この作品は「新薬」「認知」「告白」の後日談です。 まずは、「新薬」「認知」「告白」をお読み下さい。 今回は少しシリアスが入ってます。 平行世界〜あの日、あの時に〜Act.5 コンフォート17 その弐
「僕は…、親殺し、しちゃったんだ」 私はシンジの横顔を見つめたわ。いつ、そんな連絡が? 「処刑、されたの?こんなすぐに…?」 シンジは首を振った。 「まだ連絡はないけど…」 「副司令やミサトが、司令を粛正するってこと…?」 そりゃ、これまでの歴史でそんな例が幾度も繰り返されてることは知っているわ。でも、あの人たちが…、シンジの…、そんな…! 「ううん、アスカ。違うよ。ミサトさんたちにそんなことはできない。できるんだったら、あの時ミサトさんは躊躇わずに、あの人を射殺していた筈だよ。照れ隠しに的を外したって言ってたみたいだけど、外しようのない距離だったじゃないか」 シンジはゆっくりと、しっかりと、言葉を発していた。でも私にはわかるの。その言葉が微かに震えているのが。シンジの心を写しているのが。 「あの人は、自殺するよ…」 「!」 「今日か、明日か、そんなに待たないと思う。もしかしたら、もう…!」 「シンジ…、そんな…」 「僕にはわかるんだ。あの人の気持ちが。はは、こんな…、こんな最後の最後になって、あの人の気持ちが分かるなんて…。ははは…!」 シンジは手すりを強く握りしめていた。血管が浮き出して、そこから血が噴き出してくるような錯覚を私は覚えていたの。だから、私は無言でそっと自分の右手をシンジの左手の上に重ねたわ。シンジの手は少し冷えていた。 「……」 シンジは視線を少し落として…、その右手を重ねられた私の手の上に置いた。 サンドイッチされた私の手のぬくもりが、シンジに伝わりますように…。私は心の中でそう祈ったの。 「アスカの手、暖かいね」 「うん…」 私は小声でそう答えるしかできなかった。 「あの人はね、本当に不器用な人なんだ。もしかしたら、この僕よりも不器用なのかもしれない…。だから自分の本当の気持を人に伝えることができなくて、ぶっきらぼうで…、乱暴な口のきき方しかできない人なんだ。そんなあの人が…、あの人を理解してくれたのは母さんだけだったんだと思う。あの人を愛した人は他にもいたけど…、あの人自身を理解した人は母さん一人だったんだ。だから…、母さんがあんなことになって…、いなくなっちゃったから…、あの人は、どんなことをしても母さんを取り戻そうと考えたんだよ。周りからどう思われようと…、周りがどんなことになろうと…、知ったことじゃなかったんだ!」 シンジは苦しそうに言葉を吐き出していた。 「わかるんだ…。僕にはそれがわかるんだよ!あの人の気持ちが!」 シンジは無意識に私の手を強い力で握りしめていたわ。物凄い力。骨が砕けるかもしれない、そんな痛み。でも私は絶対に何も言わない。手も振り払わない。手なんかどうなってもいい。それでシンジの心の苦しみが少しでも和らぐのなら。どんなに痛くても、私はシンジを見つめて、微笑み続けるわ。 「だって…、僕にとってアスカは、あの人の母さんと同じなんだもの。もしアスカが母さんのような目にあったら…、僕もあの人と同じことをしていたと思う。いや、もっと酷いことを」 「シンジは自分の子供に…」 突然投げ込まれた言葉に、シンジがハッとして私を見たわ。 これだけは言っておかないといけない。私にはわかっているのよ…。 「自分の子供に、シンジと同じ様にはできないわ。