NERV本部内に入ったミサトは、地図を片手にシンジを案内している・・・筈だった。

「おっかしいなぁ、確かこの道の筈よね?」

その言葉と共に、シンジとミサトを乗せた自動通路のゲートが開く。
それと同時に強い風が吹き込み、二人の髪をなびかせる。
ゲートの先に現れたのは、吹き抜け状になった広大な空間だった。

この空間を最初に見たシンジは面白そうに周囲に目をやったものだが、今では興味すら示さない。
この後に出るであろうミサトの言葉も既に想像できていた。

「これだからスカート履き辛いのよね、ここ。」

その言葉を聞いてやはり想像通りだったとシンジは溜息を吐きながら天を仰いだ。
先程渡されたパンフなど、暇に任せて読み返した為に内容を全て覚えてしまった。
もう見る気も起きない。

「しかしリツコはどこ行っちゃったのかしら?ごめんね、まだ慣れてなくて」

ミサトは先程から地図から目を離す事無く睨めっこを続けている。
しかしその手に持っているのはNERV内部を詳細に書きとめたもの。
それだけに書きこまれ、通路や部屋が無数にかかれている。

そんな地図の中に、『ここ』と書かれた赤い丸で囲まれた場所がある。
しかし地図の詳細さに比べるとどう考えても、あまりに適当だ。
それ以前に彼女は自分が、どこを歩いているのかを把握しているのかが疑問だが。

「ここは先程も通った。と言うより、ここを通るのはもう三回目だ。」

・・・把握していれば同じ道を歩く筈もない。
シンジに言われた言葉に、ミサトは言葉を失った。
が、元来彼女の性格はかなり前向きなのだろう。
すぐに顔を上げて笑顔で言い放った。

「でも大丈夫。システムは利用する為にあるのよね。」


赤いプールような場所からスキューバダイビング姿の女性が浮かび上がってきた時、
タイミング良く彼女を呼ぶアナウンスが流れた。

『技術局一課E計画担当の赤木リツコ博士、赤木リツコ博士、
 至急作戦部第一課葛城ミサト一尉までご連絡下さい。』

スキューバの装備一式を外し、ウェットスーツを脱ぎながら、彼女は疲れた様に言葉を洩らした。

「呆れた・・・また迷ったのね。」

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戦場に堕とされし天使達
ーEpisode:2 対面ー
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ミサトは忘れた道を思い出そうとしながら、エレベーターの前で待っていた。
シンジは既に諦め気味らしく、欠伸などしている状態である。
暫くすると、エレベーターが到着したらしく、扉が開き始める
それに気付いてミサトが顔を上げた途端、急に動きがぎこちなくなる。

「あら、リツコ・・・。」

エレベーターの扉の前にいたミサトは開いた扉の中から現れた女性に驚いた。
ミサトには何か怯えたような雰囲気がある。
そんなミサトに、中から出てきた女性、赤木リツコは笑みを絶やす事無く詰め寄る。

「何やってたの?葛城一尉。人手も無ければ時間も無いのよ」

「・・・ごみん。」

笑みを浮かべながら放ったその言葉には、ミサトを攻める節がありありと窺える。
それを感じ取ったのか、ミサトは素直にリツコに向かって頭を下げる。
しかしリツコよりも先に頭を下げるべき人物がいると思うのだが・・・。

「フッ・・・。例の男の子ね。」

ミサトの行動に半ば諦めが入っているのか、リツコはすぐに話題をシンジに変えた。
それに対するミサトの言葉には、何やら奇妙な単語が入っている。

「そ、マルドゥックの報告書によるサードチルドレン。」

「よろしくね。」

リツコはシンジに対して握手を求めた。
シンジもそれに応じて握手と共に挨拶をするが、彼女の視線に何か違和感のような物を感じていた。

「ん?ああ、よろしく。(この眼・・・何か気に入らん)」

「これまた父親そっくりなのよ。かっわいげの無い所とかね。」

ミサトの言葉に、シンジは思考を中断して目を向ける。
その様子を傍で見ていたリツコは、シンジの瞳を見て寒気を感じずにはいられなかった。

(何なの、この眼は・・・!?背筋を駆け上るこの不安と恐怖は?この子は一体・・・)

