方を見ないようにしていた。
おそらく少年なりに気を使った結果だろう。
その少年に対し、アスカは睨み、怒鳴りつけた。

「良い!今あたしが涙を流した事は誰にも言うんじゃないわよ!!
 言ったりしたらただじゃ置かないんだからね!!」

そんなアスカの様子に対し、視線をこちらに向けた少年は不思議そうに聞く。

「何故それ程に気に掛ける。泣きたい時に泣き、笑いたい時に笑う。それのどこがいけない?」

「あたしは選ばれた人間よ。あたしは強く生きなくちゃいけないの。
 誰にも頼らず、一人でね!だからあたしは、既に高校の勉強だってやってる。
 他の人間では出来ないような実験だってやってる。その為には涙は邪魔なだけなのよ!!」

強く断言するアスカの言葉に、少年は険しい表情になると、真剣な口調で語った。

「泣く当為と笑う行為は人間だけが持つものと聞いた。
 それを放棄すると言うことは、人間を止めるということに等しい。俺の様にな。
 何より、一人で生きるなどという事を軽々しく口にするな。選ばれた等と言う人間に、それは出来ぬ。」

「何ですって!?」

アスカは少年のあまりの言い方に激昂する。
しかし少年は口調を変える事無く、淡々と語りつづける。

「おまえの服も食料も、他人が作った物を買い、そして利用する。それは安穏とした生活だ。
 そして選ばれるとは自分と他者が居て初めて成立する物だ。
 対して一人で生きるという事は、自分の力で全て勝ち取る物だ。
 事実、俺は自分で獲物を狩って食らって来た。
 この服も、元を正せば敵兵の身に付けていたのをを剥ぎ取った物だ。
 自分意外全てが敵。その敵を殺し、何が何でも生き残る。おまえにその覚悟があるか!?」

あまりに強い少年の言葉に、アスカは放つ言葉を失い、唇をかみ締めてうつむいてしまった。
そんなアスカの様子に、少年は溜息を吐くと、今度は穏やかに語り始めた。

「人を捨てる行為を望んでする必要などない。俺だとて、今の生活を望んでいた訳ではないからな。
 何物にも勝る強き意思。これがなければ結局生き残れない。
 あの曲を聞いて涙を流し、命の遣り取りを見て言葉を失う。それじゃあ、中途半端になっちまう。 
 ・・・おまえさんはどこか俺に似ている。だが、人を捨てるのは・・・俺だけで十分だ。」

そう言うと、少年はゆっくりと立ち上がり、アスカから目をそらす。
そして闇の濃くなり始めた空に目を向けた。
そして数瞬の間の後、アスカは搾り出す様に少年に問い掛けた。

「あんたを支える意志は・・・何なの?」

その言葉に、少年は空を見上げたまま答えた。
この時の少年の目を見なかった事を幸運に思うべきだろう。
語り始めた少年の目は、凄まじいまでの深い殺意に覆われていたのだから。