あなたにはそこまでできない」 「いや、僕は」 「聞いて、シンジ」 「…」 「シンジがそんな風に…、私のことを考えてくれるのは…嬉しいけど…、たとえそうなっても、自分の子供や…ううん、他の子供、いいえ、他人を踏みつけにしてまで、アンタは自分のやりたいことを押し通せない」 「違う、僕は」 「違わないわ」 負けないわよ、私は。私にしかできないんだから。シンジの心は私にしかわからないんだから。 「僕はそんな弱虫じゃない!」 「そうよ、シンジは決して弱虫じゃない。だから、人を踏みつけにできないの。もし…」 行くわよ!アスカ! 「もし、私が死んだら…」 「アスカ!」 「アンタは自殺するかもしれないわね…。私だって、シンジが死んじゃったら、生きていく力なんてなくなっちゃうもん」 シンジは私を見て、頷いたわ。 「でも、その時、二人の間に子供がいたら?アンタ、その子をおいて死ねる?それともその子を道連れにして死ねる?さあ、答えて」 「僕は…」 「駄目、目を逸らさずに!私の目を見て、ちゃんと答えて!」 シンジの喉がごくりと鳴った。私は喉がからからになっていたわ。 「僕は…」 アンタはアンタ。私が愛する、シンジよ。私、信じてる! 「やっぱり、僕にはできないよ…」 シンジは寂しそうに笑ったわ。ほら!そうなのよ、アンタは!私が愛したアンタはそういうヤツなのよ! 「そうよ…。私だって、そう。子供がいたら、アンタの後を追えないわ…。ちゃんと育てなきゃ、私のような子供にしたくないもの」 「僕だって、僕のような子供にしたくないから…!」 「ね。違うでしょ。アンタは違うのよ。たとえ親子でも、同じような考え方をしていても。シンジはシンジなの。わかる?」 「うん、わかった…」 シンジはいつもの微笑みをくれたわ。 「やっぱりアスカは凄いや。僕自身よりも僕のことわかってるみた。あっ!」 シンジが当然手を離したわ。やっと気付いたのね。あ〜、痛かった。骨とか何ともなってないでしょうね。ふぅ〜。 「ア、アスカ、ごめん。い、痛かったよね。あぁ〜、こんなに赤くなってる。ごめん、ごめん、ホントにごめん」 「もういいわよ」 私は右の手首を軽くブラブラさせた。まだ疼いてる。 「でも、そうね。罰として痛くなくなるまで、手を握っていて。さっきみたいに…」 「う、うん、わかった。ごめんね」 そして、シンジはまた私の手を包んでくれたわ。もうあんな風にはしないでよね。まあ、そうなっても我慢するけどさぁ。 さて、話を戻しましょうか。 このままこんな話をうやむやにしたら良くないのよ。膿は出せるときに出しておかないと。シンジ、辛いだろうけど、頑張ってね。 「で…?」 私は真剣な面もちでシンジを見つめたの。それだけでシンジはさっきの話の続きを促しているだけじゃなく、私がすべてを受け止めようと決意していることがわかるみたい。しっかりと頷いて話を続けたわ。 「あの人が何故、自殺するかってことだけど…。母さんの後を追うだけじゃないと思うんだ。不器用な、本当に不器用な、あの人の置きみやげ、みたいなものなんだよ…」 「置きみやげ…」 「悪い意味じゃないよ。その意味を口にしちゃうと、傷つく人が多いから…、だから黙って死んじゃうと…、僕には『馬鹿め』くらい書き残していくと思うけど…、つまり…」 シンジは頭の中で整理しているようだわ。私はわざと視線を街並みの方に向けたの。シンジが話しやすいように…。 「つまり、あの人が…自分が死んだ方が、この後が巧く進む、そう判断したんだと思うんだ。政府や戦自にネルフが変わったってことを明確にして、ゼーレに対抗するために。ミサトさんやリツコさんの恨みや憎しみを自分一人に集めるために。僕やレイや…アスカへの責任をとるために。あの人を担ぎ出して僕たちに対抗しようとする勢力に利用されないために。ゼーレへの断交の意志表示のために。