そんな感覚を覚えさせる視線を受けているのに、ミサトは気づいていない。
それはシンジの瞳を見ていないが為。
彼の感情が瞳の奥に見えるだけで、漏れ出す事無く完全に押さえ込まれている為である。
そしてその瞳の奥に見えた感情は、底知れぬ怒りと憎悪。
この時からリツコはシンジから目を離すまいと硬く決意した。



「では、後を頼む。」

そう言ってゲンドウは席を立つと、専用エレベータを使って発令所から姿を消す。

(十年ぶりの息子との対面か。)

内心で思って冬月は苦笑した。
一度は死んだと思われていた少年の生存報告。
その報告があった時すら、あの男は眉一つ動かさなかった。
そもそもあの男に、息子という認識があるのだろうかと言う時点で疑問が沸く。

「副指令。目標が再び移動を開始しました。」

「よし。総員第一種戦闘配置だ。」

自分の中の疑念を振り払い、冬月は指示を出すことに専念し始めた。



リツコの案内により、漸く目的地に移動を初めたシンジ達。
そんな最中、本部全域に放送が流された。

『繰り返す。総員第一種戦闘配置。対地迎撃戦用意。』

「ですって。」

「これは一大事ね。」

「で、初号機はどうなの?」

「B型装備のまま現在冷却中。」

「それ本当に動くの?まだ一度も動いた事無いんでしょ?」

「起動確率は0.000000001%。09システムとはよく言ったものだわ。」

「それって動かないってこと?」

「あら失礼ね。0ではなくってよ。」

「数字の上ではね。ま、どのみち『動きませんでした』、では済まされないわよ。」

なにやら話し込んでいるミサトとリツコ。
特にその会話に興味を感じないシンジは無言で周囲に目をやる。
と、シンジの視界に壁を突き破っている巨大な手のような物が目に入る。

(あれは一体なんだ?・・・ま、いずれわかるか。)

考えたところで答えが出そうにも無いので、シンジは思考を止めた。
暫くすればすぐに答えが出る。そんな予感が何故かしたから。


ミサト達の後を追って入ったのは照明一つついていない真っ暗な部屋の中。
その部屋に入ってすぐに、シンジは直感的に何か巨大な物があることに気付いた。

「真っ暗な部屋だな。・・・何かあるな?」

シンジの言葉が終わるや否や、待っていたかのように照明が一斉に点灯する。
シンジ達が立っていたのは橋のような場所。
そのシンジの目の前には紫色をした異形のものが立っていた。

(何だ、こいつは?俺はこいつに・・・会ったことがある?いや、その表現は正しくない。
 さっきの巨大な手と同じ物の様だが、それとは何か別の・・・もっと違う形で・・・なんだ?)

額から出る一本の角のようなもの。鋭く細い猛禽類を思わせる瞳を宿さぬ目。
その外見はまるで鬼という存在を彷彿とさせる。
シンジはその姿に、何故か不思議な概視感を感じていた。
しかしそれを表に出す事は無い。

「顔・・・巨大なロボットと認識して良いのかな?」

「一様言っておくけど、パンフには書いてないわよ。」

「だろうな。さっき見た限りそんな記述はどこにも無かった。で・・・これは?」

「人の作り出した究極の汎用人型決戦兵器・人造人間エヴァンゲリオン。その初号機よ。」
 建造は極秘裏に行われた、我々人類の最後の切り札よ。

シンジの質問に対し、リツコはどこか誇らしげに説明する。
しかしシンジはそれを気にした様子も見せずに、呆れた様に言い放つ。

「これが父を名乗る男の仕事って奴かい?」

「そうだ。」

突然頭上から声が放たれる。
その声の主を確認するかのように、シンジはそちらに視線を送る。
そしてその視線の先には、サングラスをかけた男・ゲンドウが立っていた。

「・・・久しぶりだな。」

「・・・誰だ、貴様?」

「ちょ・・・ちょっとシンジ君、覚えてないの?あの人があなたのお父さんよ?」

「最後に見たのは十年前。俺を置いて逃げる様に去っていった背中を見たのが最後だ。
 それ以降は生きてるか死んでるかも判らなかったんだ。ま、それは俺も同じだがね。
 ・・・ああ、言われて見りゃ確かに面影があるな。で、人を呼びつけて何の用だ?」

