「あなたの心に…」

 

 

Act.2 冴えないアイツはお隣さん

 

 

「ただいまぁ!」

 私は扉を開けると同時に、奥にいるママに怒鳴ったの。

 ママは掃除をしてたのか、エプロンをつけてハタキと箒という『日本の主婦』的完全武装ね。

 なんとなくキャリアっぽいママには似合ってないんだけど、そんな格好で奥の部屋から出てきたわ。

「あら、ご機嫌さまね。学校良かったの?」

 私は靴を脱いで、廊下で腰に手をやり仁王立ち…。

 これ…、癖なんだから仕方ないでしょ。

 できるだけ他人様の前ではしないようにしてるんだから。

「そうね!雨のち晴れってとこかしら」

「雨のち晴れ?よくわからないわね?」

「ま、結果オーライってことよ!」

「それはそれは」

 ママは笑ってキッチンのほうへ向かった。

 私も鞄を後ろ手にブラブラさせながら、ママのあとへついていった。

「やっぱりパパはあと3ヶ月くらいかかっちゃうって」

 冷蔵庫からプリンを出しながら、ママが明るく言った。

「ふ〜ん、それでママは自棄掃除?」

「アスカ!あ〜げない!」

 ママは私用のプリンを食べようとする。

 もう!30代後半に向かうんだから、もうちょっと主婦らしくしてよ!

 ま、ラブラブパパとあと3ヶ月もあえないんだから、
ママの心のケアは私がしてさしあげますか。

「あれ?要らないの?」

 もう半分食べてるでしょうが。

 私は冷蔵庫からもうひとつ出して、ちゃんとお皿にセットする。

 ママみたいに直接食べませんよ〜だ!

 

 これが、私とママのスタンス。

 親子じゃないみたいに見えるかもしれないけど、私はそれでいいと思ってる。

 ここにパパが入ってくると、母娘でパパを取り合うような感じ。

 日本人の感覚じゃちょっとベタベタしすぎ、って思うでしょうね。

 

 晩御飯の前にママが、右隣の家に挨拶へ行くと言い出した。

 どうやら日中は不在だったみたい。

「で、どうして私も一緒なの?」

「だってアスカの部屋のちょうど隣でしょ。ベランダだってつながってるし。
ちょっとどんな人か見といた方がいいでしょ」

「ふ〜ん、そんなものなの?」

「そうよ。ほら、神経質な人だったら音楽とか考えないといけないでしょ」

 成る程。それも一理ある、か。

 ならば、お供しましょう。

 

 私の部屋は816号。あ、15階建ての8階なの。

 えっと、お隣が817で…、

 これ、読めないよ。何て書いてるんだろ?

 隣室のネームプレートを睨んでいる私に、ママが軽く言ったの。

「それ、『いかり』って読むのよ」

 へ?いかりって、いかりよね。

 あの隣の席の冴えなくて…優しいアイツ、たしかイカリって…。

 ママがインターホンを押すと、スピーカーから声がした。

『はい、どちら様ですか?』

 この声。この、のどかな声。

「隣に越してきた者です。ご挨拶に…」

 私はなんとなく、ママの後ろに隠れてしまった。

「おやおや、天下無敵のアスカちゃんが、ど〜したのかしら?」

 ママが私をからかってるうちに、扉が開いた。

 

 やっぱり、アイツだ。

 アイツ、びっくりしてる。見た目は思い切り外国人の二人組だもんね。

 その驚いた目が私の顔に止まった。

「あ、君…」

「うん、隣だったんだね。びっくりしたわ」

「あれあれ?お二人はもうお知りあい?同級生とか?」

「そう。しかも席も隣」

「へえ…、偶然って怖いわね。あ、ごめんなさい。えっと、碇さん?」

「はい、碇シンジといいます。これからよろしくお願いします」

 アイツは丁寧に頭を下げたわ。礼儀正しいヤツじゃない。

 あの後の時間の教科書、全部ルビふってくれたし…。

 優しいのはわかった。少し根暗っぽいけどね。

 あれ?唇のところ…、ちょっと変…。

「こちらこそよろしくね」

 愛想良く喋るママを押しのけるようにして、私はアイツの前に出た。

「ちょっとアンタ。その口の周り。腫れてるじゃない。もしかして…」

 アイツは急に扉を閉めようとした。

「ごめんなさい、失礼します!」

 私はその扉をつかもうとしたけど、ママがそれを止めたの。

 閉まった扉の前で、ママは静かに首を振った。

「今は…やめておきなさい…」

「うん…」

 私も雰囲気に飲まれたのか、少し低い調子で答えた。

 

 部屋に戻って、私はママに今日の出来事について喋ったの。

「絶対にアレはローレンツのヤツが殴ったのよ!間違いないわ!
せっかく見逃してあげようと決めてたのに!許さない!」

 興奮してまくし立てる私に、ママは優しく語りかけてくれたの。

「で、アスカはどうするの?」

「当り前じゃない!報復よ!リベンジだわ!」

「ふ〜ん、じゃ完全に戦争状態に突入するわけ?クラス中巻き込んで?」

「あ〜、ヤだ。ママってそ〜いうときだけ大人ね」

「だって大人だもん」

 くっ、この人は…。

「放って置きなさい。アスカがことさらに話を大きくするものじゃないわ。
それに彼がそうしてほしいとは決して思ってないはず」

「ど〜してそんなことがママにわかんのよ!」

「あら、アスカちゃんは見てなかったのかしら?」

「何を?」

「彼の右の拳。腫れてたわよ。相手も顔に痣ができてるんじゃないの?」

 嘘…。すっとぼけてるように見えて、ママったら…。

 わかったわ。とりあえず、明日、ローレンツの顔次第ってことね!

 

 見事にママになだめられちゃった私はお風呂も終わって、自分の部屋に引っ込んだ。

 この壁…。この向こうがアイツの部屋。

 うん。わかってる。

 私に一目ぼれしたとかそんなのじゃない。

 アイツってきっとそういうヤツなんだ。

 明日、ヒカリにそれとなく聞いてみよっと。

 

 そして、夜中…。

 

 私は見た。

 見てしまった。

 

 Japanese Ghost

 

 日本の幽霊って、白衣着て頭に三角形の白いの付けて、両手をぶら〜り…だよね。

 そんなのじゃなかったけど、あれは間違いなく幽霊よ。

 

 出るの!出るのよ!私の部屋に!

 女の子の幽霊が!

 

 かんべんしてよ!もうっ!

 

 

Act.2 冴えないアイツはお隣さん  ―終―

 


<あとがき>

こんにちは、ジュンです。
ちょっと短めの第2話です。
執筆中だった作品が、PCの故障でメーカーサービスに本体ごと連行されてしまいました。もしかしたら無事帰還できないかもしれません。
そこで急遽ぶち上げたのが、今回のシリーズです。まずはこちらを優先して、完結を目指します。


アスカ:いいじゃん。いいじゃん。お隣じゃん。

マナ:シンジもアスカに関わったばかりに、殴られて災難ね。

アスカ:ラブよ。ラブの予感よっ。

マナ:誰も、そんな予感してないわ。

アスカ:って、それどころじゃないわ。お化けよ。お化け。

マナ:あら、お友達になったら?

アスカ:お化けはいやぁぁぁぁっ!!!
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