そして、残されたみんなの気持ちを一つにするために」 「自分が死ねばすべてが巧く進む…。確かにシンジの言うとおり、ね。私って、まだまだお子様ね」 溜息を吐いた私をシンジが訝しげに見たの。私の口調がとても情けなさげだったからよ。 「ホぉントにお子様。私、もっと簡単に考えてた。とりあえず、今は幽閉させてもらって、すべてが終わったら、水に流す…、てとこまでは無理かもしれないけど、仲直りくらいはできるんじゃないかな…。なんて考えてた。甘かったなぁ…。ホント」 「僕もだよ…」 「え…」 「このことに気付いたのは、ついさっき…。目が覚めて、すぐそばにいるアスカの寝顔を見て、か、可愛いなぁって…」 ちょっと、脱線しないでよ。嬉しいじゃないのさ。 「えっと…、それから、アスカを絶対に守らなきゃって、心の中で誓って、えっと、あの…、そ、それで…、あの…」 もぉ!さっきまでの大人の風格は何処いっちゃったのよ、いつものシンジに逆戻りじゃないの! 「つまり…」 「つまり?」 「ア、アスカと結婚したら、女の子だったらアスカに似て欲しいなって、そう思ったんだよ!」 ぼふっ!! や、やるわね。馬鹿シンジ。このシリアスな展開で、いきなりのこの攻撃は効いたわ。久しぶりに『ぼふっ!!』しちゃったじゃないのよぉ。あぁ、駄目、駄目よ!らぶらぶアスカちゃんモードに入っちゃうじゃないよ!ど〜してくれんのよ! そ〜よねぇ。そりゃあ私に似れば美少女間違いないけどさぁ。で、でも、シンジに似ても美少女になると思うよ。ほら、レイっていう例もあるし。まあ、どっちに似ても美少女よね。子供は少なくても3人は欲しいわね。女の子、女の子、男の子の順番で…。そうね、イメージで言うと、私、レイ、シンジてな感じでさぁ…。 『お〜い、アスカぁ〜、アスカさ〜ん』 名前かぁ…。親の名前てのも芸がないわよね。ユイとかキョウコてのも直線的すぎるし、ミサトやリツコとかも論外よね。嫁き遅れたら大変だもの。そうね…。ま、名前なんて、その時のインスピレーションよね。まずは、結婚して…、子づくり…。子づくり? ぼふっ!! いやぁあ〜! 『ア・ス・カ・さぁ〜ん!何で固まっちゃったんだろ。でも久しぶりのアスカの赤い顔、はは、可愛いなぁ。あれ?どこまで話してたっけ?』 シンジの声が遠くから聞こえてくるわ。何だったっけ?そ〜よ!シンジが女の子を産んで欲しいって言ったのよ!あれ?違うわね。趣旨は同じなんだけど…、えぇ〜と、女の子が私に似て美少女で…、いやシンジは美少女とは言ってくれなかったわ、まあ私に似てって段階で言ったも同然だけどさぁ。そぉ〜だ!私の寝顔を見て、シンジが暴走したんじゃない! 「私の寝顔を見たんでしょ。それから?」 「わ、びっくりした!いつ帰ってきたの?」 「つい今し方」 「長旅だったね、はは」 「最近ちょっと旅慣れてなかったから…、て、シンジぃっ!」 「あ、ごめんなさい!話外れちゃったね」 「もういいわよ。それから?」 「うん…。アスカの寝顔が」 「寝顔と女の子は、もういいわ」 「ごめん。えっと、とにかくそう思って、思ってたら、ふっとレイが母さんに似てるってことを思い出して」 「そうなの?」 「うん、エヴァの中で母さんが姿を見せてくれたんだ。今のレイの雰囲気とそっくり。髪の毛と瞳の色くらいかな、明らかに違うのは」 「ふ〜ん」 「そう考えていたら、僕とあの人って似てるんじゃないかなって思ったんだ」 「?」 「あの人の、あの変な眼鏡を取って、ヒゲを剃ったら…」 「でもシンジにはあの威圧感というか、怖さっていうか、そんなのはないわ」 「わかんないよ。もし僕が自分一人の力で生きていかないといけなかったら、人を威圧しないと生きていけなかったら、僕だって…。