皮肉を含んだシンジの言葉。
その中に含まれた事実にミサトは一瞬驚愕するも、それを表に出す事無く、その後の展開を見守る。

「フッ・・・出撃。」

「出撃?零号機は凍結中でしょう?・・・まさか初号機を使うつもりなの?」

と、言葉の途中でチラリとシンジを見ながら言うミサト。そう、彼女は知っているのだ。
そのためにシンジが呼ばれたということを。
それは、当然リツコも同様である。

「他に道は無いわ。」

「レイはまだ動かせないでしょう・・・パイロットがいないわよ?」

知っているにも関わらず、ミサトはあえて別の角度から発言する。
その行為が何を意味するのか、それは彼女にしかわからない。
そしてミサトのそんな言葉に対して、答えるリツコは必要最低限の回答で済ます。
その言動は人と見ての発言ではなく、むしろ道具としての発言ととった方が近かった。

「さっき届いたわ。」

「・・・マジなの?」

念を押す様に聞くミサトにリツコは背を向け、シンジの方に向き直って声をかける。

「・・・シンジ君・・・あなたが乗るのよ?」

その言葉に、シンジは漸くゲンドウに向けていた視線をこちらに向ける。
その表情に驚きは無く、何か達観している様にも見える。
しかし当の本人であるシンジの意見は関係無く、話はどんどん進んでいく。

「でも綾波レイでさえシンクロするのに7ヶ月もかかったんでしょ?
 今日来たばかりのこの子には、とても無理よ!!」

「座っていれば良いわ。それ以上は望みません。」

「・・・しかし」

当の本人となるシンジにとっては、理解できない事だらけの会話。
そんなシンジを無視して、なおも反論しようとするミサトの言葉にも冷静に、
そして冷徹に言い放ち、事実を突きつけるリツコ。

「今は使徒迎撃が最優先です。
 その為には誰であれ、エヴァと僅かでもシンクロ可能と思われる人間を乗せるしか方法は無いわ。
 分かっている筈よ。葛城一尉。」

「・・・そうね。」

最初からわかっていた事だけに、ミサトはすぐに納得する。
今まで反論していたとは思えないほどの速さでの意趣返し。
その反応にシンジは一瞬だけ眉をしかめたが、すぐに上にいるゲンドウの方へと目を向け、言葉を放つ。

「おい・・・何故俺をここに呼んだ?」

「おまえの考えている通りだ。」

「くっくっくっく・・・。すると何か?俺がこれに乗って手前等の命令聞いてあれと戦えと?
 そう言う訳か?」

「そうだ。」

「話にならんな。十年前に俺を捨てた男が今更どの面下げて俺に会うのかと思えば。
 巫山戯ているにも程がある!!」

「おまえが必要になった。だから呼んだまでだ。」

「一応理由を聞いておこうか?何故俺なのか・・・な。」

「他の人間には無理だからだ。」

会話になってるのかどうかすらも怪しい対談。
傲慢な態度を隠そうともせずに、当然のように命令をするゲンドウ。
それに対して怒りをあらわに拒絶するシンジ。

「ふ〜ん・・・断る。第一こんな訳のわからん物、乗る気になる訳ねえだろうが。」

「説明を受けろ。」

「断るって言ってるだろうが。」

「乗るならば早くしろ。出なければ・・・帰れ!!」

「言われるまでも無い。が、その前に・・・貴様の命を貰い受ける。」

周囲の反応などお構い無しに、本当に返ろうとして踵を返すシンジに、
ミサトは慌てて駆け寄ろうとする。

しかしミサトが駆け寄ろうとする動作に移る前に、シンジが腰に手を回す。
そこから引き抜かれたのは、シングルアクションタイプの拳銃が二挺。
それをシンジは素早く構えると、ゲンドウのいる場所へと照準をあわせ、その引き金を引く。

轟音と共に銃弾が放たれる。
鳴り響いた轟音はそれぞれ二発ずつの計四回。
弾丸は標的を違える事無くゲンドウに向かう。
が、その全てが彼の前にあるガラスによって弾き返される。
その事実に感心したように、シンジは口笛を鳴らしながら状況を確認する。