「・・・俺を捨てた男。俺の父親を名乗る男を・・・殺す事だ。この憎悪と復讐心が俺を支える。
 もう一つ支える物がない事もないが・・・それを言う必要はない。」

その言葉に、うつむいていたアスカは驚く様に顔を上げた。
しかし少年はそんなアスカの事など気にもとめずに言葉をつなげる。

「今の生活の切っ掛けを作り、あいつを傷つけたあの男を、俺は絶対にゆるさねえ。」

「あいつ・・・?」

「おまえには・・・関係のないことだ。」

その言葉と共に少年はケースを担ぎ上げると歩き始める。
その行動に焦ったアスカは、慌てて声を掛ける。

「ちょ、どこに行く気よ。」

「この国から受けた依頼は片付けた。報酬も貰った。
 もうこの国にいる理由は無い。気の向くままに行くさ。」

離れ始める少年の背中に、一瞬の戸惑いの後、アスカは大声で怒鳴りつけた。

「あんただって、ただ逃げてるだけじゃない!殺すなんて言いながら、監視から逃げてるじゃない!
 そんな奴が、偉そうな事言わないでよ!!」

その言葉に少年は歩みを止めた。
怒鳴り返してくるかもしれないと身構えたアスカに対し、少年は大声で笑い始めた。

「フハハハハハ、ハハハハハハ。俺が逃げてるか。なるほど。考えもしなかった。
 言われてみればそうかもしれん。言われるまで、気付きもしなかった。」

そのまま少年は暫くの間笑いつづけた。
そして漸く笑い声が止まった時、少年はアスカを振り返って言葉を放った。

「礼を言おう。おまえさんの言葉は強く響いた。その言葉、忘れずにいる事にしよう。」

そんな少年の言葉に、アスカはいつもの調子を取り戻したかのように、
それでも笑顔でこう言った。

「礼を言うぐらいなら、せめて名前ぐらい名乗って行きなさいよ!
 あたしの名前は惣流・アスカ・ラングレー!!」

「姓は当の昔に捨てた!名はシンジだ!俺もおまえの名前を覚えておこう!!」

「あたしもあんたの名前、覚えておいてあげるわ!!」

その言葉を最後に、少年はその場を去った。
アスカはすっかり暗くなった浜辺で、暫しの間、彼の去った方向を見つめていた。


翌日、行われたテストにおいて、アスカは今までの記録を遥かに更新する。
その日、彼女の精神的なケアの意味もかねて、保護者役としてある男性が配属された。
その男にたいし、アスカはほんの少しの好意を抱くと共に、心の隅で無意識のうちに警戒心を抱いた。
この2年後、アスカは12歳と言う年齢で大学へと進級する事になる。

そしてアスカの大学進級が決まったのと同じ頃、アメリカの大学で一人の日本人の少年が入学を決める。
少年の名前の欄には、「碇シンジ」と、はっきりと書かれていた。
それは少女の言葉を切っ掛けに、逃げる事を止めた証だったのかもしれない。

そしてこの事実はすぐさまNERVアメリカ支部を通ってNERV本部へと伝わり、
DNA鑑定によって、死んだとされていた碇シンジ本人だと確認された。

そして世界は、必要としていた歯車を取り込み、仕組まれた未来へと回り始めた。
しかし改めてはめられた歯車は、果たして彼等の思い通りに回るのだろうか?
それは誰にも予想できる事ではなかった。

そしてそれから更に2年後、物語は始まる。

To Be Continued.
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
後書き
魔:・・・完成するまで長かったな。
聖:・・・難産でしたね。
魔:手をつけてから何ヶ月経った?
聖:4月には闇の方が出来てましたから、それ前後ですね。つまり約六ヶ月。
魔:・・・長すぎるわーーーー!!
聖:書き初めと終わりが決まっていたのにその中間が書けなくて四苦八苦。
  最終的にはホッポリ出して次の1話目を書き出してましたから。
魔:それの影響で今まで投稿できずか?はた迷惑だな。
聖:ホント、タームさんには迷惑おかけしてます。
魔:面目次第も御座いません。

聖:話は変わりますが・・・ここで一つこの連載について御警告をしたいと思います。
魔:作者はEVAの大人や一部のキャラに対して、好き嫌いを両極端に持っています。
聖:その為それを全て発揮し、EVAに対する個人的な思いと欲求を解消するため、
  今作品は三部作になっております。
魔:第一部は前作品の「八翼の堕天使」。そして第二部がこの「戦場に堕とされし天使達」です。
聖:この後にもう最終部、逆行偏が続く訳です。今回はそれに対して再構成作品です。
魔:見ての通りシンジ様の性格は変わっていますが、それ以外はかなり本編を忠実に行きます。
聖:そしてこちらの作品はキャラを嫌う部分が強く現される予定です。
  キャラが結構きつい扱いを受ける可能性があります。
魔:対して逆行にて扱いが良くなっていきます。個人的に思い入れのあるキャラがいる場合、
  その辺を念頭に入れて読んでいってください。
聖:また、以上のような理由からこの作品ではLASになりません。
魔:むしろ二人の衝突や、傷つけあいなんかが多いかもしれません。その辺も覚えていてください。
聖:始めたからは必ず完結させるそうなので、気長に無理をせずにお付き合いください。
魔:御願い申し上げる。

P,S
感想、誤字、脱字、ここはこうした方がいいんじゃないか、と言う意見ございましたら送ってください。
悪戯、冷やかし、誹謗中傷は御免こうむります。


マナ:な、なんか・・・シンジったら碇司令のこと凄く恨んでるわよ?

アスカ:八翼の堕天使の頃とは、正反対だわ。(@@)

マナ:それに、なんか歪んでる・・・。

アスカ:でも、チェロを手にしてるってことは、心の奥は綺麗なのよ。

マナ:アスカと比べたら、ずっと綺麗でしょうね。

アスカ:むっ!!!(ーー#

マナ:それはともかく、前回にも増してシリアス度が強くなりそうよ。

アスカ:ううーん。なんだか、続編が怖いわ・・・。
作者"神竜王"様へのメール/小説の感想はこちら。
ade03540@syd.odn.ne.jp

感想は新たな作品を作り出す原動力です。1行の感想でも結構
ですので、ぜひとも作者の方に感想メールを送って下さい。

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