そう思ったんだ。あ、その時は、ね」 私がもう一度シンジを理論突破しようとしたのを察知して、シンジが慌てて訂正したわ。そうよ、さっきも言ったけど、アンタと司令は根本的に違うのよ。 「と、とにかく、さ、それで…」 シンジがまた街並みを見やったわ。 「平和になったらあの人ともう一度…。親子の関係に戻れるのかなって思ったとき、直感したんだ。ああ、あの人とはもう二度と会えないんだって」 「……」 「その直感の根拠ってあるのかなって考えてたら…」 そこでシンジは私を見て、ニヤリと笑ったわ。ニヤリよ、ニヤリ。ニコリじゃないの。 「アスカが邪魔だったんだ」 「邪魔ぁ?」 「うん、邪魔だった」 私はシンジを睨み付けたわ。シンジは…、プッと吹き出した。 「ごめん、ごめんね、アスカ。違うんだ。あの人のことを考えるには、僕がっていうか、僕の状況が幸せ過ぎたんだ」 「はへ?」 「はは、あのね。大好きな彼女が僕の肩ですやすやと眠ってるんだよ。そんな状況で、ネルフが、ゼーレが、なんて考えられないよ」 許可!それなら断然OKよ!それで、私がソファーに置いてけぼりのタオルケット状態だったのね。 「それから、ベランダに出て…、まだ暗い街を…景色を眺めてたんだ。すると…、ちょっとづつあの人の考えがわかってきたんだ」 その時、シンジは、小さく微笑んだの。 「あの人は死んで…、死ぬことで…。ごめん、さっき言ったことはあの人の建前だと思う。本心は…、あの人の本心は、息子と対立して、自殺することで、自分のしてきたことに僕が無関係だと周りに認めさせることにあったんだよ…。きっと…」 そうか…、口にも、態度にも、出せない、司令にとって、最後の『父親の愛』だったのかもしれないわね。辛いね…、シンジ。 私は、シンジと並んで、街並みを…、その向こうの山と空を見据えた。 司令…。自分勝手で、人でなしで、不器用で、怖い顔の…、そしてシンジのお父さんの司令…、アンタの気持ちをしっかりとシンジは受け取ってるわよ。安心なさいよ。シンジがアンタみたいにならないように、幸せな家庭を作ってみせるから!本当はそんな生活に憧れてたんでしょ、アンタも。だから奥さんを取り返したかった。そうじゃないの? シンジ…。 私、ちゃんと気付いてるよ。 シンジが『お父さん』と言わずに、『あの人』って言ってることに。 そう言わないと辛いんでしょ。 ううん、それだけじゃないわ。 自分が『お父さん』って言えば、周囲の人が司令のことを冷静に対応できなくなる。 まして、司令が自殺したら…、シンジが『お父さん』って悲しめば、みんな罪悪感に包まれるもの。それがわかるから、アンタはわざと『あの人』って言い続けているのよね。 哀しいね、シンジ…。 「それからね、アスカ…」 その時…、電話が鳴った。 こんな時間の電話。 シンジの顔が、表情が凍り付いている。 着信音が非情に鳴り響く。 シンジは電話機の方をじっと見つめたまま、歩き出した。 「駄目!シンジは出ちゃ駄目っ!」 私は叫んだ! そんな電話に、シンジを…シンジ本人を出させるわけにいかない! 私の声に後押しされるように、シンジがリビングに駆け込んだ。 もちろん、私もすぐに後を追う。ソファーのあたりでシンジに追いついた。シンジには悪いけど、私はとっさに足を払ったわ。シンジは計算通り、ソファーに衝突した。 ごめんね、ホントにごめん! そして、私は受話器を取った。 シンジの予想通り、司令の遺書には、『この馬鹿息子め』とだけ書かれていたの。
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