「ヒュ〜♪特殊防弾ガラスか。これに耐え切るなんてな大した強度だぜ。」

周りの職員たちは何の反応も出来なかった。
目の前で起きた事実があまりに衝撃的で、信じられなかった為である。
そんな中、ミサトは彼の持つ銃に目を奪われていた。
彼女は彼の手の中にある銃を知っていた。性能もそれに与えられた悪名も。

彼が使ったのは「フリーダムアームズ・454カスール」通称カスール。
一発の威力を突き詰めた、拳銃の中では最強の破壊力を持つと言われた銃である。
発射時のガス圧に耐えるために、六連装の所を五連装にする事でシリンダー強度を上げたと言う、
ある意味常識外れな代物である。

その威力によって生まれる反動は凄まじく、
下手をすればフットボールの選手ですら腕の骨を折ると言われている。
そのあまりの使い勝手の悪さから、記録だけの銃「レコードガン」という、悪名を与えられた程である。

シンジはそんな化け物銃をシングルアクションで、
しかも完全に腕だけで反動を殺して連射して見せたのである。
華奢な外見からは信じられないほどの筋力である。

「これが駄目なら、こっちならどうだ?」

シンジはそんな周囲の事など気にも止めずに、次の行動に移っていた。
カスールが効果が無いと判断するのと同時にそれを収納し、
流れるような動作で背に背負っていた布袋から長大な物体を取り出す。

取り出されたのはライフル型の銃器。外見から判断するに、対戦車用ライフルなどと同じ設置型らしい。
が、シンジはそれを手すりにすら固定せず、一般のライフルと同じように構え、発砲する。
その轟音は先ほどの音など平然とかき消すであろう大音量のものだった。

弾丸は真っ直ぐに突き進むと、先ほど同様防弾ガラスに着弾した。
しかし結果は先程とは違った。
先程は弾き返されたのに対し、今度はなんと食い込んで見せたのだ。

使用されたライフルは「ヴェザビーマークX・460ヴェザビーマグナム」
着弾の際の威力は、重さ三トンの物体を、動かすほどだとされるが、
あまりの反動の強さの為に先ほどのカスール同様、実用性に乏しい銃とされている。

無論これだとて発射時に起こる反動は凄まじいだろう。
対戦車用ライフルを地面に固定もせずに放てば反動で体が吹っ飛ぶ。
それと同程度、下手をすれば上回る反動が生じている筈である。
にもかかわらず、その銃身はぶれる事は無く、シンジはその反動を完全に相殺していた。

「ちっ、これでも貫通できないか・・・残念だが、次弾装填してる暇は無さそうだな。」

眉間を狙っていたシンジとしては、食い込んだだけでは納得できなかったようだが、
何かを呟いたかと思うとライフルをすぐにしまいこみ、背中に背負う。

そして今度は腰からカスールとは別の銃、デザートイーグルを取り出す。
そのまま照準を両隣にいたミサトとリツコにあわせる。
それと同時に黒服の装備を整えた一団が突入して来た。
が、その動きも銃口の向きから止められてしまう。

「選択だ。動けばこの二人殺して、手前らも全員叩き潰して出て行くぜ。
 が、動かなければ誰も殺さずに出て行っても良い。」

笑みを浮かべて断言するシンジの瞳に、虚勢の色は見えない。
むしろ自信に満ちていると言って良い。

仕事柄危険な状況におかれる事の多い男達は、瞬間的に判断した。
目の前にいる少年は本気で今の言葉を実行するつもりだと。
それがわかるだけに、男達は動く事が出来なかった。

場を支配する極限まで張り詰めた緊迫感。
その緊張の糸はそれを作り出していた人物と、強い振動によって切られた。

「ん?この感覚・・・これの時はろくな事ないんだよな。」

シンジのため息と共に放たれたこの言葉の直後、ジオ・フロント全体を揺るがす振動が起きた。
使徒と呼ばれた存在が、遠距離から第3新東京市を攻撃しだしたのである。

「奴め。ここに気付いたか。」

ゲンドウはまるで使徒が見えるかのように天井を見つめる。
その言葉に、今まであまりの展開に言葉をなくしていた二人も、ようやく我を取り戻す。

「シンジ君・・・時間が無いの。」

唐突に放たれたリツコの言葉に、シンジは一瞬何を言われたのか理解できなかった。
そして理解した途端呆れてしまい、視線をミサトの方に向けたが、
そのミサトからも思いがけない言葉が放たれた。

「乗りなさい。」

未だに自分達に向けられるている銃口にも構わずに、二人はシンジに向かって話し掛ける。
彼には撃てる筈が無いとでも思っているのだろうか?
先程自分の実の父親を狙っていた姿を見ていた筈なのに・・・。

「貴様らは自分の立場を理解してるのか?何より、俺は先程乗らないと言った筈だが?」

完全なる拒絶の言葉。
しかしミサトはそれを諦めるわけには行かない。
彼に拒絶されては、人類の未来も、何よりも自分の目的を果たす事が出来ない。

「シンジ君。何のためにここに来たの?駄目よ逃げちゃ。お父さんから・・・何よりも自分から。
 あなたが今これに乗らなければ、人類は滅んでしまうのよ?」

ミサトは先程の乗せるか否かで悩んでいた態度を微塵も見せない。

「大儀を掲げて命令するような奴に禄なのは居ない。守りたいなら外の兵士も守るべきだ。
 滅びる時は滅びる。それを受け入れるも一つの覚悟。」

あまりと言えばあまりな言葉に、ミサトは言葉を無くす。 
その態度に諦めたのか、それともこれも予定の内なのか、ゲンドウは通信を入れる。

「レイを起こしてくれ。」

「使えるのかね?」

「死んでいるわけでは無い。」

「わかった。」

答えるのは先程共に居た初老の人物。
彼は眉をしかめて確認を取るが、ゲンドウはそれを気にした素振りも見せない。
その言葉に、若干の諦めを含みながら了承する。

「お前達はさがっていろ。どうせこいつには何も出来ん。」

そう言ってゲンドウは保安部の人間を下がらせる。
彼らはゲンドウの命令に従ってそこから退室していった。
ゲンドウの言葉に眼光を再び鋭くしたシンジの事を気にしながら。

やがて、キャスターに乗せられて、一人の少女が運ばれて来た。
おそらく先程ゲンドウがレイと呼んでいた少女だろう。

「レイ。予備が使えなくなった。もう一度だ。」

「はい。」

ゲンドウの命令に何の躊躇も無く立ち上がろうとするレイ。
それを見たシンジの眼光は一瞬強まる。
全身に巻かれた包帯。立ち上がろうとするだけで苦痛に顔を歪めるほどの傷。
戦闘行為を行うなど、絶対に不可能だろう。

それを見ていたリツコは自分のなすべき行為に移る。

「初号機のシステムをレイに書きなおして再起動。」

『了解。現作業を中断。再起動に入ります。』

リツコの言葉に、周囲の職員は慌しく動き始める。
それと同時に、ミサトはレイの方を見つめるシンジへと近づき、話し掛けた。

「あなたは何の為にここへ来たの?私達はあなたを必要としているわ。
 でも今これに乗らなければあなたはここでは何の必要も無い人間になってしまうわ。
 あなたが乗らない事で、傷ついた彼女が乗る事になるの。
 駄目よ、逃げちゃ。お父さんから。何よりも自分・・・。」

ミサトがそこまで言った時、彼女の言葉は強制的に止められた。
シンジの腰から再び引き抜かれた銃口と、そこから放たれた銃弾の発砲音によって。
放たれた銃弾はミサトの髪を掠って行った。

「俺は呼ばれたから来たまでだ。奴を殺す良い機会だと判断してな。
 少なくとも、こんなものに乗る為に来たわけじゃねぇ。それを拒否したら逃げだと。ふざけるな!
 それにあの娘は自分の意思で乗ろうとしている。それを何故俺が止めねばならん?
 勇気と無謀の言葉の意味を履き違えし者よ。実戦を知らぬ者が俺に説教するなど十年早い。
 今度同じようなことを抜かしたら、その眉間に風穴開けるぜ?」

シンジは本気で切れかけていた。
あまりに理不尽なここの連中に対して。
自分たちには何の過ちもなく、自分たちの意志は通されて当然という考え方。
その為にはいかなる犠牲も些細な事だというその自己中心的な考え方。
全てがシンジの感に障った。
そして今のミサトの言葉は、そんな押さえ込んでいた怒りの堰を決壊を壊すには十分だった。

その殺気に気圧されたのか、ミサトは後退りしてシンジから離れる。
そしてシンジのその行動によって、一時的に職員全員の動きも止まっていた。

その時、シンジは再びうなじに違和感を感じた。
先程の振動の時にも感じた、毛が逆立つような感覚。
シンジの鋭敏過ぎるまでに研ぎ澄まされた危機回避本能からの警告。
その感覚に、再びシンジはため息を吐いた。

まるでその溜息が切欠となったかのように、今迄で一番巨大な衝撃がジオ・フロントを揺るがした。
使徒の放つ不可視の遠距離攻撃。
その攻撃についに耐え切れなくなった天井部から、兵装ビルの一部が落下したのである。

あまりの衝撃に、レイは寝かされていたベットから滑り落ちてしまう。
それと同時に起きた衝撃に傷が痛んだか、その表情が苦痛に歪む。
さらにそれに追い討ちをかけるように、照明を吊るしていたケーブルが切れ、レイの上に落下する。
今迄言葉を失っていたミサトはそれを見て叫んだ。

「危ない!!」

「っち、面倒くせぇ・・・。」

今までそれを無言で見ていたシンジがレイの前に立つ。
そして落下してくる照明を見据えて構えるシンジ。
が、突然巨大な黒い影によってその視界が塞がれた。

「何だ!?」

よく見ればそれは紫色の巨大な腕。
元を辿ればそれは下に満たされていた冷却液の中から生えている。
それは紛れも無くEVA初号機の腕だった。

EVAによって弾き飛ばされた照明は、ゲンドウのいる場所へと叩きつけられる。
それによって先程付けられたひびがさらに大きく走り、ゲンドウの姿を隠してしまう。
割れないだけでも大した強度のガラスと言えるだろう。
ひび割れたガラスの向こうで、ゲンドウが笑みを浮かべていた。

『EVAが動いている。』

『右腕の拘束具を引き千切ったぞ。』

周囲はゲンドウの安否を気遣う余裕すらもないほどに混乱している。
エヴァが自分たちの意向を無視して勝手に動く。
その事実は普段からEVAを扱っている者達を驚愕させた。

「まさか?ありえないわ!?エントリープラグも挿入していないのよ!動く筈無いわ!!」

「インターフェイスも無しに反応している・・・。と言うより守ったの?彼を?・・・いける。」

その事実に最も驚愕したのは、EVAにもっとも深く関わってきたリツコの様だ。
有り得ない筈の、目の前で起こっている現実。

しかしミサトにとってはそれは重要な事ではない。
EVAがシンジを守るかのように動く。
その事実に使徒を倒せるかもしれないという可能性を見出す。

そんな周囲を無視して、シンジは折れたベットの足にあわせて、他の足を叩き折ると、
ゆっくりとレイを寝かせた。

「寝てろ。どちらにしてもお前ではあいつには勝てん。」

そういって、驚くレイを尻目に手についた血を見つめる。
開いてしまったレイの傷から流れ出したものがついたのだろう。
その掌を、シンジは固く握り締める。

その後、シンジはゆっくりと初号機に振り向く。
そしてじっと初号機を見つめる。

「こいつには己の意思があるのか・・・?ならば・・・」

暫しの間そのままだったシンジは、何事かを呟いていたかと思うと、
初号機に何かを感じ取ったのか、大声で叫んだ。

「汝、己の意思を持ち、より強大なる力を求めるか?
 俺の意思に従い、我らが前に立ちふさがるもの全てを破壊するか?
 もし従うならば、お前の力の全てを解放してやろう。何者にも負けぬ力を!
 もし受け入れるならばくれてやろう。俺の全てを!命も!魂すらも!!
 応えるならばその口を開き、俺に応えろ!!」

シンジの言葉の終わりと共に、初号機の眼、ゴーグルの向こうで何かが動く。
その後に訪れるギシギシと言う何かを引き千切ろうとする音。
そして次の瞬間、固定されていた初号機の口が拘束具を引き千切って開く。
それと同時に放たれる咆哮。

グルォォォォオオオオオオオォォォォォオオオオオオ!!!!!!!!!!!

ケージ内全てを揺るがさんばかりに響き渡る初号機の咆哮。
それは周囲に脅威と畏怖を与えた。

「EVAが・・・彼の声に応えた・・・。」

ミサトですらもこれには言葉を失った。
それは自分たちの制御から、EVAが離れたことを意味していたから。

そんな周囲のことなど気に求める事無く、シンジは開いた初号機の口元へと跳躍する。
そして袖の中から腕に固定していたナイフを取り出すと、左腕に刃を走らせる。
出来た傷から流れ出た血は、シンジの腕を伝って初号機の口へと流れていった。

「血の契約と儀式。これ以後、俺とお前は一心同体。汝が我が肉体。我が汝の魂なり。」

そう言い終えると、シンジは再び足場へと戻った。
それにあわせるように、初号機は再びその口を閉じる。

足場へと戻ったシンジは、呆気に取られるミサトとリツコに話し掛ける。

「こいつが気に入った。出撃してやるから、こいつの操作の仕方を簡潔に教えな。」

彼女達はシンジが何を言っているのかわからない。
いや、聞こえているのだろうが、その言葉が何を意味しているのか理解できていない。

「赤木博士、説明してやれ。」

「わ、わかりました。さ、シンジ君。こっちに来て。簡単にレクチャーするわ。」

ゲンドウの言葉によってようやくシンジの言葉を理解し、
平静を取り戻したリツコはシンジを案内しようとする。
しかしそれをシンジが遮り、ゲンドウを睨み付けながら言葉を放つ。

「ただし!!こいつに乗るからといって、俺は貴様らの傘下に入るわけではない。
 俺は俺の意思で戦う。何人の命令も受けん。それ相応の条件も呑んで貰う。それでも構わないよな?」

ゲンドウの表情はガラスのひびによって窺い知る事は出来ない。
暫しの間流れる痛いほどの沈黙。
それをゲンドウは静かに破った。

「いいだろう。好きにしろ。」

「その言葉、忘れるなよ?」

そう言うと、シンジはリツコと共にその場を後にした。
それを見つめるのミサトの表情は晴れない。
それは作戦部長という自分の立場の意味を無視され、ただの傍観者と追いやられた為だろうか?
彼女の心中を知るものは誰も居ない。

もう一つ、去り行くシンジの背中を険しい目で見つめていた者が居る。
ゲンドウである。

おそらく今までの一連の自体の中で最も驚愕していたのは彼だろう。
シンジの背中を睨み付ける彼の瞳には、ほんの少しの怯えが見て取れた。


『冷却、終了』

『右腕及び顎部の再固定、完了。』

『ケイジ内、全てドッキング位置。』

「停止信号プラグ、排出終了。」

『了解。エントリープラグ挿入。』

『プラグ固定終了』

『代一次接続開始』

『エントリープラグ注水』

滞りなく進められる、初号機の発信準備。
それを操縦席に座って落ち着いた様子で準備が終わるのを待つシンジ。
そんな彼の足元から何かの液体が流れ込み、彼の居る場所を満たしていく。
にもかかわらず、彼の口から出た質問は実に落ち着いたものだった。

「・・・これは?」

「大丈夫、LCLで肺が満たされれば直接血液に酸素を取り込んでくれます。直ぐに慣れるわ。」

「ふぅん・・・血の匂い・・・あまり気分の良い物ではないな。」

「我慢なさい!男の子でしょう。」

液体で肺を満たされるという不快感。そしてそこから感じる血生臭さを感じさせる匂い。
生理的に不快を感じても仕方のない状況だろう。
それを平然と男だから我慢しろという無責任な言葉。
シンジはミサトをこの中に叩き込んでやろうかと本気で考えた。
そんな事を考えるシンジを他所に、発進準備は着々と進められていく。

『主電源接続』

『全回路動力伝達』

『了解』

『第二次コンタクトに入ります』

『A10神経接続、異常なし』

『思考形態は、日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト、全て問題なし』

エントリープラグの壁面が虹色に染まり、光の粒子が次々と流れ消えていく。
一瞬光が消えると、再び現れた壁面はモニターとなって初号機の周りの光景を映し出していた。

「ヒュ〜♪大した技術だ。」

『双方向回線、開きます』

「シンクロ率・・・87%!?」

「そんな、まさか!?暴走は!?」

「ハーモニクス、全て正常値。・・・暴走はありません。」

「凄すぎる・・・でも今はそれどころじゃないか。行けるわよ、ミサト。」

「発進、準備!」

リツコにとっては信じようの無い数値。
動く可能性が無いと言われていてもそれは理論だけで、実際の可能性はかなり高かった。
それなりの理由がそこに存在するから。

しかしこれほどの高シンクロ率だと話は別である。
何故ならこれは過去の全ての数値を上回っているからである。
如何にEVAに相性が存在するからといって、それだけで説明できるレベルでは無い。
そこに考えられる理由は一つであるが・・・今はそれを考えている時では無いと彼女は判断した。

リツコの言葉に、ミサトは次の準備へと進ませる為に指示を飛ばした。
その指示を、職員達は忠実にこなして行く。

『第一ロックボルト外せ!』

『解除を確認。アンビリカルブリッジ、移動開始』

『第二ロックボルト外せ!』

『第一拘束具除去。同じく、第二拘束具除去』

『一番から十五番までの安全装置を解除』

『内部電源、充電完了』

『外部電源用コンセント、異常なし』

「了解。エヴァ初号機、射出口へ」

「進路クリア、オールグリーン。」

「発進準備完了。」

「了解。・・・かまいませんね。」

全作業工程が滞りなく進められたことを告げられたミサトは、司令であるゲンドウを振り返ると、
最終的な確認をする。
その言葉にはどんな意味が秘められているのか?

「もちろんだ。使徒を倒さぬ限り、我々に未来はない」

間髪入れずに答えるゲンドウ。
その隣に立つ冬月が、目を合わせずに小声で話す。

「碇、本当にこれでいいんだな?」

ゲンドウは顔の前で組んだ両手で口許を隠し、その問いかけには答えなかった。
隠された口元が笑って見えたのは気のせいなのだろうか?

「発進っ!」

ミサトの言葉と共に、初号機が凄まじい勢いで射出される。
操縦席内に掛かる凄まじいまでのG。
しかしそれを受けているはずのシンジは平然とした様子でいる。

初号機はあっという間に地上へと排出された。
そこへタイミングを計っていたかのように現れる使徒。
対峙する二体の巨体をスクリーンに見つめながら、ミサトは呟くように言葉を漏らした。

「シンジ君・・・死なないでよ。」

今、人類と神の使いの戦いが始まる。


To Be Continued.
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後書き

魔:作者・・・また死んでたぞ。
聖:書き直してる最中に気付いたことがあるですって。
魔:今度は何だ?
聖:今回は再構成ですね?
魔:見ればわかるって。で?
聖:そしてサードインパクトが起きると言う本編をなぞりつつ変化を加えてます。
魔:ふむふむ。
聖:その所為で極端に変えられないので、妥協する点に四苦八苦。
  話の流れを脚本見ながら書いてでまた四苦八苦。時間かかりまくるんだそうですよ。
魔:でも前回消えた奴をもう一回書いてるんだろ?
聖:忘れたんだそうですよ。特に戦闘シーンは大変らしいです。あの人、歯止めきかなくなるから。
魔:・・・締めて来る。
聖:いってらっしゃーい・・・次回の作品投稿できますかね?

ルシフェルの控え室に遠くから悲鳴が響いて聞こえてくるのは、この3分後・・・

P,S
感想、誤字、脱字、ここはこうした方がいいんじゃないか、と言う意見ございましたら送ってください。
悪戯、冷やかし、誹謗中傷は御免こうむります。


アスカ:いよいよシンジが戦うのね。

レイ:おかしい・・・。

アスカ:なにがよ? 戦わなくちゃいけないじゃない。

レイ:違う。やっぱり、おかしい。

アスカ:だから、なにがよ?

レイ:碇君は、私が健気だから戦ってくれたはず。

アスカ:はーーーーー?

レイ:初号機が気に入ったから戦うはずじゃないわ。

アスカ:アンタ、何言ってるのっ?

レイ:しかも、私の健気なシーンが短すぎるわっ!(ーー#

アスカ:・・・・・・ようするに、もっと目立たして欲しってことね。
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